所謂日常的な物語   作:亀はん

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5幕

010

 

 

 

ぼくは暦との点数対決に勝利した。暦は安堵の表情を浮かべていたが、それは果たしてテスト勉強から解放された事になのか、戦場ヶ原の扱きになのか、定かではない。

 

結果を知った戦場ヶ原が不機嫌そうだったので恐らく今頃暦がサンドバッグのように罵倒されているだろう。なんて可哀想な奴。

 

それで羽川さん。命令できるんだって、ぼくに。

 

そう、羽川さんにはぼくに一つだけ命令する権利が与えられた。さすがに死ねとか消えろ、なんて言われたら拒否するけれど……いや、そもそも羽川さんがそんな事言うはずもない。

 

「あれ、冗談とかじゃなかったんだ……」

 

羽川さんはどうやら冗談だと捉えていたらしい。そうすると羽川さんはわざわざ時間を割いて何の利もないのにぼくと勉強会を開いてくれたのだ。まさに女神と言っても過言ではないだろう。まぁ真偽は置いておいて……。

 

勉強も見てもらったし命令の一つくらいなら聞くさ。

 

「うーん、命令かぁ……」

 

悩ましげに羽川さんは腕を組む。腕を組むという事は、必然的にその腕は胸の下になるわけで……おっと、これ以上はやめておこう。紳士的ではないからね。

 

「長壁くん、今はちょっと思い付かないし、また今度でもいいかな?」

 

うん、もちろん!

 

軽い気持ちでぼくは返事をした。軽い気持ちでね。

 

 

そんな話をしていたのが朝で、現時刻は午後21時30分。コンビニにアイスを買いに行った帰りにぼくは一人の女性に組み伏せられていた。

 

グラマラスな肉体に、雪のように白い髪。そして特筆すべき一番の場所は頭部にある髪色と同じ、真っ白な耳だった。

 

「にゃはは」

 

まるで、猫のようだとぼくは思った。

 

「ん? 気ににゃる匂いに釣られて捕まえて見てみたが、にゃんだお前?」

 

にゃんだは、こっちの台詞だよ猫耳美人さん。なんなんだよ、いきなり!

 

ぼくの上で馬乗りのような体勢に変わった猫耳美人(仮称)はぼくの首元に顔を寄せ、スンスンと鼻を鳴らした。体が向き合っていたならばそれはもう素敵な光景が広がっただろう。だが生憎ぼくの視線の先にはコンクリートしかない。そもそも、ぼくはこんな事をされる覚えなんてカケラも無い。

 

「んー? お前はにゃんだか見覚えがあるにゃあ……あぁ、ご主人の──」

 

ご主人……?

 

それが特殊なプレイから呼ばれるモノからなのか、この猫耳美人(仮称)はもしかしたらメイドなのか、この現実的ではない現状にぼくはそんな意味のわからない考えが浮かぶ。

 

「まぁにゃんでもいいか。俺には関係にゃい……いや、関係あるのかにゃ?」

 

猫耳、白髪、オレっ娘、巨乳。

 

「あぁ、思い出したにゃ! にゃはは。お前、ご主人のアレだろ? アレ、トモダチ!」

 

ご主人……トモダチ? 君は一体、誰の事を──

 

ぼくが困惑気味に質問すると、突然マウントを取っている猫耳美少女(仮称)は目を見開き、怒りの感情を露わにした。

 

そして、何かが折られる音が周囲に木霊する。

 

あッ……ガァァァっ!!

 

彼女はただ手を振り下ろした。たったそれだけの事でぼくの左手はあらぬ方向に曲げられていた。多少身体は頑丈であると自負していたぼくは、女の子の拳一つに腕が折られた事に更に混乱した。

 

痛い、痛い痛い痛いいたい!!!

 

「いい声でにゃくじゃにゃいか、トモダチ! そうやって何でもかんでもご主人に期待して、歩み寄ろうとしにゃかったお前らへの、俺からの最初のプレゼントにゃ」

 

猫耳の妖艶な美少女はそう言うと一瞬のうちに近くの建物に飛び移った。猫のような身のこなし、いや人間があそこまで高く飛べるはずがない。

 

怪異でも無ければ。

 

「お前とはにゃがい付き合いににゃりそうだから今回はこれぐらいで勘弁してやるにゃ。俺は他にも行くべき所があるからにゃ」

 

待て、待ってくれ! 君はもしかして──

 

その問いかけを彼女は無視し、何処かへ行ってしまった。ぼくは痛む利き手に顔を顰めながら、その背中を呆然と見ていることしかできなかった。

 

 

 

「おい、お前その怪我……!」

 

家に帰り着いた頃、コンビニにでも行っていたのか暦と出くわしてしまった。

 

……あぁ、ちょっと階段で足を滑らせちゃった。

 

本当はめちゃくちゃ痛いけど痩せ我慢してぼくはそう言った。

 

「はぁ!? 滑らせちゃったって、お前そんなんじゃ怪我しないだろ?」

 

人のことを化け物みたいに言うなよ。現に怪我してるだろ!

 

そもそも暦の方が化け物染みているというか化け物に片足突っ込んでるというのに。

 

「……まぁ、そうか。それで、病院へは行かなくても平気か? 送ってくぞ」

 

暦は自転車をポンポンと手で叩く。

 

いや、大丈夫。

 

腕の痛みであまり気が付かなかったのだが、さっきからどうにも身体が重く、気怠さがあった。

 

「──おい、おい! 大丈夫か!?」

 

一瞬の事だった。フッと身体全体から力が抜け、目の前にいた暦が回転し始める。多分、家に着いた事による安心感と、暦としゃべった事で張り詰めていた気が抜けた、というべきか。あ、これやばいやつだ。ぼくの脳がそれを理解した時には既にぼくはアスファルトの上に倒れ伏せた。

 

暦の必死な呼びかけを最後に、ぼくの意識は暗闇に落ちたのだった。

 

 

 

全治3週間である。

 

 

 

何が? 勿論ぼくの腕の怪我さ。身体の頑丈さには自信があったのだが、全くもって猫耳美女は恐ろしいね。まぁ、入院するのは今日くらいで明日には家に帰れるとの事。ぼくの生命力はかなり高いらしい。

 

なんて会話を暦とした。暦は眉間に皺を寄せて何やら深刻な表情をしていたが、ぼくは大丈夫だから気にするなと言っておいた。

 

長い付き合いだ、暦は何となく察したのかそのままお大事に、と言って病室を出て行った。

 

大変なのはここからだった。ファイヤーシスターズのご登場だからだ。

 

彼女たちにめちゃくちゃ心配され、犯人をボコボコにして病院送りにする、と病院で悪役のような事を呟く月火ちゃんと、指を鳴らし許せねー! と叫ぶ火憐。

 

やめ、やめろ! と病室で騒ぎ出すシスターズを諫めるぼく。ゆっくりと開けられたドアからは看護師さんがイイ笑顔でこちらを見ていた。すぐさまぼくは謝った。

 

暦め、なぜファイヤーシスターズに絶妙に嘘を混じえた真実を伝えるんだ。そこは階段から落ちた、でいいじゃないか。通り魔にやられたなんて行ったらこいつらがどう反応するかなんて目に見えているだろうに。

 

「いや、むーくんそんなので怪我しないでしょ。だから許せねぇんだ」

 

「いやいや、むーくんは怪我しないよ。だから許せないんだよ」

 

愚痴に近しい呟きをシスターズは速攻で否定してきた。前者についてはまぁいいとして、後者の月火ちゃんはぼくの事をスーパーマンとでも思っているのか。過大評価されている自身に引き攣った笑みを浮かべながらぼくはシスターズにお礼をいい、早急にご退室願った。

 

ぼくの頑丈さを上回る攻撃力を誇る相手に、彼女たちの性格上、恐らく挑もうとするだろう。そんな事は絶対にさせられない。

 

……ぼくは妹分に甘すぎるのかもしれない。と改めて思った。

 

嵐が去ったあと、ぼくはベッドで横になり外の景色を眺めていた。病室なんて初めてだから、なんというか旅行にでも来たような、そんな少しの高揚感があった。

 

ぼくの病室へお見舞いに来る人はあまり居なかった。というのも今のご時世、携帯電話で大体事足りるからだ。今回の件はぼくが階段から転げ落ちて怪我をしたと学校に連絡をしたからクラスの人たちから大丈夫? とかそんなメールは来たし、神原からの長文メールも来た。最初の文以降関係のない話がほとんどだったので読み飛ばしたけれど。

 

とりあえずありがとうと返信しておいた。お見舞いがどうとか言っていたけれど神原が来るとまた看護師さんに迷惑をかけそうだからお断りしておいた。まぁ心配してくれたのは嬉しかったけどね。

 

そうして病室で静かな時間が流れ始めた時、ぼくは昨夜の猫耳美少女を思い出していた。

 

……アレは間違いなく、怪異だろう。専門家でもないぼくがそう結論付けられるくらい彼女は人間離れしていた。そして、彼女はこう言っていた。

 

ぼくが、猫耳美少女である彼女のご主人のトモダチだと。

 

ぼくも暦同様、あまり友達がいない。となれば自ずと答えが浮かび上がるだろう。知らないうちに知らない女の子からトモダチ認定されて付け回されていた……なんて事はほぼあり得ないし。

 

はてさて、どうしたものか。

 

認めたくない現実を直視したくない時、暦ならどうするだろうか。

 

 

 

 

011

 

 

 

……怪異に憑かれていたのはやはり、羽川さんだった。羽川さんに憑いていたのは障り猫、という名の元々は(・・・)低級な怪異であった。

 

それはしっぽのない猫の怪異で、道端で死んでいる尾のない猫を供養した善良な人間の善性につけこんで取り憑き、宿主の身体を使って暴れ回る……というもの。

 

が、この話のオチは実は猫なんか憑いておらず、善良なだけの人間なんてのは存在せず、白があれば黒がある。障り猫はただのきっかけで、恩知らずな猫、というだけの話ではなく──人の裏側を見透かすような、忍野メメ曰くそんなエピソードらしい。

 

──ブラック羽川と名付けられた彼女は、取り憑いた羽川さんのストレスと結びついて誕生してしまった新手の怪異に当たる。羽川さんの膨大な知識を得て、専門家である忍野メメや、吸血鬼もどきである暦でさえ太刀打ちできないモノへとなっていた。

 

傷を負った暦はそんな中で羽川さんのストレスの原因を探ろう、とぼくに話を持ちかけてきた。

 

……まぁ簡単に言うと、羽川さんの家に勝手に入ってしまおうと言う犯罪行為なのだが。

 

暦の提案に乗る前にぼくは一先ず忍野メメの元へと脚を運び、現状を彼に聞いた。すると、彼はこのままだと羽川さんの存在そのものが消えてしまいかねない、と言った。……ならば仕方ない。とぼくは羽川家に侵入することを決意した。

 

羽川さんの家には、羽川さんの部屋が無かったのだ。家にあって当たり前の自分だけの空間が、あの家には一欠片も存在しなかった。

羽川さんはそんな環境に追い込んでいる両親を、その状況を受け入れてしまっていた。

 

そんな善良すぎる羽川さんと暮らしてきた家族にぼくはほんの少し同情した。彼らがしてきた羽川さんに対する行いには正直一発叩いても良いくらいだと思うけれど、そういう事情があるならば、それも仕方ないのかも知れないと思ってしまうくらいには。

 

暦も、羽川さんの異常さを目の当たりにしてかなり参っているみたいだった。

 

今日はもう帰ろう。

 

ぼくは暦にそう声をかけた。

 

「あぁ、悪い。今はあんまり良い考えが浮かびそうもないからな……」

 

専門家でも太刀打ち出来ないほどの怪異にどうすれば対処できるのか、ぼくらはそれを頭に浮かべながら家に帰った。

 

 

 

 

 

そして翌日。羽川翼は学校に来なくなった。

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