所謂日常的な物語   作:亀はん

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7話くらい書いてたモノが消し飛んだのでまた書いてます


6幕

 

012

 

 

「にゃはは」

 

ぼくの目の前で、姿を消していたブラック羽川が笑っていた。ゆらゆらと身体を動かし、獲物を狩る前かの様な雰囲気を纏わせながら。ここには、ぼくと彼女しかいない。

 

ぼくが勝手に、暦に何も言わず彼女と二人きりになるようにメールを送った。

 

『吸血鬼に襲われた』

 

短く、完結に。彼女を誘き寄せるためだけの、彼女の優しさを利用した、最低のメールだ。

 

ブラック羽川……いや、羽川さん。来てくれてありがとう。

 

ぼくがそう口にすると、彼女はぴくりと耳を動かした。

 

羽川さんの家庭事情は、ぼくらが思っていたよりも複雑なものだった。彼女の母親は未婚のままに産み、産んでから出会った男性と結婚後に自殺。その後、義父となった男性は再婚するものの、過労死してしまう。羽川さんは義父の再婚相手に引き取られ、その再婚相手も再び結婚。そうしてようやく今の家に落ち着いた。だけど、現在の両親は二人とも血が繋がっておらず、その仲は冷え切っている、と。

 

羽川さんは父親から虐待を受けており、腕や顔にガーゼを付けている姿も見たことがある。何かあったのか、聞くたびに羽川さんは

 

「ううん。何でもないよ」

 

となんでもないような笑みを浮かべた。

 

暦は羽川さんの家庭事情に踏み込んでいいのか、踏み込み方が分からないと悩んでいた。勿論、ぼくもだ。ぼくにも覚悟が無かった。そうしてぼうっと月日が経ち、ぼくらは忍野メメに助言を乞うた。そして、忍野メメはこう言った。

 

──委員長ちゃんは想像以上に強い怪異になってしまったようだ。このままだと、委員長ちゃんは障り猫に取り込まれ、「羽川翼」という存在は消えてしまうかも知れない。と。

 

20戦。忍野メメがブラック羽川に挑んだ回数だ。彼は羽川翼の膨大な知識に完敗したとも零した。

 

単刀直入に聞こう。きみは、どうしたら羽川さんから居なくなる?

 

羽川さん(ブラック羽川)はぼくの問いを鼻で笑った後、目を細めた。

 

「500人」

 

500人……?

 

「そうにゃ。ご主人のストレスは500人くらい犠牲にしにゃいと収まらにゃい」

 

そう、か。

 

それ程までに、彼女は自分だけで抱え込んで生きてきたのか。ぼくは目眩が起きそうだった。だが、良い事を聞いた。

 

どうしてそこまできみ(ブラック羽川)は協力するんだ?

 

「ご主人がオレに全く、これっぽっちも同情しにゃかったから」

 

ブラック羽川は打ち明ける。事故に遭ってかわいそう。と言った感情を持たず、猫を埋葬する事は正しいことである。という考えだけで自身を埋葬した羽川さんに障り猫は惹かれ、こうして協力しているのだと。

 

──分かった。なら、ぼくが500人分のストレスを受け止めよう。

 

これが暦にバレたらきっとめちゃくちゃ怒るだろうな。他にもやり方はあるだろうとか、アホ毛をピンピンに伸ばして言ってきそうだ。

 

「いい度胸にゃ、トモダチ」

 

次の瞬間、腹部に強烈な痛みを感じるとともにぼくは吹き飛ばされた。胃の中がぐちゃぐちゃにかき回されたような違和感と全身に行き渡る痛みで目がチカチカと点滅する。例えるならば、車に轢かれたかのようだ。

 

「今ので大体3人分にゃ」

 

すっきりとした表情を浮かべるわけでもなく、その辺の石ころを軽く蹴飛ばした後のように無表情で彼女はそう言った。

 

……ふぅ、そっか。

 

ぼくはふらりと立ち上がり、彼女の目の前へと歩いていく。そして、両の手を広げて次を諭した。覚悟を決めていたとは言え、痛いものは痛い。完全に痩せ我慢だ。

 

さあ、どうぞ。

 

「……ううううあああああああああッ!!」

 

それから、何回も、何回も、何回も。ぼくは彼女に殴られ続けた。抵抗もせず、ただただ殴られ続けた。彼女の叫びを聞きながら。

 

…………。

 

どれくらい時間が経ったのだろうか。身体中が痛み、息をするのも辛いと思えるほどだった。辺りにはぼくの血が散乱しており、血の水溜りがそこかしこにできており、スプラッターな事件現場だ。

 

……?

 

ふと、ぼくは後頭部に柔らかな感触を覚えた。しかし、それはおかしな事だ。ここは外で感じるとするならばコンクリートの固く冷たい感触なのだから。

 

ゆっくりと瞼を開ける。そこには、髪の毛を白く染めた羽川翼の姿があった。

 

「長壁くん」

 

白く、長い髪の毛で隠された彼女の顔はぼくからよく見えなかった。でも、血のついた両手は、震えていた。羽川さんは震える手で、ぼくの頬をそっと撫でる。

 

ぽつ、ぽつと顔に水滴が落ちてきた。

 

本当は最初から、ブラック羽川はブラック羽川では無かった。障り猫の存在は本物だ。確かに、彼の意識はあったのだろう。表に出てきてはいなかった。演じていたのだ。羽川翼は障り猫という怪異に取り憑かれた羽川翼を。

 

正しく生きる生き方は、知らず知らずのうちに自分にも、他人にもストレスを与えていた。それが爆発してしまったというだけ。そう、事故のようなものだ。

 

どうして、吸わなかったんだい?

 

障り猫はエナジードレインという、ゲームなどでよく見られる体力を吸収する技を使うことができる。初手でそれを使われていたならば、ぼくは恐らくもっとボロボロで、道にへばりつくガムのようになっていただろう。

 

初めてその技の餌食になった人物は二人いた。どちらも同じ家に居て、同じタイミングで行われ、入院するレベルまでだったという。

 

……そう、羽川さんの両親だ。

 

「なんでだろうね」

 

羽川翼は何処か含みを持たせた言い方をする。

 

 

──ぼくは自らを犠牲にしてでも彼女を止めたかった。

 

 

彼女の境遇に同情したから? 

彼女の手をこれ以上汚したくなかったから?

彼女に借りがあるから?

 

恐らく、理由など挙げてもキリがないだろう。

 

ただ一つ、確実に言えるとしたら……そう──

 

「羽川! と……おい、なんだその羨ましけしからん大事故の現場かのような状況は!」

 

「阿良々木くん?」

 

キキーッ! と聞き慣れた自転車のブレーキ音が辺りに響く。

 

痛みで顔の向きを変えることすらままならないので、ぼくは羽川さんの膝枕の上で返事をする。

 

よ。

 

「お前のその怪我と辺りの血に関して色々と聞きたいことがあるんだが……まさかそのよ。の一文字だけで済まされると思っている訳じゃないよな?」

 

8割方思ってたよ。

 

やれやれ、幼馴染なら察しろよ。と言う意味も含めてそういうと、暦は自転車を止め、此方に近寄ってくる。

 

「それで、羽川……でいいんだよな」

 

暦は分かってはいながらも、そう問い掛ける。

 

「──うん、そうだよ」

 

ぼくからは羽川さんの表情は見えない。

 

「一つだけ、羽川と怪異を切り離せる方法が分かった」

 

暦の足元から金髪の幼女がひょこりと顔を出す。

 

「……」

 

ジトーっと、此方を見つめる幼女。彼女こそ、暦を吸血鬼擬きにした張本人であり、鉄血にして熱血にして冷血な吸血鬼である。

 

「忍野が言うには力を吸って貰えばひとまずは治るってよ」

 

ただ……と暦は言葉を止める。

 

羽川さんがまたストレスを溜め込んでしまったらまた出てくるかも知れない……そんな所だろ?

 

「あぁ、そうだ」

 

「阿良々木くん。お願いしてもいいかな? 私の気が変わらない内に」

 

暦がこくりと頷くと、暦の影から飛び出した幼女が羽川さんの首にパクリ、と噛みついた。

 

「あっ……」

 

吸血鬼の特性もまた、エナジードレインらしい。触り猫と吸血鬼では怪異としての格が一段階も二段階も違う。最初の草むらで出るモンスターと、伝説や神話に名を連ねるモンスターくらいの差だ。

 

羽川さんの髪は見る見るうちに元に戻り、耳も消えてしまう。そして、ゆっくりと倒れた。その顔は何処までも穏やかなものだった。

 

ゔっ!

 

膝枕されていたぼくは当然、姿勢を崩してコンクリートに頭をぶつける。

 

「……私の気が変わらない内に、か」

 

暦は羽川さんの言葉に何処か引っかかっていたようだ。

 

気にするなよ、大丈夫さ。

 

「そんな格好でよくそんな呑気な事を言えるもんだな……」

 

先ほど暦が言ったように、今のストレスが消えても、その元凶がある限り、また限界が来るだろう。

 

それは──だからね。

 

ぼくは暦に向かって、キメ顔で言った。

 

「お前、それは本人に言うべき事だろ?」

 

ぼくの隣に腰を降ろした暦は呆れていた。

 

 

 

 

013

 

 

 

血だらけ真っ赤っかのサンタも真っ青になるような格好で自宅に戻ろうとしたが暦に猛反対され、ちょっと待ってろ! と自転車で爆走する幼馴染を見送り、緊張の糸が切れたのかぼくは意識が朦朧とする。

 

今日は月が綺麗だなぁ……。

 

薄れゆく意識の中で、ぼくはまんまるおつきさまを見て、呟いた。

 

「あなたと見る月だから、でしょうね」

 

おいおいおい。起きてたわ羽川さん。

 

いや、まさか、今まで寝たふりを? パワフル幼女にエナジードレインされて体力無くなっちゃったんじゃ? え? じゃあさっき暦に言ったことも聞かれてたの? え?

 

もうこのまま暦が来るまで寝てようかな、という思いは無限の彼方へ吹き飛び、ゆっくりと姿勢を横へ向ける。

 

そこにはにっこりと、笑顔を見せる美少女が居た。というか羽川さんだった。

 

ほあああああああ! ほあッ! ほあァーーーーーー!

 

怪我をしていなければきっとぼくはそんな叫び声をあげていただろう。あぁ、穴があったら入りたい。ブラジル辺りまで。

 

羽川さんは起きあがろうとせず、ぼくと同じように夜空を眺め始めた。

 

「私ね、好きな人がいるの」

 

羽川さんはすぅ、と深呼吸をして、唐突にそんな事を言い始めた。

 

へぇ、そうなんだ。

 

ぼくもまた、夜空を見上げて他人事のように言った。

 

「いつからだったかな? その人の事、好きだなぁって思っちゃったのは……思い出せないくらい昔で、でも好きっていう気持ちはどんどん増えていって、新しく上書きされていくの」

 

不思議だよね、と羽川さんは笑う。

 

はは、羽川さんにそこまで好かれているなんて、その人はきっと勇敢で、男前な人なんだろうね。

 

「うーん……男前かどうかは兎も角、勇敢で、優しい人だね。こんな私の為に身体を張ってくれる、くらいだもの」

 

……。

 

「長壁くん」

 

──私、長壁くんの事が好きみたい。

 

羽川翼は何でも無いように告白した。まるで次の授業は何だっけ? と会話でもするような声色で。

 

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