所謂日常的な物語 作:亀はん
014
──私、長壁くんの事が好きみたい。
そんな告白を受けてから一週間が経つ。羽川さんが学校にまた通い出して一週間。最初の2日くらいは見る度に大丈夫だった? と心配の声を掛けられていた。
いつも通りに振る舞う彼女をみていると、やはりあの告白は血を流しすぎて気絶した後にみた走馬灯のような、夢だったのかも知れないと思えてくる。
「おい、どうしたんだよ。そんな所で突っ立って」
あーごめん、誰だっけ?
「忘れるなよ! 仮にも長年連れ添ってる幼馴染だろ!」
そうだった、こよこよか。
目の前に暦が居たのにも気づかないくらいぼーっとしていたらしい。
「そんなあだ名、最近戦場ヶ原にも呼ばれたぞ。もしかしてお前が発祥か?」
いや、これは神原だよ。
確かBL本の中に
「ここ最近で一番いらない情報をどうもありがとう……」
ふむ……。
ぼくは思案する。羽川さんのアレを暦に相談するべきか否か。いや、待てよ。うーん……いくら彼女持ちとは言え、暦のアドバイスは参考になるのか?
「なんだよ」
不満げな顔で此方を見ているアホ毛。
「あ、長壁くんと阿良々木くん」
その声を聞いた瞬間、ぼくはビクリと反射的に震えた。
「よぉ羽川。身体は大丈夫なのか?」
ぼくの心中を知らず、暦は羽川さんと会話を始めた。
「もう、そんなに心配しなくとも大丈夫だよ」
何の変哲もない、日常的な会話。ぼくは一言も発さないまま、暦と羽川さんの会話を聞いていた。
「長壁くん、どうしたの? 具合でも悪い? 何だかいつもより目つきが少し悪いね。もしかして寝不足かな?」
あの言葉が夢なのか現実なのかはさておき、返事が出来ていないという事がぼくが羽川さんに負い目のようなものを感じている原因だ。「あの日、ぼくに告白したよね?」と馬鹿正直に聞くのは流石に自意識過剰すぎるだろう……と、ぼくは思ってしまった。
え? あぁ、うん。大丈夫だよ。
故に、こうして心配してくれている羽川さんに対して、ぼくは勝手に一人でギクシャクしている。
「そっか、暑くなってきたし、体調にも気をつけないとね」
いつもと同じように、優しく微笑んでいた。あの日の事なんて、無かったように。
「そういえば羽川。僕の記憶が間違っていなければお前、何か先生に頼まれてなかったか?」
ふと、暦が何かを思い出したようで、羽川さんにそう問いかける。
「あ! そうだった。先生が頼みたい事があるって」
「仮にも病み上がりなのによく手伝おうとするな。僕なら確実に断る」
「もう、阿良々木くんは……」
羽川さんはドヤ顔で語る暦に呆れた後、じゃあ行ってくるね、と言い残して去っていった。
「……で、羽川と何かあったのか?」
彼女の姿が見えなくなったところで暦はそう切り出した。
変な所で勘がいいな、こよみゅん。
「某サン⚪︎オキャラのような渾名はやめろ」
とりあえず、此処では話しにくいから人気の無い場所に行こうか。
そう言ってぼくらは移動し始めた。学校で人気のない場所なんて限られているけれど、人が多いよりはマシだろう。
「は、羽川に告白されたァ!?」
うるさいですね……。
人気のない場所選んだけどあまりにも大声で叫ぶものだから意味が無かったかも知れない。理由を話すまではずっと聞いてきそうなお節介に話をしてみた所、暦は顎が外れそうなくらい驚いた。
「そうか、僕がお前の着替えを持ってくる間にか……でも、帰ってきた時には気を失ってたよな? 羽川は起きていたけれど」
そこなんだよ、問題は。
「成程な……確かに、仮に僕が同じ状況になってしまった場合、夢か現実か疑いたくもなる。しかも相手が羽川だしな……」
まぁ、羽川さんなら間違っていたとしても冗談で受け流してくれそうではあるけどね。
暦の羽川さんのイメージは少し憧れとかそういうので美化されている気がしないでもないが、ぼくも正直羽川さんに「え、何こいつキモ……」と言われたら寝込むかも知れない。
「もう、聞くしかないんじゃないか? こう、雰囲気の良い時にさ」
暦はフワッとしたアドバイスっぽい事を言うが、そんな都合よく事が進むわけではないだろう。怪異と違って、明確な解決策があるわけでも無いので困ったものだ。
そもそもあの戦場ヶ原と暦がお付き合いを始めたのも偶然が重なった結果のようなものだし、アテにしたのは間違いだったかもしれない。
「そのうわこいつ参考にならねぇ……とでも言いたげな顔はやめろ」
考えてみれば、話の最中にペンをいじっているように見せて実際は遠近法で胸をいじって遊ぶような奴に相談したぼくがバカだった。
「お、おま! なんでそれを知って……!」
え、マジでやってたの? 引くわー。
マジかよ。マジなのかよ。やってそうだなって事を適当に言っただけなのにまさか本当にやっていたとは。これからは付き合い方を考え直さなければならない。
「クッ……! ハメられた!」
それ戦場ヶ原にもやってるのか?
「してたら僕の指が物理的に飛ぶだろ、多分」
うーん、容易に想像できそうな光景だ。
「……で、実際のところ。お前自身はどう思ってるんだよ、羽川のコト」
話が逸れ、雑談になっていた所で暦が本筋へと戻す。
……知ってるだろう、ぼくの事情。
「分かってる。一応、聞いただけだ」
ぼくの事情に対して、恐らく語ることはまだ無いだろう。ぼくはそれを話して、人を離してしまった事があるからだ。
「僕は……お前が納得して決めた事なら応援するけど、間違った事をしようとしたら止める。それだけは言っておく」
今、ぼくはどんな顔でいるのだろうか。それを見ていた暦はどんな気持ちだったのだろうか。
017
「ねぇむーくん。そこのアイス取ってよ」
結局、雑談で無駄に時間を浪費しただけに終わり、自分自身でどうにかするしかないか、という結論に至った。暦と帰ろうとした時、戦場ヶ原が現れて暦は連れ去られていったので一人寂しく帰宅。
「ありがと!」
目の前に寝転がってアイスを食べる妹分を頬杖を突きながら見ていた。そのうち向き合わないといけないものを見ようとしない、所謂現実逃避というものである。
しかし、美味しそうにアイスを食べるものだ。見てる此方もアイスを食べようかと思わせるくらいだ。
「ふふん、そんなに羨ましそうに見てもあげないよ!」
何を勘違いしたのか、その前の着物少女こと阿良々木月火は挑発するような物言いでそう言った。
それ、そもそもぼくの家にあったやつだろ。しかも月火ちゃん……君が買わせた奴。
しかも高い奴。
「んー? 私がそんな酷い事する訳ないじゃん! ただ、あぁ、このアイス美味しそうだなぁ、食べてみたいなぁってむーくんの目の前で言ってみただけだよ」
人、それをおねだりと言う。
「それで、何か悩みでもあるの?」
月火ちゃんはアイスを食べ終えるや否やそう問いかけてきた。
……そんなに顔に出やすいかな、ぼくは。
「顔もだけど、雰囲気で分かるよ。私レベルになるとね!」
ぼく検定何級持ってるんだよ月火ちゃん。
暦然り月火ちゃん然り、兄妹は似るものだなとぼくはしみじみ思う。
実は──。
そう口を開いた時、ぼくは少し前に会った月火ちゃんのメールを思い出した。
「ん? どうかしたの?」
『勝手に彼女とか作らないでね♡』
…………実はさぁ……クラスメイトからある相談を受けちゃってね。
ここでぼくは怪しまれないように実在しないクラスメイトの話をする事にした。
「ほうほう」
月火ちゃんも興味があるのかズイ、と距離を縮めてくる。
そいつは、ある女子から目の前で告白されたらしい。
「ほうほう!」
やはり中学生とはいえ女子。恋愛事にはテンションが上がるらしい。
でも、そいつはその女子からの告白が、夢か現実か区別が付かないって言うんだ。
「ん……? どういう事? もしかしてゲームでしたってオチ?」
いや、どうやら嬉しすぎて気絶してしまったらしい。
「あれま」
だから起きた時、実際に起こった事なのか、夢だったのか判断ができなくなった。でも、自分で確かめるにも間違っていたら恥ずかしいし、それを聞いてしまうとその人にとって、一世一代の告白をきちんと聞いていなかったクソ野郎とも取られかねない。
「めんどくさい! めんどくさいよ! その人めんどくさいよ!」
月火ちゃんは両手をあげてジタバタとしている。
め、めんどくさい……。
真剣に考えていた事をそう言われ、割とガチ目のリアクションにぼくは若干凹んだ。
「あのね、むーくん。私にはその人の気持ちは計りかねないけれど、その人に告白した人は本当に好きで、好きが溢れたから告白したんだよ?」
好きが溢れる。
ぼくはその言葉を噛み締めるように呟く。
「そう! だからむーくんが言うべき事はただ一つ!」
ビシ! 月火ちゃんはぼくを指差す。
「現実を見ろ!」
現実を見る。
「結局のところ、もう聞くしかないんだよ。それしかないんだよ」
そう、か。成程ね……。
やはりというべきか、女子の意見は参考になる。……歳下の、それも妹分に教わるのは何とも情けない気がするが。
ありがとう、月火ちゃん。参考になったよ。
御礼にお茶でも入れようかと思い、立ちあがろうとした時、ぼくの手を月火ちゃんが掴んだ。
「それで───」
誰に告白されたの? むーくん。