『砂上を極めしもの達が集うこのレース!JBCスプリント!1番人気はやはりこのウマ娘、4番スマートファルコン!エルムステークスでハルウララとの激闘を見事に制しました!2番人気は6番、キングヘイロー、ダートでもその強さを発揮するのか!3番人気は10番ハルウララ!誰がこのウマ娘がこの舞台に立つと予想したでしょう!素晴らしい成長を見せています。4番人気は...」
柔らかいようで少し固いダートの上を、私はゆっくりと歩いていく。
歓声が、熱気が、この熱く高鳴る胸の鼓動を、加速させていくのを感じる。目の前に広がるゲートは、まるで牢獄のようで、そこに入れば逃げ道はないぞと、そう言わんばかりに口を開けて待っている。
少しだけ屈んで、自分の右膝に手を添えた。痛みも、違和感も、何もないその膝を撫でて、私は覚悟を決めた。
..お願いだから、最後までもってね。
そう心の中で、祈るように呟き、ゲートの中に入った。
歓声が、ラッパ音とともにやんだ。怖いほどの静寂、それが、不思議と今の私には心地の良い楽曲のように聞こえてくる。
スタートの姿勢をとった。低く、右膝を曲げる。
目の前の扉が、開いた。
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『各ウマ娘、今一斉にスタートしました!先頭争いは4番、スマートファルコン、ファーストアロー、続いてニシノフラーと続きます。11番、14番と続いてハルウララ、キングヘイロー互いに足をためている!』
ゲートが開くとともに、私は自分の定位置にうまく入れた。ファルコンちゃんは先頭争いに予想通りに参加している。キングちゃんは私のすぐ後ろで控えてる。きっと、私をマークし続けるつもりだ。
第1コーナーが終わる頃には、すでに集団グループが二つ形成されている。私は、後方に行きすぎないように前へと足を進めていく。
後ろから見る遥か遠くのその背中は今までで1番力強く見えた。
...やっぱり、はやいな。
レース中なのに、ワクワクが止まらない。はやく、はやく仕掛けたい、そんな焦りを懸命に抑えた。
『第二コーナーに差し掛かろうというところ!以前先頭はスマートファルコン!懸命に後続集団を引き連れていきます!ファストアロー厳しいか徐々に順位を落としている続くのは...』
第二コーナーに入るまでの直線のペースは、体感的にかなりはやく感じた。けれど、トレーナーに嫌々させられた前傾姿勢のおかげで、かなり楽に進めた気がする。前に、前に、徐々に順位を上げて、先頭を狙う。その動きに合わせるように、キングちゃんもピッタリとついてくる。溢れるようなプレッシャーを、背後から感じる。
第二コーナーを抜ければしばらくカーブが続く。そこでどれだけロスをなくせるかが重要だと、トレーナーは言ってた。
脚は、まだある。大丈夫、まだ、全然差せる距離だ。..なのに、
先頭を走るファルコンちゃんの背中が見える度に、私の心は焦り出す。
まるで、今行かないと間に合わない、そう言っているかのようで
だから私は、思いっきり足に力をこめた。
地面をえぐりとるように、蹄鉄を沈ませ、蹴り上げる。
体が、加速していくのを肌で感じる。
『おっと!第二コーナー中盤でうごきがあります!10番ハルウララ!ここから仕掛ける!すごい、すごい速度で上がってくるぞ!キングヘイロー遅れて追走!全くレースが読めない!』
以前の私なら、きっとここで仕掛けても最後までスタミナが持たなかった。だけど...今は違う。毎日、やり込んできた。スタミナも、筋力も、自分の全てを鍛え上げてきた。
前に、前に、その背中を目掛けて、私は走った。
...ねぇ、お母さん、見てくれてる?トレーナー、見てくれてる?
私...こんな大舞台でさ、こんなにも強い娘とさ、
『第三コーナーに入るところでハルウララ!先頭のスマートファルコンに並んだ!並んだぞ!エルムステークスの!あの夏の再現が今ここに起きています!』
先頭、走ってるんだよ。
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「!?あいつ、ここで仕掛けたのか!?」
ウララが並ぶと共に、場内の歓声は割れんばかりに響き渡った。
ウララが本来仕掛るタイミングは、最後の直線に入る第四コーナーからのはずだ。ここで仕掛けても体力が持つはずが...
「..ウララちゃんなら、大丈夫だよ。」
胸の内の心配を、ライスが優しく否定した。
黙ってレースを見つめる彼女の目には、まるでウララの勝利を確信しているかのような、そんな強い光が見えた。
ライスの言った通り、ウララは、先頭に立ち続けていた。
その光景に、俺は言葉を失っていた。
スマートファルコンとウララは、今、日本中から集められたスプリンター達の集団を、およそ3馬身ほど離して先頭をかけていた。どちらも、一歩も譲らずに、砂上の上を力強く駆け抜けていく。
ウララが、G1レースの先頭に立っている。
これが何を指しているのか、もう言葉にしなくても十分だった。
「..ウララちゃんは、勝つよ。」
ライスが、確信を持ってつぶやく。
その言葉に、俺も黙って頷いた。黙って頷くことしか、できなかった。
ウララとスマートファルコンのペースは落ちることなく、むしろ加速しているように感じた。
『さあ!先頭はハルウララとスマートファルコンが並ぶ展開だ!その後ろ少し遅れてキングヘイローが続いていく!大欅を超えて第四コーナーに入っていくぞ!このまま2人の勝負になってしまうのか!』
まるで、2人だけの世界を見ているかのようだった。
永遠にこのレースを見ていたいとさえ思えた。
それほどまでに2人の走りは、俺の心を揺さぶったのだ。
脚の故障を感じさせないほどの走りを実現させたファルコン、本能のままに仕掛け、それを実現するほどの練習を重ねたウララ。
この2人のレースが、ここで終わってしまうことが、その先を見れないことが、俺には悔しくて仕方なかった。
『第四コーナーを抜けて最後の直線だ!先頭はスマートファルコン、ハルウララせっている!キングヘイローじわじわとその差を縮めてきているぞ!さあ!誰が来る!誰が来る!』
目の前を通過した彼女達は、まるで全てを追い抜くかのように、俺達の目の前を駆け抜けていく。
たった1分の勝負。けれどそれは、俺が見てきたレースの中で、最も長く、熱いレースだった。
レース中盤、ウララちゃんが上がってくるのを感じた。ここまで、まだ痛みはなかった。今日、確実に私は、最高超の走りをしていると、肌で感じ取っていた。第3コーナーに入るところで、誰かが私の隣に並んだ。私にはそれが誰なのか、見なくてもわかった。
桃色の尾を靡かせながら、私の隣にきた彼女。私は引き剥がそうと、さらに加速した。けれど、彼女は来る。どれだけ加速しても、加速しても、彼女は私の隣に来るのだ。...それが、とても幸せだった。
第四コーナーを、私は先頭で駆け抜けた。そして、最後の直線。
残っていた力を、全て出し切る。
前傾姿勢をより低く保ち、風の抵抗を減らす。真っ直ぐに、ゴールラインを目指して、私は地面を蹴り出した。
『スマートファルコン!スマートファルコンが抜けた!ハルウララが並んでいるぞ!ファストアロー後続から仕掛けてきた!..』
ウララちゃんもそれに合わせるように加速して、その差をすぐに埋めてきた。
...ああ、楽しいな。
2人で走る先頭は、音も、色も、何もない真っ白な空間で、私達だけの呼吸音だけが聞こえていた。そんな景色に、雑音が入る。
痺れるような痛みが、右膝に走り出した。脚が、止まりそうになる。
一瞬の迷い、遅れ、それを私は噛み殺す。
痛い。痛い。痛い。意識が、飛びそうになるほど、痛い。
...けど、そんなことは、初めから分かってた。
痛みも、後悔も、悔しさも、全部、全部、全部、
この直線に、置いていくんだ。
「っぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
痛みを、苦しさを、吐き捨てるように叫んだ。残っている力を、全て出し切る。右脚の蹄鉄を鎮める。最後の加速。錆びている車輪が、また動き出した。それは止まることはなくて、きっと、その時の私は今までで1番速く走れたと思う。
『スマートファルコン!強い!強いぞ!もうゴールは目の前だ!』
自分の全てを出し切って走った。後悔も、言い訳もできないほどに、全てを出し切って...
だから、私は嬉しかった。目の前に、その背中があることが。
嬉しくて....悔しくて、仕方がなかった。
ゴールまで数メートル。...ああ、終わってしまう。
...ねぇ、ウララちゃん、私さ...いつかね...
また、ウララちゃんと走りたいな。
『いや!ハルウララ抜けた!抜けた!抜けた!先頭はハルウララ!ハルウララ!JBCスプリントを制したのはハルウララだぁー!』
その時に見た、小さくて、なのに、どこまでも大きい背中を、
世界中の誰よりも強い、そのウマ娘の背中を、
私は一生忘れない。
ずっと、誰かの背中を見てきた。みんなに置いて行かれて、前には常に誰かいて、それでも、いつか勝てるんだって信じて、走り続けてきた。何度も、何度も負けて、負け続けて...それでも。
私は、今、先頭を走っている。
呼吸することが、脚を動かすことが、苦しくて仕方がない。自分が何故走れているのかもわからない。それでも、私は、ファルコンちゃんの横を、走っている。
楽しくて、仕方がなかった。
ファルコンちゃんが加速して、それに追いついて、また加速して、追いついて...何度も、何度も、私達は並んだ。キツくて、苦しいのに、その時間が、永遠のものになればいいとすら感じた。
...けど、わたしは約束してしまった。
お母さんに、お母さんの娘は..私は、強いウマ娘であることを見せると
キングちゃんに、燃え尽きるような走りをすると
ファルコンちゃんに、全力でぶつかると
ライスちゃんに...トレーナーに、もうこれ以上負けないと、ずっと、ずっと約束している。何度も、何度も裏切ってきた。その度に、たくさんの涙を、流させてしまった。...もう、そんな思いをさせるのは、嫌だ。
だから、私さ、勝たないといけないんだ。
もう無理だと、そう言わんばかりに止まりそうな脚に、最後の力を込めた。これが、最後の加速になる。
思いっきり、私は地面を蹴り上げた。少し前を走るファルコンちゃんを、追い抜いた。風が、音が、全てなくなるほどの加速。
...限界のその向こう側は、何もない、私だけの世界が広がっていた。
その日、私は初めて、G1という舞台で、先頭に立ち
たくさんの約束を、守ることができた。
世界が、止まったのかと思うような、一瞬の静寂。そして、それが現実であると認識した瞬間、会場は声援で、溢れんばかりの歓声で包まれた。私は、乱れる息を、真っ白になりそうな頭を、懸命に落ち着かせようとした。
電光掲示板には、アタマ10番...タイム、1分10.6
私の、番号...そして、私の、ベストタイム。
「...勝ったんだ..私。」
信じられないとばかりに、口をついてでた、そんな言葉。
だって、そうだよ、こんなにもたくさん強いウマ娘がいるのに、私なんかが...
「おめでとう、ウララちゃん。」
ファルコンちゃんのその言葉が、自己否定しそうになる私を、無くしてくれた。
「...本当に、おめでとうございます、ウララさん。」
キングちゃんも、少し悔しそうな表情をした後に、私にそう言って笑いかけてくれた。
「...まるで、2人だけの勝負でしたわ。..悔しいですが...完敗、ですわね。....けれど、こんなにも素晴らしいレースを、こんなにもそばで見れたことを..本当に、光栄に思えます。...ですから」
そこで言葉を区切って、キングちゃんは私とファルコンちゃんを交互に見た。そして不敵な笑みを浮かべて
「またいつか貴方たちにリベンジを。」
そう言い残して、キングちゃんはコース場を後にした。
「...またいつか、か。」
その言葉に一瞬悲しそうな表情を浮かべて、けれどそれをすぐに笑顔に変えて、ファルコンちゃんは私の方に向いた。
「ね、ウララちゃん。」
そう語りかけるファルコンちゃんは、とても優しい表情をしていた。
「...ありがとね。私と、走ってくれて。」
そして、私を優しく、抱きしめてくれた。
違うよ、ファルコンちゃん、感謝するのは、私の方なんだよ。
こんなにも私が速く走れたのは、ファルコンちゃんがいたからなんだよ。私が限界を越えられたのは、ファルコンちゃんと競えたからなんだよ。...そう、伝えたいのに。
言葉が、涙で、出てこない。
歓声が、拍手が、私達を包んでいく。
コース場で泣くのは、もう何度も経験した。
けど、こんなにも嬉しい涙を流したのは、生まれて初めてだった。
もう冬だというのに、溢れるような熱気に包まれながら
その日、私はG1という舞台を制した。
ウィナーズサークルに彼女が立つ前に、私はコースを後にした。控え室へと続く廊下を、できるだけ進んで、壁にもたれた。
「...もう、いいよね。」
出口まで、距離はある。もう、誰に見られることもない。
私は、崩れるように床に腰をつけようとした。歩くだけでも精一杯だった。痛みすら感じないほど、私の右足は、歩くという感覚すらも失っていた。
床は思ったよりも硬くて、打ちつけた腰が少し痛かった。
しばらく床に座って、ぼーっとしていた。
遠くから、かけてくるような足音がした。振り返ると、いつものように優しそうな表情ではなく、焦りと後悔のような表情を浮かべた彼女が..私のトレーナーが、走ってきていた。
「ファルコン!」
彼女は、駆け寄ってくるなり、すぐにわたしを抱きしめた。
「...ごめんなさい、ごめんなさい...やっぱり、こんな状態の貴方を、出すべきではなかった!ごめんなさい!ごめん..なさい!」
そして、震える声で、私にそう謝り続けた。
「...そっか。トレーナー、知ってたんだ。」
うまく、隠してきてるつもりだった。けれど、彼女には、お見通しだったらしい。...それでも止めないでいてくれた事を、私は心から感謝している。
「ありがとね、トレーナー。私を、この舞台に立たせてくれて。」
震える彼女の手を、私はそっと握りしめた。
「...私さ、幸せだったんだ。ウララちゃんと、一緒に走れて、最後に、最高の走りができて、本当に嬉しかった。...だからさ、お願い。」
私は、トレーナーを、優しく、優しく抱きしめて
「..もう、泣かないで。」
泣き続ける彼女に、そう、微笑みながら語りかけた。
その日、初めて私は、ウィニングライブに出る事なく、レース場を後にした。
「..ウララちゃん、嬉しそうだったなぁー。」
トレーナーの肩を借りて車にのって、病院に向かう道の途中、私はそう呟いた。
そんな私の呟きに、彼女は優しく、そうね、とだけ返して、運転を続けていた。
強かった。本当に、痺れるような走りだった。
それを実現するほどの練習量を、あの子は、あの小さい体でこなしてきた。それが、どれほど辛くて過酷なことか、きっと、それはあの子にしかわからない。
...報われたんだね。
その努力が、報われてくれたことが、素直に嬉しかった。嬉しくて、嬉しくて仕方がない....だけど、ああ、それなのに、
悔しいな。
全部を出して、痛みを噛み殺して、命をかけて走って、届かなかった。
私は、敗北した。
悔しい、そう思った瞬間に、止めどなくでてくるものを、私は懸命に堪えようとして
「...ファルコン、我慢は、もうしなくていいのよ。...もう、十分に頑張ったんだから。」
けれど、トレーナーのその言葉で、もうダメだった。
声にならない声で、私は泣いた。声が枯れるまで泣き続けたのは、初めてだった。
それを、何も言わずに黙って聞いていてくれるトレーナーの優しさに私は甘えて、ただひたすらに、泣き続けたのだった。
冬の夕方は暗くて、車の外は、まるで夜のようだった。
「冷え込んできたわね。」
病院について、車を停車させたトレーナーはそういうとコートを私に渡した。
「...その格好のまんまだと、寒いわよ。」
そういう言って彼女は微笑み、私に優しくコートを着させてくれた。
肩を借りながら、ゆっくりと病院の中に向かう。
外はとても寒くて、はやく中に入りたかった。
そんな私を嘲笑うかのように、冷たい風が吹く。
JBCスプリント 1分11
私のレースは、これが最後となった。
今回少し短めです!展開をどうするか迷いに迷って結果こうなりました!
皆さんのお考えに添えてるかわからないんですけど、自分的にはこうするのが1番納得する展開です。
この後のストーリー展開が作れてなくて、とりあえずここで一旦投稿するという形になります。引き続き応援してくれると嬉しいです。