最弱と言われた彼女は   作:こたれん

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投稿遅れましたすみません!
フェブラリーステークスの日程を変えてます!



その背中を見た者達。

スマートファルコンの引退は、レースの一週間後に発表された。

ウララとファルコンの激闘を称えたインタビュー、テレビ番組や新聞記事は一変して、ファルコンの電撃引退のものに変わっていた。

そんな現状を、俺は極力避けないように見続けた。

それが、ファルコンを止めなかった俺ができる唯一の向き合い方であると考えたからだ。

「...ウララちゃん、今日も練習きてないね。」

「ああ...そうだな。」

ウララは、ファルコンの脚の故障のことを知ってから、練習に顔を出さなくなった。練習どころか、授業にも出ていないことが多い。どこかに出かけているのか...寮を空けていることもしばしばある。ライスも部屋を訪ねてはいるそうだが..ウララは、いろんな理由をつけて練習への参加を断ったそうだ。もちろん、俺への連絡もない。...けれど、ウララがそうなった理由は、ほぼ確信をもって理解できている。

誰かの笑顔が見たくて、走り続けた彼女。そんな彼女が、自分と走ったレースで...もしも、ウララにとって大切な誰かが、二度と走れなくなるような怪我を負えば、それは..ウララにとって、あまりに辛い出来事なんだと思う。

先週から同室になったキングヘイローに様子を聞いたが、表向きは元気な様子だそうだ。...けれど、レースの話をしようとすると、途端に話さなくなると、そう語るキングヘイローの口ぶりは、まるで愛しの我が子を心配するかのようなものだった。 

俺は、そんなウララにどう接すればいいのか、わからなかった。

大切な人を、自分のせいで傷つけてしまう。

それが例え思い込みだとしても、それでも本人からすればそれは変えられない事実で...そんな辛い現実を見ている彼女に、慰めなんてきっと意味がない。...ファルコンに、何もできなかった時と同じだ。

俺は、何も決められない。

「...うるせーな!」

ファルコンの引退に関する報道番組が流れるテレビ番組を、俺は苛立ちげに消した。...結局、向き合うなんていっても、ただの独りよがりなのだ。少し感情が制御できなくなれば、このざまだ。

ライスが、びくりと体を震わせ、俺の方を恐る恐る見てくる。

そんな彼女に俺は、小さくすまんとだけ伝えて、

「..少し、外の空気を吸ってくる。」

重い空気がたちこもっているトレーナー室を後にした。

 

冬はだいぶ本格的になってきていて、昼間なのに寒さで体が震えてくる。俺はなんとなしにダートコースに足を運んだ。昼間、普段なら、生徒達は勉学に励んでいる時間だが今日は土日だ。たまの休日をたしなんでいる生徒も多いだろう。俺は、誰もいないコースを、コース外のベンチからぼーっと眺めていた。

「...あら、トレーナーさん、1人で黄昏れて、どうされたのですか?」

そんな俺を、気品のある声音で挑発してくるウマ娘がいた。

...キングヘイローだ。

「...別に、黄昏れてなんかいませんよ。ただ、外の空気を吸いたくなっただけです。」

「そうですか、なら私も失礼しますわ。」

そう言って、彼女は俺の隣に腰掛けた。

「...やっぱり、ウララさんは今日も練習には参加されないのですね。..呆れますわ。」

そう語る彼女の横顔は、呆れというよりも寂しさを感じているような、そんな表情をしていた。

「...すみません。」

そんな彼女に、俺は素直に謝った。ウララが今ここにいないのは、何よりも監督者である俺の責任だ。...勝者がこんな姿じゃ、敗者となった彼女達が、報われない。

「なぜ、あなたが謝るのですの?」

そんな俺の謝罪を、キングヘイローは嘲笑うかのように否定した。

「あなたの独りよがりの謝罪なんて、私は聞きたくありません。」

「...そいつは、どーも。」

キングヘイローのその口ぶりに、俺は思わず口調を強めてしまった。

「...ふふ。やっぱり、私は素のあなたの方が好きですわ。」

キングヘイローは俺の口調を咎めるどころかむしろ嬉しそうにそう言うと、一つ大きな伸びをした。

「あの時、私は勝負の土俵にすら上がれませんでした。」

そして、まるで懐かしむかのように彼女は、遠い空を見上げながら語り出した。

「2人だけの世界、2人だけのレース。...場上適正なんて、言い訳にならないぐらいの、敗北。」

そこで彼女はうつむき、悔しそうに唇を噛んだ。

「思い出しただけでも...腑が、煮え繰り返りそうなほど腹立たしいですわ。まるで、私の全てを、否定されたかのような、私の走りを、嘲笑うかのような、そんな光景...それが、どれほど悔しい光景で..美しい光景だったか。...どれだけ、その光景に憧れたか...。」

そして、俯いていた彼女は、どことなく悲しそうに笑った。

いつものような、高飛車な笑い方ではない、本当に、悲痛な笑みだった。

「次のフェブラリーステークス。私は、走りますわ。...そして、そこでウララさんに勝ちます。」

けれど、その笑みをすぐに消して、キングヘイローは宣言した。

「...敗者が...私が、彼女の走りからどれほどのものを学んだのかを...どれほどの強さを感じたのかを、今度は、私が彼女に教える番です。」

その時のキングヘイローの瞳は、ウララが決意を決めた時と同じような、そんな真っ直ぐな想いを持った光を宿しているように感じた。

「田辺さんには、また迷惑をかけてしまいますわね。」

小さくそうつぶやいて、キングヘイローは立ち上がった。

彼女は、俺の前にくると両手を組んで俺を見下しながら、今度はいつもの、高飛車な笑い声を上げた。

「オーホッホホ!あなたもせいぜい観客席から見ているがいいですわ!私の華麗なる走りを!」

そう、高らかに語る彼女からは、いつも感じるはずのうざったさはなくて...何故だか、今の俺には、その傲慢とも呼べる自信が、とても眩しく、鮮明に映った。

「...ですから、ウララさんにも最高の走りをまたしてもらわないと困るのです。...その走りに勝ってこそ、私が、あの日受け取った全てを、彼女に伝えることができるのですから。...ウララさんに、貴方の走りは、こんなにも私を強くしたのだと...伝えなければ、ならないのです。」

静かにそう語るキングヘイローは、いつものような傲慢さも、高飛車な態度も、それらがまるで嘘であったかのように純粋で、真っ直ぐな声で、ウララに対しての想いを、決意を、俺に...そして、おそらく自分自身に、伝えていた。

「さて、話し込みすぎましたわね!それでは私は、練習に行かさせていただきますわ!」

そして、キングヘイローはいつものように、高飛車に笑いながらコースに向かっていった。聞かれるのが恥ずかしくて、俺はこの胸に生まれた想いを、去りゆく背中に、小さく呟いた。

「...ありがとう。」

たった一言、俺はそう呟いて、ベンチを後にした。今から向かうところは、もう決まっている。きっと、彼女はここにいるという確信が俺にはあった。...いや、今までもあったが、それを見てみぬふりをしてきた。

..でも、そんなのはもうやめだ。あの子の辛さを、受け止める覚悟をしなくてはいけない。敗北の辛さではなく...勝つことの責任に、レースの残酷さに立ち向かう彼女に、俺は目を背けていた。怖かったから。怯えている彼女に、その心におった...きっと今までで1番深い傷を、抉りとる言葉を...もう一度走れという言葉を、かけたくなかった。

でも、もう、ウララの走りは、ウララだけのものじゃなかった。

彼女の走りで、憧れを見たウマ娘がいる。彼女の走りに、命をかけたウマ娘がいる。

その事実を目の当たりにして、俺は、もう迷わなかった。

彼女は苦しんでいる。今までよりも、辛い現実に、起こってしまった悲劇を、その一身で受け止めて、傷ついている。

だからこそ、俺は伝えなくてはならない。

キングヘイローが、走りで応えるように。俺は、俺なりのやり方で。

トレーナー室に戻ると、まだライスが残っていた。

「あ、トレーナーさん..その、大、丈夫?」

さっきのこともあったせいか、恐る恐るライスがそう聞いた。

「...ああ、大丈夫。..もう、大丈夫だよ。」

だから、俺も極めて優しく、ゆっくりと、自分に言い聞かせながら応えた。

「...そっか。トレーナーさんが大丈夫って言ってるんだから、大丈夫だよね!」

ライスは、俺に撫でられたまま嬉しそうに、笑顔でそう言った。

ウララに会いにいくために、荷物をまとめる。

財布と携帯、トレーナーカード...ウララの、担当トレーナーである証。

たった一枚のカード、それが、こんなにもいろんな物を詰め込んで、俺の手に重たくのしかかっている。

それを俺は、包み込むように握って、そっと胸ポケットへとしまった。

「いってきます。」

「...うん、いってらっしゃい。」

どこに行くのかなんて、彼女にはお見通しなのかもしれない。優しい笑顔で送り出してくれたライスを見て俺は、最後の覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

電車に乗り、俺は訪れるべき場所にきた。

東京第二病棟トレセン学園前。

ここは、トレセン学園に所属している間に負傷したウマ娘達が手術、あるいは入院などの手当を専門的に、比較的安価で受けることのできる場所で、スマートファルコンはここに入院している。

...俺が、1番恐れている場所だ。

どんな顔をして、ファルコンに会えばいいのかわからなかった。

彼女をあの時止めなかった自分の判断を、否定したくなかった。

俺は...なによりも、その現実を受け入れたくないのだ。

彼女が、もう二度と走れないという現実、レースに出れないという現実...ウララと、走れないという現実。それが、あの時止めなかったことによって生まれたという、現実。

その一つ一つに向き合う勇気も、覚悟も、俺にはなかった。

けど、今はもう違う。

ウララが、もう一度走れるようになる為に...ウララの走りから、想いを受けた者たちの為に...俺自身が、向き合わなくてはならない。

独りよがりな向き合い方じゃない。真っ直ぐに、その現実を目の前にしてもなお、後悔しないという覚悟を、俺はしなくてはならないのだ。

真っ直ぐに、廊下を進んでいく。そして、608号室、スマートファルコンが入院している病室の前に、俺は足を運んだ。

手が、すくんでしまう、足が、すくんでしまう。これほどまでに自分は小心者だったのかと、呆れるほどだ。...だけど、そんなことはもう言ってられない。

あの子が逃げ出したように、俺も逃げ出していた。向き合うことをせずに、自分勝手に責任を負ったつもりで.....そんなことは、もう、絶対にしない。

手をかけた扉を、優しく開いた。

その力に迷うことなく従い、扉は横に動いた。

「...トレーナー、なんで...」

目の前には、ギブスをその足に巻き、ベッドに横になっている彼女と、それを悲痛そうな目で見つめる、怯えたような様子の少女がいた。

そんな彼女を見て俺は..

「...よ、久しぶり、だな。」

自分でも驚くほど優しく、彼女に微笑んだ。

 

「今日も、来てくれたんだ。いつも、ありがとね。」

「ううん!全然!ウララ、ファルコンちゃんのお見舞いくるの好きだもん!今度はね、農家のおじちゃんからにんじんたくさんもらってくるから、ファルコンちゃんにあげるね!」

私は、学校を休んでよくファルコンちゃんの病室に来ていた。

あの日のレースの後、ファルコンちゃんの怪我のことを知った。どうしてここまでの怪我を負っているのかも、ファルコンチャンのトレーナーさんから聞いた。詳しい事情は、最近の報道でもう知ってしまっている。...ファルコンちゃんは、もう、走ることができない。

「...あの子は、初めからこうなる覚悟で、貴方と走ったの。だから、あなたが責任を追う必要はないわ。」

トレーナーさんはそう言ってた。...でも、それでも、ファルコンちゃんが走れなくなった事実は...私と走ったせいで、走れなくなってしまったという事実は、変わらない。...変えたくても、変えようがない。

だから、これが私にできる償いなんだ。

「...ねえ、ウララちゃん、最近、練習の調子はどう?」

「あ..うん!いい感じだよ!トレーナーも褒めてくれてるから!えへへ!次のフェブラリーステークスも、頑張って1番取るぞー!」

「そっか。うん、ならいいんだ。」

ファルコンちゃんは、私がお見舞いに来ると、必ずそう聞いてくる。

だから、私も決まってこう答えている。

けど..本当は、走ってなんかない。人生で、初めて嘘をついた。

もう、私に走る権利なんてない。だって...

私が、ファルコンちゃんの全てを奪ったから。

私の走りが、彼女の夢も、希望も、全部、全部、壊してしまった。

だから..私はもう走らない。もう..走れない。

「...ファルコ、ウララちゃんの走ってる姿、大好きなの。だからさ、こうしていつも来てくれて、練習のこととか話してくれるの、本当に感謝してるの...ほんとに、自分で走ってるみたいな気分になるからさ。」

そう嬉しそうに語るファルコンちゃんを見ると、胸が痛くなる。

本当は、走りたいはずなんだ。

センターに立って踊りたいはずなんだ。

それなのに、彼女の脚には、たくさんの包帯が巻いてあって、歩くことすらできなくて...私は、私は、

「...ファルコンちゃん..」

きっと、こんなことを言っても、何も意味がない。そんなことは、自分が1番わかってる。それでも、もうこの罪悪感に苦しめられるのは嫌だった。苦しくて、悲しくて仕方なかった。

私の言葉の続きを、彼女は待ってくれている。だから、もう言ってしまおうと、そう思って、私は口を開いた。

けど、言葉が出ることはなかった。..彼の、見たこともないぐらい優しい笑みが、私の言葉を遮った。

「...よ、久しぶり、だな。」

怒るわけでもなく、嫌味を言うわけでもなく、彼はそう言って私の隣に来た。

「...ファルコン、元気にしてるか?」

「まあ、ぼちぼちね。でも、こんなんじゃファルコ、まともに歩くこともできないから、ほんとに不便だよ!トイレに行くのも精一杯だもん!」

「ほほう、ウマドルはトイレに行くのか?」

「あ!...ちが、行かないよ!トイレ!ファルコ行かないからね!」

トレーナーはファルコンちゃんと何気なく、楽しそうに会話していた。

久しぶりに聴くトレーナーの声は、とても懐かしくて、暖かく聞こえた。

「ねね、トレーナーさん!ウララちゃんは最近どうなの?いい感じに仕上がってるー?」

「!?あ、ファルコンちゃん!えっと..」

ファルコンちゃんが、1番聞いたらダメな質問を、トレーナーにぶつけてきた。なんとか私はそれを誤魔化そうと言葉を探したけど、言い訳が思いつかなかった。

「...ああ、いい感じだよ。物凄くな。」

「!?」

けれど、トレーナーはそう答えてファルコンちゃんに微笑んだ。

「だから、安心しろ。...ウララは止まったりなんかしないから。」

「...うん、そだよね。トレーナーさんがいうなら、間違い無いね。...うん、本当に、安心した。」

そのトレーナーの言葉に、ファルコンちゃんは頷いて、優しい笑みを浮かべていた。

なぜ、ファルコンちゃんはここまで私に走って欲しいのだろう。何故、私を責めないのだろう。なんで..私の走りが好きなんて、言うのだろう。あの時私が約束なんていって、ファルコンちゃんと握手しちゃったから、何も知らずに、レースに出ちゃったから、ファルコンちゃんは傷ついてしまったのに、どうして...

「ファルコさ、本当に後悔してないんだ。レースに出たことも、その結果こうなってしまったこともね。」

体を起こしてギブスを巻いた脚をさすりながら、ファルコンちゃんはそう語った、

「...あの時、最後の、ほんの数メートル、ウララちゃんの背中が見えた時にね、嬉しかったんだ。もちろん、それと同じくらい悔しいんだけどさ...ただ、ファルコのライバルが、ちゃんと強くなってたことが、ウララちゃんの頑張りが報われたことが、ファルコには、まるで自分のことの様に感じちゃってね...。それから、また一緒に走りたいなって、そう思った。」

ファルコンちゃんのその言葉は、私の胸にナイフのようにささった。

叶うことのない願い、それが、彼女の口から出た時、私は、罪悪感で今にも押しつぶされそうだった。悔しさで、申し訳なさで、体が震える。

「...だからさ、2人にはちゃんと伝えておこうと思ってさ。」

そして、ファルコンちゃんは私達2人の目を交互に見て、とびっきりの笑顔で、こう言ったのだ。

「ファルコを...私を、最高の舞台で走らせてくれてありがとう!」

その言葉で、私はもう我慢できなくなってしまった。

「...!違うよ!全然、全然違う!私は感謝なんかされちゃダメなの!私がファルコンちゃんに、約束なんてしたから!わたしが...走ったりなんてするから!ファルコンちゃんは、ずっと、ずっと苦しんで...なのに!」

溜め込んでいた想いは、一度言葉にすると止まらなくて、私はファルコンちゃんの言葉の全てを、否定しようとした。

わからない。何もかもわからない。

「私のせいで!私のせいで!私が!」

うまく言葉がでてこない。言いたいことがまとまらない。けど、私が悪いんだ。私のせいで、私のせいで、私の....

「ウララちゃんは、優しいね。」

まるで幼い子供みたいに喚いてた私の頭を、ファルコンちゃんはそっと撫でてくれた。その手は、私のお母さんみたいに暖かくて、優しかった。

「...ずっと、辛い想いしてたんだよね。...ごめんね。」

悲しそうに、ファルコンちゃんはそう続けて、私の頭を撫でてくれていた。

「なんで、ファルコンちゃんが謝るの!あやまるのは」

「...でもね、違うんだよ、ウララちゃん。」

謝るのは私。そう言おうとした私の言葉を、ファルコンちゃんは遮った。

「ウララちゃんがあの時、ファルコに全力で走ろって言ってくれて、私、すごく嬉しかった。スプリンターの頂点を決めるレースで、一緒に先頭を走れて嬉しかった。....そのどれもが、ウララちゃんが、居てくれたからできたことで、ウララちゃんが走ってくれたからできたことで...それからさ、ウララちゃんが教えてくれたからなんだ。」

そう語り続けるファルコンちゃんはとても優しい表情で、私に笑いかけてくれた。

「...教えるって、そんなの、私、何も教えたことなんてない...いつも、みんなから教えてもらって、与えてもらってばっかりで、私は、何も」

「やっぱり、自覚ないんだね〜。...ウララちゃんはね、教えてくれたんだよ。初めてファルコと走った時から、ずっと教え続けてくれたの。...走ることの、楽しさを。」

「...走ることの、楽しさ?」

走ることの楽しさ。そんなの、私がいつファルコンちゃんに教えたと言うのだろう。

「そ。走ることの楽しさ...初めて走った時から、ファルコが、ウララちゃんの背中を見たあの日まで、ずっとそう。ウララちゃんの、その全力の走りはね、ファルコに...ううん、きっと、ファルコ達にさ、教えてくれるんだ。全力で走ることの楽しさを。熱くて、燃えるような高鳴りを、その走りで、伝えてくれる。その度に、私達は強くなれるし、ワクワクが止まらなくなる。...走ることが、楽しくて仕方なくなってくる。」

だからさ、そう続けたファルコンちゃんは、私の目を見て

「ウララちゃんにはさ、笑顔で、全力で走ってて欲しいんだ。...その姿を見るだけで、ファルコは本当に笑顔になれる。また走ろうって、諦めないぞって思えるんだ。...だから、お願い、笑って?」

そう、笑顔で、真っ直ぐな言葉で語った。

目から出てくるものを、堪えることすらできなかった。耐えてきた罪悪感が、後悔が、その言葉によって、少しづつほぐれていく。

「...今はまだ、怖いかもしれない。」

隣に座っているトレーナーが、そう口を開いた。

「それでも、ウララ...お前の走りは、もうお前だけのものじゃないんだよ。...だから、その責任を背負う覚悟が、必要なんだ。」

涙を拭こうと俯く私の頭に、そっと手を乗せながら、トレーナーは続ける。

「例え、ウララの走りで傷つく相手が生まれたとしても、その自責の念に耐えれなくなったとしても、諦めたらダメなんだ。...自分を否定したら、ダメなんだよ。だって、それは」

そこで言葉を区切り、トレーナーはファルコンちゃんの方に目を向けながら、優しく私の頭を撫で続けてくれた。

「...それは、こいつらの夢を、希望を、否定することと同じなんだから。」

そう語るトレーナーの言葉は力強く、けれどどこか優しい響きをしていた。

「お前の走りに、憧れた奴がいる。お前の走りで、無我夢中になれた奴がいる。...そいつらはみんな、お前の走りが大好きで、大好きで仕方がないんだよ。....だから、そいつらの大好きなものを、否定なんてしたらダメだ。」

私の走りに憧れた子がいる、その言葉を聞いても、私には自覚がなかった。...けれど、それでも、嬉しかった。

嬉しくて、けどまだわからないことだらけで、感情が整理できなくて、私はその日、ファルコンちゃんの病室でずっと泣いてしまった。

しばらくしてファルコンちゃんの担当のトレーナーさんが病室に来て、私のトレーナーが迷惑になるからここで帰ろう、そう私に伝え、手を繋いで病室を後にした。

結局、お見舞いどころか、私はただファルコンちゃんの病室で泣き喚いて終わってしまった。

「...落ち着いたか?」

「...うん。おかげさまで。」

病院の出口の近くにある自動販売機でジュースを買って、トレーナーはそれを渡しながら自動販売機の前にあるベンチに腰掛けた。私も、トレーナーの隣に座って、買ってもらったにんじんジュースを一口だけ飲んだ。

冬の病院の室内は暖房が効いて暑いくらいだったから、キンキンに冷えたにんじんジュースはとても美味しく感じた。

「おいしい。」

「...そか、そりゃよかった。」

思わず口からこぼれたその言葉に、トレーナーは優しく微笑んでくれた。

「...ねぇ、トレーナー。私さ、まだわからないの。...ファルコンちゃんが、私の走りをあそこまで好きでいてくれる理由。ファルコンちゃんが、私に怒らない理由。...まだ、曖昧で、うまく理解できなくて...ほんとに、嫌になっちゃうよ。」

わからなかった。ファルコンちゃんが言っている言葉の意味を、私はきっと全然理解できてない。そんな自分の間抜けさが、嫌になってしょうがない。

「トレーナーが言ったこともね、何にも自覚なくて、そんなこと意識したこともなくて....それでもね。」

私は、きっとまだ何もわかってない。トレーナーが言ったことも、ファルコンちゃんが言ったことも...だからこそ、もうするべきことは決まった。

「...それでも、私は走らないといけないんだって事は、わかったよ。」

トレーナーの目をまっすぐに見て、震える言葉を鼓舞して、伝えた。

「まだ、走るのは怖いよ。...誰かが傷つくのを見るのは、敗北よりももっと辛くて怖いよ...けどさ、私、私ね、それ以上に、その怖いって気持ちから逃げて...トレーナーが言ったみたいに、ファルコンちゃん達の気持ちを否定するのは...それだけは、絶対にしたくない。まだ、信じられないけど...私の走りが、ファルコンちゃんや他の誰かにとって、勇気が出るものなんだったら、かけがえのないものなんだったら...私は、走るよ。...もう、逃げたりなんか、したくない。」

走る資格が、私にあるなんて、今でも思えない。

けど、それでも、私は走ることを選んだ。

私の言葉を、トレーナーは真剣な趣きで聞いて、そして

「...まあ、お互い様だよな。」

そう言って、私の目を見て、微笑んだ。

「...お互い、様?」

なんのことだろうと思って、私は首を傾げた私に、トレーナーは無言で頷いた。

「...ファルコンが、お前と走って...あの怪我を負ったのには、俺の責任もある。...彼女を、止めることはできた。けれど、俺は自分の意思で、お前と走らせる選択を許容したんだ。...怪我のことも、知った上でな。」

その選択を、間違ったとは思ってない、そう語るトレーナーの目は確信を持っていて、心から信じていると言うのが伝わってくる。

「彼女の意思を、想いを尊重したこと。...それは、俺にとって誇るべきことだと、その時までは思ってた。...けど、レースが終わって、怪我が発覚して、いざそれと向き合うってなったら...俺は、怖くて仕方なくなっちまった。俺の選択が、俺の行動が生んだ現実に、向き合うことができなかった。...だから、お互い様なんだよ。」

そう言って少しだけ悲しそうに笑ったトレーナーは、私の頭に手を置いた。

ぶっきらぼうに撫でるその手は、とても大きくて、あったかい。

「今日は、よく私の頭なでてくれるね。」

「...うるせ。」

そんなトレーナーを少しからかってみると、彼は少しだけ頰を赤てそう答えた。

そんな様子を見て、私は久しぶりに笑顔になれた。

「...私、走ってもいいんだよね。」

「ああ、走らなきゃ、ダメだ。」

「...うん、そうだよね。...うん。もう、大丈夫。」

私のその不安を、トレーナーはすぐ否定してくれて、勇気づけてくれる。それが、今の私の決意を、確かなものにしてくれた。

缶ジュースが、手の体温でぬるくなる前に、私はその中身を一気に飲み干した。

「トレーナー、今日、まだ時間ある?」

「...ああ、そりゃーもうたっぷりあるぜ。」

私の質問の意図を、もう理解してくれたのだろう。

トレーナーはすこしだけ悪戯に微笑むと、ベンチから腰を上げて私と同じように、缶コーヒーの中身を飲み干した。

「...さて!そしたら、行きますか!」

そして一度伸びをして、トレーナーは私の目を見て明るくそう言った。

だから、私もとびっきりの笑顔で応えるのだ。

「うん!行くよ!訛ってるぶん、全力で走るんだから!」

走ることも、コースを見ることさえ怖くてできなかった。

それは、今も変わらない。怖いし、辛いし、自分を否定したくて仕方なくなる。...けど、私は走らなきゃいけない。

私が交わした約束だけじゃない。もう、私の走りは私だけのものじゃないんだって...なとなくだけど、わかった。

ファルコンちゃんが、私の走りを大好きだって教えてくれて、笑ってて欲しいんだって言ってくれて、嬉しかった。

私の走りで、走ることが好きになったって言ってもらえて、嬉しかった。

...だから、私はもう逃げない。

誰かが傷つくのをみることになったとしても、それでも私は

もう絶対に、立ち止まろうとなんてしない。

その嬉しかった気持ちを、大好きだと思ってくれた気持ちを...否定したくない。なかったことにしたくない。

病室から出た外の空気は冷たくて、けど、熱っていた私たちの体には丁度いいくらいだった。冬の夕方は暗くて、もう夜のようだった。

「室温、高すぎだよな。」

「そーだよね!少し汗かいちゃったもん!」

病院の暖房について、2人で文句を言い合った。そんな会話ができるほどに、私は楽になれていた。

電車にのって、学園について私は直ぐに更衣室に向かった。

そして、練習着ではなく、トレーナー室をがくれた、勝負服を着た。

「...久しぶりに、見たな、ウララがそれ着てるの。」

「えー!でもついこの間だだよ!これ着てたの!」

私はそう言いつつも、とても懐かしい気持ちを感じていた。

本当に、この服は不思議だと思う。着るだけで、やる気が満ち溢れてくる。走ろって気持ちを、生み出してくれる。...それでも、今日まではこの服を着たくなかった。それだけ、私はずっと足踏みしていた。

止まってた時間を、戻すことは出来ない。起こってしまったことを、戻すことは出来ない。

...もう、わかってるよ。だから、迷わない。

覚悟は、もうきまったんだ。私はトレーナーと共にコースの上にたった。

久しぶりのダートは、なんだか少しだけ柔らかく感じて、変な感じがした。

「...アップは、いいのか?」

「..ううん、ちゃんとするよ、アップ..でもね、1本だけ、全力で走ってみたいの。」

低いスタートの構えの私を見て、トレーナーはそう聞いた。けれど、私は今のこの気持ちを、もう抑えることが出来なかった。

「...トレーナー、ありがとね。」

「ん?なにがだ?」

「...なーいしょ!」

「あ!ちょ!」

疑問に思ったトレーナーに何も言わずに、私は駆け出した。

あの時と同じだな、少しだけ懐かしい気持ちを感じながら、私はただただ風を感じ続けた。

気持ちよかった。走ることが、こんなにも気持ちいいなんて、知らなかった。

...加速した脚が、恐怖で止まることは、もうなかった。

ただ目の前を高速で動く景色が、私の世界を作っていく。

その光景に浸りながら、私はコースを駆け抜けた。

 

その子が走る姿を見て、俺は不思議と泣き出しそうになった。

何故こんな感情になってるのか、よく分からない。

けど、嬉しかった。

もう見れないかもしれないと言う不安が、ずっとあった。

レースを出走させたことを、後悔しそうになっていた。

そんな不安を、後悔を、彼女の走りは、全て吹き飛ばしてくれる。

休んでいた雰囲気を感じさせずに、彼女は第2コーナーに入っていく。

1つ、感じたことがあった。

敗北の中、ウララの走りに、命をかけることを誓ったスマートフォルコン。ウララとファンコンの背中から様々な感情を感じたキングヘイロー。...想いを受け継ぐと誓った、ハルウララ。

走ることとは、きっと、繋がるということなのだ。

それぞれの想いが、願いが、努力が、それぞれの走りを繋いで、強くしていく。それがどんなに脆いものでも、やがて、何者にも変えられないほど強い、強靭なものに変わる...今日、俺はそう感じたのだ。

寒さをまとった風が、俺の体を強くふきつけた。

風が、強い日だった。

冷たく、寒い、いつもなら不快であるその風を、俺はその日、心地よく迎え入れていた。

 

 

「フェブラリーステークスに、出走したい、だと?」

私の発言を、田辺さんは呆れたような口ぶりで繰り返した。

トレーナー室。いつものように練習を終えた私は、次に出走するレースの変更を田辺さんに持ちかけている。

彼は、優れたトレーナーだわ。トレーニングの指示は適切だし、レースの展開を予想することにも長けている、まさに理想のトレーナーと、認めざるを得ません。

だからこそ、きっと私のこの提案に、呆れているのね。

一度、私はJBCに出走し、そして、見事に惨敗した。あの日、レースでの敗北に、私は清々しさをも感じているもの。

それほどまでの大敗を犯し、尚ダートレースに出走するなど、愚の骨頂だと、今この提案をしている自分自身ですら感じてる...それでも、私は走らなくてはならないの。

きっと、ウララさんは戻ってくる。全力で、常に前に進むあの走りで、きっとレースに戻ってくる...だったら、私は走るしかない。

「...キング、お前は、またも勝算がないレースに挑みたいと、そう俺に言ってるのか?」

そう語る田辺さんの目は、まるで私を威嚇するような、そんな目付きだった。その目に、私は怯むことなく首を横にふった。

「いいえ、違いますわ。..勝算なら、ありますとも。」

真っ直ぐに、田辺さんの目を見つめる。勝算なら、確かにあるもの。

以前の私なら、絶対に信じていなかったもの。あまりに抽象的で、確実性にかけている...それでも、私は知ってしまったの。

この気持ちが、どれほどまでに潜在的な能力を引き上げるのかを。

あのレースで、あの光景で、それを目の当たりにした。

...敗北は、悔しさは、憧れは、私の今の全てであり、力であり、

そして、1番の武器になった。

「...はぁー、似てるなぁー、ほんとに...。」

しばらく無言だった田辺さんはそう、諦めたように口を開いた。

「...似てる?それは、一体どういう...」

「いや、なんでもない、こっちの話だよ...まあ、お前が負けるつもりで走るわけじゃないってのは、十分に理解した。...けどな、それで無条件に走る...それじゃ割にあわねーぜ。」

そう言うと、田辺さんは机の上に今年のレースの戦績表を取り出し、私に見てみろと手招きをした。

「まあ、見てわかると思うが、キング、お前は今何連敗してる?」

「...4連敗、ですわね...すみません。」

その戦績表を見て、私は苛立つ気持ちを押さえ込むのに必死だったわ。

JBCを含め、最近の私に勝ちはない。その理由は、自分でも理解している。

「...これは、明らかにダートレースに出走し続けてるからだ。まあ、お前自身、それは理解してるんだろうけどな。」

田辺さんが、私の敗因を言葉にした。

JBCに出るために、3回ほどダートレースに出た。地方レース、イベントレース、規模は小さく、本来であれば勝てるようなものばかり...けれど、そのどれも、私は勝つことが出来なかった...それでも、JBCで勝てなかったのはそれまでのレースの敗因とは、訳が違う。

あの時、私が負けたのは、場上適正でも無ければ、レース運びを間違えたからでもない...単純に、実力が足りてなかった。

その事を再確認して、私はさらに苛立ち、思わず服の横に付けている自身の両拳を握りしめた。

「つまりだ、このまんま連敗が続けば、俺との契約に違反するわけだ。それは、お前も理解しているよな?」

田辺さんとの契約にはいくつかの条件があった。そのひとつに、連敗数の規定があったのを、確かに私は覚えている。

「..ええ、もう、あとがありませんわね。」

田辺さんは俯きながらそう応えた私に、だから、約束しろと言葉を続けた。

「このレース、もし負けるようなことがあれば、次のシーズンのレース、俺は、キングの出走を全て取り消す...これが、このレースに出走するための条件だ。」

それは、あまりにリスキーな条件だったわ。契約は4年間、そのうちの1年を、全て棒に降る可能性があるというのが、このレースに出るための、唯一の条件。そのあまりの恐ろしさに、思わず冷や汗がでてきた。

嫌な不快感だった。

「...俺は、お前を失いたくない。本当は、契約の条件なんかもみ消して、何連敗してでも引き止めたい程だ...それほどの才能が、お前には埋まっている。けどな、契約は契約だ。...だからこそ、このリスクを背負ってもらう。これなら、仮に負けたとしても、お前を失うリスクを俺は無くし、お前はレースに出ることが出来る...悪い条件じゃないだろ?」

不敵に微笑んだ田辺さんは、椅子に座りながら、私を試すように首を傾げてそう言った。

「...確かに、悪い条件では無いですわね。」

だからこそ私は自信を持って、そう応えるの。

「むしろ、甘すぎると言ってもいいですのよ。...この私が、同じ相手に2度も負ける?...そんなこと、絶対に許しませんわ。」

今思えば、私は幾度も敗北を繰り返してきた。短距離に変更する前、長距離レースで味わった、10度の敗北、ダートレースでの敗北、そして、JBCでの、圧倒的な、敗北。

その前に感じてきた悔しさとは、比較にならないほどの悔しさを、私はあの時感じたわ。涙を、嗚咽を、怒りを、憎しみを、憧れを、いくつもの感情を胸に、言葉に灯して、枯れるほどに、燃え尽きそうなほど、あの背中に追いつきたいと、そう思った。

....だからこそ、負けられないのよ。

自分の気持ちが、嘘ではないのだと、どれほどの感情を、あの走りで感じたのかを、彼女に、彼女のトレーナーに、田辺さんに、ファンの皆さんに...なにより、自分自身に、私の走りで、証明しなくてはならない。

私は、高らかと、優雅な笑みを田辺さんに向けて浮かべた。

「...オーホッホッホ!私は、キングヘイロー!...王に敗北は、許されませんもの。絶対に、勝ってみせますわ!せいぜい期待して見ているといいですわ!」

どの口が言うのだと、そう鼻で笑われても仕方が無い。それでも、私は胸を張って、田辺さんにそう宣言した。

この笑い方は、私に覚悟をもたせてくれるの。...本当は、負けるかもしれないという不安に押しつぶされてしまいそうだ。けれど、逃げることは、許されない。それは、今までの私を、あの子の走りを、否定してしまうことになるから。...それだけは、絶対にしてはだめなのよ。

田辺さんは、私の発言を、笑わなかった。代わりに、満足そうに頷いて、それでこそお前だ、と私の肩を叩いてトレーナー室を後にした。

「...キングを試したこと、必ず、後悔させてあげるんだから。」

トレーナー室を後にした彼に、私は不敵に微笑んでそう呟いた。

さっきまで流れていた嫌な汗も、自身を纏っていた後悔も、惨めさも、今は不思議なほど感じなかった。

これが、覚悟の力なのかしらね。

先程のジメジメとした感情の代わりに湧いてきた、溢れんばかりの情熱を胸に、私はトレーナー室を後にした。

...午後のトレーニングは、少しハードになるわね。

疼き出しそうな脚を落ち着かせて、私はゆっくりと更衣室に向かっていった。

 

あの目をみたのは、いつ以来だっただろう。

何者にも囚われない、真っ直ぐな、純粋な目。

自分の想いが、覚悟が、備わっている目付き。

それは、あの日俺が見た彼女と同じもので...

「...やめだやめだ、柄でもねー。」

昔、まだ俺が新米だった頃の...もう、失ってしまった、彼女との日々を俺は思い出そうとして辞めた。

キングがJBCで敗北した時、あいつが、どれほど影で泣いていたのかを、俺は知っている。嗚咽が、叫びが、控え室の外に響くほどに、あいつは苦しんでいた。...だからこそ、俺は自身の甘さを否定した。

やはり、間違えていたのだ。

勝てる確率が低い、確証がない、そんな中、あの子を走らせてしまった。俺の妄想を叶えるために、彼女を傷つけてしまった。

それは...あの時と同じことじゃないか。

後悔が、自責の念が、俺の心に、キングの敗北からずっと続いている。..いや、それはあの日からずっと続いているものだ。

勝って欲しい、そんな俺の自分勝手な想いが、彼女を傷つけた。

そう、今日、あの瞬間まで思っていた。

フェブラリーSを走りたい。そう口にした彼女の目には、何も迷いがなかった。なぜ、そんな目をできるのか、なぜ、そんなにも強くたち続けられるのか...そのわけを、俺はずっと分かっていた。

分かっていて、見て見ぬふりをしてきたんだ。

キングは、誰に囚われているわけでもなかった。彼女自身の意思で、あいつ自身の覚悟で、何かを成し遂げようと、必死だったんだ。そこに、俺の想いなんて関係はない。ただ、彼女の責任を、彼女の全てで成し遂げようと、必死なんだ。

俺は逃げていた。後悔や、自分を責めることで、キングの...ウマ娘達の覚悟から、敗北から、目を背け続けてきた。...けど、きっとそんな姿は...あの子は望まない。

「だからさ、間違ってないよな...ライアー。」

もう、聞こえるはずもない彼女の名を、俺は小さく呟いた。

この選択を後悔しようとする未来があるのかもしれない。この選択が、間違いなのかもしれない。...けれど、それでも、もう、

お前達の覚悟から、俺は逃げたりしない。

俺は、その日初めてトレーナーになれた気がした。

 

 




展開まだ全然ないんですけどとりあえず投稿します!
フェブラリーSは本来2月にあるレースなんですけど、それを12月の頭にあるって設定に変えてます!
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