最弱と言われた彼女は   作:こたれん

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投稿遅れて申し訳ないです!


メッセージ

「これ!相当きついのですけど!」

「つべこべ言うんじゃねー!勝つんだろ!ハルウララに!だったらもっと走りこめ!はい!GO!」

「...あぁぁぁあん!もう!」

早朝のダートコース場、学園ではなく、少し離れたレース場で俺とキングは朝練をしていた。

朝練と言っても、朝練で潰す勢いのものだが...まあ、今のハルウララに勝つなら仕方あるまい。

キングが今こなしているのは1000メートル間隔にコーンをおき、俺がGOと言ったらコーンからコーンまで走り込み、次の合図まで腿上げ、スクワットを繰り返すというものだ。

メガホンを使って、俺は再びキングに合図をした。少し遅れてキングは再び元あったコーンの元まで駆け込み、土の上に倒れ込んだ。

「はぁ!はぁ!はぁ!...これは、本当になかなか、きついのですわね..」

「まあ、とりあえずお疲れ様だ。」

俺は高貴な様子などもう微塵もなくなってしまった死んだ顔のキングにエネルギードリンクを渡した。キングはそれを受け取るなりオアシスにたどり着いた砂漠の動物のように勢いよく飲み出した。

「...キング、この練習の目的、お前なら当然わかっていると思うが..」

「え、ええ!当然!分かっていますわ!...分かっていますとも。なんですの!その目は!わかっていると言っているのよ!この私が!分かってるの!」

「...まあ、一応説明しておく。」

「だからその目をやめなさい!」

俺はおそらくこの練習の目的を理解していない彼女にジト目を向けながら説明を始めた。

「いいかキング。ハルウララに勝つにはあいつの突拍子の無い仕掛けに対応しなくちゃならん。いくつかレースを見てきたが、ハルウララが勝っているレース、そのほぼ全て、仕掛けのタイミングが一致していない。..つまり、やつの走りに対応するためには一瞬の加速と判断力、集中力が必要になるわけだ。...ここまで言えば、わかるよな?」

「...ええ。つまり、判断力、集中力を向上させるために合図、そして瞬発力を上げるために、インターバルの間の腿上げとスクワットですのね。」

「流石だな、その通りだ。」

キングの回答に俺は満足して頷いた。

「フェブラリーSまでの残り期間、このメニューに加えて本練習、自習練の時間を設ける。..何か不満はあるか?」

俺は服に着いた土をはらいながら立ち上がったキングに、答えのわかっている質問をした。

「...いいえ。不満なんてひとつもないですわ。...なんですの?なにを笑いながらジロジロと...気持ち悪い。」

「き、気持ち悪いはないだろ!」

想像通りの返事をしたキングが可愛らしくて俺はニコニコしていたのだが、それを気持ち悪いの一言で片付けられたんじゃ納得が行かない。

俺は抗議しようと口を開いたが

「では、早速自主練をしてきますので。」

そう言ってキングは走り去っていってしまった。

「....笑う練習、しとかなあかんなぁー..。」

その背中を見ながら、気持ち悪いと言われた笑顔の練習をしようと、心に決めたのだった。

 

「本当に、不器用な笑顔なんだから...ふふ。」

田辺さんのあの笑顔を思い出して、私は思わず笑い出してしまった。

いつもの高貴な話し方を崩してしまったことを反省しつつ、再びスタートの姿勢をとった。

スタートとともに、イメージする。後方に控えて、ウララさんがどの位置にいるか、どの位置から仕掛けて、どこで追いつくか、そして...どこで追い抜くか。イメージして、イメージして...一度も、追い抜くイメージができなかった。

本当に、手強い相手なこと...,。本当に、めんどくさいですわ。

イメージですら追い越すことができない彼女に私は心の中で悪態をつく。けれど、少しも嫌な気分はなかった。...むしろ、イメージですら追いつかせてくれないことに、喜びすらも感じている。

「それでこそ、私も倒しがいがあるというもの!」

そう口にして、最後のダッシュを行った。ストライドを保ち、ピッチを崩さない。あくまで、合わせる。プレッシャーをかけ続けて、時が満ちれば差しにいく。繰り返した敗北から学んだ、私のスタイル。

このスタイルで、私はウララさんに勝つ。

私の走りで、貴方に教わった全てを、貴方に伝える。

きっと、こんな想いを人に聞かせても、自分勝手な妄想だと笑われる。

...それでも、笑わない人がいた。

私が倒したくて、追いつきたくて仕方がない彼女を、ずっと支えている、田辺さんに似て、ぶっきらぼうだけど優しい彼。

妄想だと、自分勝手な思い過ごしだと、笑われる覚悟で話した。

けれど、彼は一度も笑わなかった。私は、それだけで十分だった。

だから、この想いを捨てない。捨てることは、許さない。

そして、この想いを本物にするには...勝つ以外に、道はない。

最後の追い込みを終えて、空を仰ぐ。

快晴とは程遠い曇り空、それでも今の私には、とても晴れ渡って見えたのだ。

 

「ふんぬぬぬぬぬぬぬ!」

「ラストだぞ!出し切っていけ!」

「ふんぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!!!!」

ウララは今、トレセン学園の中等部近くのダートコースで練習をしていた。

ウララがしていなかった分の練習は既に補えており、更なる強化を目指すために、俺はウララにある課題を設けて練習を行わせていた。

なにせ、次のレースで有馬記念に出られるかどうかが決まるのだ。

手をかけて損することなど、何一つとしてありはしない。俺の持ってる時間を、金を、彼女にかけ続ける。...,彼女の夢を、そして、俺の夢を、叶えるために。

「お、おわったぁぁあ〜」

ウララは走り終わるとそのままコース場に倒れ込んだ。

「ウララちゃん!大丈夫!?」

そんなウララを心配し、ライスがすぐに彼女の元に走りよった。

ウララには教えてないのだが、彼女の蹄鉄の重さをより重いものに変えている。これはレースの後半を意識して思いついたトレーニングだ。

彼女の脚質上、後半の筋力不足による減速は致命的なほどレースに影響を与えてしまう。その為の蹄鉄である。

見た目は同じだが、普段の彼女の蹄鉄二個分の重さの物を彼女には履かせている。そんな状態で普段と同じメニューをこなせば、当然普段よりも疲れが早く出てくるわけだ。

ウララはいつもよりも早い段階でバテてしまい、コース上で沈没してしまっていた。そんなウララを、ライスがオロオロしながら抱き上げて、必死に水を飲ませていた。

...きっと、田辺さんはウララの走りに対抗した走りを、キングに教え込んでいるはずだ。そして、キングもその教えに応えるはず。であれば、今までのウララでは勝つことはできないというのは明らかだ。

少しでも、俺たちが逃げた分の間を埋めるには、強引にでも結果を出す方法でないといけない。

キングに、約束してしまったのだ。全力のウララと闘わせると。

ウララの覚悟に応えると、約束しているのだ。

それに応えるために、少しだけでも打てる手は打ちたい。

ここまで積み上げてきたものを、無駄にしないために。

それぞれの想いを、失わないために。

ウララに、限界を超えて欲しい。

「ウララ...お前も、そう思ってくれてるよな。」

地面から起き上がり、よーし!と気合を入れ直している彼女をみて、俺はそう小さくつぶやいて微笑んだ。

きっと、彼女も同じだ。どんなに苦しくても、きつくても、きっと彼女は逃げない。だから、今も限界のはずなのに、笑顔で立ち上がり、走り出しているのだ。

「...よっしゃ!そのままもう一本いってみろ!」

「お、おぉー!」

走り出したウララにそう声をかけ、ウララも引き攣った顔で手を上げてそう答えた。

フェブラリーステークスまで、残り数週間。

彼女の、有馬出走をかけた最後の努力が、始まった。

 

 

少しアルコールが漂う廊下を、俺は真っ直ぐに歩いていく。エレベーターに入り、彼女の病室の前まできた。

軽くノックをして、声が帰ってくるのを待つ。しばらくして、どうぞー、と軽快な声がしたから、俺はドアを優しく開いた。

「お、ウララちゃんのトレーナーさん!なになに?またファルコのお見舞い?」

「ああ、まあ、そんなとこだよ。」

俺の顔を見るなりいつもの楽しそうな笑顔になって彼女は病室に迎えてくれた。

座って座ってと手招きをして、彼女は俺に丸椅子を差し出した。

俺はそれに一言礼を入れてから座り、手に持っていた鞄を膝の上に置いた。

「足の調子、少しは良くなったか?」

「うん!来週にはギブスとれるんだって!よーやくファルコ、お風呂に入れるよ〜、ほんとにこのギブスの中、気持ち悪くてさぁ〜」

そう嬉しそうに語るファルコンをみて、俺は少しだけ安堵した。

このギブスが外れたとしても、もう彼女は走ることができない。

その現実は、こんなに明るく彼女と話していても、常に俺の頭の中によぎってくる。彼女と話せば話すほど、その現実が俺に襲いかかってくる。...そして、彼女はその現実に、俺なんかよりもずっと、ずっと苦しんでいる。

だから、もう謝ることなど、後悔することなど、絶対にしない。

そんなことを、彼女は望んでいない。

彼女がした覚悟を、選択を、俺如きが後悔で、同情で、謝罪で、否定することなど、なかった未来を望むことなど、あってはならない。

しばらく、楽しい時間が続いた。彼女との会話は心が和むような、そんな不思議な感覚になる。けど、それはもう終わりだ。

俺がしないといけないことは、言わないといけないことは、

「....スマートファルコン、約束する。俺は、ウララを、ハルウララを、有馬記念で優勝させる。」

この約束を、ファルコンに、俺自身の口から伝えることだ。

明るく、楽しく、その場の雰囲気だけで彼女との会話を乗り切ることはできた。ずっと、楽しい時間だけを、何も背負うことなく過ごすことはできた。...だけど、そんなのは間違っている。

彼女の想いを、願いを、唯一叶えられるのは、きっとウララだけなのだ。...だからこそ、俺が約束しないといけない。

彼女がかけた全てで、見たかった景色を、俺が叶えると、ウララが叶えるのだと、口にしなくてはいけない。示さなければいけない。

そうしなければ、彼女の全てが、報われないのだ。

だから、出走できる確率が可能性が低いこと、さらには、そんなレースで勝てることなど、非現実的だと、そう笑われることを覚悟して、そう口にした。

けれど、彼女は笑わなかった。その言葉を受けて、彼女は俺の目を見ることなく、ただ自身の手元を見つめていた。

しばらくの間、静寂が続いた。そして、彼女が口を開いた。

「...うん、約束、絶対に、約束。」

そう口にする彼女は、肩を震わせていて、表情を見なくても、彼女が今どんな顔をしているのか、俺は理解してしまった。

だからこれ以上、ここにいることはできない。

「ああ、約束する。」

そう口にして、俺は病室を後にした。

覚悟を持っていても、その未来を知っていたとしても、きっと、受け入れられない現実というものがある。

それを、受け入れて、前に進もうとしているのが、ファルコンなのだ。

それが、どれだけ辛くて、過酷なことか、きっと俺には理解できない。

だから、これでいいんだ。

俺が今できることは、彼女の覚悟に唯一向き合う方法は、

ウララを、有馬記念という舞台で、1番に輝かせることなのだ。

それは...なによりも、彼女が見たがっていた景色で...なによりも、彼女が、ウララに、とってほしい景色であるはずだから。

病室の外の空気は冷たく、それでいてどこか暖かかった。

 

 

その言葉を、私はずっと待っていたのだと思う。

ウララちゃんのトレーナーさんが、その言葉を口にした時、嬉しさと...もう、その舞台に立つことはできないのだという、変え難い悔しさで、

感情を抑えることができなかった。

彼が病室をでてからは、もう我慢の限界だった。

ただ、溢れてくる涙を、ひたすらに流し続けた。

本当は、走りたい。走りたくて、仕方がない。

誰よりも夢見てきた、その舞台に、その先頭に、立ってみたい。

ウィニングライブに立ちたい。

ファンの皆に、笑顔で手を振りたい。

...ウララちゃんと、何度でも、何百回でも、走りたい。

何度だって、どれほど時間が経ったって、私はそう思うだろう。

...けど、その夢は叶えられない。もう、どうあがいても、叶えられない。その現実を、受け入れていたつもりだった。

「はは!ダメだなぁ〜!もう!し、しっかり、しないと!ファルコ、ダメだよ!そんなこと、思ったりしたら....だめ、なんだよ...」

涙が、願ってはいけない感情が、止まらない自分をなんとかしたくて、必死に自分に言い聞かせて、両手を目に押しつけた。

それでも、どうにもできなかった。

「...走り、たいよ、私だって、走りたい...走りたいんだよぉおおぉおおお!」

声を上げて、子供のように泣きじゃくった。どれほどの時間、そうし続けたのだろう。気がつけば、もう夕方になっていたようで外はほぼ真っ暗だった。

その何もない景色を見ながら、私は思いにふけた。

自分の口からは、怖くて言い出せなかった。

その言葉を口にすれば、それは、この現実を全て受け入れてしまうことになるから。

ウララちゃんに、勝って欲しいと、私の分まで走って欲しいと、そう口にすること。それは、私が走れないということを、その辛さを、また見ないといけないということ....

だから、口に出せなかった。思っていないふりをしていた。願っていないふりをしていた。

ただ、彼女は笑顔で走ってくれてればそれでいいと、自分に言い聞かせてた。

...けど、そうじゃなかった。

彼のその言葉が、約束だと、私に誓ってくれたことが、気がつかせてくれた。

私は、願っている。

ウララちゃんに、私が成さなかったことを成し遂げて欲しいと...

有馬記念での勝利を、ターフでの勝利を、その全てを、願ってしまっていた。

だから、トレーナーさんのその言葉は、私の心を、とても軽くしてくれた。

「....もう、ファルコは..私は、そこに立てないから。だから、お願い。」

何もない景色に、彼女がターフで輝いている彼女を想像して、そして語りかけた。

「...ファルコの...私の夢を、叶えて。」

この声が、彼女に届くことはない。

けど、届ける必要は、もうない。

トレーナーさんが、約束してくれた。

ウララちゃんが、走る決意をしてくれた。

それだけで、充分だ。

なぜなら...

彼女達は、誰よりも勝ちたいと、心の底から思っていることを、私は知っているからだ。その全力の走りは、どれだけ苦しくても、前に進む走りだと、知っているから。

だから、この願いは、口にするだけで充分だ。

フェブラリーステークス、ウララちゃんが有馬記念に出れるかどうかが決まる、最後のレース。

最後の闘いが、始まる。

 

 

 

「WING RISEさん!?え!うそですよね!?あのスポーツウェアの!?」

フェブラリーステークスの一週間前、トレーナー室に若手の男と、少し白髪の生えた男性二人が訪れてきた。

前々から理事長に、お偉いさんが来るから対応するように、と言われていた為、何事かと思いながらとりあえず部屋に入れた。

そして、彼らの名刺をみて、思わず俺は叫んでしまっていた。

「え、ええ。理事長様からお話は聞いていませんでしょうか?」

「い、いえ、お偉いさんが来るから対応するようにとしか言われていませんでして...。」

困惑気味に若手の男性、(名刺には小林一茶と記載されていた。)が俺に聞いてきて、俺もそれに困惑しながら答えた。

すると年配の男性(名刺には山岸英二と記載されていた。)が大きく笑いながら、実にあの人らしいと口にしていた。

なんでも、山岸さんの話によると理事長はトレーナーやウマ娘にサプライズをするのが大好きなようで、こういう大手企業の来客などは昔から黙っているという社会人としては非常に悪い癖をもっているそうだ。

...迷惑すぎるだろ、マジで。

俺は心の中で理事長に悪態をついた。

「さて、早速本題に入らせていただきますが...」

そんな俺の思考を山岸さんが遮った。

そうだ、今は目の前のこの人達に集中しなくては...

俺は、なんでしょう?と山岸さんに焦る気持ちを抑えながら聞いた。

もしもこれが、なにか他のウマ娘が関係しているスポンサーの名前をウララがインタビューやウィニングライブで無意識に汚したなどのクレームであれば、相当な額を支払わなくてはならなくなる。

俺はそんな嫌な予感が外れることを願いながら山岸さんの言葉をまった。

「是非、我が社の方でハルウララさんの勝負服を、'特注'で作らせていただきたいのですが...どうでしょう?」

「....へ?」

だから、そんな予想もしてなかった質問に、思わず素っ頓狂な声が漏れてしまった。

「す、すみません、もう一度、言ってもらってもいいですか?」

「ええ。是非、ハルウララさんの勝負服を、我々から提供させてもらえませんか?」

戸惑う俺に山岸さんは落ち着いた様子でそう答え、契約書とデザイン画を見せてきた。

「そ、それは、つまり、率直に言うと、その、ウララの、スポンサーになるということ、ですか?」

「ええ。そうですね。ゆくゆくはそうしていただきたいと考えております。」

落ち着かないこの感情を、なんとか抑えながら俺は山岸さんにそう聞いた。その言葉を受けて満面の笑みを浮かべ、山岸さんが答えた。

「我々、WING RISEは、ハルウララさん陣営の皆様と、これから"よいパートナー"として歩んでいきたいと考えております。」

そう続ける山岸さんの目は真っ直ぐなもので、すぐにでも契約を結びたくなるほどの説得力があった。

ウララにスポンサーがつけば、これからのレース運び、物資の支給、そのどれもが楽になることは間違いない...だが..

「なぜ、ウララなんですか?」

その疑問を、思わず口にしてしまった。

なぜ、勝率が高いウマ娘が多数存在するこの黄金期の中、ウララとの契約をわざわざ直接会ってまで結びに来ているのか...

そんな疑問が、頭から離れない。

「我々がハルウララさんと契約したい理由は、主に二つです。」

頭の中の思考を、小林さんの声が遮った。

彼の声は若さゆえによく通っていて、まさに好青年といった声だ。

その声で、彼は言葉を続けた。

「まず一つ目は、ハルウララさんの人気にあります。確かに、通常、契約を結ばせていただくにはレースにおいての勝率が高くないといけません。しかし、ハルウララさんには勝率という武器はなくとも人気という武器があります。ハルウララさんに走っていただくだけで、我が社には大きな利益があるのです。...あ!いえ!決して!ハルウララさんの勝率が低いと言っているわけではないんですが...申し訳ありません。」

途中、小林さんはウララの勝率を遠回しに低いと表現してしまっていたことに気がついたようで慌てて俺に頭を下げてきた。

俺は別にその発言を気にしていなかったし、勝率が安定しないのは事実であるから顔を上げるように彼に伝え、二つ目の理由を聞いた。

正直、そんなにもウララに人気があるという事はトレーナーである俺自身自覚していなかった。スポンサーが動くほどに彼女の走りが人気を集めている事、その事実が、俺は素直に嬉しかった。

「二つ目の理由なのですが...」

小林さんはそう口を開いて、けどそれ以上を話そうとせず少し恥ずかしそうに俯いていた。

どうしたのかと怪訝に思い、俺は首を傾げ、山岸さんの方を向いた。

山岸さんは、すみませんねと頭を下げ、

「おい、小林。」

と少しだけ低い声で隣で俯く彼に囁いていた。

「..すみません、少々気持ちを落ち着けるのに時間がかかりまして...実は、その、私、ハルウララさんの大ファンなんです!」

そして、言ってしまったと顔を隠しながら彼は悶えていた。

「...はい?」

そんな彼に、俺はなんと反応して良いか分からず、思わず首を傾げて聞き返してしまった。そんな俺に、山岸さんが苦笑いしながら答えた。

「...まあ、言葉の通り、こいつはハルウララさんの大ファンでしてね、会見の時、ハルウララさんがおっしゃった、有馬記念に出走するという発言を聞いた時から、勝負服を作りたいと言って聞かなかったもんで...それとまあ、私もハルウララさんの人気と、その全力の走りに魅了されてまして...理由としては不可欠かもしれませんが、大きく言えばこの二つが、我が社の理由であります。」

山岸はそう言い終えるとどうか前向きな検討をよろしくお願いします。と、俺に頭を下げてきた。小林さんも慌てて頭を下げて、よろしくお願いしますと契約書を俺の手元に置いた。

「...理由としては、充分すぎるほどですよ。ウララの走りをそこまで買ってくれていて、私が断る理由なんてありません。」

そんな二人に、俺は微笑みながらそう答えた。

ウララの走りが大好きだ、その走りに魅了された。

そんな言葉を言われて、契約を断ることなんてできないじゃないか。

なによりも、どんな経済的な理由よりも、嬉しい言葉だった。

だから、メリットやデメリットを抜きにして、俺はこの人達と契約したい、そう心からおもった。

「ウ、ララ〜!」

契約書にサインをしようとしたそのとき、トレーナー室のドアが勢いよく開いた。

「あれ?トレーナー!この人達だれ?」

桃色の髪を元気に弾ませながら小首を傾げる彼女は、無邪気な顔で俺にそう聞いてきた。

 

 

いや、確かにこうなるという事は理解できていた。

ウマ娘の勝負服契約をする際、その担当ウマ娘と鉢合わせるというのはよくある話なのだ。

しかし、しかしだ、この小林一茶、実際にウララちゃんをこんなに間近でお目にかかれることがあろうとは、予想だにしていなかった...

この天使のような美声、思わずにやけてしまうほどの笑顔、ああ、ここは、ここは天国か...

「小林!」

「は、はい!」

山岸さんの声で、僕の思考はようやく現実に戻ってきた。

そうだ..僕はウララちゃんの声や容姿、はたまたその空気までを楽しむ前に、彼女に契約の話をしなくては..

鼻の下が伸びそうになっている自分をなんとか抑え込んで、ウララちゃんに目を向けた。その桃色の瞳に、僕が、この僕が映り込んでいる。

小首を傾げる彼女、ああ、可愛らしい。なんて、可愛らしいんだ。

....だめだ!どうしても、どうしても....

「.!.!?..」

赤面して、話すことができない!

「おい!この...はぁ、すみません、私の方から話させてもらいます。」

山岸さんは軽く俺の頭を叩いて契約書を取り出し、ウララちゃんの前に差し出した。

「我々がここにきた理由は、ハルウララさんの勝負服の製作をしたいからです。」

「....勝負服の製作?」

山岸さんの言葉に、彼女は小首を可愛らしく傾げた。

「ええ、あなたが今着ているものは量産型のものです。そうではなく、あくまで貴方だけの、貴方しか着ることができないものをつくらせて欲しいというのが我々の要望です。」

「え!それって!私だけの勝負服ができるってこと!?やったー!」

そう言うと、ウララちゃんは楽しそうに笑っていた。

ああ!尊い!

「で、ですので、今までの勝負服よりもより高い性能でウララちゃ...ハルウララさんの走りをサポートすることが可能になるというわけです。」

先程の失態をなんとか挽回させようとしたのだが...またも失態を犯してしまった。

隣で座っている山岸さんの目が痛い。...こりゃあとでこっぴどく言われちまうだろうなぁ〜。

「...ねぇ、それって、もう今の勝負服で走れないってこと?」

この後の山岸さんの説教に若干強張っていると彼女の口からそんな質問が飛んできた。

なぜそのようなことを気にするのだろうと疑問に思いつつ、彼女の疑問に答える。

「え、ええ。スポンサー契約をされるということは率直に申しますと我々のブランド名を宣伝してもらうということです。それは、レースなどで我々が提供する勝負服を着てもらって初めて成立します。つまり、ただで勝負服を提供する代わりに、レースで我々の宣伝をしてもらうというわけです...少々汚い言葉になってしまい、申し訳ありません。」

幼い彼女にもわかるように説明したのだが、あまりにも直球すぎたかもしれない。ちらりと彼女の横にいるトレーナーを見た。もし彼に不快に思われてしまえば契約はすべてなかったことになってしまう。

彼は僕の発言を特にきにした様子はなく、ウララちゃんを見つめていた。

「だったら、私契約したくない!」

「!?」

突然ウララちゃんはそう言うと嫌だ嫌だとまるで駄々っ子のように手足をばたつかせていた。

「お、落ち着け!ウララ!わかった、わかったから!その手を振り回すのやめろ!」

暴れる彼女をトレーナーさんが何とか落ち着けさせようとしていた。

「…小林、我々はいったん席をはずそう。」

「!?や、山岸さん!?」

あの契約の鬼とまで言われている山岸さんがこんなチャンスを前にして帰るなんていいだすとは…

何か言おうとしたが、彼の有無を言わさない目を前にして、僕は何も言えなかった。

「もし今後、契約をしていただけるのであれば、我々に連絡してください。いつでも、連絡をお待ちしています。」

山岸さんはそういうと失礼しますと言ってトレーナー室を後にしてしまった。そんな彼において行かれないように

僕も失礼しますと急いでトレーナーを後にした。

「や、山岸さん!どうしたんですか!契約、せっかく今日中にとれそうだったのに!」

前を歩く山岸さんの隣に並び、さっきの行動の意味を問いただした。

今日のような状況で山岸さんが引くなんてことは、今まででは考えられなかった。

「…あのな小林、勝負服ってのはな、走る彼女達の思いを、覚悟を、具現化したものだ。それには、きっと譲れないものがたくさん詰まってるはずなんだ…性能なんて、どうでもよくなるほどのな。」

小さくため息をついたのちに、山岸さんはそう語りだした。

たびたび廊下ですれ違う生徒たちを横目で追いながら、僕は、内心落胆しながら彼の言葉の続きを待った。

性能よりも思い出をとる?なにを腑抜けたことを言っているとすら感じてしまった。走ること、そしてその結果が問われるこの世界でそんな甘い考えで走っているウマ娘など、いるはずがない。

だというのにあこがれの先輩からそんな理想論が出てきたのだ。これを落胆せずにいられるほど、僕の心はできてはいない。

「まあ、お前にもこの仕事をしていればいずれわかる時が来るさ。」

内面が顔に出てしまっていたのか僕の顔を見るなり山岸さんはそう言って笑った。

「勝負服の思い出や記憶ってものはな、彼女達にとってみればずっとともにあり続けてくれる、背負い続けていられる一つの力になって、責任になって、そして、きっと勇気になるんだ。…少なくとも俺はそう信じてる。だから、彼女の急変した態度は十分に理解できる。今の勝負服に、彼女なりの大切な何かが詰まっているんだってな。

だから、今日は引き上げる。そんな大切な思い出や記憶を、俺たちの言葉で汚したらダメなんだよ。」

僕は彼の理想論を半信半疑で聞いていた。あくまで山岸さんの妄想にしか過ぎないその発言を理解しようとしてやめた。

いつか、彼の言葉が分かる時が来るのであろう。

ならば、僕はそれまで彼の背中を追い続けたい。

前を歩く背中に、駆け足で並んだ。

「…ところで小林、今日のあの態度は、なんだ?」

決意を胸に彼の隣に並ぶと、先ほどとは違った、とても冷たい笑顔を浮かべた“鬼”がそこには立っていた。

…やっぱり、ついていくのはやめたほうがいいかな。

少しづづ距離を取ろうとしたが、首根っこをつかまれてしまった。

その後、僕がどうなったのかは、言うまでもないだろう…。

 

「ウララ、お前急にどうしたんだよ。勝負服だぞ?スポンサーだぞ?なにをむきになってんだ?」

山岸さんたちが出て行った後もウララはしきりに嫌だ嫌だと手足をばたつかせていた。

急に駄々っ子モードになったウララを何とか落ち着かせて、そのわけを聞いた。

スポンサーがつけば、ウララの走る環境は今までよりもずっと良くなる。

彼女も、それは理解しているはずだ。だとしたら、どうしてあんな…

「…だって、嫌だもん。…トレーナーがくれた勝負服、着れなくなるのは…嫌だもん。」

しばらくの無言の後、彼女はそう不機嫌に答えた。

「ば、お前な、俺があげた服なんてどうでもいいだろ、それよりもだな、もっと性能の高い…」

「性能とか知らない!」

ウララの言葉を否定しようとし倒れの言葉は、彼女の大声でかき消された。

「トレーナーからしたら、たいしたことないプレゼントだったのかもしれないよ!でも、それでも私は!私は!」

彼女の声はやがて勢いを失って、諦めたように小さくしぼんでいった。

「…嬉しかったんだ。トレーナーから勝負服をもらった時、本当に、嬉しかった。勇気が出るんだ。着るだけでね、がんばれって、そういってもらえてる気がするの。…勝負服だけじゃないよ、蹄鉄も、ハチマキも、トレーナーからもらった物はね、全部、大切なものなの。誰にも渡したくない、失いたくないものなの…。だから…。」

それっきり彼女は何も言わず、うつむいたままだった。

けど、それは数秒のことで、彼女はすぐに笑顔になってつづけた。

「な、な~んてね!わかってるもん!契約、結ばないとダメなんでしょ?前から、トレーナーがお金で苦労してるっていうのはわかってたし!大丈夫!ウララ、契約結ぶよ!」

明らかにこわばった笑顔で、明るく、それでいて震えている声で彼女は言い切った。

「...はぁ、ほんとに、お前はずるいよ。」

「え!?なんで!?」

そんな彼女に、俺は心から思った言葉を伝えた。

彼女はそんな俺の言葉に驚き、ひたすら、え?え!?え?なんで?

と困惑していた。そんなコロコロ表情を変える彼女をみながら、俺は笑みを浮かべていた。

ずるいじゃないか、そんな声で言うのは。

ずるいじゃないか、そんな笑顔を見せるのは。

ずるいじゃないか、...そんなに、たくさんの想いを伝えるのは。

そんな言葉を受けて、声を聞いて、笑顔を見て、今の俺の答えは、もう決まってしまった。

また、馬鹿なことをしているという自覚はある。ここで契約を結べば、きっと経営費も、練習の質も、ずっと良くなるのだとわかっている。

それでも、俺は思ってしまった。

ああ、嬉しいなと、心から、本当に心から、そう思った。

彼女が、俺が与えたものを、本当に心から大切にしていて、勇気が出ると言ってくれて、失いたくないものなのだと、そう言ってくれて、本当に、嬉しかったんだ。

本当に、泣きそうなほどに、嬉しかった。

「...なあ、ウララ、俺はさ...」

キョトンとした表情をした彼女をみながら、俺は笑みを浮かべてこう伝えた。

「俺はさ、お前がその勝負服で、一着を取る姿を、見てみたい。」

何を言われてるのかわからないと言うような様子で、ウララは再び首を傾げた。けれど、俺の言葉を理解した彼女は、今度はとびっきりの笑顔を見せて、俺にこう言ったのだ。

「....うん!うん!まっかせて!ウララね!これから、たくさん!たくさん!とるから!絶対!」

明るく、弾んだ声で、彼女はそう宣言すると、突然思い出したかのように自分の鞄から何かを取り出した。

それは、白色の、簡素な勝負服だった。...俺が、彼女にあげた、勝負服だ。

「にへへ、私さ、トレーナーにやって欲しいことがあるんだ。」

そういうと彼女は黒の油性ペンを俺に渡してきた。

「...これは?」

「あのね、メッセージ書いて欲しいの!なんでもいいから!私、それをね、本番まで見ずにいてね、緊張した時とか、怖くなった時に見たいの!そしたら、きっと勇気でるから!」

そう言って、何書いてくれるんだろー、と楽しそうにウララは笑っていた。

...メッセージか、どうしようか。

頑張れでも、一着をとれでも、どんな言葉でも、きっと彼女は喜ぶだろう。

俺は少しだけ考えて、言葉を決めた。

これで彼女が何を思うかはわからない。

けど、これが今、彼女に1番伝えたい言葉だった。

ペンを、勝負服の袖の部分に、大胆に走らせた。

「わお、結構いくね、トレーナー。」

そんな俺を意外に思ったのか、ウララが何を書いているのかと覗き込んできた。

「おいおい、書いてる内容、本番まで見ないんじゃないのか?」

「あ!そうだった!危なかった〜。」

「おいおい...ついさっきのことだろわお前...。」

数分前の記憶をもう消しとばした彼女に俺は苦笑いしながら、そのメッセージを書き終えた。まあ、メッセージといってもとても短いものだが...。

「うし、んじゃこれ、本番に読んでくれや。」

「うん!ありがと!トレーナー!」

ウララにメッセージを書いた勝負服を渡した。ウララはそれを大切そうに胸に抱いてソファーから立ち上がってクルクルと回転していた。

俺は、そんな彼女を見ながら、思っていた。

いつまで、こんなにも幸せな時間がつづくのだろうかと...。

「....ねぇ、トレーナー。」

そんなことを思っていると、ウララがふと声をかけてきた。

いつになく真剣な声の彼女は、初めて彼女と契約を結んだときのような、まるで恋をしているかのような顔で、こう言った。

「私さ、これからも、ずっとトレーナーと走っていたい。」

それは、願うかのような、そんな儚さを伴った声音で、とても、美しかった。

「...きっと、もっとずっと今よりも辛くて、苦しくて、悲しいことが、これから起きてくんだと思う...そんな現実から、私は逃げようとして..!でもね、今、こうやって向き合ってみて、わかったの。」

そして、勝負服を大事そうに抱えながら、明るい声音で、それでいて、真っ直ぐな瞳で、彼女はこう言ったのだ。

「...私、トレーナーと、走るのが好き。大好きなの..だから、走るよ。精一杯、自分の持てる全てを出して。」

迷いも、恐れも、きっと彼女の中には存在している。

それでも、彼女は走ると、そう決めたのだ。

だったら、俺がすることは決まっている。

「...んじゃ、俺は全力でそれをサポートするさ。」

俺は、ただその背中を、最後まで押し続けるだけだ。

 

その日は、生憎の雨だった。

レースが中止になるような雨じゃなかったけど、どうせなら晴れが良かったと少しだけ残念な気持ちをもったまま控え室に入った。

控え室にはライスちゃんがいて、私が入ると笑顔で手を振ってくれた。

「ウララちゃん、調子はどう?」

そう聞いてくるライスちゃんは、聞きながらも答えを知っているかのように満足そうな笑みを浮かべていた。だから、私も全力の笑みで応えた。

「うん!大丈夫!絶好調だよ!..本当に、待たせてごめんね。」

走ることから逃げてる間、ライスちゃんはずっと私を待ってくれていた。その事実を知った時の罪悪感から、私は自然と彼女に謝っていた。

私の謝罪を受けて、ライスちゃんは少しだけ驚いた様子を見せて、そして、首を横に振っていた。

「...あのね。私、今までずっと、ウララちゃんに助けられてきた。」

そういうと、ライスちゃんは私に優しく抱きついてきて、言葉を続けた。ライスちゃんの、優しくて甘い香りが、鼻をくすぐった。

「いつも、ライスを励ましてくれてありがとう。勇気づけてくれてありがとう。ライスが...私が、私を好きでいられる理由をくれて、ありがとう。...本当に、感謝してるの...だからね、こんなの、待たされたことにも、ならないんだよ。」

そう語る彼女の声は、否定できないほどにまっすぐで、私の心に溶けていった。

正直、なにを感謝されているのか、いまいちピンときてなくて、それが顔に出てしまっていたのか、ライスちゃんは私の顔を見るなり、やっぱりわからないよね、と優しい笑みで笑っていた。

「...けど、それでいいんだ。ウララちゃんは、そういう、心から純粋で、真っ直ぐな娘なんだって...ライス、知ってるから。」

そういうと、彼女は再び優しく笑って、私にいってらっしゃい、そう言い残して、控え室を先に出て行った。

「...いってきます。」

その言葉に、小さく、けど、大きな決意を持って、私はそう応えた。

勝負服をきた。メッセージは、まだ見ていたない。

意識して、見ないようにしていた。...本当に怖くなった時に、勇気をもらうために。

スポンサー契約を、私のわがままで結ばなかったトレーナーは、どんな気持ちで契約を断ったのだろうか。嫌な気持ちを、していたのだろうか。そんなことを考えながら控え室を出ようとすると、手も触れていないのに控え室の扉が開いた。

「...よ、どうだ?いけそうか?」

そこには、トレーナーがいた。ばったりと目があったことが気まずいのか、彼は視線を逸らして誤魔化すように私にそう聞いた。

なんだか、その様子が少しだけおかしくて、思わず笑ってしまった。

なんだよ!と抗議する彼の声を耳にしながら、私はさっきの疑問を口にした。

「トレーナー、あのね、スポンサー契約を断った時...やっぱり、私がわがままいったから、断ってくれたの?」

その言葉を受けて、トレーナーは困ったような顔をした。

やはり、私のわがままのせいで、彼を困らせてしまったのか...そう考えると、申し訳なさで、どうしようもなくなってきた。

あの時は、トレーナーからもらった勝負服を着れる気持ちでいっぱいだったから、トレーナーがどんな気持ちでいるのかとか、そんなことを考えられなかった。それが、本当に情けなくて、申し訳なかった。

しばらく無言でいる彼に、謝ろうかと口を開いた。

「..,あの時、正直、嫌な気持ちはひとつもなかった...それだけは、いっとく。」

けど、それよりも先に、トレーナーの言葉が、私の耳に届いた。

まるで照れているかのように顔を真っ赤にして俯きながら、彼は続けた。

「だから、その、お前がよ、気にする必要はねーよ。...本当に、嫌な気持ちはなかったからよ。」

そう頭をかきながら照れたように言葉を紡いだ彼は、あー!もうこの話おしまい!と手を鳴らしながら、誤魔化すようにして大声を出した。

「と!に!か!く!...その、なんだ。...色々、あったけどよ。」

そこで言葉を区切り、そらしていた目を、今度はきちんと合わせて、そして、明るくて、優しい...私の大好きな笑顔で、彼はこう言った。

「頑張ってこいよ!...信じてるぜ。」

最後に、そう付け加えて、トレーナーは私の頭を撫でた。

それがくすぐったくて、けど、何よりも嬉しくて、思わず尻尾が動いてしまう。

それを誤魔化すように、私もトレーナーに宣言した。

「...うん!まっかせて!...色々迷惑、かけたけど..まだ、怖い気持ちもあるけど...それでも、私はね。」

そこで言葉を区切り、自分の迷いを消すようにして、彼に伝えるのだ。

「もっと!ずっと!トレーナーと!みんなと!走っていたいの!...だから、このレース..,全力で、駆け抜けるから!」

その言葉を受けて、彼は満足そうに、おう、と返事をして私を控え室から送り出してくれた。

私は、そのぶっきらぼうな返事と、その中に包まれた優しさに感謝しながら、振り返ることなく、控え室を後にした。

ただただ、無機質な廊下を一人で歩いていた。

足が、強ばりそうになった。そんな時、高飛車な笑い声が聞こえてきた。

それが誰なのか、振り返らなくても私はわかった。

「ウララさん、調子はどうかしら?」

キングちゃんはそういうと、私の目の前にきて、左手を口元に、そして右手を腰に当てる....いわゆる、"キングポーズ"をとった。

「私は、万全よ!貴方なんか目に入らないぐらい、調子がいいわ!」

そして、彼女は声を高らかにして、そう宣言した。

けど、私はその言葉が嘘なんだと、すぐに気がついた。

だって、こんなにも闘志を宿した目を見せられては、これが嘘だと誰だって気がついてしまう。

「...キングちゃん。私、負けないよ。」

だから、その言葉を無視して、私はそう彼女に伝えた。

その言葉を受けて、キングちゃんはキングポーズをやめて、そして、不敵に笑った。今度は高飛車な笑い方でもなく、自然に浮かべた、...とても、綺麗な笑みだった。

「...ええ。それでいいのですわ。それでこそ、ウララさんです。」

そして、私の言葉を受けて満足そうに頷いた。

「ウララさん。私は、貴方から、沢山のことを学びましたわ。...それを、今日、貴方に全てぶつけます。...だから、約束しましょう。」

そして、手を差し出した彼女は

「全力の、勝負をしましょう!」

あの時のような、力強い笑みを浮かべて、私にそう言ったのだ。

だから、私も、全力で応えなくてはならない。

私から学んだことがなんなのか、そんなものがあるのか、まだわからないことはある...けど、そんなことは、知らなくてもいい。

だって、キングちゃんが、それをぶつけてくれると、そう言ってくれたのだ。...誰よりもプライドが高く、それでいて、とても真っ直ぐな彼女が、私から学んだことがあると、そして、それを全力でぶつけると、そう言ってくれたのだ。

だったら、私の答えは、決まっている。

「...うん!やろう!全力の勝負!」

手を握りながら、私も笑みを浮かべて、そう応えた。

キングちゃんの手はあの時みたいに小さくて、けど、とても大きく感じた。

二人で並んでダート場に出た。

会場の熱気が、歓声が、私達を包んでいた。

私とキングちゃん以外のウマ娘達も、コース上にでていて、それぞれ色々な表情を浮かべていた。

緊張しているもの、笑顔を浮かべているもの、観客に手を振っているもの...そのどれもが、私の心を懐かしくさせる。

....ああ、帰ってきたんだ。

短いようで、それでも私からしたらずっと長い間、私は逃げていた。

けど...うん。この舞台に立って、まだはじまってもいないけど。

それでも、もう決めた。

私は、好きだから。

レースが、走る事が、何よりも好きだから。

トレーナーと、勝利を掴む走りを続けていたいから。

だから、ここに立つよ。

これからも、何度でも、立ち続けるよ。

「...いきましょうか。」

隣で、キングちゃんが優しく手を差し出してくれた。

「...うん!」

私は、大きく頷いて、その手を握った。

キングちゃんの体温を感じながら、二人でゲートにむかった。

お互いの番号のゲートに行くため、途中ではぐれてしまったけど、最後の最後まで、キングちゃんは手を握ってくれていた。

...少しだけ震える、私の手を、何も言わずに、握ってくれていた。

優しいな。キングちゃんは。

高飛車で、お嬢様な彼女は、どこまでも優しくて、暖かい。

そんな大切な友達がいることを、私は誇りに思う。

ゲートが、口を開いて私を待っていた。

脚がすくんで、動こうとしない。

トレーナーの、声が聞きたくなった。

左袖を、そっと見た。そこには、彼からのメッセージがあるから。

そしてそれは....どこまでも彼らしくて、そして

勇気の出る言葉だった。

「...なにそれ...ふふふ、でも、そうだよね、わかったよ、トレーナー。私....」

小さく、彼に話しかけながらゲートに入った。

ラッパの軽快な音が、場内に鳴り響く。

私、私さ...

『楽しんでくるよ!』

自然と笑みが浮かんできて、私は、心の中で、そう力強く叫んだ。

袖に書いてあった、短くて、無愛想な文字。

楽しんでこい。

その言葉は、今の私を何よりも支えてくれて、そして

力強く、背中を押してくれた。

姿勢を低く、そして耳を、目を、目の前のゲートに集中させる。

静寂、聞こえるのは、うるさいぐらいに響く、自分の心臓の鼓動。

さぁ、もうすぐだ。

焦る心が、体が、全身の神経が、その時を待ち続けた...そして

今、ゲートが開いた。

 

 

 

 

 




投稿頻度、作品をよくしようと何度も書き直してる結果なかなかあげられなくて申し訳ないです。これからも応援よろしくお願いします。
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