その背中は、私に何かを語ってる気がした。
何度も、キングちゃんの背中を見た事はある。けど、こんなにも力強いキングちゃんを見るのは、初めてだった。
だから、追いつきたかった。
勝ちたいとか、負けたくないとか、そういうのじゃなくて、ただ、目の前の彼女に追いつきたくて、隣に並びたくて
余力が無い足に、力がこもる。
まっててね、キングちゃん、今、そこに行くから。
躍動する気持ちの全てを、自分の足にぶつけた。
加速する足が、鼓動が、いつもよりも激しく感じた。
「いい、走りだったな。」
「...うん、いい走りだった。」
ゴールし、観客に手を振るウララを見ながら、ライスと俺はお互い同じ感想を抱いた。
いい走り、この短い言葉に、ライスも、俺も、それぞれの、たくさんの想いがこもっている。それは、言葉にならないたくさんの感情で、喜びで、そして、きっと、ウララに何かを伝えようと走り続けた彼女がいたからできた走りで
「んじゃ、まあ、行こうぜ。ウララの元にさ。」
だから、早く彼女に、言葉を伝えたかった。
控え室に向かう俺は、自然と浮かぶ笑みを噛み殺しながら、早足に廊下を歩いたのだった。
ウィニングライブの前に、控え室で休憩をとる事にした。
なんとも言えない高揚感、これは、勝利とはまた違うものなのだと、何となく自分で理解していた。
...キングちゃん。
レースが終わって、勝ったことの喜びに浸っている間に、きっと彼女は控え室に向かっていってしまった。
何をいえばいいのか分からないけど、それでも、私は今キングちゃんと話したい。
「ウララちゃん!お疲れ様!」
控え室前まで来ると、ライスちゃんとトレーナーが笑顔で迎えてくれた。ライスちゃんに抱きつかれて、思わず照れ笑いがこぼれる。
「えへへ〜、ライスちゃん、私速かったでしょ〜」
「うん!速かった!かっこよかったよ!ウララちゃん!」
私の言葉をライスちゃんは頭を大きく縦に振りながら肯定してくれた。それが嬉しくて、ますます笑みがこぼれてしまう。
そうやって幸せを感じていると、ふと、頭の上に暖かい手のひらの感触があった。良く撫でてくれるその手を、私は知っている。
「...本当に、いい走りだったぞ、ウララ。」
「うん...ありがと、トレーナー。」
その優しい手の感触に、思わず私は目をほめながら彼にお礼を伝えた。ここで走れる勇気をくれたこと、この舞台勝てるようにしてくれたこと...逃げた私を、引き止めに来てくれたこと。
トレーナーの行動が、ひとつでもかけてしまっていれば、きっと今の私はいない。
だから、本当に感謝してるんだ。
恥ずかしいから、その全てを伝えることは出来ないけど。
それでも、これだけは伝えときたかった。
「トレーナー、私ね。...すっごく楽しかった。」
「そっか。そりゃーまあ、何よりだな。」
勝負服に書いてくれた、彼のメッセージ。その言葉通りに、私は走ることを楽しめた。怖さもあったし、不安もあったけど、それでも、何よりも楽しい時間だった。
キングちゃんと2人で先頭を走れたこと、レースに勝てたこと、自分の限界を引き出せたこと、そのどれもが楽しくて、充実した時間だった。
それは、トレーナーの言葉を見たからそう感じれたのだと思う。
だから、その言葉の通りに走れたのだということは、伝えておきたかった。
「何かお祝いに飲み物買ってくるね!」
ライスちゃんはそう言うと、私に何がいいかと聞いてきた。私はにんじんジュースか蜂蜜ドリンクか迷った末に、はちみつドリンクを選んだ。レースの減量でしばらく甘いものを取っていなかったし、ライスちゃんと遊びにも行けてなかったから一緒に買いに行くのが楽しみだったけど、ライスちゃんは
「いいから、ウララちゃんはここで待ってて!休まないとダメなんだよ!」
そう言って、私を置いて行ってしまった。
「先に控え室に入るか?」
トレーナーの言葉に私は頷いて、二人で控え室に入った。
控え室の中はエアコンが付いていて、トレーナーに暖房をつけるかと聞かれた。私はそれに首を横に振って断った。
今はレースの影響があってか、体が火照っている。
ライスちゃんは、きちんと注文できているのだろうか。人見知りな親友のことが気がかりで、私は少しだけ心配していた。
「ライスが、有馬記念に出たいって言ってたぞ。」
そんな時、トレーナーがふと口を開いた。
「あいつ、今日初めて自分のファンの存在に出会ってな。そりゃもう耳とほっぺ真っ赤にしてあたふたしててな..それから、めちゃくちゃやる気になってた。あいつが、あんな表情になったのは、ミホノブルボン戦以来だな。」
トレーナーは嬉しそうにそういうと、私の目を見てこう続けた。
「お前みたいに、誰かに背中を見てもらいたいって、言ってたぜ?」
そう悪戯に笑って、トレーナーは私にタオルを渡した。
「そっか...うん、私も、負けてらんないね。」
ライスちゃんのその決意は、今の私の決意をいっそう固くしてくれた。だからこうして、熱い気持ちが湧いてくる。
「...私さ、今日、勘違いかもしれないけど、感じたことがあるんだ。」
「感じたこと?」
私は、トレーナーに今日感じたこと、キングちゃんの背中を見た時の、あのなんとも言えない気持ちを伝えた。
控え室にある椅子に座って、レースの疲れをそこで強く感じた。
その浮遊感に似た感覚に身を任せながら、私はトレーナーに続けた。
「うまく、言葉に出来ないんだけど、何かを、伝えてくれてる気がしたの。それが、どういうメッセージなのかはわからなかったけど...それでも、私、キングちゃんがあそこまで全力なのは初めて見て、あんなに力強い走りみたことなくて...だから..そこに追いつきたくて、いつもよりも足が動いてさ、うまく、言葉に出来ないんだけど...私..」
「それは、思い込みとかじゃなくて、きっと伝えてるんだよ。キングの走りが、お前に。」
疲れて頭が回らず、上手く言葉にできない。モヤモヤした気持ちを言葉に出来ずにいた私に、トレーナーがそういった。
「お前が感じたこと全部が、あいつのメッセージなんだよ。...だから、受け取れ。全部受け取って、それから、大事にしてやれ。」
優しく笑って、彼はそう言った。
「少しはわかったか?俺とファルコンが言ってたこと。」
トレーナーが言ったこと。私の走りに憧れてるウマ娘がいること、
ファルコンちゃんが、私の走りを好きでいてくれる事。
あの時は、その言葉の意味がひとつも分からなかった。
けど...今は、照れくさいけど。
私は、少しだけ赤くなってしまった顔を誤魔化すように首を縦に振って
「うん!まだ、全部はわかんないけど...それでも、少しだけは、わかった、かも。」
そう、小さく笑いながら答えた。
「大きく頷いてた割には、あんまり分かってねーんだな」
そんな私にトレーナーは笑いながらそう言って、
「着替えとか済ませとけよ。」
そう言って、部屋を出ていった。
トレーナーは、あの時感じたことが思い込みじゃないって、そう言ってくれた。けど、それは多分キングちゃんにしか分からないことで、本当はただの勘違いなんじゃないかって、そう思ってしまう自分もいて...
だけど、確かに感じたんだ。
上手く言葉に出来ないけど、熱いものを、キングちゃんの走りから、感じた。それは、変え難い事実なんだ。
だから、否定的な感情に、終止符を打つ。
勘違いでもいい、思い込みでもいい、例えそうだとしても
私が感じたものは、嘘じゃないから。
「...着替えよっと。」
誰もいない控え室でそう呟いて、私はウィニングライブ用の服に着替えた。全部を受け取ろう、そう心に誓いながら、ライブの服の袖に、腕を通した。厚みのある生地が、少し冷えてきた肌に心地よかった。
「ただいま!遅くなってごめん!..あ、ウララちゃん!かわいいね!ライブ用の服?」
着替え終えて休んでいると、ライスちゃんが控え室に戻ってきた。手には2つのはちみつドリンクがあって、片方を私に渡してくれた。
「あれ?トレーナーさんは?」
控え室にトレーナーが居ないことを不思議に思ったのか、ライスちゃんは辺りを見渡していた。私は、彼が部屋を出ていったことを伝えると、ライスちゃんは
「これ、トレーナーさんの分なんだけどなぁー。」
と、困ったように口にしていた。自分の分を忘れて買っている辺り、ライスちゃんらしくて私は思わず笑ってしまった。
そんな私に首を傾げて、けど、私につられたのかライスちゃんも笑っていた。
渡された蜂蜜ドリンクを口にした。甘くて、それでいて少しだけ酸味の効いた味わいが、口に広がる。しつこくなくて、飲みやすい味だ。
ずっと糖分を取るのを控えていた分、余計に美味しく感じる。
「...うん、トレーナーさんが居ないのが悪い!」
ライスちゃんはそう言うと蜂蜜ドリンクを口にして、なんとも言えない幸せそうな表情をして微笑んでいた。
「そうだ!トレーナーが悪い!」
私もライスちゃんに便乗して、ドリンクを頬張った。
控え室の中2人で笑いながら飲んだ蜂蜜ドリンクの味は、いつもよりもずっと甘くて、それでいて、幸せな味がした。
俺の足は、自然とそこに向かっていた。
軽く深呼吸をして、控え室の扉を叩く。
「...すみません、今はちょっと座っていたいの。用があるなら、構いませんので、入ってくださいますか?」
しばらくして、力のない声が中から聞こえてきた。 控え室の中に入ると、勝負服から制服に着替えたキングが椅子に腰をかけて、ただ何をする訳でもなくボーッと天井を見つめていた。
「よ、お疲れ様、キング。」
「...あら、貴方ですの。それにしてもキング、だなんて...まあ随分とした口を聞くようになったのですね。」
「君が言ったんだろ?素の俺の方が好きだって。」
「ふふ。調子のいい人ね。...そうね、私ももう、高貴な自分なんて意識せずに話すわ。...ちょっとだけ、疲れてるしね。」
キングは軽口をききながらもその声音と表情には明らかな疲労があった。それだけで、今日の走りに彼女がどれほどの力を込めてかけてきたのかが、伝わってくる。
「...結局、負けたわね。私。きっと、ウララさんは何も感じてないわよね...ええ。分かってるわ、そんなの。それを、伝えに来たんでしょ?」
キングはそう言って、自嘲気味に笑った。俺は、そんなキングに首を縦に振って答えた。
「ああ。伝えに来たんだ。」
俺の言葉に、キングは肩を小さく震わせた。それでも目をそらさずに、たった一言
「...あら、そうなのね。」
そう言って、椅子の肘掛に肘をかけて、疲れた様子で早く済ませるように伝えてきた。
だから、俺も直接、手短に伝えることにした。
「ウララには、伝わってたよ。」
「...え?」
彼女には、それがあまりにも意外だったのだろう。しばらくの無言のうち、そんな素っ頓狂な声を出して、そして
「同情のつもり?要らないわよ、そんなの。私は負けた。それが全てよ。敗者から伝えれることなんて何も」
「確かに、具体的なものは、なんにも伝わってなかった。それは認める。」
俺の言葉を同情と捉えたキングは、それにかわいた反応見せ、声を静かにそれらの同情を否定した。だから、俺はそれを遮るように、彼女に伝えた。
「お前が伝えようとした、強くなれたとか、覚悟が出来たとか、感謝してるとか、そういう類のものは、多分、ひとつも伝わってない。」
ありのままの事実を、彼女に伝えていく。その言葉を受ける度に、キングの方は震え、俯き、小さく唇を噛みしめていた。
「...それでも、ウララは確かに、何かを感じていた。言葉にできない何かを、ウララ自身の走りを変えてくれる様な何かを、あいつは、お前の走りから受け取っていた。これはウララの言葉で俺が直接聞いたことでもあって...見ていた俺自身、感じたことでもある。ウララがここまでの走りをできたのは、キング、お前がいたからなんだ。」
俯くキングに、俺はそっと語りかけた。これが、例えキングにとって同情に感じてしまっても、意味のないことだと捉えられてしまっても、それでも俺は、伝えないといけないと思った。
キングの走りが、ウララにとって、俺にとって、大切なものであると、何かを変えてくれる存在であると、知ってほしかった。
だから、言葉の通りの事実を、目で見て感じた事を、率直に伝えた。
「..私は、例えウララさんに何も伝わっていなくても、今日の私の走りを否定したりしないわ。今日の走りを否定してしまうことは、ウララさんがくれた物も否定してしまうことだとわかったから...だから、私は例えどんなに笑われたとしても、大丈夫よ。それを踏まえて、もう一度聞くわ。私の走りで走りが変わったって、何かが伝わったって、...ウララさんが、本当にそう言ってたのね?」
俯いたまま無言だったキングはそう言うと、椅子から立ち上がって、俺の方に歩いてきた。
嘘をつくことを許さないというような、そんな目だった。
だから俺も、その言葉に胸を張って、堂々と答える。
「ああ。嘘じゃない。もう一度言う。これは、あいつの口から直接受け取った言葉だ。」
「...あ、そ。」
まっすぐにキングの目を見つめて、俺は答えた。
キングはその言葉を受けて、冷たく、けれどどこか嬉しそうな表情でそういうと。
「ま、当然よね!何せこのキングの走りよ!何も伝わらないなんておかしな話よ!」
そう大きな声で言うと、オーホッホッホ、といつもの高飛車な笑い声と共に、心底嬉しそうな、そんな笑みを浮かべていた。
「...改めて、ありがとうございます。...あなたには、本当に感謝してる。ウララさんを、この舞台に戻してきてくれて、ありがとう。」
それまでの馴れ馴れしさをなくし、キングはそう言って俺に頭を下げた。
「いや、ここに戻ってきたのはあいつの意志だ。感謝される筋合いは俺にはないし..それに、今日感謝するべきなのは俺なんだよ。キング..ウララと、走ってくれてありがとな。」
俺はそんなキングに、たくさんの意味を込めた感謝を述べた。
嬉しかった。ウララの走りで、強くなることが出来たと言ってくれたことが、ウララに、走りで恩返ししたいと言っていた言葉が、嬉しくて、暖かくて、俺をトレーナーとして、ここに立ち続けさせてくれた。
だから、感謝するのは俺の方なんだ。
「ふふ、いいのかしら?」
そんな俺に、キングはイタズラな笑みをうかべて空いている間隔をさらに詰めてきた。
ほとんどゼロ距離になって、その甘い香りや雰囲気に思わずドキマギしそうになってしまう。
「私にそんな優しい言葉をかけてると、後で痛い目にあうわよ?」
「...勝負で手を抜くつもりは無いさ、次のレースでも、ウララをキングに勝たせにいくさ。」
「へぇー、言ってくれるじゃない。」
「ま、一応トレーナーなんでね。」
からかってくるキングに軽口で返して、自分の鼓動を誤魔化した。
時計を見るともうすぐウララのウィニングライブの時間だった。
「...行ってきなさい。ウララさんが、待ってるわよ。」
時計を見た俺の心情を悟った彼女が、腕を組んで少しだけ不満げにそう言った。
「ああ...また、ゆっくり話せる時に話そうな。」
「ええ....ゆっくり話せる時に、ね。」
キングはそう言うと、先に失礼するわ、と俺にいい、控え室を後にした。
俺もキングがいなくなった控え室にいる必要も無いのでウララのライブ会場へと足を急がせることにした。
「トレーナーさん!」
そんな俺の背中に、キングの声が届いた。
俺はキングの声の方に振り向いて、そしてー
「この私を追い抜いたんだから!有馬記念、走れることになったら...その時は、必ず勝つのよ!」
キングの、大きくて、それでいて、どこまでも優しい声音を聞きながら
その言葉に、胸を張ってこう答えたのだ。
「...ああ!俺とお前の...約束だ!」
キングはその言葉を聞いて、満足そうに微笑むと、それ以降何も言わずに出口の方へと足を進めていった。
俺も、キングとは別方向に足を進めていく。
叶わなかった願いがある。届かなかった思いがある。
それでも...その走りは、何かを伝えていた。
それは、彼女だけじゃなくて、他の誰かにも伝わっていって
そうして、またひとつの夢が生まれる。希望が生まれる。
約束が、生まれる。
だから、彼女達は走るのだ。夢を、思いを、願いを、伝え、届け、叶え、そして、繋げるために。
それを今日、俺は、彼女の言葉と、その走りで、理解した。
会場へと進める足を、少しだけ速める。
コツコツという、廊下をかける俺の足音だけが、静かに響き渡った。
今回、今後の展開をどうするかというのをものすごく考えていて、なかなか結論が出ない中、皆さんを待たせてしまっていると考えてとりあえず新話を投稿しました。
有馬記念編の話ですが、いつも以上に遅れてしまうと思います。
ですが、待たせてしまう分、必ず良いストーリーを書きます。
おまたせしてしまい、申し訳ありません。