ご指摘いただいた有馬記念の出走人数を調整しました!
「トレーナー!まだ?ねぇ、まだなの!」
「ばっか、だから、まだだって言ってるだろ!パソコンに顔近づけすぎるなって!あーもう!離れろ!」
「トレーナーさん!トレーナーさん!あと1分だよ!あと1分で投票結果でるよ!」
「ライス!おま、ちょいこら!」
俺は今、ウララとライスをパソコンの画面から引き剥がすのに死ぬほど苦労していた。
時刻は21時、有馬記念の出走リストが、今晩にウェブサイトで公開される。本来ならこの時間にウララとライスは寮にいなくてはいけないのだが、寮長から特別に許可をもらい、ウララとライスはトレーナー室にて結果発表をいまかいまかと待ち侘びていた。
ファンの反応や世間の反応からして、この二人はおそらく入っているとはおもうのだが
...ま、心配する気持ちは俺もおんなじなんだけどな。
ライスの枠入りは安心できるが、ウララは正直わからない。ダートレースでかなりの人気を獲得し、ターフの出走を期待されているのは、ファンの声や世間の評価を見ていれば明らかだ。
しかし、それだからといって有馬の出走が出来るかと聞かれれば話は別になる。
有馬を走るウマ娘達は、皆、ファンの声やメディアによって選ばれた、言わば本当に人気のあるウマ娘達になる。
ウララよりも人気があるウマ娘は当然存在するし、それらの人気を押しのけてこいつが入っているか...
頼むぜ、神様。
苦しい時は神頼みというが、本当に神に頼らざるを得ない。
発表まで、残り1分をきった。
「ふぬぅうううううう」
「ふぬぬぬぬぬ!」
ウララとライスは二人でパソコンの画面と睨めっこをしていた。
俺が座っている椅子の前に押しのけるようにして二人が画面を見ているため、俺が見れるスペースが少ない。
もうこの二人を引き剥がすのは諦め、二人の頭の間から画面を覗く。
焦る気持ちを抑えて、ひと呼吸置いた。
それと同時に、サイトが更新される。
1枠セイウンスカイ
2枠スペシャルウィーク
3枠エルコンドルパサー
4枠グラスワンダー
5枠...
「セイちゃんに、スペちゃん、みんなも走るんだ...」
クラスメイトの名が、ウララの焦りをより加速させる。
未だ、ライスとウララの名はなかった。
マウスを動かす手に、嫌な汗が流れる。
6枠ライスシャワー
「!?私だ!私の名前だよ!トレーナーさん!」
「おおお!ライスちゃん!おめでとう!」
「うし!まずは一人目!」
ライスの名前を見た俺たちは各々の反応をし、まずはライスの名が出走リストに入っていたことに安堵した。
続いて7、8と枠に各馬娘の名前が続いていき14枠を過ぎた所だ。
そこでページが途切れる。未だウララの名前はない。
「...残り、2枠。」
そして、その結末はこのページをスクロールすればわかる。
変な汗が止まらない。
「....大丈夫だよ。大丈夫。...絶対、入ってるもん。」
きっと、本当は怖いはずなんだ。それでも、ウララは信じてる。逃げずに、ここに立ってる。
だったら、臆することはない。
俺は、指を動かし、ページを下にスクロールした。
15枠テイエムオペラオウ
16枠ハルウララ
「...あった。」
「うん、あった...。」
「ウ、ウララちゃん!ウララちゃん!」
思考が、一瞬停止してしまった。けどそれは本当に一瞬で
「うぉおおおおおお!あった!あったぞ!おま、おまぇえええ!」
「やった!やった!やった!ウララちゃん、ウララちゃん!」
「ちょ、二人とも苦しいって!お願い、ラ、ライスちゃ...くる、し...」
その喜びを自覚した瞬間、俺とライスはウララに思いっきり抱きつき、二人で激しく肩を揺すったり頭を撫でたり、それはもう溢れ出る嬉しさを惜しみなくウララにぶつけた。
「まだ喜ぶのは早いぞ!ウララ!ライス!お前達の戦いはこっからなんだからな!」
「わかってるよ!トレーナーさん!私、ウララちゃんに絶対負けないから!」
「だ!か!ら!二人とも!苦しいんだってばぁぁあ!」
俺とライスの笑い声と、ウララの絶叫が、前よりも華やかになったトレーナー室に、響き渡っていた。
その舞台に立ちたいと言ったとき、笑われたウマ娘がいる。
そこに立つまでに、沢山の言葉で傷ついたウマ娘がいる。
彼女達の、それぞれの戦いが、始まる。
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「よし!ウララはまず長距離に慣れろ。ライスは相手に合わせた走りだけじゃなくて、自分に合ったペースを覚えるんだ。」
俺達は今一周1500のターフのレース場に来ている。
冬の季節の朝、レース場に広がる芝には霜などが付いていて少しだけ幻想的だった。
そんなレース場に朝早くに来た俺達には目的がある。
それは勿論、有馬記念に向けた特訓だ。
ウララとライスにはそれぞれにメニューを出すが、まずは長距離を二人に走らせることにした。
特に初めてきちんと調整を行って長距離レースに出るウララ。彼女には、ライスという長距離になれたウマ娘とともに走ることで、そのペースや疲労の仕方を体感して欲しい。
「と、トレーナーさん..さ、寒いヨォー」
「大丈夫!多分慣れたら平気だよ!私全然寒くないもん!だからライスちゃんも慣れたら平気だよ!」
「ウララちゃん...そんなに鼻水垂らされながら言われても..説得力ないよ。」
はじめての長距離に興奮を隠せないウララに対して、冬の朝の寒さに耐えられないライスは、体を震わせながら俺に抗議していた。
そんなライスをウララは元気づけようとするが、彼女自身相当寒いはずなのに、アドレナリンでそれに気がついていないため鼻水を垂らし、鼻の先を真っ赤にしながら励ますその姿には説得力がかけらもなかった。
ライスがウララの鼻水をティッシュで拭いているのを尻目にして、俺はストップウォッチを設定する。
「お前ら、各々アップ済ませとけよ。20分後にスタートするからな、タイムはウララはとりあえず自由に走ること。ライスは...そうだな、3分前半を狙え。それじゃあ、はい、準備スタート!」
手をパンパンと小気味よく鳴らして、ライスとウララがアップに取り掛かるように急かした。
ウララは元気よく、ライスは亀のようにとぼとぼとしながらも何とか走る体制に入り、アップを始めていた。
「さて、ウララがどこまでライスについていけるか...。」
俺はそんな二人の背中を見ながら、密かに、この試走に期待を寄せていたのだった。
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結果から言えば、ウララの走りは悪くはなかった。
勿論、ライスと30秒以上離されて死にかけになりながらゴールするという側から見ればやはり、情けない結果に見えてしまう走りには変わらない。しかし、ここには大きな可能性が隠れている。
第一に、彼女の今までのレース経験だ。短距離レースしか味わったことのない彼女が、初めて体感する長距離レースのしんどさ、疲れ方の違い、足の使い方、それを知らない状態で、落ちてはいたものの、以前よりも明らかにスピードを維持して走ることができたこと。
第二に、彼女の蹄鉄が短距離レース用のものであること。
短距離レースの蹄鉄は軽さよりも脚力と瞬発力を重視するためにより深く地面にめり込ませる蹄の構造をしている。この構造を作り出すためには長距離用の蹄鉄よりも多くの鉄をつかうことになり、重さも当然増してくる。これがどれほど影響を与えるのかは走る当人にしかわからないだろうが、人間で例えるのなら、陸上の短距離のスパイクで長距離を走るようなものだろう。足への負荷やパワーの伝わりやすさは多少なりとも不利になるはずだ。
第三に、ここがターフであるという点。これは、ウララにとって大きく不利であると言える。ターフはダートのようなパワーで押し切るというよりも、繊細な加速の技術や、走る技術がなければ走れないという、いわゆる[走るための才能]が必要なのだ。
これができないためにダートレースに移行するウマ娘達がいるほど、ターフを速く走るというのは難しい。
それらを踏まえたうえでだ。
ウララは、ライスと1分以内のタイム差で走ることができたのだ。
これは、非常に、非常に可能性が見えてくる結果だと言えるだろう。
「見えて来たぞ...ウララとライスの先頭争いがよ!」
ターフの上で転げるウララに、わたわたと駆け寄るライスを見ながら、俺はそう呟き、小さくガッツポーズをした。
二人にしばらく休憩をとらせ、朝のトレーニングを終了させた。
その後にトレーナー室に来るように、ウララとライスに伝えた。
ただし、いつものように二人同時に、ではなく、個人個人でくるようにと伝えておいた。これは、二人が競い合う相手であることを本人達に自覚させなくてはならないからだ。
「...それに、お互いの手の内を知ってるなんて、つまんないもんな。」
俺は先程のウララの走りを録画した映像を見ながら有馬で二人が走る想像をしていた。
その妄想が楽しくて笑みをこぼしているといきなりドアが勢いよく開いた。
「トレーナー!ちゃんと制服に着替えてきたよ!偉いでしょ!」
「あのなぁー..ノックすることおぼえろ!」
俺は練習着から制服に着替えたことを誇るウララにそう怒鳴ったあと、彼女をトレーナー室のパソコンの前に座らせた。
「ええー、褒めてもらえると思ったのに...」
ウララは俺に不服そうな態度をしながらパソコンの前に座り、肘をついて欠伸をしていた。
「こいつ...」
俺はそんなウララを尻目に、パソコンで彼女の走りを再生した。
動画が始まった瞬間、ウララはさっきまでの眠そうな表情をなくし、その動画を食い入るように見ていた。
...あいつなりに、思う事があったんだろうな。
俺はそんなウララの様子を嬉しく思いつつ、彼女にアドバイスをしていく。
走る時の顎の角度、意識するべきポイント、ペースの上げ方、落とし方。長距離の基本とその応用を、とりあえず知識として彼女に伝え、それを聞きながらウララは何度も動画を見続けていた。
「....凄いな、ライスちゃん、本当に綺麗な走り。」
ウララは、自分の走りを見るというよりもライスの走りを繰り返し見ていたようで、小さな口から、ぽろりと言葉を漏らしていた。
「トレーナー、私も、こんな走りがしたい。」
動画を止め、ウララは俺にそういった。
「しなやかで、繊細で、速くて...こんなカッコいい走り方、私もしてみたい。」
そう語るウララの表情は、今までのものとは違った。
憧れ、尊敬、キラキラした何かを抱いた、そんな表情だった。
「そっか。それじゃあ...頑張らないとな。」
そんなウララに、俺はそう語りかけた。
ウララは、うん!と元気に返事をして、言われたことを実践してくると、更衣室へと向かっていった。
...ライスの走り、か。
ウララが憧れた、ライスの走り。
それは、まるで芸術を見ているかのような、そんな走りだ。
ウララの言葉の通り、しなやかで、繊細で、美しい、そう、これは
...天才であるが故に、実現する走りなのだ。
「....。」
ウララがこれから挑む舞台には、こんな走りをするウマ娘達が待ち受けている。天才、そう呼ばれる彼女達が、手を緩めることなく、彼女にとって全て未知である舞台で、襲いかかってくる。
それは、今までのレースよりも圧倒的に厳しい戦いになるだろう。
...大丈夫だ。大丈夫。可能性はある。
不安になる気持ちを、自分自身でかき消した。
「トレーナーさん、入ってもいい?」
嫌な考えをし始めた俺の思考を遮るように、ライスの声が聞こえた。
俺はライスに返事をして、部屋の中へと彼女に入り、パソコンのあるデスクの前に座るように伝えた。
失礼します、と彼女は一言挟み、トレーナー室の中に入ってくる。
一対一で何かをする機会があまりないためか、ライスは少しだけ緊張している様子でパソコンのデスク前に座った。
「..そんなに緊張しなくていいぞ。」
俺はそんなライスが可愛らしくて思わず笑みを浮かべ、それを誤魔化すように彼女に声をかけた。
「うん...悪くないと思う。」
ライスは動画を何度か再生した後、納得したようにそう呟いた。
俺もその言葉に賛同して、首を縦に振る。
「ああ。極端に言えば、今のライスに修正する所はないと俺も思っている。...強いて言うなら、ラストの直線の腕振りだな。今のコンパクトで小さい腕振りを、ラストの直線、そうだな..残り400あたりから大きめに振ることを意識してみてくれ、それだけで、最後のスピードの伸び方が変わるはずだ。」
「うん!わかった!腕振りを、大きく、大きく..。」
ライスは俺の言葉に頷き、何度も俺のアドバイスを小声で繰り返していた。
「やる気、満々だな。」
小動物のような愛らしさを放っているライスに、俺はそう声をかけた。
その言葉に、ライスは満面の笑みで頷いた。
「うん!ライスね、有馬で勝つって、約束してるんだ!」
「約束?誰に?」
「えっとねー、この前、トレーナーと一緒にウララちゃんのレース見たでしょ?その時にあった人達にね、LINEで約束したの!」
「ら、LINE?え、待て待て待て、お前、まさか...」
「うん!交換したんだよ!えへへー、これでウララちゃんとブルボンさん以外とも友達になれたんだぁー」
ライスの発言に思わず頭をかかえた。
「あのなぁー!そーいうのは!...あーもう!もういいよ!」
ライスは俺が怒っている理由がわからずひたすらに目をウルウルさせていた。
ウララもそうだが...ウマ娘は自分の可愛さを自覚してないのか?
俺は彼女達の自身への認識を心配しつつ、ライスの変化を嬉しく思った。
「ま、なにはともあれ...勝ってやりたいんだな、その人達の為に。」
それは、ライスが初めて、誰かのために勝ちたいと言ったこと。
有馬記念に出たいと言った時もそうだが、ライスは、誰かの為に、勝利を望んでいる。
それがどれほどの力を生むのかと言うことを、俺はウララの走りで見てきた。だからこそ、ライス中でこういう心情の変化があったことを喜ばしく感じるのだ。
「うん...もちろん、自分が勝ちたいって言う気持ちもあるんだけどね?」
ライスは恥ずかしくなったのか、少しだけ顔を赤らめてそういうと、もう一度動画を再生した。
けれど、それは自負の走りを見ていたわけではなかった。
動画の中で、ライスの後ろを走る彼女、その走りを、ライスはじっと見つめていた。
「....きっと、ウララちゃんは今よりも、ずっと強くなる。」
ライスはそう呟くと、さっきのほんわかした雰囲気を一掃するほどの、何かを全身から放っていた。
それは、レースを走らない俺でもわかるほどの..闘志。
ミホノブルボンとのレースを制した時のような、野生を感じさせる目つき。
明らかに雰囲気が違う彼女の様子に、俺は思わず後退りをしてしまう。
しばらく無言でライスは座っていたが、パソコンの動画を止めずに、椅子から立ち上がった。
「トレーナーさん、私ね、ウララちゃんに勝つよ。ウララちゃんだけじゃない、スペシャルウィークちゃん、セイウンスカイちゃん、誰にも負けない...負けたくない。その為なら、なんだってしてみせる。」
ライスは、真っ直ぐな目で俺にそう言った。
圧倒されるようなプレッシャーを出しながら、負けたくないと言う彼女は、さながら戦に向かう侍のようにも見えた。
「ああ...それじゃあ、めちゃくちゃ頑張らないとな、ライス。」
俺は、そんな彼女に怯むことなく、真っ直ぐな笑顔でそう返した。
「...うん!...ライス、頑張る!」
いつもの様子に戻った彼女はそう言うと、トレーナー室を後にした。
「...さて、練習メニューどうするかな。」
俺は、いなくなった彼女達それぞれを思いながら、今後のメニューを考えることにした。
負けたくない、勝ちたい。
言葉にするのは簡単だ...けれど、実現するのはその何倍も難しい。
けれど、きっと彼女達は、それを実現するのだ。
だから、俺もできる限りのことはしてみせる。
確たる信念を持って、俺はメニューを組み出したのだった。
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私は、焦る気持ちを抑えながら駅に向かっていた。
なぜなら、今日は...
駅の中央改札の出口、そこの近くにある噴水に、彼女はいた。
病室では解いていた髪を二つに結んで、そして、
白色のギブスを取った彼女が、立っていた。
「ファルコンちゃーーーん!」
私は、そんな彼女に大きく手を振りながら近づいていった。
「!?ウララちゃーーん!」
私に気がつくとファルコンちゃんも大きく手を振って、私に応えてくれた。
そう、今日はファルコンちゃんが退院した日なのだ。
有馬記念の発表から3日後、ファルコンちゃんから、退院するよ!というメッセージを受け、私はその日に遊ぶ約束をしていた。
「本当は、色々やることあるんだからね!」
昨日した電話でそう言いながらも、ちゃんとオッケーを出してくれたファルコンちゃんは、やっぱり優しいなと思う。それから...
『有馬記念出走、おめでとう。ウララちゃん。』
そう優しく言ってくれた時の、ファルコンちゃんの声音が、今でも私の耳に残っている。とっても優しくて..嬉しくて...勇気が出る。
そんなことを思い出しながら、ファルコンちゃんの服装に注目した。
私服のファルコンちゃんを見るのは実は初めてで、その都会っぽい服装に思わず、おおー、と声をあげていると、ファルコンちゃんは嬉しそうに一回転して
「いいでしょ!」
そう私にファルコンちゃんがはにかんだ。
そのかわいらしい笑顔を受けて、私も幸せな気分になる。
「いこ!ウララちゃん!」
ファルコンちゃんはそう言って私の手を引いてある場所へと向かっていく。どこで遊ぶかと言う話は、実はまだ聞かされていない。
私が色々提案したのだが、どうしても先に寄りたい所があるとファルコンちゃんは譲ってくれなかった。
本当は遊園地やゲームセンターに行きたかったのだが、退院したお祝いで遊ぶのだし、私は渋々その言葉を飲み込んでファルコンちゃんの行きたい所に向かうことにした。
駅から少しだけ歩いて、向かった先は....
「蹄鉄、屋さん?」
「そ!私が行きつけだった所!」
ファルコンちゃんはそう言うと、私の手を引いて中に案内してくれた。
こじんまりとした店の外観とは異なり店内はそれなりに広く、長距離から短距離まで幅広い種類の蹄鉄が置いてあった。
暖房の効いた部屋の中、周りの蹄鉄をキョロキョロしながら見ていると、店の奥から人が出てきた。
「あら、ファルコンちゃんやないの、いらっしゃいね。もう足は平気なのかい?」
「あ!広瀬さん久しぶり!うん!もう平気だよ!軽くなら走れるぐらいなんだから!」
「あらそぉーなの。そりゃよかったわ...あれま!隣にいるウマ娘の子、もしかして」
「そ!ウララちゃん!私の1番のライバル!」
「あらあら!いらっしゃいませー、有馬記念、走るんだってね?投票結果見たわよー。」
出てきたのは50歳くらいのおばちゃんで、広瀬さんと言うここの店主のようだ。広瀬さんとファルコンちゃんは仲がいいようで、私は二人が話している間どうしようかとオロオロしていた。
けれど、広瀬さんの口から出た、私が有馬に出ると言うことを知っていてくれたことが嬉しくて、私も会話に参加することにした。
「そうなんだー!私!有馬記念に出るの!頑張って優勝するから、応援してね!」
私の言葉に、おばちゃんは少しだけポカンとした後に
「..あんた、ファルコンちゃんと似てるわねー。」
そう優しく呟いて、ファルコンちゃんに目を向けた。
「ファルコンちゃん、あんた、あの蹄鉄を残しといたのって...」
「広瀬さん...わかっちゃった?」
「はぁー、ちょっと待ってな。」
広瀬さんはそう言うと店の奥に入っていった。
私にはなんの話かさっぱりで、また話において行かれたことが少し寂しかった。
しびらくして、中から広瀬さんが、手に箱を抱えて出てきた。
それを、広瀬さんは私に渡してくる。
「?私、まだ何も買ってないよ?」
「ウララちゃん、それ、私からのプレゼント。有馬記念の出走が決定したから、そのお祝いだよ。」
「え!ファルコンちゃんからの!?いいの!?」
私はファルコンちゃんの言葉を聞いて、急いでその箱を開けた。
箱の中には、蹄鉄が入っていて、銀色の蹄鉄に桜のマークがついた、とても軽いものだった。
「気に入ってくれた?」
ファルコンちゃんは私の顔をのぞいて、そう聞いてきた。
私は、緩み切った頬のまま、満面の笑みで頷いた。
「うん!嬉しい!可愛いし軽いし!ありがとう!ファルコンちゃん!...あ!でも、私が本当は何かあげなきゃなのに...ごめん、なんも用意してない。」
私は、本来なら自分がプレゼントをあげないといけない立場であったことを思い出して、ひどく申し訳ない気持ちになった。
そんな私を見ながら、ファルコンちゃんは優しく笑ってくれた。
「いいよ、そんなの気にしなくて...それに、もう、プレゼントは充分にもらってるから。」
「??私、何かあげた?」
「ふふ、なんでもないよ。」
ファルコンちゃんはそう言うと、私に支払いをするから外で待つように伝えた。私も一緒にいたかったけど、おばちゃんとファルコンちゃんの二人の中を邪魔したくなくて、外でおとなしく待つことにした。
箱の中の蹄鉄に目を落とす。
ピカピカして、可愛い蹄鉄。
ファルコンちゃんが、私にくれた蹄鉄。
トレーナーがくれた時と、おんなじ気持ちが湧いてくる。
嬉しくて、あったかくて、とっても、勇気が出る。
レースに出ることに、不安がないわけじゃない。
ライスちゃん、スペちゃん、セイちゃん、色んな強いウマ娘達に勝たないといけないと言うプレッシャー、トレーナーを、みんなを、勝って笑顔にしたいと言う願い。
...ファルコンちゃんの、夢を壊した責任。
色んなものを、私は成し遂げないといけなくて、それで平気でいられるほど私は強く無い。だからこそ、今は物凄く心強かった。
「...私、勝つよ。」
小さく、そう呟く。
沢山の前を走る背中に、追いつき、そして、追い抜くために
私のすべてを、有馬にぶつける。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「いいのかい?あれは本当ならあんたが...」
「ううん。いいの。もう、私には必要ないから。」
私は、自分の右足をさすりながら、広瀬さんの言葉を遮った。
もうずいぶんと細くなってしまった足を誤魔化す為に、私はオーバーオールのズボンを履いている。ウララちゃんに、足のことを悟られたくなくて、できるだけ平気なふりをしてた。...実を言うと、まだ歩くのは少ししんどい。
「広瀬さん、悪いんだけど、椅子もらえる?」
「あんたねぇー...しんどいんなら、最初からいいなさいな。」
広瀬さんはそう小言を言いながらも私に丸椅子を勧めてくれた。
「ありがとね、広瀬さん。」
私は一言お礼をいって椅子に座った。硬そうで意外と柔らかい椅子に、思わず、ふぅー、と声が漏れる。
「それにしてもまあ、皮肉なもんだねぇー。....あんたがいつか走る時のために買ってた蹄鉄が、レースで負けた相手に渡るなんてね。」
広瀬さんはそう言いながら私の横に丸椅子を置いて腰掛け、レジの横にある小さめのテレビを見ていた。
その目は遠くを見ているような目だった。
私がまだ引退する前、いつか有馬に出る時のために、ここで特注の蹄鉄を作ってもらっていた。出走が決まるまで店に置いておいてもらうように広瀬さんに頼んでおいた。...もう、使うことはないけど。
けど、私に後悔は無い。
悔しさも、悲しさも、今でもはっきりと胸の中に残っている。
それでも...ウララちゃんと、あの日、走れて良かったと、本当にそう心から思っている。
そして、自分が彼女に何を夢見ているのかも、見つめて、向き合って、理解することができた。
だから、私はあの蹄鉄を、ウララちゃんに託した。
「私はね..まだ、納得してないよ。ファルコンちゃんじゃなくて、あの娘が有馬に出るなんてね....私は、納得してない。」
広瀬さんはそう言いながら立ち上がり、私の頭を撫でた。
「...ごめんね。こんな、どうしようもないことを、あなたに言って。」
「ううん。...大丈夫。広瀬さんに沢山応援されてたってわかって、嬉しい。ありがとね、私のファンでいてくれて。」
悲しそうに微笑む広瀬さんに、私は笑顔で、応えた。
「ああ..私はね、私は、ずっと、ファルコンちゃんの、ファンだよ。」
広瀬さんは声を震わせながらそう言うと、店の奥に消えていった。
「...また来るね。」
私はそっとそう言うと、店を後にし、出口へと向かっていった。
外には、蹄鉄を大事そうに抱えたウララちゃんが立っている。
...広瀬さん、あのね。
私は、もうその舞台に立たないけど。
それでもね、いるんだよ。ここに、私の想いを背負って、その場所へ向かってくれるウマ娘が。
誰よりも頑張り屋さんで、優しくて、力強いウマ娘が、いるんだよ。
だから...広瀬さん、どうかウララちゃんのことを、見ててね。
言葉にすることのない思いを、私は胸の中で、そっと彼女に伝えたのだった。
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私とファルコンちゃんは蹄鉄屋さんをでて、ゲームセンターや服屋さんなど、楽しめる場所を一通り回って、駅近くの公園に足を運んでいた。
冬の日の沈む速度ははやくて、まだ17時だというのにもう外は真っ暗に高くなっていた。
「ぶぅー、もっと遊んでたいのに。」
ブランコを漕ぎながら、私は不満を口にした。
せっかくファルコンちゃんと初めて遊んだ日で、しかも退院祝いだというのに、外が暗くなるのが早すぎる。
それに、私はまだ何もファルコンちゃんにプレゼントできていない。
クレーンゲームでぬいぐるみを取ってプレゼントしようとしていたら、いつのまにか残りのお金が500円になっていて、何かを買おうにも何も買えなくなってしまったのだ。
「ほんとだよねー。楽しい時間って、すぎるの早いよね。」
そんな私の不満に、ファルコンちゃんは笑ってそう賛同してくれた。
寮の門限があるため、ここで話して解散しようと二人で決め、私達は何をするわけでもなく、ただ二人で話し続けた。
冷たい風が吹く中、ファルコンちゃんが思い出したように言った。
「あ、ウララちゃん!今日ね、なんか流れ星が見えるんだってさ。」
「え!そうなの!?見たい見たい!」
私はファルコンちゃんの言葉に胸を躍らせた。
流れ星、空に描かれるであろうその美しい情景を思い浮かべながら、私はいつ流れ星が来るのかと期待し、空を見つめ続けた。
「...ウララちゃんは、どんなお願い事をするの?」
空を見つめている私に、ファルコンちゃんがそう聞いた。
私は空を見つめたままお願いすることを口にしていく。
「えっとねー。いっぱい1番になれますようにでしょー、あと、トレーナーとライスちゃんに良いことがありますように!それから、ファルコンちゃんが...また走れるようになりますように、とか。」
そこで、私の言葉は途切れた。
「流れ星の流れてる間、そんなにお願いできる?」
けれど、ファルコンちゃんは特にそれを気にした様子もなく、笑って私の答えを受け入れてくれた。
空を見つめてた視線が、自然と地面を見つめている。
「...ウララちゃんは、有馬記念で優勝するってお願いしないの?」
俯いている私に、ファルコンちゃんはそう声をかけた。
有馬記念の優勝。それは...今私に取って、何よりも欲しいものだ。
でも...それは、お願いすることじゃ無い。
「うん、しないよ、だって...だってそれは」
私は顔をあげて、隣にいる、私のライバルの目を見て、こう応えた。
「私自身で、勝ち取るものだから!...だから、お願いしないの。」
私の言葉を受けて、ファルコンちゃんは一瞬ぽかんと口を開けて、けどすぐに笑顔になって、私の頭を撫でてくれた。
なんで撫でられてるのかわからないけど、嬉しいから私は撫でられるままでいることにした。
「...本当に、強いなぁー、ウララちゃんは。」
ファルコンちゃんは小さくそう呟いて、私の頭を撫でるのをやめた。
それが少し寂しくて、私はファルコンちゃんを見つめる。
けど、ファルコンちゃんは空を見ていて、なんだかその姿がとても儚げだったから、私は何も言えずにただその姿を見つめていた。
「私さ、お願いするって、嫌いなんだ。」
ファルコンちゃんは空を見つめたまま、そう口にした。
私はそれを不思議に思って、首を傾げる。
「お願いするって、誰か頼みになるってことで、自分じゃできないって言ってるようなもんじゃ無いのかなって、ずっと思ってた。」
ファルコンちゃんは空から目線を私に向けて、でもね、と微笑んで
「そうじゃないんだって、わかったんだ。...願うことは...託すことは、その場所に私も行けることなんだって、気がつけたから。」
そう言って、ファルコンちゃんはブランコから降りた。
私の前に立った彼女は、真っ直ぐな目で私を見て、そして
「ウララちゃん...私、ウララちゃんと一緒に、見たい。有馬の頂上を、見てみたい。」
そう、伝えてくれた。
ファルコンちゃんには、もう見ることができない景色。
それでも、ファルコンちゃんは、私に託してくれた。
私の走りを、信じてくれた。
だったら、私にできることは一つだ。
不安な心を、震える声を、必死に抑えて
私に今できる、最大限の言葉で、彼女に応える。
「うん...必ず、必ず、取って見せる。」
その言葉を受け取って、彼女は満足そうに微笑み
「うん、待ってるね、ウララちゃん。」
そう、笑顔で応えてくれた。
二人で足並みを揃えて、寮へと向かう。
その間、私達に会話はなかった。
けれど、その日、私の中で、一つの決意が固まった。
有馬記念を、『必ず』勝つ。
その信念を、確固たるものにして
自分の中にある不安を、恐怖を、かき消した。
冬の風が、頬を照りつける。
その風に打たれながら、ファルコンちゃんと足並みを揃える。
その一歩一歩の感触が、妙に心地よかった。
投稿し直すこと、大変申し訳なく思います。
展開を変えましたので、前回の話より、一層面白くなっていると信じて投稿し直しました!