最弱と言われた彼女は   作:こたれん

20 / 21
投稿おくれてしまい、申し訳ありません。

ライスの一人称、私を私(ライス)と読んで頂けると違和感なく読めると思います。



ターフの上へ

よく晴れた冬空の元、キングとウララの模擬レースが始まろうとしていた。ウララと俺は田辺さんに指定されたエリア内でアップを済ませて、レースが始まるのを二人でゆっくりと待っていた。

ライスにも観戦に来るように誘ったのだが、彼女は自身の練習を優先するといって俺の誘いを断った。

一見してみれば冷たいようにもとれるが、俺はライスのその発言は、ウララを信じているからこそ言っているのだと、何となくだがそう感じ、それ以上誘おうとはしなかった。

 

「いちに!いちに!うん!良い感じだよ!トレーナー!」

 

ターフの上でストレッチをしながら、ウララは笑顔で俺にそういうと大きく伸びをする。

 

「んー!空気もいい感じ!冷たい!」

「そりゃ、冬だもんな。」

 

深呼吸を大きくして、当たり前な事を言う彼女。

俺は相変わらず天然な感想を述べるウララに苦笑いをした。

ウララは最終確認とばかりに靴紐を結び直していた。

そんな彼女を見ながら、俺はあの時の言葉を思い出す。

信じなくてもいい、ただ、私が走るのを見届けてほしい。

それは、この模擬レースに向けた言葉でも、有馬に向けた言葉でもない。

これから先、ずっと続いていく彼女のレース。その全てに向けた言葉なんだと、俺はそう感じている。

 

「...ウララ。」

「?何?トレーナー?」

 

靴紐を結ぶ手を止めて、彼女は俺の方へと目を向ける。

桜の花のような、ピンク色の瞳、その真っ直ぐで純粋な目を見て、俺は伝える。

 

「...信じてる。このレースも、これからのレースも、信じて、見届けて、それから...レースで勝ったお前を、俺に沢山褒めさせてくれ。」

 

これから先、彼女はどれほど勝利を疑われても構わないと、そう口にした。結果で応えるから、見届けてほしいと、そう口にした。

それは、俺にとって何よりも居心地がいい言葉だと思う。

期待をしないから裏切られることはない、傷つけることも、傷つく事もない。...だけど

それは、ウララと出会う前の俺に戻っているだけだ。

才能がなくても、努力で、想いで、天才を超えられる。その景色を、俺は見たかったんだ。

田辺さんに言われて一人で考えて、ようやく俺は思い出した。

その景色をウララに重ねて、過去の自分を超えるのだと、そう決めたんだ。

だから、ウララに伝えた。信じてると、ウララが走るその最後まで、信じていると、見届けると、誓った。

そして、沢山褒めさせてもらえるように、そんな幸せが続くように、願った。

ウララはキョトンとした顔をした後、満面の笑みになって

 

「トレーナー!トレーナーから言ったんだからね!絶対、忘れないでね!」

 

そう、ウララらしい言葉とともに立ち上がって、俺に手を差し出す。

それは、ウララの右の手のひらだ。大きく開かれていて、俺の手を待っている。だから俺も、自分の右手をそっと差し出して

 

「ああ...忘れない。」

 

その手のひらを、優しく包み込んだ。

冬の寒さに相応しくないくらいの熱を持ったその手は

あったかくて、小さくて...なのに、とても大きく感じた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

トレーナーと握手を交わして、私はスタート地点に向かう。トレーナーもそれ以上、私に何も言わずに、応援席の方に向かって行った。

スタート地点に向かう間、トレーナーの言葉を思い出す。

きっと怖いはずなのに、信じると口にしてくれたこと、見届けてくれると、口にしてくれたこと、それは、私を笑顔にするには充分すぎるほど嬉しい言葉だった。

 

「...沢山、トレーナーに褒めてもらわないとね。」

 

緩んだ頬を元に戻す事なく、私はにやけ顔で呟く。

これからも、この模擬レースも、有馬記念も、私は褒めてもらう。

沢山、沢山褒めてもらって、それから...

私も沢山、お返しをするんだ。

ふと、新しく自分で買った、長距離用の蹄鉄のハマり具合が気になって、二度三度、地面を軽く蹴った。

まだ、ファルコンちゃんから貰った蹄鉄は履いていない。

初めてあの蹄鉄を使うのは有馬記念にすると、自分の中で決めていた。

 

「全く、今シーズンのレースの棄権をようやく発表しようかと言う時に、模擬レースを走ることになるなんて...とんだ災難ですわ。」

 

トレーナーに対しての想いや、ファルコンちゃんに対しての想いを考えていると、後ろから呆れたような声で私は声をかけられた。その声音と喋り方で、私は見なくてもキングちゃんなんだってわかった。

 

「...元気そうね、ウララさん。」

「うん!コンディションはバッチリだよ!キングちゃん!」

私はキングちゃんの方に振り向き、笑顔を浮かべた。

キングちゃんは嫌だといいつつ、微笑んで私の方に歩いてくる。

しばらくして私の隣にキングちゃんが並んで、二人でスタート地点に向かう。

 

「キングちゃん、やっぱり、本当にレース出ないんだね。...ねね、どうして走らないのか、やっぱり教えてくれない?」

「何度聞かれてもダメなものはダメです。」

「えええー!」

 

キングちゃんが今シーズンのレースを棄権する事を、なんとなくの噂で私は知っていた。それが本当の事だと知った時はとても驚いたのを覚えている。本人に何度か理由を聞いてみたが、その理由は教えてはくれなかった。

今日もダメ元で聞いてみたが、やっぱり教えてはくれない。

私はキングちゃんの返答に頬を膨らませるが、キングちゃんは気にした様子もなく足を進める。

 

「...ウララさん、私、手は抜きませんから。」

 

歩きながら、キングちゃんがふと、私にそう言った。

その横顔は無表情で、キングちゃんの本気が伝わってくる。

 

「貴方を本気で抜きに行くし、何もさせるつもりはありません...私の全力を、ぶつけます。」

 

キングちゃんと私はスタート地点にたどり着いた。そこで立ち止まって、キングちゃんは私にそう言い、さっきまでの無表情を崩して、少しだけ笑みを浮かべた。

 

「...だからまあ、せいぜい私のプライドを、崩して見せなさい。」

 

そして、挑発的にそう言って、キングちゃんは手を差し出した。

私はその手を握って、キングちゃんの目を見る。

真っ直ぐで、一つの迷いもない、そんなキングちゃんの目。

その目をするのに、どれだけの苦悩があったのかを、私は知っている。

だから、目を逸らしたくなかった。そらして仕舞えば、彼女に、向き合えない気がしたから。だから、その目を見つめて、私は伝える。

 

「...私も、本気だよ。本気でキングちゃんに勝つ。...キングちゃんのプライド、折ってみせる。」

「ふふ、言いますわね。」

 

私の言葉を受けて、キングちゃんは軽く微笑んだ。

お互いに手を離して、スターターの位置を見る。

スターター役は、キングちゃんのチームメイトの娘がしてくれることになった。

マルの合図をスターターの一人が手で作ったのを見て、私達は体勢を低くする。

静寂が広がる中、私はキングちゃんに、悪戯も含めて伝えとこうと思っていたことを、口にする。

 

「...ねぇ、キングちゃん」

「なにかしら?」

「...私、丁寧じゃない、普通の話し方のキングちゃんも、好きだよ。」

「へぇー...本当、言うようになったわね。」

 

赤面するかと思ったけど、キングちゃんは少し微笑んでそう言った。

その声音は、不思議といつもよりも明るい気がする。

旗が振られる。もうすぐ、ピストルの音が鳴る。

息を吸い込んでその時を待つ。

空気が肌に張り付く、そんな不思議な感覚。

本気だからこそ味うことができる、うるさいぐらい響く鼓動。

ピストルの音が鳴った。

ターフを抉るように、蹄鉄を沈めて、

私達は駆け出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「よ、ちゃんと逃げずにきたじゃねーか。」

 

ウララと別れ、観客席の方に向かっていると観客席の入り口から田辺さんが出てくる。彼は少しだけニヒルな笑みを浮かべて俺にそう言うと手招きをしてくる。俺は軽く会釈をしてから彼の元に小走りに向かった。

 

「...あんなこと言われて、断れるわけないでしょ。」

 

俺は田辺さんの近くまで行くと口早にそう言って、軽く彼を睨みつけた。そんな視線を気にした様子もなく、田辺さんは豪快に笑う。

 

「まあ、意地悪な言い方だったよな!すまん!意図的だ!」

「...あんた謝る気ないでしょ。」

 

すっかり彼のペースに流されているが、俺はそれをもう気にすることなく田辺さんと共に応援席に着く。

レースを大きく見るために、最前列ではなく少し上の方の席に俺達は座った。

田辺さんは俺の隣に腰をかけて、トレーニングの調子などを聞いて来た。俺はそれに以前と同様に鬱陶しさを隠さずに答える。スタートまでの間、世間話をして時間を潰すことになりそうだ。

そう思っていると、田辺さんが思わぬことを口走った。

 

「あ、そうだ。実はな、観客としてこのレースを見るのは、俺とお前だけじゃねーんだ。」

「?俺たちだけじゃない?」

「へへ...ま、もうすぐ来るさ。」

 

俺の疑問に田辺さんは悪戯に笑うと何やらスマートフォンで誰かに連絡を取り始めた。メッセージアプリなんて使うんだなーっと、意外に思っていると、観客席の室内へと繋がる廊下から、ゆっくりと足音が近づいてきた。そして、その足音の主を見て、俺の開いた口は、しばらく閉じなくなった。

 

「すみません。私も、このレースを一緒に観覧させて頂きたいのですが...よろしいでしょうか?」

 

ゆっくりと廊下を抜けて、明るみに出てくるそのウマ娘は...

 

「し、シンボリルドルフ!?」

 

レースの時とは違い、眼鏡をかけて、制服を着ている。それでも尚放たれる強者のプレッシャーをまといながら、不敵に微笑んだ皇帝が、俺の目にはうつっていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「...すみません、さっきは呼び捨てにしてしまい...その、あまりに驚いたものでして。」

 

俺は動揺のあまり、彼女を呼び捨てにしてしまった愚行を謝罪した。

7冠ウマ娘、その快挙を成し遂げた彼女を、面と向かって呼び捨てにするなど、親族や彼女の担当トレーナー以外には許されることではない。

 

「いえ、お気になさらないでください。元はと言えば、事前に連絡していない私に責任がありますから。...それに、貴方はトレーナーだ。私よりも立場が上なのですから、敬語など不要ですよ。」

 

しかし、彼女は俺の発言を気にするどころか、自身の立場を俺よりも低いと断言した。

 

...こりゃ、走る才能どころか、中身まで一級品だなおい。

 

俺は、完璧すぎる彼女に更なる敬意を払いつつ、その提案を断った。

 

「ふふ。貴方は謙虚な人だ。」

 

そんな俺に彼女は微笑むと、コースの方に目を向けた。

謙虚の塊が何をおっしゃるやら...そう内心、俺は一言呟いて彼女の目を追うようにしてターフで待つウララ達に目を向ける。

ウララは、キングとともにスタート位置に話しながら歩いていた。

俺は、そんな二人を見ながら気になっていることを一つ、彼女に聞いた。

 

「その、シンボリルドルフさん、何故、貴方のようなウマ娘が、この模擬レースを見たいんですか?」

「...田辺さん、伝えてもよろしいのですか?」

「そうだな...ルドルフさんがこのレースを見たくなった理由は言っても大丈夫じゃねーのか?ま、模擬レースをする事にしたきっかけは、終わるまで内緒な。」

 

俺の質問に対して、なぜか彼女は田辺さんに確認をとった、その確認が何なのか検討もつかないまま二人の会話が終わってしまった。

 

「すみません。田辺さんのお言葉を守るというのがこのレースを観るための私の条件ですので...そうですね、簡単に言えば、見てみたい景色が、あるのです。」

 

申し訳なさそうに彼女は俺に一言謝罪を入れ、コースに再び目を戻して、そう口にする。

 

「見てみたい、景色?」

 

俺は、彼女がこれ以上何を見たいのか、それが純粋に気になった。

恐らく、全ての頂きの景色を見て来た彼女が、いったい何を望むというのか、それが、ウララとキングのレースにあるのか、想像して見たが、やはり、俺には検討もつかなかった。

 

「そうです。見てみたいのです。....奇跡が起こる、瞬間を。」

「奇跡...それは、どういう事ですか?」

 

奇跡を見たい、俺の疑問にそう答えた彼女の言葉に、俺は若干の違和感と、不快感を覚えた。

 

「...わざわざ口にする必要があるとは思えませんが...そうですね、では、あえて具体的に、直接的に表現します。...ハルウララがキングヘイローに『長距離』で勝つ。この、限りなくゼロに近い光景を見たいと、そう言っているのです。」

「...それはまた、随分と失礼な言いようじゃないですか。」

「いえ、これは事実です。それに、私の言う奇跡を知りたいと言ったのは貴方だ。発言には、責任と覚悟を持ってください。」

 

俺の目を見る事なく、ただ真っ直ぐにコースを見つめる彼女はそう言うと、俺に構わずに言葉を続ける。

 

「私は知っている。奇跡など、起きないということを。かつての凱旋門で、私は理解した。才能の壁を、越えることはできないと言うことを。...絶対は存在する。私は、それを知っているんだ。」

 

そう語る彼女の声は、先程までの柔らかいものではなく、何かを憎むような、そんな、微かに震えたような声に聞こえた。

 

「...つまり、本当は見たいんじゃなくて、否定したいんですよね?奇跡は起きないんだと、それをこの目で見るために、貴方はここにいる。」

「...本音を言えば、そうなりますね。」

 

俺の言葉に、彼女は少しだけ悲しそうに微笑んだ。

俺は、そんな彼女にひとつだけ訂正をしようと、声をかける。

 

「シンボリルドルフさん、貴方はウララが勝つのは奇跡だと、そう言いました。」

「...それが、何か?」

 

俺の言葉に表情一つ変えずに、彼女は返答する。目線はコースから動かずに、もう言葉をこれ以上交わしたくないと言う意志が伝わる。

それでも俺は、その意思を無視して声をかける。

 

「...ここで今から起きることは、奇跡じゃない。全て、必然だ。結果だ。奇跡なんていう、偶発的なものじゃない。貴方は言ったはずだ、絶対は存在すると、その通りだ。絶対は存在する。才能に、努力だけで勝つという絶対も存在するんだ。俺はそれを見て来た....ウララの走りが、それを俺に教えてくれた。....貴方の見たい景色は、このレースでも、どんなレースでも見ることはできない。....レースに、奇跡なんてものはないんだ。...ウララの勝利を、奇跡なんてものと、一緒にするな。」

 

声が荒ぶりそうになるのを抑えて、早口に俺はまくし立てる。その間、隣に座る皇帝は、やはり表情一つ変えずに俺の話を聞いていた。

何の返答もなく、二人の間に沈黙が生まれる。

 

「...ほら、もうすぐ始まるぜ。」

 

その沈黙を、田辺さんが破った。

俺は視線を、彼女からコースに変えた。

姿勢を軽く低めにとり、その時を待つウララとキングの姿が、視界に入る。

 

「...お前さんが言うことも、ルドルフさんが言うこともな、間違ってねーよ。どっちも正しくて、どっちも捉え方次第では変わってくる。...けどな、ルドルフさん。」

 

田辺さんはタバコを取り出して、火をつけようとして、辞めた。

ここも禁煙だったな、と一人でぼやいて、一呼吸挟む。

 

「ふぅー....あんたの言う奇跡ってのは、必ず起きるぜ。」

 

田辺さんがそう言うと同時に、ピストルの音が鳴った。

ウララ達が、駆け出す。

それを見送る皇帝の横顔は、どこか儚げに見えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

私は、最近素で話すことが多くなっている気がする。

スタートの号砲が鳴るまで、そんなことを考えていた。

私の話し方が好きと、そう言ってくれたウララさんは、少しだけ悪戯をしているような、そんな笑みを浮かべていた。

..存外、嬉しいものね。

私は、内心でそう呟く。

旗が振られたのを見て、にやけた頬を引き締める。

ピストルが上に構えられたのを視野に捉えた。

 

...もうすぐ、はじまる。

 

耳を、全ての音を捉えるように済ましていた。

そして、号砲が鳴る。

その弾けるような音が鳴るとともに、私はスタートを切った。

ウララさんも遅れはないようで、互いにほぼ同時にスタートを切った形になった。

 

...都合がいいわね。

 

走りながら、私は自身の作戦を組みやすくなったことを嬉しく思う。

田辺さんは、今回の作戦についてこう語っていた。

 

『キング、お前ももう理解していると思うが、ハルウララは短距離レースにおいては既に驚異的な存在になっている。差しでもなく先行でもない、本能による仕掛け、それを実現する足、あいつは、努力でそれを手に入れた、強者だ。...しかしな、長距離じゃそれは通用しない。それを、恐らくレース経験のないハルウララは理解できていないはずだ。だからこそ、あいつはきっと、今まで通り型にはまらない動きで走るはずだ。常に、動きを見失うことだけはないようにしろ。それを追走する形にするかコースを塞いで行うのかはキングの自由だ。それを実行したうえで、最後まで体力を残しながら直線に入る走りをするんだ。』

 

田辺さんはそう言って私をレースに送り出した。

この作戦をする上で起こってはいけないこと、それは、田辺さんの言葉通りウララさんの動きを視界に捉えれていない状態を作ること。レース経験がないとはいえ、彼女を自由にさせすぎるときっとあっという間に射程圏外に行ってしまう。田辺さんは不可能と言ったけど、ウララさんはその不可能を超えてくる。そういう、何かを持っている。

であれば、並走を私は取る。インコースを塞ぐ形で並走していれば、おのずと相手のペースもこちらのものになる。つまり....

 

このまま、このポジションを維持すれば良い。

....もっとも、それを簡単にさせてもらえる相手ではないのだけれど。

 

半周まで来たところで、ウララさんの表情を伺う。流石に、まだ疲れは見えてはいない。

けれど、まだ半分。このままこのペースを維持できれば、きっとウララさんには相当な負荷になるはず。

 

ターフで一周を通過した。ウララさんはその間に私の後ろに着こうとしたり、前に出ようとしたが私はそれを全て押さえ込んだ。

インコースを取らせずに、相手のペースを乱す。

私自身に長距離の素質がないからこそできる、知略による攻防。

 

ペースはイーブン。私にとっても恐らくベストタイムになる。

横目で彼女の表情を伺った。半周の時よりも、明らかに苦しそうだ。

それもそのはず、本来なら、ここまでで彼女のレースは終わるのだから。けれど、この模擬レースの距離はそれにプラス一周分ある。練習で体験するのと、競争相手とレースをする時の疲労感は比較にならない。

 

....ま、私も結構きてるのだけどね!

 

長距離を走っている時に込み上げてくる嘔吐感を、気合いでねじ伏せた。

残り900メートル。1分に満たない距離、ここが、私の粘りどころ。

 

「はぁぁぁあ!」

 

一段階の加速を入れる。早すぎるかもしれないが、ここでまずアドバンテージを作る必要が私にはある。

短距離で彼女との実力の差は現状ほぼないに等しい。そして、ここまでのペースにウララさんは付いてきてる。

であれば、自ずとラスト400の加速で、私が負ける可能性がでてくる。

それを、確実に消さなくてはならない。

 

蹄鉄を芝に沈ませて、コーナーに沿うようにして体を運ぶ。第二コーナーから第3コーナーにかけてはカーブが続くため、ここで大きく曲がっては体力を無駄に使うことになる。

 

斜め後ろ、振り返らなくてもわかる。ウララさんは私の加速についてきた。彼女にとって、今どれほどきつい状況なのか、顔を確認することができないから、私にはわからない。...けれど

 

貴方は、まだついてこれるわよね。

 

苦しいはずなのに、思わず笑みが溢れてしまう。

それはすぐに苦しい表情に変わって、私は歯を食いしばってペースを維持して逃げる体制に入る。

アドバンテージは作った。第四コーナーより手前で仕掛ける。

体制をコーナーに沿うように曲げて、遠心力による減速を極限まで抑える。

うちめをついて曲がって見えた直線。

そこで仕掛けようと、体制を低くする。

 

そして、加速をしようとして、ようやく気が付いた。

それは、彼女が私に伝えてくれたことを、私が信じていたものを、確かなものにしてくれる、そんな景色だった。

 

....ほんと、凄いわね。ウララさん。

 

私の視界の端に、遥か後方にいたはずの、彼女の背中が、映った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「インコースが抑えられてる...ほんと、嫌な作戦だ。」

 

レース展開を見て、俺は思わず顔をしかめた。

ウララはカーブまでにうちを取ろうとコース取りをしているが、キングがそれをガッチリと抑え込んでいる。

やりたいことをさせてもらえない、それは、ウララにとって、精神的にも、肉体的にも、苦しくなる。

 

「ははは!嫌な作戦だとよ!キングが選んだ作戦なのになぁー」 

 

俺の言葉に田辺さんは笑ってそういう。その表情は、キングの走りを見て満足だと言わんばかりに嬉しそうなものだった。

 

「追走と並走でインコースを取れる並走を選んだ...相手のレース展開を極限まで抑え込むために、風の抵抗を受けるリスクをあえてとった。なるほど、なかなかに警戒した走りをする。」

 

隣に座るシンボリルドルフはそう言って、彼女の顎元に手を置いてしばし考え込むような仕草を見せた。

 

「....ふむ、やはり疑問だ。何故彼女はここまで...」

「格下相手に警戒してるのか、だろ?」

 

しばらく無言だったシンボリルドルフの言葉の続きを、田辺さんが続けた。彼は席から立ち上がって、一つ大きな伸びをする。

 

「まあ、以前のキングなら、初めからぶっちぎる作戦に出るだろうな。一流がなんとかかんとかって言ってな...でもな、そうはいかねーんだよ、ルドルフさん。あんたにはまだわからないかもしれないが...」

 

レースを見ながら、田辺さんはそこで言葉を区切った。無言の間が、ほんの一瞬生まれる。その間を埋めるように、横風が吹く。観客席は外にあるため、その冷たい風が、俺達の肌を刺激する。

 

「...キングにとって、いや、あいつと走った全てのウマ娘にとって...ハルウララは、もう格下なんかじゃねーんだよ。...対等なんだよ。ライバルなんだ。だから、警戒する、そして、尊敬する。」

「....。」

 

シンボリルドルフは、田辺さんの言葉になにも言わなかった。ただ黙って、レースを見ている。

レースは一周目をちょうど迎えるところだ。手元にある電子時計でタイムを確認する。ペースは悪くない。しかし、今までの倍の疲労が今のウララにはあるはずだ。コースを抑えられること、常に視界の端に敵がいること、これは普段の練習ではどうしても与えることのできない疲労感を、ウララに与える。

 

「ここからだぞ、ウララ。」

 

俺は小さく呟いて、ウララの走りを見続ける。脚色は衰えてはいない。一周を終えて再び直線へとウララ達は入っていく。

 

「...そうですね。このままのペースを維持できるか、はたまた落ちるか、キングヘイローがどれほどの差をつけるのか、見ものですね。」

 

俺の呟きに、シンボリルドルフが反応した。俺はそんな彼女に振り向くことなく、レースを見ながら応える。

 

「落ちることも、このままのペースを維持することも、俺は望んでない。....ここからどれだけ、ウララがキングとの差をあけて勝つのか、さっきの言葉はそういう意味です。」

 

若干言葉を汚くしてしまったが、俺は彼女の言葉を訂正する。ウララが落ちること、ペースを維持すること、勝てないと断言したこと、それらが見ものだと表現した彼女に対してのヘイトを、懸命に抑えながら。

 

第2コーナーに入って、レースに動きが起きた。キングが加速をはじめたのだ。その動きにやや遅れて、ウララも加速をはじめた。

僅かな差が、徐々に大きくなる。それでも、まだ捉えれる範囲内だ。

 

「なるほど、ラストに向けての伏線か...ふむ、悪くないな。」

 

キングの動きをよく見た様子のシンボリルドルフは、そういった後満足そうに二度三度、首を縦に小さく振って頷いていた。

 

レースはキングが作った差が埋まらないまま最終コーナーを迎えようとしている。ウララは懸命に食らい付いているが、その差を埋める決定打が無いように見えた。

....確かに、そう見えたのだ。

 

「...もう、決まるな。」

 

隣から、つまらなさそうな声が聞こえる。シンボリルドルフはため息を一つついた後、観客席を立とうとした。

だから、彼女は気がつかなかったのだ。

ウララが、その体制を作っていることに。それは、スタンディングスタートをさらに低くしたような、そんな姿勢だった。片足に体重を乗せて、膝にタメをつくる。そのためにほんの一瞬、ウララに停止の時間が生まれる。

そして、それは爆発的な加速と共に、一気になくなる。

 

「...ははは!おいおいおい!本当におまえってやつはよ!あーもう!最高だぜウララ!」

 

俺はウララの走りに思わず声を漏らす。

 

「な!?これは一体....まさか、あの走りから更なる加速をしたというのか...いやしかし、だとしてもこの差は......」

 

シンボリルドルフは立ったまま何が起こったのかを整理しようとしていた。いや、それもその筈だろう。

なぜなら眼下で起こっているその景色は、G1レースで圧倒的に勝つウマ娘そのものの光景なのだから。

それを、長距離適性がなかったウマ娘が、長距離レースを経験したことがないウマ娘が、選考会で最下位だったウマ娘が....ハルウララが、実現しているのだから。

 

ウララはその日、人生初の長距離レースで、キングと2馬身以上の差を空けてゴールをした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「...んじゃま、俺はキングを迎えに行くとするか。」

 

ウララの模擬レースを終えてから数分が経った頃、田辺さんはそう言って観客席を去っていった。

俺は、田辺さんに何故ウララの走りを疑っていたのに、信頼を寄せているような言葉をたくさん言っていたのか、純粋に疑問に思ってそれを聞いた。けれど、彼はその質問には何も言わずにその場を去ってしまった。

 

「トレーナーさん。よろしければ、その質問には私から答えさせてもらいたいのですが...よろしいですか?」

 

首を傾げていた俺に、隣で座るシンボリルドルフがそう言って少しだけ微笑んだ。先程まで彼女にかかえていた嫌悪感を飲み込んで、俺は頷いた。

 

「....彼、田辺さんと私は、実は古くからの、それこそ、七冠を達成する前からの知り合いなのです。」

 

ウララとキングが談笑しているレース場を見ながら、彼女は懐かしそうにそう語りはじめた。

 

「その時の彼は、今とは違って、もっとリアリストだった。結果を重んじて、それに見合った態度でウマ娘に接していた。私は、それがとても好きだった。当時の彼のトレーナーとしての立場、あり方、その全てが、私の中での理想的なトレーナーだったんです。....けれど、彼は変わった。勝てもしないレースに担当ウマ娘を出して、挙げ句の果てにはハルウララが有馬記念で勝つ。そんな妄想を、良く周りにするようになりました。」

 

シンボリルドルフはそう言って、困ったように一つ、苦笑いをした。

 

「もっとも、それは可能性がない妄想では無いのだと、今日証明されましたがね。」

 

いまいち話が掴めない俺は怪訝そうに眉を潜めて、首を先ほど傾けた方と反対側にもう一度傾けた。それをまだこのレースの趣旨を理解していない事だと彼女は読みとり、

 

「回りくどい説明をして申し訳ありません。」

 

そう言って、俺に頭を一度下げた。

 

「...このレースは、私が彼に言った言葉が原因なのです。ハルウララが有馬記念で勝つ、そんなことは妄想だと、私は彼にそう伝えました。その時、彼はそれが妄想では無いのだと、それを証明して見せると私に言った。....このレースは、その証明の場所だったんです。」

 

このレースが生まれた本当のきっかけがまさかそんな事だとは思わずに、俺は思わず腑抜けた顔をしてしまう。そんな、開いた口が塞がらないと言った様子の俺を見て、シンボリルドルフは楽しそうに微笑んでいた。

 

「あなたに彼がこの事実を伝えることを拒んだのは、レースに支障が出る可能性を考えたのでしょう。私が見に来るとなれば事前に構えてしまう、それは、ハルウララの本来の走りにつながらない、そう考えて、きっと田辺さんは貴方にそれを伝えてなかったのだと思います。それと純粋に、彼は照れ屋ですから。」

 

俺に微笑みながら彼女はそう言って、不器用な人だ、とため息混じりに言葉を漏らした。

 

「...にしても、不器用すぎるでしょ。」

 

俺にレースの理由を隠す為に、わざわざあんな事を言ったのかと思うと、田辺さんの変な拗らせ具合がはっきりとして、思わず俺は苦笑いを交えてそう呟いた。それに同意するように、シンボリルドルフは、全くです、と相槌を打って頷いていた。

 

「そうだ。貴方に勘違いしてもらいたく無いことがあるのです。田辺さんは、このレースをする上で決してキングヘイローが負けることを前提とはしていなかった。あくまで、キングを勝たせるつもりで調整をしていた。その上で、ハルウララの走りが有馬記念で通用するものだと私に見せる、そう彼は言っていたし、実際に行動していた...そのことを、貴方には分かっていてもらいたいのです。」

 

俺の目を見つめて、そう語った彼女に、俺は少し微笑んで言葉を返した。

 

「ええ。分かっています。彼が初めから勝負を捨てるような人でないことぐらい...これまでのキングのレースを見れば、充分に理解できます。」

 

俺は今までのレースを、田辺さんの言葉を思い出しながら彼女に答えた。その言葉に、彼女は

 

「そうですか、でしたら、私の言葉は余計でしたね。」

 

そう言って、皇帝には相応しく無い優しい笑みを、彼女は浮かべていた。俺は、そんな彼女を見て、素直に、こんなにも彼女は笑うのかと思った。もっと硬く、笑わないイメージを持っていたのだが、ステークス前に行った生徒会室で聞かされた時のダジャレといい、彼女には知られていない一面が多く存在するのかもしれない。

 

「...すみません、先程まで、貴方には、とても失礼なことを言ってしまった。それを、許してもらいたい。」

 

俺がシンボリルドルフに対しての認識を改めていると、彼女がそう言って謝ってくるのが目に入った。俺は慌てて頭を上げるように彼女に伝えた後、自分の言葉について逆に彼女に謝罪をした。

腹が立ったとはいえ、俺の発言は、日本人の国宝に値する彼女に対しての言葉使いではなかった。その謝罪を受けて彼女は困ったように頬を人差し指でかきながら

 

「困ったな..逆に私が謝られるとは...」

 

そう言って、苦笑いをしていた。

頭を上げて欲しいと彼女に言われて、俺は下げていた頭を上げる。

彼女は真っ直ぐに俺を見つめており、忘れていた皇帝の威圧感が再び、俺にのしかかってきた。

 

「....ハルウララの走り、確かに、充分に強いと言えます。そして、そこまでの物を手に入れた努力も、これまでの経緯からして素直に尊敬に値する。...貴方が言った、奇跡ではない、という言葉にも、充分に納得がいく。だが、それでも、だ。それでも、ハルウララが有馬記念で勝つことは極めて困難である事実には変わらない....それでも貴方は、彼女が勝てると、そう心から信じれるのですか?」

 

力強い声音で、目の前の皇帝は俺にそう聞いた。俺はその質問に対しての答えを、すでに持っている。忘れてしまっていた想いが、その答えだ。

 

「....一度、いや、何度も、ウララじゃ勝てない。そう思ってたことは事実です。...それでも、もう、俺は決めたんです。あいつが、走る所を最後まで見届けるって、信じるって...だから、俺の答えは決まってます。」

 

見つめられている目を逸らさずに、真っ直ぐに、俺は答える。

 

「ハルウララは、有馬記念で勝ちます。どんなウマ娘にも、あいつは負けません。」

「...それは、同じチームメイトのライスシャワーも倒す、と言う見解で間違いないのですか?」

 

俺の答えに、シンボリルドルフはイタズラに微笑んでそう聞いてくる。

痛い所をついてくるなと、内心で毒づいた。

有馬記念で、ウララを勝たせる。それを望むことがどういう意味なのか、俺はもう理解している。

そしてそれが、トレーナーとして失格であることも、理解している。

....それでも、それでも俺は

 

「...そうです。ライスも、1人のチームメイトと分かった上で、倒します。...俺は、ウララの勝利を、この目で見たい。」

 

あの日、初めてウララと出会った日。ウララと誓った約束を、2人で勝利を掴もうという約束を....果たしたい。

 

「なるほど...貴方は、トレーナー失格だ。」

 

俺に対して敬語を使うことなく、シンボリルドルフは冷たくそう言い放った。きっと、彼女の中で俺は、もうトレーナーではないのだろう。

担当ウマ娘の勝利を平等に望む、それが本来のトレーナーのあるべき姿、チームを持つということの責任なのだ。

それを、俺は放棄した。

だから、彼女からその評価を受けることは、仕方がない。

 

「....だが、嫌いじゃない。」

 

自己嫌悪を始めていると、ふと彼女の口からそんな言葉が聞こえた。

聞き間違いかと思い隣を見ると、彼女はもう立ち上がっていた。

控え室に向かったのか、ウララ達はもうコースにはおらず、誰もいないターフのコースを、彼女は眺めている。彼女は、そこに何を見ているのだろう。そんな疑問が、頭に浮かんだ。

 

「貴方に、トレーナー失格だ。そう言った直後にこんなことを感じてしまうのは、存外、私も感情というものには弱いらしいな。」

 

俺が彼女の景色を想像している時、コースを見ながら、シンボリルドルフがそう呟いた。それは、どこか明るい声音で、俺からは後ろ姿しか見えないが、なんとなく彼女が今、笑っている気がした。

 

「ハルウララが、G1のレース有馬記念を制覇する。....そんな夢物語を、私もこの目で見てみたい。....私が見たかった景色を、この目で見れるというのなら....私は、それを見てみたい。」

 

シンボリルドルフは、俺の方に振り返ることなくそう言った。

有馬記念、それを制覇すること自体、彼女からすれば容易い事だ。

彼女がみたいと言った景色、それは、多分俺と同じだ。

才能に、努力で勝つ。シンボリルドルフですら敵わなかった、才能という壁。それが、崩れる景色。

それをその目で見たいのだと、彼女はそう口にしたのだ。

現役を既に引退した彼女、走る事が叶わない今、彼女の考えを変える術は、もう彼女自身には残っていない。

だからこそ、ウララの勝利を、彼女は望んでいるのだ。

その勝利に、自らを重ねようとしているのだ。

その感情を、信念を理解して、俺は心が熱くなるのを感じた。

 

「私も、これで貴方と同じだ。会長であるのなら、本来全てのウマ娘の勝利を願うべきなのにな。」

 

彼女はそう言って、俺に振り返った。イタズラに微笑んだ後、右手を差し出してきた。

 

「だから、これは私一個人として...シンボリルドルフとしての言葉になる。....貴方達の勝利を、ハルウララの勝利を、私に見せてくれ。」

 

俺を真っ直ぐに見つめ、彼女はそう言った。

その言葉に、俺は迷う事なく頷き、彼女の右手を取る。

 

「ああ....必ず、勝ってみせる。」

 

もう、敬語を使おうとは思わなかった。何故かこの時だけは、彼女と対等になれた気がしたのだ。

 

思ったよりも小さいその手のひらを、力強く握りしめた俺は、シンボリルドルフ...皇帝と呼ばれたウマ娘に、願いを託された。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

確かな強さを身につけたウララに、俺は労いの言葉をかけに行った。

レースを終えたばかりの彼女は更衣室に続く廊下でキングとともに座り込んでおり、俺が彼女を見つけて声をかけようとすると、キングがそれを手で制した。

それを疑問に思ってキングを訝しげに見ると、彼女は黙ってウララの方を指さす。

そこには、俯いたまま目を瞑り、一定のリズムで呼吸するウララの姿があった。

 

「...寝てる、のか?」

 

俺は小さくキングに聞いた。人間であれば聞き返すような声音なのだが、ウマ娘の聴力は案外高く、キングは俺の呟きに黙って頷いた。

俺は、起こさないようにそっとウララに近づく。

芝で汚れた靴、白色の部分が少し霞んでいる勝負服、乱れた髪....

本当に、出し切ったのだと、その姿を見ているだけでわかる。

 

「私はしばらくここに居るわ。貴方は、どうするの?」

 

ウララの頭を撫でながら、キングが小さな声で俺に聞いてくる。

俺は、愛おしそうにウララを撫でているキングに、良くやったと褒めていたとウララに伝えるように頼み、ライスの練習を見にいくことにした。

ウララに勝って欲しい、そう願っている事実は変わらないが、だからといってライスの練習を手抜きにするつもりはない。ライスにも、俺が出来る全力を尽くす。それは、俺がトレーナーでありながら私欲を優先したことに対しての、せめてもの償いでもある。

中等部のターフ場を離れて、高等部のダートコースへと向かう。

残りの数日でラストのバランスを物にするために、彼女にはダートで走ることを勧めた。

ライスは、残りの直線でフォームが崩れやすい。最初は筋力的なものかと思っていたが、単純になれない短距離のフォームを行うことで力んでいるだけだと、数日前の練習中に俺は気がついた。その為、あえて走りにくいダートをリラックスして走る練習を提案した。

力強く走らなければ進まないダート、しかしながら、力を入れる場所、抜く場所というのは必ず存在する。それを、残りの数日でライスに染み込ませる。

ストップウォッチやメモ用紙を片手に、俺は小走りにコースの入り口を抜けた。ライス以外にも何人か走り込んでいるウマ娘がいる為、彼女を見つけるのに少しだけ時間がかかる。

 

「...そこにいるのは、ライスさんのトレーナーさん、ですか?」

 

ライスを見つける為にあたりを見渡していると、聞き覚えのある声音が、耳に届いた。声のする方に顔を向けて、思わず俺は目を見開いた。

 

「み、ミホノブルボン!?いや、え?なんで!?え!?」

 

そこには、ライスと激戦を繰り広げたウマ娘、ミホノブルボンが立っていた。彼女がここにいる事に俺は驚きを隠せず、それと同時に、今日は驚いてばかりだなと心の中で呟いた。

 

「?何をそんなに驚かれているのですか?私もダートでトレーニングを行う時もあります。本日はマスターの指示により、自主練習をしても良い日だと承りましたので、ライスさんの練習に同伴させてもらっています。」

 

ミホノブルボンは驚いている俺に、表情ひとつ動かさずに答える。俺は、その言葉によって、ようやくここに来た本来の目的を思い出した。

 

「あ、そうだ、ライス!あの、ミホノブルボンさん、ライスがどこにいるかわかりますか?」

「ええ、今もいますよ。」

「..??」

 

俺の質問に、彼女はそう答えて首を傾げた。しかし、首を傾げたいのはこっちの方だ。ここにいると言っても、ミホノブルボンしかここには居ないし...ん?

 

不思議そうに首を傾げている彼女、その背中から、何やら耳のようなものがはみ出ている。

 

「えっと...私、ブルボンさんの後ろで隠れてて、トレーナーさん驚いてくれるかなぁーって....でも、その、先にブルボンに言われちゃった...」

 

その耳が申し訳なさそうに話したかと思うと、ミホノブルボンの背後から顔を真っ赤にしたライスが現れた。

 

「あ、いや、なんか...ごめん。」

 

しゅんとしたライスの表情を見て、俺は何とも言えない気持ちになってしまい、思わず謝意を口にする。

 

....やばい、気まずい。

 

笑ってそこに居たのかよー!みたいな感じにしたいけどタイミングを失ってしまった。ライスは恥ずかしそうにもじもじしてるし....

 

「トレーナーさんが来たのであれば都合がいいです。ライスさん。もう一度並走を行いましょう。今度は、全力です。」

「あ!うん!そうだね!トレーナーさんに見てもらったらもっと良くなるもんね!うん!そうしよ!」

 

ナイスブルボン!そう叫びそうになる心を懸命に抑えて、俺もその提案に首を大きく振って賛同した。ライスも、心なしか勢いよくその提案に賛同していた。

まあ、何はともあれ、ライスを発見できた俺は彼女達の動きがよく見えるように極力前の方で、コーナーを抜けた直線寄りにある観客席に腰をかける。ライスとミホノブルボンがスタート地点に並び、2人でスタートの体制を作っていた。

ライス達は今から2000メートルを走る。ダートコースの一周は1000メートルであり、それをちょうど2周するわけだ。

俺はいつでもスタートしていいように手で丸をつくり、遠くにいる彼女達に合図を送った。俺からは確認できなかったが、おそらく2人はそれを認知したのだろう、先ほどまでのほんわかした雰囲気をかき消して、集中力が上がる雰囲気をまといだした。

そして、同時に2人は駆け出す。

 

二周目のカーブを抜けるまでは、ミホノブルボンが先頭だった。スタート同時に先頭に立ち、ライスは風除けとしてミホノブルボンを利用する為、彼女の後ろに入る。ミホノブルボンは短距離、中距離を得意としてるだけあり、かなりのスピードでコーナリングをこなしていく。

だが、目を見張るのはそこではない。たしかにミホノブルボンは強い。しかしながら、彼女が得意とする距離の走りに、ライスが距離をあけずについていけている事に、俺は驚きを隠せなかった。

以前のライス、それこそ、菊花賞のライスでさえも、このスピードを出すミホノブルボンにはここまでピッタリとついていくことはできなかったはずだ。

 

....短距離の走り方が上手くなってる、何よりの証拠だ。

 

ライスが苦手とするラストの直線。有馬の会場である中山レース場は直線が短いとはいえ、やはりコーナーを抜けてからの直線勝負は重要である。そこを上手く乗り切るには、伸びる走りではなく、単発的な爆発力が必要となる。

それを身につけることは容易ではない。だからこそ、長く速く走る能力が必要になる。つまるところ、ロングスプリントだ。これをいかに速く、長く仕掛けられるか、それが、ライスにとって勝負の鍵になる。

 

「...それは、もう習得済みみたいだな...」

俺は、そのあまりの凄さに立ってしまった鳥肌に気がつくことなく、彼女達の走りを眺めた。

ライスに単発的な勝負ではなく、ロングスプリントをかけるアドバイスをしたのは数日前だった。それを、この期間で、完璧に仕上げてくるライス。改めて、彼女の素質と努力に、感服してしまう。

 

 

一周目を目まぐるしい速度で終えて、彼女達は二周目に入った。未だ先頭はミホノブルボンだが、そのペースに少しだけ緩みが出たように見えた。ほんの少しだが、速度が落ちたのだ。

...そして、それをライスが見逃すわけがなかった。

 

二周目のカーブ、第3コーナーを曲がる時、ライスが大きく横に膨れた。そして、スパートをかける。800メートル以上の、ロングスプリントだ。

ミホノブルボンもそれに食らいつくが、カーブをインコースで曲がっているため、膨らんで走るライスのコースを塞ぐことができていない。

その差が埋まることなくカーブを抜け、そして直線に入った。砂埃が、左から右に流れていく。それは、今のライスにとってなによりも都合がいいことだった。

 

...追い風

 

風が吹く。それに合わせるように、ライスはラストギアを入れた。

ロングスプリントで走っていた為、そこまで速度に変わりはない。それでも、確実に直線の速度は上がっている。

ミホノブルボンも追い風を利用してトップギアに入った。しかし、微妙に生まれた差が埋まることはなかった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、や、やった...やった!」

 

ライスは左手を腰に手を当てて、右手で小さくガッツポーズをしている。息を切らしながらも、ミホノブルボンに勝てたという事実がなによりも嬉しいのだろう。ミホノブルボンも、そんな嬉しそうなライスの元に行き、2人で何かを話していた。

俺も安全を確認してコース内に入り、彼女達に労いの言葉をかけにいく。

 

「2人ともお疲れ様。それにしてもライス、お前すげーな!もうあんな走り身につけてたのか!」

 

俺はミホノブルボンに遠慮することなく、ライスを褒めちぎり、彼女の頭を撫でる。ライスは嬉しそうにはにかみながら

 

「えへへ〜、私、頑張ったもん!」

 

と、嬉しそうに口にしていた。

 

「本当です。ライスさんの走り、正直、今の私では太刀打ちすることができません。....これなら、間違いなく、有馬記念を勝ち抜くことができるはずです。」

 

ミホノブルボンは、嬉しそうにはにかむライスを見ながらそう言うと、彼女の頭を、今度は俺と入れ替わるようにして撫で始める。

 

「!?ぶ、ブルボンさん!?」

「...いえ、ライスさんが頭を撫でられている時とても嬉しそうでしたので...不快、でしたか?」

「う、ううん!全然!ただ、その、照れ臭いというか...。」

 

俺もミホノブルボンの行動に驚いたが、ライスが照れ臭そうにしながらもその手を退けようとしないので、何も言わないでおくことにした。

先程の並走の疲労を取り除くために、俺はライスに10分ほど休むように指示をしてその場を離れようとした。しかし、ライスが休憩の間3人で話したいと提案したため、俺たちはコースを離れ、土がつかないようにコンクリートの出っ張りに腰をかけて話すことにした。

 

「あ!そうだ!ウララちゃんのレース、どうだった?」

 

さっきまで自分の練習に集中していたからか、ライスは模擬レースの結果を、思い出したかのように俺に聞いてきた。そんなライスを見て、彼女の隣に座るミホノブルボンが不思議そうに首を傾げた為、模擬レースをしたのだと軽く彼女に説明をした後、ライスに結果を伝える。

 

「うん、うん!やっぱり...ウララちゃん、ちゃんと強くなってるんだ..」

 

俺の言葉を受けて、ライスは嬉しそうにそう呟き、小さく拳を握っていた。そして、「あれだけ前から練習してたもんね!」と、ライスは目を輝かせながら嬉しそうに俺に同意を求める。

俺もその言葉に、心から同意の言葉を返す。ウララが、短距離レースをしながら影で長距離の練習をしていたことは、偶然だが知っていた。

 

「...流石、ライスさんと、ウララさんのトレーナーさんです。2人を共にここまで進化させるとは、素直に感服いたします。」

 

ライスの右隣に腰をかけたミホノブルボンは表情を変えずに、俺に対しての称賛を述べた。けれど、それは筋違いなのだと、俺は彼女に説明する。

 

「いや、違うんです。凄いのは俺じゃない。俺の言葉についてきて、その中から自分の選択をして、努力し続けてる彼女達が凄いんです。...本当、凄いよ。」

 

俺は、ミホノブルボンに言葉を返すのと共に、照れ臭そうにもじもじとしているライスに、改めての称賛を行った。

それから、俺達3人は、再びさっきの、ライス達の模擬レースについて話すことにした。ライスの走りの修正点などを話し合っていると、実際に並走を行ったミホノブルボンの言葉には説得力があり、修正点とまではいかないものの、意識するポイントを抑えることができた。

ライス自身が感じたことも踏まえた所で、ちょうど10分がすぎた所だった。模擬レースの疲労のことも考え、もう少し休憩するかとライスに聞いたのだが、彼女は首を横に振った。

 

「まだ走るよ!さっき教えてもらったこと、意識してみるね!それじゃ、行ってきます!」

 

そう言い残すと、ライスはコースに駆け足で戻っていく。

ミホノブルボンもコースに向かうのかと思ったが、彼女は未だ座ったままだった。ぼーっと、コースに向かうライスの背中を見つめている。

ライスを真ん中に座らせていたため、彼女が座る位置は俺よりも人1人分遠かった。

俺もライスの練習を見なくてはならないのだが、無言の彼女を放っておくわけにもいかず、どうしようかと内心困惑していた。

 

「...私は、ライスさんが勝つべきだと、そう考えています。」

 

そんな時、ミホノブルボンが、突然そう口にした。

コースを見つめる彼女の横顔は、いつものように無表情だ。それなのに、この時見た彼女の横顔からは、なんだか、いくつもの感情があるように感じた。

 

「ウララさんは、いくつもの努力をしたのでしょう。努力して努力して、そして、有馬記念という舞台に選ばれた。そこからさらに努力を重ねて...ライスさんに、追いつける可能性がある、そんな走りを、ようやく手に入れた。」

 

ミホノブルボンは、コースから目を離さずに、俺に語り続ける。

その目には、きっとライスが映っているのだろう。コースをかけていく彼女は、まるで芸術のような、そんな走りをしていた。

そんな彼女に、ウララが追いつける可能性があると、ミホノブルボンは口にした。それだけで、彼女がどれだけウララを認めているのかが、俺には十分に伝わった。

 

「それでも、ライスさんが勝つべきなのです。彼女の、あの美しい走りが...私にとって、初めて憧れた走りが、ようやく日の目を見たのです。

それが、私は自分のことのように嬉しい。...ライスさんは、私にとってのライバルで...友達ですから。私は、彼女の勝利を望みます。そしてそれは、貴方も同じであってほしいのです。....ライスさんの勝利を、貴方にも望んでほしい。誰よりも貴方のことが好きな、彼女の勝利を。」

 

最後まで、彼女の表情は変わることはなかった。それなのに、そこには優しい笑みが浮かんでいるような、そんな声音が、俺の耳には届いていた。

そんな彼女に、俺はなんと言えばわからなくて、それでも返事をしなければと口を開いたのだが、ミホノブルボンは立ち上がり、

 

「では、私は今日の練習を切り上げることにします。ライスさんに、どうかよろしくお伝えください。」

 

そう言い残して、彼女は練習場をさっていった。

 

「...ありがとな。」

 

俺は、もう遠くなったその背中に、少しだけ微笑んで、小さくそう呟いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

模擬レースが終わった後、キングちゃんに少しだけ座って休みたいと言って、更衣室へと続く廊下に座った。一息つく程度に座るつもりだったのに、気がつけば寝てしまっていたらしい。

目を覚まして隣を見ると、私の肩に頭を預けながらキングちゃんも寝ていた。小さく寝息を立てながら、可愛い寝顔を浮かべている。

 

「...待っててくれたのかな。」

 

眠っているキングちゃんの頭をそっと撫でながら、私は小さくつぶやいた。その言葉に帰ってくる返事はなくて、それでも、キングちゃんが私のことを隣で待っててくれてたというのは、なんとなくだけどわかった。

しばらくして、キングちゃんの目が覚めた。私が、おはよう!

そう元気よく声をかけると、キングちゃんはようやく眠っていたことを自覚したようでとても焦っていた。

 

「...もう!私がウララさんに言うはずだったのに...」

「えへへ〜、キングちゃんの寝顔、可愛かったよ!」

「う、うるさい!」

 

2人で廊下を歩きながら、更衣室に向かう途中、キングちゃんが恥ずかしそうにぼやいたのを、私は聞き逃さなかった。本当に可愛かったので、寝顔のことを言うと、キングちゃんは頬を赤らめてそっぽを向いてしまった。

でも、それはいつものことなので、私も特に気にすることなく更衣室へと歩を進めた。

眠ったこともあってか、歩く足は意外と軽くて、更衣室には案外早くに着いた。それぞれの制服に着替えて、キングちゃんに髪の毛をといてもらう。

 

「全く...髪の毛のセットなんて、自分でしなさいよね。」

「えー、キングちゃんにしてもらうのが1番だよぉ〜。」

 

自分でとくようにと、キングちゃんは私にため息混じりにそう言いながらも、いつも私の髪を綺麗にしてくれる。その優しさに甘えながら、ゆっくりとした時間を過ごした。

 

トレーナーが私のことを褒めてたと、キングちゃんが髪をときながら教えてくれた。本当は、直接レースのことを褒めて欲しかったのだが、ライスちゃんの練習を見に行っているとのことだったので、それはまた今度にすることにした。

 

今日は、模擬レースが終わった後、休養を取るようにトレーナーに言われている。ここのところ練習浸だったから、有馬より前に体を休ませれるのはありがたかった。

 

「折角だし、どこか遊びにでもいく?」

「おお!いいね!行こう行こう!」

 

模擬レース以降、もうすっかり砕いた話し方になったキングちゃんが、私に小首を傾げて聞いてきた。私は、その提案に大きく首を振って賛成して、るんるんな気分で更衣室を後にする。

一度私達は解散してから、街中のとある店の前で集合という事になった。

トレセン学園を出てから、久しぶりに街中に来た。街には、クリスマスに向けていろんな張り紙や飾りがされていて、そこで初めてクリスマスが近いことを私は思い出した。

 

「...そっか、クリスマスなんだ。」

思わず、小さく口に出てしまった。

有馬記念のことばかり考えていて、すっかり忘れてしまっていた。

今年は何をサンタさんに頼もうか、そんなことを考えていると、一旦部屋に戻ったキングちゃんが、オシャレな私服姿で集合場所まで来た。

 

「ごめんなさい、待ったかしら?」

「ううん!全然!キングちゃんの私服、凄い可愛いね!」

「とーぜんよ!なにせキングだもの....所で、なんでウララさんは制服なの?」

「んーとねー、お財布とか準備してたら忘れちゃった!」

「....はあ、もういいわ。とりあえず、お店でも回りましょ。」

「おー!」

 

何故か、私の言葉にため息をつくキングちゃんと一緒に、いろんなお店を回った。食べ物のお店は、有馬に向けて体重をさらに落としてる為、キングちゃんは極力避けてくれていた。それを口にせずに行ってくれる所が、本当に素敵だなと、今日改めて思った。

 

「..全く、それにしてもクリスマスクリスマスって、まだ数日後の話でしょうに...ほんと、みんな好きよね。」

周りの景色を見ながら、キングちゃんはそう、呆れるように呟いた。

 

「キングちゃんは、クリスマス好きじゃないの?」

 

まるで自分は違う、そんな口調のキングちゃんが気になって、私はそっと質問する。

 

「そうね...好きでも嫌いでもないわね。ただ、クリスマスだからっていう理由で何かをする事に面白みを感じないだけよ。...何かを理由にしないと行動できない、そんな愚かさを見ているような気分になるの。」

 

どこか寂しそうにキングちゃんはそう答えると、点々とお店の中に入っていく。

服やアクセサリー、キングちゃんは可愛いものをたくさん知っていて、私に色々とつけたり買ったりしてくれた。自分の物だから自分で買おうとしたのだが、私がつけさせたいからいいのと、頑なに断られてしまい、気がつけば4個も私はキングちゃんが買ったアクセサリーや服を、身につけてしまっていた。

 

「うん、いい感じね。似合ってるわよ、ウララさん。」

「えへへ!本当に!ありがとキングちゃん!これで私も大人の女だよ!」

 

アクセサリー店を出て、私の全身を見た後、満足そうにキングちゃんは微笑んだ。

服もアクセサリーも、私は子供っぽいものしか持っていないため、キングちゃんがくれた服やアクセサリーは、どれもキラキラしていて、大人びて見える。それを身につけていると、なんだか私も大人になった気分になれた。

何かキングちゃんは欲しいものはないのかと、お返しをしたくて聞いたのだが、キングちゃんは優しく笑って

 

「その気持ちだけで十分よ、ありがとね。」

 

そう言ってばかりで、何も欲しいとは言ってくれなかった。

わたしのお金じゃ買えないものなのかなと、少しだけ悲しくなったけど、それを口にすることはなかった。

 

街の中にはいくつか休めるような所があって、自動販売機の横にある小さなベンチに、私達は腰をかけた。ひんやりと冷たくて、座った時に思わず声が漏れてしまう。キングちゃんもそれは同じだったようで、

「ひゃ!」

と、小さく口から漏れていた。

 

夕方でも、12月の日が暮れるのは早くて、もうすっかり外は暗くなっている。それでも、街の明かりで外は充分に明るく照らされていた。

 

「....綺麗だね。」

「ええ。...こうして何もしない時間も、悪くないわね。」

 

たくさんの人が流れる、そんな街並みを、なんとなくぼーっと眺めていると、そんな言葉が口から漏れる。私のその言葉に、キングちゃんも頷いて、街の景色を眺めていた。

 

しばらくそうして、お互いに無言で景色を眺めている時、キングちゃんが不意に、私の足のサイズを聞いてきた。

私はなんでそんなことを聞かれるのかよくわからなかったけど、とりあえず自分のサイズをこたえてみる。

私の返答に、キングちゃんはキョトンとした後に、楽しそうに笑い出した。

 

「え!?ど、どうしたのキングちゃん!?え?私何か面白いこと言ったかなぁー?」

「いいえ!いいえ!違うの、ただ、こんな偶然もあるのね、そう思ってね。」

 

目頭に浮かぶ涙を拭いながら、キングちゃんは、そう言って、カバンの中を開けた。そして、そのカバンの中から、一つの靴箱がでてくる。

 

「...これ、私が長距離レース用に、使おうって思ってた靴なの。...情けない事に、もうその舞台に立たないって自分で決めたから、結局、一度も履くことはなかったのだけどね....」

 

そう言って、キングちゃんはその靴箱の中から、靴を取り出した。

赤を基盤とした色に、白の模様が入っている、とても綺麗で、軽そうな靴だった。

 

「...これをね、貴方に持ってて欲しかったの。有馬記念のその舞台に、持っていって欲しくて...でも、まさか、その靴のサイズがピッタリだなんて..思いもしなかったわ。」

 

今度は大笑いするわけでもなく、どこか儚い笑みを浮かべて、キングちゃんは笑っていた。

 

「...キングちゃん、私、この靴履いても良い?」

 

その笑顔を見たときに、もう私のしたいことは決まっていた。

どうしてそんなに悲しい笑顔を浮かべれるのか、それを、私は知っているから。

その舞台に立ちたくても立てない、その悔しさを、知っているから。

だから、この靴を履きたかった。

キングちゃんがくれた靴で、ファルコンちゃんがくれた蹄鉄で、トレーナーがくれた勝負服で、有馬という舞台に立ちたいと、その時、改めて強く感じた。

 

「きっとね、有馬記念、苦しくて、辛くて、レース中に、逃げ出したくなる時が、きっと来る。..その時にね、キングちゃんのたくさんの想いが詰まった靴を履いてるとね、きっと、すごく力になると思うんだ。...だから、この靴、私に履かせて欲しい。」

 

真っ直ぐに彼女の目を見て、私は伝える。キングちゃんは私の言葉を受けて、ふふ、と軽く微笑んだ。

 

「私から頼んだのに、なんだかお願いされるなんて...変な気分ね。....けど、そうね、いいわ!許可してあげる!キングの靴を履くこと!キングの想いを背負うこと...サイズも、ちょうど同じだしね。」

 

いつもの、高飛車な声音でキングちゃんはそう言った後、片目をウィンクして私に靴を渡した。

私も段々、サイズが同じという事実が面白く思えてきて、笑いながらその靴を受け取る。

 

キングちゃんからもらった靴はやっぱり軽くて、それでいて、沢山の想いが詰まっているのを、確かに感じた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

仕事を終えてトレセン学園を出る。流石はお祭りごと大好きJapanなだけあって、クリスマスイブ、クリスマスというイベントが間近なこの時期は、この都会の街のどこもかしこもクリスマス仕様になっている。

 

「...有馬記念の前に、あいつらにプレゼントでもやるか。」

 

流石に、有馬記念の前にパーティーなどはできないが、それでも、プレゼントをあげることぐらいはできるだろう。

何かいいものは無いかと思考したところで、これまでの経験の無さが痛手にでた。

 

「...そもそも、プレゼントって、何やればいいんだ?」

 

男友達にプレゼントを送る事は幾度かあった。だが、その大抵のものは思春期男子が渡すふざけたプレゼントか、酒やタバコと言った、いかにもなものが多い。女の子、しかも、年頃の子が喜ぶプレゼントなんて、思いつきもしなかった。

とりあえずなんでもありそうなショッピングモールへと足を運び、そこでスマートフォンを起動する。

手当たり次第に検索をかけては見たものの、これといったものが見つからない。

入り口付近であたふたしている、側から見たらやばいやつに成り下がった俺が、どうすればいいのかと頭を巡らせ続けていると、誰かに後ろから声をかけられた。

 

「あ!ウララちゃんのトレーナーさんじゃん!やっほー!みんな大好き、ファルコだよ☆」

 

そこには、ピンク色のもこもこのセーターを着て、いつものツインテールではなく、ポニーテールをしている、スマートファルコンがいたのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

とりあえず、俺はファルコンに事情を説明したところ

 

「ちょうどいいじゃん!ファルコもね、プレゼント選びできたんだよ!」

 

と、俺に手招きをして中へ入れとジェスチャーをする。

本当はアドバイスがほしかっただけなのだが、一緒にまわってもらった方が案外楽かもしれないと思い直し、ファルコンの後をついていく。

彼女にはもう何を買うのかというプランが決まったいるのか、迷いのない足取りで店の中を進んでいく。

そんな彼女を見ながら、俺はなんとなく考え事をしていた。

歩くファルコン、元気に話しているファルコン、そんな彼女を見ていると、今なら走れるのではないのか、もう、走っても大丈夫なんじゃないのか、そんな考えが、生まれてしまう。

ウララから、彼女の病気が治ったのは聞いていた。けれど、改めて元気な彼女を見ていると、話で聞くのとは全く違う現実味があった。

それは、彼女が走れないという現実を壊すほどの光景で...

 

そこまで考えて、俺は思考を停止する。

彼女が、やっとの思いで受け入れた現実を、俺の勝手な妄想で汚すのは嫌だった。俺は、その妄想をとっぱらうようにして、ファルコに声をかける。

 

「にしても、なかなか広いよな、このショッピングモール。店多すぎじゃないか?」

「確かにねー、なんか、似通ったお店も結構あるしねー。」

 

俺の言葉にファルコンは賛同しながら笑っている。

エスカレーターにのって、一階から三階へと俺達は移動した。

レストランやデザートの専門店などが続いていたフロアから一風変わり、今度はぬいぐるみや服屋などが並ぶ、どちらかといえば女性向けなフロアにたどり着いた。

 

「さ、トレーナーさん、私たちはここに行くよ!」

 

ファルコンはそう言うと、エスカレーターを降り、左方向に真っ直ぐに歩いてから着く、熊のぬいぐるみがたくさん並んでいるお店の中へと入っていく。

いらっしゃいませー、という、店内からの声が聞こえる。

俺はその光景に思わずおどおどしながらも、ファルコンの後ろを頑張ってついていった。

 

「さ、ここでプレゼントを選ぶよ!トレーナーさん!」

「...おお、すげーな、これ。」

 

店には、色んな種類のぬいぐるみが置いてあったが、今目の前に広がるぬいぐるみは、普通に俺がほしくなるものだった。

トレセン学園をはじめとした、多くのウマ娘のぬいぐるみが、そこにはあったのだ。

中には、ライスやウララをデザインしたものもある。

 

「なあ...これ、本人達に許可取ってるの?」

 

トレーナーである俺に連絡が来ていないと言う事は、おそらく学園に許可を取っているのだろうか?疑問に思い思わず口に出したのだが...

 

「んー、どーなんだろうね?私も別に連絡来なかったし...けど、可愛いしいいんじゃない☆ほら、私のぬいぐるみもあることだし!」

 

疑問に思っている俺に、細かい事は気にしない!と、ファルコンは呟き、彼女の勝負服をデザインしたぬいぐるみを手にする。

 

「...ま、それもそうだよな。」

 

俺もファルコンを見習って、ぬいぐるみを手にする。

ライスのぬいぐるみと、ウララのぬいぐるみ。

手のひらサイズのそのぬいぐるみは、彼女達の魅力がきちんと再現された、可愛らしいデザインだった。勝負服のデザインも、きちんと再現されている。

 

「ええー、どーせならファルコのぬいぐるみを取ってよー」

「お前、それ恥ずかしくねーの?自分をデザインしてるぬいぐるみだよ?それ目の前で取られるって...なんかこう、なぁ?」

「恥ずかしくないよぉー!だって、ファルコかわいいんだもん☆」

「あー、はいはいそうですか。んじゃ、俺は決まり次第会計してくるわ。」

 

俺の返事に抗議しているファルコンを無視して、俺は他のぬいぐるみにも目を向けた。そこには、ミホノブルボンやキング、ライスにと同室のゼンノロブロイのぬいぐるみもあり、俺はそれらのぬいぐるみも手にする。...それから、ついでにファルコンのぬいぐるみも手にしておいた。

バレないようにその6つのぬいぐるみをレジへと持っていき、先に袋に詰めてもらった。ウララとライスに、3つずつのぬいぐるみを買い、プレゼント用にラッピングしてもらう。梱包が終わってから、俺は先に会計を済ませたこともあり、駆け足でファルコンの元に再び向かった。彼女は、まだプレゼントを何にするか迷っているようで、顎に手を当てて、んーー、とうなっている。

 

「ファルコンは、それ誰にあげるんだ?」

「んーとねー、今から買うプレゼントあげる娘はね、エアグルーヴちゃんに、フラッシュちゃん、スズカとか...高等部の仲良い娘達用なんだよねー。」

 

その中に、ウララの名前が入っていない事が俺は意外だったが、それを口にする事はなかった。

 

「前はアクセサリーとか服とか買ってたんだけど...案外、こういうのがいいのかなぁーって思ってさ。でも、やっぱりいざ買うってなると、迷っちゃうねー。」

 

そう言って、ファルコンは困ったように笑っていた。

 

「迷ってた俺が言うのもなんだが、気持ちがあればいいんじゃねーのか?...ちなみにだな、俺はその、ウララとライスにとってライバル的な存在の子達を選んだぞ。」

 

恥ずかしさもあり、プレゼントを選んだ基準と、ファルコンを選んだと言うことを遠回しに伝えた。

 

「おお!トレーナーさん、ナイスアイデアだよ!」

 

ファルコンには後者の意図は伝わらなかったようで、今度は迷わずにぬいぐるみを取っていく。

ファルコンの会計とラッピングを済ませ、俺達は店を後にした。

ショッピングモールなだけあって、飲食ができる場所は多々あったが、ファルコンは寮で夕食を済ませていたようで、それらの場所による事はなかった。

ショッピングモールを出て、トレセン学園までの道を、2人でゆっくりと歩いた。道中で、ファルコンのファンの女子高生やカップルなどに遭遇して、その度に彼氏じゃないという説明をしてきたため、俺もファルコンもだいぶ疲弊している。

 

「...そんなにファルコ達、カップルに見えるのかな?」

 

人通りが少なくなってきた道で、ファルコンがそう俺に聞いてきた。

 

「まあ、実際男と2人で歩いてたら見られるだろうな。...俺、もうちょい遠くの方歩こうか?」

 

それはそれでストーカーに間違われそうだが、まあ、彼氏と間違われて彼女に迷惑がかかるよりは問題ないだろう。

 

「んー、ウマドルとしては問題なんだろうけど...うん!今夜はファルコの気持ち優先しーちゃお!」

 

俺の提案に、答えているのかどうなのかよくわからない言葉をはいた後、ファルコはさっきよりも近い位置で、俺の横に並んだ。

手は繋いでいないものの、これでは完全に恋人の距離ではないか...

 

「あの、ファルコンさん?近くないですか?」

「そりゃ、ファルコ近づいてるもん、近くなって当然でしょ?」

 

甘い香りやらなんやらが鼻をくすぐって鬱陶しい。

距離を取ることも考えたが、それはそれで彼女に失礼だと思い、このままの距離で再び俺達は歩いていく。

 

しばらく、俺は彼女の話を聞いていた。足の故障が治ってから、軽くは走れるようになったこと、ウララの模擬レースの話が噂になっていること、冬休みの課題が終わらないこと....俺が知らない、彼女の一面が、たくさん見えた気がする。

 

「ウララちゃんには、何をあげよっかな。」

 

会話の中でふと、ファルコンがそう呟いた。

俺と同じぬいぐるみは被るから遠慮して欲しいところだが、最初からファルコンには、ぬいぐるみという選択肢がなかった様だ。

 

「...ま、あいつなら正直その辺の石ころあげても喜ぶと思うぞ。」

「あははは!確かに、ウララちゃんならあり得る話だね!」

 

ウララは、基本なんでも喜ぶ。プレゼントの中身よりも、相手から何かをもらう事に対して大きな幸せを感じる娘なのだ。そんな彼女だからこそあり得る、その極端な例にファルコンはツボっていた。

自分で言った冗談だが、あまりにも想像できすぎて、俺もついつい笑ってしまった。

 

「あー、笑った笑った。...でも、うん、そうだよね..ウララちゃん、本当になんでも喜んでくれるんだと思う。」

「ああ。あいつはそういう奴だからなぁ〜。」

 

ようやく笑いがおさまって、落ち着いた俺たちは再びゆっくりと歩を進めながら、会話を続けた。

12月後半の夜の寒さはなかなかな物で、手袋をしていても手がかじかんでくる。恋人同士ならこれを温め合えるのかという、羨ましくも、妬ましい想像をしていると、ファルコンが急に足を止めた。

 

「ん?どうした?」

 

俺は何か考え事をしている彼女が不思議で、そっと駆け寄ろうとした

 

「...ファルコ、決めたよ!」

 

しかし、彼女は急に大声を発すると、俺に早足で近づき、小さく拳を握りしめて、それを俺の胸に当てた。

そして、彼女は口を開いた。

 

「私、もう一回、レースにチャレンジしてみる。もう、現役として走る事はできないけど。..それでも、努力して、努力して、努力し続けて..いつか、ちゃんとターフの上に立って...ウララちゃんと、走ってみせる。これが、私からウララちゃんに送る、クリスマスプレゼント」

 

震える声で、それでも懸命に、彼女は宣言した。

それが、どれだけ勇気のいる言葉であるのかを、俺は知っている。

だから、何も言わずに、ただ頷いた。彼女の覚悟を、尊重した。

ファルコンは、俺の目を見て続けた。

 

「これは...ただの自己満足。クリスマスに間に合うわけでもない、プレゼントになるかもわからない...きっと、トレーナーさんからしたらこれは、勝手な私の妄想で、願望に聞こえると思うの。...それでも、私、決めたから。だから、ウララちゃんに、伝えて欲しい。...まだ、直接言う勇気は持てないから。」

 

情け無いよね、最後にそう呟いて、ファルコは困ったように、軽く笑っていた。

そんな彼女に、俺は伝える。

 

「...情けなくなんか、ないだろ。」

 

医者に、周りに、もう走れないと、突きつけられた現実。

それを受け入れて、悔しさを噛み殺していた日々。

その中で、きっと彼女は、理解しているはずなんだ。

その世界に、自分が戻ることができないということを、

その世界に戻ることが、どれほど過酷なものかと言うことを。

それでも、彼女は確かに今、はっきりと口にした。

 

『ターフの上に立って、ウララちゃんともう一度走ってみせる。』

 

その言葉をはくのに、いったいどれほどの覚悟がいるのか。

どれほどの勇気がいるのか。

それは、俺なんかじゃ到底わからないものだ。

だから、情けなくなんてない。

それを、伝えたかった。

 

「お前は..ファルコンは、すげーウマ娘だよ。100%無理って言われて、ダメだってそれを受け入れてたのに..それを、ねじ返すぐらいの努力をするって、挑戦をするんだって、宣言できるウマ娘なんだからよ。だから、情けなくなんてない...めっちゃかっこいいよ、お前。」

 

俺の言葉を受けて、ファルコンは突然笑い出した。

 

「え!?うそ、なに!?なんだよお前!人がせっかく褒めちぎったのによ!」

「いやいやだって!ファルコ、改めて聞くとめちゃくちゃ言ってるなぁーって思ってさ!」

 

ファルコンはそう言って、けらけらと楽しそうに笑っていた。確かに、改めて聞くとめちゃくちゃに聞こえる。..だけど、それでも...

 

「お前なら、できるだろ?」

 

俺は、彼女の言葉を聞いた時から、当然のようにそう思った。

だから、笑わなかった。

彼女は、笑うのをやめて、キョトンとした顔をした後、はぁーと一呼吸ため息をついた。

 

「...ほんと、よくそんなにファルコのこと信じれるよね?」

「信じる事には、なかなか定評があるんでな。」

「はぁー、ほんと、ウララちゃんのトレーナーさんって感じだよぉ〜...本当、凄く、そんな感じだよ。」

「そりゃあ〜まあ、実際そうだし。」

 

彼女は、もういいよと言わんばかりに再び歩き出した。

俺も、そんな彼女の隣に並んで、歩を揃える。

 

「....ウララちゃんには、勝ってもらわないとね。有馬だけじゃなくて!これから、もっと、沢山のレースで。」

「そうだな。...スマートファルコンに挑むんだ。晴れ晴れとした姿でいないといけないもんな。」

「そりゃーそうですよ、なんたって、ファルコはウマドルなんですからねー!常にキラキラしといてもらわないとダメだよね☆」

「...まあ、信じて待っててくれ。ウララを、キラキラ輝かせて見せるからよ。」

「...うん。信じてるよ。トレーナーさんの言葉を受ける前からずっと、信じてるから。だから、ウララちゃんを、よろしくね?」

 

会話が終わる頃に、丁度トレセン学園についた。ファルコンは、俺に小さく手を振って学園の中へと消えていった。

俺もそれに小さく手を振って応え、再び家路へと向かう。

...また一つ、約束が増えたな。

はぁー、っと、息を吹いてみる。

白い煙が口から出てきて、消えていく。それを、何度か繰り返しながら、俺は歩をすすめる。

プレゼントを入れた袋が、ギシギシと揺れるのを感じながら

俺は、少しだけ緩んだ頬のまま、家路に着くのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

12月23日、今日を過ぎれば、有馬記念当日になる。

気がつけば、あっという間だったと思う。

模擬レースを終えて、練習をし続けて、最終調整もした。

キングちゃんがくれた靴に、ファルコンちゃんの蹄鉄をはめて、準備を整えることができた。

2人の想いを、みんなの想いを背負って走る。

その重さに、体が震えてしまう。

それを誤魔化すように自分のほっぺを軽く叩いて、わたしはベッドの上に寝転んだ。

 

...ライスちゃんも、こんな感じなのかな。

 

練習時間も場所も、競い合う相手であることが理由で、私達はバラバラだった。個人的な連絡を取ることも、お互いに控えていた。

それが、ちょっとだけ寂しいな、なんて、1人になった部屋で思っていた時、突然、トレーナーからメッセージアプリで連絡が来た。

なんだろうと思い、携帯を開く。

 

[クリスマスプレゼント渡すぞ、トレーナー室に来れそうな時来てくれ!]

 

そのメッセージを見た瞬間、顔が思わず笑顔でいっぱいになってしまった。トレーナーからの、クリスマスプレゼント。それは、私には、嬉しすぎる贈り物だった。

パジャマのまま自室を飛び出して、トレーナー室へと一直線に向かった。ノックもせずに扉をいきよいよく開けて、中に突撃する勢いで入っていく。

 

「うぉおおい!ウララ、おま、ちょ、なになになに!?落ち着けって!」

 

そのまんま、トレーナーが座っているソファーにダイブして、前から覆い被さるようにしてトレーナーにくっついた。

嬉しすぎて、もう止まることができない。

 

「わーい!トレーナーからのプレゼント!プレゼントだよ!トレーナー!ねぇ!凄いよ!クリスマスじゃないのにクリスマスプレゼントなんだよ!」

「わーかってるから、ちょ、おま、ほんまに降りてくれ...あ、やばい、苦しい...」

 

もう少しトレーナーにくっついていたかったけど、首元の力を強めすぎていたみたいで、私は渋々体を離して、彼の隣に座り直した。

 

「..ったく、本当に、俺も一応格闘技してたのになぁー」

 

悲しそうにトレーナーはそう呟いて、何やら袋のようなものをいじり出した。その中にプレゼントがあるのかと、私はワクワクしながら、それでも今度はきちんと座って、プレゼントを待っていた。

 

「うし、これで間違い無いな。ほれ、ウララ、メリークリスマス。」

「わぁ!ありがと!トレーナー!」

 

まだ中身は見れてないけど、赤色の箱を受け取って私は満面の笑みでお礼をした。トレーナーがプレゼントをくれたことが、嬉しくてたまらなかったのだ。

中身も気になったので、ラッピングをとって、早速箱を開けてみる。

 

「おおおおお!凄い!何これ!ライスちゃんと、ファルコンちゃんと、キングちゃんだ!」

 

そこには、小さな3人の人形が可愛らしく入っていて、私のテンションは、ますます上がってしまった。

 

「...まあ、その、喜んでくれて、何よりだ。」

「うん!本当に、凄く嬉しいよ!私の大好きな3人の人形が、私の大好きな人からもらえるなんて..えへへ〜、凄く嬉しい。」

「お、おう...そんなに喜んでもらえるとはな。」

 

人形を抱きしめながら、こぼれるように私は感謝を伝える。

トレーナーは顔を赤らめながら、ぶっきらぼうにそう言ったところで、わたしは致命的なミスに気がついてしまった。

「....どーしよ、トレーナー、私、トレーナーにプレゼント買ってない...」

 

有馬記念に集中しすぎて、トレーナーやライスちゃんにプレゼントを買うのをすっかり忘れてしまっている。勿論、ファルコンちゃんやキングちゃんにもだ。

 

「いや、俺はいいよ。別にプレゼントなんか要らないし。」

「ダメ!ダメなんだよトレーナー!プレゼント、私もらってばっかりだもん!」

 

私はそう言って、何か無いかと考えようとしたのだが...

 

「あー、そしたら、あれだ、欲しいプレゼント、俺あるぞ。」

「え!?うそ!?なになに?」

 

トレーナーが突然、思い出したかのようにそう呟いた。

私は、その欲しいものをすぐに手に入れる為に、言葉の続きを待った。

だけど、それは絶対に買うことのできないもので、とても手に入れるのが難しい物で....私が、1番欲しい物だった。

 

「有馬記念の1着、それを、俺にプレゼントしてくれ。」

 

優しく微笑んで、トレーナーは私に言った。

その言葉を受けて、何も言えなくなってしまった私に、トレーナーは続ける。

 

「....俺は、誰よりも、お前の勝利が欲しい。有馬っていう舞台で、努力が、信念が、全てを覆す瞬間を見てみたい....それが、俺が欲しい物で、ウララにしか、渡す事ができない物だ。」

 

これほど、真っ直ぐにトレーナーから言葉を受けたのは久しぶりだった。だから、凄く胸が熱くなる。

今にも走り出したくなるような、そんな熱意に襲われる。

負けない、負けたく無い。...勝ちたい。

そんな想いを、言葉に乗せて、私はトレーナーに伝える。

 

「うん、わかった。プレゼントするよ...有馬記念の、1着。」

「おう...待ってるぜ、ウララ。」

 

私の頭を優しく撫でながら、トレーナーは微笑んだ。

ずっとそうしていたかったけど、明日に向けて寝ないといけない。

部屋に戻る時間になったから、私はトレーナーとの会話をやめて、扉に手をかけた。

 

「あ、そうそう、ウララ。」

 

最後に、トレーナーは私の背中に向かって、こう声をかけた。

 

「ファルコンがな、ウララが1番になったらまた競ってやるってよ!...それが、ウララに送るクリスマスプレゼントなんだってさ。」

「...ふふ。それは、負けられないなぁー、絶対に。」

 

思わず、拳を握ってしまう。

だって、私は知っているから。

ファルコンちゃんの怪我のことも、今トレーナーが口にしたことが、どれだけ過酷な物であるかも、知っている。

だから、たとえそれが嘘だとしても、こんなにも燃えたぎる。

闘争心が、決意が、ものすごい爆発力で、登ってくる。

最後に、おやすみと、トレーナーに伝えて、私は部屋を出て行った。

赤い箱を握りしめて、自室に入る。

ぬいぐるみを大切に部屋に飾って、ベッドに入った。

目をつぶても治らない興奮を感じながら、私は

ただ静かな部屋で、その時を待っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

[クリスマスプレゼント渡したいから、今時間あるならトレーナー室に来て欲しい。]

 

俺は、ウララとの会話が終わった後に、ライスにメッセージを送信しようとする。その手が、わずかに止まった。

けど、それはほんの一瞬で、俺はメッセージをすぐにライスに送信した。

 

...罪悪感って、結構ひっかかるもんだな。

 

自分が思っていた以上に、ライスに対して申し訳なさを覚えている事に、少しだけ驚いた。

トレーニングのメニューも、見方も、彼女に対しての接し方も、ライスを勝たす為に組んでいるし、普段通りにしてきた。どちらに肩入れしてることもなく、平等にトレーニングを、『トレーナー』として見てきた。

それでも、気持ち的に生まれてしまう罪悪感は、ぬぐいきれるものじゃなかった。

...いや、拭うべきじゃないな。

トレーナーとしての自分と、俺が俺であると言う自分。

その両面を、受け入れていかないといけない。

そんなことを考えていると、部屋のドアがノックされた。

気持ちを切り替えて、俺は普段通りに部屋に彼女を招き入れた。

 

「失礼します!と、トレーナーさん!」

 

少し緊張しているのか、普段よりも声を大きくしてライスがトレーナー室へと入ってくる。部屋着の上からロングジャージを着た彼女は、若干手足が同時に動きながらも、なんとか俺の方を見て、自然に振る舞っている。

俺は、そんなライスを見て、いつものライスだなぁー、とほのぼのとした気持ちになり、隣に座るように促した。ライスは一呼吸いれて、俺の隣に腰掛ける。

 

「ほい、そんじゃ、メリークリスマスだな、ライス。」

「うん!メリークリスマス!ありがと!トレーナーさん!」

その言葉と共に、俺はライスにプレゼントの箱を渡した。

ライスも俺に一言お礼を入れて、プレゼントを受け取った。

 

「...わぁ、凄い!かわいい!ウララちゃんとブルボンさんに、ゼンノロブロイちゃんだ!こんな人形あるなんて...ふふ、みんな可愛いなぁー」

 

ライスは、嬉しそうに人形を抱きしめて、笑っていた。その笑顔は本当に可愛らしくて、まるで妹を見ているかのようだった。

ま、実際に妹はいないんですけどね。

 

「...私って、妹に似てるの?」

 

...おっと、言葉に出てしまっていたようだ。

やっとの思いで治したクセが、ここで出てしまうとは。

引かれないようになんとか言葉を紡ごうとしたが、ライスは何故か嬉しそうににやけていた。

 

「....ライス、その、なんかごめんな?気持ち悪いよな?」

「ううん!全然!寧ろ、その、私も、トレーナーさんのこと、その...お、お兄様みたいだなって思ってたから...えへへ。」

 

嬉しそうなのは勘違いだろうと思い謝罪を入れると、とんでもないクリスマスプレゼントが飛んできた。これは、まずい、新しい何かが開こうとしているのを、懸命に抑える。

 

「あ、あのね、...もしよかったら、その、トレーナーさんのことね、お兄様って、読んでみても..いいかな?」

「!?あー、えっと、その...恥ずかしいんで、とりあえず2人だからな時だけで。」

「ほんとに!?いいの!やった!お兄様、私今、物凄く嬉しい!」

 

人形を抱きしめて、ライスは嬉しそうにはにかんで、俺にそう伝えた。

流石にみんなの前で呼ばれるのは恥ずかしいから、とりあえず2人の時に限定したが、これはこれで結構恥ずかしいものがある。

なんとかそれを堪えて、俺は短く、おう、と返事をした。

 

「あ、あのね!ライス、お兄様にね、クリスマスプレゼント持ってきたの!だからね、その、受け取って欲しいなって。」

 

そう言って、ライスは自分のポッケに手を入れ、中から花がプリントされている長い紙のようなものを3枚、取り出した。

 

「これはね、ゼンノロブロイさんに協力して見つけたんだけどね、実際の花が印刷されてるお守りなんだって。オレンジ色の花、マリーゴールド。友情とか、信頼の深さを表すお花さんなの。..これを、私と、ウララちゃんと、お兄様の3人で、持てたらいいなって、そう思って買ったんだ。」

 

その3枚のうちの一つを、ライスはそう説明しながら、俺に渡した。

本当に大切そうに、ライスはその残りの二つのお守りを、ポッケにしまった。

 

「ウララちゃんには、有馬記念が終わってから渡そうって決めてるんだ。....それまでは、私達、友達であって、倒さないといけない、ライバルでもあるから。」

 

ライスは、小さな拳を握りしめて、そう呟いた。それは、親友を今だけは完全に敵として捉えている、そんな、ライス自身への意思表明に見えた。

不意に、ライスの携帯のアラームのような音が、けたたましくなり始めた。

 

「あ!お兄様!私もう寝ないと!明日、万全の状態で走りたいから...もう少しお話ししてたいのに...ううー。」

「いや、俺の方こそごめん。本番明日だもんな。うん、ゆっくり休んで、明日に備えろ。」

 

俺は悲しそうなライスの頭を撫でて、彼女に寝るように促した。

 

「うん...だからね、これだけはお兄様に...ううん。トレーナーさんに、謝っておきたいの」

 

けど、俺はすぐにその手を引っ込めて、ライスとの距離を少し開けた。

理由は、単純だ。

もう、そこには妹のようなライスはいなくて。

代わりに、目の前の敵を...ハルウララという敵を狩ろうとする、鬼がいるのだから。

 

「私は、貴方の夢を壊す。ウララちゃんの見たい景色を奪い取る。...だから、ごめんなさい。それでも私、決めたことだから。」

 

ライスは、真っ直ぐな目で、俺を見つめて、言葉を続けた。

 

「私を..ライスシャワーというウマ娘を応援してくれる、全ての人に応えようって、全力で応えるって、決めたから....だから、明日、私はチームメイトじゃない。私は全力をだして、貴方達を倒す。私が、ライスシャワーであることの、責任を果たす為に。」

 

完全な決別、たった1日だが、それを今、ライスはしようとしている。

だから、あえてこんなにも俺に敵意を表して、言葉に覚悟を持って、放っている。

俺は、そんな彼女に、言葉を返す。

 

「...そうだな。ああ。ライス、お前は、そりゃ物凄くはぇーよ。速くて強くて、その為の努力もしていて...俺は、それをそばでずっと見てきた。だから、相手に不足は無い。全力でかかってこい...けどな、ライス。」

 

敵意を剥き出しているライスに、俺は言葉を区切って、そして、

 

「...それでも、お前は俺達のチームメイトだよ。」

 

そう、優しく笑いかけた。

 

「確かに、俺の夢は、ウララが有馬記念っていう大舞台で勝つことだよ。それで、自分が見たかった景色を見ること。これは変わらないし、叶わなかったら絶対に悔しいと思う...けどな、俺はそれと同じくらい、ライスの走りが好きだ。それは、ただ、ライスの走りが好きなだけじゃなくて、誰よりもそばで、お前の努力を見てきたからなんだよ。...だから、俺はライスを、完全な敵だなんて捉えたりしない。...ちゃんとお前はチームメイトなんだよ、ライス。」

 

欲張りな発言だと、自分でもわかっている。

ウララに勝って欲しい。その為にはライスを倒さないといけない。

それでも、ライスを敵として見てはいない。

本当に、めちゃくちゃな言葉で、わがままで、どうしようもない発言だと思う。....それでも、俺は嘘偽りなく、彼女にはっきりと言える。

 

「...だからな、ライス。...明日、全力で頑張れよ。心の底から、お前を応援してる。」

 

1人のチームメイトとして、応援すると、全力を出して欲しいと、本当に、心の底から望んでいる。

 

ライスは、俺の言葉を受けて、そして、困ったように笑った、

震える声で、目から溢れるものを堪えるようにして、ライスは笑っている。そして、その小さな口で、俺に伝えるのだ。

 

「ま、全く、もう..ひ、ひどいよ。私、折角、全部ふり解こうとしたのに...これじゃ、こんな優しくされたら、そんなこと、出来ないよ。」

 

泣きながら、ライスは微笑んだ。それは、本当に美しくて、可愛らしい、幸せを届ける為の笑顔で

 

「...私の事、私のことも、応援してね...お兄様。」

「おう、お兄様に任せろ!」

 

今度は胸を張って、ライスにそう宣言して、優しく彼女の頭を撫でる。

ライスはそれを嬉しそうに受けとって、名残惜しそうに頭を離した。

 

「...それじゃ、私もう寝るね。」

 

おやすみ、お兄様。彼女はそう言ってソファーから立ち上がった。

プレゼントをかかえて、出口へと歩みを進める。

ライスがトレーナー室の扉に手をかけた時、彼女はくるりと振り返って、俺に笑いかけた。

そして、再び彼女は宣言する。

 

「...私、ゴールは譲らないから。」

 

さっきとは違う、それでも、確かな決意と熱量を帯びた声音。

その言葉を、俺は真正面から受けて、不敵に笑って応える。

 

「..それは、ウララも同じだぜ。ライス。」 

 

ライスもその言葉に満足そうに笑って

 

「ふふ、絶対、お兄様を見返してやるんだから!」

 

そう言って、トレーナー室を後にした。

ライスに感じていたあの罪悪感は、まだ残っている。

これは消してはいけないものだと、自分でわかっているから。

それでも、彼女を応援してることを伝えられた事は、確かに、俺の心を軽くしていた。

 

ライスがくれた、マリーゴールドのお守り、それを、そっと胸ポケットにしまった。

 

「...頑張れ、ライス。負けるな、ウララ。....お前らの全力を、会場でぶちまけてくれ。」

 

2人の戦いを、全力を、この目で見たい。

興奮で眠れそうもないなと思いながら、俺は残りの仕事に取り掛かるのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「すぅー、はぁー、すぅー、ふぅー....よし、もう大丈夫!」

 

誰もいない控え室で1人、自分に気合を入れ直した。

もう何回したかもわからない深呼吸をして、荒ぶる呼吸を整える。

パドックでアップをしている時、会場の熱量の違いに圧倒された。

芝の匂いを感じれなくなるほどの緊張が、体中を走っている。

それをかき消すようにして、今も深呼吸を繰り返している。

 

今朝、お母さんと電話をしたのを思い出した。

久しぶりに聴くお母さんの声は優しくて、とても勇気をもらえた。

お母さんは病気の手術のために、中々話せないでいため、その電話ができた事は、私にとってとても嬉しい事だった。クリスマスプレゼントのことといい、本当にいいこと続きだと、とても嬉しくかんじる。

 

『お母さんの娘は、強いんだから。だから、安心して行きなさい。』

 

電話の最後に、お母さんがそういって通話を切ったのが、今も耳に残っている。その言葉は、本当に勇気が出る言葉で、泣き出しそうになる程、嬉しい言葉だった。

 

不意に、コンコンというノック音が響いた。トレーナーだと、私はすぐにわかった。彼のノックは、普通の人よりもやたらと大きいから、すぐにわかる。返事を元気にして、トレーナーが来るのを待つ。

扉を開けて、トレーナーが軽く手を上げて中に入ってきた。

 

「...思ったよりも平気そうだな。ウララ。」

「えへへ〜、こう見えて、結構緊張してるんだよねー。」

 

私は見栄を張らずに、正直な感想をトレーナーに伝える。それを受けて、トレーナーは

 

「ま、そりゃしないほうがおかしいわな。」

 

と、楽しそうに笑っていた。

彼のその笑顔を見ていると、トレーナーと初めて出会った時を思い出す。トレーナーと勝つ約束をしたあの日から、随分と時間が経ったようで、そんなに経っていない、なんだか、不思議な気分になった。

 

「...ついに、ここまできたな。」

 

そんな想いにふけていると、トレーナーが私に声をかけた。

真剣な眼差しのトレーナーに、私も頷いて応える。

 

「...勝つぞ。」

 

彼は、多くは語らなかった。思い出も、鼓舞する事もない、たった一言、すごく短くて、それでいて

....なによりも、覚悟が決まる言葉。

だから、私もその言葉に、精一杯の笑顔で答えるのだ。

 

「うん。...私、勝つよ。そのために、ここにいるんだから。」

 

私の言葉に、満足そうに頷いて、トレーナーは私の控え室から出て行った。私も、彼が出てからしばらくして、控え室を後にする。

もう、レースまであまり時間がなかった。

震える気持ちを抑えて、廊下を進んでいく。

 

廊下を歩いている間、いろんなウマ娘の娘達にあった。スペちゃんに、セイちゃん、グラスちゃんにオペちゃん...それから、ライスちゃんも。

その中の誰一人として、もう会話をしていなかった。

みんな、物凄い集中力だ。

それぞれがレースにかける想い、それが、どれほど重いのかを、その時改めて知った。

 

....けど、それは私も同じだ。

 

負けられない、覚悟がある。

託された責任がある。

それを....私は、ハルウララとして、必ず成し遂げる。

 

小さく拳をにぎる。静かに廊下を抜けて、そして

 

青々とした冬空の下、私達は様々な想いを背負って、ターフの上へと、それぞれの足を、踏み出した。

 




ご愛読ありがとうございます!ご感想お待ちしております!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。