『さあ!まもなく始まります!トゥインクルシリーズ開幕戦、東京ダートレースOPジュニア部門!各ウマ娘、それぞれゲートの中に入っていきます!』
ゲートの中にそれぞれのウマ娘が入っていき、スタートを待っていた。馬券予想では1番人気、2番人気、3番人気、その中に当然ながらウララの名前はなかった。トゥインクルシリーズで勝ち上がっていくには、ここで少なくとも5着以内でゴールしなくてはならない。10人中5着だ。今の彼女なら充分可能ではあるが、俺も彼女も、今回のレースで狙っているのはそんな順位じゃない。
スタートが始まるまで、まるで自分が走るのではないかと言うほどの緊張を覚えていた。
『本日の1番人気はブームアバンク!彼女の逃げは本レースの中ではトップクラスです!2番人気はー』
スタートまでの間、テレビやラジオでは実況を聞いて待っていられるから少しはマシだろう。だが、俺は今関係者室からではなく、ゴールゲートからウララのレースを見ている。スタート前の場内は静かで、さっきまでの歓声が嘘のようだ。まるで別世界に来ているかのような感覚をおぼえる。
『いま!ゲートが開きました!各ウマ娘順々に位置どっていきます!開幕順調に飛ばしているのはブームアバンク!やはり作戦通り逃げをきめるか!?しかしその後ろ、ジュエルエメラルドがガッチリとマークしている本日4番人気!さあ2馬身ほど離れてミニデイジー、ハイドロホップと続いて、ハルウララ!第二コーナーにさしかかります!』
スタートと同時に場内に歓声が響きわたる。ウマ娘達の蹄鉄の音がその歓声によって加速するかのように速くなっていく。土煙が、彼女達の周りに激しく巻き起こっていた。
ウララはスタートしてから五番目の位置どりに成功した。いい位置だ。ここからなら第三コーナーの仕掛けにも対応できるし、第四コーナーの直線にも入りやすい。ただ問題は逃げのペースがどこまで持つかだ。仮に、先頭のブームアバンクがこのままのペースで逃げ切るのであれば、確実に負ける。
「たのむ」
ダート場を踏みつけるウマ娘たちの蹄鉄の音が、徐々に大きくなってきた。もうすぐ第三コーナーにさしかかる。逃げのペースが落ちない。ジュエルエメラルドは完全に落ちたが依然先頭のペースは変わらない。この距離だと、差し替えせるかどうか
ーーまずい。ーーー
ブームアバンクと集団の距離が、3馬身ほどになっている。これ以上ひらくと、ウララの足では間に合わない。かと言って第三コーナーで仕掛けても最後の直線でおそらくガス欠になる。このままでは...
『おおっと!第三コーナー集団のなかから抜け出したのはミニデイジー!その後ろ!ピッタリとついていくのは十番人気ハルウララ!これは予想外の展開です!ここから差し替えせるかミニデイジー!ハルウララ!先頭までおよそ2馬身のところまで来ております!』
そんな焦っていた俺の思考を、目の前の戦況が遮った。
ウララは本来仕掛けるはずの第四コーナーよりも先に動いた。こうするしかなかったが、東京ダート場opの最後の直線は長い。コーナリングの技術がない彼女が抜け出した後、なかったスタミナで最後まで加速しきれるかどうか...
「...勝て!ウララぁあぁあ!」
俺にできることは、これしかない、声が張り裂けるまで、彼女に、想いを託すことしかできない。だから俺は、
「勝て!勝て!勝て!勝て!勝て!うららぁぁ!!!」
第四コーナーを抜け、もう残り600の直線、目の前を駆け抜ける桃色の少女に、今までで一番の大声を、想いを、力の限り投げかけた。
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スタートしてからの位置どりには成功した。でも第三コーナーに入るまでに吸収しなきゃ行けない先頭の加速が止まらない。それに、
ーーみんなの圧が、凄い
みんなの息遣い、迫力が伝わってくる。レースの先頭集団はこんなにも息苦しい場所なんだと初めて知った。
第三コーナーを抜けて、逃げていた2人のうち1人落ちてきたところを、1人が差し返して前に飛び出した。私は、本来ここでさすべきじゃない。もっと足をためて直線で順位をキープしてゴールしないといけない。でも、そんなレース、私も、きっとあの人も望んでない。私は抜け出した子の背中に食らいつくため、強引に集団から抜け出した。体をぶつけ合っても重心が保てたのは、トレーナーの筋力トレーニングのおかげだと思う。
激しく地面を蹴って私たちは先頭についた。私を含め3人。第四コーナーを抜けた。私はコーナリングがまだ下手くそだ。それでも、左コーナーで重心をうちにしてなんとか切り抜け、直線にはいる。既にコーナーで二番手に少し差をつけられてしまった。息が荒い。視界が霞む。でも足は動いてる。目の前には、追い越すべきウマ娘がいる。でも、足が重い。加速が、できない、、あんなに練習したのに、あとちょっと、なのに、あと...
「勝て!勝て!勝て!勝て!勝て!うららぁぁ!!!」
一瞬、いつも聞いてる穏やかな声じゃなくて、私は誰なのかわからなかった、でも、こんなことを私に言ってくれるのは、世界で1人だけだから、だから
動け!私の脚!!!
「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!」
短い息をつき酸素を吸い込む。それの繰り返し。血液が沸騰してる。ちぎれるぐらい脚を動かして並んだ、先頭、視界がかすみすぎて自分が二番目にいるのか三番目で競り合っているのか、もしくはもう集団でせっているのか、それすらもわからない。だけど、
あの人が私に叫んでたから、約束したから
だから、私...
「1番に、なれぇええええええ!」
自分に言い聞かせるように、私は、ゴールラインをわった。
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控え室に入ると、そこにはウララの応援に来てた商店街の人々がくれた沢山の荷物があった。
「うわー!みんなこんなにくれるの!ありがとー!」
レース後、走り終わった彼女の元に我先にと言わんばかりに、おじさんやらおばさんがにんじんの沢山入った、段ボールやジュースの詰め合わせやらをウララに渡そうとしてきた。流石にレース場に入るわけにはいかず、控え室には関係者以外立ち入りできないからと、それを俺はウララの代わりに受け取り控室に運んでいた。控え室に行く間、後ろでウララと商店街の人々会話が聞こえた。
「いやー!すごかったね!ウララちゃん!最後の直線!まさかまさかだよ!おめでとう!」
「うん!私、速くなったでしょー!」
「ええ!ほんとに、流石ウララちゃんだわ!」
「あのトレーナーさんにも感謝せなあかんなぁー、ウララちゃんをこんなに凄い子に育ててくれて、わしはわしは、、うぉおお!!」
「ちょっとあんた泣かんといてな恥ずかしい!」
「お前も、な、ないとるや、ないか!」
なんともまあ賑やかなことだ。俺はその会話から逃げるように荷物を控室へと運んだ。
控え室でウララの帰りを待つか、トレーナー室に戻るべきか迷っているところに、ウララは帰ってきた。
「いやー!みんな大喜びだったよ!私の活躍にびっくりしてたね!トレーナーもびっくりした?」
ウララはレースの後の疲れを忘れたかのように元気な笑顔で俺にそう聞いた。
「...ああ、驚いたよ。ほんと、最後の直線は見事だった。よく持たせたな...最高の走りだった。」
「うん!まさか第三コーナーから仕掛けて足が持つなんて思わなかったよ!私成長したんだなぁー...ほんとに。」
彼女はそこで初めて、笑顔をなくした。
そして、膝から床に倒れ、控え室のドアに背をもたれ掛けた。
「!?大丈夫か!?」
突然のことに対応できなかった俺はすぐにウララの元に向かった。彼女はうつむき、その表情はわからない。
「大丈夫だよ、トレーナー、ちょっとヘロヘロになっただけ...さっきまで、ずっと座るの我慢してたから、へへへ...」
ほんと、みんな話長くて困っちゃうよぉー
そう彼女は、声を震わせながら続けて、いつもよりも不自然な笑みを俺に見せた。その笑みは引きつっており今にも崩れ出しそうだった。
限界、だったんだろう。
彼女は再びうつむき、少しくたびれた声で、言葉を紡ぐ。
「みんな、褒めてくれたよ、沢山沢山、頑張ったねって、よく走りきったね!って...3着なんて凄いぞ、って...みんな、すごく喜んでくれてた。トレーナーにね、最高の走りだったって言われて、嬉しかった。」
次第に、彼女の声は震えていく。
「わ、私、最高な走り、でき、たんだもん...沢山みんなに褒められたもん...たくさん練習できたもん...だから、私...わた、し、」
全然、悲しくなんてないよ。
そう声に出した彼女は涙でぐちゃぐちゃになった笑顔を、俺に見せた。
「...あれ?や、やだなぁー、なんだろこれ、止まんない、なんなんだろーねー!ほんと!ねー、もうお願い、止まって、私、なんで!」
...悲しいに、決まっているじゃないか。
悔しいに、決まっているじゃないか。
今まで、敗北し続けた彼女が、ここまで頑張って、歯を食いしばって、初めて、1番になるために、意識が切れそうになるまで走り切ったんだ。
「あと、ちょっとだったのに!ほんとに、少しだったのに!なんで!」
ウララと1着のブームアバンクの差は0.2秒、二着のミニーデイジーとは0.1秒差だった。
「...トレーナー、負けるのって、悔しいね」
涙を流し続ける彼女はそれっきり言葉を失った。
まだレースはある。これで終わりじゃない。君は予選を突破することができた。そんな言葉きっと今のこの子には意味がない。勝利を逃すこと。その苦しみを味わってるこの子には、次がどうとかは関係ないのだ。死ぬまで足掻いて、努力して、それでも勝てなかった、今が苦しいんだ。だけど、俺はこの思いを伝えなくてはいけない。
「...あのね、トレーナー、約束したのに、勝てなくて」
「ありがとな、ウララ。」
勝てなくてごめん。そう謝ろうとした彼女の言葉を、俺は遮った。
おそらく彼女は俺の言葉の意味がわからなかったのだろう、キョトンとして首を傾げていた
「...俺に、お前の全力を見せてくれてありがとう。」
俺は床にペタリと座り込んでいる、子猫のような少女の目線に合わせて地面に座り込み、頭を撫でる。
「俺に、勇気を与えてくれてありがとう。」
「努力が、好きって思いが、どれだけの力を持ってるかって言うのを教えてくれてありがとう。」
彼女はもうひとしきり泣いたのか俺の顔を少し潤んだ瞳で見つめている。
俺はその桃色の瞳をじっとみつめて、こう続けた。
「でも、まだ何も掴めてない。」
その言葉は、彼女にどう聞こえたのだろうか。ハッと気付いたかのようにも捉えれるし、傷ついたように見えた、びくりと肩を揺らし、彼女は再び俯いた。それでも、俺は構わずに言葉を続ける。
「お前の想いは、努力は、周りに勇気を与えてくれる。力を与えてくれる。でも、お前自身は...俺達は、まだ何も掴めてないんだよ。」
彼女の走りで、頑張ることの勇気を、走る楽しさを、きっとこのレースで感じた人は多いはずだ。商店街の人々、彼女の母親は勿論、周りの客も、今までの戦績で負け続きだったこの子が3番手にくるなど、予想だにしてなかったはずだ。だからこそ、その走りに感動するものは多いはず。でも、俺と彼女が掴みたいものは、これじゃない。まっすぐに伝えるのは恥ずかしいから、俺は回りくどく伝えることにした。
「だから、ウララ、絶対に出るぞ」
「...でるって、何に?」
「G1、フェブラリーSだよ。」
彼女は何それと首を傾げている。
はぁー、これからかっこいいこと言って慰めようとしてたのに!もう!せっかくいい雰囲気だったのによ!ほんとに!お前ってやつは!
そう悪態を心の中でついたつもりだが思わず口に出てたらしい。彼女はそれまでポカンとしていた表情を一変させ、しんなりと頭に垂らしていた耳を上にピンっと張り、
「はぁ!そんなの知らないもん!だいたい!私が謝ろうとしたらトレーナーが遮ってきたんでしょ!意味わかんない!なんなのそのジーワンフェブラリーエスってやつ!言いにくいし!ジーワンってなに!フェラーリってなに!」
「G1はレースの最高峰だろ!あとフェラーリちゃうわフェブラリーだよ馬鹿やろう!ウマ娘ならこれぐらい知っとけよぼけ!あのな!いいか!これに出るってことは今後のレース常に勝ち続けるぞってことなんだよ!フェブラリーSにでるには資格がいるんだよ!とりあえず色んなレースで勝たなくちゃいけねーの!つまり、あーもう!俺はお前に今後勝ち続けろよって意味で、お前を信じ続けるぞって意味でこのレースに出るぞって言ったの!なのに!お前ってやつわ!」
「だ、だってわかんないもんはしょーがないじゃん!それだったら今後、一緒に勝ち続けよって、私を信じてるよって言ってくれればよかったじゃん!それに!今後とかそういうの別に今いらないもん!」
「う、うっさい!ちょっと恥ずかしかったんだよ!それにな、いつまでもメソメソされてたら困るんだよ!お前は俺と、勝つんだろ!だったらこんな敗北でくよくよすんな!」
「こんな敗北って、」
「ああ!こんな敗北だよ!マジで惜しいなちくしょう!なんだよあの先頭の馬娘、チートだろあんなの馬鹿野郎!」
一度愚痴を言い出した俺の口は止まることを知らず、次から次へと罵声が飛び出る。
これ、他のトレーナーに聞かれてたら
....マジィーなぁー
「そ、そそそぉーだよ!ち、ちーと?だよ!ちーと!よくわかんないけどちーと!」
俺たちはお互い大声でどなりあい、わめき、そして、俺たちは声が枯れるまで笑いあった。笑って笑って、俺も彼女も、溢れてくる涙を誤魔化した。
『まもなく、次のウマ娘のかたが控え室をご利用されるので、まだいらっしゃるウマ娘の方、トレーナー様方は速やかにご帰宅の準備をお願いいたします。』
「帰ろっか。」
「...そだね。」
ウララはレース服の上にジャージを羽織り、荷物を入れたリュックを背負った。俺は商店街の人々の荷物をかかえる。
トレーナー用の車に荷物を乗せ、俺は運転席に、ウララは助手席に乗り、帰りについた。
俺たちはその間何を話すでもなく、ウララはぼーっと、窓の流れる景色を眺めていた。
「ごめんね。」
急にウララがそう呟いた。横目で見ると、どうやら寝てしまっているようだ。それもそうだ。限界まで使っていた体を、アドレナリンで持ち堪えさせていたのだろう。
誰に謝ったのかわからないその寝言を、俺は都合よく受け止めて
「勝たせてやらなくて、ごめん。」
「辛い思いをさせてごめん。」
一度出た言葉は、止まることはなく、
「お前を、泣かせてしまって、ごめん」
彼女の涙を見て、胸が締め付けられた。こんなにも苦しい思いをさせたのかと、ひどく後悔した。彼女を、勝たせてやらなかったこと、彼女に、涙を流させてしまったこと、なによりも、彼女を傷つける選択をしてしまった自分自身への怒りで、悔しさで、後悔で、涙が止まらない。我慢してたものが溢れるかのように流れてくる。だけど、それでも、
「それでも俺は、勝ちたいんだ。」
彼女がそれを望むように。俺も勝ちたい。俺が信じた彼女の力で、掴み取りたい。だから、敗北で彼女を傷つけてしまう苦しさを、悔しさを、痛みを、受け止めなきゃいけない。それがレースに出るということだから。それが、トレーナーとして、彼女と共に戦うと言うことだから。
ハンドルを握る手が震えるのを必死に抑え、泣きじゃくる声を懸命に抑える。
「..必ず。君なら勝てる。」
震える声で、彼女に言い聞かせるように、願うように俺は呟き。アクセルを踏み込んだ。
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その時私はとても眠たくて、だからトレーナーにちゃんと言おうと思ってた言葉を呟いた。ごめんねって、ちゃんと言っとこうと思って。そしたら、トレーナーが謝ってきて、私以上に泣いててびっくりして目が覚めちゃったもん。でも、起きててよかったと思う。
トレーナーはちゃんと口にしてくれた。
「..必ず。君なら勝てる。」
だったら私がすることはくよくよすることじゃない。またウララーな気分で、楽しく走り続けて、そして、必ず勝つところをトレーナーに、みんなに見せることなんだ。
段々と意識が遠のいてきて、少しだけ開けてた目を閉じていく、横目で彼を見ると、子供みたいに泣きながら運転してたから少し可愛くて、おかしかった。そんな光景を愛おしく見つめながら私は、いつもならレースの後すぐに思うことを、薄れていく意識の中、今日この瞬間に感じた。
ーーー走るって楽しいな。
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