最弱と言われた彼女は   作:こたれん

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今回も長めです。


スタートライン

煩わしいほどの熱気が場内を包んでいた。

出走リストにはやはりOPレースで勝ちをとっているウマ娘が何人かいた。その中に、見たくないウマ娘が1人、異色な存在感を出していた。

サクラバクシンオー。

1400以下のレースで未だ負けなし。G3プロキオンSは1400メートルのダートレース。あのスピードに、今のウララでどこまで通用するのか

「怖い。」

体の震えが、止まらなかった。ゲートに入っていく彼女達をみて、運命が、始まってしまうという焦りと恐怖で、どうにかなってしまいそうだった。

俺は、彼女の勝利を信じている。でも、それでも、目を逸らしたくて仕方がなかった。彼女が負ける姿を、もうこれ以上この目で見たくなかった。もうこれ以上、自分の選択を後悔したくなかった。

「...ウララ。」

耐えきれない恐怖から目を逸らそうとしていると、彼女の名前を呼ぶ声がした。

ふと隣を見てみると中年ぐらいの細身の男性がいた。眼鏡をかけており、少し白髪の混じった頭髪のその男性は、何かを訴えるかのようにゲートをまっすぐに見つめていた。

頑張るウマ娘として少しずつ有名になった彼女ではあるが、金がかかるレースで彼女にかける人がいるとは...それから、どこかで見たことがあるような...俺は驚きと不思議なあまり、しばらくその男性を見つめてしまった。そして、

「...なにか?」

俺の目線を怪訝に思ったのか、俺に少しだけ不機嫌そうに聞いてきた。

「あ、いや、ごめんなさい、なんでも...。」

そこで俺は気がついた。ああ、彼はウララのお父さんなんだと。

ウララとの契約の際、彼女の履歴書を受け取った。その時、身元保証人として彼の写真があったことを思い出した。

あの、ハルウララさんの、お父様であられますか?

俺は怪訝そうにこちらをみる男性にそう声をかけようとすると、レースの開幕を知らせる軽快なラッパの音がした。

そこでウララのお父さんらしき男性は目線を俺からゲートの彼女に移した。

俺も今は彼女のレースに集中しようと、再び目の前のダート場に目線を移したのだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ゲートが開くと同時に、わたしは走り出しました。学級委員長であり、クラスの目標であり、そして学園の鏡である私、サクラバクシンオーはこのG3を制してなんとしてでもJPAにでなくてはなりません!そしていずれは有馬記念!そう!なぜなら!私は学級委員長なのですから!

「ばくしぃいいいいん!」

『おおっと!ここまで連勝を続けている4番、サクラバクシンオー、軽快に飛ばしていきます!集団との差は3馬身ほど離れている!他の馬娘達は差し替えせるのか!?解説の細川さん、これはどう見られますか?』

『ちょっとかかり気味な気もしますね。ペースを乱しすぎていないといいのですが』

おそらく私は今絶好調。であれば、多少強引にでも最初からバクシンあるのみ!

スタートと同時に私は逃げを見事に決め、第2コーナーに差し掛かろうとしていた。

やはり、先頭は気持ちがいい!

誰も着いてこない、誰も私に追いつけない、まさにバクシン!バクシン!バクシぃいいいン!

『逃げる!逃げるぞサクラバクシンオー!残り1000メートルを切るというところ!3馬身離れて続くのは、2番スリップストーム、1馬身離れて8番ハルウララ!ここまでまだ勝ちがありませんハルウララ、後続集団から飛び抜けていきます!素晴らしい末脚です!しかし前が詰まっている!ここからの追い上げは厳しいか!』

『彼女には勝ちこそありませんが短距離適正とは思えないほどの末脚があります。うまく前を交わすことさえできれば、ここからの巻き返しに期待できますよ。』

風を切り裂きながら走る私の背中に、ふと、まるで野獣に睨まれたかのような、嫌な感覚がした。

...なんでしょう。これは、本能が拒絶している反応、恐怖、...まさか、誰か来ているというのですか!?この絶好調の私に!いったい、誰が!?

いや、もしこのプレッシャーを彼女が放っているのだとしたら、、まさか、あれだけの敗北からここまできましたか。

自然と、笑みが浮かんでくる。これこそ、レースの醍醐味、予想だにできないミラクル...そして、

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

『おおっと!ハルウララ!残り800メートルで並んだ!スリップストームも懸命に追い縋っていますが届きません!』

私の真横に、桃色の毛をなびかせる彼女が、並んだ。

であれば、引きちぎるのみ!

「バク、しぃいいいん!」

私は残していた足を最後の600メートルの直線で爆発させる。隣に並んだ彼女から、先程のプレッシャーをより濃く感じる。集中力が、あがる。

風が、土煙が、私の走りで切り裂かれていく。間違いなく、過去最高の加速だ。これ以上ない、まさにベスト...だというのに

「っぁぁぁあぁあ!!!」

『ならんでいる!並んでいるぞハルウララ!残り300ほど!誰が抜けるか、横一線、未だ横一線...いや、ハルウララわずかに先頭か!?ハルウララが抜けた!抜けた!』

私の前には、彼女の背中があった。

思わず、美しいと思ってしまった。

フォームは汚いし、ピッチもバラバラ、なのに、加速し続ける、その力強い走りは、私の心を、震わせた。その背中に、何としてでも追いつこうと足により集中した。でも、もうダメだった。どうやら、もう私の足は、限界だったようで、加速しようにも、もうこれ以上速度を上げることができない。...ならば、私にできることはもう一つしかありません。

今の、出せる力全てを使って、彼女に並ぶ!

「バ、ク、シぃいいいいいいいいいん!!」

本当に、あなたは強くなられた。

「...お見事です。」

彼女がレースを終えるその一瞬、自然とそう口をついていた。

『ハルウララ!先頭をキープしたまま今、レースを終えました!まさかのまさかです!連敗続き、最弱のウマ娘と言われた彼女がいま!G3を制しました!なんというどんでん返しでしょう!今年のG3、スプリンターの女王にかがやいたのはハルウララです!』

勝ったというのにまるで敗者のように泣き崩れる彼女のもとに、私は笑顔でかけより、

「おめでとうございます。...本当に、おめでとう。」

そう言葉をかけたのだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

何がなんでも勝ちたかった。

ゲートが開くのと同時に、バクシンオーちゃんは大きく逃げていった。私は中盤のやや後方に押し戻されて、それでもなんとか前に行きたかった。強引に前をこじ開けて、ようやく集団から抜け出した。私の前に、1人、進路を塞ぐ形で抜けてきた子がいた。...邪魔だな。

「....!」

なんだか、この時、私はすごく集中できてたんだと思う。

前の子をかわして、更に加速した。色が、音が、周りからなくなっていく。真っ白な世界に、私はいた。目の前には誰かがいる。抜かなきゃ。抜かなきゃ。抜かなきゃ。...そうしないと..もう、トレーナーとはいれない。

「...そんなのは、嫌だ!」

地面に、蹄鉄を思いっきり沈ませる。終わらせない。終わらせない。終わって、たまるかぁぁぁあ!

「っぁぁぁぁあ!」

口の中が血の味だ。全力で走る時にいつも感じるあの味。視界が、霞んでくる。

多分、私は、強くなれたと思う。

何着かわからない。目の前に誰もいない。どうしてだろう、なんで誰もいないんだろう。色が、音が、次第に戻ってきた。

最初に聞こえてきたのは、凄い歓声だった。耳が割れるんじゃないかっていうぐらいの歓声。

それは、私に向けられていた。電光掲示板を見ると、8という数字があった。私の、番号だ。

「....勝った。」

その実感とともに、熱いものが込み上げてきた。ああ、初めてしった。これが、勝つよろこびなんだ。2着でも3着でもなくて、これが...こんなにも、こんなにも、

「嬉しい、うれじい...うれじぃよぉおおおお!!」

声が震える。まともに喋れない。嗚咽と涙で感情がまとまらない。嬉しい、嬉しい、嬉しい、その感情だけが、確かに込み上げてきて、今溢れ出てくる涙のように止まらなかった。膝に力が入らなくて、思わず崩れ落ちてしまった。もう体のどこにも力が入らなかった。...完全に、出し切っていた。

「おめでとうございます。....本当に、おめでとう。」

バクシンオーちゃんが、私にそう声をかけてくれた。私は、うん、うん、としか返すことができず、しばらくそこで泣き続けた。

口の中に砂が入ったのか、すこしじゃりじゃりするのに気がついた。

トレーナーの所に、行こう。

砂の感食を感じて、ようやく落ち着いてきた私は、そう心の中でつぶやいた。

涙を拭いて、観客席に大きく手を振ってみた。いつも、たとえ何着でもレースの後には必ずしていたこの行為、普段なら拍手や笑顔だけなのに、それなのに、

今日は、ゴールした時よりも大きな歓声と拍手で、私は迎えられた。

そのことが嬉しくて、なんだか、恥ずかしくて。だから...

もっと走ることが、好きになってしまった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

どれだけ叫んだだろう、喉がガサガサだ。

彼女が勝つ瞬間を、俺はどれだけ待ち望んだだろう。信じていただろう。

天才に、勝った瞬間だった。

1%の奇跡を、99%の努力で、掴んだんだ。

すごいぞ、ウララ、お前は、本当に、本当に、強いウマ娘だ。

隣で見ていたウララのお父さんは、嗚咽を漏らしながら涙していた。彼も、きっと胸を打たれているのだろう。彼女の走る姿に。そして俺も

「よく、やったな。」

目頭が熱くなるのを懸命に抑えていた。

これから、彼女に会いにいくのだ、泣き顔なんて、見せれるわけがない。

それでも....この興奮を、感動を抑えることはできなかった。

「ほんとに、、ほんとに、、よっしゃぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」

大声で、叫んだ。

「よし!よし!よし!よし!勝ったぞ!

ウララが!勝ったんだ!ほんとにお前は最高なウマ娘だよ!みたか!みたか!馬鹿にしてたやつら!これが!俺たちの!これがウララの走りだ!」

彼女がどれだけ走っていたのかを、俺が1番知っている。どれだけ苦しんでいたのかを、1番そばでみてきた、G3に出ると決めた時、世間でどれだけ笑われてきたかをしっている。だからこそ、その苦しみを、悔しさを見てきたからこそ、この勝利は、俺にとって掛け替えのないものだった。本当に、嬉しくて仕方がなかった。彼女の努力が、想いが、ようやく届いたのだ、、そして、俺と彼女の約束が、初めて、果たされた瞬間なんだ。俺が見たかった、努力だけで掴んだ、その結晶が見れたんだ、彼女の、全力な走りによって。

「勝ったんだ。」

改めて口にして実感する。ようやく落ち着いてきた俺は、周りの目が自分に集中してしまっていることに気がついた。

「あ、あははは」

そう笑って誤魔化そうとしたとき

「...あなたは、ウララの応援をしてくれてたんですか?」

ふと、ウララのお父さんにそう声をかけられた。

「ええ、一応、俺あの子のトレーナーなんで。」

俺は先程の行為に対しての羞恥心からゴモゴモと少しこもった声でそう答えた。

「!?あなたがトレーナーさんだったのですか!いや、先程は飛んだ失礼をしました!」

俺がトレーナーとわかるや否やお父さんはさっき少し不機嫌な態度をとったことを全力で詫びてきた。

俺はそんな、謝らないでくださいと頭を下げる彼を全力で宥め、そして、

「あなたの娘さんは、とても強いです。」

彼女の頑張りを、努力を、想いを、目が少しまだ赤い、優しい表情をする彼に、伝えた。

話をするたびに、お父さんは嬉しそうにほほえみ、そしてまた涙を流していた。

「トレーナーさんのお話は、あの娘からよく聞いてました。」

自分は大和だと名乗ったあと、彼は、ウララが俺のことを大和さんに毎晩楽しそうに電話や家で伝えていてくれたことを教えてくれた。なんだか俺はそのことが照れ臭くなって、目線を大和さんの足元に落としていた。

「...あの娘に、勝つ喜びを教えてくれて、ありがとうございます。」

しばらくして、大和さんがそう頭を下げてきた。

「あの娘は、小さい時から、走ることが大好きでした。でも、あの子の体に入った、妻の因子が弱かったため、あの娘は、人生で一度も、1着を取れなかったんです。それでも、どんなに下の順位でも、あの娘はずっと笑顔でした。」

大和さんはどこかそう嬉しそうに語っていた。俺は足元に落としていた視線を、大和さんの目にうつした。そのあまりにもまっすぐな目は、彼女そっくりだった。

「そんなこが、トレセン学園に入ると聞いた時、私はひどく反対しました。勝つことが全ての世界で、あの娘が生き残っていけるわけがないと考えたからです。現に、その考えは今も変わっていません。」

少し、大和さんの表情が厳しいものとなった。

「トレセン学園にいって、トゥインクルシリーズにデビューして、頻繁にレース出でて、あの娘は...よく泣いていました。」

その言葉に、俺はどうしようもないほどの申し訳なさと、やり場のない後悔を感じた。

「電話の最中や、レースの映像、あの娘が涙をする姿を見るたびに、私はもう、走らないでくれと、そう本心からおもっていました。走ることで傷つくのであれば、そんなことはもうしないでくれと...でもね、」

そこで言葉を区切り、大和さんは先程までの厳しい表情を緩め、優しい、父親の表情で、俺に微笑んだ。

「あなたと走ることが、あの娘は大好きなんですよ。」

そう語る彼の声音はとても優しくて、俺の心の中に優しく広がった。

「どれだけ泣いても、悔しがっても、あの娘は、あなたの話をする時は、いつも笑顔でした。ほんとに、父親の私が嫉妬するぐらいですよ。」

そう大和さんはいうと、再び俺に頭を下げる

「...改めて、感謝します。あの娘に、走ることを続けさせてくれて...あの娘のことを、頼みます。」

そう続ける大和さんに、俺は

「俺からも、感謝させてください。あの娘の走りを、僕に託してくれてありがとうございます。俺、ずっと見たかったんです。努力だけで掴める景色を、想いが報われる瞬間を、それを、彼女は見せてくれた。まだ始まりにすぎませんけど、それでも、彼女の全力で、俺は見れたんです。」

そういって頭を下げた。まだ始まりにすぎない。それでも、彼女は成し遂げてくれた。天才に、才能に、努力という名の武器で勝つ瞬間を、全力で、掴んでくれた。

トレーナー!お父さーーん!と、遠くの方から、彼女の声が聞こえる。

その声を聞きながら

「それは、あの娘に直接言ってやってください。」

大和さんはそう続けて、ウララに手を小さく振っていた。

「...はい、少し照れくさいですが、。」

そして俺も、彼女にちゃんと、この想いを伝えようと胸に決めて、彼女に大きく手をふり返したのだった。

レースが終わった後のダート場からは、未だ土煙があがっている。彼女たちの死闘がどれだけ激しかったのかを、土煙が語っていた。

風が吹く。少し熱を帯びたその風は、俺の体に、心地良くあたって、消えていった。

頭上に広がる空が、いつもよりも青く、美しく見えた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

3人でレース場で話していると、商店街の人々や、高知からわざわざ応援に駆けつけにきたウララの地元のおばちゃん達など、気づけば凄い人だかりができていた。

俺は、ここにいては無粋だろうと感じて、そっとその輪から抜け出した。

大和さんも人が多いのは苦手なのかそーっとその輪から抜けようとしていたが、八百屋のおじさんに捕まってしまい抜け出せずにいた。

少し気の毒に思い、俺はウララの控室にまたも渡された荷物や手紙やらを運んでいた。

流石に量が多く、その重さに俺は控室まで続く廊下の端の方にあるベンチで少し休むことにした。

..,みんなに、愛されてるんだな。

商店街の人からの人参や果物の詰め合わせ、服屋さんからの服のプレゼント、地元の子供達からの手紙...彼女が、たくさんの人に愛されてることが、とても嬉しくて、自然と笑みが溢れた。

「重そうだな。なんか、もってやろうか?」

そんな思考になっていると、聞き覚えのある、少ししゃがれた声が聞こえた。

「田辺さん、ご無沙汰してます。」

そこには、サクラバクシンオーのトレーナーである田辺さんがいた。

田辺さんは、おう、と軽く応えて、俺の横に座った。

「まずは、おめでとうだ。」

そういうと彼は缶コーヒーを横の自販機で買い、俺に手渡してきた。

俺はありがとうございますとその缶コーヒーを受け取り、一口飲んだ。無糖の苦味が口にほどよく広がり、豆独特の香りが鼻に抜けてくる。

「正直、あの娘のレースは俺はここで終わると思ってた。」

田辺さんはそういうと自分の分の缶コーヒーを飲んで、やっぱりイキってブラックなんて買うんじゃなかったわ、とおどけるように笑った。

「強いよ、ハルウララは。」

田辺さんは、優しい声音でそう呟いた。

「30連敗以上つづけて、普通走り続ける奴なんてそうそういない。ましてや、そんな凡人以下に近いウマ娘が、が血筋が強いウマ娘に勝つなんて奇跡、俺はおとぎばなしでも聞いたことないぜ。」

そうしゃがれ声でつぶやいた田辺さんは、いつものようにゲラゲラと笑った。

「でもな、その奇跡を、お前の相棒は成し遂げたんだよ。...ほんとに、すげーよ。」

そして静かに、少し震える声でそう呟いた。

未だ天井を見つめる彼の表情はわからない。でも、震える声からして、なんとなくの想像はつく。だから俺はあえて彼の顔を見ずに、

「奇跡じゃないです。あいつが掴んだ、実力で掴んだ勝利です。」

俺はそう、笑って返した。

「は、言うようになったな」

そんな俺の返事を否定する事なく、田辺さんは立ち上がり、自販機の横にあるゴミ箱に向かった。

「俺はよ、勝てればいいんだ。」

田辺さんは缶をゴミ箱に乱雑に入れて、俺にそう語った。

「どんな走りをしようが、そいつの私生活がどんだけ荒れてようが、勝てれば文句はねぇ、逆を言っちまえば、勝てないやつはクソだと思ってる。俺たちトレーナーの契約金を貪り尽くすまさに馬の骨だってな。」

淡々と、田辺さんは続けた。

確かに、田辺さんの言う通りだと思う。勝てなければ、この世界で生き残ることはできない。それでも居続けようとすると言うことは、それだけの無駄金を、俺たちトレーナーが出すと言うことだ。

「トレーニング施設を管理する費用、レースに出走するための登録費、メニューに使う器具...ウマ娘を育成するってのは、馬鹿にならなぇーぐらいの金がかかっちまう。」

その通りだ。現に、今まで勝ちがなかった俺の運営はもうカラカラだった。ウララの蹄鉄をかったことで、正直毎日豆腐を食べる生活になっている。

「だからこそ、俺はお前にずっと腹が立ってたんだ。」

再び、田辺さんは隣に座った。

「お前が叶えもできねぇー理想を押し付けることも、それに必死なあの娘にも、イライラしたぜ。なにごっこ遊びしてるんだってな。ここは、お前らみたいな中途半端がいる所じゃねーんだぞってな。....お前達が負けるたびに鼻で笑ってたぐらいだ。ざまぁーねーなってな。」

「...それは、なかなかにひどいっすね」

一切隠すことなく心情を語る彼に、俺は苦笑で返した。

「だろ?俺も自分で以上なぐらい嫌ってたから驚いたぜ、、でもな、今日、あの娘の走りを見て、わかったんだよ。」

そういうと、どこか田辺さんは寂しい表情をして視線を落とした。

「俺は、お前達が羨ましいんだ。」

「...俺たちが、羨ましい?」

何を言っているんだと思った。負け続きの俺たちの、何を羨んでいるのか。田辺さんは、既に三冠ウマ娘とプリンセスダービーの王冠ウマ娘、その他諸々の成績を1番多く出していると言うのに、いったい、俺たちのどこに

「俺が、昔憧れてたことなんだよ。どん底から這い上がって、いつか有馬記念に出るって言う、そう約束した娘がいたんだ。」

懐かしい思い出を語る彼の表情は、自然と優しいものになっていた。

「そいつは、短距離だとまあぼちぼち走れるんだが、何故か長距離のレースに出たがっててな。でも、あいつのスタミナと足の種類、そして因子の都合上、確実に結果はだせなかったんだよ。」

まるで愛おしい人を思い出すように、田辺さんは続けた。

「なんでそんなに長距離にこだわるか聞いたらよ、そいつ、憧れてるウマ娘がいてさ。それがまあ、長距離で敵無し、幼いながら絶対的な存在を放ってたシンボリルドルフに憧れちまったわけよね。」

馬鹿言ってんじゃねーやって思ったよと、彼は続けた。

「後悔したよ、ほんとに、なんで俺の契約担当ウマ娘がこいつなんだってな。選抜レースで声かけてたウマ娘にはその時の実績でみくびられてよ、結果あまりもん拾っちまったわけだが、まあそん時は死ぬほど後悔したわな。なんで結果出してねーんだよって。」

レースに出場してたウマ娘達が、廊下を歩く音が聞こえてきた。

「でもな、そいつの走ってる姿よ、いつも全力だったんだよ。どんなにけつの方走ってても、常に全力、絶対に棄権はしない。練習も絶対にこなす、スッゲー努力する奴だった。」

そんな姿見てたらよ、俺もだんだんそいつの走りが好きになってな。そう田辺さんはおかしそうに語った。

勝ちにこだわってた俺が、昔はこんなんだったんだぜっと、どこか寂しそうに笑った。

「頑張る姿に、全力の姿に、俺は痺れた。そして、いつかこいつなら勝てるって、そう信じて、金削って、やれることは全力でサポートした。結果、そいつの脚はぶっ壊れた。」

その言葉を放ったとき、一瞬だが、彼の表情はすごく恐ろしいものだった。全ての怒りがともったかのような、そんな顔だった。

「きっと勝てる、次は勝てる、そうやって契約延長し続けて、走らせ続けたら、あいつ、レース中に急にぶっ倒れてな。第3コーナー抜けた時に、いっちまったらしい。時速70キロ出てる中で、あんな華奢な体でこけたんだ、お前ならもう、わかるよな。」

俺は、無言で頷いた。時速70を超えるレースで、ウマ娘が足を壊し転倒する...それはつまり、死を意味する。珍しい事ではない。ウマ娘がレースの最中、重症を追うことや死んでしまうことは、この世界の非情な常識だ。だけど、その常識を知っているのと、実際に目の当たりにするのでは訳が違う。ましてや、それが担当ウマ娘だとしたら....

俺は、血の気がなくなるのを感じた。

「その日、いや、今でも、俺はすげー後悔したよ。俺が夢見たせいで、勝てるなんてなんの可能性もないのにいったせいで、起きちゃいけねーことが起きちまったってな。もうトレーナーをやめようかともおもった。でもな、俺が正しい指導をして、確実に勝てる未来をつくることが唯一の贖罪だと思ったんだよ。だから俺は、勝てる奴だけを育てる。勝てない奴は捨てる。そうやって、勝利に追い縋る、醜い生き方を選んだ。...だからこそ、お前達に腹が立った。」

そこで、田辺さんは言葉を区切り黙ってしまった。しかし、しばらくして、震えた声で

「やめてくれ、これ以上足掻くのはやめてくれ、どうせ勝てない、終わる、この娘の未来が終わっちまう。楽しそうにしないでくれ。いつか手放す未来が辛くなっちまう。やめろ、これ以上...俺に..思い出させないでくれ。」

自分勝手な暴論だと、片付けることもできた。でも俺は、震える声で、涙を流しながら語る彼のその言葉を、意思を、そんなふうに捉えることは、できなかった。

「それでも、見せられちまったんだ。」

震える声で、俯いた彼は力なくそう呟いた。

「努力が報われる瞬間を、どん底から這い上がってくる瞬間を...すっげー、綺麗だった。....涙が、止まらなかった。」

彼は顔を上げ、真っ直ぐに俺を見つめる。

「ありがとな、俺に、俺が見たかった景色を見せてくれて。、、あいつの見たかった景色を見せてくれて。」

あまりにも、真っ直ぐな瞳だった。普段の力の抜けた彼からは想像もできないほどの、力強い瞳。

「それは、俺も同じですよ、田辺さん。」

俺は笑顔で続ける。

「あいつにその景色を見せてもらったのは、俺も同じなんです。だから、感謝するならあいつにしてやってください。...それから、これで終わりじゃないです。まだ、スタートに過ぎないんです。あいつは、何度だって奇跡を必然にします。だから、見ててください。」

俺は、ウララを信じる。信じて、託して、そうすれば絶対に、掴みとってくれる。あの娘は、想いを、力に変えることができる。そういうウマ娘なんだ。

「....なら、俺もより厳選していかねーとな!」

そういうと田辺さんはいつものあっけらかんとした表情にもどし、立ち上がった。

「俺は、もうお前みたいな生き方はできない。今の生き方が、別に嫌なわけじゃねーからな。....だから、この生き方で、お前達を全力で否定し続けてやる。」

それはきっと、過去の自分を否定し続けるということなのだろう。夢を見続けて失ってしまった過去を、否定するということなのだろう。前を見つめる彼の背中は、すごく大きく見えた。

「...だったら、ウララが全力で、その壁をぶち壊しますよ。」

俺はそう確信を持った声で、彼に返した。

まぁ、せいぜい頑張れや。

俺の返答に、彼はどこか嬉しそうにそう言い残して、自分のウマ娘の控室へと足を運んでいった。

俺の隣には、ウララに渡されたたくさんの荷物があった。

「結局、1人で運ばないといけねーのね。」

俺はそう呟き、荷物を持った。

やはり、荷物は重たかった。だけど、ほんの少しだけ、軽くなったような気がしたのだ。

「あ、トレーナー!」

声がした。元気な声だ。この声を聞くだけで、なんでもできる気がする。

「おつかれさん」

元気に駆け寄ってくる彼女に、俺はそう声をかけた。

G3プロキオンステークス

1着ハルウララ 1分27

最弱と呼ばれた彼女が、初めて天才に勝った瞬間だ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ありがとな。お疲れ様の次にトレーナーに言われた言葉。私は、何がありがとうなの?と聞くと、それはまだ言えないなの一点張りだったから、ちょっと残念だった。お礼されるんだったら、何にお礼されてるかは知りたいもん。そとは夏が始まるからか、夕方を回ってるのに不思議と明るかった。

レースに初めて勝って、その興奮が収まらなくて、帰りの車の中でも、トレーナーにたくさんお話をした。いつもいっぱい話すけど、今日は特に口が止まらなくて、レースだけじゃなくていろんな話をした。最近ライスちゃんっていう友達ができたことや、キングちゃんがたくさんお世話をしてくれること、お父さんと久しぶりに笑いながら話したこと、たくさんのことをトレーナーに伝えた。

ハンドルを握って運転する彼は、そんな私に優しく笑ってくれたり、驚いてくれたり、なんだか、トレーナーのテンションがいつもよりも高い気がした。

そして、トレセン学園にあと少しで着く時、私は、ああ、この人ともっとずっと一緒に走っていけるんだって、隣にいる彼を見て凄く実感した。実感して安心したら、なんだか涙が止まらなくなって、、そんな私を見て、トレーナーはあたふたしてた。

「トレーナー、ありがとね。」

私は泣きながらトレーナーに言った。いつも勝てなかった私を信じてくれてありがとう。いつも私のためにいろんな練習を考えてくれてありがとう。いつも応援してくれてありがとう。いつもお喋りしてくれてありがとう、いつも、

いろんなありがとうが止まらなくて、私はありがと、ありがとうと泣きながら繰り返した。

その度に彼は、なにが!?なにが、?だからなにが!?と運転しながら疑問を大声で口にしてて、それがとても面白くて...とても愛おしいく感じた。ああ、ずっとそばで私の走りを見ててほしいなって、そう思った。

そんな彼に私は

「えへへー!内緒だもんねー!」

と返して、トレセン学園前についた車から降りた。

そして元気にトレーナーに言うのだ。

「トレーナー、また明日!」

「..ああ、また明日。」

彼は優しく微笑んで、車を発進させていった。また明日、、次に続く言葉。勝ったからこそ、言える言葉。

次も...必ず勝つんだ。

胸の中で、強く誓った。

負けたくない。勝ちたい。もう一度あの景色を見たい。周りのみんなが、泣いて喜んでくれる、そんな景色を、お父さんが叫んでくれるほど喜んでくれた、そんな景色を、、なによりも、トレーナーが喜んでくれるから、だから

私は何度だって、レースで勝つんだ。

もう19時に近い言うのに初夏の空は少し明るさを残していて、とても綺麗だった。

次のレースが、はじまる。




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