最弱と言われた彼女は   作:こたれん

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オリジナルの設定で、エルムステークスをG2レースにしています。


本能

ウララはその後、勝ち負けを繰り返しながらも、着々と成績を伸ばしていた。

G3を見事に制し、続く阪神のダートレース、G3レースを、連勝とはならなかったものの、何度か1着で終わらせてきた彼女に対しての世間の目は徐々に変わっていった。勇気を貰える最弱のウマ娘から、実力のあるウマ娘として評価されだした。

そんな中、ウララは次なるスタップとなるG2のレース、エルムステークスに挑戦する。そして、彼女はそのレースに出走するウマ娘の中で1番人気となっていた。それにより、彼女は今、G2レースの記者達に会見を行っていた。

「連敗から勝利を見事に勝ち取り、今勢いがあるハルウララさん、次なるG2はどのような走りをされる予定ですか?」

「んとねー!トレーナーは最近ね、なんだっけなぁー、あ、そうそう!」

「!?すみません!それは陣営の作戦を公表してしまうことになりますので!」

次のレースの対策をあっさりと話そうとするウララのマイクを俺はすぐに取り上げてなんとか口外を防いだ。

この天然馬鹿娘はほんとに...マイクをウララに返しながら、

俺は心の中で悪態をつく。ウララが素直で優しいウマ娘であることは分かっているのだが、いかんせんこのなんでも話しすぎる癖をどうにかしなくてはならない。この前の記者会見でもまだ内緒にしろと言っていたG1レースへの出走、新規メンバー加入のことをあっさりと口にしてしまっていた。

「トレーナーさんに質問です、先の会見でハルウララさんが仰られた新メンバー

ライスシャワーさんに関してなのですが」

「すいません、本日はウララの会見として来ているので彼女に対しての質問は答えられません。」

記者が新メンバーとして加入したライスに関しての質問を予想通りしてきたため、俺は用意していた返答を即座にした。

「じゃあ私が代わりに教えてあげる!ライスちゃんとはね、1番の仲良しなんだー!」

俺は何を言い出すか分からないウララの口を片手で抑え、

「ライスシャワーに関する質問以外、ウララに関する質問で他になにかある方はいらっしゃいますか?ないのであればここで会見を終わらせていただきます。」

多少強引にでもこの会見を終わらすために若干語尾を強めてそう言った。

「質問よろしいですか」

まだなにかあるのかという多少の苛立ちを俺は飲み込み、どうぞと記者の続きを促す。

「ウララさんが最終目標としてるレースはなんですか?」

その記者はウララにそう質問した。ウララは、なんと答えるのだろう。俺もその質問には興味があった。

「んとねー!有馬記念にでたい!それでね、1番になりたいの!」

一瞬、場内が静まり返った。そして、笑いが起こった。選ばれたウマ娘の頂点を決めるレース、有馬記念。そもそも、出ることすら困難なレースに、ウララが出て1着を取ると言ったのだ。いくら成績を出してると言ってもウララは決してダービーウマ娘のような実力がある訳では無い。笑われるのは、当然だろう。それを知ってか知らずかウララは楽しそうにニコニコしながら続ける。

「初めて有馬記念を見た時にね、みんなすっごいキラキラしてて、とっても羨ましかったの。だからね、私も出てみたい。それから、1番になりたい。そしたら、皆んなたくさん喜んでくれるもん!」

ウララは、何にも臆せずにそう言った。おおーと場内から声が聞こえる。

きっと、この中の誰一人として、ウララが勝つとは考えていないのだろう。未だに笑いが残っている会見場に、ファンへのメッセージを最後にのこし、俺たちは会見を終えた。

会場からでて、ウララとともに長い廊下を歩く。

「...トレーナーはさ、私が有馬記念に出たいって言ったら、どう思う?」

隣を歩く小さな彼女は、そう口をついた。

俺は、少し考えた。有馬記念、三冠ウマ娘や日本ダービーを制したウマ娘、クラシックの覇者、凱旋門を経験した者、異次元の走りを見せる彼女達の出るレースに、やっと一勝を勝ち取って、ようやく成績を伸ばし始めたウマ娘が出る。実力も、経験も、何一つ足りていない。

「まあ、そりゃー笑うよな。」

だから俺は、正直に答えた。

「経験も、実力もないお前が、そもそも出れる確率すら低いのに、そこで勝つって言った時は、正直吹き出しそうになったぜ。」

俺のあまりに正直すぎる感想に、彼女は

「有馬記念って、やっぱり凄いレースなんだ。」

と呟き、1人で気合いを入れていた。

多分、彼女は有馬記念がどんなものなのかを、理解してはいない。でも、理解してたとしてもきっと出たがるのだろう。そして迷わずに1着をとると彼女は言う。何故なら、

「...まあでも、そこでお前がもし、すんげー努力して何とか出場して、1着をつかみとったら、俺はすげー嬉しいよ。」

1着を取って、みんなを笑顔にすることが、この娘にとっては何よりも大切な事だから。

俺の言葉を聞くなりウララはさっきよりも一層顔を輝かせた。

「うん!そっか、トレーナー嬉しいんだ...だったら、私頑張るね!頑張って有馬記念に出て、1番になる!」

そう、いつもの笑顔で、迷いなく彼女は宣言した。

おう、頑張ってくれや、と俺はウララの頭をなでた。ウララは嬉しそうな表情をしてしっぽを揺らしていた。この娘がもし、有馬記念に出れたとしたら、俺はどれだけ喜ぶだろうか、そこに彼女が立っているのを、想像しようとして、やめた。この娘が、自分で出ると宣言したんだ。勝つと宣言したんだ。だったら、信じてやるしか、ないじゃないか。

「まずは、エルムステークスで勝ってG1を目指さないとな。」

俺はそういって止めていた足を再び前に進めだした。

うん!と元気にウララは返事をして、俺後ろを楽しそうにぴょこぴょこついてくる。

俺はその当たり前になった日々に、幸せを感じていた。そして、手離したくないなと、改めて実感したのだった。

 

ライスちゃんをチームに入れたい。

ウララが突然そう言い出したのは3週間ほど前の事だ。ライスシャワー、名前は聞いたことはあるが、詳しい戦績は知らない。ここのところ、ウララのレースで頭がいっぱいなのだ。トウカイテイオーとマックイーンの対決やらダイワスカーレットの桜花賞やら色々レースで波乱が巻き起こったらしいが、正直どうでもよかった。ウララの話によると、彼女はトレーナーとの契約更新が出来なかったため、解雇になったという。

「いや、ダメだな。戦績があるならまだしも、実力がないやつを雇えるほどもう俺には金がねーんだよ。ライスシャワーには悪いけど、ここは諦めてもらうしか」

「い、や、だ!絶対ライスちゃんが一緒がいい!」

俺の言葉を珍しく言葉を上げたウララがさえぎった。嫌だ嫌だという彼女に、なら1度だけ走りを見て決めると応え、ライスシャワーの元に向かった。

走りを見ると言った俺にウララは嬉しそうな表情をして、

「凄いんだよ!ライスちゃんの走り!後からね、ビューンって来るんだ!」

と語っていた。恐らく追い込み型か差しを行うウマ娘なのだろう。俺はトレーナーとの契約が出来なかったウマ娘、もしくは契約期限が切れたウマ娘が練習している第2ターフ場に重い足を動かして向かった。

そこには何人かのウマ娘がいた。しかし、どれがライスシャワーなのか俺は分からなかった。ウララを連れてこようかと思ったが、今はトレーニング中だ。俺はとりあえず観客席に行き、彼女たちの走りを見ていた。

初期のウララほどでは無いが、各々やはり見劣りする走りばかりだ。彼女たちの走りを見ているといかにウララが努力したのか、改めて実感した。俺はやはり断ろうと考えて腰を上げた....けれど、その走りを見て体が、動かなかった。

一瞬の出来事のようだった。

一周3000メートルのターフ場を駆け抜ける、黒い耳としっぽを生やしたそのウマ娘は、併走していたウマ娘達をいとも簡単に抜き去り、1着でゴールしていた。明らかに、レベルが違う。

....もしかして彼女が、

俺はウララの言っている娘が彼女なのかを確かめる為に、観客席を後にした。

すみません、あなたは、ライスシャワーさんですか?

俺は併走練習を終えて休憩をとっていた彼女にそう声をかけた。まさか話しかけられると思っていなかったのか彼女は、ひゃい!、と裏返った声で返事をした。

「突然、声をかけて申し訳ありません、私は」

「...あ、もしかしてウララちゃんのトレーナーさん、ですか?」

俺が名乗りをあげる前に彼女はそう俺に質問してきた。なぜ俺の事を知っているのかを聞くと、どうやらウララといつもいるところをよく見ていたらしい。そして、ウララのレースに必ずいる所などでなんとなくそう考えていたようだ。

「ウララちゃん、凄いですよね!G3プロキオンステークス、私感動してないちゃいましたもん!」

ウララの話をする彼女はとても楽しそうに笑っていた。

「ウララと、仲良くしてくれてるんですね、ありがとうございます。」

俺はそんな彼女に礼を言った。そういえば、ウララの交友関係をあまり知らないなとその時初めて自覚した。

いえいえ!むしろお礼を言うのは私の方ですと彼女は俺にいい、いつも彼女のポジティブな考えに救われていると話した。

ひとしきりお互い話、笑いあった所で俺は本題を切り出すことにした。もうこの時、既に彼女をスカウトすることは決めていた。

「ライスシャワーさん、もし良ければ、俺のチームで走りませんか?」

多少の赤字を覚悟してでも、彼女の走りを手に入れたかった。結果が出ていなくても、十分に潜在能力のある走りを見せた彼女を、放っておくメリットがなかったのだ。...もし仮に結果が出なかったとしても、ウララと同じ様に諦めなければきっと何か起こるはずだ。

「わ、わわわ私を、スカウトですか!?」

予想だにしてなかったのか彼女は大きく動揺し、思わずしりもちを着いていた。

俺は大丈夫ですか?とかがみこみ、彼女の走りを見た時に感じたことを伝えた。痺れる走りだったと、戦力にしたいと、そう真っ直ぐに、率直な感想を伝えた。

「...お気持ちは嬉しいですけど、、私、デビュー戦以来1度も勝ててなくて、この前の新潟ステークスなんて惨敗で、もう、走ることが段々怖くなってきて..ライス、ダメな子なんだって...もう自分のこと、嫌いになりたくなくて...」

彼女はそう語って俯いた。俺は立ち上がって、項垂れているライスシャワーをみて思った。ああ、なんて勿体ないんだと

「ライスが、勿体ない?」

思わず口をついていたらしい。たまに出るこのくせを何とかしようと胸に決めて俺は彼女に伝えた。

「君の走りには素質がある。ただ、適正がまだ見つけれてないだけだと思う。新潟ステークスは短距離だ、でも、さっきの君の追い込み、明らかに伸びる足をしていた、君は本来長距離向けの足をしているんだ。..まあ、ただの俺の予想なんだけどね。」

俺はそう語って1つ伸びをして、彼女の横に座った。

「...それに、負け続けても、努力すれば、必死にあがけば、掴めるものはあるんだよ。」

「掴めるもの?」

ライスシャワーは首を傾げて不思議そうに俺を見た。

「そ、掴めるもの、例えどんだけ笑われても、負け続けても、足掻いて足掻いて、その何かをつかみ出したウマ娘を、俺は知ってる。」

いつも笑顔で、だけど誰よりも努力してたそのウマ娘を、俺は知ってる。不可能なんてないんだってことを教えてくれた、彼女を知ってる。だから、

「だから、ライスシャワーさん、君だってそれを掴めるんだよ。勝利だけじゃない、色んなものが詰まってる何かを、もし、少しでも走る気が向いたら、俺のチームに来てください。」

そう俺は言い残して彼女に一応作っておいた契約書を渡してその場を去った。

その日の夜、彼女は俺と契約をした。

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幼い頃の私は、魔法使いに憧れていた。みんなに幸せを分け与えてあげる、そんな魔法使い。キラキラしてて、とても美しい、そんな魔法使い。だから、幸せがありますように、そんな願いが君の名前にはあるんだよ、とお父さんから聞いたときは本当に嬉しかった。私もなれるんじゃないのかって、そう思った。でも、現実は非道で、何度レースに出ても、練習で追い込んでも、結果がでなかった。デビュー戦で勝てて、凄く嬉しかったのに、勝てなくなって、チームの周りの人は着々と勝ちだして、、私は、1人取り残されていた。

「以下の条件を満たせれなかったため、本日をもってライスシャワーとの契約を取り消す。...今日から、また頑張るんだぞ。」

そして、トレーナーさんにすら、置いていかれてしまった。契約更新の条件を満たせれなかった私は、レースすら、走れなくなってしまった。

「だったら私と走ろうよ!私、ライスちゃんと一緒に走るの、夢だったんだぁー!」

私の中で密かに1番好きな友人、ウララちゃんに契約が切れたことを話すと真っ先にそう彼女はいった。

ウララ〜♪と楽しそうに体を揺らして、楽しみーと言いながら彼女はトレーナーに言ってくるね!といってトレーナー室に行ってしまった。

ウララちゃんには、いつも助けられてばかりだ、私がどんなに落ち込んでも、マイナスな考えになっても、あの子はそれをプラスに変えてくれる。でも、今回ばかりは、言ってもどうせダメなんだとおもう。結果を残せてない私を雇うトレーナーさんなんて、絶対にいない..そう、思ってたのに...

「ライスシャワーさん、もしよかったら、俺のチームで走りませんか?」

私は、ウララちゃんのトレーナーにスカウトされてしまった。嬉しかった。まだ、ライスが必要とされることに、安堵感を覚えた。...でも、それ以上に怖くなってしまった。またレースで負けて、置いていかれて、捨てられてしまうことが。

だから、私はスカウトを断った。

すると、そのトレーナーさんは勿体ないって、そう呟いたあと、私に、走り続ける事で掴めることがきっとあると、話してくれた。その話をしてる時の彼の横顔はとても優しい顔をしていて、何とも言えない自信に溢れていた。

契約書を渡されて、気が向いたらチームで走って欲しいと言い残して、彼はトレーナー室に帰って行った。その日の練習中、教官が出したメニューをこなしながら、ずっと考えていた。走り続けることで、努力し続けることで、掴めるもの、勝利だけじゃない、何か....私は、それが、見てみたかった。

そう思ってからの行動は早くて、

寮に帰って契約書を持った私は、真っ直ぐにウララちゃんのトレーナーさんの元に向かった。

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エルムステークス残り1ヶ月を切っていた。真夏に突入したトレセン学園のトレーナー室には冷房が本来ガンガンに効かされるはずなのだが

「まあ、そりゃそっすよねー」

現在存続してるチームの中で最底辺の結果しか出せていないトレーナーの部屋には当然、冷房が掛けれる権利が与えられなかった。もっとも、最高気温が設定されているものを上回れば行けるらしいが

実力主義の世界も、ここまでくると考えものだな。

そう心の中で毒付き、俺はウララ走りのデータと、ライスシャワーの出走予定のレースの資料をプリントアウトしてトレーニングに励む彼女たちの元へと向かった。

むせ返るような暑さの中、ウララは相も変わらず楽しそうに走っていた。

ダートのコースはターフのコースの内側にも設立されており、ライスシャワーにはターフで、ウララにはダート場で練習を行わせている。

「良し、2人とも来てくれ。」

俺はそんな2人をそれぞれ集め、一人一人に伝えるべきことを伝えた。

まずウララには上り坂の練習をメインにするように伝える。エルムステークスの会場となる札幌競馬場では、ラストの直線、軽い傾斜がついている。しかし、一見なんともないように見えるこの傾斜は、足が限界に近いときとんでもない障壁となるはずだ。そこで、ウララには登坂能力を向上させるメニューを渡した。

「わかった!私、頑張るね!」

この猛暑の中、かなり過酷なメニューを渡したと言うのに彼女は嫌な顔ひとつ見せず、喜んで走り出した。そんな彼女を見ていると、ほんとに走るのが好きなんだと実感する。

そんなウララを見て

「ウララちゃん、凄いなぁー、あんなにきついメニューに文句1つ言わないなんて..」

ライスシャワーがそう口をついていた。

「ほんとに、俺も驚かされますよ、あいつのメンタルの強さには」

俺も彼女の言葉に同意して、軽く笑った。

「どうして、ウララちゃんはあんなに頑張れるんですかね...」

ライスシャワーは羨ましいというような表情で、登坂トレーニングを行う彼女を見ていた。

「あいつは、走るのが好きなのと同じくらい、周りのヤツの笑顔が好きなんですよ。」

だから俺は、ウララが勝ちたい理由を、走る理由を伝えた。自分が頑張れば周りの人が笑ってくれる。だったら、勝ったらもっと喜んでくれる。だから私は頑張れるんだと。

「...それは、とても彼女らしいですね。」

それを聞いた彼女はやさしく...けれど、どこか寂しそうに、笑っていた。

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トレーナーからのメニューはとにかく坂道を走るメニューだった。

「よい、しょ!よい、しょ!」

私はメニューの最後にあったウサギ跳びをしながらダートコースの傾斜を進み続けるメニューをしていた。

「ふぅー!よし、これで、ラストぉぉぉ!」

何とか規定された位置まで飛び続けて、うげ、っと地面に倒れてしまった。土まみれになったから、洗濯物が大変だ。

「はぁ、はぁ、はぁ、なんとか、やりきれたぞ...頑張った...私!」

トレーナーが用意したメニューはどれも足に対しての負荷が以前のものよりも大きくて、一つ一つのメニューをこなすのに精一杯だった。

「ウララちゃん、お疲れ様」

私が暗くなってきた空をぼーっと眺めていると、ライスちゃんの声が聞こえた。

「ええ!ライスちゃん!待っててくれたの?」

一時間ほど前にライスちゃんの練習は終わっていたはずなのに、ライスちゃんはジャージ姿のままだった。

「うん、自主練もできたし、ウララちゃんの頑張ってるところ見てたら、なんだか頑張らなきゃって思えてきて」

「おおー!ライスちゃんもウララのこと見て頑張ってくれるんだ!うーれしいーなー!」

私は、大好きな友達が自分の姿を見て努力する気になってくれたことを素直に喜んだ。

「凄いなぁー、ウララちゃんは。トレーナーさんから聞いたよ。みんなの笑顔のために走ってるんでしょ?みんなを幸せにしたいって...私には、誰かのために走るなんて、できないよ。」

そう言うとライスちゃんは私の隣に膝を抱えて座って、空を見上げた。

私も同じようにして空を見る。東京の真夏の夜空には星が少しだけだけど見えてて、とても綺麗だった。

「ちがうよ、ライスちゃん。」

星を見ながら、私はさっきのライスちゃんの言葉を否定した。

「私が走りたいのは、誰かのためじゃないよ....私が、みんなの笑顔を見たいから走るんだ。商店街のみんな、お父さん、お母さん、みんな、私がレースに出るだけで笑ってくれてたんだ,..でも、勝ったらもっと喜んでくれて。それが、私はとても嬉しいんだ。」

それにね、と私は続ける。

「私、トレーナーとの約束、何回も破っちゃったの。」

そう呟いた私に、ライスちゃんは約束?と首を傾げる。

「...そう、約束。1着になるって言う約束。何度も何度も、負けて、負け続けて、その度に次は勝つよって約束して、トレーナーはそれを信じて待ってくれてて、だけど、その信頼を、私は何回も破っちゃった。」

だからね、と私は立ち上がって、まだ座っているライスちゃんに続ける。

「私は、トレーナーとの約束を果たすために走るんだ。これからたくさん勝って、トレーナーの笑顔をたくさん見たい。...これからもずっと、トレーナーの隣で走ってたい。私を初めて信じてくれたのは、トレーナーだから。」

自然と、笑みがこぼれた。

今日の夜はやけに風が吹く。昼間の暑さが嘘みたいに、夜の風は涼しくて、心地いい。

なんだか、無性に走りたくなってきた。

「...ウララちゃん、一回だけ、並走しない?」

ライスちゃんが、そう私に聞いてきた。

「うん!私も、実は一緒に走りたくなったんだ!」

えへへ〜とお互い笑い合って、スタートの姿勢をとった。

せーの!

お互いの合図で、競い合うわけでもなく、お互いのリズムに合わせて、私たちは2000メートルのダート場を、共に駆け抜けた。

きっと、私はこれからも負けることがあるんだと思う。その度に悔しい思いもする。辛いと思う。だけど、みんながいるから私は走れる。ライスちゃん、だから、違うんだよ。

ー私はね、みんなに支えられてるんだ。ー

横を走るライスちゃんに私はそう心の中で呟いた。

彼女の走りは、きっと私に速度を合わせてくれてるのだろう。それでも、とても美しくて、綺麗だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ふざけるな!!」

俺は、出走リストを見て、思わず声を荒げてしまった。おかしい、本来ならG1レース、あるいはもっと上に挑むはずの実力者のはずだ...なんで、こんなとこにいる..

いや、誰が相手でも、関係ない。

どんな壁だろうが、彼女なら乗り越える。俺はそれをこの目で、確かに見てきた。だからこそ勝てると言い切りたい...でも..

あまりにも、格が違う。

スマートファルコン。...絶対なる不死鳥。

東京大賞、帝王賞、数々のダートレースを制してきた彼女が、なぜ、

適正距離を、変えるつもりか?いや...まさか、ジャパンダートダービーへの布石か

疑問が、混乱が、頭を離れない。本来なら、今回のレースに出走する中でウララが1番人気であると言うことは、彼女が勝てる確率が1番高いと言うことなのだ。でも、この出走リストに彼女の名前がある限り、それはあり得ない.,まさか、

「陣営側が、しくんだか。」

スマートファルコンの所属するチームは、スマートファルコンの一強である。つまり、出走リストに彼女の名前があると、それだけ彼女に対しての対策をとられてしまう。おそらくそれを回避するために、出走リスト登録の本受付ギリギリまで、他のウマ娘の名前で隠していたのだろう。一夜漬けのような練習で、スマートファルコンを抑えるようなことはできない。

そして、彼女が得意としていた中距離を捨てて挑む今回のダートレース、おそらく、距離適正を変える以外の目的があるかもしれない。いや、単なる調整のために走るだけかもしれない...くそ、わからない。今から彼女の逃げ対策をとろうにも確実に間に合わない。他の馬娘が逃げても最後の直線の坂で追いつけると仮定して俺はウララのメニューをくんで強化を図っていた。しかし、逃げのペースのレベルがここまで上がってしまうと、そもそもの作戦を変える必要性があるかもしれない。

どーすれば...

落ち着こうと思い、俺はトレーナー室をでて自販機に向かう。さすがトレセン学園、清潔感がただよう廊下を歩いていると目の前からバクシーンバクシーンという奇妙な歌が聞こえてきた。

「おや、これはこれは、ハルウララさんのトレーナーさんではありませんか!いやはや彼女の走りはここのところ素晴らしいバクシンを見せております!いやー!私もまだまだと実感させられております!彼女のバクシンを見ていると私の中のバクシン魂に火が」

日本語のようで日本語ではない言語を話す彼女の言葉を、俺は途中から一つも聞いてはいなかった。

「あら、トレーナーさん?もしもーし?聞こえていないのですか?バ!ク!シーーン!」

俺は何も言わずにそのまままっすぐ彼女の元に向かい、彼女の両肩を掴んだ。

「ちょわぁあ!?と、とととと、トレーナーさん!?

いっ、いったいどーしたというのですか!?い、いけません!こんな、こんなことを」

「頼む!俺に、逃げの弱点を教えてください!」

「...ほへぇ?」

何やら唐突にオドオドし、間抜けな声を出したサクラバクシンオーに、俺はそう頭を下げたのだった。

 

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「なるほど!それで私に助けを求めてきたわけですね!任せてください!なんといっても学級委員長ですから!」

サクラバクシンオーは、そういうと胸を張り、えっへんと威張るようなポーズを取ってでは早速トレーニングの格好をしてきますといい着替えに行った。

さてそんなこんなで今に至るわけだが

「うーん、ダメです!私別にされて嫌なことありません!」

小一時間ほど2人で悩んだり、他のウマ娘に俺が考えたプレッシャーをかける作戦などを行ってもらってみたが、まるで意味をなさなかった。

「はぁー、まあやっぱりそーだよな。」

差しや追い込みをするウマ娘であれば、コースを塞ぐなりマークするなりして対策は取れる。けれど、逃げという作戦には明確な対処方がないのだ。

「んー、すみません、お力になれず」

とほほといった感じでサクラバクシンオーは肩を落として俺に謝罪してきた。

「私も何か案を出せればいいのですが...スマートファルコンさんの実力は相当なものですし..」

途中から練習に参加してくれたキングヘイローも、申し訳なさそうに項垂れている。

いや、こちらこそ手伝ってもらってごめんなさいと俺も謝罪して、本格的にどうすれば勝てるかを考えていたところ...

「うーららー♪あ!トレーナー!キングちゃん達も!なになに、今日は一緒に練習の日なの?」

赤点補修から帰ってきたウララが楽しそうにこっちに駆け寄ってきた。

「ああ、今日は急遽サクラバクシンオーさんとキングヘイローさんに手伝ってもらうことにしたんだ。」

俺は、まだ彼女にスマートファルコンが出走することを伝えてはいない。変に今刺激を与えて、練習の調子が狂う危険性を回避するためだ。

「あ!そうそう!聞いてトレーナー!今度のレースにね、ファルコンちゃんも出るんだって!」

だが、俺の秘密は何も意味をなしてなかった。

ぶほぉ!?と飲んでいた水を盛大に吐き出した俺は知ってたのか!?と大声でウララに振り返った。

「うん!私はウマドルとしてあなたに勝ちます!って宣戦布告っていうんだけ?それをねー、されちゃったの!」

そういうとウララは楽しそうにウララーと歌を歌いながらストレッチをしていた。

ウマドルが何を差しているのかは意味がわからないが、とにかく、彼女がこの現状を知っていて取り乱していないのは一つ幸運なことだ。

「...さすがだな、ウララ、スマートファルコンが相手でもビビらずにいられるお前は、強いよ。」

俺は芝の上でストレッチをしているウララの隣に座り、そう声をかけた。

「ビビるー?なんでー?私、ファルコンちゃんと一緒に走れるなんて、ワクワクが止まらないよ!だって初めて一緒に走るんだもん!」

そういうとウララはまた鼻歌を歌いながらストレッチを続けた。まあ、ウララはそうだよなと思う。こいつは、誰かとは走ることを喜ぶことはあっても嫌がることはしない。

ほんとに、純粋なやつだ。

ウララは、よし、準備完了!と口にして今日はどうすればいい?と俺に聞いてきた。

俺は、ペースアップにより後続が離されてしまう展開を予想した。その際、OPレースの時のように、ウララはいつものタイミングより早めに仕掛けなければならない。ウララの脚質を完璧な差し足にするためにメニューを変えてきた。それでも、彼女の加速には多少強引にでも早めに仕掛けないと追いつかない可能性が高い。残り二週間しかない中で、何ができるか

考えた答えが、これだ。

「いいか!サクラバクシンオーさんがでてから二秒後にウララは走り出せ!後半でどれだけ前に追いつけるかがきもだ!離された展開を予想して仕掛けるタイミングをつかめ!」

ほんとうは、スタミナ強化などをして確実に逃げのペースを潰す展開を作りたいのだが、残り二週間しかないなかで、そんな時間はない。

そこで思いついたのが、あえてウララを遅らせてスタートさせることで、前に追いつく闘争心と気力、そして離れている時に1番彼女が先頭に近ずくことができるタイミングを体に染み込ませるというものだ。並走にはライスシャワー、キングヘイローに付き合ってもらい、彼女が出ようとするタイミングで軽くポジションをコースに入れてウララをブロックしてもらう。そのブロックをうまく交わしてどれだけ前にいけるかが、おそらく今回彼女が勝てるかどうかの肝となるはずだ。

サクラバクシンオーにスタートの合図を送り、続いて残りの3人を同時にスタートさせる。前との間隔は想定通り1馬身から2馬身ほど離れていて、ここからどれだけ前に貼り付けるかがポイントだ。 

スプリンターズSを狙っているだけあり、サクラバクシンオーの逃げはG3の時よりも遥かに磨きがかかっていた。2秒のアドバンテージはかなり大きい。

「凄い逃げだな。」

思わず、口に出てしまった。第二コーナーを抜けるまで差が埋まることはなく、お互いに牽制しあって後続の3人も出て行かない。

ウララは前に行こうとするがキングヘイローがいい位置でそのコースをよんで防いでいる。極端にコースを潰すことはルール上禁止されてはいるが、ある程度の間隔があって危険性を伴わない場合は防いでも失格になることはない。レースのレベルがあがり、自分のスピードと同じような連中がいる中であれば当然起こりうることだ。さらに後ろでライスシャワーがウララをマークしているから、仮に飛び出してもすぐに差し返される可能性が高い。

「...さあ、どーする。」

第二コーナーから第三コーナーまでの左カーブでキングヘイローが仕掛けた。それを見逃さずにライスシャワーも飛び出す。

「...なんで、行かないんだ?」

でも、ウララは飛び出さない。後方にいる。

...まさか、あいつ、あえて飛び出してないのか?

ラストの直線、緩い坂道に入った。サクラバクシンオーがわずかにリードし、その右後ろにキングヘイローがいる。距離の適正が合わないためかライスシャワーはキングヘイローよりも後方にいる。そして、

「ははは、嘘だろおい!」

思わず、笑いが出てしまった。ウララは、直線に入る前の第四コーナーから一気に加速した。そしてライスシャワーを抜き去り、先頭に並んだのだ。

その登坂能力は最後まで衰えず、サクラバクシンオー、キングヘイローとハルウララのほぼ同着、ライスシャワーという順でもがレースは終わった。

「...明らかに、足の質がかわってる。」

ウララの足は、確実に伸びる脚質になっていた。目下の目標として考慮していたが、ここまでのものになっていたとは、そしてそれを自分で自覚して、実行した。

死ぬほど練習してるからこそ、気が付いたのだろう。自分の進化に、彼女の本能が。

鳥肌が立つ。

俺は興奮が冷めぬうちに、ウララたちの元に駆け寄った。

 

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半分くらいコースを走っているのに、やけに足が軽かった。キングちゃんとライスちゃんが仕掛けでだんだん前に行ってるけど、あれくらいの速度なら多分いけるなって、根拠はないのにそう思った。残りの直線、もっとスピードを上げれる気がしたから思いっきってピッチをあげた。足が動く。軽い。今までみたいに顎も上がらない。なんでだろう、ライスちゃんを抜く、キングちゃんに追いつく、

...なんで私、あんな後ろから追いつけたんだろう。

レースが終わってからしばらく、不思議な感覚に襲われてた。

「ウララさん...貴方、また実力をつけましたのね」

キングちゃんがそう、少しだけ怖い雰囲気で言った。でもすぐその後に、まあ私の方が今日も早かったんですけどね、といって、おーほっほほといつものように笑っていた。

「うむむ、私も二秒先に出ていなければ完璧に抑えられていたかもしれません...ふふふ、燃えます、燃えますよウララさん!」

さくらちゃんは凄くやる気に満ち溢れた様子で私に言ってきた。

「うん、ライスも、今日のウララちゃん、凄いと思う。ほんとに、一瞬だった。」

ライスちゃんはそう悔しそうに、でも嬉しそうに私に言ってくれた。

なんだろう。みんなの言葉に何か返事をしたいのに、さっきの感覚が、体を離れない。

今までは、勝ちたいとか、負けたくないとか、そんな感情だけで体を動かしてた。でも、さっきのは違う、そんなのじゃなくてもっと、自然と出てきたというか...

「ウララ!ウララ!」

ボートしてるとトレーナーの声で、私はようやく言葉を発した。

「え!?あ!ごめん!ちょっと考えごとしてて...」

「ウ、ウララさんが考え事ですって!?」

「ウララちゃんが考え事!?」

「ウララさんが考え事!?」

そんな私にトレーナー以外の3人はとても驚いた様子を見せた。...なんでだろ?

「ウララ、お前さっき、どうしてキングさん達の差しにすぐについていかなかったんだ?」

トレーナーはそう私に、とても真剣な目で聞いてきた。

私は、その質問にどう答えていいかわからなかった、だから、

「うまく言えないんだけど、なんとなく、私の体が、そーするべきなんだって、動こうとしなかったの。」

こう答えることしか出来なかった。きっとキングちゃんみたいに頭のいい子だったらうまく言葉にできるんだと思う。私は、うまくトレーナーに伝えることができなくて申し訳なくなってきた。でも、私の言葉を聞いてトレーナーは満足そうに

「そうか!そうか!」

と言って、嬉しそうに笑っていた。

なんでトレーナーがあんなに嬉しそうなのか、よくわからなかったけど、トレーナーが喜んでると私も嬉しくなる。

「なんとなく...ですか。」

キングちゃんがそう小さくつぶやいて、私の目を見て

「....いずれ、ダートレースに私も出ることになります。...ウララさん、貴女の走り、完璧に潰した見せますわ。」

そう、私に言葉を放ち、トレーナーの元に戻りますと、キングちゃんのトレーナーさんのもとに戻ってしまった。

「あ、待ってください!キングさーん」

とバクシンオーちゃんもキングちゃんの後を追って行ってしまった。

「...練習に付き合ってもらったお礼、言いそびれたな。」

トレーナーが彼女たちの背中を見つめて、そう呟いた。ようやく日差しが隠れ出して、走りやすい気温になってきた。

だというのに、私の体はまだ、不思議なあの感覚でほてったまんまだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺は、あのレースの後、ウララには引き続きいつものメニューを指示したのに加え、自分で好きなように走って規定のタイム以内で走るように指示した。

ライスには、皐月賞選考レースに出走するため、ペース走を行うように指示をだし、彼女たちの練習を見守っていた。

人間にも言えることではあるが、反復練習をすることで感覚で動くことが可能になる。ウララは今まで、前が動いたから、このタイミングで仕掛けないといけないから、そう決まったことを考え、勝ちたい、負けたくない、そういう感情に足を任せて走ってきたんだと思う。それは、決して間違っていることではない。むしろ、本来はウマ娘のレースとはそうあるべきだ。思考できるものが勝てると言われるほどに、レースでの読み合いは高度なものだ。しかし..そこに、本能が加わればどうだろう、感覚で動くことができ、それが思考によるものではなく、本能でうみだした反応であるのなら、それはある意味、考えるよりも正しい判断であると言える。

ウララは、それを手にした。きっかけはわからない。でも、度重なるレースと練習と、何度も経験した敗北が、きっと彼女に彼女の走りを教えたのだ。

「トレーナー!自己ベスト更新した!」

少し離れたところにある俺に、ウララはそう嬉しそうに手を振ってきた。

俺はそんなウララを見ながら、確信した。

平凡以下のウマ娘だった彼女が、今、確実に天才の域に確実に近づいている。

まだ遠いその背中を、いつか掴む日まで。

不安は、まだある、でも、可能性が見えた今、彼女はきっと見せてくれる。ここで勝てば、G1レースに向けて、大きな一歩になる。

運命の日まで、残り一週間となった。




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