思っていた以上にあっさりとPサンから許可が貰えた自分たちは、早速動画撮影の為に事務所内の撮影スタジオに来ていた。今のタイミングはたまたま空いていたみたいなので、ラッキーだ。
休憩中だった撮影スタッフの人に声を掛けて、簡単に機材の操作方法を教えてもらう。イヤな顔をされるかなと思ったけど、全然そんなことなかった。むしろ嬉しそうにあれやこれやと教えてくれたので、この仕事がほんとに好きなんだなと思う。
その間に、あかりチャンには歌詞を書き出してもらう。部屋で何度か鼻唄は聞いてるけど、実は長かったとか、歌詞にNGワードがあるとか、そんなのがあったらどうするか考えなくちゃいけない。…無いとは思うけど。
「ありがとうございます、多分わかりました」
「おっけーおっけー、また分からないことがあったら休憩室の方に声かけて。誰かはいると思うし。あ、使い終わった時も声かけてね」
「了解デス」
スタッフサンはそう言うと、休憩室の方へと戻っていった。機材のことを教えている間ずっと楽しそうに話していたので、本当にこの仕事が好きなんだろうと思う。
自分でいうところの、たまに入るファッション雑誌の撮影みたいなものかな、と思いながら、ペンを片手にりあむサンとおしゃべりしているあかりチャンに声をかけた。
「あかりチャン、どう?歌詞の書き出し、終わった?」
「あ、あきらちゃん!こっちは終わったんご!あきらちゃんも、機材の操作は大丈夫?」
「多分大丈夫。簡単な操作しか教えてもらってないし、また聞きに行ってもいいってスタッフサンからも言ってもらえたし」
「じゃあもう始められるってこと?やば、ぼくもう今から緊張してきたよ…ゲロ吐きそう」
「りあむサン別に顔は映らないじゃないデスか。地下アイドルの追っかけしてるんデスし、カメラの操作くらいできると思ってたんデスけど」
「地下アイドルだって基本的には撮影禁止だよ。それに、その瞬間の輝きが一番尊いものじゃん。後で録画した動画見てもその感動はもう違う感動なんだ」
「おぉ…りあむさんがなんかかっこいいこと言ってる」
「でしょ!?あかりちゃん、もっと僕のこと褒めて!よ!」
「そんなものデスかね…?」
喋りながら、あかりチャンの書いてくれた歌詞を見る。パッと見はかなり短いし、特に変な言葉もなさそう………ん?
「あかりチャン、最後のコレは?」
「あ、りんごろうさんの紹介?元々はなかったんだけど、さっき喋ってる時に入れといた方がいいって話になってたから入れてみたんご!メロディーは多分前の繰り返しでいけるはずだし」
「へぇ…いいんじゃない?」
「出た!あきらちゃんのあかりちゃんに対するゲロ甘全肯定!あかりちゃんのこと甘やかしすぎじゃない?もっとぼくも甘やかして!よ!」
「#無理」
「ばっさり!」
りあむサンが何か寝言を言ってるけど、寝言なので切り捨てる。別に、自分はそんなにあかりチャンを甘やかしている訳ではない。ただ、あかりチャンから感じるあかりチャンらしさを大事にしているだけだ。…まぁ、確かにりあむサンよりは対応が甘いかもしれないけど。
とにかく、こういう時のりあむサンには何か仕事を与えるのが一番だ。自分は、部屋の隅に鎮座しているソレを指さした。
「ほらりあむサン、うだうだ言ってないで早いとこりんごろうサン着ちゃってください。りあむサンがソレ着ないと撮れないんで」
「うえぇ…ほんとにぼくがこれ着るの?あきらちゃんが着なよぉ」
「自分がソレ着たら誰が機材触るんデスか。りあむサンやってくれます?」
「あ、無理。変な操作して壊す未来しか見えん。ぴえん」
「…?りあむさん、ぴえんってなんですか?」
「あかりちゃんが変なとこに食いついた!てゆーかまだこの子ぴえん知らなかったのか!」
「あかりチャン、ぴえんっていうのは悲しい時に使う言葉だよ。この絵文字とセットで使われることが多いかな。場合によっては、この絵文字の事をぴえんっていうこともあるよ」
「へぇー、そうなんだ!あ、この絵文字可愛い」
スマホの画面にぴえんの絵文字を表示させてあかりチャンに渡す。あかりチャンは、頭の双葉をぴょこぴょこさせながらその絵文字を見つめた。
「はぁ…あかりんご、今どきぴえん知らないって純すぎる。スマホ触ってたら2秒に1回は見るレベルなのに」
「いや見過ぎでしょ。普段どんな使い方してるんデス?」
呆れ混じりにりあむサンの方を見る。と、ふと入り口の扉が少し開き、誰かが顔を覗かせていることに気がついた。
「あ、ほたるちゃん!」
自分の視線に気づいたあかりチャンが、その人に声をかけた。その人は、事務所の先輩アイドル、白菊ほたるサンだった。
「あ…す、すみません。通りがかりに楽しそうな声が聞こえたので、少し気になってしまって…お邪魔でしたよね?」
「全然そんなことないよ!そうだ、せっかくだし見ていって欲しいんご!さ、入って入って!」
「え?あ…い、いいんですか?それじゃあ、失礼します」
ほたるサンは、あかりチャンの声に励まされたようにおずおずと部屋へ入ってくる。#流石のコミュ力 #真似できない
「おぉ…生ほたるちゃんだ。初めて見たよ。なんかめっちゃ消えそうな雰囲気あるよね」
「#言い方 #失礼 #せめて儚げとか」
「あぅ…そ、その…すみません」
「いや、謝らなくていいんデスよ。悪いのはこのピンク頭なんで」
「ごめんねほたるちゃん、ぼく思ったことがすぐ口から出ちゃう病気にかかってるから」
「えぇ!?だ、大丈夫なんですか…?」
「#大丈夫じゃない #不治の病 #馬鹿は死んでも治らない」
「え?りあむさん、何か病気なんですか?だったら、山形りんごを食べるといいんご!りんごが赤くなると医者が青くなるって言葉もあるくらい、りんごは栄養たっぷりなんですよ?」
「あかりんご、優しい…!あきらちゃんの鋭いツッコミに傷ついた僕の心もたちまち治っていくよ…」
あかりチャンが、どこかから取り出したりんごをりあむサンに差し出した。りあむサンは普通に受け取ってるけど、アレ今何処から出したんだろ…?
「そういえば、ここで何をされてたんですか?なんだかおっきい着ぐるみもありますけど…」
「あ、そうそう!これから、私のPR動画みたいなのを撮ろうとしてたんご!」
「PR、ですか。いいですね、そういうの」
「だよね!2人が考えてくれたんだぁ。よかったら、感想とか言って欲しいな!」
「私なんかでよければ、よろしくお願いします」
「そうと決まれば、早速やっちゃおう!りあむさん、りんごろうさんをお願いします。あきらちゃん、機材の準備お願い」
「ん、オッケー」
「うえぇ…結局僕が着なきゃなのか…めっちゃやむ」
ほたるサンとの会話でスイッチが入ったのか、あかりチャンがテキパキと指示しだした。自分も、用意してある機材をセッティングしていく。といっても、ある程度ポジションとかの設定はしてもらってるので、電源を入れたりするくらいだ。
りあむサンの方を見ると、あかりチャンに着ぐるみのファスナーを閉めてもらっている。
「…よし、りんごろうさんの準備もおっけーんご!じゃありあむさん、ここで適当に揺れといてください!」
『あぁ、うん、わかった。てゆーかこれ、視界悪いし結構重い!何これ罰ゲーム?』
「頑張ってください。じゃああかりチャン、一回試し撮りしとこうか。その後本番って感じで」
「うん!あきらちゃん、よろしく!」
あかりチャンは制服姿のままで所定位置に立った。本番ではりんごをモチーフにした服を着てもらうつもりだけど、今はこれで大丈夫だろう。
「じゃあ、試し撮りいくよ。5、4、3、…」
プロっぽく、2と1は指だけで表し、カメラの録画をスタートさせる。あかりチャンは、打ち合わせ通りにアカペラでオリジナルソングを歌い出した。
りんごろうの紹介が終わったところで、録画をストップさせる。
「ん、オッケー。一回どんな風に撮れたか確認しよっか」
「はーい!ほらりあむさん、行きますよ!」
『ちょっと待って、これ視界ほんと狭いから足元見にくいんだよぅ!』
あかりチャンがりあむサン(inりんごろう)の手を引いてこっちまで連れてくる。ほたるサンも、カメラの画面の見える位置まで寄ってきた。
「可愛らしい歌でしたね。あかりさんが考えたんですか?」
「そう…なんだけど、改めて意識すると恥ずかしいんご。…あはっ」
あかりチャンがテレテレと頬を赤らめている。そうして顔を赤くしていると、頭の双葉も相まって本当にりんごみたいだ。
『はぁ…あかりんごてぇてぇ…。可愛い子の照れ顔とかほんと需要しかない…ずっとこの空気だけを吸って生きていたい』
「ソレ着たまま近くに来るのやめてくれません?ちょっと不気味デス」
『ぼくだって脱ぎたいけど、これ1人じゃ脱げないんだよぉ!』
「あーハイハイ。ちょっとじっとしててくださいね」
りあむサンがうるさいので、りんごろうのファスナーを下ろしてあげた。…やはり、一人で着脱できないコレは欠陥品だと思う。
『てゆーかこの着ぐるみ暑くない?暖房効いてる部屋でこれに入って動いてるの汗かくレベルなんだけど…あ、あきらちゃんありがとー。ふはー!めっちゃ涼しい!いつの間に冷房にしたの?」
「大げさデス。ほら、流しますよ」
着ぐるみの中から汗だくのりあむサンが出てくるのを見ながら、自分は動画を再生した。
画面の中であかりチャンとりんごろうが踊っているのを、あかりチャンは興味深そうに見ていた。
「おぉー!あきらちゃんからは、こんな風に見えてたんだ!自分をこんな風に見ることってあんまりないから、なんか…新鮮っ!」
「だよね。雑誌の撮影とかでも、撮られてる時と撮られた写真を見るのとで、感じ方変わるし」
「あきらちゃんもそうなんだ!」
「改めて見ると、ぼくほとんど揺れてるだけだな。こんなので大丈夫?もっと面白いことした方がよくない?」
「こ、このままで素敵だと思いますよ?あかりさんもとっても楽しそうに踊ってます。…この動画は、これで完成なんですか?」
「いや、一応今のは試し撮りデス。本番では、りんご農園を背景にあかりチャンに踊ってもらうつもり」
「うちの実家の写真を使えば、実家の宣伝と山形りんごの宣伝、両方兼ねられるかなーって思って」
あかりチャンの説明に、なるほどと頷くほたるサン。今のうちに、本番が撮れるように背景の準備をしておく。…あれ?
「あれ、どしたのあきらちゃん。ステージの背景、全部真っ青になっちゃったけど」
「いや、読み込んでたはずの背景に変わらなくて」
おかしい。他の背景画像にならないかと設定を変えようとしてみても、そもそもの操作を受け付けなくなってしまった。
「んー?おかしいな、教わった通りだとこのボタンを押したら変わるはずなんだけど…」
「あ…その、私のせいかもしれません。私がここに来てしまったから、そうなってしまったのかも…すみません」
「ほたるちゃんのせいじゃないよ!ほたるちゃんが機械に触ってないの、私見てたんご!」
「そういうものなんです。邪魔してしまってごめんなさい…私、帰りますね。私が離れたらもしかしたら直るかもしれません」
ほたるサンはそう言って、部屋から出て行こうとする。あかりチャンが引き止めようとしてるけど、正直効果はなさそうだ。自分も、ほたるサンが寂しそうな顔で離れようとするのは、気分がサガる。けど、ほたるサンの体質を詳しく知らない以上、そう言われるとそういうものなのかと思ってしまう。スタッフサンを呼べば直るかもだけど、それでも直らないかもしれない。そう思うと、自分も呼び止めることを躊躇ってしまった。
「…こ、このまま撮ろう!よ!」
そこに、りあむサンが待ったをかけた。
「りあむさん…?私に気をつかってもらわなくても大丈夫ですよ。慣れてるので…」
「いやさ、ほら、そりゃりんご農園の背景で撮るつもりだったから残念だけどさ、青い背景も味があっていいかもだし?いやむしろ、青い背景の方がいいかもだし!」
「慰めるの下手クソデスか」
「りあむさんはうちの背景より、こっちの方がいいんですか…?」
「違うよあかりちゃん!いや、そうなんだけどそうじゃなくて」
りあむサンがあかりチャンにとっちらかった言い訳をしている。あれは、自分でも何を言ってるのかよくわからなくなってるやつだと思う。
それにしても、この青い背景を使う発想は正直自分には無かった。青い背景…バックが青の状態で踊るあかりチャン…
「…アリかもデス。これ、このまま撮りましょうか」
元々の予定とはズレるけど、これはこれでアリかもだ。
*機材は、後でスタッフさんに報告して無事直りました