渡し船の上の恋   作:キングコングマン

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 こんにちはキングコングマンです。カクヨムで連載を始めたものを、ここにも投稿しようと思いました。読んで頂ければ幸いです。
 広島弁が拙いところもあるかも知れませんが、暖かく見守っていただけると幸いです。
 批評、感想、気軽にくれると嬉しいです。


 瀬戸内の渡し船

 

 僕こと、大野 蓮(おおの れん)は島の人間だ。

 

 時期は6月。広島県は瀬戸内海。呉市の南の方に倉橋島という島がある。

 何もかもが瀬戸内海の穏やかな気候に絆された様なこの島には、まるでタイムスリップをしたかの様な古い建物が並んでいる。

 その建物達は潮風にやられたのか、トタンの壁がひどく錆び付いており、それが海沿い通りに沿ってズラッと並んでいるので、何処か退廃的な感情も湧いてくる。

 海の方を見やると、波はいつも穏やかで、遠くには名前が曖昧な島々が海上に幾つも点在している。

 

 瀬戸内海特有の景色だ。

 

 気候は夏でも冬でも比較的穏やかで、遠目には貨物船や旅客船、漁船などが、その名前も知らない島々へと進んでいるのが見える。

 

 そんな景色は油断をしていると、2時間も3時間も勝手に時間が過ぎる。

 

 

 何もかもがゆったりと流れる時間。潮の香りと、静かな波の音と、代わり映えしない景色。

 

 そんな島に、僕は住んでいる。

 

 

 

 「おじさん!!遅刻しそうじゃ!!はよお出してくれ!!」

 

 そんな島に住む僕だが、今現在、かなり焦っている。理由は単純で、高校の授業に遅刻しそうだからだ。

 僕は島から本土の呉の市街地にある高校に通っている。

  島といっても本土から離れている訳ではなく、島と本土を繋ぐ"音戸大橋"と言う橋を掛けられるほどには近い。

 本土へと渡るには、この音戸大橋を渡るか、渡し船を使うかの2択になり、僕は渡し船を毎日利用している。

 小型のエンジンを積んだ、数人乗れる程度の、小さな船だ。

 わざわざ船を利用するより橋を使えば良いのでは無いかと思うかもしれないが、この島側の音戸町と本土側の警固屋町は海峡が100メートル程の幅しかない。橋の方は歩道が設置されておらず、不便かつ危険なので、徒歩や自転車などで本土に用がある人は、この小さな古い渡し船を使うことが多いのだ。

 「あー、もー!!遅刻するって!!!」

 意味もなく自分の自転車のベルを鳴らして、早く渡し船を出してくれと、船頭さんを煽る。

 「他の船が通っとろうが、まだ出せんわ」

 しかし一蹴された。もう乗船して後は出発するだけなのだが、中々出してくれない。これが僕が遅刻しそうな理由だ。

 

 問題はここの地形にある。

 

 "音戸の瀬戸"と言われるここは、100メートル幅のこの狭い海峡に、呉や、広島市内などの内湾へと向かう大型船がひっきりなしに通るのだ。

 それを横切る様に通るこの渡し船は、タイミングが悪いとかなり待たされる。

 

 正に今の僕の様な状況だ。

 

 「おーし、出発するでー」

 

 「おっそいよ!!!」

 

 船に乗ってから5分くらい経っただろうか?のんびりとした声でそう言って、船頭さんは舵を取って船を出す。

 安っぽいエンジン音と共に、それはゆっくりと動き出した。

 赤く塗られた、本土と島に掛かる音戸大橋を右手に見ながら、船はトコトコと、ゆっくりゆっくりと、波を掻き分けながら進む。

 

 乗船時間、およそ3分。自転車を乗せた料金、片道150円。

 

 毎日使うこの小さな渡し船で、僕の恋が始まろうとしていた。

 

 

 

 

  

 「……遅刻じゃった?」

 

 「いいや、ギリギリ許してもろうた」

 

 朝のHRが終わり、学校の教室で机に項垂れながら友人にそう返す。

 この友人の名前は芳賀 康介(はが こうすけ)。短髪で少し日に焼けた肌が特徴的な、僕の友人。野球部であり、そのせいもあるのか、声が大きめだ。

 「まあ、お前が遅刻なんざ珍しいけえのう。大内先生も今回は多めに見てくれたんじゃろうな」

 時間的にはアウトだったのだが、日頃担任の機嫌を損ねない様にしていた努力が実ったのだろう。今回は見逃してもらえた。

 「ほうかのぅ……あー、もう、ぶち疲れたわ」

 そう言って僕はため息をつく。6月という衣替えの季節も相まって、少々汗をかいた。これから夕方まで授業を受けると思うと、急に気が滅入ってしまう。

 僕は顔を机に押し付ける様にして脱力した。

 「なんじゃ、転校生が来るっちゅうに随分と呑気なもんじゃのう」

 康介にそんなことを言われて僕はゆっくりと顔を上げる。

 「ほういや今日じゃったのう、来るの。」

 そうだ。6月の初日、今日は転校生が来る日だと、最近はクラス中で話題となっていた。なんでも5年振りの転校生らしい。広島市内からの転校生だろうか?

 「ほいで?女?男?」

 僕がそう聞くと、康介はニンマリとした笑顔になる。

 「女じゃ。しかも県外、東京から来よったっちゅう話よ」

 それを聞いて僕は驚いた顔になる。

 「…東京から?なんで態々こんな地方の高校に転校しに来るんか?」

 僕らが通う学校。呉市の郊外に所在する宮浦高校は田舎とまでは行かないが、地方の学校だ。そんな場所に東京からの転校生が来るなんて想像もしてなかったし、理由も分からない。

 「大方、親の転勤とかじゃろう。呉には造船所もあるし自衛隊もある」

 康介はそう言うが、朝のHRでは先生の口から転校生のての字も出てこなかった。

 「……ホンマに転校生なんか来たんかのう?」

 この学校に転校生が来ると言うのは、余りにも現実味が無いのだ。

 「さあ?ウチのクラスには来んかったけえのう。別のクラスかも知れん。またはホンマに唯の噂話じゃったとか」

 康介も同じ考えなのか、難しい顔をしてそう言う。そこまで会話をすると、一時限目を知らせるチャイムが鳴った。

 「……まあ、昼くらいになったら、学校の騒ぎで分かるじゃろう」

 康介はそう言うと、自分の席に戻って行った。

 

 

 

  「おい、蓮、見に行くで」

 

 「見に行くって、何を?」

 放課後、康介から唐突にそんな事を言われて、僕は目を丸くする。

 「転校生じゃ。昼休みの騒ぎに気付かんかったんか?」

 どうやら転校生が来たという噂話は本当だったらしい。

 「いいや、全く」

 昼休みは用事があったので全く気付かなかった。何かあったのだろうか?

 「どうも転校生さん、ぶち美人さんらしいで。今も4組の教室に行列が出来とる」

 なるほど、妙に康介の鼻息が荒いのはそういう理由か。

 「……僕はええよ。これからやる事あるし」

 しかし、僕には予定があったし、あまり興味が湧かなかった。それに放課後にまでその転校生のところへ押しかけるのは、失礼だと思ったのだ。

 「また屋上に行くんか、よう飽きんのう」

 呆れてそう言う康介に、僕は少しムスっとなる。

 「ええじゃろ別に」

 放課後の行動まで、友人に指定される謂れは無い。

 「女よりも絵ですか。ホンマ青春を無駄に費やしとるのう」

 康介が軽口を飛ばす。男友達にありがちな、ちょっとした悪口だ。

 「うっさいわ。とにかく、僕は行かんぞ」

 僕は軽口に軽口で返すと、荷物をまとめて教室の出口へ向かう。

 「お前も、迷惑がかからん程度にしいよ」

 教室を出る直前、釘を刺すように康介に向かってそう言う。

 「分かっとるって」

 その返事を聞いて、僕は屋上へと向かった。

 途中、4組の前を通ったが、やはり喧しかった。

 チラッと覗いてみると、一つの席の前に人だかりが出来ている。姿は見えないが、恐らくあの中に件の転校生が居るのだろう。

 僕は質問攻めされているであろう転校生に"ご愁傷様"と同情の念を送りながら、屋上へと向かった。

 

 

 

 

 「今日はどの構図で描こうかのう」

 

 僕が屋上に来る理由、それは風景画を描く為だ。

 呉の街は港の近くまで山が迫っており、山の斜面に沿って強引に市街地を建てたので坂道が多い。

 かく言うここ、宮浦高校も校舎が坂の途中に建っており、屋上からは呉の市街地や港が一望できるのだ。

 「うーん………」

 両手の人差し指と親指で四角を作り、その間から風景を覗く。よく画家などがやるポーズだ。

 屋上から見える景色は大きく分けて3つ。右手を見ると呉の市街地が一望でき、奥には灰ケ峰の山が見える。バランスの良い構図だ。

 正面には手前に造船所があり、その隣に視線を移すと、海上自衛隊の船が停泊しているのが見える。奥の方は海面と、その先には江田島がよく見える。ここの構図は、船の大きさを背景と合わすのに苦労する。

 そして左手には、全身赤茶色に錆びた様な大きな製鉄所が構える。スチームパンクの世界のようなそれは。無数のパイプが全体に張り巡らされており、幾何学的な細かな描写を必要とする。

 このバリエーション豊富な景色が、ずっと屋上で絵を描く僕を飽きさせない理由なのだ。

 「……よし、今日はここにしよう」

 構図を決めると、イーゼルと呼ばれる絵を描く為の台を置き、絵画用の鉛筆を取り出す。

 まずは鉛筆であたりを大まかに描いて形を取り、そこから色を乗せるのが、僕のやり方だ。

 

 

 

 「あ、おったおった。蓮ー!!またここで絵を描いちょるんか!!」

 しばらく描いていると、背後から女性の声がした。……この元気の良い声には聞き覚えがありすぎる。邪魔されて少し不機嫌になるも、表情に出ない様に振り返る。

 「……なんね、由美かいな。何か用?」

 僕の目の前に立っていたのは、末藤 由美(すえどう ゆみ)。小さめの身長に明るいショートボブの髪型、目はくりっとしていてとにかくうるさいのが特徴な僕の幼馴染だ。

 彼女は弓道部に属していて、この時間は部活の筈なのだが、何故ここにいるのだろう?

 「教科書!返すの忘れとった!!はいこれ!!」

 すると、目の前に歴史の教科書を差し出された。そうだ。今日の昼休みに忘れたから貸してくれと頼まれて、貸したままだったのだ。

 「今渡さんでもええじゃろう。明日会ったら渡せばええのに」

 由美は僕の事を探し回っていたのか、少し息が上がっていた。

 「いやー、明日に回したらウチ多分借りた事忘れるけえなー」

 頭を掻いて笑顔でそう言う由美。……確かに昔から忘れっぽいのでそうなる可能性は十分にあった。

 しかし、息を切らしてまで僕の事を探し回る事は無いだろうに……

 「ともかくありがとう。明日ちょうど授業じゃったけえ助かるわ」

 とりあえず教科書を受け取ると、由美は何かを期待した様な顔でこっちをジッと見つめてくる。

 少し、嫌な予感がした。

 「……何?」

 「せっかく走り回って見つけたんじゃけえ、何かご褒美があってもええかなーって」

 どうやら教科書を返したご褒美が欲しいらしい。

 「アホか、元々お前が借りたもんじゃろうに。俺がご褒美を貰うんは分かるが何でお前にあげんにゃいけんのじゃ」

 傲慢とは正にこの事だろう。なぜ感謝される立場の人間が、しなきゃいけない側の人間に褒美を与えなければならないのか。

 「ぶー、せめて喉乾いたけえジュース代でもくれんか?ホラ、この通り!!」

 そう言って両手を合わせて頭を下げる由美。

 

 「……やらんぞ」

 

 「そこをどうか!!」

 だが、彼女は引き下がらない。正直、ジュースくらい自分の金で買って欲しいものである。

 

 「おねがぁい……」

 

 今度は上目遣いでそう聞いてきた。

 「うっ……」

 僕はこの目に弱い。

 「……しゃあないのう」

 あまりにも必死なものなので、根負けした僕は財布から120円を取り出す。

 この様に、末籐由美と言う人間は、人に取り入る能力がめちゃくちゃ高い。確か弓道部の先輩達からも相当可愛がられていると、康介から聞いたことがある。

 

 「へへっ、しゃーせんねえー」

 

 しかし由美は現金をもらった瞬間、悪い笑顔になる。先程の懇願していた彼女とは大違いだ。この猫被りもいつもの事で、大きなため息が出る。

 「はぁ……」

 ……本当に先輩達に可愛がられているのだろうか?少し心配になった。

 

 

 

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