モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~ 作:kirishima13
私の名前はラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。
エ・ランテルへの旅路の途中、私は本物の異形に出会った。いや、あの存在からすれば私の方こそ異形の虫けらに過ぎないだろう。
「いやぁ、すごい美人だったなぁ」
「何も言わずに立ち去るなんてかっこいい……」
「高名な冒険者だろうな……。もしかしてあれが噂の『蒼の薔薇』か?」
「いや、冒険者にしてはあの美貌はないだろ……どこかの姫君ではないのか?」
口々に私の従者たちがあの異形について語っている。何を言っているのだろうか、あれが人に見えたとでもいうのだろうか。
美しかったのは認めよう。立ち居振る舞いに人を惹き付けるものがあったのも認めよう。しかしあれは人ならざる者の美しさだ。あれが人の手で、人の設計図から作り上げることが出来るはずがない。
完全なる
私のように父と母からの特徴を受け継いで作られては、絶対にあのような完全なる存在になりえるはずがない。
「ラナー様。守れなくてごめんなさい……」
私の犬が年相応の可愛らしさで頭を下げてくるので撫でてあげる。この私だけを頼り見つめてくる可愛らしい犬とともにこの国と心中するしかないとも思っていたのだけれども……。
「クライム。私たちは生き残ることが出来るかもしれませんよ」
一縷の望み、いや、一片の光明だろうか。それを彼女に見た。絶対なる存在、その慈悲を得ることが出来るのであればもしかしたら……。
♦
その後、私は無事エ・ランテルへと到着することができた。あの絶対なる存在と出会った後は驚くほど順調に行程は進んだ。魔物どころかネズミ一匹、鳥の1羽さえ出くわすことがなかった。
そしてエ・ランテルでの式典を終え、王都に戻るとあの絶対なる存在……名前はナーベ様と言うらしいが……その話題で持ちきりであった。
当然父であるランポッサ三世にも伝わっており、王女を救った英雄として冒険者組合を通して彼女は王城へと招聘されることとなる。
───そして現在
私は今絶賛、土下座の真っ最中である。
その存在がそこに現れた時、謁見の間の誰もが息を飲んだ。
艶やかな漆黒の髪、整った顔立ち、黒く切れ長の瞳、質素ながらも歴戦の戦士を思わせる灰色のローブも彼女が身に包めば美しさを際立たせる道具の一つのようで誰もが目と心を奪われる。
ナーベ様は王の御前だというのに跪きもせず、不遜な態度で周りを見回している。それにも関わらず咎めるものは誰もない。
それもそのはずだ……その場に呼ばれたのは人間ではないのだから。人間などを超越した存在であるにも関わらず人間の冒険者の振りをする存在、ナーベ様なのだから。
「よくぞ来た。冒険者ナーベよ。私はリ・エスティーゼ王国国王ランポッサである」
「……私はナーベよ」
まるで虫けらに仕方なく挨拶をするように尊大な返答をするナーベ様。そんな彼女を見て周りの愚かな貴族たちは口々に小声で話し出した。
「美しすぎる……」
「聞いたか。冒険者になる前、依頼を受けてもいないにも関わらず貧民街で奴隷狩りにあいそうになった国民を救ったらしい」
「他にも暴漢に襲われている女性を助けたとか……。心まで美しい方だ……」
「3日でエ・ランテルまでの街道の魔物をすべて狩りつくしたそうだとか……」
「いくらなんでもそれは……」
「いや、間違いない。街道に数百の魔物の死体が転がっていたそうだ」
そんな言葉は絶対なる存在であるナーベ様の機嫌を取るには逆効果だ。今すぐやめてほしい。虫けらである我々に何を言われても煩わしいだけだろうから。
「そんなことよりなぜ王の御前で跪かない!不敬だぞ!」
声のした方向を見ると第一王子のバルブロお兄様だった。
バルブロお兄様は体は大きいものの愚かな人間の中でも特に頭が悪く、人望もないのに自分に能力があると勘違いしている、そんな人だ。まさかとは思ったが命が惜しかったらナーベ様への暴言は本当にやめてほしい。
ナーベ様の顔を見ると機嫌がますます悪くなっているようだ。
「兄上、それは跪かない理由があるからでは?」
それを止めたのは第二王子のザナックお兄様だった。ザナックお兄様は少し太り気味であるもののバルブロお兄様ほど愚かではないようだ。それでもナーベ様の正体については分からないらしい。
「どういうことだ?」
「市井の噂ですが彼女は他国の姫君であるという話もあります。そのあたりを何も調べずに一方的に不敬と断じるのはどうかと思いますけどね」
「ちっ……」
まったく、こんな時にも後継者争いでいがみ合うとはどうかしている。このままではいけないと私は私はお父様に声をかける。
「お父様いけません、跪くのは私たちの方です。ナーベ様は偉大で強大な力を持った御方です。ナーベ様、助けていただいたにも関わらず本当に申し訳ございません」
そこで初めてお父様は部屋の隅で土下座をしてる私に気づいたらしい。
「ラナー……何をしておるのだ」
「お父さまお願いです。ナーベ様に失礼のないように……。頭を下げるのは私たちの方です。そしてナーベ様にこの国を……」
一縷の望みをかけてお父様に忠告する。ナーベ様にこの国を差し出すのだ。政治が腐敗しきって王家の力が失われているこの国にはそれ以外に道はない……。ナーベ様さえいれば家柄のみでこの国を蝕んでいる貴族たちを粛清できるだろう……だというのに……。
「ラナー、お前が彼女に命を救われ感謝しているのは分かるが、王族たるもの軽々しく頭を下げるのはやめなさい。それにまぁ本来の身分は隠されているようだが……彼女は冒険者だ。多少の無礼は許そうではないか」
「おおっ、さすが父上、お心が広い。ナーベとやら感謝するとよいぞ」
お父様とバルブロ兄さまはまったく分かっていなかった。ここが国として存続できるかどうかの分水嶺であるというのに。
私は絶望に目の前が暗くなる。
一方、ザナック兄さまは何かを感じ取ったらしく首を捻っているが核心にはいたらないようだ。
目の前の存在がその身一つでこの王都くらいは灰燼と化すことができるであろうことが報告で分からなかったのだろうか。
あの街道での戦闘では微塵も本気を出していなかった。そして見たこともない魔法の使い方。魔物の動きを読み、魔法を遅延発動させた手並み。完全に戦闘に特化した恐るべき存在だ。
「まずは娘であるラナーの命を救ってくれたことに父として礼を言おう。そしてこの国の国民を救ってくれたことにもな」
「礼には及ばないわ」
その言葉にお父様は感心したようにため息を漏らす。無心の善意で私や国民を救ったと思っているのだろう。だが私の見立ては全く違う。『礼には及ばない』とはそのままの意味だ。ナーベ様は我々に関心がない。お前たち程度に礼を言われる筋合いなどないという真っ向からの否定だろう。
「その心意気や見事。金貨100枚を褒美として与えよう」
「別にお金など求めてないのだけれど」
「そ、そうか……。では金貨に加えて何が欲しいか望みをいうが良い。叶えられることであれば善処しよう」
「そうね……名声?名誉?そう言ったものを御方はお望みよ」
「この国で名を上げたいというのか?それならば……近いうちに王都で御前試合が行われる予定がある。その席を用意してもいいが……しかし……」
「出るわ」
ナーベ様は即断する。あれほどの力を持ちながら名声や名誉を求めるとはどういうことだろうか。
「危険では?」
「あの美しい顔に傷でもついたらどうする」
「所詮
この国において魔法詠唱者への評価は低い。確かに下級の魔法詠唱者は弱い。剣士とくらべて魔力の限界があり最後まで戦うこともできず、接近戦では一撃で斬り殺されることもあるような存在だ。
しかし上級の、それも伝説級の魔法まで使える魔法詠唱者はその存在自体が災害だ。一撃で何十人、何百人という相手を殲滅でき、転移魔法なども加われば補足することも難しいだろう。
「はははははは、気に入った。魔法詠唱者で御前試合に出ようとするその度胸。もし優秀な成績で生き残ったらこのバルブロの妻にしてやってもよいぞ」
勝てるなどとは微塵も思っていないのだろう。バルブロ兄様が嫌らしい笑みを浮かべてナーベ様を見つめている。そのあまりもの愚かしさに……いや、ここにいるすべての愚か者たちに私は眩暈を覚える。
このままではいけない。彼女だけではないのだ。彼女の言った御方と呼ぶ人物こそ真に警戒するべき相手だろう。彼女は一人の漆黒の鎧の人物とともにこの国に来たという情報もある。その人物こそ御方なのだろう。
私は直属の部下も権限もない立場であるが、噂話の絶えない王宮に身を置いている。一つ一つの情報は一見関係なく、つながりもないようであるが、『関係ない』という情報と『関係がある』という情報の価値は同等であり、無駄な情報など何一つとしてない。
それらをつなぎ合わせれば、否定された情報から情報を収束させれば、おのずと答えは出てくるものだ。そんなことさえ分からない愚か者たちに囲まれて過ごしてきたが、御前試合……それで何かが分かるかもしれない、何かが変わるかもしれない。
もしかしたら彼らは古文書に書かれた