モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~ 作:kirishima13
俺は囚人ナンバー0、名前はない。
そんな俺だがいつまでもこんなところにいるつもりはない。ミスリル級の実力を持つ護衛に守られたアームストロング伯爵とかいう糞野郎を倒してこんなところからはおさらばしてやる。
すでに渡りはつけてある。今も観客席にいるオカマ野郎……コッコドールからの誘いに乗っていずれここを出る予定なのだ。
「ははっ、これは修道士……いや修行僧の技か?柔道の技にも似ているが実に勉強になる」
だがその前に目の前のこいつだ。今俺は闇闘技場での試合中なのだが、この目の前の黒い鎧が悩みの種だ。
「なんなんだおまえは……なぜ立ち上がれる!?」
腕を決められたまま逆筋方向へ投げられ、常人なら関節が外れるどころか腕がちぎれ飛ぶような衝撃を受けたにも関わらずその鎧は平然と立ちががる。
囚人ナンバー41。こいつと対戦するのはもう10回を超えている。それにも関わらずこいつは生き残り、勝敗もついていない。この俺と戦って無事でいられるほどの実力者は俺も認めた囚人ナンバー1から囚人ナンバー5以外にはこいつが初めてだ。
「すまない、丈夫な体をしているものでな」
「ふざけんな!どうなってやがる!?」
丈夫な体どころの話ではない。いくら攻撃しても効いている感触がまったくしない。まるで鉄の塊を殴っているようだ。
俺は漆黒の鎧で覆われた囚人ナンバー41の肉体がどうなっているのかと想像する。打撃や投げ、関節技による攻撃は確実に内部まで届いているはずだ。ズタズタの肉塊になっていなければおかしい。絶対におかしい。
俺はある魔物を想像する。
「おまえ、実は
トロールには非常に強い自己回復能力を持つものがいるという。あの鎧の中身がトロールであっても何もおかしなことはないだろう。
「はははっ、トロール程度と一緒にされては困るな」
そう言って向かってきたナンバー41は俺の手を取り、目を見張る速さで足を払いにかかってきた。
先ほど俺がやった技を真似ているのだろう。俺自身もこの闇闘技場で技を盗み、腕を磨いてきた身であるがこいつの成長速度は異常すぎる……いや、それとも元々の身体能力のなせる業なのだろうか。
現にこいつはここで初めて会った頃は見習い戦士以下の技術しかもっていなかった。しかし最初はその身体能力で無理やりねじ伏せて勝っていたのが、今は徐々にその技が磨かれている。未熟ながらその身体能力で技を成立させているのだ。
「ふっ……ざけんなああ!」
足払いを仕掛けてきたナンバー41の足を避けると同時に鎧野郎の胴体を蹴り上げる。俺の丸太のように太い足の全力の蹴りだ。奴はそのまま一直線に天へと吹き飛んだ。
そして天井近くまで蹴り上げられた奴が落下してくるが……それに合わせて俺も飛び上がる。
「落下途中の身動きが取れないところを狙ってくるのか?それとも《武技》か?《武技》なのか?《武技》だったら嬉しいな」
奴は俺が迎撃のために武技を発動するとでも思ったらしい。だが、こんな衆人監視の中で切り札の武技を使うような真似はしない。そのままナンバー41の横を通り過ぎ到達した天井を蹴りつけ落下速度を増すとやつの体に取り付く。
「ほぅ?この技は初めてだな」
感心したような奴の声を無視して逆さで落下する奴の両膝の関節を両腕で極め、両足で奴の両肩の関節を固定し身動きを封じる。
「この技は……どこかで……ああ、昔の漫画で読んだな。超人が出てくる奴だったか……?」
奴が何か訳がわからないことを言っているが最後まで言わせるつもりはない。そのまま俺とやつの全体重に天井からの加速も加えて頭から石造りの地面に叩き込んでやった。
「おおおおおおおおおおおお!」
「す、すげえ……!頭から刺さってるぞ!」
「うはははは!これは死んだだろ!さすがに」
「いやいや、あのナンバー41だぞ。万が一もありえるぞ」
観客は手を叩いて喜んでいる。
さすがにこれは首の骨が折れただろう。いくら中身がトロールであってたとしても立ち上がるなどあり得ないはずだ……。
「なかなか派手で面白い技だった。だが天井のないところでは工夫をしないと無理だな、その場合はどうするんだ?」
平気な様子で上半身を地面から引き抜いて話しかけてくる囚人ナンバー41。これはもう笑うしかない。こいつを力でねじ伏せるのは厳しそうだ。
「くっくっく、分かった分かった。てめえは本物だよ」
両手を上げてお手上げのポーズをしてやる。この手の輩は潰すより別の方法で取り込んだ方が早い。
「ああ、認める、認めてやるよ。そんな本物の実力者のてめえにうまい話があるんだが乗る気はあるか?」
「ほぅ?どんな話だ?」
観客に聞かれないよう首に手を回して組み合いながら小声で提案するとナンバー41は興味深そうな声を出す。
「てめえもいつまでもこんな地下にいるつもりはねえだろう。だが金を稼げば……刑期が過ぎれば解放される、そう思ってるめでたい野郎でもないだろう?」
「え、そうな……ごほんっ。ま、まぁな……分かっていたさ。つい楽しくて長居してしまったがな」
「俺はいつまでもあの糞貴族の言いなりになってるつもりはねえ。どうせ世の中は力こそがすべてなんだ。外に出てその力を……暴力を好きに使って暴れてみたいと思わねえか?」
「外に?」
「ああ、外に出ればここよりもっと自由にド派手に暴れられる。俺らを止められる奴はほとんどいねえ。せいぜい『朱の雫』に『蒼の薔薇』くらいじゃねえか?そのうちやり合うことになるんだろうがな。いや、最近『漆黒の美姫』ってのの話も聞いたか。それから……『邪眼』だったか?おかしな仮面をつけたやつが暴れまわってるとか……相手になるのはせいぜいそのくらいだ」
「……『漆黒の美姫』と『邪眼』?調べた中にはいなかったが……もしかして外に伝手があるのか?」
「ああ、この国のあらゆる裏の組織が新しく変わろうとしている。この機を逃す手はねえぞ?来週の試合まで待つ。それまでに考えておけ」
こいつは俺と同類だ。ここで牙を研ぎ、そして地上に出て暴れるためにここにいる。そう確信しての提案だったのだが、囚人ナンバー41は首をかしげていた。
「ふーん……そうなのか……だが断る」
「なぜだ?おまえだってここで終わるつもりはないだろう」
「いや、来週はちょっと予定があってな。試合はないと思うぞ」
「はぁ?てめえは囚人だろが!試合の他に予定なんぞあるはずがないだろう」
「おまえの言う糞貴族のアームストロング伯爵から要請でな。金をばらまいて御前試合の出場枠を取ってきたらしい。そして俺に出場しろとのことだ。裏賭博で大儲けするらしいぞ。どんな面子が出場するのか今から楽しみだな。はははははっ、でもその前にここでもっと技を覚えないとな!」
こんな場所で生き生きと楽しそうに殺し合いをしてる時点でおかしいのだが、どうやらナンバー41は俺が思っている以上に頭がおかしかったらしい。呆然とする俺を無視する囚人ナンバー41は嬉しそうに戦いを続けるのだった。