モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~   作:kirishima13

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第13話 王都御前試合①

 王都リ・エスティーゼ。ヴァランシア宮殿近くに設けられた試合会場には大規模な観客席が設けられ、大勢の人々が詰めかけていた。

 それもそのはず、国王ランポッサ三世の意向によりこれまでは貴族にしか観戦や出場が許されなかった御前試合が一般開放されたのだ。その目的は身分に限らず強者を求めるというもの。

 ただし、その観戦権はほぼ貴族に限定されており、平民が観戦しようと思ったら多額の金銭が必要になる。それにも関わらず高名な商人や冒険者などは観戦に訪れていた。

 

 ただ試合を楽しもうというだけでなく、試合後にその眼にかなう人間がいたら勧誘しようという考えもあるのだろう。いわば戦士におけるリクルート会場といったほうがしっくりくるかもしれない。

 その中でも一番人気の就職先である王家の面々は特設された特等席から試合の様子を眺めていた。すでに1回戦、2回戦は終了し、次の試合はいよいよ準決勝。このあたりからは全員が有力な勧誘対象になる。

 

「続いては、いよいよ準決勝です!アームストロング伯爵推薦の戦士!モモン!対するは優勝候補の筆頭!剣士ガゼフ・ストロノーフ!」

 

 会場を盛り上げるため司会は大げさに身振り手振りを交えて観衆を煽っている。

 モモンガの前に立つのは短い黒髪に黒い瞳を持つ若者だ。胸当て膝当てといった急所を守る防具を装備しているが動きやすさを考えてか比較的軽装だ。体つきはがっちりしてその分厚い筋肉こそが防具と言えるかもしれない。

 

「モモンはこれまでその鉄の拳のみでこれまで戦ってきました!これまでの戦いでは時間をじっくりかけて相手の技をすべてしのぎ切る防御主体のスタイルで勝ち上がってきております!」

「モモン様がんばってくださーい!!」

「一方、ガゼフ・ストロノーフはこれまでの試合をすべて一撃で終わらせてきた攻撃主体の天才剣士!さあ!いったいどちらが勝つのか!」

 

 別にモモンガは拳闘のみで戦う必要はないのだが何となく格闘技が楽しくてそのまま続けていた。剣が主体の御前試合においてそれは異質であり、観客も興味を持っているようである。

 会場の割ればかりの歓声を背に試合開始が告げられる。

 

「それでは試合開始!」

「モモン様ーーー!!」

 

 モモンガは拳法の構えを取りつつ相手の出方を伺う。相手は平民出身であるものの名の知れた剣士であるらしい。このガゼフという人物を見定めるために王が平民に御前試合を開放したという噂もあるほどだ。

 

(<生命の精髄(ライフ・エッセンス)>、<魔力の精髄(マナ・エッセンス)>)

 

 モモンガはいつものとおり情報系魔法を最初に使う。

 無詠唱化した体力・魔力の感知魔法だ。これにより相手の残り体力や魔力を可視化して見ることができる。

 数値として見えるのではなく色と大きさで判断することができるのだが、激しく高速で戦闘する際にはこのほうが分かりやすい。

 

(ふむ……この体力の大きさからするとレベルとしては20台といったところか?この会場内ではブレインという男と並んで一番体力がある。魔力は非常に低い、純戦士か?)

 

 闇闘技場でもこのように相手の体力と魔力を確認しながら手の内を出し切らせるスタイルで戦ってきた。しかしそれは司会が言っていたような防御を求めてのものではない。

 理由の一つは会場を盛り上げるため。一撃で終わらせてしまったときなどは会場から大いにブーイングを浴びせられたものだ。

 血沸き肉躍る戦いを見に来たというのに5秒で終わってしまったら確かに拍子抜けだろう。

 

 もう一つはモモンガが相手の技を盗むためだ。魔法詠唱者としての戦い方しかしてこなかった自分が戦士として戦うのであれば少しでも強くなりたい。残念ながら武技を得ることはいまだに出来ていないが技術であればそれなりに学んできた。

 

(空間斬とか言ったか……囚人ナンバー4の技は面白かったな……)

 

 見えないほど細い鋼糸状の剣を使い相手の体を切り裂く技はモモンガの興味をとても引いた。モモンガの中二病的な部分を貫いたのだ。

 似たような武器を手に入れて練習してそこそこ使えるようにはなったが実戦にはいまいち向きそうになかったので残念ながら使ってはいない。ロマン武器というやつだろう。

 

「例え相手が格下でも情報収集から入る!さすがモモン様!用心深いです!!」

 

(ってうるさいな、さっきから!!何をやってるんだナーベラルは!)

 

 先ほどからのモモンガへの声援はすべてナーベラルである。

 意気揚々と御前試合に出場したのはよかったが参加者の中になぜかナーベラルがいた。しかも王家推薦枠という立場をもってだ。

 確かに名声を得なさいというようなことは言ったが、これまで一言もその報告がなかったのはどういうことなのだろうか。そしてなぜ当たり前のように声援を送ってきているのだろうか。

 

「ゆくぞ!はあああ!」

 

 モモンガがナーベの声援に頭を抱えていると律儀に一声かけてからガゼフが剣を下段に構えて向かってきた。

 

「むっ……速いな」

 

 ガゼフの動きは闇闘技場で戦ってきたどの相手と比べても格段に速い。闇闘技場の下位の連中ではその動きに対応できず一撃でやられていたことだろう。

 

「はぁぁ!」

 

 しかしモモンガにとっては速いと言っても見切ることは造作もないレベル。

 下段から斬り上げられた剣を首だけ動かして躱し、その隙に胴体へ正拳を叩き込む。もちろん一撃で終わらせない程度には力を抜くことも忘れない。

 

「<不落要塞>!」

「む?」

 

 妙な感触。あって然るべき殴った感触とそれに付随する衝撃が襲ってこない。それどころかお互いにノックバックさえ起らない。拳の力はどこに消えて行ってしまったというのか。

 モモンガは目を凝らしてその原因を探すが何も見つからない。その何も見つからないということが一つの結論を導き出す。

 

「まさか……武技か!?」

 

 確かめるためにモモンガはもう一撃正拳を叩き込む。

 

「<流水加速>!」

 

 今後はゼロ距離近くまで迫っていたモモンガの拳をガゼフはあり得ない加速度で速度を上げて避けて距離を取った。

 

「<りゅうすいかそく>?それも武技か?<ふらくようさい>というのは防御系の武技か?無制限にあらゆる攻撃を防げるとしたら……無敵ではないか。ならばなぜ2発目は同じ武技で防がなかった?継続時間が短い?リキャストタイムが必要?その割に魔力の減少がないな……特殊技能(スキル)に近い?ならば1日の発動回数に限界があると考えるべきか。なぁ、その武技は何回まで使えるんだ?次に使えるまで何秒かかる?」

 

 ガゼフはモモンガの言葉に怖気を感じる。その腕力や技量にではない、その執拗なまでの可能性に追求と相手の手の内を探ろうとする手管にだ。まるで蜘蛛の巣に捕らわれていくような感覚さえ抱く。

 

「……悪いが自分の手の内を晒すつもりはない」

 

 律儀にモモンガに返事をしつつガゼフはこの相手は全力でかからなければ不味いと直感的に感じた。時間をかければかけるほど相手に情報が与えられ不利になっていくだろう。

 

「本気でいかせてもらう!<能力向上><能力超向上>!」

「むっ……体力や魔力が変わらないということは名前的にステータスを上げる武技か?<上位全能力上昇(グレーターフルポテンシャル)>に近い武技か?」

 

 また分析されているという確信とともにガゼフは時間がないことを悟る。手の内を見せるたびに確実に反応してくる。

 

「武技<戦気梱封>!」

「武器が発光したな?<魔力感知(ディティクト・マナ)>。武器に属性を付与したのか?なるほど、それは正解だ。だが何の属性だ?火か?水か?光か?」

「ええい!ままよ!」

 

 先ほどとは比べ物にならない速度でガゼフが迫る。対するモモンガは最初の構えのままだ。ガゼフの斬撃を巧みに手甲を使って(さば)いていく。

 

上段斬り……捌かれる

 

横払……捌かれる

 

中段突き……捌かれる

 

斜斬り……捌かれる

 

下段切り上げからの袈裟斬り……捌かれる

 

神速からの三段付き……捌かれる

 

フェイントを混ぜた多段斬り……捌かれる

 

 右から左からあらゆる方向からあらゆる斬撃を繰り出すがそれを楽しそうにモモンガは捌く。

 時折「ほぉ?」とか「おお、これは面白いな」といった感嘆の声にガゼフは頭に血が上っていくのを感じる。全力でこれだけの攻撃を繰り出しているにも関わらずモモンガは最初の位置から一歩たりとも動いていないのだ。

 

「舐めるなあああああああああああ!」

 

 ガゼフはここぞというタイミングで自身最大の武技を発動する。

 

 

 

───武技<四光連斬>

 

 

 

 これまでガゼフ以外に使えたものがない究極の武技だ。この武技ゆえにガゼフは剣士の世界で一躍有名になったとも言える。

 それは命中精度は落ちるものの一度で四つの斬撃を放つという剣技。これを躱せるものをガゼフは知らない。

 

「<四光連斬>!!」

「すごい……」

 

 モモンガは思わず見惚れる。技の発動までのガゼフの動きには一切の無駄がなく、4つの斬撃が……あり得ないことだが()()()モモンガに向かってくる。

 

「これか!」

 

 モモンガはその内の一つの斬撃を手甲で挟み込む。真剣白羽取りという技だ。闇闘技場でもこの技はなかなかに観客に受けた。紙一重のやり取りが観客の心を沸かせたのだろう。

 そして今回掴んだのはガゼフの握る剣の本体。本体を掴まれれば他の斬撃も無くなるだろう。モモンガのその予測は外れる。

 

「なに!?」

 

 本物の刀身を掴んだというのに他の斬撃が消えないのだ。

 

「まさか……すべて本物の刃なのか!?」

 

 物理的にはあり得ないことだ。剣はあくまでも一本でありそれを掴まれた時点で攻撃は止まる。子供でも分かる常識だ。しかし目の前でその常識が覆されている。

 

「やったか!?」

 

 確実に斬撃は入った。ガゼフが確信の声を上げるが金属の跳ね返る音とともにその確信は覆る。

 

「な……んだと?」

 

 なんとモモンガはガゼフの抜身の斬撃を3発頭部に受けても平然とその場に立っていたのだ。

 

「くぅ!ならば」

 

 ガゼフはその太い腕に血管を浮かせながら剣に力を込める。白羽取りされた剣でそのまま押し斬ろうというのだ。

 

「お、おい。ちょっと……」

 

 モモンガが戸惑ったような声を出す。ガゼフの力で圧迫された刀身からビキビキと嫌な音がしているのをモモンガの敏感な聴力がとらえたのだ。

 しかしそれを力負けしていると受け取ったガゼフはさらに剣へと力を込めた。

 

「ま、待て!」

「ぬうんっ!」

「あ……」

 

 パキンという音と同時にガゼフの力は行き先を失い、たたらを踏む……剣が折れたのだ。

 

「これは……」

 

 ガゼフは自分の手の中に残った剣の残骸を見つめるとため息を吐いて天を仰いだ。

 

「俺の負けだ……」

 

 剣を失った。ガゼフは素手の戦闘にもそこそこ自信はあるが目の前の拳闘士を相手に素手で勝ち目はないと敗北を宣言する。

 

「き、決まったー!勝者!モモン!なんと一歩も動かずにストロノーフの剣を搔い潜り!叩き折りましたー!」

 

 司会の宣言に会場は割れんばかりに盛り上がっている。しかし、モモンガはバツが悪そうに手に残った刀身を見つめていた。

 

「ご、ごめん……いや、すまない」

「どうしたモモン殿?貴殿の勝利だ」

「折るつもりはなかったんだ。わざではない、わざとではないぞ!絶対にな!」

 

 どうやら剣を折ったことを謝っていると気付きガゼフは呵呵大笑いする。先ほどまで死闘を演じていた歴戦の戦士とは思えない一般人のような反応だ。

 

「ははははは、勝利よりも剣を折ったことを気にするとは面白い御仁だ」

「いや、弁償……ってお金持ってないんだよな……ユグドラシル金貨でいいかな……」

 

 モモンガは王都に来て1円たりとも稼いでいない。稼いでるのはナーベラルでありこのまま合流したらヒモ確定の身だ。当然弁償しろと言われても払えるお金はない。

 

「いや、気にしなくてもいいんだが……」

「社会人としてそういうわけにはいかない。仕方ない……代わりにこの剣を渡すので許してほしい」

 

 モモンガはインベントリから青く輝く剣を取り出す。モモンガの持っている中では大したものではない。宿っている魔力は微妙だしモモンガの能力を突破できる力もない剣だ。

 

「大したものではないが、今の剣よりは多少はいい剣だと思う。ブルークリスタルメタルを使ったもので魔力はまぁたかが知れているが……これで許してくれ」

「いや、だから気にしなくても……ってなんだこの剣は!?」

 

 恐ろしいほどの力を感じる魔剣。それはガゼフがそれを一目見て感じた感想だ。事実その剣はこの国の五大秘宝をも凌駕する強さを持っていた。

 

「では、そういうことで」

「いや、待ってくれモモン殿……」

 

 伝説級の秘宝をポンと渡されて戸惑うガゼフを余所に金銭での弁償は勘弁とモモンガは控室へと逃げるように退場するのだった。

 

 


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