モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~   作:kirishima13

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第18話 (クライム)

 吾輩は犬である。名前はクライム。

 最初の記憶は薄汚い路地でゴミを漁っているところ。いつ誰から生まれ、なぜここにいるのかも分からない。いつもお腹をキューキューと鳴らし食べられるものを探してスラムの中を彷徨っていた。

 

 食べ物屋のゴミ箱を漁っては汚い臭いと殴られ蹴られ泣いていた。でもそんな殴ってくる人たちはまだマシな方である。本当に怖いのは貴族だ。綺麗な格好の人たちには絶対に近づいてはいけない。興味本位で近づいた時には本気で殺されそうになった。

 自分の生まれも歳も分からない。分かっているのはクライムという名前だけ。だが幼い自分がそんな環境でいつまでも生きていられるはずはなかった。

 

 その日空腹と殴られた傷の痛みについに動けなくなり路地裏で蹲っていた。だからと言って助けてくれる人なんていない。こんな場所で動けなくなったらそのまま死んでしまうに違いない。

 薄れゆく意識の中でこの世界でクライムという人間は消えてなくなってしまうはずだった。

 

「どうしたの?大丈夫?」

 

 そんなときだ。天使のように美しい声が耳を震わせる。自分は死んでしまって天国に来てしまったかと思った。しかし、そうではなかった。

 

「私と一緒にいらっしゃい」

 

 見上げたそこには自分と同じくらい幼い少女が見つめていた。瘦せこけた頬に落ちくぼんだ目、もしかして自分と同じように飢えているのだろうかと思った。でも着ている服は自分と全然違う。とても高価そうだ。もしかして貴族だろうか。でも不思議と怖いとは思わなかった。

 

「お腹がすいているの?これ食べなさい」

 

 少女が差し出したクッキーに自分はむしゃぶりつく。数日ぶりの食べ物だ。食べ終わったあとに指まで舐めてから何もお礼を言っていないことに気が付いた。

 

「あ……ありがとう」

「……」

 

 神様はいるのだと思った。目の前のこの人はきっと天使か何かに違いない。こんな自分を救ってくれた彼女にお返しをしたいと思った。そんな彼女が自分をじっと見つめている。

 

「あの……お礼をさせて……何でもするから……」

 

 相手は命の恩人だ。こんな自分に食べ物を与えてくれる天使だ。彼女のために何かをしたい。自分に出来ることは少ないかもしれないが自分の持っているものをすべて彼女にあげたい、そう思った。

 

「今、なんでもするっていったわね?」

 

 少女は無表情のまま自分を見つめていたが、やがて嬉しそうに笑った。その笑顔はまさに黄金、金色の髪がキラキラと輝いてまさに天使様のそれであった。

 

 

 

……と思っていた時期が自分にもありました。

 

 

 

「クライム。あなたは今日から犬よ。返事は『わん』ね」

 

 自分を拾ってくださったのはこの国の第三王女ラナー様だった。ラナー様に拾われてしばらく、天使かと思っていたラナー様は急に奇妙なことを言い始めた。

 

「……ラナー様?」

 

 まだ自分が幼いから理解できないのだろうか。まさか自分に犬になれといったのだろうか。犬になれとはどういう意味なのだろう。

 

「違うわクライム。わんよ、わん、ほらっ言って御覧なさい」

「……わん」

「そうそう」

「あの……何でこんなことをするの?」

 

 質問にラナー様はその小さな手で頬を押さえて考え込む。その仕草はとても可愛らしい。

 

「クライムもこの間の御前試合を見ましたね?」

「え……うん」

 

 周りの大人たちには良い顔をされなかったが、自分もラナー様と一緒に貴賓席に連れて行かれそこで試合を見ていた。

 

「決勝戦を戦ってた人たちを見てどう思った?」

 

 決勝戦……その言葉を聞いてぶるりと震えが走る。あまりに速い攻防で全部を見えたわけではないけれど二人が動くたびに会場が破壊され、爆発し、炎や雷が飛び散っていた。

 その恐ろしい光と音はまるで災害だった。時折空の上で神様が起こす雷のようだった。

 雷は怖い。どうして昼間なのに空があんなに真っ暗になるんだろう。どうしてあんなに恐ろしい音が鳴るんだろう。なんであんなにピカピカと恐ろしい音で光るのだろう。いつも思っていた。

 あの試合は神様達が喧嘩してるとしか思えなかった。だったらあの人たちは……。

 

「人間じゃない……」

 

 そんな自分の答えが意外だったのか、ラナー様は驚いたようにポカンと口を開けたあと微笑んでくれた。

 

「そうね、クライム。きっと人間じゃないわ。この国のどんな人間でもあんなことは出来ないし、誰も勝つことなんて出来ない。でもこの国のほとんどの人間はそのことを理解出来ていないのよ」

「そうなの?」

「ええ、人間は自分の信じたいことだけを信じるの。ナーベ様が高位の魔法詠唱者だと言っても所詮は一人の戦士に負けた、強大な魔法と言ってもその程度のものだって貴族たちは思ってるわ」

 

 あれを見てそんなこと思えないと思うが、ラナー様がそう言っているならそうなんだろう。自分はラナー様のことを信じている。

 

「優勝したモモン様のことも『強いと言っても個として強いだけで自分の周りの兵士を10人や100人も集めれば勝てるだろう』なんて思っているでしょうね。目の前で見たものを正しく判断できないのね……。それからあの二人はきっとお仲間よ」

「え?」

「きっとモモン様のほうが主人ね……。お父様たちはナーベ様が負けを認めて跪いたと思ってるみたいだけどきっと違う。あれは臣下として跪いたのよ」

「……何で分かるの?」

「ナーベ様の表情とこれまでの情報から……かしらね。きっと間違いないわ」

「でもあの二人は王家に仕えるんだよね?」

 

 周りの大人たちが二人とも王家に仕えさせると言っていた。だからきっと二人は王家の家来になるんだろう。そう思っていたのだけれど……。

 

「いいえ、それは絶対にないわ。それどころかどこにも仕えないでしょうね。王家だけではなく貴族や冒険者、裏の組織までがお二人を引き入れようと動くでしょうけど……。そんなことには絶対にならないわね」

「そうなの?なんで?」

「なぜって……ナーベ様がお怒りだからよ。あの方はずっとずっと怒っていらした……。最初に会った時から……。お父様たちがあの方に失礼なことを言ったときなんか生きた心地がしなかったわ」

「そ、そんなに怒ってたの?」

「ええ、そして今は主人であるモモン様と合流なされたから……。ナーベ様単身ならまだ我慢なされていたのでしょうけど、もし主人であるモモン様が侮辱されたりしたら……きっとあの方は爆発するわ」

「うーん?」

 

 ラナー様の話は難しい。知らない単語がたくさん出てきてよく分からなくなってきた。「うらのそしき」ってなんだろう。ナーベ様とモモン様と今いるこの場所と関係あるのだろうか。

 

「それでラナー様。僕たちはどこにいくの?」

 

 そう、なぜかラナー様と自分は王都郊外の森の入口にいるのだ。お互いの背中には大きなリュックサックを背負っている。少し重いが気にならないくらいの重さだ。ここからは王都が一望できてとても見晴らしがいいけれど散歩だろうか。

 

「この国を出ていくからよ。クライムもついてくるでしょう?」

「うん!」

 

 迷わず返事をする。ラナー様と離れるなんてあり得ない。ラナー様は天使じゃなかったかもしれないけれどまだ全然恩が返せていない。自分がラナー様を守ってみせる。……でもふと思う、王女様って勝手に出て行っていいのだろうか。

 

「ラナー様、連れ戻されたりしないの?」

 

 幼い自分でも王女が家出などしたら大騒ぎになるのではと心配してしまう。今頃捜索隊が出ているのではないだろうか。

 

「あら、そのくらいもう手を打ってありますわ。しばらく私たちを探そうとはしないはずよ?私はブルムラシュー侯のご令嬢が主催するお茶会に出席するために馬車でリ・ブルムラシュールへ向かっているのだから」

「ええ?」

 

 ラナー様は目の前にいるのにブルムラシュー領に向かっているとはどういうことだろう。さっぱり分からない。

 

「彼女には昔、私のことを気味の悪いお化け呼ばわりしていただいたことがありましたわ。今回の招待もきっと私を馬鹿にするためでしょう。うふふ、まさか参加するとは思ってもみなかったでしょうけど」

 

 ラナー様はとても楽しそうに話をされている。ラナー様が楽しいと自分も楽しい。だからこれはきっと良いことなんだろう。

 

「すでに偽装した馬車は手配して出発していますわ。向こうの領地につくまで2週間程度。そこで私が乗っていないことが発覚しますの。そのタイミングで王家にブルムラシュー侯の封蝋で封印された脅迫文が届きます。脅迫主はブルムラシュー侯。当然否定するでしょうけど王家の兵が動きますわね。そして指定した場所を調べると……なんと王国の情報をバハルス帝国へと流していた証拠が見つかりますのよ」

 

 ラナー様は楽しそうに語った後、少し悲しそうな顔になると再度王都を見つめる。

 

「せめてもの置き土産ですわ……その情報を使うも使わないもお父様次第ですけど……まぁ期待薄ですわね」

 

 ラナー様はお父さんに何かを残してきたらしい。きっとそれはとても大切なものなんだろう。自分もラナー様と一緒にこれまで過ごしてきた王都を見つめた。

 今まで悲しいことばかりあった街だけれど出ていくとなると少し物悲しい気分になる。

 

 

 

 ───その時。

 

 

 

 王都中に響き渡るような爆音が木霊した。木々がガタガタと恐ろしい音を立て揺れている。驚いて遠くを見ると王都に黒煙が上がっていた。

 

「きっとナーベ様ね!誰かが言ってはいけないことを言ったのよ!ねぇ、クライム。私は王女をやめてあのお二人の奴隷になるつもり。もちろんあなたも連れて行ってあげるわ。あなたはペットってことにしてあげる。だからあなたはこれからわんっとだけ鳴いていなさい」

 

 ラナー様は自分のような浮浪児を拾ってくださるような方だ。変わった方だとは思っていたがどうやら思っていた以上におかしな方だったらしい。

 

 ……しかしそれがどうしたというのだろう。自分のラナー様のためになんでもしたいと言う気持ちは変わらない。

 犬になれ?ラナー様のためならば犬だろうとなんだろうとなる。ラナー様のためには何でもしたいから。

 自分はラナー様の目を見つめ高らかに宣言した。

 

「うんっ!わかりました!ラナー様!あ、わん!」

 

 


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