モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~ 作:kirishima13
モモンガは王都の郊外で途方にくれていた。目の前には土下座をしているナーベラルがいる。
(どうしてこうなった……)
なぜこんなことになっているかと言うと……。
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時は御前試合の決勝戦に
モモンガは決勝後に闇闘技場の人間を探したが誰もいなくなっていた。まだ刑期が残っていたはずだがもともとずっといるつもりでもなかったので気にしないことにした。
そしてナーベラルと合流したのだが……。
「国王陛下がお待ちです。こちらへ」
国王の近衛兵か何かだろうか。他よりも立派な鎧を着た兵士が現れ、二人で王城へと案内されることになった。その間、ナーベラルへの声援がすごかった。そして俺への罵倒はさらにすごかった……。
その後『王家に仕えないか』という勧誘を受け国王ランポッサ三世への拝謁を許されたのだが、それでも王家に仕えるということへの魅力は感じない。
(あんな貴族を放置しているくらいだしな……)
当然士官は断ったのだがなぜか国王本人からではなく、周囲の貴族や王子から罵倒を浴びた。
さらに退室した後には罵倒を浴びせてきた貴族がなぜか自分の領地に来いと言ってきたため辟易として王城を早々に退散することになる。
やはりこの国の貴族はろくなものではないらしい。王族にしてもそうだ。貴族たちが好き勝手に言っているのを御せているようには見えなかった。
この国に自分達の居場所はないのかもしれない。そう思っていた時に
「おい、お前!モモンと言ったな!俺の弟子になれ!その腐った根性を叩きなおしてやる!」
ナーベラルはずっと我慢していたのだろう。冒険者ギルドで、御前試合で、王族の前で、そして貴族の前で。ずっとモモンガが人間の下に見られるのを我慢していたのだろう。
しかし、その一言が最後の引き金となった。
「ふざけるなよゴミが……私のことならばまだしも至高の存在たるモモン様に対して何という不敬!虫けらの分際でえええええええええええ!<
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死者は出なかったし、一般市民にも被害はなかった。そのあたりの命令はきっちり守っているところがモモンガの頭を痛くする。
ナーベラルは街中で大爆発を発生させてしまった。そのため、モモンガはナーベラルを連れて王都の郊外へ<転移>で逃げてきたのだ。
「あのなぁナーベラル。確かに人を殺してはいない……いないが時と場所を考えてくれ」
「申し訳ございません!あの男のあまりの不敬に我慢ができませんでした!」
それは謝っているのだろうか。それともまたやるという宣言なのだろうか。モモンガはさらに頭を抱える。
「次からは気を付けてくれ……。しかし情報収集が中途半端に終わってしまったな……まぁ大半は私が遊んでたせいなんだが……」
「モモンガ様の責任などではありません!この私が不甲斐なかったのです!」
「この都市以外の情報もお前が行ったというエ・ランテルだけか。だがそこもリ・エスティーゼ王国の領地なんだろう?あまり魅力を感じないな」
安心して暮らせる場所を探しているというのにまた偉そうな貴族が絡んでくるかもしれない。そんな気がする。
「……と言っても他の国の情報も地理もあまりよく分からないんだよな……地図くらい手に入れておけばよかった」
睡眠も食事も疲労も無効なのでユグドラシルと同じように未知を楽しむという意味で道なき道を行きそこでの発見を楽しむ、というのも良い。良いのだがそれで仲間達の情報が得られないというのもなんとなく違うような気がする。
できれば人間でも異形でも亜人でもいいので会話が成立する者のいる町に行きたいと頭を悩ませていると……。
「こちらがこの大陸の詳細地図でございます。モモン様お納めください」
「おっ、ありがとう」
受け取ってから気づく……なぜそんなものがここにあるのか。そして誰に渡されたのか。目線を下に向けると頭を下げている小さな子供が二人いた。
その顔には見覚えがあった。御前試合の貴賓席で返事をした少女とその隣にいた少年だ。
「……誰だ?」
「私はラナーと申します。こちらはクライム。どうぞ私をモモン様の奴隷としてお仕えさせていただけないでしょうか」
「どっ……!?」
(奴隷ってどうしてこんな子供がそんなことを言い出すんだ?っていうかこの地図……すごいな……めちゃくちゃ書き込まれてる……)
おそらく手書きで作っただろう地図を見てモモンガは感嘆する。翻訳の魔法道具である
「奴隷になりたいとはどういうことだ?お前はこの国の王族関係者ではないのか?そんな人間を攫ったなどという風評は困るぞ」
幼い女の子と男の子を攫って奴隷にする。どこのエロゲだそれは。エロゲ好きだったギルドメンバー『ペロロンチーノ』なら喜びそうなシチュエーションだが普通に条例で罰せられるレベルではないだろうか。
「私は自らの意志でモモン様に仕えたいのです。必ずお役に立ってみせます。思うにモモンガ様は次の街を目指される様子。地図だけでなくこの世界の知識ならお任せください。たいていのことには答えられます」
「お前が?それを信じるとでも?」
それが本当であれば魅力的な提案だが、にわかには信じられない。この地図も本当に彼女が書いたとは限らないだろう。
「モモン様はプレイヤー……なのではないでしょうか?」
「なに!?」
『プレイヤー』。それはユグドラシルプレイヤーのことを指しているのだろうか。この世界に来てからゲーム用語に関することを言われたのはこれが初めてだった。
「この世界の歴史を幼い頃より調べております。恐らく100年おきに来訪する異世界からの転移者。それがプレイヤーではないかと……違いますか?」
「……」
モモンガは答えを逡巡する。簡単に答えられる質問ではない。もしかしたらこの少女は敵対プレイヤーの手先という可能性も考えられるのだから。
「私の奴隷……仲間になりたいといったな。だが、私の仲間になるには3つの条件がある。一つは社会人……つまり自立しているということだ。誰かに養われていたりする人間を仲間にすることはできない」
「ご安心ください。私もクライムも自立しております。もうこの国に戻るつもりはありません」
「そ、そうか……。二つ目はメンバー過半数の同意……まぁこれはいいか。だが3つ目だ。3つ目の条件は人間ではないこと。お前たちは人間をやめるつもりがあるのか?」
その言葉を聞いてラナーの瞳が驚きに見開かれる。それもそうだろう。これはモモンガが人間ではないと言っているようなものだからだ。それで諦めるかと思ったがラナーは嬉しそうに微笑んだ。
「モモン様、私はもとより人間であるつもりはありません。もし人間をやめることが出来るのであればそれを希望します」
「ええ!?」
まさか普通に受け入れるとは思っていなかった。子供なのだから異形種を恐れて逃げ帰るのがオチだと思っていた。
(どうする?知識は魅力的だがまだ子供だしな……連れて歩くのはどうかと思うしここは記憶を消して帰らせてから考えるか……)
面倒ごとはなかったことにしてしまうに限る。モモンガがこれから使おうと思っている魔法は<
「ならばその覚悟を示してもらおうか。私が今から使う魔法を受け入れろ」
「分かりました。どうぞ」
モモンガの前にラナーが
「ではいくぞ。<
モモンガは魔法を発動しラナーの記憶を探る。記憶を遡る毎に驚くほどの魔力が消費されていくが、モモンガが驚いたのはその消費される魔力量ではなかった。
ラナーの6年間という短い人生……その中からモモンガとナーベラルの記憶を消そうと思っていたのだが……そこからモモンガへと流れ込む思考や考え方があまりにも常軌を逸していた。
さらに記憶の中で彼女は齢6歳にして何人もの人間を殺していた。殺した人間は同情の余地もないラナーに悪意を持った人間たちだったが……この年でこれだけの経験をしているというのは異常すぎる。
(まるで人間じゃない……なんなんだこの少女は……)
記憶の中でラナーはありえないほど卓越した頭脳により数々の政策を打ち出していた。それはモモンガの知っている現代の歴史においても採用されているような優れたものだ。それを彼女はただ一人で誰の助けも借りずに考えだして……そして否定され続けていた。
(彼女にとっては人間こそが自分を廃する異形だった……のか)
ふと頭に自分と彼女は似ているという想いが横切る。アンデッドであるがゆえに狩られ続けた自分と優秀すぎるゆえに否定されてきた彼女。
彼女がこのまま生き続けたとして人間らしく生きることは難しいだろう。彼女の記憶によると王国の未来は長くない。だからこそ彼女はモモンガを頼ってきたのだろう。この国から逃れるために……。
「なるほど……おまえはこの国のために輪作や
「まさか……私の記憶を……?りんさく?まにゅふぁくちゅあ?」
「ああ、悪い。ちょっとな……輪作っていうは確か畑の養分が失われないように豆類などの栽培を途中に挟んで畑を休ませる期間を作るんだったか?マニュファクチュアとは個人製作で効率が悪い商品製作を作業を手分けして工場化することで大量生産を可能にするというものだったかな?」
「も、もしかして……モモンガ様には私の考えていることがご理解いただけるのですか……」
「ん?理解しているというか知っているというか……」
これでもモモンガは小学校卒業という学歴だ。人類の基本的な歴史くらいの知識は普通に持っている。
「そうですか……私の話を理解していただけるのですか……」
ラナーは何やら泣きそうな顔をして俯いてしまった。
モモンガはもう一人はどうなのだろうとクライムと呼ばれた少年に手を伸ばす。
「なるほど、ラナーは確かに人間ではないかもしれない。ではクライムはどうだ?<
少年の人生は単純なものだった。モモンガ最初に連想したのは動物だ。いや、その実態は動物以下かもしれない。人に捨てられ搾取され、人間らしい暮らしをしてこなかった少年。それもラナーに会うまでだが……。
「彼は……なんだ?」
モモンガは戸惑う。ラナーに合うまでは人間でなかったかもしれない。しかしラナーに会った後、彼はなぜかわんわん言い始めている。
「クライムはペット、犬ですわ」
「わん!」
「???」
モモンガの意識が理解の範囲外へと飛ぶ。犬とはどういうことだろうか。そういう性癖なのだろうか。本人も嫌がっているようには見えない。いや、本当に犬なのだろうか。
(月の光で犬に変わるとか?
モモンガは混乱しながら判断に迷う。人間を仲間にすることはあり得ない。だが、彼女達は自分たちを人間ではないという。
「私にはお前たちは本当に人間ではなくすることが出来ると言ったらどうする?」
「本当ですか!?」
「ああ、例えば天使や悪魔などだ。そう言った種族に変わることが出来ると言ったら変わるか?」
「もちろんです!私は喜んで人間をやめます!クライムもそうですね?」
「うん……あ、わんっ!」
「ナーベラル。異存はあるか?」
「いえ、その者達であれば異存はありません」
人間を虫けらと卑下するナーベラルが珍しく何も文句を言わず同意する。そのことにモモンガは違和感を覚えた。
「この子達を知っているのか?」
「何度か見かけました。分を弁えて虫けららしい態度をとっていたので覚えています。奴隷になるというのであれば最低限の礼儀は
評価が良いのか悪いのかよく分からないがナーベラルなりにラナー達を認めているらしい。モモンガは決断する。
「そうか……ならば問題はない。では種族変更を……いや、今すぐはちょっと不味いな」
「どうしてでしょうか」
「天使や悪魔は私やナーベと同じく不老不死の種族だ。それゆえに年齢による肉体の成長というものがない。つまり種族変更した場合お前たちはその6歳の肉体のままになってしまう」
(人間なのにそんなデメリットを持ったまま種族変更するやつなんているはずがないものな……小さいまま年齢だけが何百歳にもなってずっと生き続けるなんて地獄だろう。ペロロンチーノさんならロリババアとか呼んで喜びそうだけど……いや、まさかそんなやつがいるはずがないか)
モモンガはいくつかの種族変更アイテムを持っている。しかし今それを使うのは不都合が大きいと判断した。戦闘において身長や手足の短さは大きなハンデとなってしまう。
それまで人間のままということになってしまうが、成長してから使うのがベストだろう。
モモンガは自らの決断が間違っていないことを確信するとラナーとクライムに向かって高らかに宣言するのだった。
「種族変更は二十歳になってからだ!」