モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~ 作:kirishima13
昨夜はいろいろ大騒ぎだった。モモンガの出した食べ物を食べては騒ぎ、部屋の柔らかいベッドに乗っては騒ぎ、捻れば水の出る蛇口に騒ぎ、お湯の張った大浴場に騒ぎ、子供というのは元気だなと思っていたら夜が更けていた。
一睡もすることが出来ないモモンガはインベントリから適当な本を取り出して読んでいるうちに夜が明けてくる。
(これユグドラシルのアイテムなのに中にきっちり文字が書いてあるんだよなぁ……)
『死者の書』という名前のアイテムで本来はアイテムとして使用するものなのだが、中を見てみると魔法関係のことが細々と書かれていた。
(死者変質における魂の異質化ってなんだよ……)
もう少し簡単な本にしておけばよかったと思いつつパラパラとページを捲っていたその時……。
───ドンドンドンドンドン
扉を叩くけたたましい音が鳴り響く。何事かと部屋から飛び出ると甲高い声がそれに続いて聞こえてきた。
「扉を開けろ!国王陛下からの使いである!!」
(国王からの使い?もう話すことはないはずだけど……)
仕官を薦められはしたが『考えさせてほしい』と答えた。『考えさせてほしい』イコールお断りと言うことである。相手を傷つけずに柔らかい形でお断りを入れたはずなのになぜという疑問がモモンガの頭をよぎる。
「モモンガ様!ここは私が排除してきましょう!」
モモンガと同じく飛び出してきたナーベラルや子供二人が戦闘態勢で入口へと突入しようとするので慌てて止める。
「待つんだ。ここは私が対応するからよく見ているといい」
今こそ元社会人の本気を見せる時だ。ここで彼女たちに手本を見せておこう。
アポイントもなしに来たのならば恐らくクレーマーの類だ。クレーマー相手にこちらも頭に血を上らせて反論や暴言などを吐いた末に、噂や映像を拡散され何も悪くないのに炎上し、会社に迷惑が掛かるというのは現実世界でも往々にして起こっていた。
「相手が怒っていようと初対面の相手には丁寧に接しなければならない……」
尊敬語を使えとは言わないが少なくとも丁寧語で接するのが常識だろう。
「おはようございます、どちら様ですか?」
モモンガはドアを開けると出来るだけ明るい声で挨拶をする。挨拶は大切だ。加えて笑顔をサービスできれば最高であるが残念ながら無骨な鉄兜では無理だった。
「ふんっ、さっさと出てこい。お前がモモンだな。ナーベ殿も一緒にいるのか?」
表には数人の兵士と思われる男たちと後ろで踏ん反り返っている身なりの良い壮年の男がいた。大声を上げていたのはその男の部下と思われる兵士だ。
「ええ……中にいます」
「そうか。こちらにおわす御方は国王陛下の名代としていらっしゃったアルチェル・ニズン・エイク・フォンドール男爵である!頭が高いぞ!」
いきなりの上からの対応。お客さまは神様だと言い張るクレーマーに近いその態度に一瞬怯むがモモンガはそれでも笑顔で対応する。
「これはようこそいらっしゃいました。フォンドール男爵。私はモモンと申します。こんなところではなんですので話は中で聞きましょうか」
まず大切なのは相手の話を聞くことだ。傾聴の心を忘れてはならない。そして相手の話を最後まで聞くまではどんなに反論があっても我慢する。その後に相手を怒らせないようアサーティブな対応が出来ればベストである。
さらに場所を移すことも有効だ。現在怒っている場所から場所を変えることでその気分を変えて落ち着かせるとしよう。
「それもそうだな。男爵を外で待たせるわけにもいくまい。しかし……これはなんなんだ?」
森の中にいきなり現れた建物に訝しむ視線を送る兵士をよそにアルチェルはのしのしと中へ入ってきた。
「ふんっ、平民風情が待たせおって……なっ……」
アルチェルの声が止まる。そこに広がっていたのは見たこともないほどの白く美しい空間。調度品の一つをとっても細かな意匠が凝らされている。男爵という地位についていてもこれほどの宝を見たことはなかった。
「ずいぶん立派な家具を持っているのだな……」
「え?ああ、ありがとうございます。そちらのソファにお掛けください。お話を伺いましょう」
「うむ」
アルチェルは勧められるままにソファに座る。そしてその座り心地の良さに思わずため息を漏らした。
驚くほどに柔らかい座り心地でありながら肥え太ったアルチェルの体をしっかりと体を支える弾力もあり、一度座ってしまえば離れがたくなるほどであった。
一目でソファを気に入ったアルチェルはなぜ自分でさえ持っていないほどのものを一般人が持っているのか、と疑問に思う。
「さあ飲み物でも出しましょう。ナーベ」
「はい」
ふと見るとそこには王都を沸かせた美姫がメイド服を着て立っていた。黄色い液体を水差しからグラスへと注ぐ動作は優雅でとても美しい。その完璧さはラナーでさえ一言の苦言も出せないほどだ。
「なぜナーベ殿がメイド服を着て給仕などしているのかね?おまえとナーベ殿の関係はどうなっているのだ?」
他国の姫君であると聞いていた美姫がまるで召使のように平民につかえているのだ。おかしく思っても仕方がないだろう。
「私とナーベの関係ですか?彼女は……私の友人の娘……ですね」
その言葉をアルチェルは疑問に思う。平民の友人の娘が王族などと言うことがあるだろうか。そんなことがあるはずがない。
「ということはナーベ殿も平民であると?」
「まぁ……そうなりますね」
ナザリックではNPCに役職を振ってはいたが身分制度などを作っていない。ならばナーベラルも平民ということになるだろう。
「そうか。ではバルブロ殿下にもお伝えせねばな……平民を次期王妃などには出来ぬから……妾か何かで十分であろうからな」
「どうかしましたか?」
「お前が気にすることではない。それからさっきから気になっておるのだが、そこにおいてあるものはなんだ」
リビングから見える広間に武器や防具など様々な道具類が置いてあった。それらは見た目的に美しいことに加え、明らかに魔法と思われる輝きが見られた。
「ああ……あれは子供たちに装備させようと思っている武具ですよ」
「子供にあれを?どれも優れた装備品に見えるが?おい、ちょっと調べろ」
「はっ」
アルチェルの傍に控えていた男の一人がモモンガの許可も取らずに前へと出てくる。杖を持ってところを見るに魔法詠唱者なのだろう。
「<
そのまま手に取った指輪を魔法で鑑定した男は驚愕に顔を青ざめさせた。それはとてもこんな場所にあっていいような品ではなかったのだ。
「こ、これは……なんだこれは!?」
「どうした?やはり価値のあるものか?」
「これは強大という言葉でも言い表せないほどの
「金貨数千枚!?」
「金貨数千枚!?」
アルチェルに続いてモモンガもその金額に驚きの声をあげる。慌てて口を押えるがモモンガは現在金欠なのだ。
「なぜおまえも驚く?」
「いえ……失礼しました」
モモンガのその態度がますますアルチェルに疑念を抱かせた。
(自分が持っているアイテムであるにも関わらずその価値を知らない?この家具についても住んでいる家についてもそうだ。それに王城に飾っても遜色のないような花瓶になぜその辺でいくらでも取れる珍しくもない花などを飾っている?どう考えてもおかしい!)
平民に相応しくない逸品を持っていることへの嫉妬と先ほどのモモンガの発言がアルチェルを一つの結論を導く。
(……もしやこれらは盗んだものでは?)
価値の高いものはその価値を認められる者の場所へと行きつく。これらの途方もない価値の宝は王族や貴族が持っていてしかるべきもの。そしてこれだけ逸品が何の噂にもならないということなど考えられない。
「モモン、お前はこれらの魔法道具や家具をどうやって手に入れた?この住んでいる家はなんだ?税金は払っているのか?」
王国に家を持っていれば徴税官が訪れているはずである。彼らがこれほどの宝物を見逃すだろうか。
「これですか?これはですね、ふふっ……昔仲間たちと一緒に手に入れたものなのですよ」
まるで自慢をするようなモモンの態度にアルチェルは青筋をたてる。怒りに任せて怒鳴りつけたい気持ちを抑えながら声を絞り出した。
「……どこでだ?どこで手に入れた」
「ダンジョンなどの遺跡であったり、モンスターを倒して手に入れたり色々ですが何か?」
「遺跡だと!?どこの遺跡だ!」
「それは……」
まさかユグドラシルです、異世界ですとは言えないモモンガは言葉に詰まる。
その沈黙をアルチェルは窃盗であるからだと確信する。王国にある遺跡に勝手に入り込み中の宝物を持ち出すのは犯罪だ。
「勝手に遺跡から持ち出したというのか?その所有権はどうなっている」
「所有権?それは私や仲間たちのものですが……」
「盗み出した魔法道具が自分たちのものだと!一度おまえの持ち物を改めさせてもらう必要がありそうだな!それらの所有権について虚偽の疑いがある!」
「……」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らすアルチェルは完全に黙り込んだモモンガに、そら見たことかとほくそ笑む。なお、黙り込むのは社会人の対人方法としては不信感を持たせるのでNGであるが、もはやモモンガはそんな気分ではない。
「まぁまぁ、アルチェル様。その疑いは強いですが、また決定というわけでもないでしょう。陛下の采配を得なければなりませんが、ここはモモン殿の態度次第で便宜を図ってもよろしいのではないでしょうか?」
兵士の言葉にアルチェルは考える。このまま告発したとしてもアルチェルに実入りはない。多少の褒美はあるかもしれないが、殆どは国に徴収されるだろう。
だがこのことを黙認してやる代わりにこれらの品々を献上させてはどうだろうか。自分だけでなく派閥の上位貴族にも献上しなければならないが自分の実入りは大きいだろう。そう思ったアルチェルはいやらしく笑う。
「そうだな。お前とお前の仲間たちが薄汚い盗みを図った可能性は非常に高い。だが、もしこれらの品々を渡すのであればまぁ私の胸の内に留めて置いてやってもいいかもしれんぞ。よく考えることだな」
「……」
「これらの調度品は物の価値も分からないお前やお前の仲間などより私の方がよっぽど良い使い方をすることができる。見ろ、このみすぼらしい花を!これほどの花瓶に汚い花など飾りおって!はっ!これだから平民は!」
「なんだと……」
モモンガは怒気もあらわに相手を睨めつける。当然普通の社会人の対人マナーとしてそんなものは存在しないのだが……。
しかしアルチェルにとっては平身低頭であった人間がいきなり貴族に対して怒気を露わにしたようにしか見えなかった。そんなモモンガの態度がアルチェルの怒りにさらに火を付ける。
「何か言いたいことでもあるのか!平民が!お前のそのくだらない仲間にも言っておけ!この王国で貴族に逆らったらどうなるのかということをな!」
「……」
アルチェルはソファーから立ち上がりモモンガを指さしてさらに怒鳴りつけた。そしてモモンガが再び沈黙したことに溜飲を下げたのだが……。
ゾクリ。突如として背筋を凍らせるような寒気を感じる。
(なんだ……?どうした?)
周りの兵たちも何が起こったのかとと周りを見回している。
「俺の……俺だけのことだったらいいんだ……俺自身はそんなに大したものじゃない。ギルドマスターとして魔王ロールなどやっていたが実際はただの調整役だ……いくら馬鹿にされようと構わない……だがな!」
アルチェルはモモンガから部屋全体に黒い気配が広がったような錯覚を覚えた。まさか太陽が砕けたのかとアルチェルは窓の外を見るが太陽はさんさんと輝いている。
「くぅ……クズがあああああ!その花は新たに仲間に加えた者たちが泥だらけになって取ってきたものだ!このアイテムはかつて仲間たちと共に集めたものだ!お前などにその価値が分かるものか!それをよくも……よくも俺のもっとも大切にする仲間たちのことをくだらないなどと侮辱してくれたな!お前には死すら生ぬるい!」
モモンガは鎧の具現化を解除すると胸元から一つのスクロールを取り出す。
「が、骸骨の仮面などつけてなんのつもりだ!わわわわたしが誰なのか分かっているのか!」
「お前が何者だろうともはやどうでもいい……地獄というものが本当にあるのかどうか知らないが……永遠の業火に焼かれ続けるがいい!<
モモンガの手にあったスクロールが青い炎とともに消え去ると足元の魔法陣から光とともに巨大な影が現れる。
天井に届くのではと思える巨大で真っ黒な肢体。その先には3つの凶暴な獣の顔が付いており、口からは黒い炎が漏れ出ている。
『地獄の門番』とも呼ばれるケルベロスだ。ユグドラシルにおけるフレーバーテキストではこのモンスターに殺された相手は地獄へ落ち永遠に業火に焼かれ続けるという。
「な、なんだこれは……」
「ひっ、ひぃいいぃ」
突如現れた見たこともない凶悪な魔物を前にしてアルチェルと兵士たちが恐怖の悲鳴を上げる。
「ケルベロスよ、こいつらを殺せ……いや、ここではちょっと手狭だし汚れるな……外に散らかしてこい」
「グルルルル」
ケルベロスは召喚者であるモモンガへ頭を下げるとアルチェルに向き合う。
「ア、アルチェル様!先ほど財を提供せよなどと言ったのは冗談でしょう?冗談ですよね?謝りましょう!」
命惜しさに兵士がアルチェルに先の発言の撤回を進言するが、当のアルチェルはまだ貴族である自分が殺されるとは思っていないのか震えながらも謝罪を口に出来ずにいた。
(……いくらなんでも殺せというのは脅しだろう……脅しであるはずだ!私は貴族だぞ!たかが魔法詠唱者一人で何が出来る!力があるのは分かったから発言は撤回するとしても平民に頭を下げるなどできるものか!)
「わ、分かった。先の発言は撤回してやる。だからその魔物を消すんだ平民!」
「……もはや呪詛と悲鳴以外は聞きたくない」
まるで子供の言い訳のようなその言葉へのモモンガの返事は冷酷なものであった。
ケルベロスは叫び声をあげるアルチェルと兵士たちを口に咥えて扉へと向かう。その巨体では通れないのでは思えた扉は近づくと通れる大きさまでに広がり、外へと出て行った。
そしてバタンという扉の締まる音ともに恐ろしいほどの絶叫と骨や金属の砕ける音が響き渡り、やがて森は静寂を取り戻す。
「……あ」
モモンガは思い出す。『普通の社会人の本気を見せてやろう』と誓ったことを。
(いや、違う!今のは違うぞ!人間との接し方の見本と違うからな!)
恐る恐る後ろを振り返る。
ナーベラルにとっては虫けらが、ラナーにとっては自分を理解しない愚かな異形が、クライムにとっては自分を虐げてきた貴族が、死よりも残酷な運命でこの世界から去ったのだ。
モモンガの心の声とは反対に3人の下僕たちは口をOの字にして『なるほど!』とでもいいそうなキラキラした尊敬の眼差しをモモンガに向けているのだった。