モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~ 作:kirishima13
トブの大森林、その中にある巨大な湖の近隣には広大な湿地帯が広がっている。
湖を含め周辺には様々な亜人種の生息圏があり、そこにはトードマンやリザードマン等の半水生の亜人種が住んでいた。
そのリザードマン一族の一つ、『
「今日も大漁だな、兄者」
「そうだな、弟よ。今夜も腹いっぱい食べられそうだ」
そう言って笑うのは兄のシャースーリュー・シャシャ、ザリュースの兄だ。いつもは捕るのに一苦労する川の魚がやけに動きが悪く、さらに水に浮いて動かない魚までいる。おかげで最近は食うに困るほどの量が捕れて皆浮かれている。
「これだけの大漁、祖霊たちの祝福によるものだろう。まるでこれからの一族の繫栄を約束しているようではないか」
「ああ、そうかもしれないな。それにお前の勝利を祝うためのものかもしれないぞ」
リザードマン族には人の神への信仰というものはなく、先祖の霊を敬っている。この大漁も祖霊信仰によるものだと感謝の念を抱き笑いあっていた。
しかし一転、シャースーリューは真剣な顔つきに変わる。
「それでザリュース……本当に行くのだな」
「ああ、明日には旅立とうと思う」
「……死ぬかもしれんぞ」
「覚悟の上だ。いや、死ぬつもりなど毛頭ない、俺は勝って帰ってくる」
そう言って腰に下げたショートソードを叩く。
シャースーリューの言葉はもっともであった。ザリュースはリザードマン最強の戦士へと挑もうとしているのだ。その相手はリザードマン族の4大秘宝の一つ、氷の魔力を宿したフロストペインの持ち主である。
勝てばフロストペインはザリュースのものになるが、負ければその命はないだろう。
「俺は勝って旅人になる」
『旅人』、それはリザードマンが部族を離れて外の世界へと旅に出ることを意味する。そして旅人となった者はもう一族の一員とは見なされない。
それでもザリュースが旅に出ようと思うのは危機感からであった。時折外の世界から来る人間や強大な力を持った魔物、そういったものに今までは何とか対応できているが、これからもそうであるとは限らない。そうした危機感からザリュースは外の世界の知識を手に入れようと思っていた。
そんな弟の想いをシャースーリューも理解する。
「分かった……もう何も言うまい……ん?」
弟への説得を諦めかけたシャースーリューが何かに気づく。戦闘の物音のようだ。
「<
「武技<盾強打>!」
そこにいたのは赤い頭巾を被ったやせ細った人間の女と大型の犬であった。いや、その傍にもう二人いる。漆黒の鎧の者と黒髪の人間だ。
赤ずきんが魔法によりオーガたちの足を止め、犬が盾を使って殴りつけ、魔法で作り上げた毒の沼の中に沈めている。
「強い……な」
「ああ……」
オーガは勝てない敵ではないがその腕力は脅威だ。それに対して赤ずきんが足止めや状態異常の魔法を発動し、犬が盾で攻撃を捌きながら殴りつけて倒している。
結果、10匹はいただろうオーガがすべて地面に倒れ伏していた。
「よーしよしよしっ!クライムよくやったわ」
「わんわんっ」
「よーし、よしよしよしっ」
赤ずきんが犬に抱き着いて頭を撫でまわしている。しかしそこで違和感を覚えた。
「犬……いや、人間なのか!?」
犬と思ったがどうも動きがおかしい。歩き方が四足歩行のそれではなかった。
「ん?」
どうやら相手も向こうもザリュースたちに気づいたようだ。訓練されたような動きで4人が見事な陣形を作る。かなりの手練れのようだ。
「モモンガ様!お下がりください!」
黒髪が鎧と我々の間に立ち、赤ずきんと犬は左右に分かれた。その中で黒いポニーテールの髪を尻尾のように揺らしている女がポツリとつぶやく。
「……私も活躍すればモモンガ様にあのように撫でてもらえるのでしょうか」
手のひらをこちらに向けながら黒髪は何か奇妙なことを言っている。しかしその動きに一切の乱れはない。ザリュースの背筋に悪寒が走る。
「待ってくれ、我々は敵ではない!お前たちは……人間なのか?」
「ナーベ、ちょーっとこっちに来るんだ。交渉は私がするから……ああ、うん、殺したりする必要ないぞ、ちょっと黙っていような。ああ、分かった。よくやった、よしよし」
漆黒の鎧が黒髪の頭を撫でると黒髪は嬉しそうにして奥へと下がっていった。どうやら漆黒の鎧がリーダーのようだ。安堵の吐息と共にザリュースたちは名乗りを上げる。
「俺の名はシャースーリュー・シャシャ。こっちは弟の……」
「ザリュース・シャシャだ」
「仲間が騒がせたな。私の名はモモン。こっちはナーベ。あちらの赤いずきんがラナー。着ぐるみがクライムだ」
ザリュースたちが出会った奇妙な集団、それはモモンガ一行である。
モモンガたちは
20レベル後半程度までレベルの上がったラナーとクライムについては、襲ってくる魔物にやられる心配も無くなったため実践訓練も兼ねて戦闘は二人に任せていた。
ラナーは魔力系魔法詠唱者としてモモンガの持ってない魔法を中心に適正ルートに沿って育成している。結果、デバフ系や状態異常関係をメインに順調に育成が進んでいた。
クライムについては当初
ただし、武技については山ほど
そんなクライムだが相変わらず犬の着ぐるみを着ているのでザリュースたちには奇異に映っていたのだろう。奇妙な目で見つめられている。
「着ぐるみ?あれは人間なのか?中に何者かが入っているのか?」
「……」
クライムは人間ではあるが、将来は異形種になる前提で仲間としている。そして相手も人間ではない。であるならば異形種と言ってしまっても受け入れられるかもしれない。
モモンガは少し悩んだあと正直に答えることにする。
「いや、我々の中に人間はいない」
「え……だがあれの中身は……」
「中に人などいない」
「モモンガ様の仰ることがすべてにおいて正しいです」
「クライムは犬ですわ」
「わんっ」
「……」
どう見ても犬ではないのだが、そう言い張るならそれ以上突っ込んでも意味はないとザリュースは話を続けることにした。
「それで……お前たちはどうしてここにいるのだ?」
「旅の途中だ。その最中にオーガたちに襲われたから撃退していただけだ」
「旅……」
モモンガの言葉にザリュースは憧れを感じる。
旅人になる。それは一族からの離脱を意味する。しかし、ザリュースはその経験を一族の糧としたいと思っていた。この平和な森の中で生活し続けることは幸せだ。しかし、外の世界を知らなければ危険が迫った時対処が出来ないだろう。
そして目の前に現れた旅人たち、彼らの話は部族のためになるかもしれず、話を聞かないのは愚か者だろう。
「兄者……」
「分かっている。モモン殿。どうだろうか、近くに我々の集落がある。そこで話でも聞かせてくれないだろうか、歓迎する」
「……それは願ってもない」
情報収集はモモンガにとっても重要である。しかしモモンガは川をちらりと見てその異常な様子に気がついた。
「川に魚がずいぶん浮いているな」
「ああ、そうなのだ。今日も大漁でな!歓迎の料理は期待しててくれ!」
シャースーリューは嬉しそうにしているが、飲食の出来ないモモンガからすれば期待しても食べられないのでため息しか出ない。
「はぁ……期待ねぇ……?」
「さすがはモモン様……気が付かれましたか?」
料理に期待しても無駄と思ってついため息をついてしまったモモンガなのだが、同意するようにラナーが顔をしかめて水を見つめていた。
「……どうかしたのか?」
シャースーリューの言葉にラナーが水を手にすくうとそれを観察する。
「モモン様、これは自然現象ではありませんね。すでにお気づきでしょうが……」
「えっ!?えーっと……。あ……ああ!もちろん気づいていたとも」
まったく何のことだか分からないが子供を前に知らないというのも情けなさすぎる。モモンガとしては頷くしかなかった。
(なんかこの子は俺が何でも知っていると思っているみたいなんだよな……。期待は裏切りたくないが……俺の知識なんてユグドラシルのものくらいしかないんだけど……)
「モモン様……これはあれでしょうね」
「ああ……あれだろうな……」
「あれですね?」
「あれだな……」
「それでいかがいたしますか?」
(あれってなんだよ!?何かリザードマンにとって悪いことがあるんだろうけどなんなんだ?助けるかどうかということか?)
モモンガは頭を悩ませる。彼らは一応友好的に接触できた初めての人間以外の種族だ。この世界に他にどのような種族がいるか分からないが、この場所がモモンガの落ち着ける場所という可能性もあり得る。
(何より彼らは俺たちが人間でないと答えたにも関わらず普通に接してくれている。ならばここで貸しを作っておくほうがいいだろう)
問題があるとすれば何が起こっているのかモモンガにはさっぱりわかっていないということだけだ。
一方、ラナーはモモンガを見上げたまま返事を待っていた。その視線はモモンガならば何でも知っているという絶対の信頼を持ったものである。
その視線に目を逸らしたくなるのをグッと堪えてモモンガは考えぬいた返事を伝える。
「そうだな、力になってあげなさい。ラナー、彼らに何があったか分かりやすく教えてあげなさい。分かりやすくだぞ?」
モモンガは部下へすべて問題を放り投げると言う上司としての禁断の技を披露する。
「はい……かしこまりました。結論から言いますが……このままではリザードマンは滅びます」
「なんだと!?」
「ぇ?」
ラナーの言葉にザリュースはつい大きな声を上げる。モモンガも思わず声を上げかけるが何とか堪えることが出来た。
『リザードマンが滅びる』、まるで確定した未来であるかのような言われようだ。それはリザードマンたちの知らない知識を持っている証拠でもある。
ザリュースはやはり旅に出る必要があると確信する。一族を守るためのそのような知識こそが求めるものなのだからだ。
そしてその知識を持っているというラナーの次の言葉をザリュースたちは真剣な顔をして待った。
「魚が浮いている理由はいろいろ考えられます。まず一つは水の中の空気が不足していること。藻などの植物や生物が大量発生して息が出来なくなって浮くことは考えられますが今回はその兆候はありません」
(確か赤潮とかで水の中の酸素が極端に減ると魚が死ぬって話は聞いたことあるな……)
モモンガは小学校の頃習った知識を思い浮かべる。
「次に落雷などの衝撃により魚が行動不能になって浮いているケース。ですがこの辺りではここ数日晴れ渡っていました」
(確かに水は雷系魔法を伝えやすくするからな……。ナーベラルにも御前試合でやられたな)
考えることの無駄を悟ったモモンガは推理から現実逃避を始める。ちなみにモモンガはここ数日の天気さえ正確には覚えていない。
「となると……ちょっと水を採取して調べてみましょうか」
ラナーは無限の背負い袋からガラスの瓶を取り出すとそれに川の水を入れる。
「<
「なんだと!?」
ザリュースはつい大きな声を上げてしまう。
母なる大地の恵みたる川に毒を流す、それは一族への明確な攻撃である。まさかそんなことが行われているとは思ってもみなかった。
(そんなことも分からず我々は魚がたくさん捕れたと喜んでいたのか……)
先ほどまで笑顔で喜んでいた自分たちのなんと滑稽なことか。ザリュースは旅に出なければならないという思いをより強くする。
野生の毒草などに詳しい者はいるが、今回のものはリザードマンの知らない毒であるかもしれない。世界を回り危険にどのような対応をする必要があるのかを学ぶ必要があるだろう。
(いや、それよりも今は目の前のことだ!)
「待ってくれ。ラナーと言ったな。本当にこの水には毒が入っているのか」
「ええ。魔法による鑑定結果に間違いはないですわ」
「だがそれだとおかしいだろう。俺たちはこの浮いている魚を最近食べているし、この水も飲んでいる。なのになぜ俺たちは生きているんだ」
「最近体調の悪くなった人は?」
「どうだ?兄者」
「いや、そのような話は聞かんな」
「では……極めて弱い毒なのでしょうね」
「弱い?」
「弱い毒は体の大きな者には効きにくい。だから体の小さい魚だけが弱っていくのですわ」
確信したように断言するラナーにザリュースは戦慄する。この小さく、そして細くやせ衰えた体にどれだけの知識が詰まっているのだろうか。
「お前……何者だ……」
「私はモモン様の家畜ですわ!」
当然のようにラナーはそう言って笑うが、すかさずモモンガから突っ込みが入る。まるでモモンガが幼女をいかがわしいことに使っているようではないか。
「ちょっと待て!誤解を招くような言い方をするな!彼女は何というか研修期間中の社員……いや、丁稚奉公……のようなものだ」
日本でも江戸時代などは子供を奉公に出して職を学ばせていたという。ならば今仕事を学んでいるとも言えないわけでもないラナーとクライムはそういってしまっても間違いではないだろう。
「私たちをそのように扱っていただけるとは……なんと慈悲深い。さすがはモモン様です」
なぜかラナーから注がれる感謝の眼差し。色々と知っているから役に立つしついてくるなら仲間にするのもいいと思っていただけなのだが、まるでナーベのように絶対者へ向けてくるような対応で接してくる。
「それに私程度が知っていることなどモモン様はすべてご存じですから」
「ふふんっ、モモン様なら当然です」
ラナーに同調するナーベラル。その言葉の端々からモモンガへの信頼があふれていた。
一方、ザリュースはモモンガたちの言葉を信じるに値すると判断する。ラナーの理路整然とした説明、魔法の行使、モモンガへの信頼と自信に満ちた態度、間違いはないだろう。
「兄者!」
「おう!」
俺と兄は顔を見合わせると頷きあう。ザリュースはここで彼らに会ったことに運命と言うものを感じていた。そして感謝とともにモモンガ達へとその犯人捜索への協力を依頼するのだった。