モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~ 作:kirishima13
(どうする?一見俺たちが虐殺したように見えないこともない……。正当防衛は成立するだろうか……?攻撃してきたところを返り討ちにしたのだし……)
良い言い訳がないものかと考える。
とりあえず相手は全員死んでいる。こちらは無傷。殺されそうになったから反撃したというのはどうだろうか。正直モモンガは殺されそうだったとは思っていないし、ラナーたちも思っていない。
……無理そうである。どう考えても過剰防衛だ。
「何とか言ったらどうだい?」
老婆の表情からは何を考えているのかは読めないが落ち着いているようには見える。
しかし、後ろにいる若い女達はやや驚いているように見えた。それはそうだろう。何十人もの人間が血まみれで倒れているのだ。若い女性など叫びださないだけマシだろう。
(それでも正当防衛を主張してみるか……、まぁ嘘だろうが卑屈な態度などもってのほかだな……。あのアルチェルとか言う貴族には丁寧に対応しすぎて失敗したし。多少尊大でも自信を持って対応しよう)
モモンガは頭の中で演じるキャラクターを作り上げる。高貴な出自で歴戦の戦士として実力を持ち、誰にも簡単には頭を下げない自信家。よし、これでいこう。
今回のことも悪いことなど何もしていないの一点張りで押し通すのだ。
モモンガは心臓のない体に感謝する。もし心臓があったのであれば緊張により破裂していたかもしれない。
「その質問の前にまずは自己紹介をするべきではないか?君たちは何者だ?私の名はモモンと言う」
「ずいぶん落ち着いてるんだね……。まぁ、いいさ。あたしらはミスリル級冒険者チーム『蒼の薔薇』、右からラキュース、ガガーラン、ティアにティナだ。冒険者組合から調査依頼を受けてここへ来た」
「ほぉ?『蒼の薔薇』ね……」
蒼の薔薇の話はモモンガもラナーから聞いている。
王都でも有名な冒険者チームらしく、実績はまだ少ないがその実力はアダマンタイト級にも匹敵するとも言われているらしい。
「私たちは旅人だ。私がモモン。彼女は冒険者のナーベ。それからラナーにクライムだ。バハルス帝国に向けて旅をしている」
「ナーベ!?それにラナーですって!?」
若い女が大声を出す。ラキュースと紹介された少女だ。よく見るとやけに派手な装備をしている。
(両手の指すべてにアーマーリング?背中に浮いている剣はなんだ……?なかなかいいセンスをしてるな……)
モモンガは見た目を重視したようなその派手な装備センスに共感を覚える。ロマン装備やファン装備といった種類に近いのだろう。しかし彼女はナーベとラナーの知り合いなのだろうか。
「知り合いなのか?」
「いえ、知りません」「私も知りませんわ」
ナーベとラナーが同時に否定する。知り合いではなかったようだ。
「彼女たちは君を知らないようだが……人違いではないか?」
「いえ、あの……ナーベ様、一度お会いしましたよね?」
「……は?」
「え?覚えていないのですか……?」
「……誰ですか?」
「くぅ……。で、ではそちらの赤い頭巾の方は……?ラナーという名前なのですよね?顔を見せてもらっても?」
「お断りします。酷いやけどの跡がありますので……」
「ええー……」
「ラキュース、そんな話はあとにしな。モモンとナーベの二人は私も知っている。御前試合のあと姿を消してたけどこんなところにいるなんてねぇ。それでこの状況を説明してもらえるかい?」
「……いいだろう」
モモンガはスレイン法国の特殊部隊がリザードマンに対して行なったことを話す。毒が川に流され食料である魚の収穫が見込めなくなると聞いてリザードマンとともに蒼の薔薇の面々の顔も曇っていく。
「それで謝罪と賠償を求めたところ襲ってきたのでやむを得ず殺した。それで何か問題があるか?」
自分達は何も悪くないという正当性の主張とともに胸を張る。例えそれが無茶な主張であっても強気で行けば意外と何とかなるものだ。
「確かにそりゃあ殺されても文句は言えないかもね」
「だろう?ならば問題はなかろう」
ガガーランという大女が意外にも納得したように頷いた。人間側に立ってモモンガたちの過剰な反撃を責めるのではと思っていたがうまくいったようだ。しかしリグリットは首を振る。
「あんた達の言っていることが正しいならね」
「……何?」
「目の前に人間の死体の山がある。それを殺した奴が『悪いのは殺した相手の方だ』と言う。それを疑わずに信じろとでもいうのかい?」
確かに何の証拠もない状況でモモンガたちだけの証言を信用できないというリグリットの主張はもっともだった。うまくいったと思ったのに逆戻りである。
(死人に口なしって言いたいのか。一人くらい生かしておけばよかったか……いや……別に死人だから口がないってことはないんじゃないか……?)
「では我々以外の証言があれば信じると言うことか?」
モモンガは一つの解決策を思いつく。一つ手の内を晒すことになるが、この方法であれば何も問題なくすべてが片付くことだろう。
「そうだね……誰かほかに目撃者でもいるのかい?」
「いるだろう?目の前に」
リグリットは周りを見渡す。湿地帯の森の中には蒼の薔薇とモモンガたち以外には誰も見当たらない。
「あんた、何を言っているんだい?」
「だからいるだろう?そこに死体として」
モモンガは目の前の血溜まりを指差す。そう、別にここは現実世界ではないのだ。死んで証言できないならば生き返らせてしまえば良い。幸い目の前の連中は蘇生魔法でも灰にならない程度のレベルはありそうである。何も問題ないだろう。
「死体がどうしたって?本当に何を言っているんだい?」
「ナーベ。こいつらを蘇生しろ。<
ユグドラシルにおける低位の蘇生魔法。結果、膨大な経験値を失いレベルが大幅に下がるデメリットがあるが敵対してきた相手にそこまで気を使う必要はないだろう。
ナーベラルは指の神聖魔法の込められた指輪を見つめると陽光聖典に魔法を発動する。
「<死者蘇生>」
「な、なんだって!?」
「うそっ!?」
リグリットに続きラキュースも驚きの声を上げる。<死者蘇生>はラキュースの知る限り王国では自分だけが到達した神聖魔法の極意であり、他に使用できる者など聞いたこともなかった。
しかもナーベラルはそれを30回も連続で使用して魔力を消費したにもかかわらず何でもないような顔をしている。
「さて、これで証人が増えたな。おい」
モモンガは陽光聖典の中で特に態度が悪かった男、ニグンの髪を掴むと蒼の薔薇の前まで引きずってくる。
「は、はれ?ここは……い、いたい……いたいいたい!」
「さて、ニグンとか言ったな。ここで何があったかもう一度正直に話せ」
「ひ、ひぃ!」
先ほど自分達と戦い、隊員たちの体をバラバラにして殺した相手。その相手の赤い眼光が兜の中からニグンの心を射殺す。
「どうした?また死にたいのか?ならばお前を殺して別のやつに聞くぞ」
その冷たい声に優しさはなく、答えなかった場合確実に殺すと確信するだけの恐怖をニグンに与えた。ニグンは呂律の回らない口でここであったことを残らず話す。
「……ということだ。納得したか?」
「あ、ああ……分かったよ」
当たり前のように人の生死さえ容易くその手の中で転がすその様子にさすがのリグリッドもそれ以上声が出なかった。
「さて、リザードマンの諸君。図らずも彼らを生き返らせてしまったわけだが……どうする?」
「ど、どうするとは?」
ザリュースも声を引きつらせる。蘇生魔法などリザードマンの中でも伝説とされる神話にだけ出てくる奇跡の御業だ。動揺しないわけがない。
「我々はあくまで中立だ。彼らに賠償を求めるなり殺すなり好きにするといい」
モモンガは生き返らせた陽光聖典の扱いをリザードマンに丸投げする。蘇生のいい実験台にはなったが、正当防衛を勝ち取った以上は用なしの存在だ。
「賠償などいらん。こいつらの顔などもう見たくもない」
「……だ、そうだ。彼らがそう言う以上は我々も手は出さない。だが、二度とその顔を我々の前に出すな。でないと……」
「で、でないと……」
ニグンの顔が真っ青になる。『殺す』、そう続くと思ったニグンは己の甘さを後悔する。
「お前たちには死よりも恐ろしい結末が待っていることだろう」
「ひっ……ひああああああああああああ!!」
実際にニグンたちを殺して生死を弄んだ存在。その存在が言うのであればその言葉は事実になるのだろう。モモンガの言葉を聞いた陽光聖典は動かない体を無理やり引きずってその場から逃げていく。
「さて、これで誤解は解けただろうか。これ以上話をすることはないが……いや、聞いておきたいことがある。ナザリックやアインズ・ウール・ゴウンといった言葉を聞いたことはあるか?」
「いや……知らない言葉だね」
「ではお前たちは亜人や異形種についてどう思っている?人間がリザードマンを殺そうとしたことに対してどう思うのだ?」
「もしあたしらがあんたたちより先にここに来てたのなら法国の連中とやりあってたのはあたしらだったろうさ。一方的に他種族を殺すなんて許されることじゃない」
リグリットの言葉に蒼の薔薇の面々も頷いている。王国にも意外とまともそうな人間がいると思たのだが……ラナーがくいくいとマントを引っ張ってくる。なんだろうか、早くこの場を去りたそうだ。トイレでも行きたいのだろうか。
(確かに水場で冷えたからな……)
「そうか、私からはそれだけだ。お互い誤解が解けたようでよかった。では失礼する」
蒼の薔薇の面々はまだ何か言いたそうにしているように見えるが気のせいだろう。それよりラナーの膀胱が大変だ。モモンガは蒼の薔薇の返事を待たずに背を向けて歩き出すのだった。