モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~   作:kirishima13

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第28話 過剰技術(オーバー・テクノロジー)

「モモン様、それでこの後はどうされるのですか?」

 

 蒼の薔薇と別れた後、ラナーに言われた言葉にモモンガは漆黒の兜に手をやると考える。言葉足らずだと思ったのかラナーはそのまま言葉を続ける。

 

「リザードマンさん達のことです。このままでは食糧不足で良くて戦争、悪ければ全滅ですわ」

「なっ……」

「なんだと!?」

 

 モモンガの返事を遮るようにシャースーリューが大声を出す。緑爪族をまとめる族長として全滅とは聞き捨てならない。

 

「モモン殿たちのおかげで毒の発生源は取り除いたではないか。なぜ食糧不足になるのだ。今までどおり魚を取って暮らせばよいのではないのか?」

「生態系がもとの通りでしたらそのとおりです。ですが魚の絶対量が少なければこれから生まれてきた魚は取りつくされてしまうでしょう。魚が取りつくされれば産卵する魚はほとんど残りません。今のままでは絶望的ですわね」

「そんな……では我々はどうすれば……」

「すべてはモモン様次第ですわ」

「……ぇ」

 

 突然話を振られてモモンガは困惑する。

 

(……何が俺次第なの!?いつもいつも何で俺なら何でも出来ると思っているようにボールを投げつけてくるの!?)

 

「モモン様にはあなたたちを助けるだけの力と叡智があります。ですがあなたたちにそれに応えるだけの何かがあるでしょうか?」

 

 そんな叡智ないよと目で訴えかけるが、期待に満ちた視線が逆に返って来て許してくれない。モモンガは投げ返されたボールを顔面で受けるしかなかった。

 

「リザードマンは受けた恩は忘れない!必ず返す!」

「……だそうですが、いかがいたしますか?モモン様?」

 

 すべては狙い通り、分かっておりますよと言った笑みを浮かべるラナー。

 

 モモンガとしては亜人排斥主義者たちが許しがたかったので敵対はした。それはいい。リザードマンが困っているのであれば助けることもやぶさかではない。

 しかし残念ながらモモンガにはその助ける叡智とやらがないのだ。ラナーは何か考えがあるようだがそれを教えてくれとは言えない。

 

「……ではラナーお前に任せよう」

 

 モモンガは顔面に投げられたボールを泣きながらもう一度投げ返すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

(……どうしてこうなった)

 

 3か月後、目の前の光景にモモンガは眩暈がする。もしアンデッドでなければ熱を出して倒れていただろう。

 

「ラナー様!養鶏場については軌道に乗りました。量も全部族に行き渡るだけ確保できそうです!」

 

「ラナー様!魔化蒸気機関の開発に成功しました!」

 

「ラナー様!道路整備が完了しました!魔化蒸気機関の車両への搭載許可を願います!」

 

 ラナーにすべて丸投げしてしまった結果、モモンガの現代知識とラナーの頭脳による改革が想定外の成果を上げてしまっている。

 

 農業においては湿地帯ということを生かした根菜類を中心とした食用植物の栽培方法を確立し、王国で立案していた小麦などの畑作についても森林の一部をモモンガの魔法により焼き払うことで一気に開墾がなされて、すでに作物が育ちつつある。

 

 酪農においてはトブの大森林の中から食用、卵用、搾乳用など用途ごとに使えそうな家畜を探しだして現在は繁殖中だ。養鶏以外についても1年以内には軌道に乗りそうである。

 

 さらに産業においての進歩が最も著しかった。文明レベルが極めて低かったリザードマンたちに過剰と言える産業革命が起きた。

 

 滑車などの歯車(ギア)を使った技術を開発したことにより時計が作られ、水車を利用した動力が作られ、車輪を利用した荷車なども開発され、それらを通すための道路についても整備が行われた。

 

 もちろんそれらを製作する図面を作成する技術についてもラナーにより開発されて伝えられている。単位を新たに作成して統一化、スケールや重さを計量する機器、地図の作成道具なども作られている。

 

 さらにモモンガが驚いたのはそこに魔法による技術が融合されたことだ。燃料を必要とする蒸気機関などの動力を魔法で賄おうというものだった。いずれ列車や自動車も走り出すかもしれない。

 

 水道や下水道についても整備が進み、簡易なものであるが上流から水を引く導水路を整備し、配水池と浄水池を設け、ろ過後の水を高低差を利用した圧力で各家庭へ通している。

 下水については処理場まで送られて肥料として利用する計画中である。

 

 

 

 これらの事業が軌道に乗り始めるにあたりリザードマンの部族を一つにまとめることが提案されている。

 

 食糧不足による部族間の小競り合いが始まったのだ。

 

 最終的に部族間の衝突を時に武力を、時に利益を提示しながら一つにまとめ上げたのもラナーと緑爪族であった。

 

(なんということでしょう……あのほのぼのとした牧歌的な村が匠の手により近代的な街へと変わってしまったのです……)

 

「モモン様のおっしゃる半導体……シリコンですか。それさえ手に入ればもっと色々出来そうですのに……」

 

(こいつ……まだやる気なのか……)

 

 現実逃避していたモモンガは現実へと戻って来た。

 

 想定外にラナーが挙げた成果。

 軽い気持ちで現代知識を話していただけであるのに、ラナーは一を聞いて十を知るどころではなかった。

 モモンガのあいまいな知識から完成形を再現し、さらにそれを魔法の存在する世界に適したものへと昇華させたのだ。

 モモンガはやりすぎたと後悔しているが、ラナーは材料さえあれば半導体を用いた電気回路の開発までやってしまうだろう。

 

「モモン様―」

 

 チリンチリンとベルを鳴らしながらクライムが補助輪付き自転車で走ってくる。

 

「お花つんできたー」

 

 クライムが手に持った赤い花を振っている。子供らしくあった当初とあまり変わらないクライムはモモンガの唯一の癒しだ。

 

「あとお肉取って来たー!」

 

 クライムは<無限の背負い袋>から巨大な悪霊犬(バーゲスト)の死体を取り出す。森の中で狩ってきたのだろう。強さについては子供らしさの欠片もなかった。

 

「食べられるのか?これ……ん?クライム口の中どうかしたのか?」

 

 クライムが口をモゴモゴさせているので、モモンガは怪我でもしたのかと心配になる。

 

「んっ……なんでもない、わん!ラナー様ただいま」

「おかえりなさいクライム」

 

 帰ってきたクライムの頭をラナーが撫でている。

 はた目から見ると子供同士の仲睦まじい微笑ましい光景なのだが、年齢以外のいろいろな面がおかしい。

 そしておかしいと言えば村の中にまたおかしなものが見えている。

 

「ところでずっと気になっているんだが……あそこに建てようとしているものはなんだ?」

 

 村の中心となる広場に巨大な木彫りの何かが設置されようとしている。どこかで見たような造形をしておりとても嫌な予感がする。

 

「あれはナーベ様のご提案によりリザードマンの部族すべてが賛同して製作した10/1スケール木製モモン像ですわ」

 

(何をやっているんだナーベラル!!)

 

 ラナーはリザードマンを救ったのは英雄モモンの英知によるものであると伝えていた。

 その結果彼らはモモンガを祖霊の遣わした神だと思っているようなのだ。それに気をよくしたナーベラルが発注したのだろう。

 黒々とした木から彫り出したと思われるその像は鎧姿のモモンの姿を精巧に再現していた。それを見てモモンガは決意する。

 

「ラナーまだ彼らが食料不足になる可能性はあるのか?」

「いえ、後は彼らだけで何とかなると思いますわ」

「ではこれ以上ここにいる必要もないな……」

 

 あんな像まで建てられて崇め奉られるなど罰ゲームでしかない。モモンガのその言葉にラナーは思案気な顔をした後、納得したように頷く。

 

「なるほど……そういうことですか」

「うむっ……まぁ、そう言うことだ」

 

 ラナーが何を思ったか分からないが反対しないのであれば是非もない。

 モモンガは、もはや集落とも呼べないほどの規模になりつつあるがリザードマンの集落を見ながら、新たな場所へ旅発つ決心をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 モモンガが旅立ち前になんとか木像の設置を阻止しようとナーベラル相手に四苦八苦している頃……ラナーとクライムは旅立ちの準備を始めていた。

 

 集落にいる間に増えてしまった荷物をいるものといらないものに分けていく。

 

「ラナー様。ここにずっと住まないの?」

「ええ、きっとこれもモモンガ様の予定通りの行動なのよ」

「モモンガ様の考えなら心配ないね!」

「きっとここでの《実験》は終了ということでしょうね。それに私にこれ以上文明を発展させるのを止めたかったのでしょう。迂闊でしたわ……まだ全世界がモモンガ様の下にひれ伏してないというのに……」

 

 この世界がリザードマンたちのみであればこのままでいいかもしれない。

 しかしこの世界には取るに足らない知恵しか持っていないにも関わらず、恥ずかしげもなくまるで自分は何でも知っていますとばかりに人々を支配している者たちがいる。

 彼らに本当の支配者とは誰か、それを教える必要があると主人はいっていたのだろう。

 

「さぁ、クライム。世界中にモモンガ様がいかに素晴らしい支配者であるか知らしめてあげましょう」

「わんっ」


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