モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~ 作:kirishima13
第29話 帝国を継ぐ者たち
まだ少年と言える年齢の男が二人の部下を引き連れてある街の大通りに向かっていた。名はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。バハルス帝国の皇子の一人である。
「さて、確かこのあたりだったか」
「ええ、報告どおり間違いありません」
「っていうか間違ってたら俺らも一緒に縛り首なんだけどな。本当にいいんですかい?」
「ちょっとバジウッド、殿下に対してその口の利き方は……」
二人はジルクニフの側近だ。
一人はバジウッド。口の利き方は粗雑だがそれは平民出身であるため目を瞑っている。それを窘めている貴族然としたもう一人はニンブル。下級貴族の出身の次男、つまり平民とそう変わらない身分の男である。
「いや、構わない。公式の場では許さんが、そういったところも含めて私の騎士団に勧誘したのだからな」
「そうそう、でもびっくりしやしたぜ。平民も含めた新しい騎士団を作るって聞いたときには」
現皇帝陛下、つまりジルクニフの父は厳しい男であり皇子である息子たちを遊ばせておくようなことはしない。質実剛健をモットーとする帝国の習わしとして息子たちに役職を振り競わせていた。
兄たちは他の有力貴族などにパイプを持てる大臣職を争って奪い合っていたが、ジルクニフはその時一つの提案をし、父の承認を受けていた。
すなわち、「新たな騎士団を創設しその指揮を任せてほしい」というものだ。
「びっくりしましたよ。私のような下級貴族まで取り込むとは……」
「まだ時間までしばらくあるな……。少しおしゃべりでもしようか。なぁ、ニンブル、バジウッド。今私は皇位継承権を巡って兄たちと争っているが、その継承者である皇子たちが一番恐れるのは何だと思う?」
「皇帝は長子継承ではなく、実力で勝ち取るもの……でしたかね?」
帝国の皇位については皇太子に継承権があると決まっているがその順位は実力によるものと代々定められている。獅子は我が子を谷底へ突き落とし、這い上がってきたもののみを育てるということなのだろう。
「やはり有力貴族とのコネクションでは?産業や農業で力を持っている貴族の発言力は侮れません」
「たしかにそりゃそうだな。金を持ってるやつのところには人も兵もいっぱい集まるしな。でもそんな貴族とつながりがあるだけで皇帝がつとまるのか? 俺はやっぱ人を引き付けるカリスマってやつが怖いんじゃないかと思うな」
予想通りの回答をするニンブルとバジウッドにジルクニフはニヤリと笑う。
「確かにお前たちの答えは正しい。しかし間違ってもいる。それは……」
ジルクニフが答えを言おうとしたその時、前方に複数の馬車が現れた。過剰なほど華美な金銀で飾り付けられた馬車の周りには複数の護衛が付いている。
馬車は馬上で道を塞いでいるジルクニフ達の前で止まった。
「何者だ!ランカスター公爵の馬車に立ちふさがるなど……」
御者台に乗っていた男が声を上げるが、ジルクニフ達の服装を見て顔色を変える。
「私はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス!帝国第8騎士団を預かる将軍である!皇帝陛下より賜った警察権によりお前たちの馬車の検問を行う!」
「な、なにを……」
「バジウッド!」
「へい!」
相手の返事を待たずバジウッドは迷わず一番後部に付けられた馬車へと向かう。周りの冒険者が、またはワーカーと思われる護衛たちも皇帝陛下の名代と聞いて戸惑っていた。
その隙をついてバジウッドは馬車の扉を開けようとするが予想通り固く閉ざされている。そのため腰の剣を引き抜くとその扉に叩きつけて無理やり斬り開いた。
そしてその中には……。
「んーっ……んーっ!」
そこには声にならない悲鳴を上げている女たちがたくさん詰め込まれていた。涙に顔を濡らし着ている物はほとんどなく半裸と言っていい状態だ。
「殿下、間違いねえ。村から攫われてきた女たちだ」
バジウッドの言葉にジルクニフは馬車へと目を向ける。その整った顔立ちに宿る瞳は帝国を荒らす悪を断ずる光のように人々の目には映ったことだろう。
「さて、馬車の中にいつまでも隠れてないで出てきたらいかがですか?ランカスター公爵殿!」
ジルクニフの言葉に馬車の中から妙齢の男が下りてくる。それに続き華美な服装の男も下りてきた。金色の髪が輝くその横顔はどことなくジルクニフに似ている。
「さて、ランカスター公爵と……おやおや?まさか兄上までこのようなことに関わっていたとは驚きです」
「なっ……私は違う!」
「違う?どの口がそのようなことを言うのですか?ここまで大勢の人間が目撃したこの場で! 帝国の法を犯す形で女性たちを攫ってきて!」
「本当だ!私は知らなかったんだ!ランカスター公爵が勝手に……」
「殿下、落ち着いてください。これは何かの間違いです。私も真摯に原因究明にご協力したいところ……私も後続の馬車にこのような女たちがいたということは知らなかったのです。まずは法律の専門家などを集めて……」
「黙れ!国賊が!」
言い訳を始めた侯爵だが衆人環視の中で響き渡るジルクニフの凛とした声に思わず黙り込む。
「どの口がそれを言う!すでに証人も証拠もすべて押さえている!見ろ!これがお前たちが攫い!そしてこれまでもて遊んで殺してきた人間たちの名簿だ!!」
ジルクニフはニンブルが差し出した羊皮紙の束を持ち上げると公爵に投げつける。それを読んだ公爵の顔は見る見る青くなっていった。
「お、お待ちを!これは……」
「既に証拠は十分! 帝国法に基づき! 私ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは皇帝の名代としてランカスター公爵を死刑に処す! ニンブル!」
「はっ!」
ジルクニフが腰の剣を抜くと同時にニンブルも剣を引き抜いた。そして一気に公爵のいる馬車まで馬で駆ける。
しかし、それを護衛が許すはずもない。馬車の周りにいた4人の護衛も剣を抜くが、次の瞬間には既に4つの首が地面に転がっていた。
抜身も見せる間もなくニンブルが剣を振るったのだ。
護衛のいなくなった公爵にジルクニフは駆け寄りその首を問答無用で刈り取る。その首からは噴水のように血しぶきが吹き上がりジルクニフの顔や服を赤く染めていく。
「ひっ、ひぃ!ま、待てジル!側室の子のお前が私を殺したりすれば母上が……」
「皇族でありながらこのような悪逆非道!潔く覚悟されよ!」
兄が何かを言う前に公爵を斬った剣をひらりと返し、躊躇なくジルクニフは兄の首を刈り取った。
「さて、帝国にあだなす逆賊は討ち取った。さて、残ったお前たちはただの雇われか?それとも主と同じ穴のムジナか?」
ジルクニフの言葉に公爵に雇われていた者たちは慌てて武器を放り捨て地面に首を垂れる。
「さて、女性たちをそのような格好のままにしておくものではないな」
ジルクニフはパチンと指を鳴らすとどこから現れたのか複数の兵士たちが毛布を持って現れて女性たちの肌を隠して保護をしていく。
そのあまりにもの手際の良さに武器を捨てた公爵の部下たちは下手に反抗しなくて正解だったと安堵する。もはやこの場にジルクニフが現れた時点ですべては仕組まれており公爵の敗北だったのだ。
「我が愛する帝国臣民たちよ!よく聞け!我々帝国騎士団第8軍は貴族・平民問わずに公正なる裁きを行う!諸君らの平和は我らが守る!もしこのような非道が今後も行われるようであれば我らを頼るがよい!」
血塗れになりながら堂々と言い放つ、まだ少年とも呼べるほどの年齢のジルクニフの言葉に周りで見ていた群衆は一人また一人と跪き、畏怖と尊敬の感情を抱きながら頭を下げていく。
「なんという王の器……」
「まさにあの御方こそ次代の皇帝陛下に相応しい」
「側近のニンブル様の剣技を見たか?カリスマだけでなく恐るべき力も備えておられる」
「ジルクニフ殿下!万歳!」
その後、噂が噂を呼び、ジルクニフの通る先では我先にと帝国国民は道を開け、自ら進んで頭を下げていった。
その様子を見ながらジルクニフは満足そうに微笑む。
「殿下、せめて顔くらい拭いてください」
さすがに血塗れのままというのを放置するわけにもいかずニンブルがハンカチを濡らして手渡す。
「ああ、すまないな。そうそう、先ほどの答えだがな」
「殿下たちや貴族が恐れるものですか?」
「そうだ、今のがその答えだ。つまり絶対的な『暴力』。権力者はそれが怖くて怖くて仕方がない。そのくせ見栄を張って暴力よりも権力のほうに力を注いでしまうからこのような結果になるのだ」
「っていうと何ですか?お貴族様は俺らが怖いってことですかい?」
「ははははは、バジウッド。そのとおりだ。どんなに金を持っていようと、どんなに広大なコネクションを持っていようと、自分の首が体から離れてしまえばそんなものは使いようがない。この世界には一人で100人1000人を相手に出来る圧倒的な強者がいるのだ。そんな強者を敬い、仲間にしなくてどうする」
「なるほど、だから殿下は大臣なんかより平民でもなんでも関係なく強者を集める軍を率いることにしたってことですかい」
「そのとおりだ。不快か?」
「いえ、俺をあんな裏路地から引き抜いてくれた殿下にはどんなに感謝してもしたりませんぜ」
「それはありがたい。私もお前たちを信頼しているからこうしていられるというわけだ」
「信頼してるのは私たちも同じですけどね。証拠を集めて裏で糸を引きながらあれだけの場を用意したのはすべて殿下の手腕ではないですか」
ニンブルはジルクニフを尊敬の目で見る。事実ジルクニフの手腕は常軌を逸していた。わずかな情報から的確な指示を各部署へ送り、そしてこの日この時のためにすべて準備を万全にしたうえで不正を罰したのだ。
「私だけの力ではないさ。平民出身だが優秀な軍の諜報担当が複数動いてくれている。それにあそこであの二人を殺せなかったらおしまいだったからな。慎重にもなるさ」
「あの証拠だけでも十分かと思いますが……」
「それはやつらを甘く見すぎだ。公爵がその権力を使えばトカゲのしっぽを用意して簡単に逃げ切るだろう。だからこそあそこでお前たちに護衛を処分させて命を奪ってしまう必要があった。まぁ兄上は本当に知らなかったようだが、どうせ気弱な兄上のことだ。公爵の肉欲接待を受け入れて骨抜きにされていただろうさ。そんな人間を皇帝にするわけにはいかない」
「まったく恐ろしい人です……」
「私なんてまだまだだ。伏魔殿には兄上の母であるあの皇后様がいらっしゃるからな……」
正妃である皇后はジルクニフにとってもっとも厄介な相手だ。自らの子供を皇帝にしようと様々な手段で画策しており、ジルクニフにしても今回のことに対する皇后の反撃を予想すると頭が痛くなる。
「だが、この国はこのままではいけないのだ……」
帝国は広大な領土を持つが、リ・エスティーゼ王国と違い肥沃な大地を持っているというわけではない。その中で歴代の皇帝が貴族たちをまとめ食料を融通しあい国を維持してきた。
しかし、民と国を守るべく長く続いた貴族は譲り受けた爵位を自分自身の力と勘違いし、己の欲望にのみその力を振るう貴族が増えてきている。
国の根幹を担う国民を欲望のために殺してしまうような貴族ばかりになってしまってはジワジワと帝国は自らの首を締めることになるだろう。
「隣の国がうらやましいものだ……」
リ・エスティーゼ王国では帝国以上に貴族の腐敗が進んでいるが、それでも国を維持できるほどの食料生産があるのだ。王は凡庸で発言力がなく、貴族たちは付けあがり民を虐げているというのにである。
(私が王国を支配してしまえば……)
何度そう思ったか分からない。この国にしてもそうだ。皇帝はよくやってはいるが皇后からの進言に甘く、政策が中途半端だ。奴隷制度を全面的に取り締まらないのもその影響だろう。
この国を救う、そのためにはたとえ父親でも……。
「ニンブル、バジウッド。もしもの話だが帝国の近衛兵全員とお前たちが戦ったとして勝てるか?」
「へ、陛下突然何を!?」
「たとえ話だ、あまり深く考えるな」
「俺とニンブルの二人じゃちょっときついだろうな。あいつら結構隙がないぜ」
「率直に言ってそのとおりですね。まぁあと一人か二人くらい我々と同じくらいの戦力が入ればなんとかなるかもしれませんが……」
「あと一人か二人か……」
「ちょっ、ちょっと殿下!?変なこと考えないでくださいよ!?」
「ははは、何を言っている我々は皇帝陛下直属の騎士団だぞ。変なことなど考えるわけあるまい」
「ほんと勘弁してくださいよ……」
ニンブルが首を振りながら肩を落としている。ジルクニフが少しからかい過ぎたかと反省していると……。
「殿下!」
ニンブルとバジウッドの二人が馬上で警戒態勢を取る。
まだ街中であり無人の野を行くがごとく人垣が割れていくなかを進んでいるというのに何があったというのだろうか。
ジルクニフが前方に目を見やると帝国民と全く異なる動きをしている者たちがいた。道を避けることもなく堂々と真ん中を進んでくる4つの人影。
一人は漆黒の鎧を着た偉丈夫。一人は驚くほどの美貌を持つ黒髪の女。一人は赤い頭巾の痩せた幼女。そして犬。
(……犬!?)
よく見ると2本足で歩いているので獣の皮でもかぶっているのかもしれない。
彼らはジルクニフ達と同様に無人の野を行くがごとく民衆たちの間を堂々と進んでくるとジルクニフたちの前で立ち止まった。
漆黒の鎧に動きはない。しかし黒髪の美女と赤い頭巾の幼女は思い切りジルクニフ達を睨みつけていた。犬に至っては唸り声をあげている始末だ。
(な、なんなんだこいつらは!?)
馬を止めたジルクニフは奇妙な集団と往来でお互いに見つめあうのだった。