モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~   作:kirishima13

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第30話 腹黒皇子と漆黒の戦士

 リザードマンたちと別れた後、モモンガたちはバハルス帝国へ向けて移動していた。その道中……。

 

「痛い……痛い痛い……」

 

 突然クライムがうずくまって苦しみだしたのだ。その苦しみようにモモンガは慌てる。

 これまでクライムたちには陽光聖典を始め数々の魔物たちと戦闘をさせてきた。しかし、多少の怪我をすることはあるもののここまで苦しそうな顔をしているのは見たことはない。

 もしかしたら戦闘中に大怪我を負っていてそれを隠していたのだろうか。それであれば保護者であるモモンガの責任といえる。

 

「ど、どうした?怪我か?大丈夫か、クライム?」

「モモンガ様、ペットの体に傷はありません」

 

 すぐにクライムを裸に剥いて状況を確認するナーベラル。『なぜ脱がした』とは思うものの確かにナーベラルの言う通りどこにも外傷は見当たらない。怪我ではないということは何らかの病気か呪いの類という可能性が挙げられるが……。

 

(クライムに与えたアイテムである程度の状態異常は防げるはず……ということは私も知らない未知の状態異常ということか!? トブの大森林の風土病?ならばどうする!?)

 

 子供の世話などしたことがない。モモンガの精神は予想外の事態への動揺で限界を迎えるが、鎮静化して落ち着きを取り戻す。

 

「クライムどこが痛い?どうしてそうなったのだ?」

「は……」

「は?」

「歯が痛いよぉ……」

「……」

「モモン様ここは私が診ますわ」

 

 ラナーはクライムに口を開かせると口内を観察する。しばらく中を診察した後に溜息を一つ吐くと無慈悲にもその頬を思いっきり指で突いた。

 

「ぎゃああああああああああああ!!!」

 

 クライムがあまりの痛みに絶叫して転げまわる。

 

「クライム。<無限の背負い袋>の中身を見せなさい」

「や、やだ……」

「見せなさい!!」

 

 ラナーの剣幕にクライムは涙目で自分の<無限の背負い袋>をラナーに渡す。その中身を見たラナーはため息を吐いた。

 

「あなたモモン様からいただいたチョコレートを1日いくつ食べました?」

「……」

 

 クライムは片手の手のひらを広げる。5個だろうか。

 

「50個も食べていたの、あなたは……」

 

 50個という数にモモンガは最近クライムが食事の時あまり量を食べていなかったのを思い出す。さらに昼間に口をもごもご動かしている時があった。あれはチョコレートをつまみ食いしていたのか。

 

「チョコレートもクッキーもキャンディーも没収です」

「いやあああああああああああああ!!」

 

 クライムがこの世の終わりのような顔をして泣き叫んでいる。これはもしかしたら……。

 

「虫歯です」

 

 モモンガの予想通りだった。

 それは甘いものばかりを食べて歯も磨いてなければ虫歯にもなるだろう。モモンガはクライムを子供だと甘やかしすぎたと反省する。

 

「確かインベントリの中に歯ブラシも入っていたはずだ。後で渡すので今後はそれで毎食後歯を磨くように」

 

 モモンガ自身が飲食不要だったので虫歯という可能性を考えなかったのが失敗だった。これも人間をやめたデメリットなのかもしれない。ならば今後のために実験が必要なのかもしれない。

 

「しかし……とりあえず私としては虫歯というものがステータス異常なのか負傷扱いなのかが気になるところであるな……。どうせ乳歯だし抜く前にいろいろと実験してみてもいいか?」

「クライム。モモン様がこうおっしゃっております。これに反省して今後は甘いものの食べすぎは控えるようにするのですよ。モモン様、出来るだけ痛くしてやってください。私もっとクライムの泣き顔が見たいですわ」

「お、おう……」

 

 ラナーのドS発言にドン引きしつつ、クライムは残りの生命力を観察されながら虫歯にダメージを与えたり回復をされたりすることとなった。

 

 どうやら虫歯部分を削り取ったり折ったりした後に治癒魔法を使用するとその部分は健全な状態に戻るようだが、状態異常回復の魔法では治らないようだ。

 

 結局最後はあまりに泣いているクライムを哀れに思ったモモンガが麻痺で麻酔をかけてやり、虫歯は抜かれることとなった。

 

 

 

 

 

 

「クライム隙だらけですよ」

「ぐふっ……」

 

 ラナーの杖がクライムの腹部を突く。

 お菓子の禁止を言い渡されたクライムはその禁止解除の条件として防御系の武技の取得を義務付けられた。

 

 ラナーが様々な資料や伝承から武技の取得条件として出した結論。武技とは本人がそれを必要とする『意志』と『経験』により習得するというものだ。トブの大森林での戦闘では一方的過ぎて防御を必要とすることが少なすぎた。

 そのための実証実験が現在行われている。

 

「<魔法の矢(マジック・アロー)>」

 

 不意打ちで斜め後ろからナーベラルが手加減して放った1本の魔法の矢をクライムはすんでのところでバックラーで防ぐ。

 このように移動中もまったく気が抜けるような状況でなく、右から左から攻撃をされまくっていた。

 

(6歳児にこれはどうなんだろうか……)

 

 児童虐待という言葉がモモンガの脳裏によぎる。虐待している側も児童だからセーフだろうか。

 

「武技<要塞>や武技<城塞>などの低位の武技くらいそろそろ覚えて欲しいですわ。それらを覚えて初めて武技<不落要塞>へと至ると聞きます」

 

 <不落要塞>は御前試合でガゼフの使った武技である。ユグドラシルでは存在しない能力であり、使われて攻撃を無効にされた時はモモンガも驚愕したものだ。

 

(あれって最高位の武技だったのか……相手の攻撃の無効化とかどう見てもチートクラスだものな……)

 

「魔法や遠距離攻撃を防ぐ武技などはないのか? または防いだことで相手の体勢を崩すものとかは?」

「私は存じませんがモモン様はご存じなのですか?」

「ああ、パリィやミサイルパリィ、マジックパリィなどがあったな。それらが取得可能かどうかも知っておきたいところだ」

 

 そのために児童虐待と思いつつもナーベラルに魔法攻撃もさせている。防御力を高めるだけの<要塞>などと比べてパリィは相手の攻撃を捌き、数秒の硬直時間を相手に与えるものだ。

 

 実践においてその数秒は致命的な隙ともなりえる。それを防ぐためにユグドラシルでは攻撃する方もパリィされないようタイミングを計ったりスキルや魔法を使って駆け引きをするものだった。

 

「ですがそろそろ街につきそうですわ。このあたりでやめておいてはどうでしょうか」

「そうだな……」

 

 さすがに人前で児童虐待は見せられない。のんびりと移動して来たがいよいよ2つ目の人間の国だ。リ・エスティーゼ王国のような国でないことを祈るばかりだが、未知の土地を探索するというのは実に気分が高揚する。これが冒険の醍醐味というものだろう。

 

 そんな気持ちのモモンガ一行は領地の名を示す看板を横目に兵士たちによる検問を終えて街へと入っていく。

 するとなぜか道行く人々が道の両脇に立って道を開けていた。

 

「ふふんっ、虫けらたる身の程を弁えた街のようですね。モモンガ様のために道を開けているのでしょう」

 

 ナーベラルがさも当然のように胸を張っているが……。

 

(いやいや、そんなわけないだろう!?どうしたんだこれは?)

 

 きょろきょろと周りを見ながら道の真ん中を進んでいくと前方から馬に乗った3人の人間が進んでくるのが見える。

 彼らが纏っているのは元は煌びやかな鎧だったのだろう……が血を浴びたように赤く染まっていた。

 

 バハルス帝国の皇太子の一人であるジルクニフと護衛のニンブルとバジウッドである。

 

 その様子にモモンガは自分たちが避けた方がいいと判断するが、指示する前にナーベラルたち3人が堂々とその正面へと向かっていってしまった。

 

(ちょっ!待って!?)

 

 一方、ジルクニフの護衛のニンブルとバジウッドもモモンガたちに気が付くとジルクニフの前に出るように立ちふさがる。

 

「止まれ!ここは天下の帝道である!さらにジルクニフ殿下の御前である!道を開けるがいい!」

 

 大男(バジウッド)の声にモモンガはすぐに道の端に移動しようとするが、その前にナーベラルが声を上げていた。

 

「ふんっ、ここが天下の公道であるというのであればなぜその天の前に立ちふさがるというの?」

「な、なんだと?」

 

 あまりと言えばあまりの言葉にさすがのバジウッドも怯む。相手は自らを天に例えたのだ。皇帝位は宗教上、天より与えられるものとされる。ナーベラルの言葉は自らが皇帝より上だと言ったも同然であった。

 思わずモモンガが顔を手で覆っている中、ジルクニフが前へと進み出た。

 

「やめよ。たかが道を譲る譲らないで争うなど見苦しい」

 

(まさにおっしゃるとおりです……すみません)

 

 それはモモンガがいつも思っていたことだ。まだ少年と言えるような年齢のジルクニフへの共感にモモンガは好印象を抱く。

 

 一方、ジルクニフは穏やかに対応しつつも心の中でしっかりと警戒を緩めず相手を観察していた。

 

(とてつもなく美しい女だな……王族かなにかか?立ち位置的には漆黒の鎧が一番偉そうだな……しかし後ろの子供と犬はなんなんだ?)

 

 冒険者なのか芸人か何かなのか。今まで出会ったことのない種類の人間たちだった。ジルクニフは小声でニンブルとバジウッドに耳打ちする。

 

「ニンブル、やつらの実力がはかれるか?」

「いえ……すみません。何も感じませんが……」

「殿下……この場合何も感じないってのが何かヤバいって気がしますぜ……見てください、ほら」

 

 バジウッドが小手の隙間から肌を見せると一面に鳥肌が立っていた。帝国有数の実力を持つ戦士であるバジウッドがである。ジルクニフは相手への警戒度をさらに一段上げる。

 

「なんて言ったらいいか分かんねえがヤバい。俺は力づくで何とかするのは反対ですぜ」

「ふっ、私もそんなつもりはないとも。相手が強いなら強いで対応はいくらでもある」

 

 戦士の勘というものが馬鹿にできないことをジルクニフは知っていた。そのおかげでこれまで何度も命拾いしてきたのだ。バジウッドが危険と判断した相手であるならば相応の礼を以って接する必要があるだろう。

 ジルクニフはモモンガたちに対して馬上で優雅に一礼する。

 

「部下が失礼したな。まずは自己紹介を。私はバハルス帝国第三皇子で帝国第8騎士団を預かっているジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスという。こちらは部下のバジウッドとニンブルだ。そちらのお名前を伺っても?」

「ふふんっ、恐れ多くも御方のお名前を聞きたいですって?身の程を知らずですが……いいでしょう!こちらにおわす御方こそすべての創造主様たちのまとめ役、この世のすべてを支配されるべき絶対の……キュッ」

 

 モモンガのチョップが頭にクリティカルヒットしたナーベラルは頭を押さえながら涙目でモモンガを見上げる。

 

「こちらも仲間が失礼した。彼女はアダマンタイト級冒険者のナーベ。少し妄想癖があるが許してほしい。私はまだ冒険者ではないがモモンという。赤い衣装の子供がラナーで犬の格好をしているのがクライムだ。訳あって共に旅をしている」

 

(ナーベとモモン?どこかで聞いたような……どこだったか……そうだ!リ・エスティーゼ王国の御前試合!)

 

 王国へ潜入させている諜報員から王国の御前試合の結果は聞いていた。会場を破壊しつくすほどの魔法を放った冒険者ナーベ。魔力切れで負けを認めたナーベを無慈悲にぼこぼこにして泣かせて優勝した屑のモモン。

 

(じいもえらく興味を持っていたな……。しかしなぜ二人が一緒に?それにラナーと言うのは王国の第三王女と同じ名だ……。だが……いずれにしろ取り込まない手はない!)

 

 特に帝国の主席宮廷魔術師であるフールーダをジルクニフの陣営に取り込むためにも冒険者ナーベという高位の魔法詠唱者はぜひ欲しい。

 

「モモン殿。貴殿はまだ冒険者ではないと言ったが仕事を探しているのかな?」

「まぁ……そうなる」

 

 ナーベラルやラナー、クライムでさえ金を持っているが、モモンガ自身が稼いだ金はなく、現地の所持金はゼロである。困っているわけではないが、働いてもなく、所持金もないというのは社会人であったモモンガにとって不安でしかない。

 

「それであれば私の騎士団に来てはどうだろうか?貴殿たちならば高待遇で歓迎しよう」

「えっ……いくら……」

 

 『いくらくらいもらえるの』という言葉をモモンガは飲み込む。

 『働きやすい職場です』『家族のような親しみやすさ』『高待遇高賃金』、こういうのはブラック企業の常とう句だ。安易に信じると馬鹿を見る。

 

「んんっ、いくら好待遇でもそのつもりはない」

「それは残念だ。しかしいつでも歓迎するから考えておいてくれ。では冒険者としての活躍に期待させてもらうよ。私からも何か依頼するかもしれないからね」

「分かった。その際はぜひ引き受けさせてもらおう。では、我々はこれで失礼する」

 

 モモンガは一礼するとジルクニフたちを避けて街の中へと入っていった。

 

「殿下、行かせてしまってよかったんですかい?」

「いいわけないだろう!追え!どこに行き、どこに泊まり、何をするのかすべて確認してくるんだ。万が一そんなことはないだろうが、皇后や兄の勢力に取り込まれたら不味い。後で諜報員も合流させる」

「了解!じゃあ行ってきますぜ!」

 

 バジウッドは馬をニンブルに預けると人込みへと紛れ込んでいった。もともと裏路地で生活していた元庶民だ。うまく溶け込んで探ってくれることだろう。

 

「殿下、彼らのことを気に入ったんですか?」

「お前たちが強いというのならば間違いないだろう。強者であり、話が通じるのであれば見た目や身分や性格などどうでもいいことだ。少なくともお前たち並みの強者があと二人は欲しいな」

「ちなみに他に目をつけてる方がいたら教えていただけますか?私の同僚になるかもしれませんので……」

「そうだな……闘技場の武王『白亜蛾眉(はくあがび)』とかはどうだ?」

 

 ニンブルは予想もしていなかった人物を挙げられ困惑する。武王とは帝都の闘技場におけるチャンピオンに付けられる称号だ。

 

「それ人間じゃないじゃないですか……」

「話が通じるのであればそれでもかまわないではないか。じいなどアンデッドを使役して働かせることができないか研究したいなどと言っているのだぞ」

「えー……さすがにアンデッドはないでしょう。アンデッドは……」

「私もそう思うがじいを引き込むためには仕方がない……」

「フールーダ様は帝国の礎ですからね……」

 

 フールーダ・パラダイン。主席宮廷魔術師である彼は魔力系魔法・精神系魔法・信仰系魔法の三つの系統を修め三重魔法詠唱者(トライアッド)と呼ばれる最強の魔法詠唱者でもある。

 『フールーダ・パラダインがいる』、それだけで他国は帝国との戦争を避けるほどの影響力を持っている。

 

「お前はどこかに強者の心当たりはないのか?」

「そうですね……。強者と言えばロックブルズ家の令嬢なんてどうですか?剣を持っては天衣無縫と言います。あのワーカーチーム『竜狩り』に挑んで勝ったとか」

「ああ……彼女なら知っている。冒険者でもないのに領内の魔物を駆逐して回っているとか色々噂は聞いているが……あれは駄目だ」

「何か問題でも?」

「近日兄の派閥の人間との結婚が決まっている。さすがに無理に婚約を解消させてこちらに引き込むわけにもいくまい、よほどのことがない限りな……」

「ああ、そういえばそうでしたね。婚約者との仲も良好だとか聞きます」

「今のところじいを取り込むのは絶対として、候補としては武王にナーベにモモンと言ったところか。忙しくなるな」

 

 皇后の策謀への対応もしつつ各地からの情報も整理しなければならない。身の回りも固めなければならない。やることが多すぎて目が回りそうであるがこれから激動の時代となるだろう帝国の未来を創っていくためには必要なことだろう。

 ジルクニフはいまだに自身を称える民衆の声に応えながら思索にふけるのだった。

 

 


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