モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~ 作:kirishima13
「ふっ!ふっ!」
手入れの行き届いた庭園の一角でブンブンと剣を振る音がしている。
そこにいるのは金髪碧眼の美しい少女。とても剣を振るような容姿には見えないが、その剣筋は一切のブレがなく、玄人が見ても目を見張るほどのものであった。
彼女の名はレイナース、ロックブルズ伯爵家の次女である。
「やあ、レイナース。今日も剣を振っているのかい?」
声をしたほうへ振り向くと期待したとおりの相手がいてレイナースは顔を綻ばせる。
「リチャード!」
レイナースは剣を置き男に駆け寄るとキスをする。
そこにいたのは帝国第一騎士団の団長にして国の重鎮である皇帝の血筋にも連なる公爵家の長男リチャードであった。
リチャードの公爵領はロックブルズ伯爵領に隣接しており、古くからの付き合いがある。さらに彼は次期当主にしてレイナースの婚約者でもあった。
帝国内でも文武両道の好青年と評判であり、レイナースは彼のことをとても尊敬していた。
「ああ、私の愛するレイナース、こんな汗だくになって。君が剣を振る必要なんてないんだよ、君に何があろうと私が守ってみせるから……」
「いえ、これは……リチャード様の剣に比べれば趣味みたいなものですから……」
リチャードがその整った顔でにこりと笑うと白い歯がキラリと光る。誰もが見惚れるようなその笑顔にレイナースは頬を染める。
趣味といいつつもレイナースは剣の鍛錬を怠ったことはない。幼いころから英雄譚に憧れて剣を取ったレイナースは、これまで敗北というものを知らなかった。
剣を教わった師であるロックブルズ家の護衛の騎士は当時10にも満たないレイナースに叩きのめされ、領を訪れたミスリル級の冒険者に無謀にも挑んで引き分けたことさえある。
「私は君の美しい顔に傷でもついたらと思うと心配だよ。もうすぐ僕たちは結婚するんだからね」
「まぁ、恥ずかしいですわ」
レイナースもいつまでも剣を振るってばかりはいられないことは分かっている。近日ステュアート公爵家に嫁ぐことになっているのだ。そうなれば剣を振るうのではなく、妻として夫を支えていかなければならないだろう。
「レイナース!リチャード様がいらしゃって……あっ……」
「うちの娘が申し訳ありません!ほんとうにお転婆で……」
レイナースの兄と母が館から出てくる。
リチャードは入り口から直接庭へと来たのだろう。まさか婚約者が直接庭に来ているとは思っておらず慌てているようだ。
彼らは貴族の令嬢でありながら剣を振るっているレイナースを恥ずかしく思っているのだろう。もしそれではるか格上の公爵家との縁談がなくなったりでもすれば目も当てられないのだから……。
「レイナースあなたはもっとお淑やかになりなさい。そんなことではリチャード様に嫌われてしまいますよ」
「ええっ!?」
母の言葉にレイナースは驚き顔を青くする。
レイナースも心からリチャードを愛しているのだ。そんな彼から愛想をつかされるなど想像もしたことがなかった。
「ははははは、嫌ったりするわけないじゃないですか。私はね、レイナースの力でも容姿でもなくその美しい心を愛しているのですから」
「リチャード様……ありがとうございます。私もリチャード様を心からお慕いしておりますわ……」
手を取り合い身を寄せ合う二人だけの甘い空間に兄と母は苦笑いするしかない。
「ああ、もうごちそうさま!リチャード様、こんな妹ですがよろしくお願いしますね」
「それよりいつまでもこんなところにいないでお茶でも飲みませんか?」
「おーい、お茶が入ったぞー!」
屋敷から大きな声が聞こえる。既に父が準備していたらしい。そのあわただしい様子にレイナースは思わず微笑む。仲の良い両親に優しい兄、そして愛する婚約者。
(こんな人たちに囲まれて私はなんて幸せなの。そうね……リチャード様のためですもの。剣よりはもっと花嫁修業をがんばらなくてはいけませんわね……)
「分かりました、お母さま。
優しい婚約者と家族とともに屋敷に向かいながら、レイナースは剣を捨てる決心をすると本当に幸せそうな顔で笑うのだった。
♦
彼は腐臭漂う密室の中で蠢いていた。
───イタイ
彼は無敵だった。
───クルシイ
彼は一族の長だった。
───クヤシイ
彼は強者だった。
───オノレ
彼は誇り高かった。
───ニクイ……ニクイニクニクイ
帝国闘技場、その死体置き場で腐肉が盛り上がる。
───グルルルルル
そこから現れたのはかつて森の王として君臨していた巨大な狼の魔物。多くの同族たちの中で突然変異と言われるほどの巨体を持つものの、人間たちに捕らわれ闘技場において数多の敵を屠ってきたツワモノ。
そして今日、武王『白亜蛾眉』に敗れてバラバラにされて殺された獣であった。
───カワク……カワクカワクカワク!
死体置き場には闘技場に連れてこられた様々な死体があった。スケルトンやゾンビ、吸血鬼や人間、そして巨大な狼。
その中で誇り高き狼の白い魂は穢れ、死しても敗れた悔しさを忘れない魂は大地へ帰ることなく周りの血肉を取り込んで黄泉帰る。
「グアアアアアアアアアア」
咆哮とともに腐肉が周りに飛び散る。
中から現れたのは白い毛並みに包まれた巨大な狼であった。その体を取り巻くように呪印のようなものが刻まれ、その4つもある眼光は真っ赤に発光していた。
それはまごうことなきアンデッドの眼光。帝都の中心より呪われし獣が解き放たれようとしていた。