モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~   作:kirishima13

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第35話 狼と踊る男

 冒険者チーム『漆黒』への指名依頼の依頼主、それはジルクニフである。

 依頼内容は帝国内を荒らす狼型のアンデッドと思われる魔物の捕獲。討伐でなく捕獲なのはもし調教(テイム)出来るのであれば戦力としてその魔物が欲しいということだろう。

 事前情報によると人語も解する魔物であり、そういった魔物は交渉次第では人に従う。それを期待してのことだろう。

 

 依頼を受けたモモンガは目撃情報のあった帝都の郊外の森へと向かっていた。

 時間帯は夜。相手がアンデッドである場合、日中はペナルティを受けステータス低下等があるため、洞窟などに潜んでいる可能性を考えてだ。

 

 しばらく捜索を続けるとモモンガのスキル『不死の祝福』に反応があった。これはモモンガの常時発動(パッシブ)スキルの一つで、アンデッドの数や方向が大雑把にだが分かるというものだ。

 

「この先にアンデッド反応がある。相手は1体だな」

「モモンガ様、先手必勝で仕留めましょうか」

 

 いつものようにナーベラルが物騒なことを言う。これが敵対プレイヤー相手の殺し合いならばそれで正しいが、今回は事情が違う。

 

「状況次第ではそれもやむを得ないが、とりあえず交渉してみよう。依頼主は生け捕りを希望しているからな」

 

(皇子が俺たちを勧誘して来たくらいだし……もしかして帝国はアンデッドであってもそれほど気にしないのか?)

 

 もしそうであればモモンガたちには住みよい国となる可能性はある。捕まえた場合はその扱いについてぜひ聞いておかねばなるまい。

 

「とりあえず私一人で交渉してこよう。お前たちはここで待機していてくれ」

「モモン様、お一人では危険です!」

「油断は禁物だが……見たところそれほど強くもなさそうだ。それに……いや、なんでもない」

 

 ナーベラルたちに任せるのは心配だという言葉を飲み込む。

 リ・エスティーゼ王国では怒りのあまり交渉相手を皆殺しにしてしまった。それがナーベラルたちの手本にされていると仮定すると、このままではジルクニフに魔物のミンチを渡すことになってしまいそうだ。

 

(それにラナーたちに任せるのもな……頭はいいのになぜか考え方がナーベラルに近いような気がするんだよな……)

 

 むしろ分かっていてあえてナーベラルに合わせているとさえ感じる時がある。

 クライムについては論外だ。結局モモンガが出ていくのが一番穏やかに交渉を進められるという結論に達した。

 

「もし危険であればすぐに知らせる。ここで隠れていてくれ。逃げられても面倒だ」

 

 有無を言わせずナーベラルたちには待機を命ずると、モモンガは前方で伏せたまま休んでいるように見える狼型の魔物へと向かう。まだこちらには気づいていないようだ。

 

(でかいな……フェンリルに似ているか……)

 

 伏せていてなおモモンガが見上げるほどに体が大きい。その大きさはナザリック地下大墳墓第6階層に放たれていたフェンリルを思い出させた。

 

(確か階層守護者のアウラが使役していたな……彼女がいれば調教するのも楽だっただろうが……ん?顔に何か刺さってるな)

 

 よく見るとその魔物の目には銀色のナイフが突き立っていた。

 

(銀のナイフか?誰がやったのかは知らないがアンデッドには確かに有効だな。ふむ……自分では抜けないのか?)

 

 アンデッドの中には銀を使った武器や魔法の籠った武器でしか攻撃を受け付けない者は多く、モモンガ自身にもそれは該当する。通常の何の効果もない武器では傷一つ付けることはできないだろう。

 

 しかし、この魔物と戦った相手はそれを知っていてか、はたまた偶然か。有効な攻撃をしたらしい。 

 モモンガが興味深く魔物を観察していると、相手も気づいたのかその4つの目がモモンガへと向けられた。

 ここは初対面同士である。いきなり敵対する理由もないので社会人の常識としてまずは挨拶から入ることにした。

 

「やあ、いい夜だな」

 

 天気の話は挨拶の鉄板だ。ありきたりであるが会話のきっかけにはなる。

 モモンガは出来るだけフレンドリーに話しかけてみたのだが……言葉が通じないということは恐らくないだろう。この世界では人間だろうと魔物だろうと何故か言葉が自動翻訳されるようなのだ。

 

「グルルルル……オカシナ奴!」

「おかしな奴ではない。私はモモンという。ところで……私のどこがおかしいと思ったのだ?」

「オマエ何ノ臭イモシナイ!」

「ああ、なるほどな……」

 

 アンデッドとは言え獣だ、嗅覚が優れているのだろう。汗をかくどころか肉体さえないためモモンガに臭いがしないのは当然だ。そこに魔物は違和感を覚えたということだろう。

 

「私には敵意はないから安心してくれたまえ狼くん。ちょっと聞きたいことがあるだけだ」

「オマエ……ヨワイ?ツヨイ?分カラナイ!喰ウ!グガアアアア!」

 

 いきなりモモンガを丸飲みにしようと、大口を開けて肩口に噛みついてきた。問答無用かと思いつつも実力を確かめるためその攻撃を放置する。

 予想通り上位物理無効化が働きダメージは一切なかった。

 

(うん……ダメージはないな……しかしやっぱり魔物はあまり話を聞かないのか?どうする?ナーベラルの言った事がやはり正解だったか?)

 

 モモンガは最後まで交渉に屈しなかった生贄()を思い浮かべる。あれは本当に話を聞かなかった。しかしまだ交渉は始まったばかりだ。諦めるのはまだ早い。

 

「よーし!よしよし!まだ話が終わってないぞー?まずお前の種族を教えてくれないか?」

「ング!?」

 

 いまだに肩に噛みつかれたままだが、モモンガは辛抱強くフレンドリーに狼を撫でる。怖がっている動物が噛みついてきても敵意がないと示せば仲良くなれる……と昔テレビでモモンガは見た気がする。ならば我慢だ。

 

 一方、魔物は噛みついても一切傷つかず動揺もしないモモンガに目を白黒させながら戸惑いつつも、鎧に噛みつき続けていた。

 

「もしかしてお前の種族はもともとフェンリルだったりしないか?アウラと言うダークエルフの少女がフェンというフェンリルを飼っていたんだが名前に聞き覚えは?」

「ガルルルル!」

 

 モモンガの言葉を聞き流し何度も何度もモモンガに噛みつくが一向に傷がつくことはない。

 

「よしよし、落ち着け。怖くないぞー?よーしよしよし」

「グルルルル」

 

 ずっと噛みつかれたままでモモンガは魔物の顔の毛を撫でつつ手を伸ばすと、銀のナイフをその目から抜いてやる。さすがに刺さったままなのは痛々しい。

 

 

「ギャウ!」

「よしよし、痛かったなー?もう大丈夫だぞー?」

 

 昔テレビで見た動物好きのおじさんを思い浮かべながら、落ち着かせるようにモモンガは狼の頭や腹を撫でまわす。こうすることで動物と心を通わせて分かり合える……とテレビで言っていた。

 一方、狼はモモンガに噛みついたまま離そうとはしない。

 

「よしよしよしよしよしよし、ははははは、元気だなー?」

「ガルルルル!」

「よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし……」

「グルルルル」

「……」

「グルルルル」

「よーしよしよし…………あー!もう……無理!!」

 

 一見踊るように狼と戯れていたように見えたモモンガであったが、おもむろに狼の胴体に手を回すと腰を掴むと体をのけぞらせた。俗にいうバックドロップである。

 

「……」

 

 ドゴンという音とともに予想外の膂力で頭を地面にめり込まされた狼は沈黙した。

 

「こんなことで分かり合えるか!もう面倒だ……話が出来ないのであればこのまま始末して……」

『モモンガ様、お待ちください』

 

 調教スキルもなく、それ以外の方法での調教実験もうまくいかなかった。諦めて普通に倒してしまおうとするモモンガにラナーからの<伝言(メッセージ)>がきた。

 

『生け捕りにするのではなかったのですか?』

「あ……」

 

(そういえばそうだったな……でももう面倒だな……それとも俺のスキル『アンデッド支配』が効くだろうか?でもそれだと俺がアンデッドを操って帝国に被害を出したとか思われる可能性も……)

 

『指輪を外してモモンガ様の御力を示してはいかがでしょうか?その威光の前にすべての者がひれ伏すかと思います』

 

「そうか……?」

 

 そのあたりのことはいまいち実感が出来ないところだ。強者の気配だの威光だの、スキルによらない探知方法をモモンガは持っていない。

 

 しかし、ナーベラルを含めてこの世界では相手の強さを感じ取れる能力があるようなのだ。今は気配を消す指輪を付けているが外した場合、モモンガとの力の差を思い知る可能性はあるということだろう。

 

『周りにいる有象無象どもへの良い牽制にもなるかと思いますわ』

「……周り?……今この場に他に誰かいるのか?」

『おそらく依頼主の手のものと思われる集団がいます。それから正体不明の女が一人近くにおりますわ。先ほど獣を地面にめり込ませた時に驚いて声を上げてました』

「そ、そうか……分かった。それらは逃がさないようにしておけ」

『はっ!』

 

 第三者にまったく気が付いていなかったことにバツの悪さを感じつつ、、モモンガはアンデッド反応を隠すために付けていた指輪の一つを外す。

 

 

 

───その瞬間……その場で敵意を持っていた者……見ていただけの者……そして隠れていた者……すべての者が硬直した。もちろん目の前の獣も……。

 

 

 

「オ、オマエ……ナント恐ロシイ……」

 

 恐怖に耐性のあるはずの狼がガクガクと震えながら思わず後ずさる。

 目の前の存在から感じるのは挑もうという気持ちさえ起こらないほどの強者の気配。もしその気になれば自分など一瞬にして確実に殺されるという確信を狼は抱いた。

 

「……で、気は変わったか?」

 

 モモンガの言葉に狼は頭を下げる。その圧倒的な死の気配に逆らう気力さえなくなってしまったのだろう。

 

「オレ従ウ……大イナル死ノ君。聞カレタコトニ答エル。フェンリル知ラナイ」

 

 狼が屈服する一方……隠れていた面々は少しでも見つかるまいと体を縮こまらせていた。

 隠れて観察していたバジウッドはあまりの恐怖に目を向けることさえ出来ない。自分より弱い他の諜報員たちはなおさらだろう。

 

(……くそっ、なんつー任務につかせんだよ!殿下!)

 

 調べるように命じられた相手がここまでの化け物だとは思っていなかった。自らの主に思わず心の中で悪態をつく。

 

 一方、吹き荒れるようなその絶対者たる気配に恍惚を覚える者たちもいた。

 

「ああ……これこそ至高の御方の気配……なんという至福……」

 

 ナザリックにおける至高の存在のみが持つ気配にナーベラルは興奮したように頬を染める。指輪のせいで感じられなかった創造主の気配をこれでもかと感じた。ラナーとクライムについても同様だ。

 

「やはりモモン様こそこの世界を支配すべき方ですわ!すばらしい!」

「モモンさますごい!つよい!」

 

 さらにモモンガへ憧れの視線を送る人物がもう一人……レイナースである。

 自分との宿命の相手とも呼べる狼が屈服したのだ。その姿は幼いころから憧れた物語の英雄そのものに見える。

 

「さて、依頼は達成だな。で……そこのお前たち、そろそろ隠れてないで出てきたらどうだ?」

「ひっ……!」

 

 モモンガがひと睨みすると怯えた悲鳴とともに複数の人間が木々の間から出てくる。

 

「お前はバジウッド……だったか?」

「はっ……あの……そうなんだけどよ……あのー……全部話すんで殺したりしねえでくれますかね?」

 

 バジウッドはモモンガと目を合わせようとせずに命乞いをする。目の前の相手を怒らせたら殺される、戦士の勘がそう告げていた。

 

「……なぜそんなことをする必要がある?」

 

 殺すことができないとは言わない。それは殺そうと思えば殺せると言う意味でもあった。

 

「それなら話すが……殿下が依頼の成否を気にしてまして……ちょっとついてきたというか……」

「……要するに監視か?」

「い、いえ!決してそんな!ちょっと心配してただけですぜ!」

「そうか?それは悪いことをしたな。見てのとおり無事任務は達成だ」

 

(……わざわざ心配して付いてくるとは帝国は随分冒険者に優しいのだな)

 

 狼の強さからすると普通の冒険者では失敗することもあるだろう。保険の意味でついてきたのかとモモンガは納得する。

 

「それで……そっちの女も依頼のサポートでついてきたのか?」

 

 モモンガはレイナースに目を向ける。もとは美しい顔をしていたのだろうが、顔の半分が呪印で覆われておりとても痛々しく見える。

 

「あ、あの……私はレイナースと申します。その……そちらの方々とは関係ありません」

「……レイナース?知らない名前だな。それでなぜこんなところに?私に何か用なのかな?」

「あの……その前に……その……お名前をいただけますか」

 

 レイナースは熱に浮かされたようにモモンガを見つめている。それはまるで憧れの英雄にでも出会ったような表情だった。

 

「私の名はモモンという……冒険者だ」

「冒険者モモン様……私はそちらにいる獣と因縁のある者です」

 

 レイナースは一転してキッと狼を睨みつける。狼はじっとレイナースを見つめるといつか自分の目にナイフを突き刺した強者であることに気が付いた。

 

「……オマエアノ時ノ!……グルルル……決闘ダ!」

 

 狼は巨大な体を震わせながら毛を逆立てて威嚇する。そこに先ほどまでの、モモンガに見せていた怯えはない。

 突然睨み合う一人と一匹。モモンガには事情がさっぱり飲み込めていなかった。

 

「……これはどういうことなんだ?」

「モモン様、私はその獣と戦い、顔に呪いを受けました。今の私にはその獣を狩ることだけが生きる目的!何卒私にその獣との決闘する機会をお譲りください!」

「……だが私はこの獲物を捕らえて依頼主に引き渡す契約をしている。そうだったな?」

 

 チラリとバジウッドを見ると怯えたように目をそらしながら返事をする。

 

「あー……それは……はい……そうなんですがね」

「ここでこの狼をバジウッド殿に渡して依頼完了でいいか?」

「オマエ人間!殺ス!」

 

 狼は引き渡されるのを拒否してレイナースやバジウッドを睨みつけて毛を逆立てて威嚇を続ける。

 

「これはちょっと無理そうですな……」

 

 こんな状態で渡されても逃げ出されるか被害が拡大するのがオチである。

 逃げられた場合、殺すならまだしも捕獲するなどバジウッドには絶対に不可能だ。ならば目の前の男に丸投げするしかない。

 

「おい!獣!私と決闘だ!」

「オ前殺ス!決闘ダ!」

 

 睨み合うレイナースと獣、モモンガに何かを期待するように見つめてくる部下たち、恐れ慄き助けを求めるようにモモンガを見つめるジルクニフの配下たち。もはや収拾がつきそうになかった。

 

 

 

───それから……

 

 

 

 深夜の帝国闘技場。そこで互いの顔に傷を負った一人の女剣士と一匹の狼が睨みあっている。

 観覧席には帝国の皇子ジルクニフや主席宮廷魔術師フールーダなどそうそうたる顔ぶれがそろっていた。

 それを見ながらモモンガは独り言ちる。

 

「どうしてこうなった……」


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