モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~ 作:kirishima13
レイナースと獣は互いに最後の斬撃を交差させる。
レイナースの中にはもはや狼への恨みはなかった。何度も斬り結んだこの戦いの中で獣の気持ちが分かった気がする。
この獣は強者になることを求めている。そこにレイナースへの悪意という感情はない。
顔に呪いを受けただけで態度を一変させた婚約者や両親と比べ、正々堂々と決闘を挑み、自らの望みを有言実行する獣のなんと高潔なことか。
「武技<限界突破>!」
斬撃の交差の瞬間、レイナースは最後の武技を放つ。この武技は限界を超えた身体能力を得られる代わりに耐えがたい痛みとともに武技発動後に極度の肉体疲労に襲われる。これで決められなければもう動くことは出来ないだろう。
<能力向上>に加えて<限界突破>、そして<戦気梱封>による魔力付与に<斬撃>による攻撃力上方修正、そのすべてがレイナースの斬撃の限界を突破させ獣の爪の強度に迫る。
「はああああああああああ!」
「グオオオオオオオオオ!」
刹那の後、斬り飛ばされたのは獣の爪であった。決着をつけるべくレイナースの返した大剣が獣の喉元まで迫まる。
(……勝った!)
レイナースが確信したその瞬間……。
「<
いつのまにか現れた漆黒の戦士にレイナースの大剣は止められていた。
モモンガである。それも剣筋に割り込んできて防いだのではなく大剣の後方から指二本で摘まんで止められていた。それはすなわちレイナースの渾身の一撃に後から追いついたということ。
「そこまで。君の勝ちだ、ロックブルズ殿」
モモンガにレイナースの勝利を告げられ獣は納得したようにその身を伏せた。しかしレイナースには納得できるものではない。
「なぜ止めた!」
互いに命がけの真剣勝負であったのだ。神聖な決闘を邪魔された怒りにレイナースは思わずモモンガへと詰め寄る。しかしモモンガの返事は素気無いものだった。
「なにも殺す必要はないだろう。もしお前が殺されそうになっていても私は止めていた」
『レアっぽい魔物だし』とぼそりとモモンガはつぶやく。幸いその声は小さくレイナースには聞こえていなかったが、それでも納得できないもう一つの理由がある。
「しかし奴を殺さなければ呪いが解けないではないですか!」
「ん?こいつが死ねばその呪いは解除されるのか?そんなはずはないと思うが……」
モモンガの記憶では時間経過で解除されないほどの呪いは魔法かアイテムでしか解除できないはずである。案の定獣が頭を振っていた。
「そんな……それでは私はずっとこのままなのか……」
レイナースが膝から崩れ落ちる。戦士として決闘で勝利した満足感はある。しかし獣を倒したら呪いが解けるのではないかという淡い期待がなかったわけではない。
「PvPは終わればノーサイドだ。これ以上争い合う必要などないだろう」
ユグドラシルでは条件を決めてPvPをしたにも関わらず、後で奪われてしまったドロップアイテムを返せと言ってくるような連中もいた。しかしそういった連中はIDを晒され誰にも相手にされなくなるのが常だ。
「ナーベ、指輪を渡せ。私がやる」
「はっ!どうぞモモン様」
ナーベラルがモモンガの前で跪くといくつかの指輪を差し出した。
モモンガは課金により10本の指すべての指輪が装備可能となっているが、神聖魔法を使用可能にする指輪はナーベラルに預けていたのだ。
「まずはお前だ……獣……?呼びにくいな。名前はあるのか?」
「クレルヴォ・パランタイネンと呼ばれていたかと。闘技場の試合で見た覚えがあります」
ジルクニフの側近であるニンブルが答えてくれた。闘技場ではある程度勝ち進み有名となった魔物は名前を与えられる。それを覚えていたのだろう。
「クレルヴォか。傷は癒してやるからこの女への恨みは忘れろ。<
モモンガは戦士化の魔法を解除すると指輪に込められた魔法を開放する。<大致死>は高位の神聖魔法であり、負のエネルギーを与えて生命のある者にはダメージを与えるが、アンデッドなど負の生命力を持つ者には回復魔法となる。
「コ、コレハ……」
獣の体が輝いたかと思うと傷が瞬く間に癒えていく。銀のナイフにより失われていた視力も戻り光を取り戻していた。
「次はロックブルズ殿だな。<
続いてモモンガは指輪に込められた解呪の魔法と治癒の魔法を発動する。解呪の魔法によりレイナースの顔の呪印が黒い霧となって消え失せ、続いて発動した治癒魔法により傷ついた顔が綺麗に修復されていった。
「痛みが……無くなった?」
レイナースは自分の顔をペタペタと触る。そこにはどこにも爛れた肌の感触などなかった。もう戻れないと思っていた元の自分の顔の感触だ。
しばし呆然とした後、涙が頬を伝う。
「治ったの……?本当に……?」
「これでノーサイドだ。いいな?」
「は、はい……」
レイナースは感謝に
「偉大ナル御方、忠誠ヲ誓ウ。オレ、モモン様、従ウ」
「……従う?部下になりたいというのか?」
クレルヴォは頷く。これほどの強者の下に仕えれば自分はより強大な存在になることが出来るだろう。そうなれば武王を倒すことも夢ではないかもしれない。そう思った。
「そ、それでしたら
事実、レイナースにはこの後に帰る先がなかった。実家とはもう縁が切れている。一人で冒険者になるというのも考えていた。すでに冒険者をしている恩人がいるのであればそのために働きたかった。
しかしそこにジルクニフが待ったをかける。なおフールーダは強制退場させられておりこの場にはいない。
「待ってほしい!前にも話をしたが君たちは素晴らしい力を持っている。その力をこの帝国で発揮してみないか?冒険者をするより給金は弾むし地位や名誉も保証しようじゃないか!」
ジルクニフの提案にモモンガは考える。
このジルクニフという少年はクレルヴォという異形種を前にしてもものおじせずに対応していた。もしかしたら異形種への理解のある人物であるかもしれない。
「聞きたいのだが……この国では彼のようなアンデッドにも市民権は与えられるのか?自由に外出や買い物をする権利はあるのか?」
「魔物の市民権?いや……それは私が皇帝になったとしても……難しいだろうな。アンデッドは基本的に人々を襲うからな……。だが冒険者の乗騎として使役する場合や闘技場での戦闘奴隷としてであれば存在は許されると思う。それでもアンデッドだと差別は免れないだろうが……」
「なるほどな……それならばお断りさせてもらおう」
残念ながらアンデッドに寛容な国というわけでもなさそうだ。モモンガは落胆しながら次はどこに行くべきかと頭を悩ませる。
しかしジルクニフもここで引くわけにはいかない。
「なぜだ!?この国での最高に近い地位を約束するぞ!?それとも他に欲しいものでもあるのか?」
「異形種だからと差別をする。そのような国にいたくないだけだ。それからロックブルズ殿とクレルヴォは私の部下になりたいと言っていたが……」
ジルクニフは息をのむ。
この二人まで連れていかれたらこれまでの苦労が水の泡だ。モモンに悪印象を残さなかったことだけが救いだが、ナーベには後日アレの謝罪が必要だろう、あの
ジルクニフは臍を噛む。もし失礼を働いていなければもう少し有利に話が進められたかもしれない。
「そうだな。クレルヴォは今後理由なく誰かを傷つけないのであれば仲間にするのは構わないが……レイナース殿は無理だな」
「なぜですか!?私が女だからですか!?」
「いや別にそういうわけでもないが……」
ここでレイナースが加わると子供のクライムを除き仲間はすべて女になってしまう、どこにハーレム主人公だ……という理由で断ったのではない。
「話は単純だ。君は我々のパーティの参加条件を満たしていない」
そう、レイナースは条件を満たしていなかった。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン」の参加条件のひとつは『異形種であること』。ラナーとクライムは特例として加入を許したがこれ以上例外を増やすつもりはない。何よりこれだけの人数の記憶を操作するのは面倒だ。
「ではどうすればその条件を満たせるのでしょうか……」
「それを言うつもりはない……諦めろ、不可能だ」
「そんな……」
モモンガの返答にジルクニフはほっと胸を撫でおろす。敵対派閥に取られそうだったレイナースという強者が手に入るかもしれない。慎重に交渉をする必要があるが……。
「レイナース。君に行き先がないなどということはないぞ。このジルクニフが君の身分は保証しよう」
「しかし私は領内で両親や婚約者に縁を切られております。それに領民たちもきっと私を恐れていることでしょう……」
「お前の元婚約者や両親はともかく領民たちはお前に感謝しているし、とても心配していると聞いているが?」
「え……」
レイナースは領民から忌み嫌われる存在になった、そう思い込んでいたが間違いだったのだろうか。
「私が伝え聞いた話では君は冒険者たちとともに長年領地を荒らす盗賊や魔物たちを討伐していたのだろう?君のおかげで命が助かった人間はそれこそ無数にいる。彼らが君の顔が呪われたからと言って恐れたり嫌ったりすると思うか?むしろ君との婚約を解消した公爵家やロックブルズ家への怒りで反乱さえ起きかねない状況だよ」
「……」
レイナースにとって元婚約者のリチャードや両親は絶対に許せない存在だ。しかし領民たちには何の罪もない。しかし反乱となれば多くの領民が亡くなるだろう。それはレイナースの望まないことである。
「私なら君に力を貸してやれるが?」
「ですがリチャードには帝国第一騎士団の団長としての立場もあります……。それに勝てるのでしょうか……」
「だからこそ私なのだよ。家柄だけで実力不足も甚だしい第一騎士団と我が第八騎士団の精鋭たちなど比べるべくもない。まぁそもそも軍を動かすまでもなくやつらの処分は出来ると思うがね?どうだ?私の手を取らないか?」
レイナースはしばらくモモンガとジルクニフを見比べた後、モモンガにその気がないのを確信しジルクニフの手を取る。
「すまないな、そういうことだ。モモン殿」
「別に構わない。クレルヴォは私についてくるのだな?」
「イヤ、オレ、マダココデタタカウ」
「ん?」
「彼は今の武王に負けていますからね。そのリベンジがしたいのでは?」
ニンブルの話によるとクレルヴォは現在の闘技場のチャンピオンである武王に負けてそのリベンジを狙っているらしい。それを聞いてジルクニフは提案する。クレルヴォを帝国に留めるチャンスだ。
「ならば彼も武王に勝つまではこの闘技場で面倒を見るというはどうだ?」
「絶対ニ勝ツ!」
「そうか……ではその時を楽しみにしていよう。ところでその武王というのも人間ではないのか?」
「そうだが……モモン殿、貴殿は異形種に興味があるのか?」
「ああ……まぁ何というか……私の求めるものを異形種であれば知っている可能性が高いのでな……」
まさか自分が異形種ですと言うわけにもいかない。しかし今話したことは嘘ではない。モモンガの求めるもの、それは安住の地と仲間の情報、どちらも人間よりは異形種のほうが知っている可能性は高いだろう。
(むしろ異形種の住む土地に行った方がいいのか?人間の国に異形種が住んでいれば話を聞けるのだがな……)
「であれば私の方でも異形種を探してみてもいいが……連絡ができるようにしておいて欲しい。できればこの帝都をホームタウンにしてもらえると助かる」
「依頼があるのであればこのまま残るのは構わないが……」
「ふむ、ではこういうのはどうかな?最近とある噂を耳にした。しばらくしたら冒険者組合にアダマンタイト級冒険者向けの依頼として張り出されることになると思う。それを引き受けてくれるのであれば私も君たちに協力させてもらうということでどうだ?」
「ほぅ?その依頼とは?」
ジルクニフはモモンガが自分たちに向けていた気配が変わるのを感じる。これまではどちらかというとあまり関心のない様子であったのに、今の声は興味に満ちていた。ジルクニフはそこに一縷の希望を見出し笑みをこぼす。
「ふふっ……なんでも王国との国境付近の廃村でとある異形種を見たという目撃情報があったのさ」
ジルクニフは焦らしながらモモンガの反応を伺う。そしてその反応は予想以上のものであった。兜で表情は分からないもののジルクニフにずんずんとにじり寄って来た。
「なんだ!?ゴーレムか?悪魔か?スライムか?まさかバードマンじゃないだろうな!?」
「い、いや……吸血鬼だよ」
「吸血鬼!?」
モモンガの興味が帝国に向くのならば今後も活動していってもらえるかもしれない。
アダマンタイト級冒険者のホームであるということは、それだけで帝国の財産となる。さらに今回の依頼は軍を派遣しなければ解決できないほどのものなのだ。例え帝国を拠点としてもらえなくても解決の糸口になるだけで十分な利益がある。
「そう、伝説の吸血鬼。かつてとある王国を一夜にして滅ぼしたという恐ろしき吸血鬼の姫。『国堕とし』だよ」