モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~ 作:kirishima13
そこには人口数百人程度と思われる村があった。
いや、そこをもはや村とは呼べないだろう。家屋は辛うじて残っているもののそこには住民が一人もいないのだから……。
「……」
ただしその廃村に人っ子一人いないというわけではない。朽ちて開いたままとなっている扉の内側に人影が見えていた。
そこにいる人物は輝くような金色の髪に人非ざるほどの白い肌をしている。
服は古びた衣装を幾重にも重ねていた。元は質のよい衣服だっただろうことは分かるが所々が風化して破れている。
特徴的なのはその背丈と目の色である。背丈は10歳程度の子供ほどであり、目は血のように赤く輝いている。さらには口から人ではあり得ない長さの牙が飛び出していた。
それは『吸血鬼』と呼ばれる種族。人に比べあらゆる身体能力が高く、飲食不要で疲労も感じないアンデッドである。
その能力の代償として生きるのに生き血を必要とし、低位の者は日光によりその体が滅びる。
その吸血鬼の中でも特別な存在、『国堕とし』と呼ばれる恐れられるキーノ・ファスリス・インベルンの優れた聴覚が廃村の外からの声を拾っていた。
「モモン様。標的を発見しましたわ」
「ご苦労、ラナー。ふむ……思ってたより小さいな。しかしなんでこんな廃村に一人でいるんだ?……む?何かを手に持っているな」
「人形……でしょうか」
確かに今キーノの手にはぼろぼろになった布製の人形があった。もともとはこの廃村にあったものだ。
「子供だから人形を持っていてもおかしくはないが……」
「私の推測ですが話してもよろしいですか?」
「うむ、聞こう」
「彼女が『国堕とし』であるなら200歳は超えていると思います、強大な力を持った吸血鬼だと伝承に謡われておりますから……。ですが愚かな人間たちは分不相応にもアンデッドを忌み嫌っていますわ。彼女を受け入れるような人間もいなかったことでしょう。それでも人恋しさに彼女はこのような廃村に人のぬくもりを求め、いつか誰かが遊んでいた人形を握りしめて寂しさを慰めている……というのはいかがでしょうか?」
「……つまりぼっちということか」
「はい、一人ぼっちの寂しんぼですわね」
そんなつぶやきが聞こえているキーノは思わず人形を棚に戻す。
「むっ、人形を置いたぞ」
「恥ずかしくなったのではないでしょうか? こちらの声が聞こえているかもしれませんね。吸血鬼は聴力も良いと聞きますから」
自分のことを分析する二人の囁き声にキーノの顔が赤くなる。
「顔が真っ赤になったぞ。アンデッドでも紅潮するのだな」
「モモン様と一緒におりますと新発見の連続ですわね」
「む?ぷるぷる震え出したぞ」
「相手は『国堕とし』です。何か特別な特殊技能でも発動する気かもしれませんわね」
「ところでなぜ国堕としなどと呼ばれているんだ?それが名前なのか?」
「これも伝承でしかありませんが、彼女は一国を単身で滅ぼしたと言われています。滅ぼされた都市はアンデッドの闊歩する魔界と化したとも……」
「ほぅ……まぁぼっちは拗らせると大変だというからな。癇癪でも起こしたのだろう」
「そうなのですか?ぼっちの生態なのでしょうか?」
「そういうものなのかもしれないな……。まぁ私も人のことは言えなかったが……」
「まさか。モモン様には素晴らしい仲間の皆様と部下たちがいらっしゃったのでしょう」
「まぁ確かに……。ずっと彼女のようにぼっちであったわけではないな」
「哀れですわね。ぼっちって」
木陰で囁き合っている人影、モモンガとラナーはキーノを憐れみを持った目で見つめる。さらに一緒にいるナーベとクライムも同様に可哀そうな子を見るような目で
それらの視線がついにキーノの羞恥心を怒りへと変えた。
「やかましい!!! 私はぼぼぼぼぼぼぼぼっちではないし! いや、たとえぼっちだったとしても寂しくないし!」
「お、喋ったぞ」
「トロールよりは賢いようですわね」
「寂しくはないといっているが?」
「嘘ですね、声の感じで分かりますわ。ここは寂しさを慰める人形でもプレゼントしてはいかがでしょう?」
「何かあったかな……?嫉妬マスクとかでもいいだろうか……どこにしまったか……」
「うるさいうるさいうるさい!寂しくないと言っているだろう!それに私は国なんて滅ぼしてないからな!」
キーノは思わず廃屋から飛び出すとモモンガたちを睨みつける。一方モモンガたちは誰が話をしたものかと顔を見合わせた。
「ここはナーベ様にお任せしたらいかがでしょうか」
「ラナー……なんだか最近楽しそうだな。顔色もよくなったし」
食べ物が良かったのか環境が良かったのか、ラナーは会った時ほど痩せこけてもおらず明るくなってきていた。率先してモモンガにも進言をしつつ、ナーベを立てることも忘れていない周到さも健在だ。
「しかし本当にナーベで大丈夫か?」
ナーベに任せて相手が無事であった試しがない。少しは成長しているように思えなくもないが不安だ。
「お任せください!私が見事先触れの役目を果たしてごらんに入れます!」
「おい……先触れも何ももう見えているぞ……」
キーノの呆れ声を無視してナーベが木陰から歩み出る。
「私こそはこの世界で至高であらせられる方……ではなく、アダマンタイト級冒険者モモンさー……んに仕えるしもべー……ではない仲間のナーベです! 死にたくなければその首を垂れ沙汰を待ちなさい!」
「よし、ナーベ。以前よりは良くなってるぞ……良くなっているが……あとは私に任せるんだ!」
一応討伐依頼を受けて来たので間違った発言ではないがモモンガとしては話が通じるのであれば交渉したい。ナーベラルが満足げにしているのを確認すると即座に下がらせた。
「そういうことで私が冒険者のモモンだ。よろしく頼む」
「お前らは……ふざけているのか!?冒険者ではなく芸人の間違いだろう!」
「いや、間違いなく冒険者だぞ。ほら」
モモンガは胸にかけられている冒険者プレートを見せる。それはまごうことなき本物の冒険者の証であるプレート。しかもアダマンタイトのものだ。
「本当に冒険者だと……?私を討伐にでも来たのか!?」
「それは話を聞いてからだな。ちなみにここで何をしているのだ?良ければ教えてくれないか?」
モモンガの質問にキーノの表情が一瞬暗くなる。聞かれたくない質問だったのかもしれない。
「……何もしていない」
「きっとぼっちだからですよ」
「ぼっちなど殲滅してしまいましょう!モモン様!」
キーノの答えに遠くからラナーとナーベラルが煽ってくる。なぜあの二人はあんなに仲が良さげなのだろうか。
「くっ……別にいいだろう!私は国を滅ぼしてもいないし悪いこともしていない!討伐されるような覚えはないぞ!」
「ではなぜ国堕としなんて呼ばれているんだ?」
「それは……私はもともと人間で……その国で唯一の生き残りだからだ。信じないならそれでもいいがそれを私のせいにされたのだ」
「それで『国堕とし』か。本当は名前はなんというのだ?」
「キーノ……キーノ・ファスリス・インベルンだ」
「そうか。ではキーノ、君は吸血鬼ということだが他に吸血鬼の仲間はいるのか?シャルティアという吸血鬼に聞き覚えはないか?」
シャルティアというのはナザリック地下大墳墓の第1から第3階層を守護していた守護者だ。真祖の吸血鬼であり、親友のギルドメンバー『ペロロンチーノ』の作ったNPCでもある。キーノは見た目年齢はシャルティアに近い。
「……シャルティア?聞いたことがないが……どんなやつだ?」
「背丈はお前よりちょっと高い女の子の吸血鬼の真祖だ。銀色の髪をしていて胸はお前と同じように薄いんだが……」
モモンガのデリカシーのない言葉にキーノが自分の胸を見て頬を膨らませる。
「あー……だがシャルティアはいろいろ詰め物をしてるから見た目は巨乳に見えるな……」
「それは何というか……残念な奴だな……」
「まぁそういう設定だし……ごほんっ、それでゴスロリ衣装を着ていてな」
「ゴスロリ?」
ゴスロリの説明をしようとしてモモンガはハタと困る。ヒラヒラがたくさんついた服と言えば分かるだろうか。いや、きっとそれではうまくイメージできないだろう。
「ああ、そういえば持っていたか……」
見せたほうが早いと判断しモモンガはインベントリに手を突っ込んで奥を探る。
「これだ。こういう衣装を着ている」
取り出したのは昔モモンガがペロロンチーノからもらった衣装である。
『パンドラズアクターの衣装を着てみたい』とペロロンチーノが言いだした際、折角だからお互いに種族や性別制限のないNPCの衣装を作って交換し合ったのだ。
シャルティアの衣装を着て爆笑されたモモンガに比べて、軍服を着たバードマンのペロロンチーノは信じられないほど似合っていて悔しがったものだ。
「ほぉ……」
そんなモモンガが一度着たお古のゴスロリ服とも知らずキーノの目は衣装にくぎ付けとなって、ため息を吐いていた。完全に目を奪われている。
「こんな衣装を着た吸血鬼の女の子なんだが……」
ゴスロリ服から目を離さないキーノにモモンガが服を右に動かしてみる。するとつられるようにキーノの視線が動く。服を右にやれば右に、左にやれば左に。
「……欲しいのか?」
「はっ!?べ、別に……欲しいなんて思っていないんだからな!」
キーノは否定するが目はゴスロリ服から逸らさない。モモンガはチラリとゴスロリ服を見る。これを着たのは自分の黒歴史であり今後絶対に二度と着ることなどないだろう。本当に不要なアイテムである。
「欲しいのなら別にやっても構わないぞ?」
「……」
モモンガが服を差し出すと奪うようにキーノが受け取った。
「も、もう返さないからな!」
「野生の猿みたいですわね……」
「
遠くからラナーとナーベラルがまた余計なことを言っている。だが、これで少しはキーノの口が緩むかもしれないと期待する。
「受けとったな?受け取ったのなら質問に答えてくれるかな?」
「吸血鬼の知り合いはほとんどいない。アンデッドなら多少は知っているがシャルティアという名前もこの服も見た覚えはないな」
キーノは大事そうに服を抱えながら答える。気に入ったというのもあるがアンデッドにとって人の街で買い物することも服を手に入れることも困難であるため、新しい服はとても貴重で大切なのものなのだ。
「そうなのか。では悪魔や虫人、バードマンやスライムに知り合いはいるか?ナザリックやアインズ・ウール・ゴウンの名に聞き覚えは?」
「ないな……というか悪魔やスライムなどと話が通じるのか?」
「私の友人には悪魔もスライムもいた……大切な仲間たちだ」
「そうか……お前は異形を仲間にできるのだな……」
キーノは羨ましそうにモモンガの話を聞く。アンデッドだという理由でどこに行っても居場所はなく、迫害され、それが嫌ならやり返すだけの毎日。
そうかと言って寿命で死ぬこともなく、それらが永遠に続くという現実。時に協力することはあっても仲間というものはこれまで作ることが出来なかった。
「ではそういった異形が差別されずに住めるような土地に心当たりは……あるはずがないか……だったらこんなところで一人寂しく人形を抱いたりしていないものな」
「別に寂しくないといっているだろうに!まぁ人間であったなら良かったと思ったことがないとは言わない……人間でさえあれば……」
人間であればこんな子供のままの姿ではなかっただろう。誰かと恋をして子供を産み、幸せな家庭を築けたかもしれない。あり得たはずの未来。それはもう手が届かないと諦めているものだ。
「では……一緒に来るか?」
「え……」
「吸血鬼であってよかったな。お前であれば私の仲間になる条件は満たしている。どうする?」
キーノは迷う。今日初めて会った相手だ。しかしこんなに怒ったり恥ずかしがったりしたのは久しぶりだった。ラナーという少女も悪意があって馬鹿にしてきたのではないのだと思う。であればこの奇妙な集団と永遠に続く時の中のひと時を過ごしてもいいかもしれない。
そう思い手を取ろうとしたのだが……。
「ちょっとそれは待ってほしいね」
そこに現れたのはトブの大森林で出会った女だけの冒険者チーム『蒼の薔薇』であった。