モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~   作:kirishima13

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第42話 イビルアイ

 私の名前はキーノ・ファスリス・インベルン。

 人々からは『国堕とし』などと呼ばれ、伝承にも謡われている吸血鬼だ。

 ひょんな事情から冒険者へと誘われた私は勧誘してきた『蒼の薔薇』の実力を確かめるべく戦いを挑み、見事にボコボコにされて仲間に加わることとなった。

 

「くそ!お前さえ加勢しなければ……」

「私たち全員を相手にしてやるっていったのはあんたじゃないかい」

「それはそうなんだがな……」

 

 それでも悔しいものは悔しい。

 結局仲間になることになって今は渡された仮面とローブを身につけている。

 この仮面は私のアンデッドとしての特性を隠してくれるものらしく、試しに信仰系魔法詠唱者であるラキュースにアンデッド感知の魔法をかけてもらったが反応はなかった。

 

「人の街か……」

 

 久しぶりに入る人間の街、王都リ・エスティーゼに思わず感嘆の声をあげてしまう。

 これまで人の街に入ってもアンデッドと分かるや追い出されるしかない身であった。しかしこれからは自由に行き来できる。こんなに嬉しいことはない。思わずピョンピョンと跳ね回りたい気分になるが年配者として我慢する。

 これでも私は大人なのだ。

 

「どうしたんだ『国堕とし』? キョロキョロしてよお」

「いや、なぜか注目を集めているような気がしてな……」

 

 私の挙動不審な様子にガガーランが声をかけてくる。しかしそれも仕方ないだろう。明らかに街の人々が私を注視しているのだ。

 まさかこの仮面には効果がなかったのだろうか、ラキュースの魔法は防げたはずなのだが……。

 なぜか悪意のある視線ではないがそこら中から視線を浴びせられている。そう思っていると一人の少女がとことこと目の前に来て私を見つめていた。

 

「あ、あの……!イビルアイ様ですよね!?」

「……は?」

「先日はありがとうございました!!あの時は何もお礼をできませんでしたが……これお礼です!!」

 

 少女からお金の詰まった皮袋を渡される。まったく意味が分からない。イビルアイとは何だろうか?なぜお礼を言われるのだろうか?

 

「お、おい。どういうことだ?」

 

 戸惑っている内に少女はいつの間にかいなくなっており、代わりに大勢の人が集まって来た。

 

「え?あれがイビルアイ様なの!?」

「本当だ!イビルアイ様だ!」

「イビルアイ様!闇の狩人なのに昼間に出てきていいんですか?」

 

 なぜ『イビルアイ』と呼ばれるのだろうか。『闇の狩人』とはどういうことだろうか。なんだ、その子供の考えたような二つ名は!まったくもって訳が分からない。

 

「おい、ガガーラン助けてくれ。なぁ、ラキュ……ラキュース!?」

 

 私が助けを求めるように新しくできた仲間たちを見つめる中、ラキュースが青ざめた顔で思いっきり目を逸らしていた。

 

「ええええとそそそそそういえばイビルアイという言葉を聞いたことがあるようなないような……」

「私は聞いたことがある。闇の狩人、夜にだけ現れて悪い奴をぼっこぼこにする」

「闇の波動をまき散らし、高笑いをしながら去っていくと聞いた」

 

 ラキュースだけでなくティアとティアからの証言も取れた。なぜかラキュースが思いっきりどもっているがどうやら実在する人物らしい。しかし話からすると奇人変人の類だろうか。

 

「俺も聞いたことがあるな。赤い宝石を嵌めた白い仮面と赤いローブが特徴みたいでな……ちょうど今『国堕とし』がしている奴みたいだな」

「そ、そうかしら?そそそれほどイビルアイとは似てないんじゃない?似てないわよね?」

「ん?ラキュースお前イビルアイに会ったことがあるのか?」

 

 ラキュースはそのイビルアイとやらに会ったことがあるようだ。詳しく事情を聞かなければならないだろう。この金はそいつのものだ。探して渡さなければならないだろう。それに勘違いされたままでは困る。

 

「そのイビルアイというやつの仮面とこの仮面は似ているのか?……っていうかラキュース。何か知っているならこいつらに私とそいつは別人だと説明してやってくれ」

 

 さっきからお礼を渡されたり握手を求められたりで忙しい。いや、こうして人と接するのは久しぶりだし、悪い気分ではないのだが他人の手柄を奪っているようでちょっと気が引ける。

 

「えーっと……そ、そう!彼女はもうこの街を離れたのよ!」

「はぁ!?マジかよラキュース」

「なぜおまえが知っているんだ?」

 

 私の当然の質問にラキュースはまた目を逸らす。なぜだ。言いづらい事情でもあるのだろうか。

 

「えー……彼女は闇から現れた存在というか……私の……いえ、人の闇の心から現れたというか……」

「もしかして召喚された存在ということか?」

 

 それならば今はいないというのも分かる。召喚魔法には制限時間があり、それが過ぎると召喚された存在はこの世界から消え失せる。イビルアイとはそういった存在なのだろうか。

 

「イビルアイが消えるのを見たということか?だが召喚主がまた召喚する可能性はないのか?召喚主はどこにいる?」

「も、もう絶対やらないから!……じゃないもうこの街にはいないから大丈夫だから!絶対もう出てこないから!」

「そ、そうか……お前がそういうなら……そうなのか?」

 

 余り深く追及しない方がいいような予感がするのだが……。私が首を捻っているとニヤニヤと笑っているリグリットがラキュースの肩を叩いた。

 

「ああ、ラキュースが言うのなら間違いないさね。『ラキュースが言うのなら』……ね。誰でも若気のいたりってやつはあるものだし……ぷはははは……それにしても闇の狩人って……ぷくく」

「~~~~~~!」

 

 顔を真っ赤にしたラキュースがリグリットの背中をポカポカと叩いている。どういうことだ?

 だがリグリットほどの人間がそう言うのであればラキュースの言うことは正しいのだろう。

 

「……ってことでこれからよろしく頼むよ、イビルアイ」

「は?」

 

 私の肩を叩きながら先ほど勘違いされた名前で呼ぶリグリット。何を言っているのだろうか。

 

「もうそいつが戻ってこないならせっかく得た名声だ、あんたが貰っちまいな。お前がこの街で受け入れられるには時間がかかると思ってたけどちょうどいいじゃないか」

「ふざけるな!誰がイビルアイだ!おかしな名で呼ぶな!」

「じゃあ国堕としと呼ぶ」

「やーい、国堕としー」

 

 双子の忍者がからかってくる。その名で呼ばれ続けるのは絶対に嫌だが……。そもそも国を堕としたことなんてないのに風評被害も甚だしい。

 

「だから私は国など堕としていないと言っているだろうが!」

 

「イビルアイ様がそんなことするはずないわ!」

「そうだそうだ!イビルアイ様は闇から現れた漆黒の天使のようなお方なんだぞ!」

「イビルアイ様が悪いことなんてするはずないよ!」

 

 周りの民衆たちが私の味方をしてくれるがイビルアイというその名称は何とかならないだろうか。どこの思春期の子供がつけたんだその名前は。

 

「イビルアイ様ぁ……」

 

 小さな少女が私の手を握りながら見上げてくる。その手はとても小さく……そしてとても温かかった。それは私がずっと求め続けて得られなかった人の温もりのようで……。

 

「……ま、まぁどうしてもそう呼びたいのであれば別にかまわんがな」

 

 仮面をしていてよかった。でなければ真っ赤になったこの顔を見られてさらにからかわれていたことだろう。顔の火照りがばれないのに安堵しつつ、少女の手を握りながら私はこの街の一員となることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

───そして

 

 

 

 

 

 

 

 あの時安易にその名前を受け入れた私を殴り飛ばしてやりたい。その元祖イビルアイがこの街で発した言動の数々に私がベッドで七転八倒するのはこの後すぐのことだった。

 

 


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