モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~   作:kirishima13

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第47回 戦利品鑑賞

 モモンガは一人、帝都の高級宿の一室で趣味の世界に没頭していた。

 目の前にあるのは本日魔道具店やオークションで手に入れた魔法道具の数々だ。一つ一つはモモンガの元々持っているアイテムや魔法には及ばないもののユグドラシルでは見られなかった物であり、一つ一つ丁寧に部屋のテーブルへと並べていく。

 

「ふふふっ……これは非常に丁寧な細工がしてあるな……。これは葉の模様か?いや、動物……いや竜を象っているのか?これほどのものを造るとはさすがドワーフだな」

 

 手にしているのはオスクに渡したのとは別の魔法剣である。刀身は一片の曇りもなく磨き上げられており、柄や鍔にも意匠が凝らされている。

 特にモモンガが感心しているのは軽金属製の鞘だ。まるで本物と見紛うような双龍が金細工により克明に彫られていた。

 

「はぁ……かっこいいな……額に入れて部屋に飾りたいくらいだ」

 

 一通り魔法剣を愛でたモモンガはインベントリに整理しながらしまい込むと次の品を取り出す。

 

「これは短剣……にしては小さいな。棒手裏剣……いや投げナイフのようなものなのか?んー……そうだな」

 

 モモンガは何を思ったかインベントリから板を取り出すと壁に立てかけて的を描く。

 こういったコレクションアイテムは造形を愛でたりするのも楽しいが、やはり実際に使って楽しむのが定番だ。

 

 それにこれは実験でもある。モモンガの職業(クラス)の関係で通常の状態では戦士が装備できるような武具をモモンガは扱えない。

 手に持ったり人に渡したりくらいは出来るが攻撃を目的として振ろうとすると手から離れてしまうのだ。

 

「変なところでユグドラシルのシステムが活きているんだよな……」

 

 R18のシステムは活きていないというのに職業による武器装備制限のシステムは活きている。

 ならば攻撃以外の目的で使う武器の場合はどうなのだろうか。モモンガは手元の棒手裏剣っぽい武器を見つめる。

 

「やっぱり手裏剣は浪漫あるな……。忍者と言えば弐式炎雷さん……いけるかな……?しゅっしゅっしゅっと」

 

 モモンガの投げた短剣は作った的から大きく外れて板に突き刺さる。

 どうやら戦闘でない対物への投擲であれば問題はないようだ。しかしコントロールまではその限りではない。

 もう少しで宿の壁に刺さるところだった。

 

「あっぶな!これは投擲スキルがないからか?いや!格闘技ではある程度技が上達した感触はある!これも練習すればいける……はず!」

 

 モモンガはあらためて落札した投擲武器をすべて机に並べるとそれを順に投げては一喜一憂する。

 

「ナーベラルたちもこういった趣味でも持てばいいんだけど……なぁ」

 

 彼女に趣味があれば何が挙げられるだろうか。

 

「虫か?よく虫の名前を言っていたような気がするが……昆虫採集が趣味とか?休暇が終わったら記憶を覗いてみるか……いやいや、<記憶操作>はそんな簡単に使っていい魔法じゃない。ましてや記憶を改竄するなんてもってのほかだしな……っと」

 

 考え事をしながら投擲を続ける。

 徐々に上達している感触はあるものの命中率は50%を超えるか超えないかといったところだろう。

 命中率に上限があるのか、それとも単にモモンガのセンスの問題なのかは分からない。深夜の暇つぶしには丁度いい。

 最近は持っていた書籍も読みつくしてしまった。

 

「今日は珍しくピニスンからの<伝言>がないから暇なんだよなぁ……。朝までこれで遊ぶ……もとい訓練するしかないだろう!そぉれ!よっし!真ん中!」

 

 モモンガは肉体も精神も疲労しない身の上である。モモンガは次第に上達していく投擲の腕に時に声を上げながら楽しんでいたのだが……。

 

 しばらくすると、ふいに扉をノックされた。

 

「あの……お客様。何をされているのでしょうか……。もう少しお静かに……」

 

 モモンガの部屋に来たのはその日夜番をしていた宿屋のメイドさんである。高級宿ということもあり、若く比較的顔も整っている美人さんだ。

 

 深夜に出入りするお客様のために寝ずに受付で番をしていたところ、『ダン!ダン!』という奇妙な音がしたり、時々に奇声が聞こえたりして他の部屋から苦情が入ったので部屋に来たのだろう。

 そんなメイドさんがモモンガの部屋をノック後に覗いてみると……。

 

「おっと手が……」

 

 ダンッ!メイドがドアを開けた瞬間、その目の前でドアの桟へと短剣が突き刺さる。

 自分の頭部わずか数センチ横に突き刺さったその刃は鋭く、一目で本物だと分る。

 

「ひっ……」

 

 メイドはあまりの恐怖に悲鳴を上げようと息を吸い込む。

 しかし、それだけに収まらなかったようで床を見るとすでに染みが出来ておりアンモニア臭が部屋の中にまで届いてきた。

 

「<記憶操作(コントロール・アムネジア)>!!!」

 

 

 

 

 

 

 私は帝都の高級宿屋の従業員。

 数多のライバルたちを蹴落とし、この美貌と研鑽により晴れてここへメイドとして就職した立派な従業員です。

 

 そんな私ですが、なぜかついうっかり立ったまま眠っていたようです。私としたことがこんなことは初めてですね。恥ずかしい。

 

 しかし何か恐ろしい夢を見たような気がしますがどうも思い出せません。

 私はただ廊下で突っ立っていました。

 こんなところで何をしているのだろうとしばらく考えて思い出しました。私は騒音を注意しに来たのでした!

 夜番をしていたところお客様の一人が隣がうるさいと怒鳴り込んできたのです。

 夜番はお客様の相手をしなくていい楽な仕事かと思っていたのになんということでしょう。

 

 仕方ないので注意するためにその原因の部屋へと行くとそこは何とあのアダマンタイト級冒険者モモン様の部屋ではないですか。

 

 あの方の評判は聞いています。力ずくで女の人に酷いことをするらしいです。こんなにも若く美しい私が夜中に一人で訪問しても無事に帰れるのでしょうか。

 

 でも嘆いても仕方ありません。誰も助けてはくれないのです。

 私は意を決して部屋をノックすると「はい」という返事がありました。

 

「あの……お客様。何をされているのでしょうか……。もう少しお静かにしていただきたいのですが……」

 

 ドアを開けて中を覗くと漆黒の戦士、アダマンタイト級冒険者であるモモン様が腕立て伏せをしていらっしゃいました。なぜこんな夜中に?

 

「ああ、すまない。ちょっとトレーニングに力が入りすぎてしまったみたいだな」

「そ、そうですか……」

 

 さすがアダマンタイト級の冒険者。いつでも体の鍛錬は怠らないらしいです。しかし鎧を着たまま腕立て伏せをしているのはなぜなのでしょう。

 

 それに鎧を着たまま腕立て伏せをするような音だったのでしょうか。記憶を探るけどよく思い出せません。腕立て伏せの音だったかもしれないしそうでないかもしれないし。何だか頭がぼーっとしています。

 

「夜中に騒がせてすまなかった……いや、本当にごめ……すまなかったな……少し壁も傷つけてしまったし……そうだ、これはお詫びだ。受け取ってくれ」

 

 そう言ってモモン様は私の手に何かを握らせました。革袋のようです。中を開くと金貨が何百枚も入っているではないですか!なにこれキラキラだ!

 

「こ、こんなにいただけません!」

「い、いや気にしないでくれ。色々と見てしまったし……しかし黒だとは……いや、ちゃんと洗って乾かしたし……おほんっ!まぁ悪いことをした詫びだ。受け取ってくれ」

「……」

 

 お詫びにしては多すぎます。どういうことだろうかとしばらく考えて一つ答えを思いつきました。

 

「あの……そういったサービスが必要でしたらこちらで娼館などに手配いたしますが……」

 

 夜中に腕立て伏せをしているくらいです。色々と持て余しているのでしょう。

 ここは帝都でも一番の宿なのです。そう言ったお客様に斡旋できる娼館の一つや二つはあります。ここは紹介するのが出来る従業員としての務めでしょう。

 

「は?いや、私は君に悪いと思って渡しているわけで……そういうことではないんだ!頼む!受け取ってくれ!」

「はっ!まさか私の体をお求めなのでしょうか!」

 

 もしそうであればこの金額は納得がいきます。自分で言うのもなんですが私は器量はいい方です。体のほうも痩せて見えるが脱ぐと結構すごいと評判です。

 

 それに私には無縁だったけれど、これまでこの宿でこういった話がなかったわけではありません。貴族に見初められて玉の輿に乗った従業員の話は過去に幾度もあったと聞きました。

 

 最初は噂を信じて怖いと思っていましたが意外と紳士的な方のようです。

 アダマンタイト級冒険者なら地位も名誉も合格でしょう。お金だって毎日こんな高級宿で暮らせるくらいのお金持ち。この波に乗らない手はないでしょう!もし駄目でも金貨数百枚は大金だし!

 

「あの……モモン様がお望みでしたら……」

 

 服に手をかけ脱ぎ出そうとするとモモン様にその手を止められました。

 

「待て待て!なぜ脱ぐ。さっき見たから……いや、なんでもない。とにかくこの金を持ってこの部屋であったことは他言無用で頼む。では、解散!」

 

 モモン様に体を回れ右されて外に出されるとドアを閉められてしまいました。

 どうやら土壇場で恥ずかしくなってしまったのでしょう。強い上になんて可愛らしくて優しい人なのでしょうか。

 

 きっと仲間のナーベ様を無理やり仲間にしたというのも嘘に違いありません。それに帝都のこの宿にいるのならきっとチャンスは今後もあるでしょう。ならばその時のために美容を磨きましょう。それには夜更かしは天敵です。

 私はこれからは夜番を誰かに変わってもらおうと決意して受付へと戻るのでした。

 

 

 

 

 

 

 ……焦った。

 今回は本当に焦った。部屋に入って来たメイドに短剣が刺さりかかけて粗相をされた瞬間、急いで記憶を消せて本当によかったとモモンガは安堵する。

 

 もしあのまま悲鳴でも上げられていたらとんでもないことになっていただろう。 

 夜9時には就寝するように言ってあるナーベラルやラナーたちも駆けつけて来ただろうし、そうなれば修羅場になったのは火を見るより明らかだ。

 そしてその瞬間、モモンガの風評は地の底へ転落することになっただろう。

 

『ピニスン!』

 

 モモンガは思い出したように<伝言>の魔法を発動する。

 

 

『え?突然なに!?君から<伝言(メッセージ)>くれるなんて初めてじゃないか!』

『朝までおしゃべりしよう!』

 

 モモンガの発動した<伝言>の相手はトブの大森林のピニスンだ。

 せっかく戦利品を大量に収穫してそれで暇をつぶそうと思っていたがそんな気分ではなくなってしまった。

 深夜にあの遊びはいろんな意味で危険なようだ。

 

 そしてモモンガは現実逃避するようにピニスンと取り留めのないおしゃべりを朝まで続けるのだった。

 

 

 


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