モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~ 作:kirishima13
僕の名前はヘジンマール。フロストドラゴンだ。
ドラゴン……最強の種族の一種と言われているがはっきり言って僕はドラゴンとしては弱い。とことん弱い。
長いこと引きこもっているおかげで体もかなり横幅が長くなってしまった。
食事は奴隷になったクアゴアたちが運んでくれるし、特に動く必要がないからだろう。だから僕は自分の趣味に没頭している。
それは書物だ。
僕は何よりも知識を得るのが好きだ。このドワーフの城には本がたくさんあった。そこにはこの世界の様々な事情についての情報も載っている。
世界にある様々な国のこと、そこに暮らす種族のこと、魔法のこと、武技のこと、そして様々な危険な生き物たちのこと。
父であり王であるオラサーダルクはそんなものは実際に見てきた方が早いという。だけど見た瞬間殺されたりしたら知識を活かす暇もないじゃないか。
だから僕は書物に没頭する。我ながら臆病だと思うが外に出るのが怖いから仕方ないよね。
「……?」
しかし最近は妙だ。何かがおかしい。
城の中で今までの雰囲気が以前と違うような気がする。何がおかしいのかよく考えてみる。
そうだ、そういえば最近誰の声も聴いていない。
そもそも僕は部屋から出ないので自分から話をするためにどこかへ行くことはないのだけど、部屋から出てこいと言う怒鳴り声を最近まったく全く聞いていない。
「月に一回くらいは来てたんだけどなぁ……」
おかげで悠々自適で自堕落な生活を続けられているので文句はないけれど、あの恐ろしい父や厳しい母がそんなことを許すだろうか。どうもおかしい。
「もしかして僕のところまで来られない事態が起きたとか……?」
これだけの期間何も音沙汰がないというのは少々不安になる。そう思った僕は試しに開かずの扉と化している自分の部屋の扉をそろそろと開けてみる。
「誰もいないなぁ……」
広く長大な廊下には物音ひとつしておらず、誰一人としてそこにはいない。
「あ、あの~~~誰かいますかー?」
久しぶりに出した僕の声は酷く掠れていていて聞き取りづらかったかもしれない。それでも近くの部屋の兄弟たちくらいには聞こえたと思うのだけれど……。
「もしかして見捨てられたとか……?」
だんだんと不安が募ってきた。
長年引きこもりに引きこもり、出て来いと言われても無視し続けていたがさすがに堪忍袋の尾が切れたのだろうか。
いや、もしそうなら父であれば扉をぶち破ってでも部屋に入ってくるだろう。
やっぱりおかしい。ここはもう仕方がない。父と話すのはとても怖いがとにかく誰かに話を聞いてみた方がいい気がする。
「うーん……本当に誰もいないなぁ……?」
広い城の中を上へ下へと家族を探すがどこにも誰もいない。玉座の間に行ってみるも父の姿もない。玉座代わりに使っていた宝物の山は父の大のお気に入りであったというのに無くなっている。どこかへ持って行ってしまったのだろうか。
「やっぱり部屋にいるのかなぁ?」
とりあえず一番歳の近い弟の部屋に行ってみることにする。決して同年代や年上の兄弟が怖いということではない。いや、本当は怖いのだけど僕は弱いのだから仕方ない。むしろ弟にさえ戦ったら負ける自信がある。
「おーい、いるー?」
「ひぃ!」
扉から弟の部屋へと声をかけると中から叫び声が聞こえた。
何だか悲鳴めいた返事だったけれど、無人になってしまったと思っていた城に誰かがいたことにほっと安堵する。
「いたんだね。よかったよー。あの、ヘジンマールなんだけど……」
「く、来るなああああああ!」
「ぇ……」
「部屋は出ない!絶対に出ないぞ!」
断固たる拒絶。
まるで部屋にこもっている僕のようなことを言っている。いったい全体何があったのだろう。ぜひ聞きださなければならない。
「あー、落ち着いて。何があったの?父上はどこに?」
「そ、そんなの父上に聞けばいいだろ!!とにかく俺はここを絶対に出ないからな!」
何かに怯えるように部屋から出てこない弟。その後事情を聴こうと話を続けたがまともな返事はもらえなかった。
仕方がない、怖いけれど一番事情を知っているだろう父上の部屋に向かうことにする。このまま何も知らないことが一番危険だと思うから。
「父上、ヘジンマールです」
父の部屋の扉をノックしてみるも返事はない。扉に耳を付けてみる。うん、中に誰かいる気配はある……ような気がする。僕は鈍いから自信がないけど。
「父上!ヘジンマールです!!」
仕方ないので強めに扉を叩いて大声で呼びかけた。すると反応があった。
「や、やめろおおおおおおおおお!」
「父上!?」
反応はあったが……それは返事と呼べるものではない。
叫び声だ。それもとてつもない恐怖を感じた者が出す……つまり父上に怒られたときに僕が出すような情けない負け犬の叫び声だった。
「父上、どうなされたのですか!?」
「すみません! すみません! もう逆らいませんからやめてください! うわあああああああああああああああ!」
中から叫びが響き渡る。それに反応するように周りの母上たち妃の部屋からも恐怖の呻き声が聞こえだした。
「な、なんなのこれ……母上!?」
母であるキーリストランの部屋のドアを叩くもそれ以上の反応はない。しばらく対話を試みてみたが誰一人部屋から出てこようとしなかった。
「どうしたんだろう?とんでもないことが起こったのは間違いないんだけど……どうしよう……そうだ、クアゴアたちなら何か知っている?」
こうなったら街に降りて聞いてみるしかない。まさかクアゴアたちがこんなことをやったとは思えない。
しかしそこで考える。まだ父たちを恐怖に陥れた存在がいるかもしれないじゃないか。それは怖い……。
ならば……よし!そんな存在がいたら即座に服従を申し出よう。そう心に決めてこそこそと隠れながら城から街へと降りていく。
「ねぇ、ちょっといい?」
「こ、これは竜王様!?」
見かけたクアゴアに声を掛けたら父に間違われた。父に匹敵するのは腹回りの肉付きくらいだろうけど……。彼はそもそも父を見たことがないクアゴアなのかもしれない。
それにもしかしたら僕よりも強いクアゴアなのかもしれないけれど、下手に出るわけにはいかない。父に頼れない今の僕は力ずくで来られたら非常に不味い。だから彼には出来るだけ上位者として話しかけてみることにする。
「僕は竜王じゃないけれど聞きたいことがあるんだ。城の様子がおかしいんだけど何かあったの?」
「しょ、少々お待ちください!」
そのクアゴアは全速力で走り去っていき、全速力で氏族長を連れて戻ってきた。呆れた速度だ。よほど仕事熱心なクアゴアに違いない。
「あ、あのご無事だったのですか!?」
クアゴアの氏族長は驚いたようにこちらを見ている。確か名前はペ・リユロだったと思う。
でも彼……じろじろ見てくるんだけど僕の体に何かついているのかな。一通り体を見たがどこにも異常はない……はず。
「あの……無事ってどういうこと?」
「い、いえ……あの光景を目の当たりにしてもう克服されているとは……なんという強い心をお持ちなのかと……」
「あの光景?」
あの光景ってなんだろう。僕が部屋に引きこもっている間に何があったのか。怖いけれど聞かずにはいられない。
「は、はい……私の種族に対してではないとは言えあれは……あの光景は……私も一週間は正気を失いましたし……」
「話して」
「え……」
「その時の話を詳しく話して」
「そ、それは……」
「話して」
正直目の前のクアゴアの方が自分より強そうな気がするが、相手が怯んでいるようなので強気に出てみる。
それが功を奏したのか、氏族長は怯えながら事の顛末を語ってくれた。そしてその内容は……まさに悪夢だった。
「エルフの戦士があの父を倒しただって!?」
「相手にもなりませんでした」
父のオラサーダルクはフロストドラゴンの中でも最強の個体だ。それも本来家族といえども個人主義でまとまりのないドラゴン族を数十匹まとめるだけの力を持っている。
その力は天敵であるフロストジャイアントでさえ相手にならないくらいだ。それを無傷で弄ぶように皮や骨をはぎ取っていったなどにわかには信じがたい。
「ねぇ、エルフは魔法や弓を得意とする森にいる種族だって本で読んだんだけどそれは本当にエルフだったの?」
「い、いえ……その……あのくらいの背丈の種族を私は他に知りませんので……」
氏族長には本当にエルフであったという確証はなかったらしい。やはり知識は重要だ。
本から得た情報ではエルフとは遥か北西にある森の中の国であり、背が高い2足歩行の人間に似た生き物らしい。昔は人間の国と仲が良かったけど今は戦争中だって話だった。
そんな国から強大な力を持ったエルフがこんな辺境に少人数で来るだろうか。何より森を愛するエルフは地中になど興味はないと本に書いてあったし……。
「それは人間か……いや、もしかして伝説に謡われるアレじゃないのかな……?」
「あの者たちに何か心当たりがあるのですか!?」
「いや、何となくだけど……。昔この都市に魔神が降り立ったって話は知ってる?」
「魔神……」
「その魔神は次元を切り裂きこの世界に現れた異世界のものたちだと言う。彼らはその後英雄たちに倒されることになったというけど、その英雄たちも異世界から来たのではないかと書いてある文献もあった。もしここに来たのがその魔神のような存在であったのなら……」
「……」
ゴクリと氏族長が唾を飲み込むのが分かる。むしろここに来た何者かが行ったことは魔神ほどの力がないと出来るはずがないように思える。ドラゴンを弄ぶなどあまりにも力の桁が違いすぎる。
「とにかく父上たちが部屋から出てこなくなった理由は分かった。ありがとう」
「いえ。それで我々はこの後どうすれば……」
どうすればと言われてもこの地の王は父のオラサーダルクだ。
一番の下っ端と言える僕が勝手に決めていいことではない。しかしもし父が正気を取り戻して相手に復讐でも考えたとしたら……。
その想像にヘジンマールは股間が緩みそうになる。駄目だ何とかしないと。
「それほどの存在に逆らうなど愚か……。こちらから服従を申し出るべき」
「や、やはりそうですか。ではドワーフとも……」
「君は彼らに何か言われたの?」
「ドワーフと和解した方が良いと……」
ドワーフと和解!?なにそれ。国を背負ってる人たちがする話じゃないか。そんな話は父や母、それにヘジンマールより強い兄たちとやってほしい。
しかし頼ろうにも……父たちは恐怖に身をすくめたままだし……。
僕が頭を悩ませているとなぜか氏族王が期待に満ちた眼差しで僕を見つめてきた。あ……何か嫌な予感。
「あなた様のその知識! 今必要なのは彼らが何者であるかというその知識です! 白き竜王がお隠れになった今、頼りになるのはあなた様だけです! どうぞ我々に知恵をお与えください! そしてあの者たちとの交渉を!」
「ちょっ!?なんでそうなる!?」
「今話をしてみて分かりました。あなた様の知識はあの者たちとの交渉に必要不可欠なものです。この地の支配者に相応しい!」
「だからなんで!?」
「あの者たちに服従すると言い切ったからです。そのような屈辱的な決断、よほどの知恵と度胸がなければ言えるものではありません!お願いします!新たな我々の指導者に!ヘジンマール様!」
「ぇぇー……」
とても面倒なことになった。
しかし、誰かがやらないといけないことであるし、他に誰もやってくれないのであれば僕がやるしかない……のだろうか。
僕は部屋に引きこもっていた読書の日々とお別れしないといけないのかと嘆きつつ、氏族長と今後の交渉について話を進めるのだった。