モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~   作:kirishima13

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第5話 計画変更

 モモンガは困惑していた。存在しないはずの心臓がドキドキしていると感じるほどである。

 

 まさかナーベラルが泣くとは思わなかった。胸を触られることはそれほど嫌なことだったのだろうとモモンガは自身の行動を後悔する。

 

 立場的に反抗できない美人の部下に対して胸を揉ませろと言ってしまったのだ。あの行動は今思い返すに完全にセクハラ上司そのものだった。ここは少しでもセクハラ上司の汚名を払拭しておかなければなるまい。

 そんな心の内を読んだかのごとく、どこからか叫び声が聞こえてきた。

 

「おいっ!薄汚い平民ごときがアームストロング伯爵の馬車の進行を妨げるとは!身の程を知るがいい!」

 

 金銀の華美な宝飾で飾り立てられた豪華な馬車、その護衛と思われる鎧に身を包んだ男……兵士だろうか、その護衛がうずくまる親子を蹴りつけていた。

 子供を守るように抱えた女性は蹴りつけられただろう足があり得ない方向に曲がっている。

 

 モモンガがそれを見て感じるのは既視感。先ほどモモンガの前に立ちふさがる人間にナーベラルがやっていたことそのものだ。

 

(俺たちって傍から見るとあんな感じだったんだなぁ……)

 

 まさに人の振り見て我が振り直せ、モモンガにこれはいけないという思いが湧き上がる。

 モモンガはギルドマスターであり、ナーベラルはギルドメンバー『弐式炎雷』が作ったNPCで娘のようなものだ。友人の娘に情けないところを見られたままでは終われない。

 さらにこの国の貴族というものがどのような反応をするのか気になるということもあった。強者がいないということは調査済みだが、仲間を見つけるにあたり、安住の地を見つけるという目的のためには権力という点で貴族がどの程度の存在なのか確認しておく必要があるだろう。

 ならば遠慮することはない。

 

「そのあたりにしておいたらどうだ?見苦しいぞ」

 

 王都の路地にモモンガの口から不思議なほど威厳のある声が響き渡る。

 

 先ほどまで似たことをやっていたどの口が言っているのだという思いがあるがモモンガはそれを飲み込む。これはナーベラルに対する対人対応の見本でもあるのだ。

 

 モモンガを見た兵士はビクリと後ずさる。

 それはそうだろう、目を向けた先には漆黒の鎧を着た偉丈夫。その鎧は『たっち・みー』の鎧を模して魔法で作成したものであり、この国では見たこともないほど繊細で優美な意匠が凝らしてある。

 それだけでただ者ではないと分かりそうなものであるが、彼も仕えている貴族の手前引くに引けないのだろう。兵士はモモンガへと剣を向けた。

 

「な、なんだ貴様は!我々の後ろに控えるのがどなたか知っての物言いか!」

「おまえたちが誰かだと?そんなことは知らないしそこの親子が何をしたのかも知らないが……殺すほどの何かをしたとも思えないな」

 

 横でナーベラルがうんうんと頷いている。

 

(ナーベラル!お前にも言ってるんだからな!道を塞いだくらいで誰でも彼でも殺すなよ!)

 

 しかしモモンガの心の声はナーベラルはもとより目の前の兵士にも通じていなかった。

 

「き、貴様ぁ……この者たちは伯爵様の前に立ちはだかったのだぞ!それをかばいだてすると貴様も一緒にしょっ引くぞ!」

「ほぅ?立ちはだかっただけで殺そうとは傲慢なことだ……。お前たちの言い分は分かった」

 

 どうやらこの国で貴族の権力は相当強いらしい、道に立ちふさがったというだけで平民の命を取ることが出来るほどに。

 モモンガは元いた世界を思い出す。アーコロジーに住むことが出来る上層市民とガスマスクがなければすぐに肺炎になって死ぬしかない世界で生きる下層市民。その格差は生まれつき命の価値が違うとも言えるほどのものであった。

 

 

(どこの世界も同じだな……)

 

 

 モモンガは在りし日の自分を思い出しながら子供をかばう母親に問いかける。

 

「そこの親子……困っているか?」

「……」

「困っているなら……助けてほしいなら……言うがいい。私も助けを求めないものを助けるほどの善人ではないのでな」

 

 脳裏に『たっち・みー』の姿を幻視する。かつてユグドラシルで職業(クラス)取得のためのアンデッド狩りが流行っていた際に『困っている人がいたら助けるのは当たり前』と言ってアンデッドであるモモンガを助けてくれた。

 そうしてたっち・みーに助けられたメンバーが集まったのがギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の始まりだ。これが恩返しになるとは思わないが、目の前で助けを求める声を無視する気にはならなかった。

 

「こ、この子だけでもお助けを……」

 

 母親が消え入りそうな声でつぶやく。自分を犠牲にしてでも子供だけでも助けたい。その想いは自分を育てるために無理をして亡くなった鈴木悟の母親を思い出させる。

 

「よかろう。ここはこの私モモンが引き受けよう。ナーベ。彼女たちに治癒魔法を。そして安全な場所まで運んでやれ」

「えっ……この虫け……いえ!かしこまりました!モモン様!」

「モモンだ……」

 

 まだ『様』付けが直っていない……。親子をつれてナーベラルが立ち去るのを見つつモモンガはため息をつく。

 そんなモモンガを馬車の周りにいた兵士たちが取り囲んだ。その数は4人。御者と馬車の中にいる人物は動かないようだ。

 

「キース!お前は女を追え!怪我人連れだ、絶対に逃がすな!黒髪の女は生かして連れてこいとのことだ!行け!」

 

 兵士の一人はモモンガを無視してナーベラルを追うようだ。

 モモンガはそれを見逃した時のことを想像する。ナーベラルが負けることはないし親子も無事ですむだろう。だがそれを追う兵士の運命はそこで終わってしまうかもしれない。モモンガは彼の命のためにもこの場で倒すこと決意した。

 兵士の行き先に立ちふさがるとその膝を蹴りぬく。

 

「ぎ、ぎああああああああああああああああ!」

「あ……ごめ……」

 

 相手にならないとは思っていたがここまで弱いとは思っていなかった。力加減が分からなかったので足が変な方向に曲がってしまっている。

 

「なっ……いつの間に!?こいつ……強い。囲め!一気にやるぞ」

「「はっ!」」

 

 のたうち回っている兵士を放ったまま残り3人が四方から斬りかかってくるが、そこにはフェイントもなければ魔法も特殊技能(スキル)の発動もなかった。

 モモンガが蹴りを3回放つだけで終わってしまう。

 

 それ以上向かってくる者もなかったので立ち去ろうとモモンガが振り返ると御者が警笛を吹いているところだった。

 

「何事だ!?」

「こ、これは何があった!?」

 

 警笛の音を聞いて現れたのは王都を警邏している巡回兵たちだろう。鎧にこの国のものと思われる紋章が彫られている。

 彼らの前には足を抱えて倒れている4人の兵士とその容疑者と思われるモモンガ。

 

「いきなりそこの賊に襲われたのです!相手は強い……応援を!」

 

 倒れた兵士がニヤリと笑っている。

 おそらくここで何を言おうと自分たちは被害者であると主張するつもりなのだろう。行動が裏目に出てしまった。

 

(ぷにっと萌えさんみたいな頭が良い参謀役でもいれば違ったんだろうけどなぁ……)

 

 しかし、残念ながらここにいるのは最終学歴小学校卒業のモモンガだけである。

 

「私は困っている人間を助けただけだ。その際に斬りかかって来たから反撃したまで。正当防衛だ」

 

 国としての対応を知るために集まってきた巡回兵たちに無実を主張してみるが……。

 

「武器を捨てろ!!冒険者!」

 

 まだ登録さえしていないのだがモモンガの格好から冒険者と思われたようだ。そしてどうやらこの国では貴族に比べて冒険者の地位は圧倒的に低いらしい。言い分も聞かずに巡回兵が剣を向けたのはモモンガへだった。

 

「はぁ……仕方ないな。投降しよう」

 

 ここで無関係の兵士たちを蹴散らすのは容易いが、このままではモモンガが冒険者になることは不可能。ナーベラルを巻き込むわけにもいかない。

 モモンガは計画を変更することにする。冒険者になれないのであればまずはこの国の刑罰については知る事にしよう。

 実際この後どのような裁判が行われどのような処分を下されるのか興味がある。当然逃亡するためにアイテムや魔法を封じられた際の対処なども想定済みだ。

 ぷにっと萌えの言葉を思い出す。

 

(『戦いは始まる前にもう終わっている』……だったか?)

 

 事前調査と準備の大切さはユグドラシルで嫌というほど学んだ。それならば、とモモンガはナーベラルへ向け<伝言(メッセージ)>の魔法を発動させる。

 

『ナーベラル、計画は変更だ。私はしばらく単独で行動する。お前は冒険者として名を売れ。殺人は厳に禁ずる』

『はっ!かしこまりました!それで……モモンガ様はどちらへ?』

 

 どちらへと聞かれてこの先を予測する。

 どうやらこの国は封建主義社会のようで貴族の権力は絶対、逆らう者はどのような目に遭わせても良いという社会に思える。ならばまともに裁判を行うということもないかもしれない。この国がモモンガたちが住むに値する国なのかしっておくべきだろう。

 それならば……。モモンガは兜の中で赤い眼光を細める。

 

「ふふっ、私はこの国の司法制度とやらを体験してみるとしよう」

 

 

 


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