モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~ 作:kirishima13
法国の特殊部隊、漆黒聖典の一人神領縛鎖こと、エドガール・ククフ・ボーマルシェは突然背後から現れた声に驚愕の声を出しそうになるのを何とか堪えた。
複数の人間たちがこの場に向かってきているということは察していたが、今そこに立っている漆黒の鎧の男と隣の女からは気配と言うものがまったくしなかったのだ。
バジウッドと共に墓地へと向かったモモンガとナーベラルである。さらにラナーたちを捜索中だったニンブルも合流していた。
「お前が漆黒のモモンか……。初めましてだな。俺のことは……神領縛鎖とでも呼んでくれ」
「しんりょうばくさ?変わった名前だな……。私の名前は知っているようだがモモンと言う。私の仲間におかしなことを吹き込むのはやめてほしいものだな」
宗教勧誘に子供が使われることはよくあるが実際目の前でおかしな教えを子供に向かって吹き込まれるのは面白くない。それが異形差別の教えということであればなおさらである。
「俺の名はまぁ二つ名のようなものだ……。俺たちは親から与えられた名前より神から与えられた名前を優先する」
「……ほぅ?」
それにはモモンガも親から与えられた名前『鈴木悟』ではなく、アバター名『モモンガ』を使っており、さらに偽名である『モモン』を使っているのだから何も言えることはない。
一方、神領縛鎖としては目の前の得体のしれない男女のことをより詳しく知っておく必要があった。特に神への信仰心についてである。
「それで……聞き捨てならないとはどういうことだろうか。俺が何か間違ったことでもいったか?」
「モモン様、彼らは法国の人間かと思われます」
ラナーからのあらためての忠告にモモンガは無い眉を顰める。
法国と言えばトブの大森林で会った『陽光聖典』に続いて二度目の遭遇である。『宗教国家なのだろうな』という程度の知識しかモモンガにはないため、そう忠告されてもどう対処するのが正解のなのかが分からないのでとりあえず単純な質問をぶつけてみる。
「あー……その……法国がなぜ他国である帝国で亜人を殺そうとしているんだ?……それを帝国は認めているのか?」
「帝国は確かに亜人を奴隷として法国から買い入れていますが不法に入国して彼らを殺すようなことは認められるはずがありません」
いつの間にか傍に控えていたニンブルが答えてくれた。
それはそうだろう。亜人が奴隷だとするのならば売却後は商品である。金をもらった後でそれを殺すなど犯罪でしかない。しかしその指摘を神領縛鎖は否定する。
「その亜人はまだ売られたわけではない……移送中に逃げだしたのだからまだ法国の持ち物だ」
「それを証明することは?」
「それは……」
法国は亜人一人一人に身分証明書などを与えていないのだろう。そのためここにいる亜人がもともと帝国や他国にいた者なのか法国から連れてきたものなのか証明することはできない。
「……少し話を伺わなければならないようですね。ご同行いただけますか?」
「……従う義務はない」
神領縛鎖の返答にニンブルが表情を硬くする。
目の前の相手、神領縛鎖はおそらく強い。そして強者には時にこのような勝手が許される。特に法国のように周辺国家最強の軍事力を有している国ともなればジルクニフの了承もなしに下手なことは出来ない。
「……が、まぁ言い分は分かった。こちらとしても問題を起こしたいわけではない。ここは引かせてもらおう」
ちらりとモモンガを見ながら神領縛鎖は言ってのける。
スレイン法国とてバハルス帝国を敵に回すつもりはない。ここは『漆黒』の情報が得られただけで撤退するべきであると判断し、次の瞬間にはその場から姿をかき消した。
「……引いたか」
一方、モモンガは心の内でニンブルに拍手を送る。
普通の社会人としてかつては営業には自信を持っていたが、リ・エスティーゼ王国の交渉では相手が血の雨となって降り注ぐ事態になってしまったし、その後も思い返せば似たようなものだった気がする。さらにここでもその時の二の舞となってしまう可能性もあった。
「申し訳ありませんがモモン殿。この件はこちらで引き取らせていただいてもよろしいですか?」
「う、うむ……仕方がないな。すべてニンブル殿にお任せしよう、国同士の話では仕方ないからな、うん」
モモンガは面倒ごとから解放されて心の中でガッツポーズを作る。以前のように子供たちから誤解されるようなことも今回はないだろう。
「それでそこの男たちはどうしたのだ?」
モモンガが階段の脇を指さす先には地下から登って来ただろう数人の男たち。明らかに正気を失っている様子で黒ずくめの男たちが頭を抱えてうずくまってブツブツ言っている。
「地下で怪しげな儀式をしていた人たちですわ。子供を殺して邪神の生贄へと捧げていたようです。何でも永遠の命を得るためだとか……地下に子供の骨がたくさん散らばっていましたわ」
「そんなことがまさか帝国で……」
あまりにも残酷な内容、それを帝国の共同墓地の地下で行っていたという事実にニンブルは顔が青くなる。さらに捕縛したのが目の前の幼女だという事実。ジルクニフへと報告する内容が増えてしまった。
さらに……。
「……なっ!あれはウィンブルグ公爵!?」
ニンブルはそのうちの一人が帝国の高位貴族であることに気がついた。
このような醜聞が広まっては公爵家の貴族としての権威は地に落ちることだろう。幸いなのは彼がジルクニフ陣営の貴族ではなく第一皇子の派閥だったということだ。
「それでその子供はどうしたんだ?」
モモンガが指さした亜人の子供を見てさらにニンブルの胃は痛くなる。
本来であれば無断で処分しようとしたスレイン法国に抗議をする立場ではあるが、今は時期が悪い。皇后との政争の結果、これから多くの貴族を処分することになりそうなのだ。他国と争っている余裕はない。
「どうやらアベリオン丘陵から拐われてきたそうですわ」
「……この子供たちはどうなるんだ?」
ニンブルは胃を押さえながらモモンガを見つめる。
『漆黒』が亜人に対して寛容なのは先日の魔狼騒動で分かっている。そのような相手がニンブルの答えに納得してくれるのだろうか。
「人間の子供たちは保護者を探して引き渡します。いなければ教会で預かることになるでしょうね。亜人の子供は……申し訳ありませんが売却するしかないでしょう……」
バハルス帝国ではあくまで亜人は商品というスタンスだ。
恐る恐るモモンガの返事を待ちながら助けを求めるようにニンブルはモモンガに付いて来ていたバジウッドを見るが全力で目を逸らされた。
「……ならば私たちがアベリオン丘陵まで送ってやろう」
「なんですって!?」
「別に構わないだろう。帝国からしたら勝手に入り込んだ密入国者だろう?もといた場所に返すのが筋ではないか」
「ですがアベリオン丘陵ですよ!?危険な亜人たちが群雄割拠する魔境です!」
亜人を元の場所に戻してくるのは別に良い。むしろ望むところである。しかしそんな面倒なことをするくらいであれば奴隷として売るか殺してしまう方が面倒がない。それを漆黒は行って返してくると言うのだ。正気の沙汰ではない。
ニンブルにとってアベリオン丘陵は絶対に立ち入ってはならない危険地帯だ。広大な大地が広がっているが戦って得るようなものは皆無の土地である。誰が好き好んでそんな場所に行くというのだろうか。
「ほほぅ?そこには亜人がたくさんいるのか。ははは、なるほどなるほど。それは実に楽しみじゃあないか!」
ニンブルの心配をよそに、まるでその場所こそ自分の行くべき場所だとでも思っているように漆黒の戦士は楽しそうに笑うのだった。