モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~ 作:kirishima13
スレイン法国の首都の中に聖域と呼ばれる場所がある。
その中には荘厳な佇まいの6つの神殿が建っていた。六大神を祀る大神殿である。
そこには法国の中だけでなく、国外からも神官や敬虔な信者が訪れ、洗礼や儀式を受ける静謐な場所であった。
しかしそれはスレイン法国による表の顔に過ぎない。裏の顔は大神殿の地下に隠されている。
そう、闇の神を祀る神殿の地下深くにてクレマンティーヌは鎖で両手をつるされており、その場には殴打音が響き渡っていたのだ。それを見てそこが聖域であると感じる人間はいないだろう。
「この出来損ない!クインティア家の恥さらしが!」
バシンバシンとクアイエッセがクレマンティーヌを殴る音が響き渡る。
兄妹だというのに手加減も何もあったものではない。英雄の領域に届こうというクレマンティーヌは一般の神官や兵士程度に殴られても大したダメージは負わないだろうが、同じく英雄の領域に達している兄の拳に殴られた頬は大きく腫れあがり口の中を切ったのか顔から血がしたたり落ちていた。
「べっ!」
殴り疲れたのか肩で息をしているクアイエッセの顔にクレマンティーヌは口の中にたまった血を吐きかける。
「てめぇ……」
クアイエッセは顔にかかった血を袖口で拭いつつ憎々し気にクレマンティーヌを睨みつけた。
「何が神よ……おまえら人間なんてみんな死んじゃえば……?」
身動きが取れない中で殴り続けられてるにも関わらず、弱弱しいながらクレマンティーヌは反抗を続けていた。クアイエッセはその様子に怒りを抑えつつ笑い出す。
「ふ、ふふふふふふふ」
「何がおかしいの……?」
「お前がそんなに強気になっているのも今日までなんだよ!あれを見ろ!」
クインティアの指さした先には金属で出来た奇妙なオブジェ。人の腕くらいの大きさのそれには取っ手にボタンのようなもの。そして先には花のつぼみのような形の金属がついていた。
「これは百合の花と呼ばれる拷問道具だ。ふふふ、知っているか?どれ使い方を教えてやろうか?」
クアイエッセは百合の花を手に持つとカチャンカチャンとボタンを押す。その度に先のつぼみが開くのを見せながら嫌らしい笑みを浮かべる。それを表情を見てクレマンティーヌの背筋に怖気が走った。
「まずこれを火にかけて真っ赤に熱するんだ。それをお前のあそこに捻じ込む。するとおまえは体の内側から焼かれて凄まじい痛みを感じるだろうな?」
「……」
「それで終わりじゃないぞ?このボタンを押すと先がパッカリと開くだろう?くくくっ、まるで百合の花のようにな。体の内側を焼かれながらかき回されるのは楽しみだろう?それでも今の言葉が吐けるなら言ってみるがいい」
「……」
「どうした?謝るなら今の内だぞ。土下座して許してください、もう神の意志に逆らいませんと言うのであれば取りなしてやってもいいぞ?」
「……る」
「なんだって?」
「お前の××××をナイフで切り裂いて捌いて口の中に突っ込んでやる……」
「なっ……このやろう!」
「ぐっ……」
余裕の笑みが消え失せたクアイエッセが再度殴るとクレマンティーヌは気を失った。
スレイン法国においてここまで『修正』に耐えた人間はいない。この壊れた妹が本当に神の信徒になる日は来るのか。クインティアは一抹の不安を覚えつつその場を後にするのだった。
♦
私は真っ暗な闇の中で目を覚ました。そして先ほどまでのやり取りを思い出す。
あの酷い拷問器具で明日……いや、もう今日だろうか。拷問が行われるのだ。法国の神官たちのことだ。治癒魔法で死なないようにするのだろうから終わりと言うものはなく、いつまでも続くのだろう。正気を保てるとは思わない。
「正気?あはははははは……なんだかどうでも良くなってきたわ!もう私正気じゃないかも……。あははははははは……はぁ……つっまんない人生だったわねー」
私はいつも駄目だった。英雄の一族として生まれたのに家族の期待にも応えられなかった。なぜならスレイン法国の人類至上主義が納得いかなかったから。
それで反発したは良いが結局友人さえ守る事さえできなかった。それでも言われることは『亜人を殺せ』だ。
「んふ、んふふふふふ……じゃあ殺してあげるわよ。男も女も大人も子供も全部全部全部人間という人間を殺してあげるわ」
きっとあの拷問器具を受けたら完全に正気を失うだろう。もうどうなるのか分からないが今の自分ではいられなくなるだろう。
もしそうなったら……気が狂ったとしても法国の言いなりにだけはならないようにしよう……どうせ狂うなら人間を殺しつづける狂人になろう……。
────暗闇の中でそう誓ったその時……私の耳に幻聴が聞こえた
「クライム。静かに、静かにやるのですよ……」
「はい……」
「……なに、あんたたち?」
硬く施錠されたはずの扉の先から現れたのは小さな男の子と女の子の二人組だ。私を殺そうとする殺し屋?いや、二人とも奇妙な格好をしているけど、殺し屋にも死神にも見えない。
「あれ?ラナー様。あの人傷が無くなってないよ?」
「……傷?」
男の子の言葉にあの集落で殴られた傷がいつの間にか無くなっていたのを思い出す。不思議なことにあの集落で負った傷が無くなっていたのだ。兄はポーションを使ったのだろうと思っているようだが実際は何もしていない。しかしなぜそれを彼らが知っているのかは考えても分からなかった。
「ラナー様?あれなに?」
男の子……クライムは壁につるされた残虐な拷問器具を指さす。少女は即座にその構造から使い方を推測したように見えた。そしてそれを使われた人間がどうなってしまうかも……。
「ふーん……あんなものを使われたら堪らないわね。良かったですね、闇落ちする前に私たちが来て……」
少年は分かっていないのかキョトンとしている。一方クレマンティーヌも相手が何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「……良かったって何が?……どういうこと?」
「オークの子供に頼まれたのよ。あなたを助けてほしいって……」
オークの子と聞いて隊長に無理やり持たされた武器で友人になったオークの子供を殺した感触を思い出す。あの肉を裂く感触を……
「でもあの子は死んで……」
そう、死んだ子供が助けを求められるはずがない。そう思ったのだがその考えはすぐに否定される。
「幻術よ」
少女はそう冷たく言い放つと幻術でその場に集落でのオークの死体を再現してみせた。
「うっ……」
突如現れた本物にしか見えないオークたちの死体にクレマンティーヌは思わず吐き気を催す。まさに本物にしか見えない。しかしこれが幻術だという。
「分かりましたか?あそこであったことは全部幻影。あなたが傷ついたことも、オークの子供を殺した事も全部現実ではなかったことなのですよ」
少女がさっと右手を振ると生々しいオークの死体たちの幻影が消え去った。私をこれほど不快な気持ちにさせたというのにその表情には一切の曇りはない。
「……あんたいい性格してるじゃないの。本当に人間?」
「……とある理由で二十歳になるまでは人間ですわ。……そんなことよりほらこれを飲んでください」
少女は腰の袋から赤い液体が入った瓶を取り出すと私の口に突っ込んできた。なにこれ……。
「ちょっ……ごぼぼ……甘い?」
得体の知れないものを飲まされると警戒したが味は普通に美味しかった。
果実水と言われても信じてしまいそうだが私の肉体に魔法の効果が発生している。信じられないことに今まで息をするのも苦しかったはずなのに痛みがすべて消えてしまっていた。
「……これってポーション?苦くなかったけど」
通常ポーションは薬草や薬液で作った
しかも味はどれもけして美味しいものではないはずなのだが、今飲んだものの効果は上級としか思えない効果がありしかも美味であった。
「……信じられない効果ね」
さらに犬の格好をした男の子が近づいてくると無造作に私の繋がれている鎖を手に取ってそのまま引きちぎった。
英雄の領域に届こうという私でさえ千切れないのにどんな力業だと目を疑ったが、助かったのであれば文句を言う筋合いはない。
「あー……まぁお礼くらい言っておくわ。あんがと……。で、この後私をどうするわけ?」
何の目的もないのにこんな法国の深部にまで潜り込んで自分を助けるはずはない。これでも私は一般人に比べると隔絶した強さを持っているのだ。きっとそれを利用しようとろくでもない目的のために助けたのだろうと予想していたのだが……。
「特に何も……?この建物から逃げるくらいまでなら協力しますから好きにしてもらって構いませんわ」
「……わけわかんないんだけど?一緒に仕事しろとか言わないわけ?」
「別にそこまで求めていません。……と言うかあなたのような痴女がそのような恰好で……もし主人を誘惑しようものなら従者のあの御方があなたをただじゃ置かないでしょう。だからそのまま来てもらっても困ります」
私はあらためて自分の格好を見下ろす。傷はすべて塞がったものの当然衣類までもとに戻るわけもなく所々破れた下着同然の格好だった。
「痴女じゃないわよ!」
「……そうなのですか?では衣服くらいは恵んで差し上げますからどうぞお好きに。クライム、行きましょうか」
「は、はいっ」
まるでこちらの返答が最初から分かっていたようにどこからともなく衣服を取り出すと私に手渡してそのまま去ろうとする子供たち。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
「なんですか?」
訝しそうに振り返るが、無視してそのまま行こうとまではしていないようだ。
私は出来ればこのまま逃げだしたいがその前にやることがある。そしてそのために必要なものも……。
「……ナイフでもなんでもいいからさ。武器も譲ってもらえない?」
「何をするつもりなのですか?もしあの人たちへの復讐を考えているのならあなたじゃ勝てないと思いますよ?」
「違うわよ……。私は……巫女姫を殺すわ」
その言葉は予想外だったのか一瞬きょとんした顔をした幼女は初めて驚きの表情を作ったあとに面白そうに顔を歪めた。笑ったのだろう。
それを見て初めて私は理解できた。そう、この幼女も自分と同じように狂っているのだと。
ならばこれからすることを考える。目の前の幼女とそう変わらない歳の一人の少女のことを。
巫女姫……生きる魔道具になるくらいなら殺してやった方がよっぽどマシだろう、それにあいつらへの良い意趣返しになるだろうと……。