モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~   作:kirishima13

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第66話 巫女姫誘拐

 クレマンティーヌは深夜の聖都を駆けていく。

 

 息を殺し、音を殺し、それでいて恐るべき速度で走る。

 

 走るのは得意だ。これだけであればあのくそったれな兄にさえ負けていないという自負さえある。

 

 まさに疾風のように誰にも気づかれることなくクレマンティーヌは巫女姫が住む神殿区域内の住居区まで到着することに成功した。

 

 巫女姫の住居は六つの大神殿に守られるように囲まれた場所にある。それは日々の信者たちの礼拝のためと言われているが、クレマンティーヌはむしろ巫女姫をその場から逃がさないためなのではと疑っている。

 人が住むというよりも捕らえるための建物。

 

(ふんっ……まるで牢獄ね)

 

 クレマンティーヌは軽くしなやかな足取りで一つの居室へと足を踏み入れる。巫女姫の寝室である。

 途中で見つかることも、その場合逃げることも想定していたがここまで警備が手薄なのは異常だ。もしかしたらあの子供たちが何かしたのだろうか。

 

(……私も怪我をしてたはずなのに。あのポーションのおかげ……?)

 

 あのポーションの回復力は異常だった。

 あれだけの怪我を一瞬で治癒するのだから低位のポーションではないはずである。それを気にする素振りさえなく無理やり飲ませてきたのには怪しさを感じるものの、こうして自分を解放してくれたことには感謝するしかない。

 

(……おかげで巫女姫を殺して法国に復讐してやれるんだからね)

 

 寝室のドアからこっそりと中を覗くとベッドの上で寝息を立てている幼い少女がいた。巫女姫である。

 

 ただ暗殺するだけであれば眠らせたままナイフで胸でも刺してやれば終わる。しかしそれではクレマンティーヌの気持ちは収まらない。

 あえては扉をノックしてやる。

 すると目を擦りながら少女が身を起こした。

 

「……誰?」

「はぁい?こんにちわー」

 

 クレマンティーヌは部屋に入るとヒラヒラと手を振りながら笑顔で巫女姫へと近づく。過去に一応面識はあるので悲鳴までは上げられないが夜中に約束もせずに来たからだろう。警戒の色が強い。

 だがここで彼女と話もせずに殺してしまっては来た意味がない。

 

「あなたは確か……聖典の方でしたか?」

「あ、覚えてくれてるんだー?嬉しいなー?あたしはクレマンティーヌ」

「クレマンティーヌ様……?あのこんな夜更けに何か御用でしょうか?」

「んー、まぁ最後に聞きたいことがあってねー。ねぇ、今どんな気持ち?」

 

 クレマンティーヌは自分でもなぜこんなことを聞いているのかよく分からない。そんなことを聞くつもりはなかった。だが聞かずにはいられない。

 今まで繰り返し受けた暴行で頭がどうかなってしまったのか、それとも違うのか。よく分からないが巫女姫の気持ちが知りたくてたまらなくなっていた。

 

「……え?」

「あんたもうすぐ叡者の額冠で生きる魔道具にされちゃうんだけど……どんな気持ち?ねぇ、どんな気持ち?」

「……それは……神々から与えられた私の使命だと思っております。幸せなことです」

「……はぁ?」

 

 予想できた答え。巫女姫として理想的な答え。

 しかしクレマンティーヌの聞きたかった答えではない。巫女姫の返事に顔をしかめていると巫女姫が逆に問い返してきた。

 

「……あの……何か言いたいのですか?」

「あのさぁ……本気で言っているのかなぁって思って。だってあれ付けたらもう何もできなくなるんだよ?口から飲み物も食べ物も無理やり流し込まれて、下なんて、ぷははははは。……垂れ流しだよ?垂れ流し?いいのそれで?」

「……」

 

 『下が垂れ流し』という下品な言葉を聞いて巫女姫の顔が羞恥に染まる。

 まだ9歳の少女である。そこまで考えていなかったのだろう。

 当然周りの神官たちもそんなことを教える必要はない。結果そうなったとしても知らせずにおく方が楽だからだ。

 

「それでも……神の思し召しです」

「あんたまだ9歳でしょ。それで何でそんな風に思えんの?馬鹿なの?」

「私しかあの魔道具を使える人間がいないのです。人々の安寧のため……仕方がないことです。それこそ神の思し召し……」

「仕方ないわけないでしょ!クソガキ!」

 

 あくまで神への信仰を口にする巫女姫に、そしてそんな巫女姫を作った法国の神官たちに、クレマンティーヌの怒りが爆発する。

 

「く、くそ!?」

「くそだからくそって言ったのよ!!人々のため!?神が言ったから!?馬鹿じゃないの!?神があんたに何をしてくれた!?糞神官どもがあんたに何をしてくれた!?こんなところに閉じ込められておかしいとも思わないの?本当にばかなの?」

「そ、そんなことは……」

「あんた友達いないでしょ!?」

「そ、それが何か……。それに私には神官の皆さまが……」

「あいつらがなんだっていうのよ!?」

「じゃ、じゃあ!あなたには友達がいるのですか!?」

 

 友達がいないと言われたことが悔しかったのか巫女姫はクレマンティーヌをキッと睨めつけてくる。

 

「いない……。でもさぁ……友達がいたらもう会話もできなくなるただの魔道具になるなんて……そんなことを言えるはずがないでしょ!」

「っ……」

「あー、やっぱむかつくクソガキだわ!殺す価値もなかったわね!」

 

 黙り込んでしまった巫女姫を見てクレマンティーヌは自分の気持ちがやっと理解できた。

 自分は巫女姫に『魔道具にされるくらいなら死んだ方がマシだ』と言って欲しかったのだ。魔道具なんかになりたくないと泣き叫ぶところが見たかったのだ。

 しかしあくまで信仰を口にし、反論できなくて悔しそうにしている巫女姫を見て気が変わってしまった。

 

「はぁ……しっかたないわねぇ……」

 

 クレマンティーヌは姫巫女の腰を掴むと荷物のように持ち上げる。その体は驚くほど軽かった。

 

「何をするのですか、放してください!」

「やーだね!」

 

 するとクレマンティーヌは目の前にある姫巫女の尻を平手でひとつ叩く。

 

「痛い!」

 

 パァンという乾いた音と同時に巫女姫が叫ぶ。

 

「あはははは、神様も言ってるでしょ。左の尻を叩かれたら右の尻を差し出しなさいって」

 

 もう一つ叩く。再度スパーンという小気味の良い音が寝室に響き渡った。

 

「神を愚弄するというのですか!」

「……あ?だったらその神が実際にどんな酷いことさせてるのかじっくりたっぷり教えてやるわよ」

 

 巫女姫を担いだまま窓枠に手を駆けるとそのまま飛び降りる。落下により地面が迫る。しかしクレマンティーヌは落下以上の速度で壁に足を走らせ駆け下りる。

 

「<疾風走破>!」

 

 落ちるよりも速く、風よりも速く。

 自分の二つの名の由来となった武技を発動させると、クレマンティーヌは法国の街の中を一陣の風のように駆け抜けるのだった。

 

 

 

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