モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~   作:kirishima13

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第7話 ラナーの灰色世界

 私の名前はラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。肩書を言えば人間の国、リ・エスティーゼ王国の第三王女ということになる。

 

 今年で6歳になる私は最近死ぬことばかり考えている。なぜならここには私の話の通じない異形ばかりしかいないからだ。

 

 私は1歳になる前に言語を覚え、3歳になる頃にはこの国の政治を理解するだけの知恵があった。その知恵を使って調べれば調べるほど、そして人々の話を聞けば聞くほど人間という異形が理解できなくなった。

 

「ラナー様。ベッドメイクが終わりました」

 

 そう言ったメイドに私はベッドメイクの手順が足りないことを指摘する。

 30の手順を正しく踏めば綺麗で寝心地の良い寝床になるにも関わらず、そのメイドは10の手順でしかも決められた順番も間違えている。

 そう教えた時メイドは怪訝な顔をして謝るものの結局ベッドの寝心地はよくならなかった。言った事が理解できなかったのだろうか。

 仕方ないので自分でやり直した。

 

 そんなことを繰り返すうちに、やがて私は気味悪がられたり『変な子』と呼ばれるようになった。

 

「ラナー様。お茶の用意が出来ました」

 

 そういったメイドの淹れたお茶は酷く不味く感じた。

 茶葉自体は王家に卸されるだけあって最高級の一品で文句はない。しかしそのお茶の香りや味を活かすのは淹れる者の腕次第なのだが、このメイドの腕が最下級なのだろうか。なぜそんな人間が王家でメイドをしているのだろうか。

 淹れる前に茶葉を炙ってもいなければ容器を事前に温めてない。それでは香りも無く、すぐ冷めてしまって台無しだ。50の手順が必要なのに知らないのだろうか。

 そう思い教えてあげたのだが、その時も気味の悪い目で見られ、お茶もおいしくならなかった。

 

 

 

 やがてその気持ちは両親にも向くことになる。

 

 

 

 

「お父さま。このままでは農業も産業も駄目になってしまいます」

 

 そう言って私は農業改革と各地での基準や道具類の規格を統一し、生産力を一手に統一した産業改革の案を提示したのだが……。

 

「はははは。ラナーは難しいことを知っているな。でもこれは大人の話だから部屋で遊んでいなさい」

 

 そう言って相手にされなかった。お父さまは私の父親なのになぜこんなことも分からないのだろう。このままではこの国は愚かな貴族たちの食い物にされて近いうちに滅ぶことになるのは間違いないのに。

 

 後継者についても早く決めるべきだと忠告しても聞く耳を持たなった。四大貴族の一人であるボウロロープ侯が第一王子のバルブロ兄さまに近づき、傀儡にしようとしているという調べはついている。王家と対立する貴族派の台頭が迫っているのだ。

 

 このままでは王家の力を削ぐための陰謀によりいずれ二人の兄が骨肉の争いへと発展に国を二つに割ることになるのは間違いない。

 

 こんなことも理解できない愚かな生物が本当に私の両親なのだろうか。

 

 そう思って鏡を見ると、お父さまの顔の特徴の15の部分が、お母さまの顔の30の部分が私と酷似しており髪や肌の色も併せて考えれば私の生命の設計図が両親から受け継いだものであることに疑いの余地はなかった。

 

 一向に改善されない食事の不味さ、そして何を言っても通じないという不条理。

 それらが重なってますます食欲はなくなり、体はどんどんやせ細り死んだような目をした死人のような外見になってしまった

 このままいけば遠からず私は死んでしまうだろう。いや、殺されるのが先かもしれない。どうも貴族派が思うとおりに操れない私を邪魔に思って消そうとしているらしい。

 計画はこうだ。表敬訪問を含めた顔見せとして私はエ・ランテルを訪れる予定があるが、その道中に魔物に殺されるというストーリーである。

 国の中央部はそうでもないが、エ・ランテルはトブの大森林に近接していることもあり道中の魔物との遭遇の危険は高い。

 このような場合は通常、街道の魔物駆除を冒険者組合に依頼するのだが、あえてその費用を削り、引き受け手がないような最悪の条件が組合に提示されている。これでは期日までに魔物が駆除されることはないだろう。

 貴族の派閥に属さない信頼できる護衛を揃えるべく父に助言をした結果、平民を御前試合に出場して召し上げるということにはなったがとても今回の旅に間に合いそうにはない。

 

 

 

 どうしたものか。対応を考えていたある日……。

 

 

 

「止まって」

「どうしました?ラナー様」

 

 馬車で城下を移動中、ふと窓のそとを見たときに()()を見つけた。

 

「馬車の中に入れて。運びます」

「あ、あの……ラナー様。本当にですか?」

「はい」

「まぁ、なんとお優しい……」

 

 侍女は何を言っているのだろうか。本当に愚かだ。役に立つと思うから拾うだけだというのに。エ・ランテルへの移動は数日後に迫っている。拾ったそれを餌にすれば逃げる時間がある程度は稼げるだろう。

 

 

 

 

 

 

「まだ街道が安全じゃありません。エ・ランテルには行くべきではないと思いますが?」

「まぁまぁ、ラナー様。我儘言わないでくださいませ。先方からはパーティの前倒しの手紙まで来ているのです。遅れるわけにはいかないですよ」

「行ったら死にます」

「おほほっ、大丈夫ですよ。冒険者に街道の掃除を頼んでいますから安心してください」

 

 そのくらい調べはついている。そしてその依頼した貴族が依頼料を着服し、最低クラスの冒険者しか雇えていないということも。本来いるはずの護衛の数があり得ないほど減らされていることも。

 そしてパーティが前倒しになったことにより、もし生きてその冒険者が依頼を達成しようとしてもとても間に合わないことも。

 

「わかりました……」

 

 私は諦めた……この私の命ではなく……。

 

 

 

……この愚かな異形たちの命を。

 

 

 

「クライム。この指輪を付けて」

「うん!ラナー様!」

 

 私は(クライム)に指輪を渡す。

 クライムは先日王都で拾った犬だ。行倒れているところを助け、この旅での敵への囮にでも使おうと思っていたのだが……。

 

「あ、あの……ラナー様。僕絶対ラナー様を守る!」

 

 キラキラとした目で私を見つめてくるクライム。助けてからずっとこうだ。綺麗な服を与え、食事を与え、撫でてやると私だけがすべてだと言うように見つめてくる。

 クライムは私の言うことは何の疑いも持たずに信じている。他の異形たちと違うそれを見て私は気が変わった。クライムの優先順位を上げたのだ。だから指輪を渡した。

 

 その指輪は王家の宝物庫にあったものだ。しかし、その効果は誰にも知られていない。恐らく王家の人間も含めてただの装飾品だと思っているだろう。

 それもそのはず、この指輪は魔法道具(マジックアイテム)ではあるがその効果は極めて低く、一見して効果の分かるものではないのだから。

 

「絶対に外しちゃだめよ。そうすれば助かるわ」

 

 この指輪には魔物避けの効果がある。

 実験を重ねてその効果は確認した。しかし、その効果は魔物を撃退するほどのものではなく、襲われる順番が一番最後になる程度のもの。

 しかしそれだけでも効果があることに違いはない。数十人で移動するエ・ランテルへの馬車列。魔物に彼らが襲われ全員が食べられるにはいくらモンスターがたくさんいても結構な時間を要すだろう。

 その間に私とクライムだけは逃げ出して生き残ることができる。その結果街道の危険性を知らしめて魔物の討伐に懸賞金を付ける制度なども認められるかもしれない。その算段であった。

 

「……生き残ることができる?」

 

 私らしからぬ考えに思わずつぶやいてしまう。『生きたい』そんなことは思ったのはいったいいつぶりだろうか。

 この愚かな異形たちが闊歩する灰色の世界。そこに生きる価値などないと思っていたのに。

 そう……自分にキラキラした目を向けるこの犬と出会うまでは。そして実際に魔物に襲われるまでは。

 

 

 

 

───そこで私は本当の異形に出会うことになる

 

 


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