モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~   作:kirishima13

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第8話 冒険者ナーベと蒼の薔薇

 私の名前は冒険者ナーベ。モモンガ様のご命令に応えるために虫けらからの依頼を受けて魔物を殺して回っている。

 

「GUGYAAAAAAAAAAAA」

 

 今回の依頼は王都からエ・ランテルまでの魔物を皆殺しにしろというもの。確かそんな感じの依頼だったはずだ。全部殺せばいいならば実に楽でいい。

 しかしオークの頭を杖で叩きつぶしながら考える、これがそれほど評価される任務なのだろうかと。簡単すぎてあくびが出るとはこのことだろう。これで冒険者としての名声を得ると言えるのだろうか。

 

 また一つ今度はゴブリンの首が引きちぎれてどこかへ飛んでいく。走りながら目につくモンスターは皆殺しにしている。依頼期限は5日間と言われていたがこれならば3日もかからないだろう。

 

 そんな感じで目に入るものすべて殺戮しながらエ・ランテルに向けて進んでいると久しぶりに目の前に虫けらの集団が現れた。これはモモンガ様の命令で殺すわけにはいかない虫けらどもだ。

 

「た、助けてくれええええええ」

「うわああああああああああ」

 

 と思っていたがどうも私が殺すより前に魔物たちに殺されそうになっている。魔物の数50匹はいるだろうか。いい気味である。

 

「いえ、そうじゃなかったわね……」

 

 私が殺さなければならない魔物を下手に抵抗されて勝手に殺されて手柄を横取りされても困るし、虫けらが死に絶えるまで待っているのも面倒だ。

 

「<魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)><火球(ファイアーボール)>」

 

 とりあえず魔物だけが密集している部分に魔法を放ってみる。悲鳴を上げながら半分くらいが焼け死んだ。それに気づいた魔物たちの目が一斉に私を見つめてくる。その眼に宿るのは戸惑いと怒り。

 その気持ちはよく分かる。虫けらたちを殺しているのを邪魔されるのはとてもイライラするものだ。とてもよく分かる。

 

「GUFUGUFUGUFU」

「GYAGYAGYA」

 

 怒りに任せて私の方へと一斉に向かって来る魔物たち。気持ちは分かるがモモンガ様の命令であるし殺すことに戸惑いはない。むしろ固まってまとめて向かってくれば私を倒せるなどと思っているのであれば失笑ものだ。

 

「<魔法遅延化(ディレイマジック)><衝撃波(ショック・ウェーブ)>」

 

 遅延化させた<衝撃波>を放つとモンスターたちは一瞬歩みを止め警戒したが、魔法の発動が失敗したと勘違いして下品な笑い声を上げながら再びこちらへ向かってくる。本当に愚かだ。

 そんな魔物たちが私に襲い掛かろうと一丸となったその時……。

 

「GYAAAAAAAAAAAAAAA」

 

 遅延された魔法が発動する。

 十分に引き付けられ放たれた<衝撃波>が残りの魔物の多くを巻き込み血肉へと変えて地面へと降り注ぐ。

 

「ふんっ」

 

 <飛行(フライ)>を使ってふわりとそれを避けると虫けらどもがこちらを指さして口々に何かを言っている。またお礼がどうのとでも言い出すのだろう。

 煩わしいのでさっさとその場を後にしようと思ったその時……虫けらの中で二人だけ態度が違う者がいることに気付いた。

 

「……」

 

 他の虫けらたちよりほんの少し身綺麗なものを着ている二人の虫けら。まだ子供なのだろう、他の虫けらより随分と小さく見える。

 それらは一言もしゃべらないものの道の一番端っこで膝をつき、こちらへ向かって地に頭をこすりつけるように下げていた。

 ほんのチラリと金色の髪をした子供の虫けらと目が合うが、その頬はこけ、その瞳はこの世界のすべてを諦めたかのように虫けららしく濁っていた。

 他のものより高貴そうな服を着た死んだ魚のような目をしたガリガリに痩せた幼女、そしてそれに付き添うように頭を下げている子供。その小さな体を見るに虫けらの幼生体だろう。

 

「虫けららしく分を弁えている者も中にはいるのね」

 

 虫けらはこうあるべきと言う見本のような虫けらだ。モモンガ様に対しても常にそうしていれば余計な手間が省けるものを。

 私は口々に何かを言って来る虫けらたちに背を向けると少し気分よくその場を立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 私の名前はラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。

 現在はミスリル級冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダー見習いという立場だ。もともと『蒼の薔薇』は現リーダーのリグリット様が作ったアダマンタイト級冒険者チームだった。しかしリグリット様が引退を表明しているため残ったメンバーの実力で再度冒険者ランクを判定され、ミスリル級となっている。

 

 リグリット様が出かけている今、私は王都リ・エスティーゼの高級宿で仲間の戦士ガガーランと二人きりで待機をしていた。

 

「しっかし何も手がかりなかったなラキュース」

「ええ、そうね……残念だわ」

 

 私たちが依頼されて追っているのは誘拐事件だ。それも女子供だけでなく、時には冒険者まで姿を消しているという話で明らかに異常な事件である。

 子供を、親を、兄弟を誘拐された人々が冒険者組合に依頼を出しているのだがその状況は芳しくない。

 

「あいつのおかげで結構な数が捕まったってのに結局なにもつかめなかったしな」

「ええ、あの黒髪の女の人のことね」

「今じゃ『漆黒の美姫』とか呼ばれてるらしいぜ」

 

 捜査中、誘拐事件の現場に颯爽と現れ、誘拐犯たちを行動不能にして名前も言わずに立ち去った黒髪の美姫。今、王都で一番の話題の人物だ。

 

「何でもあの時は冒険者でさえなかったみたいよ」

 

 あの後彼女については多くのうわさを聞いた。

 遠国の姫君だの、高位の魔法詠唱者であるだの、ミスリル級の冒険者を投げ飛ばすほどの戦士であるだの、その噂はどれも信じられないものばかりだ。

 

 しかし、多くの人々を助けながら冒険者組合へと行き、銅級冒険者として登録したとの情報は間違いないようである。

 

「おいおい、あの手並みで銅級冒険者かよ。気配も全然しなかったしありゃ相当な隠し玉持ちだぞ。まぁ俺たちほどじゃないと思うけどな」

「そうかしら?」

 

 私がアダマンタイト級冒険者である『朱の雫』のリーダーである叔父に憧れ、貴族であるアインドラ家を飛び出したのは最近のことだ。

 叔父の伝手を使って元冒険者のリグリット様と引き合わせてもらい、そこでガガーランと出会った。

 

 ガガーランは超級の女戦士だ。

 童貞好きを豪語する彼女はその言動とは裏腹にとても仲間想いで頼りになることはこれまでの付き合いで分かっている。彼女単独でもミスリル級の実力はあるだろう。全身を覆う重装備を軽々と着こなす膂力と巨大なハンマーを巧みに使う技術。私はガガーランほどの女戦士を他に知らない。

 

 そんなガガーランがあの黒髪の美姫を私たちほどではないと言うが本当だろうか。

 私が感じたところでは彼女は何か力を隠している気がした。漆黒の髪に漆黒の瞳、その瞳の奥にはまるで人ではない何かを感じたような気がする。その瞳の奥に眠るものは……。

 

「あれは……封じられた暗黒の何か……いえ、邪眼?」

「どうしたラキュース?」

「い、いいえ!何でもないわ」

 

 私も冒険者になるにあたって装備はかなりのものを揃えた。4大暗黒剣の一つに数えられる暗黒剣キリネイラムに選ばれた一人でもある。

 なんとなく彼女はそれに近いものがあるような気がした、というかあって欲しい。いや、あの漆黒の髪と瞳は間違いないだろう。

 

「彼女も闇に選ばれし者……ふふふっ……そして私の好敵手(ライバル)として……」

「何ぶつぶつ言ってるんだ?そんなことよりこの後どうする?婆さんから何か言われてないのか?」

「リグリット様からは現状維持を指示されてるわ。まだ何も解決していないし、何だかきな臭いから……この街で何かが起こってるのは間違いないと思う」

「あー、なんだったか?そういや今ある犯罪組織が消されていってるとかいう話もあったよな?でも、そりゃいいことじゃねえか?」

「リグリット様はそうは思っていないようね」

 

 犯罪者が減ることそれは素晴らしいことだろう。だけど犯罪組織が減ったからと言って犯罪者が減っているとは限らない。現に私たちに誘拐犯の捜査が依頼されているのだから。

 

「だけど冒険者まで誘拐されるなんてありえるのかしら?」

「はっ!誘拐されるなんてよっぽどの駆け出しか間抜けだろうな。じゃなかったら……」

「じゃなかったら?」

「よっぽどの馬鹿がわざと捕まったとかな」

「ええ……それなら……なるほど、納得ね。ガガーランならやりそうだわ」

「どういう意味だそりゃ」

「囮捜査とか?わざと捕まって相手の組織の本部で暴れてみたり?」

「なるほど、そういう方法もあるわな……よし、やってみるか!」

 

 冗談でからかっただけなんだけどガガーランがやる気になってしまった。彼女の場合、本当にやりかねないから困ったものだ。

 

「さすがに私たちは顔が割れてるから無理でしょう。顔でも隠せればそうでもないかもしれないけど……いえ、あなたの体格じゃ無理かもしれないわね……」

 

 ミスリル級冒険者となれば有名であるし、ガガーランのその巨体ではさすがに隠し切れないだろう。

 

「ああ、顔を隠すと言えば……婆さんが置いていったこれなんなんだろうな」

 

 ガガーランが宿の机の上に置かれた仮面とローブを指さす。私もそれらのことはすごく気になっていた。それはもうすごくすごく気になっていた。

 

 真っ白い仮面には目も口も表に出るような場所はなく、額のあたりに赤い宝石が埋め込まれており、まるで怪人の仮面だ。そしてローブは血を思わせるような赤い色をしており、丈が非常に長く、まるで赤い羽根を連想させるようなマントである。

 

「これは……良いものね……」

 

 ふとあの漆黒の美姫のことが頭をよぎる。相手を助け、名前もつげずに助ける格好良さ。そんなことを私もやってみたいと思っていたが、有名な冒険者である私がそんなことをしてはすぐ冒険者組合に報告がいってしまうだろう。

 

「おい、ラキュース?」

 

 だけど顔を隠せば?このフードを被れば?

 

「誰とも分からない仮面の怪人が闇の力で蘇り……そして……」

「ラキュース、何か変なこと考えてるんじゃないだろうな?」

 

 ガガーランが何か言っているがそれよりもこちらの方が優先だ。怪人としての名乗りの口上はどうしようか、必殺技の名前なども考えなければならない。

 どうしよう。本当にどうしよう。ああ……私の左目の邪眼が疼くわ。なんだか楽しみで仕方がなくなってきた。

 

 


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