「ここおかしくね?」、「設定無視かよ!!」などなど、違和感を探しながら読むのが一番いいかもしれません。
もし長期連載として続けられればトンデモメカやトンデモ設定が乱立するカオスに成り果てると思いますので、予めご了承ください。
と、予防線を張り終えたところで、本編をお楽しみくださいませ。
火星は今日も晴れている。乾燥に強い植物を植え、多額の予算を割いて気温を人類の生存可能な範囲に操作し、街を作って多くの人々を入植させたところで、根本的な気候そのものは改善しようがないのである。
どう頑張っても太陽からの距離は人類がどうこうできる範疇を越えているし、地球とは桁が違う規模の山脈や砂漠といった地形に手を加えようとすれば今の火星政府の何万年ぶんの予算が吹っ飛ぶことになるのか想像もつかない。そもそも地球と同じ環境を再現するために、人が快適に住める場所にするために最も重要な大気の状態を人類に最適化させるには圧倒的に技術力が足りていない。火星へのテラフォーミングが実施された厄祭戦前ならまだしも、終末戦争とまで呼ばれた人災を乗り越えて現在まで継承されている技術は数少ない。
必然、火星の人々は地球よりも気温が低く乾燥した大気の中、毎日氷点下まで気温が下がる夜を凌ぎ、なんとか人類生存が可能なレベルまで整えられた世界を日常としながら生きていくことになる。
それでも昔に比べれば天地の差、厄祭戦からさらに遡った旧世紀では昼夜の温度差が百度以上にもなる中、ドーム状に建設されたコロニーの外に出るには防塵機能付きの酸素マスクが必要だったというのだからとんでもない話である。植民開拓の最初期とはいえ、そんな環境に人が住むなど考えられない。
「オルガ・イツカを覚えていますか? 」
「あぁ? 誰だ、それは」
火星の中で最も栄えていると言われるオフィス街の高層ビル、その中の公衆トイレで発砲の音が響く。一回、二回、三回。赤い液体が床をねっとりと覆っていくのを見て、最後にもう一回。かつて戦い方を教えてくれた恩師にして恩人の形見である拳銃のグリップは擦りきれて鉄色がのぞいている。とはいえ銃そのものはとても綺麗に整備されていて、何年もの間憎苦を共にしてきた持ち主の愛情が込められている。だからたとえ壁一枚隔てられている向こうの男の急所だとて、外すことなどあり得ない。当然すべての弾が正確に命中している。
銃口から薄く伸びる白煙に複雑な感情を抱き、ふっと吹き消す。本当なら足や手を撃って、命乞いを聞きながらでもなぶり殺してやりたいところだったが時間がない。もう自分ひとりの復讐のために戦っているのではない、という自覚が知らず知らずのうちにこびりついていることに気づき、舌打ちをひとつ。
ノブリス・ゴルドン。世界で最も成功を収めたとされる実業家である。彼が手掛ける分野は一次産業から電子機器の製造販売、不動産業に投資アドバイザー、人材派遣から軍需産業まで多岐にわたる。
当然ながら、彼の生業から分かる通り自分で管理している会社以外にも積極的に投資を行っており、八年前まではたった今ノブリスを射殺した少年もその恩恵にあずかっていた立場である。
少年にとっては忘れてしまいたい、なかったことにしてしまいたい、嫌悪と憎悪と後悔とどうしようもない無力感を呼び起こす忌むべき過去だ。
乾いた血の色にも似た、こちらもとある人間の形見であるスカーフで口元を覆い隠した少年は、鮮やかなオレンジ色の髪をなびかせて走る。いらだちを振りきるように、この数年自分を縛り続けてきた男の死体を後にして。
「こっちは終わったぞ」
「こっちも問題ない」
豪勢な装飾を施された屋敷の中を、事前に頭に入れておいた見取り図に沿って中央の部屋まで一直線。未だ多くの人々が貧困にあえぐ火星にあって、ここまで無駄な金をつぎ込んだ建物も珍しい。ギャラルホルンの改革が進められている今、治安は以前にも増して悪化しているというのに。
廊下に飾られていたのは、いつか訪れたアドモス商会の本社で見たものと同じ「革命の乙女」の絵画だった。芸術にはまったく縁のない彼の人生の中で唯一、おぼろげながらもその美しさが分かる品だ。
だからこそ、こんなところに存在するのは許せなかった。いっそのこと火をつけてやろうかとも思ったがすぐに冷静を取り戻す。不必要な破壊はしないよう、厳しく言いつけられているのだ。
世界の警察、もとい地球のヤクザの元締めとも言われたギャラルホルンの内部抗争、通称マクギリス・ファリド事件から八年。ラスタル・エリオンのもと、旧体制の打破と民主化への路線変更は未だかなりの強硬な手腕でもって急激に進行している。血統による幹部ポストであるセブンスターズの権限剥奪、圏外圏で横行する人身売買の禁止とそれに伴うヒューマン・デブリ対策法案、ギャラルホルンが独占してきたエイハブ・リアクター製造技術の公開など、たったの八年で多くの実績を残している。当然のごとく支持率は高水準で推移しており、政権交代は当分ないだろうとの見方が強い。マクギリス事件以前から彼が積み立ててきた実績と相まって、内外からの圧倒的な支持があるからこその迅速かつ強硬手段なのだ。
しかし、力にものをいわせた早すぎる改革は多くの問題を産んでもいる。代表的なものが、ヒューマン・デブリの難民化だ。そもそも海賊や傭兵はともかくとして、不発弾処理に宇宙船外活動などマトモな人間が寄り付かない仕事を行う、いくらでも使い倒せる人材としての側面があったヒューマン・デブリだが、彼らが社会に与えてきた影響と恩恵は計り知れない。ギャラルホルンと火星独立政権が共同で発表したヒューマン・デブリ対策法案が施行された途端、彼らを雇用していた企業は軒並み倒産してしまった。未だ厄祭戦当時の不発弾が数万発埋まっているとされ、老朽化したインフラが社会問題となっている火星においてだ。
とりわけ火星においては対策法案の要であり根本である「基本的人権に基づく活動の自由」との文言が元ヒューマン・デブリの社会復帰を阻害する一番の原因である。現火星政府の実質的なトップに立つクーデリア・藍那・バーンスタインがいくら頑張っても火星で大規模なビジネスは生まれない。マクギリス事件時に将来性が期待されたハーフメタルとて、ヒューマン・デブリがいなくなったいま民間企業は採掘に掛かるコストに尻込みしてしまうのが現実だった。大量に生まれた雇用先のない人間、その社会保障に充てる金すら難儀するのが火星の現実である。
目当ての部屋を見つけ、少年は仲間に目配せした。頷いた少年がチューブ状の爆薬を使って鍵を開ける。
三、二、一。
カウントがゼロになると同時に、握った拳で勢いよく扉を殴る。
「動くな!! 」
短い悲鳴が少しだけ場をざわつかせた。しかしそれもすぐにおさまり、この屋敷で最も広く最も重要な部屋は静まり返った。
「いまこの瞬間をもって、ここの全権限を強奪させてもらった。しばらく言うことを聞いてもらうぞ。まずは、そうだな。現在進行形で外部との連絡を取っているやつ、手を挙げろ」
外部に情報を漏らしたり状況を知らせたりしたらどうなるかわかってるな。言うまでもない脅し文句を、ドスの利いた声で言う。こういうのは、口に出すことに意味がある。
十人といない室内で、指示通りに手を挙げたのは二人だった。それぞれ民間企業との先物取引、子会社との経営計画の打ち合わせを行っていた。全員が全員たいして年齢を重ねていないであろう武装集団のリーダー、オレンジ髪の少年の指示でそれぞれに見張りをつけながらも外部との通信が継続される。突然通信を切り、不自然だと思われては困るからだ。
さらに念のため数人で全モニターの確認を行うと、もう一人、とりわけ厄介なことに、ギャラルホルンとの直通回線を使っている者がいた。そもそもそんな回線があること自体、仮にも民間の組織を騙る以上あり得るはずのないことではあるのだが、実際のところそれが分かっているからこそ少年たちは今ここに奇襲をかけているのである。八年前に自分達の運命を狂わせた、利権と金にしか興味がない大人たちへの報復として。
だとしてもまだ計画は始まったばかりである。戦力も対外的な影響力もまだまだ未熟。天下のギャラルホルンが相手となれば下手な対応は打てない。
目配せでの指示により、回線が一人の男のところへ回ってくる。事前に練られた計画に抜かりなく用意されていた、万が一の際における交渉役。どうも少年たちばかりというのではこういう時に都合が悪く、協力者から半ばお目付け役としてリーダーにあてがわれた青年である。少年たちで構成された集団の中で彼は、ひとり異彩を放っていた。
「申し訳ないが、こちらの事情によって担当者を変更させて頂きます。勝手ながら、無礼をお許しください」
「随分とイレギュラーな対応だねぇ。そちらも多忙と見える、そんな中での対応、こちらこそ無礼だったかもしれないね。じゃあ無駄話で時間を浪費するのも悪いし、本題に戻ろうか。来月スタートの火星政府通常国会でうちの隊が行う警備計画の打ち合わせ、でよかったよね」
穏和な老人、富裕層の紳士のイメージそのままなギャラルホルン火星支部の司令に「ええ」と微笑み、リーダーは部下たちを離れさせる。全員が心得てはいるものの、万が一にも気取られてはまずい。雌伏の年月を無駄にしないため、各々の目標達成のため、組織の最終目的達成のため、気を遣いすぎるということはない。
「情勢が芳しくないことは周知、まあギャラルホルンが直接的に関与した影響が十年やそこらで消えるとも思えないけれど、厄介な時に厄介なことを運び込んでくるものだよね、世界ってのは。クーデリア嬢からのご連絡によれば、例の・・・『鉄華団』残党が集まった過激派組織の活動が活発化しているらしくってさ」
「もちろん、承知しておりますとも。万が一のことがあっては、我々の信頼関係にヒビが入りかねませんからね。現在、最優先で実態の調査に当たっているところです」
「テロリストとなれば、こちらから出す予定のモビルスーツもモビルワーカーも用を為すか分からない。悪いんだけれど、そちらの対応は一任するよ」
まあ、バレているよな。
リーダーを筆頭に静かな動揺が広がるなか、例に漏れず心中穏やかではない男だったが、それを悟らせない程度の駆け引きは慣れたものだった。組織の中でも古株とは言えない、むしろ新参者にあたる彼が周りから頭ひとつ抜きん出た、交渉者たる由縁のひとつ。ただ単に年を重ねているから任されている訳ではない。伊達に修羅場を重ねてはいないのだ。
「メイクスしれっ」
愚かにも、あるいは賢明にもギャラルホルン火星支部長に助けを求めた男が、音もなく喉を切り開かれて倒れた。遺体を静かに寝かせる団員。それを見たリーダーは眉ひとつ動かさず飛び散った血液を拭くように指示を出す。そして更なる犠牲が重ねられぬよう、悲鳴どころか余計な物音ひとつ立てられないようすべてのオペレーターに銃が向けられることとなった。もちろん通信相手に気取られぬよう、それぞれのモニターの上から撃てる体勢だ。
「何かあったかい? 」
「いいえ、何も。モニターのひとつが音量の調節を間違えただけです」
幸いにも、十数分に及ぶ会談の中で出た犠牲はその一人だけだった。手のひらを湿らせるじっとりとした感触に顔をしかめながら、男は微笑を浮かべたまま通信を切った。打ち合わせ、と言いながらも男は終始支部長から多くの情報を聞き出すことに注力していたため、警備計画にさほどの進展は見られなかったが。
そして、画面越しの相手ではなく、室内のオペレーター相手に向き直ったリーダーが、彼本来の低く重苦しい声で言う。
「今からここは俺たちが仕切らせてもらう。それぞれに追って指示を出すから、それに従ってくれ。大人しくしていれば悪いようにはしないと約束する、いつも通りに家に帰って風呂に入って寝られるだけの安全は保証するよ。ひとまず、引き続き仕事を続けていてもらいたい」
ついでにそっちのヤツ、とギャラルホルンとの回線を開いていたオペレーターに歩み寄る。少年の方を振り向く様子はない。よく見れば指先も動いてはいない。ぽん、と肩に手を置くと「ひぃっ」と短い悲鳴が漏れた。体が小刻みに揺れている。ひどく怯えて震えているのだろう、今はもう何も映してはいないモニターに向けられた視線も全く動かない。
少年は誰にも聞こえないよう、小さく舌打ちをした。
「少し別室で待っていてくれ。話がある」
傍らの部下を一人つけて、部屋から出す。一人にしたことでよけいに恐怖が増したであろう男とまともに話をするためには、かなりの時間を置かなければならないだろう。どのみちもうしばらくかかるのだから問題はないのだが、彼を見ていると妙に神経がささくれだつ。
重要任務にあたっている緊張感のせいだろう。
自分の中でそう決着をつけて、リーダーは通信端末を取り出した。普通、長距離通信を行えばアリアドネの中に残るデータからギャラルホルンに情報が漏れる可能性があるが、少なくとも今、一時的にはそれを考慮する必要がない。
そもそも、その情報がほぼ筒抜けの現状を脱却するための任務なのだ。
今回の作戦の目的は、金星圏から地球、果ては火星までもをカバーする無数の電波中継局、アリアドネに対するギャラルホルンの一方的無条件なアクセス権の剥奪。もちろん戦力の少ない少年たちでは、別動隊を含めても地球や金星圏にまで手が届くはずもないので火星におけるそれに限った話である。
ギャラルホルンは「世界の秩序」、「法の番人」の体面のもとであらゆる方面に特殊で特別で一方的で高圧的な権力を有し、自分たちの定めたルールに従わない者を徹底的に排除する。それはラスタル政権のもと民主主義を謳ったところで変わりようのない根本的かつ根元的、ギャラルホルン設立当時からの存在意義であるからこそなのだが、表面上とはいえ民主主義を掲げた今となっては批判と非難の対象になっていた。
だから、少年たちが特に過激派と呼ばれる集団で、ここを襲撃したとしても何ら不審な点はない。とはいえ彼らの最終目的、あるいは原動力といってもいいその根幹にあるものは一週間もすればネット掲示板の賑わいも失せる一過的突発的衝動的な理由ではないが。
それがなぜギャラルホルンではなく胡散臭い実業家のオフィスを襲撃しているのかといえば、先刻に直通回線を開いていたことからも分かる通りここがギャラルホルンの火星におけるアキレス腱ともいえる場所だからだ。いかに人類史上最大のグローバル組織といえど貪欲に生存圏を拡大していった人類すべてをカバーするだけのキャパシティを持ち合わせてはおらず、必要最低限の業務のみ内部で行うもののある程度はそれぞれ特別契約を結んだ外部組織に委託する形を取っていて、地球から離れたこの火星においてはその傾向がより顕著であるという事情のもとノブリス・ゴルドンは私腹を肥やしていたのだ。
「ったく、何もかもがアイツの思い通りってんなら気に食わないが、確かに完璧だな。文句のつけようがない」
「あの時から既にここまで考えていたというのなら、まったく恐れ入るよ」
交渉を終えた男と二人で忌々しげに吐き捨ててから、口元にあてた通信端末に一言。
「こっちは終了だ」
※※
「了解だよ」
不満げな感情を隠そうともしない通信相手の声に臆することもなく、むしろどこか嬉しそうで楽しそうに涼しい顔で男は通信を切った。
この時点で彼らの任務はまだ第一段階が終了したに過ぎず、本来の目的であるアリアドネを含めたギャラルホルンが掌握する通信ネットワークの制圧もまったく不完全である。いつ復旧するかも分からぬ網を警戒するに越したことはない。長話をしていれば身内に殺されかねない、という保身もあったのかもしれないが。
「マッキー、こっちも問題ないわ」
今度は無線通信越しではなくその場の空気を直接震わせる面と向かった声、先程とは違いとても明るく陽気で、幼さを残した女の声。吸い込まれてしまいそうなほど深い紫色のショートカットが目を引く、突っ張った感じを隠せてもいない民間の安物戦闘服に身を包んだ少女が、尊敬と幸福と信頼と服従と、少しばかりの緊張と怯えを含んだ眼差しでこちらを見つめていた。
こちら側のチームの実質的なリーダーであり彼ら彼女らが所属する組織の象徴、表向きはトップに立つ身としてそんな顔をするものではない、と忠告した方が良かったのだろうが、その視線を向けられた男はすっかり毒気を抜かれてしまったらしく強い言葉をいうことができずになだめるような猫なで声を出すのだった。
「わかったよ、アルミリア。こちらも行動開始だ。以後、互いの通信はコードネームを用い、暗号化したもので行うこと。では、スタートだ」
瞬間、凄まじい衝撃が身体全体を包み込んだ。火星の衛星軌道に浮かぶステーション、アーレスが爆炎に震え、それを合図にアルミリア・ファリドとマッキー、もとい『マクギリス・ファリド』が率いる別動隊の仕事が始まるのだった。