鉄血のオルフェンズ 残華   作:イング・ディライド

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受け継いだ者が選ぶ道

 

 仮にも人の形を模しているとは信じがたいアガレスの巨大な腕が空を切る。そのたびに吹き荒れる暴風が錆色の砂粒を巻き上げる。対するフォカロルはすいすいと不規則な挙動を取って攻撃を回避する。避けているというよりは当てさせない、という表現が近いだろうか、時折明らかにアガレスが無駄で大振りな動きを見せている。

 見晴らしのいい砂漠での決闘は、既に相当の距離を走ったウィリアムたちの車窓からもはっきりと見ることができた。

 

「劣勢か。相性の悪さもあるだろうが、なんとも動きが大味だな。何か余計な悩みごとでも抱えてなけりゃいいんだが」

「あのままでは一撃も当たらないでしょうが、あのガンダムもアガレスに致命打を与えられるとは思えません。いずれにせよ、現時点での判断はできません」

「案外、慎重派なんだな」

「戦場において戦局を見極めることは最も大切なことです。それを見誤ることは、敗北を意味します」

 

 そうかい、とウィリアムはフロントガラスに視線を戻す。マクギリスから与えられた情報の中にもない新たなガンダム・フレーム、それはとても興味をそそられるものだったが今は離脱が最優先。

 明らかにアガレスが不利と見ての言葉は本心ではあるが、別にウィリアムとてライドが負けると思っている訳ではない。生死をもって判断される戦場の勝敗においては、勝つことよりも負けないことの方がよほど簡単なのだから。

 願わくば、アルミリアと二人きりというどうしようもない居心地の悪さからも、早く離脱したい。

 

 

「リアクター固有波形特定完了、ガンダムフォカロル。エイハブ粒子が生み出す重力場の圧縮によって局所的な反重力域を生成、通常のスラスター噴射とは異なる独自の機動パターンを有する、と。三百年前のデータが残ってるってのも、便利でいい」

 

 暗礁宙域やアステロイドベルトで廃棄されたリアクターが生み出す重力がより高密度なデブリ帯を形成することは周知の事実であり、テイワズなどはその危険地帯を安全に航行できる独自のルートを持っていることが他の組織に対する大きなアドバンテージになっていたりもする。

 しかしエイハブリアクターが生み出す重力など僅かなもので、上述の現象も惑星の力の影響を一切受けることのない圏外圏でしか起こりえないほどのまれなものである。モビルスーツにおいても生み出された重力は有効活用されており、加減速などによるパイロットへのGを軽減したりもしているが、あくまでオマケ、気休め程度のものに過ぎない。ガンダム・フレームがいくら二基のリアクターを備えているといっても、それはせいぜいしょせん五十歩百歩といったところ。そもそも勝手に四散するエイハブ粒子を制御する技術など現代に残っていようはずもなく、厄祭戦当時の技術に敬服する他ないが、理屈が分かれば多少の進展はあったといえる。

 

「期待してるんだよ、あんたには。バルコーナ・ヨーゼンも、計画に賛同する同志たちも。がっかりさせないでくれ」

「勝手に幻想を見てんじゃねぇよ。オレが応える義理はない」

 

 バドイ・ロウはよくしゃべる男だった。戦闘中によくもまあそこまですらすらと言葉が出てくるものだ、と感心してしまうほどに。

 それをひとつずつ突っぱねて、ライドは淡々とフォカロルを攻め立てる。

 アガレスの腕がフォカロルを捉えた。

 力を込める間もなく、フォカロルはぬるりと衝撃をいなしてすり抜けた。海を漂うクラゲのような、美しさの中に不気味さを内包する気配。それが余計にライドの神経を刺激する。

 マクギリスとは別の意味で腹立たしく、心底嫌いなタイプだ。

 

「打倒ギャラルホルンの目的は一致しているだろ? 何を躊躇うことがある」

「鉄華団を騙れば迎合するとでも思ったか。そういうのが浅ましいんだよ」

「オレたちの事を知ろうともせず、頭ごなしに否定ってか。あんたが嫌う政治屋と変わりねぇぞ」

「初対面のくせに偉そうな口をきく、お前みたいなのが一番気に入らねぇ」

 

 平行線の会話は果てしなく続く。初めから何も話す気はないライドだったが、ロウのしつこい言葉がいちいち癇に触るのだ。バルコーナ・ヨーゼンというのが何者かは知らないし興味もないが、名前が出てくるタイミングが胡散臭い。言葉の響きが鬱陶しい。どうせマクギリス・ファリドと同じようなものに決まっている、ならばわざわざ鞍替えをする必要もない。目の前の、騒がしいヤツを倒して終わりだ。

 

「いつまでも腕を振り回すばかり、脳がねぇな。そんなものなのか、ガンダムアガレスとライド・マッスは」

「オレは升牙・ライグライド。ライドなんてヤツは知らないな」

「ずっと過去に固執してる人がよくそんなことを言えたものだな。オルガ・イツカの前で同じことが言えるってのか? 」

「少し喋りすぎだな」

 

 アガレスの右腕が、二度めにしてしっかりと、確実にフォカロルの身体を捉えた。脚部にクリーンヒットした一撃がか細い脚の膝関節を砕く。軽量ゆえに衝撃を受け流すフォカロルの身体を左腕で掴み固定し、さらに一撃。直撃を受けた頭部は激しく歪み、ぐちゃぐちゃになって破損した精密機器が露出する。

 

「軽々しくその名前を出すな。これ以上鉄華団を侮辱するなら、コクピットも潰すぞ」

「鉄華団の名前に誇りを失ったのは、あんたの方じゃあないのか」

「昔と同じやり方では、もう成功できないって学んだだけだ。いつまでも子どもではいられない」

「そうやって自分を抑え続けることで、あんたの目的が達成されるとも思えねぇけどな。まあ、今回の目的は達した。何かあれば、気兼ねなく頼ってくれ、とバルコーナ・ヨーゼンからの伝言だ。ゆっくり考えてくれ」

「逃げられるとでも思ってるのか」

「思っているよ、お坊っちゃん」

 

「そこのモビルスーツ、所属と目的を伝えろ。抵抗すれば相応の措置を取る」

 

 ジュリエッタがセヴェナに頼んで調達したレギンレイズだった。

 鈍い鉛色を基調としたカラーリングはイオク・クジャン、ひいては三百年前の初代クジャン卿の頃から代々伝わるパーソナルカラーであり、つまりこの機体は普段セヴェナの乗機ということである。

 ギャラルホルンのモビルスーツパイロットの中でも特にエリート、出世街道にいるような人間は他人が乗る機体など乗りたがらないものだが、貧民上がりのジュリエッタにそのようなプライドも嫌悪感もない。むしろくだらない自尊心を捨てられず迅速な行動を取れない人種にいら立つ、そういったギャラルホルンの中では特異と分類される気性を持っている。

 

「ギャラルホルンがなぜ、こんなに早く来られるんだ」

 

 マクギリスと新江の暗躍でギャラルホルンの動きがかなり制限されると聞いていたライドは、いくらフォカロルに意識の大部分を割いていたとしてもジュリエッタの迅速さを考慮していなかった点で迂闊だった。

 とはいえジュリエッタとて、連続して発生した自爆テロに混乱する会談の会場に警護対象を置き去りにして、有事特権で通りすがりの車を拝借すると『方舟』との定期便が発着する宇宙港へ向かうとセヴェナが手配したレギンレイズに乗って息つく暇もなくここへ乗り込んできたのだ。自身の判断に特権を与えられる立場にあるからといっても相当の無理を通して道理を蹴飛ばして来たのだから、ライドを責めるのも難しい話ではあるが。

 

「問うているのはこちらです。所属と目的を答えなさい。ギャラルホルンから逃げられるとは思わないでください」

 

「その声、聞き覚えがあるな。戦場の乙女、ジュリエッタ・ジュリスか」

 

 反応したのはロウだった。当然、数時間ほど前に顔を合わせたライドも気付いている。だが、できるだけ彼女とは言葉を交わしたくない理由があった。

 

「いつまでも黙っていると敵対と見なします。所属と目的、早く答えて頂けますか」

「話している時間はない。急ぎ、用事が待っているんでな」

 

 アガレスのスラスターに火が灯る。再び高く舞い上がった砂粒がモニターを覆い尽くした。

 反射的に操縦桿を押し込んで敵との距離を詰めるジュリエッタの耳に、必死に圧し殺した声が響く。つい先刻、ホテルでの喧騒の中に混じっていた声だ。

 ライドが覚えているのであれば当然、ジュリエッタも覚えているのは道理だった。ちっ、と漏れた舌打ちの音は通信機が拾っただろうか。

 

 

「逃がすわけにはいかない理由が生まれたようですね」

「上からものを言うばかりで、結局は奪うことでしか変えられない。表向きしか変わってない。それがギャラルホルンだろ。オレを捕まえる権利なんてあるのか? 」

 

 重心が通常のモビルスーツと違うアガレスの動きは不規則で不可思議で、端から見ればフォカロルのものよりもトリッキーで予測不可能に思える。

 それを必死に食らいついていくジュリエッタの技量は相当なもので、とはいえその本質は見るべき者が見なければ分かりはしない。

 

「犯罪者及び不穏分子の拘束は権利ではなく義務です。法の番人たるギャラルホルンとしての」

「そりゃ素晴らしいことだな。敵対する者をすべて牢屋にぶちこんで殺してしまえば体制は磐石に保たれる。そこにどれだけの問題があろうと」

 

 軽やかなステップを踏むアガレスに、レギンレイズの手が届く。それをすぐに払いのけ、ライドはさらに後ろへ下がる。

 目下、ライドの目的はアルミリアたちと合流して方舟に上がり、貸しコンテナ区画で一息ついてからアーレスへと戻ることである。しかし、ギャラルホルンの目に留まってしまった以上はどうにか撒いてしまわなければアルミリアたちにまで実害が及ぶ。

 

「少なくともあなたたちのやり方よりはマシですよ。暴力だけで世界を円滑に動かせるとでも思っているのですか」

「法に基づけば暴力は正義の鉄槌となる、か? SAUとアーブラウの武力衝突を煽ったことも、圏外圏のヤクザと取引してお坊っちゃんを守ったことも、火星の大地を抉り取ったことも、民間会社を徹底的に殲滅したことも、すべて正当化されるとでも言うのか!?」

「まさか、本当に鉄華団の生き残りだとでも……」

 

 話していくうちに抑えきれなくなったライドが、感情をぶちまける。言葉の内容だけではない、その絞り出した悲鳴のような、腹の底に溜まったものを吐き出す怒声のような、正直な感情をまっすぐにぶつけられたジュリエッタは、心臓を直接握られたような圧迫感を覚えた。

 コンマ数秒、レギンレイズの動きが乱れる。それはジュリエッタの心の乱れを正直に反映したものだったが、そこでアガレスが初めて自分から距離を詰めた。

 

「確かにオレたちに大義なんてない。あの時は、ただ生きていくために戦っていた。そして今は、奪われた痛みを知らしめるために戦っている。ギャラルホルンがオレにこの生き方を選ばせたとは言わないが、結果的にこういう奴らが生まれるようなことをやったんだよ、お前たちは」

 

 ひゅっ、と静かにアガレスの右腕が動く。たった一撃でレギンレイズの前面装甲に大きな傷痕が、一直線に刻まれた。

 むき出しになったコクピットの中で、ジュリエッタは自分の身体から力が抜けていくのを感じた。

 

「余計な手出しをしなければ、もう会うこともない。そう願いたい」

 

 ギャラルホルン士官としてあるまじきことに、このときジュリエッタは心の底から敵と同じことを願った。

 

 

 

※※

 

 

 

 会談が中断されたホテルは即座に封鎖された。予定されていた式典も中止となり、そちらに本陣を構えていた警備隊や式典用モビルスーツ部隊もホテル周辺の警戒に当たる。

 同時に、フェーク・メイクスが手配した部隊が合流。テロリストへの対策と警戒を主な任務とするその特務隊は現場到着後、真っ先に指揮系統を自分たちを頂点とするピラミッドに作り替えた。

 適材適所といえば聞こえはいいが、横暴が過ぎるほどの振る舞いは現場の警備隊たちにひんしゅくをかっていた。それでも自分たちに向けられる恨みがましい視線をものともせず、職務を忠実に果たそうとする彼らの姿勢には、見習うべきところもあるにはある。

 まず行われたのは、ノブリスが雇用している警備員たちへの事情聴取だった。

 この際、名簿と照らし合わせて人数確認をした時点で既に多くの隊員が行方不明になっていたのだが、それらは全てマクギリスの息がかかった者たちであり、メイクス直属の特務隊員が問題視することはなかった。何を隠そう、その隠蔽が今回の彼らの主目的である。

 百人以上にも及ぶ警備員をひとりひとり呼び出して個別に話を聞いているうち、さらに両者の関係が拗れていくのはどうしようもない問題だったが、それだけのリスクで済ませるにはとても有益な情報が得られた。

 

 曰く、「バルコーナ・ヨーゼンを知っている」と。

 

 すなわち、テロリストの実行犯に当たる人物の拘束に成功したのだ。

 数は四人。自爆した者らと違い、全員が警備員として潜入するにあたって不自然のない成年である。聞けば数か月前、それぞれが別ルートで雇用契約を締結した新人らしい。

 

「彼らの身柄はこちらで預かる。不都合があれば、火星支部へ問い合わせてくれ。何も出てこなければ、すぐに返却するさ」

 

 最後まで慇懃な態度を崩さないまま、特務隊は捕虜を連れて引き上げた。無線を通じて指示を出しこそすれ、現場に残る価値はもうないと判断を下したのだ。

 一連で僅か半日足らずの手際のいい仕事ぶりに、残された者らはただ唖然とするしかなかった。

 

 

 

※※

 

 

 

「苦労をかけたな。ともあれ、無事で何よりだ」

 

 アーレスに着いて早々、ライドとウィリアムはマクギリスの私室へ呼び出された。

 流仁は事後処理のために現場に留まったままであり、アルミリアはしばらくマクギリスと水入らずを楽しむらしいのでこの場で聞く必要はないのだろう。

 

 一通りの報告を聞き終わるまで、マクギリスは神妙な面持ちを崩さなかった。

 いつもいつもその表情を浮かべているため、内心で何を考えているのかは読み取れない。雷電隊のメンバーの中には、「実は何も考えていないのではないか」などと茶化す者も多い。

 

 

「バルコーナ・ヨーゼンとはまた、厄介な相手が絡んできたものだな。鉄華団を名乗る辺りも彼らしいといえばらしいだろうが」

「勝手に納得してんじゃねぇよ。そりゃ現場の指揮官クラスに開示できる情報にも限界があるのは分かるが、そうやって何もかも隠されてるんじゃ今後の行動に支障が出る。最低限のことは教えてほしい」

 

「そうか、そうだな」

 

 ふっと口もとを緩めるマクギリス。つい先刻ロウとかいう男やジュリエッタにも言った通り、こういう常に人を見下したような態度を取る人間は生理的ともいえるレベルで嫌悪感を抱くライドだったが、マクギリスに対しては決してそれを表に出すことはなかった。

 自分の目的達成のため、マクギリスとの協力関係、あるいは主従関係は必要不可欠なもの、となれば多少の私情は抑え込める。

 

「バルコーナ・ヨーゼン、彼は今は、アフリカンユニオンに拠点を置く反ギャラルホルン組織の親玉だよ」

「地球のテロリストか? そんなやつがなんでわざわざ火星くんだりまで」

「それはもちろん、実利のためさ」

 

 五年前、アフリカンユニオンでテロが起こった。しかも、歴史的に因縁の深いSAUとの干渉地帯で。

 厄祭戦前は数百年に渡って散発的な軍事衝突が起こっていた両者はこの三百年間、ギャラルホルンの仲裁と厄祭戦の反省を以て互いに友好関係を築くべく尽力していた。

 しかし八年前の改革以降ギャラルホルンの軍事的圧力が弱まり、モビルスーツの入手が容易になったことから二つの経済圏は急速に軍事力を整え、関係性がぴりついてきた矢先の出来事である。

 SAU側の警備部隊の基地においての爆破テロだった。

 アフリカンユニオンとSAU、双方への攻撃であれば協力してテロリスト逮捕への道のりを進められたかもしれない。しかしSAU側にのみ被害があった点、犯行後に出された声明から主犯格バルコーナ・ヨーゼンがアフリカンユニオン出身であることが明かされた点、その二つはSAUの国民感情を激しく揺さぶった。

 間もなくして両者は些細な軍事衝突を起こし、互いに宣戦布告を経て戦争へと至った。

 アーブラウやオセアニア連邦と違い資本流入が少ないことで、幸い火星への影響は皆無ではあったものの、『エインへリアル』参加以降世事の収集に並々ならぬ心血を注ぐライドにも多少の知識はあった。

 

「そういえばそんなこともあったな。しかし火星にまで遠出してきた理由は何だ? 」

「言っただろう? 反ギャラルホルン組織だと」

 

 現在のギャラルホルンは組織改革を推し進めたことで外部からの信頼こそ取り返し始めていたものの、エイハブリアクターの技術を公開したことで影響力と軍事的圧力については低下の一途を辿っていた。

 独裁、強権、傲慢、無慈悲。

 それらかつてのギャラルホルンの代名詞ともいえるものが消え去れば、恐れる必要はないのだ。

 ならば、ようやく戻ってきた信頼も崩してしまえば、ギャラルホルンは瓦解するのではないか。そう考えるのはごく自然な流れだろう。

 当事者たるSAUとアフリカンユニオンの感情はともかく、戦争を止められない軟弱な組織との評が立てばもう誰もギャラルホルンに見向きはしなくなるだろう。あくまでもそこにのみ焦点を絞るのなら、そこら中に火種を撒き散らしていくというやり方は非常に効率的かつ効果的だ。

 

「本気で、ギャラルホルンを相手取ろうっていうのか。あんな、武装しているとすら呼べない粗末な玩具で。自分の思想を確立しているともいえない未熟な子どもたちで。手段を選ばない、悪質な手法で」

 

 違うだろう。

 反体制というのは、確かに体制への不満から来るものであったとしても、そこに無関係の人間をも巻き込む悪辣なやり方を容認していいはずがない。歴史上、繰り返し行われてきたその手段において良い結果が得られたためしはない。領土争奪、民族紛争、宗教戦争、そのどれもが失ったものに釣り合う価値を勝ち取ったことはない。

 テロリストという括りで見れば、確かに『エインへリアル』だろうが雷電隊だろうが、バルコーナ・ヨーゼンだろうが変わりはしない。部外者からの評価は必ずしも、当人たちの行いが反映されるわけではないのだから。それでもライドにはプライドがあった。絶対に譲れない矜持、越えてはならない線引き。

 必ず、絶対に、何としてでも、何があろうとも、関係のない人間を巻き込まない。

 そう、固く誓っていた。

 

「理想論だけで世界が動かないことは知っているだろう。私がバエルを手にして『私のもとに集え』と声をかけるよりも、武器を持つ子どもたちの映像を見せて『子どもたちも未来のために戦っている』と情に訴える方が有効なのだよ。無論『エインへリアル』としては選択しようのない手法だがな。民衆の煽動というのは、成功すれば勝利を確約してくれる女神のようなものなのだから」

 

 マクギリスが正面からはっきりと、きっぱりと告げたのは正論ではないし机上の空論などでもない。

 感情論を用いた戦術論だ。論理性にも正当性にも文句のつけようがない。

 

「……分かっている。オレたちの目的は絶対に民衆の賛同を得られない地獄への道だ。それに比べれば、奴らが目的達成のために取りうる全ての犠牲と被害はほんの軽微なものだろう。でも、でもな……。悪い、先に自室に戻る。報告書は今日中に仕上げる。何かあれば連絡してくれ」

「了解した。ここしばらくは働き詰めだったろう、ゆっくり休むと良い。次の任務でもまた、過酷な道を選ばせることになってしまうだろうからな」

 

 少し小さくなったようなライドの背中を横目にウィリアムも続いて退出し、部屋にはマクギリスだけが残される。

 ため息のようにも、あるいは嘆息のようにも聞こえる大きな息を吐いて山積みになった書類を片付けにかかるマクギリスに降りかかる声があった。

 

「最後の切り札とするには少々気概が足りないような気もする。圏外圏の戦闘で見せてもらったセンスは疑いようのないものだが、本当にあれで大丈夫なのか? 」

「まさかあなたがそこまで踏み込んでくるとは思いませんでしたね、ラム・ラバナ。こちらの内情へは不干渉、そして無関心を貫くつもりかと」

「それは薄情っていうより薄学薄識だろうよ。ギブアンドテイクのドライな関係だとしても、自分が乗った船の行き先くらいは知っておきたいのが人情ってものだろう。こっちの行動に支障が出ないとも限らんからな」

 

 おっしゃる通り。

 中核からは遠ざけたつもりでいたのにこの調子だ。内心舌を巻いているのを気取られないよう、マクギリスは慎重に言葉を選ぶ。

 

「彼との契約は、『力』を提供する代わりに『力』を借りることです。まあ文字通りアガレスという悪魔が絡んだものですが、信用に値すると私は思っています。私が最終兵器のトリガーを託した人物です。それだけでは、不満ですか」

「そう気にするな。お前の評価が聞きたかっただけだよ、マクギリス。発案者たるお前が信頼を置くのなら問題はあるまい」

 

 ほっと安堵の息が漏れた。

 ライドやアルミリアにはともかく、新江やメイクスにも明かさず腹に隠している事が山積みなマクギリスにとって、何もかも見透かしたようなラバナの態度はとても心臓に悪いものだった。

 ラバナほど世界に精通する者にとって、情報を小出しにしながら虚実を織り混ぜて他人を操るマクギリス十八番の人心掌握術が有効なはずもない。

 だが、リスクを背負ってでも仲間として引き留めておく価値のある駒だ。

 『エインへリアル』トップとして、『計画』の実行者として、マクギリスは不敵な笑みを浮かべる。誰に向けているとも知れないそれは、あるいは自身を鼓舞するためのものなのかもしれなかった。

 

 

 

※※

 

 

 

「彼らは、本当に『鉄華団』だと? 」

 

 事情聴取として数日に渡ってあのホテルに拘束されたのち、クリュセのアドモス商会事務所へ帰ってきたクーデリアは、ひどく不安げな顔をしていた。

 

「違いますね。八年前の時点で、十歳以下の構成員はいませんでした。チャドが実行犯について調べているところですが、これは断言できます。名前を勝手に使われたことには納得できませんが、反ギャラルホルンの姿勢を明確に示すならこれほど分かりやすいアピールもない」

 

 後半は失言だった。

 とにかく、クーデリアには『実行犯の少女が鉄華団メンバーではない』ことを断言しておく必要があった。

 このままでは八年前、クーデリアが火星連合代表として立つ時にラスタル・エリオンやマクマード・バリストンらと交わした契約、それに背いたかたちになってしまう。

 すなわち、『治安維持の観点から、鉄華団の監視・管理、その他の対応をアドモス商会で行う』こと。

 踏み込んだ言い方をすれば、『鉄華団の者らに不穏な動きがあった場合、殺害を視野に入れた管理責任をクーデリアに与える』ということになる。

 当然といえば当然だが、鉄華団メンバーがアーブラウで個人IDを書き換えたことはラスタル・エリオンの耳にも届いていた。すぐに指名手配して殺害することもできる力を持ちながら、それを交渉のカードとして持ち出してくるラスタルの狡猾さには心底吐き気を催すユージンだったが、その交渉のお陰で自分たちの命が繋がっていることもまた理解していた。

 だからこそ七年前に消息不明となったライドたちの捜索には全力を注いでいたのだが、それが成果を挙げる前にこの騒ぎである。

 

「彼らが関与していないことが確定するまで調査を続けてください。望み薄だとは思いますが……」

 

 気を落とすのも仕方のないことだとは思うが、クーデリアの立場としてはこれからが本番だろう。アドモス商会にも火星連合にも状況説明を求める声や批判の声、果てはギャラルホルンや各経済圏からも通信が殺到している。

 受け答えにあたる職員らの体力が切れないうちにクーデリアをなんとか元に戻し、会見を開くなりして事態を公表しなければならなかった。

 

「あいつはバカですが、自分の行動がどういう意味を持つかはちゃんと分かる奴です。ギャラルホルンへの復讐を考えているなら、少なくとも無関係な人間を巻き込んだりはしません」

 

 希望的観測でしかないと言われればそれまでだが、これが偽らざるユージンの本音だった。副団長として、団員のことはオルガ以上に目を配ってきたつもりでいた。だから、ライドを信頼してもいる。

 

「そういうもの、なのでしょうね。家族のあなたが言うのですから、間違いないでしょう。私も、彼を信じます」

「オルガや三日月たちが守り抜いた鉄華団の看板は、そう簡単に汚させやしません。その思いは必ず、ライドだって同じです」

 

 きっと、そうだ。

 僅かながらもクーデリアの調子が戻ったことに安堵しながら、同時にライドへも祈るように呟く。

 

「絶対に、連れ戻してやる」

 

 離れていても、道を違えても、家族は家族だ。オルガが、三日月が、ビスケットが、シノが、昭弘が流した血で、もうオレたちは離れられなくなっている。

 

 こうして気負いすぎる辺りは、オルガもユージンもライドもそっくりだった。子は親に似る、ということだろうか。

 それは同時に、親の心を子は知らず、子の心を親は知らないという図式も成り立つ状況だったが、当の本人たちに気が付くはずもなかった。





最近Twitter感覚でつぶやいてるのは、ここまで読んでくれている物好きさんたちなら性癖(趣味嗜好)が一緒だったりするかな?っていう仲間欲しさだったりするのです。

STEINS;GATEやグリッドマンのような「なんだか分からないものが最後にぴったりハマる面白さ」を目指してるんですが、なかなか難しいものですね。
今のところは、「なんだか分からないけど続きが気になる」ストーリーになっていれば良いんですが。
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