鉄血のオルフェンズ 残華   作:イング・ディライド

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舞台設営

「はい、被害状況は先ほど送信した報告書通りです。……申し訳ありません、ガンダム・フレームとはいえ、不覚を取りました。次こそは必ず……。え、地球へ帰還ですか? すみません、しかしまだこちらの事後処理が残っておりますので」

「構わん、火星支部とあのタヌキに任せておけ。ムダ飯食らいの汚名を晴らすにはちょうど良い機会だ。とにかく、一刻も早く戻ってこい。万が一の場合はボードウィンの若造にも足を運ばせなければならん」

「……了解致しました」

 

 八年前、親友を倒すために阿頼耶識の新技術のモルモットに志願し、そして両足の感覚を失ったボードウィンの若造、ガエリオ・ボードウィンは既に前線から退き、現在はヴィーンゴールヴの邸宅で事務仕事を行っている。

 ラスタル・エリオンのギャラルホルン総司令としての立場をもって行われた労い、あるいは褒賞にも似た人事異動を覆す可能性をも示唆するということは、名誉職扱いだったジュリエッタも前線へ戻るかもしれないということだ。

 戦艦所属のパイロットとして最前線へ赴き、戦う。また彼と剣を突き合わせることもあるのだろう。敵がガンダム・フレームであること、それは大した問題ではない。

 かつて自身が殺害し、蹂躙し、服従させた者らの生き残り。

 

 ラスタル様の指示だったから。

 でも、直接手を下したのは自分だ。

 治安維持のため、世界秩序のためだったから。

 それが民間人に禁止兵器を用いることまでも容認するほどの大義なのか?

 そう、ダインスレイヴの斉射で、戦局は決していた。

 虫の息だったあの子どもに、とどめを刺したのはこの両手だ。

 

 もしまた戦場で彼と相まみえた時、自分は全力で戦うことができるのだろうか。

 ジュリエッタが信じてきたラスタル・エリオンという正義は、世界を知るほどに歪みを増していく。もちろんラスタルが悪いとは言わないし、自分の行いの責任が自分にあることは理解している。

 だからこそ考えてしまうのだ。

 彼についていくことで、自分の手はどれだけ汚れてしまうのだろうか。それは本当に、世界のために必要なことなのだろうか。

 

 誰もがそうであるように、ジュリエッタもまた八年の歳月を経て変化の時が近付いていた。

 

 

 

※※

 

 

 

「地球、ね……」

 

 火星や金星、果てはアステロイドベルトからさらに向こうまで人類の生存域が広がったといっても、子どもにとって親が永遠に心の安らぎであるのと同様に人類にとって地球は永遠に心のふるさとである。圏外圏で産まれた者、火星の荒れた大地で生活する者、閉ざされたスペースコロニーの中で一生を終える者たちにとって、地球の地面を踏むことは先祖代々に渡って願い続けてきた叶わぬ思いだった。

 

「嬉しくはないのか? 」

「別に火星と大差ないだろ。それに、緑色の大地は …… 嫌なことを思い出す」

「そうか、君が地球へ行くのは初めてではなかったな」

 

 わざとらしい台詞を聞かなかったことにして、ライドはマクギリスに値踏みするような視線を向ける。

 

「思ったより進行が早いんだな」

「長かった準備期間と、君たちの働きあってこそだ。無論、まだ気は抜けないが」

「分かってるよ、そんなことは。明朝、カガリビで発つ。乗せていくものはあるか? 」

「ラム・ラバナ率いる遊撃隊も連れていってもらおう。新設の急ごしらえだが、役に立ってもらえるだろう」

 

 カガリビの積み荷はアガレス、ドローミを始めとした雷電隊のモビルスーツ七機、ラバナが指揮を執る遊撃隊のモビルスーツが四機。それを偽装用のコンテナに収め、モビルスーツ・デッキを埋め尽くす。

 急遽乗艦が決まった遊撃隊のメンバーはマクギリスの側近から生え抜かれたエリートたちであり、新顔と言ったわけでもなかったが、さほど口を利いたこともないため初対面さながらの気まずさがあった。

 

「複雑な心境だよ、ついこの間取っ捕まえた人間を運ぶのは。まあ個人的な恨みがあるわけでもないし、マクギリスの指示なら従うしかないが」

「こちらこそ、過去は水に流してよろしく頼むよ。安全な船旅であることを祈る」

 

 他人事のようにそう言って、ラバナはライドとの握手に応じた。

 

 一月ほどの航行を経て、カガリビは地球圏へたどり着いた。航海中の艦内に大きなトラブルはなく、およそ予定どおりの日程だった。

 新江が手配した民間の宇宙港へ繋留が終わると、コンテナを地上との往還シャトルに積み換えて降下する。職員にも話が通っているお陰で検閲もあっさりと通過し、目的地であるファリド家所有の別荘までの旅路は一切の滞りもなかった。

 

「何の感慨もないもんだな。無邪気に憧れたまま、知らないままでいられる方が幸せかもしれない」

「あなたがそういうことを言い出したら止まらないんですから。仕事を終わらせてからにしてもらえますか? 」

 

 ぼやくウィリアムに山ほどの荷物を抱えさせられる。身体を動かしていられるうちは気が紛れていい。ウィリアムなりの気遣いだと信じることにした。

 

 唯一、トラブルという程でもない些細な騒ぎはあった。ラバナたちが、道のりの途中であるはずのコロニーでライドたちと別行動になったことだ。

 マクギリスをもってしてももて余すようなその立場は重々理解していた故に引き留めたり問い詰めたりはしなかったが、マクギリス同様に知らないところで暗躍されると胸騒ぎがする男なのだ。気にはなる。

 

「そう気にしなくていい、こっちはこれで予定どおりだからな。マクギリスも了解しているから、後で文句を言われることもないさ」

 

 確かにそれを聞けば少し安心はするが根本的な問題が分からないままだった。

 

「ああ、彼なら月に行ったわ」

「何でここにいるんだ」

 

 ファリド邸の門扉を叩くや、顔を現したのはアルミリアだった。聞けば細々とした準備をするため最短ルートで先に来ていたらしいのだが、マクギリスがそれを伝えてこなかったのは何故だろうか。

 

「あなたを喜ばせるためじゃないんですか」

「バカ言うな、アイツの嫁だろうが」

 

 それにしても、月とはまた謎が深いところだ。

 三百年前、厄祭戦が終わった時からずっと荒れ果てたままの大地に、何の用があるのか全く分からない。

 噂では、厄祭戦当時に地表が削られて質量が激減したことで潮の満ち引きに大きな影響を及ぼしたというが、あながち嘘だとも言い切れないのが三百年前という時代だった。

 

「これからはここが『エインへリアル』の地球支部、という形になるわ。細かいルールは後々決めていくとして、まずは一息入れましょうか」

 

 別荘とは言うが、ここは余暇を過ごすためだけに使うにはあまりにも贅沢すぎる。

 絵本でしか見たことのない洋風の城にも似たつくりの建物は地上四階、地下二階の六フロア。各階、どころか各部屋に水回りが完備され、中庭だけでクリュセ郊外の鉄華団本部と同じほどの広さがある。極めつけはその真下にある部屋で、二階層をぶち抜いた二十メートル以上の高さがあるスペースにはモビルスーツ繋留設備から修理・補給用の物資までもが備えられていた。

 恐らくアルミリアが言っていた「準備」のほとんどはここに費やされた手間のことだろう。

 

「これだけの施設、相当目立つんじゃないのか? 」

「名義はモンターク商会になってるから、よほど騒がしくしない限りは問題ないと思うわ。用心するに越したことはないけれどね」

 

 なるほど、マクギリスの先読みには敬服せざるを得ないらしい。十年前、クーデリアと鉄華団を巡る争いに部外者として参加するための口実に過ぎないと思っていたのだが。

 マクギリス・ファリド事件後にモンターク商会の実権を握ったトドがさんざんアドモス商会へ自慢しに来ていたのを思い浮かべ、ライドはその滑稽さに吹き出してしまった。

 

「彼とはそういう『契約』なのよ。マッキーの味方でもないけれど、敵でもない。相応の報酬を払えば、ビジネスが成立する相手。よくもまあ、こんな無茶な契約を受け入れたものだとは思うけれど」

「あいつはそんなに素直なやつじゃない。たぶん、オレたちとギャラルホルンとの戦いの結果を見届けてから勝ち馬に乗るつもりなんだよ。今頃、あちら側にも悪どい商談持ちかけてることだろうさ」

 

 マクギリスなら当然、そのくらいのことは織り込み済みなのだろうが。人心掌握とは他人を自分の言いなりにさせるものだけではなく、相手の性格を把握して思い通りに動かさせるものもあるのだ。その点で、ライドはマクギリスに掌握されているようなものでもある。

 

「次の仕事なのだけれど、ギャラルホルン本部ヴィーンゴールヴへの強襲を行うわ」

「早速だな、オレたちだけでか? 」

「ラム・ラバナの部隊も現地で合流予定よ。マッキーと新江も来る。『エインへリアル』の総力を挙げた戦いになるって言っていたわ」

 

 作戦の全容を伝えられないのは、万が一にも捕虜になった時に敵に全てが露見するのを防ぐため。軍隊だろうとテロリストだろうと変わらないやり方である。

 だとしても、マクギリスが直々に顔を見せるとなればいくらかの想像もつく。主に不穏な予感からくる勘のようなものだが。

 

「私も詳しくは聞いていないけれど、『計画遂行の鍵となる世界最高峰の力』を連れてくるんだとか。私もこっちでの雑務が終わったら宇宙に上がってマッキーと合流するの。何か分かったら、また連絡するわ」

 

 そこまで話した時、ウィリアムがタブレットを片手にやって来た。

 

「これ、今不足しているもののリストです。みんなが好き放題書き込んでるので、経費で落とせそうなものだけ買い出しお願いできますか? 」

 

 ふと画面から顔を上げると、ウィリアムがアルミリアには見えない角度で片目を瞑った。ライドはひったくるようにタブレットを奪い取り、差し出されていたウィリアムの手のひらを思い切り叩いた。

 

「余計なお世話だよ」

 

 ぼそりとウィリアムの耳もとで囁いて、ライドは彼に背を向けた。

 

「お嬢様、買い物へ行きましょう」

「からかうのはやめて」

 

 握り拳で腹を小突かれた。

 

 

 

※※

 

 

 

 その頃、火星の衛星軌道上を周回していた歳生の内部でトラブルが発生していた。

 

「二十五番ゲート解放? 何も連絡を受けていないぞ、止めさせろ」

 

 『会談』の際に通信を繋ぐため、もともと火星にかなり近い位置にいた歳生だが、突如発生した爆破テロの状況確認を行う必要があったため、予定外の航行となったのだ。もとはと言えばギャラルホルンの統治の外にある世界で活動している非合法組織、それが火星の運営に携わるための契約として自治警察のような責任を負っているため、今回の件に関してはテイワズのメンツも絡んでくる。

 火星連合首脳と今後の対応について話をするため、マクマードを含めた幹部格が火星に降りる予定になっていた。

 

「『シーラカンス』から通信が入ってます」

「トラビか。こっちへ回せ」

 

 よくある展開だ。そしてこういう場面が訪れた場合、大抵はロクなことにならない。長年の経験と知識から、既に手遅れなのだろうとマクマードは察していた。

 

「親父、いやマクマード・バリストンさん。これまで本当にお世話になりました。あなたに拾って貰えなければ、今のオレはなかったでしょう。感謝しています」

「じゃあ考え直せ。何をするつもりか知らねぇが、どうせまともなことじゃないんだろう。今なら、まだ引き返せる」

「それは無理ですね」

 

 話すうちにも、マクマードは手もとの端末から警備隊の出動を指示していた。すぐに整備班長とモビルスーツ隊長からの返信が届く。

 

「私だけじゃない、私についてくる者たちは皆、自分の意思であなたから離れることを決めました。もちろん、うちのスタッフ全員がここを出るわけじゃない。計画に賛同しなかった者は残していきますので、寛大な対応をお願い致します。私たちがこれから何をしようとしているのかも、彼らから聞いてください」

「そうか、そりゃあ残念だな。じゃあてめぇらは今からテイワズの敵ってことだ。無事に出られると思うなよ? 」

「そういう安っぽい脅しはあなた自身の品位を落としますよ、マクマード・バリストン」

「何を …… 」

 

 ずん、と突き上げるような衝撃が歳生全体を襲った。何事だ、とマクマードが聞くまでもなく、クルーたちから報告が上がってくる。

 

「船首モビルスーツデッキ、一から十二番カタパルトが使用不可。通信途絶、状況が把握できません」

「港の制御エリアでシステムトラブル発生、復旧の見通しは立っていないとのこと」

「六十七ブロックで外壁破損。作業スタッフの到着まで十分は必要です」

 

「事前準備は十分ということか」

 

 各所に仕掛けられた爆弾が、巨大な歳生の急所を的確に破壊していた。放っておけば自力での航行が不可能となるほどの損害、当然ながらシーラカンスに対応している余裕などない。

 

「心配なさらずとも、テイワズのスタッフならば一時間もあれば復旧できるでしょう。それでは、再会することがないよう心からの祈りを捧げます」

 

 ふっと違和感を感じる小さな揺れ。シーラカンスがハッチを吹き飛ばして出港した合図なのだということは、各々が瞬時に悟った。

 モビルスーツ隊が、モビルワーカーが、どんどん小さくなっていくシーラカンスの艦体を口惜しげに睨みながら復旧作業に当たる中、マクマードはまだ諦めていなかった。

 

「ハンマーヘッドの帰投は今日だったな。そう遠くない位置にいるはずだ、探しだして裏切り者の相手をさせろ。しばらくもたせるだけでいい、絶対に逃がすな」

 

「了解」

 

 通信を受け取ったアジーはハンマーヘッドのブリッジ中央、簡素な椅子から素早く立ち上がった。タービンズ代表の立場にいても訓練は欠かしてはいないし、身体に染み付いた癖は抜けないのだ。

 

「モビルスーツ隊全機発進。私も出る」

 

 言うなり、真っ白のスーツにハット、えんじ色のネクタイを席に置いてすたすたと歩き出す。

 

「結局、そうやって背筋伸ばしてるのが一番生き生きしてるのね」

「苦労をかける。指揮は任せた」

「了解」

 

 気のおけない友人でありながら腹心の副官、エーコ・タービンにハンマーヘッドを任せ、アジーは愛機『辟邪』で飛び出す。

 

「頼みますよ、用心棒さん。バカ高い金を払ってるんだ、相応の見返りは求めますよ」

「懐かしいですね、昔を思い出します」

 

 対するシーラカンス、イサリビなどと同型の標準的な宇宙戦艦のブリッジでトラビがにやついている。それに応じるのはモビルスーツデッキに待機する、雇われの傭兵だった。

 

「敵は辟邪が六。先頭の黄色いのは確かアジーとかいうタービンズのトップだ、気をつけろ」

「大船に乗ったつもりで待っててください。バドイ・ロウ、ガンダムフォカロル発進します」

 

 船体の後部下方からカタパルトがせり出し、フォカロルが射出される。トラビにはヴェニヤ・インダストリアルからついてきているパイロットもいるが、出撃させるつもりは毛頭なかった。

 誰あろうマクギリスが寄越した援軍である。いろいろと思うところはあれど、一人でやらせておけば後でどうとでも逃れられる。

 実力拝見と行こうか。

 

 

 八年前、一番大事な時に役に立たなかった苦い経験から、辟邪はテイワズが開発した他のモビルスーツに比べてもかなり念入りに調整が行われ、傘下企業への正式な配備が決まったのは二年ほど前のことだ。

 ハードウェア、ソフトウェア共にほぼ完成していたにも関わらず六年もの歳月を費やしたぶん、機体の信頼度はグレイズにも劣らない。

 対してフォカロルも、火星でアガレスとの立ち回りを演じた時とは一味違う。ヴェニヤ・インダストリアル倉庫にあったパーツを根こそぎ集めて可能な限りのチューンアップが行われているからだ。

 

「全機散開。私が引き付ける、その間に囲い込め」

「了解」

 

 多対一なら包囲して落とす。セオリー通りの戦術だが、最も効果のある方法だ。

 

「個々の戦力差がなければの話だがな」

 

 くん、とフォカロルの描く軌道が変わる。くねくねと、ぐにゃぐにゃと宇宙に刻まれる曲線は他の追随を許さない。スピードはさほどのものではないが、その不規則な動きは六機の辟邪をしても捕まえられない。

 

「ハンマーヘッドを囮にする。頭から突っ込め」

 

 指示が出るまでもなく、フォカロルに重火力兵器がないことを確認したハンマーヘッドは戦闘宙域のど真ん中へ乗り込んだ。

 銃座が火線を開き始めると形勢が変わる。

 日頃の訓練と家族の信頼に裏打ちされた統制の取れた連携には、さすがのロウも少しばかり逃げ腰になってくる。

 

「そっち抜けたわ」

「分かってる、任せて」

「防衛ライン通すな」

「八時方向、火力足りてないよ」

 

 一度戦端が開かれれば、ブリッジの指示など必要ない。互いに掛け合う言葉すらも本来は必要ないほど、全員の意識は繋がっている。

 的確にフォカロルの足を止め、それでいて味方には意識すらさせない針の糸を通すような繊細な射撃はタービンズの専売特許だ。マクギリス・ファリド事件以降最前線で戦うことは少なくなったものの、その技術力は衰えてはいないのだ。

 

「捕まえ …… 、っクソ!! 」

「焦らないで追い込めばいい、私たちは絶対負けない」

 

 そう、モビルスーツ一機相手に少し時間を稼ぐだけの簡単な仕事だ。下手に欲を出してリスクを増やす必要はない。

 

「これはマズいか」

 

 むしろ、焦っているのはロウの方だった。いくらガンダムとはいえ、辟邪六機を相手に正面きって戦えるほどの能力はない。このまま時間をかければテイワズの態勢も整う。そうなれば逃げることすら危うい。

 ならば、とロウはフォカロルを前に出した。ずっと下がっているばかりだったフォカロルの予想外の動きに辟邪たちの対応が遅れ、ロウはタービンズの機体をすべて抜き去ることに成功した。そのままの勢いで、直掩もいない、完全にフリーのハンマーヘッドへ取りつく。

 

「船を潰されたくなかったら、少しだけ目を瞑ってくれないか。お互いに不必要な損害は本意じゃないでしょう」

「その貧弱な機体で、脅しになると思っているのか」

 

 フォカロルが取りついたのはハンマーヘッドの正面、最も装甲が厚い部分だった。敵艦にぶつけることが多い運用上、火器が配置されておらず接近されれば死角となるのだが、並みの火力では傷などつかない。

 

「私が一人だと、いつ言った? 」

 

 ロウの口調が変わる。突然の凄みに怯んだアジーが敵から目を反らした時、視界の端に煌めく光があった。

 

「急速旋回!! 総員衝撃に備えろ!! 」

「頼むよ、ジョナサン」

 

 戦闘宙域から遥か彼方、モビルスーツどころか歳生のレーダーにも映らない距離で、ジョナサン・ハイリンカーはボリボリと頭を掻いた。

 

「全く、この距離で送信された座標だけを頼りに狙撃するなんて無茶苦茶だよ。挙げ句自分は外せだなんて …… 僕じゃなけりゃあ、出来っこない」

 

 燃えるようなオレンジに塗られた四足獣のマシーン、踏ん張る足場のない虚空のなかでその足からそれぞれ衝撃を相殺しうる爆炎が噴射される。

 

「ファイア」

 

 びくん、と機体が揺れた。無論、その程度の誤差は計算に入っている。

 放たれた鋼鉄の弾丸は音を越え、人の認識を越える速度で真っ直ぐに飛んで。

 今度はハンマーヘッドが痙攣した。

 真空の中でも破壊の音が聞こえてきそうなほどの惨劇。鈍く光る鋭い刺が、ハンマーヘッド自慢の装甲板をいとも容易く貫いた。

 

「ブリッジ、応答しろ。エーコ、聞こえるか。返事をしてくれ、頼む!! 」

 

 激しく取り乱すアジーを見て、タービンズのモビルスーツ隊はみな浮き足立つ。それを冷めた目で一瞥して、ロウは機体を翻した。

 追撃の必要はない。そもそも、外してもらったとはいえロウの身体にも相当の衝撃が襲った。いずれ駆けつけるテイワズの増援と一戦交えるにはコンディションが悪すぎる。

 

「ガンダム・フレーム二機が出向く大盤振る舞いだ。報酬の額も妥当だろ」

 

 最大望遠に入れていたカメラを切り、ジョナサンもゆっくりと機体を動かす。人の形に変形し、自身がモビルスーツであることをはっきりと主張する外観をあらわにした乗機、ガンダムフラウロスを、近くに停めておいたクタンに接続。

 何の感情もないのだと言わんばかりに、必ず射止めたという自信の表れのように、二度と振り向きはしなかった。

 

 

 

※※

 

 

 

 ライドたちとほぼ同じタイミングで火星から地球へ戻ってきたジュリエッタは、ヴィーンゴールヴのラスタルは執務室に呼び出された。召集そのものはわりとよくあることなので気にはならないが、恐らく話題となるであろうネタ、ジュリエッタがフェーク・メイクスから引き受けて地球に連れ帰った捕虜のことを考えると少し憂鬱にもなる。

 何せ、もう一週間は経とうという頃に、未だ有益な情報が得られていないのだ。四人が四人とも、黙秘を貫いている。

 そしてなんとも残念なことに、組織上、取り調べを担当する士官はジュリエッタの部下なのだった。

 

「しょせんは寄せ集めの弱小組織とはいえ、テロリストへの対応が遅れればギャラルホルンの信用にも傷がつく。迅速に頼むぞ」

「ええ、全力で対応しています」

 

 毅然として、揺るがず動じず、いつも通りのラスタルに見えたが、やや落ち着きがないようにも見える。気のせいだろうか。

 

「私が留守の間に、何かありましたか」

 

 カマをかけてみる。こういうやり方はあまり好きではないが、何かを隠しているような態度のラスタルに気を遣って話すのも苦手なのだ。

 

「アフリカンユニオンが落ちた」

 

 茶化すような雰囲気ではなかったし、ラスタル相手に二度同じことを聞く無意味さはよく知っていた。ラスタル・エリオンは、こんなたちの悪い冗談を言うような人間ではない。

 とはいえ、だ。

 

「まだ二か月と経ってはいないはずです」

「それは彼らが蜂起してからの話だ。計算の基準にはならない」

 

 綿密な準備のもとに行われる電撃作戦。

 その恐ろしさを、戦歴の浅いジュリエッタはまだ知らない。

 十年前の鉄華団、八年前のイオク・クジャン、どちらも素早さには長けていたが、目の前の餌に食いつく犬のように、目の前の火にたかる野次馬のように、ただ突っ込んでいっただけだ。

 マクギリス・ファリド事件時のラスタルですら、後手後手に回った対応に終始していた。

 

「火星での騒ぎは陽動だろうな。加えて、敢えて警備の厚い会場でテロを実行することで、自分たちの力を誇示した。そして火星へ送った戦力の引き揚げを渋っているうちにこの有り様だ。何らかの発表が出来なければ、民衆の暴徒化もあり得る」

「では、薬物及び無制限の特別手段遂行許可を出します。必ず、三日以内に成果を挙げてみせます」

 

 恐喝、自白剤、拷問、配偶者への制裁、果ては殺害まですべてが許される、国家転覆レベルの犯罪者にのみ適用される特例だった。許可の権限を与えられてから、ジュリエッタが指示を出したことはこれが初めてだ。

 

「頼んだぞ」

 

 重ね重ね、懇願にも似た様子でラスタルが呟く。

 きっちりとした足取りで退出するジュリエッタを見送って、デスクの端に避けておいたコーヒーカップに手を伸ばす。

 

「尋問ひとつマトモに出来ないとは、な。やはりあの男、切り捨てるべきではなかったか」

 

 失って気付く大切さ。

 古くからの戦友であり、表に立った自分と対になるよう裏の世界に根を張った駒のひとつ、それを手放してしまったことはまだラスタルの胸に古傷として残っている。

 

 

 

「国家転覆、ですか」

 

 ヴィーンゴールヴ上、レギンレイズを着地させたデッキで足を止め、那弥木は遠くの司令室を眺める。

 いくら世界情勢が騒がしくとも今は平時同様、交代制での勤務となっているが、そこに総司令たるラスタル・エリオンが座する時もそう遠くないように思えた。

 

「物騒だが、あり得ない話じゃないな。バルコーナ・ヨーゼンの活動が活発になるにつれ、これまで静かだった奴らも動き始めてる」

 

 普段は軽薄に笑い飛ばすドナーシュが、珍しく神妙な顔をしていた。

 

「何考えてんのよ、気持ち悪い」

 

 ミレイナの隠す気もない理不尽かつ直球な悪口に取り合う様子もなく、ドナーシュは自分のレギンレイズを見上げた。この一か月だけでも、彼らのテストデータから改良を繰り返して随分とシルエットが変わっていた。

 

「確かドナーシュはアフリカ出身だっただろう。しつこい詮索は許さないが」

 

 ちょうどワイヤーを使ってコクピットから降りてきたヤーグルが口を挟む。それを聞いたミレイナは慌てて口をつぐんだ。

 いくら毒舌とはいえ、さすがに馬鹿にしてはならないラインくらいはわきまえている。

 

「構いませんよ隊長。オレたちは与えられた任務を遂行するだけ。そのための兵士ですから」

「らしくありませんね」

 

 那弥木の言葉は冷やかしではなく本心だった。むしろ褒めているつもりだった。

 それを知ってか知らずか、ドナーシュはまともな反応を見せない。

 

 

「国家転覆。その程度で満足する連中ならいいんですが」

 

 いま見上げている空は青いが、海上の天気は変わりやすいものだ。





話の進行を考えてなかったせいでライドとジュリエッタがワープしたレベルで早く動いてます……。

あと、さんざん酷評してるラスタル政治はたぶんそこまで悪くないのかと。
ライド視点だとどうしてもマイナス面ばかり見えますが、アニメの締めかたから見てもけっこうな善政のはずです。そもそもギャラルホルンが政治って時点で「?」だったから、それだけでも進歩なんですよね~。

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