鉄血のオルフェンズ 残華   作:イング・ディライド

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最初のシ者

 眼下に広がる海原は静かに凪いでいる。真っ青な一面を乱す白波が立つこともなく、魚が飛び跳ねることもない。これから何が起こるのか、地球そのものが理解し受け入れているようにも思えた。

 海はいい。緑の大地とは違い、青一色の世界にはもともと人の命が存在する余地がない。初めからなにもなければ、失う痛みもないのだから。かつて人類は太陽系のほとんどを探査しつくしたという話を聞いたこともあるが、それほどの技術があっても人類は海へ進出することは出来なかった。まだまだ開拓は進むまい。

 

「予定時刻まで二十分。問題はなさそうですね」

 

 手元の計器類をひとつひとつ確認しながら神奈が呟く。今、ドローミは長距離輸送ブースター『ヘルメス』に接続されているため自分で操作する必要はなく、気にしなければならないのは周辺の警戒と天候の変化くらいのものだった。

 

「もう一回確認しておくが、今回の作戦は露払いだ。マクギリスが安全に降り立つために、ヴィーンゴールヴの守備隊を殲滅、あるいは無力化させる。居住区への被害はなるべく留めろ。出てくる敵は全力で薙ぎ倒せ。以上」

 

 マクギリスから譲り受けた『ヘルメス』はテイワズの『クタン』と違い、三機までを同時に運搬できるギャラルホルン製のサポートメカだった。そのため、ライドのアガレス、神奈のドローミ、リュウゴの青冥は首根っこをひっ掴まれたチーターの子どものようにして海上を飛んでいた。

 

「しかし、後詰めが来るとはいえ三機だけでなんとかなりますかね? ギャラルホルンの総本山に攻め込もうっていうのに、無茶が過ぎませんか」

 

 リュウゴの懸念ももっともだった。

 臆病風に吹かれたとか、足がすくんでいるとかそういうことでは決してなく、勇気や根性とは別の、理性的な状況判断である。神奈もリュウゴも生真面目で職務に忠実、優秀な人材。だからこそ勇気と無謀の区別はつく。

 

「いや、問題ない。アルミリアは、オレたちが乗り込む頃にはヴィーンゴールヴは半壊状態だろうと言ってた。恐らくは大気圏外からの狙撃だろう」

 

 聞いたときにはまさかと思ったが、マクギリスなら躊躇はないだろう。決して自分には選びえない選択肢を平然と実行するその姿勢には、感嘆や驚嘆、それに恐怖が混ざる。

 いつかきっと、ライドが恐れていることが起こるだろう。マクギリスにとっては数多ある作戦のひとつに過ぎない、とても矮小な事案だ。

 ことあるごとにマクギリスに対して抱く不安は、なぜかラスタル・エリオンに抱くそれを遥かに上回るのだった。

 

「予定のポイントに到達しましたけど、どうします? 」

 

 『ヘルメス』のパイロットの声で、ライドは我に返った。水平線の向こう、かすかに陰りが見える空の中に、純白の構造物が豆粒のように映った。

 

「号砲が鳴るのも近い。ひとまず旋回して様子を …… 」

 

 その必要はなかった。

 「それ」の正体を知り、脅威を知っているが故のおぞましい感覚に囚われたライドが振り向いた先、不可視であるはずの弾丸が視界を縦断した。次いで、漫画のように立ち上る黒煙。遅れてやって来た衝撃波と轟音が通り過ぎる頃には、ヴィーンゴールヴに二発目の槍が降っていた。

 

「全速力でヴィーンゴールヴへ。モビルスーツを切り離したら『オクリビ』で次の獅電改を連れて来い。その次はラムズ・ロディ。全機の投入を終えたら撤退だ。いいな? 」

「分かってます、これで終わりじゃありませんから。これからを乗り切るためにも、誰一人欠けずに終わらせましょう」

「ああ、頼むぞ」

 

 二度めの衝撃波が通り過ぎるのを待たず、『ヘルメス』はメインスラスターを最大出力に噴かす。崩壊した基地のそこかしこから敵機が現れるのを視認できる位置まで到達すると、ライドは機体のパージを命じる。

 

「了解です」

 

 腹の奥に響く振動と共に、アガレスを支えていたアームが離れていく。モビルスーツでのスカイダイビングだ。

 

「さすがにこんなのは初体験だな …… !! 」

 

 三十トンあまりの機体が重力に引っ張られてみるみる加速していく。これまでに見たことのない数値を示す計器と次第に面積が広がってくるヴィーンゴールヴを交互に睨みながら、必死で機体の制御プログラムを走らせる。

 海抜二千、千八百、千五百、千、二百五十。

 

「早く立て直せ、ぶつかるぞ!! 」

 

 冷静さを失ったリュウゴが怒鳴るのが聞こえた。言われなくたってそんなことは分かっている。ライドは、渾身の力を込めて操縦桿を引いた。

 

「これで、ど、う、だっ!! 」

 

 アガレス右腕のバーニアが勢いよく青い炎を吐き出す。その推進力で海面側を向いていた腹を空に向け、背中のスラスターで落下速度を相殺。阿頼耶識を通じて送られてくる機体のダメージに激しい頭痛を覚えながらも、ライドはなんとかヴィーンゴールヴ甲板への着地に成功した。

 辺りを見回しながら、マクギリスの命令を反芻する。

 

「最高司令官ラスタル・エリオンは殺さず生け捕り、守備隊は徹底的に殲滅。施設中枢へは元ギャラルホルン組と合流後に制圧。非戦闘員及び降伏してくる者には手を出さない。まあ、基本はいつも通りに全力でやればいいってことだ」

 

 大きく崩れた構造物、物見の塔のようなものがあったところ、その瓦礫を押し退けながらレギンレイズとシュヴァルベ・グレイズが続々と姿を現す。どうやら下部がモビルスーツの格納庫になっていたらしい。衛星軌道上からの狙撃とはいえ、少々詰めが甘い。

 

 先んじてヴィーンゴールヴだったものの下から脱出した機体がライドたちに向かってくる。恐らくは混成も混成の急造な編成も形を整え、それなりの脅威に思えた。

 

「進化してるな、ここも」

 

 感慨深く漏らすセリフは、八年前、マクギリスの呼び掛けに呼応して内部から崩れたヴィーンゴールヴの無様な姿を知っているからである。

 ラスタル・エリオンが実権を掌握したことで腐敗が正され、部隊の練度も上がったと言うのなら皮肉という他ない。何せ、あの時も最後の詰めを台無しにしてくれたのはラスタルの配下だったガエリオ・ボードウィンなのだ。

 

「隊長、ここは私たちで抑えます。早く司令部の制圧を」

 

 リュウゴと神奈が四方からの攻撃を捌く。いかに二人がエース級のパイロットであり、なおかつカスタムされた機体に乗っていようと多勢に無勢、さすがに数が多すぎて攻めには回れない。

 ならば頭を抑えて戦闘停止の指示を出させるのが一番手っ取り早い。そのくらいのことはライドだって分かっている。

 

 それでも。

 

 テロリストの汚名。

 大きな盾を装備したグレイズ、シルトタイプ。

 高々度からの攻撃で抉られた大地。

 多勢に無勢。

 

「そうか、三日月さんたちは、こんな状況でも戦ってくれたんだ」

 

 しかも、ダインスレイヴの直撃を浴びるというハンデを負いながら。

 たったの二機で。

 

「仲間を、オレたちを、生かすために」

 

 手近なところにいたグレイズの頭を、握り潰さんばかりの力を込めたアガレスの右腕が掴む。機体の五感が集中するユニットを丸ごと破壊されたパイロットの悲鳴が接触回線で生々しく聞こえた。

 そして、アガレスの腰を大きくひねる。機体の重量を支える脚が深く地面に食い込む。

 

「大義? それが何だって言うんだ!! 」

 

 脚の爪が勢いよく地を蹴った。次いで、内部シリンダーが軋む程の勢いで腰関節を逆方向に回す。

 ボクサーのパンチ、あるいはピッチャーの投球、あらゆる動きの基礎の基礎、人体が備える強力なバネ。その勢いを機体そのものの加速に乗せて、アガレスは敵を掴んだままの右腕をぶん回した。

 扇状の攻撃範囲にいた敵機が折り重なり、まとめて後方に吹っ飛んでいく。

 

「なんて戦い方を……」

 

 絶句する神奈。

 しかし、本当に異常なのはそこではなかった。

 

「早く中へ!! 」

 

 グレイズ三機のサーベルを器用に受け止めながら叫ぶリュウゴの言葉が、ライドには届いていなかったのだ。

 

「何故、中へ進む必要がある」

 

 届いていない。否、受け入れない。

 

「直接頭を叩くのは効率の話だろ、これはそういう戦いじゃない。出てくるやつを片っ端からスクラップにしてやればいい。お前らは下がってろ」

 

 初めて見る剣幕。凄み。そして、我が儘。

 八年前の記憶のフラッシュバック、そして同時に激烈な感情までも呼び起こしてしまったライドの頭にあるのは、敵を殺すことだけだった。

 

「団長の痛み、三日月さんの苦しみ、昭弘さんの怒り、ハッシュの無念。全部、お前たちが受け止めるべきものだろ!! 」

 

 鬼神さながらの迫力を放つガンダムアガレス。

 全七十二機のうち最も獣に似たガンダムは、鎖から解き放たれたかのように怒り狂ったかのように、その右腕をひたすらに振り回し続ける。

 

 

 

※※

 

 

 

 まだ、帰投してから十分と経っていなかった。それでも、司令部のモニターに表示される被害状況を見れば、のんびりとモビルスーツ搭乗後のメディカルチェックに向かっている場合ではないのだと思い知らされる。

 

「使えるのは八番ハッチだけだ。すぐに移動してくれ」

「そんなことをしてる暇はありません」

 

 まだラスタルが到着していないヴィーンゴールヴの心臓部で、ヤーグル・ロアルスは司令代理の指示を突っぱねた。ドナーシュも、那弥木も、ミレイナまでもがそれに賛同する態度である。

 

「敵に一番近い、二番から出ます」

 

 

 そして、阿鼻叫喚の地獄絵図さながらの戦場へと至る。

 

「誰かこいつを止めてくれ!! 」

「飛び道具で仕留めろ、早く!! 」

「狙えるわけがない、あんな動き…… 」

「隊長がやられた、隊列を組み直せ」

「こっちも隊長がいないんだよ!! 」

「仲間がいない? おい、嘘だろ…… 」

 

 八面六臂の活躍、あるいは厄災を背負いし悪魔。

 基地全体を襲った衝撃から那弥木たちが出撃するまで、わずか十分足らず。そのうちに、迎撃に出た守備隊のモビルスーツの半数近くが機能を停止していた。その惨状を生み出しているのは、ガンダムアガレスただ一機。随伴する二機は巻き添えを恐れてか、高所に陣取って周辺の警戒を始めている。

 

「野郎、舐めやがって」

 

 ドナーシュが感情を昂らせるのも分かる。天下のギャラルホルン、そのお膝元どころか総本山たるヴィーンゴールヴが、たった一機のガンダムに、たった一人のテロリストに蹴散らされている。

 

「落ち着けドナーシュ、正面から仕掛けて勝てる相手ではない。勝機を呼び込むには、もう少しデータが必要だ」

「じゃあ何か、今目の前で起こってることには手を出すな、無視しろってのか? そんなの待っているうちにこっちが壊滅してしまうぞ!! 」

 

 言い争っているうちにもアガレスは次々とグレイズを、レギンレイズを屠っていく。鈍器どころの話ではない質量を振り回し、背後の敵に回し蹴りを放ち、距離が遠ければ身体ごとぶつかっていく。野生の獣などというかわいらしいものではなく、破壊、殺意、敵意、暴力、理不尽、異常、狂気、激情、衝動、得体の知れない何もかもをごちゃ混ぜにしたようなプレッシャーが、相対する守備隊パイロットの戦意を完膚なきまでに叩きのめす。

 こんな獣に、こんな化け物に睨み付けられて正気を保っていられる人間がどれほどいるのか。那弥木は、本能的にレギンレイズを一歩、二歩と後退させる。

 

「確かに、悠長に考えている時間はないな。全機、飛ぶぞ。敵の目を引き付ける」

 

 ヤーグルの言葉を聞き終える直前、那弥木はモニターを見たことを後悔した。

 周囲のグレイズをあらかた撃破したアガレスがまっすぐ、自分に狙いを定めていた。青色の冷たい光がこちらを睨み付けている。

 あまりの威圧感に、実戦経験の浅い那弥木はパニックに陥った。

 

「近寄るな、バケモノっ!! 」

 

 腰のフライトユニットに内臓された機関銃を、手当たり次第に撃ちまくる。アガレスのナノラミネートアーマーを破壊するにはあまりにも非力な、対人あるいは牽制のための火器である。そもそも、アガレスはまだ射程距離の外にいた。

 

「バケモノ、ね」

 

 対するライドもひとしきり暴れ、身体を火照らせていた熱がなんとか冷えてきたタイミングだった。那弥木にとっては、とても不幸なことに。

 衝動に任せた無駄で無茶苦茶な動きが減り、静と動を兼ね備えた優雅で研ぎ澄まされた挙動に変わっていく。

 

「それが、鉄華団を潰した奴らの言うことか」

 

 押し固められた敵意と憎悪が戦場を埋め尽くしていくようだった。剣を交える必要すらない、少し言葉を交わしただけで覚悟の違いが目の当たりになった。

 文官生活の長かった那弥木は、生まれて初めて剥き出しの感情を向けられることの恐ろしさを知った。

 

 足がすくんで動かない。

 命乞いの言葉すら出てこない。

 

 ゆっくりと迫ってくる悪魔の腕を、眺めていることしかできなかった。

 

「バカ野郎っ!! 」

 

 視界の外から飛び込んできたのは、ドナーシュのレギンレイズだった。まっすぐに突っ込むことしか頭になかったアガレスの横合いから体当たりをかけて軌道を反らす。

 呆然と立ち尽くす那弥木の数十センチ前、レギンレイズの胸部装甲が僅かに触れたアガレスの爪に削り取られていった。

 

「死にに来たのか、お前は!! 足を止めるんじゃねぇ、とにかく動け。逃げ回っているうちは、死にはしない!! 」

 

 アガレスと共に壁に激突したドナーシュは既に体勢を整えている。対するアガレスは大の字になって叩きつけられたまま、動き出す気配はなかった。

 

「やったのか……? 」

 

 ドナーシュが二歩、距離を詰めた時。

 

「この程度で、倒れるかよ」

 

 アガレスが、大の字のまま、深々と刻まれた壁の傷痕から飛び出した。反応する暇もない、レギンレイズの右半身がごっそりと抉りとられた。剥き出しになったコクピットの中にドナーシュの姿を直視できる。

 阿頼耶識を使わないギャラルホルンのパイロットには理解できない、完全に想定外の攻撃である。

 

「なまじ、人の感覚のままで動かそうとするから」

 

 異形の天使に対抗する人形の悪魔を操るのなら、生身ではできないこともやってみるのがいい。

 モビルスーツには足で地面を蹴るだけでなく、背中のスラスターを噴かすという推進力もあるのだから、それを軸にした動きができるのは当然のことだ。機体にかかる負荷を度外視すれば、完璧な作戦だっただろう。

 

「ミレイナ、ドナーシュを頼む」

 

 ヤーグルが自らアガレスの正面に立ち、囮を買って出た。それは隊長職の責任感であると同時に、那弥木やミレイナには任せられないことだと直感的に悟ったからでもある。

 

「そうやって偽善を騙るのもお前たちの常套か。偉そうな口をきいておきながら、結局は自分のことしか頭にない、そんなクズはもう見飽きたんだよ」

 

 なるほど、とヤーグルは得心する。

 マクギリス・ファリド事件において、治安を乱す逆賊、野心に溺れたマクギリスと手を結び民間企業ながらギャラルホルンの派閥争いに巻き込まれて散った命。

 最終局面においてはクリュセ郊外の鉄華団基地に対しての情報封鎖、大部隊による包囲殲滅が行われたと聞く。

 声を聞く限りまだ大人とは言い切れない年頃だろう。幼い頃の苛烈な経験は、人格形成に大きく影響を及ぼす。

 

「汚れた大人に振り回されて、荒んでしまったか」

 

 ラスタル、マクギリス、マクマード、蒔苗。他にも多くの思惑が、彼らを振り回したのだろう。

 

「お前に何が分かる!! 」

 

 ぴくりとも動かなくなったドナーシュ機に興味を失くしたアガレスがヤーグルを睨む。心臓まで凍りつきそうな視線を、ヤーグルは正面から受け止めた。

 

「分かるさ」

 

 ゆっくりと、力を込めた言葉。

 アガレスの足形が、滑走路のアスファルトにくっきりと残った。

 

「ここで話せる事情ではないが、境遇は似たようなものだ。理解はできる」

「何を言おうが結局、お前も『そっち側』の人間だろうが」

 

 ライドは、右腕での一撃を止めた。

 互いのリアクターの駆動音が聞こえそうなほど肉薄する二機。向かい合う二人の顔に動揺はなかった。

 

「部下に手を出させない根性には敬意を表する、しかしこれだけだ」

 

 獣の瞳がいっそう強く輝く。

 出力を上げた、それを理解したヤーグルがサーベルを抜刀一閃、逆袈裟に切り上げる。その直線上に鉄塊が勢いよく振り下ろされる。

 鈍く重たく鋭い大音声が響き渡る。

 サーベルと鉄塊は、拮抗して止まっているように見えた。

 

「大人には大人の意地があるのでな」

 

 サーベルは、レギンレイズの膝で支えられていた。

 全身を使って勢いをつける一撃と違い、零距離で放たれた拳は腕の力だけによるものだ。いくら出力が高かろうと、乗せられる重さが全くの別物だった。

 

「小賢しい」

 

 即座に飛んできた足払いを跳躍で避ける。次いでまたしても右腕、それを危なげなく回避。

 殴打を避ける。蹴打をいなす。頭突きを食らい、体当たりを受けても致命打には至らせない。

 アガレスとレギンレイズの戦いは、一騎討ちの様相を呈していた。

 

 破竹の進撃を続けるアガレスが止まったことで、ギャラルホルン側の士気にも回復の兆しが見えてくる。

 

「早く体勢を立て直せ。雑魚なら私たちで落とせる!! 」

 

 獅電改三機、ラムズ・ロディ三機、ドローミと青冥が一機ずつ。計八機、雷電隊の全戦力に対し、未だ十五機以上が残る守備隊が牙を剥く。

 増援到着までの消耗戦を覚悟した神奈の無線に、割り込む声があった。

 

「支度は整った。これより、戦闘に参加する」

 

 アスファルトの上に、サーベルが突き刺さる。

 シンプルなデザインでありながら優雅さを感じさせ、それでいて兵器然とした武骨さをも内包する、一本のサーベル。

 その上に音もなく舞い降りたのは、艶やかなビビッドカラーに身を包んだしなやかなフレーム。他にはない華奢なシルエット。

 

「フォカロルだと? 前とは姿が違うが…… 」

「その声、あんたか。久しぶりだな」

 

 バドイ・ロウだった。

 しかし、前のような勢いを感じられない。どうにも歯切れが悪い。

 

「『ガンダム・フォカロルティフォン』、貰い物だよ。今はマクギリス・ファリドの配下なんでな」

「随分と気前の良いことだ。まああれの考えていることなんて分からないが、まさかお前が来るとはな」

 

 敵か味方か、そんなことを言い争うほど野暮なことはしなかった。敵の敵は味方なのだと、古くから伝わっている。

 のんびりとゆったりと、酒の席のような会話を続けるうちにもギャラルホルンの猛攻は収まる様子を見せない。

 不意の乱入者に動きを止めたのも一瞬のこと、ヤーグルのレギンレイズはアガレスを見逃してはくれないのだ。

 

「反ギャラルホルンを謳うなら、もう少し賢く立ち回るべきだな。自ら死地に飛び込むのでは、後に何も残らない」

「ご忠告痛み入るよ、あんたも苦労人みたいだな。同情はしてやらねぇが、なっ!! 」

 

 着地時とは真逆、力強く大地を踏みしめたフォカロルが太陽を背に高く跳躍する。

 

「ベルネス、ディアン!! 」

 

 ヤーグルの声に合わせ、指揮統率を行っていた特務仕様のレギンレイズがフォカロルを追って飛び上がる。研ぎ澄まされた鮮やかな連携で以て、調子に乗った闖入者を懲らしめる ―― とはいかなかった。

 推力にかなりの余裕がある高度で上昇を止めたフォカロルが身体を反転、急降下。レギンレイズ二機が形成する牽制の火線も虚しく自由自在に飛び回り、敵機すれすれで通り過ぎたり機体をロールさせたりと、ひとしきり曲芸飛行を終えて再びふわりと着地する。

 ハンカチが落ちた時のようにひらひらと、美しく。

 

 ティフォン。

 すなわち、台風のごとく。

 

 レギンレイズの装甲が剥がれる。ばらばらになって、瓦礫の上に降り積もる。

 

「流石は旦那、良いものをくれたもんだ」

 

 腰のフライトユニットが破損し、滞空のための推力を失ったレギンレイズが墜ちた。ギャラルホルン一とも称されるヤーグルからの指導を受け、腐ってもヴィーンゴールヴ直属のパイロットである、重力のなすがままに大地に叩きつけられる愚は冒さなかったものの復帰は困難と見て間違いない。

 

「一体、何が起こったというんだ」

 

 再度ヤーグルの勢いが弱まる。

 呆然と眺めるライドの視界の端で、きらきらと光るものがあった。

 フォカロルの至るところから伸びているそれは、かつてバルバトスがモビルアーマーから拝借した遺物に酷似している。

 

「ワイヤーか」

「正解であり不正解、半分半分ってところだろうな」

 

 軽薄な調子であしらわれた。勘に障る言葉遣いは、後でしっかりと咎めなければなるまい。

 マクギリスの持ち出した、得体の知れない武器についても。

 

 ともあれ、指揮系統がズタズタになった守備隊の動きは幾分か鈍くなった。神奈やリュウゴたちが息を吹き返す。

 

「一気に押し戻すぞ」

「何言ってるんだ、逃げるんだよ」

 

 フォカロルがひときわ高く積もった瓦礫の上に飛び移る。一息に飛んだものだから距離を見誤りそうになるが、相当離れた場所だ。

 

「細かいことを話してる暇はない。捨て駒にされたくなければ、今すぐここを離れろ」

 

 言ってロウが指し示したのは、上。

 暗雲に覆われた空。

 

「厄災が降ってくる。ギャラルホルンも雷電隊も関係ない。死にたくなければ、逃げろ」

 

 ざわ、と。

 阿頼耶識を介して、アガレスが伝えてくる。

 戦え。

 屠れ。

 蹂躙せよ。

 殲滅するのだ。

 

 とんでもなく巨大なものが、迫ってくる。

 

「神奈、全機撤退。オクリビとの合流ポイントまで下がれ」

「遅かったか」

 

 ぱっと光が降り注いだ。

 一面の雲海がヴィーンゴールヴ直上のみ切り取られ、鉄屑の山となったメガフロートに太陽の光が浴びせられる。

 丸い光源の中央に、一点の影。

 みるみるうちに大きくなり、はっきりと姿が視認できる距離まで迫る。

 

「翼を生やした、蠍 …… か?」

 

 その認識が間違っていることはすぐに証明された。

 どしゃ、と情けない音を立てて地面に激突したそれは、衝撃でばらばらに砕けたのだ。所属を問わず呆気にとられる一同の目前で、再び蠍の身体がパズルのように組み上げられる。

 身体を構成するパーツのひとつひとつが蠢く。一糸乱れぬその動きは、群体となったそれらが取るべき最適解とプログラミングされているかのようで。

 それぞれが自分の定位置に隙間なく嵌まっていく、そのピースの姿には見覚えがあった。

 

「『プルーマ』か」

 

 本来、ギャラルホルンやテイワズが所蔵する古書の中でのみその存在を確認できる過去の遺物、言葉通りの『厄災』。

 そして、プルーマとは大量に生産される補助ユニットに過ぎない。彼らを生産し、使役する親機。

 それがモビルアーマー。

 目の前でのそりと身体を持ち上げた、異形のマシーンである。

 

「『タブリス』、ね …… 」

 

 エイハブウェーブの固有波形からアガレスのコンピュータが機種を判別する。

 

 同時に、激しい頭痛がライドを襲った。

 

 敵。

 人類の、敵。

 ガンダムの、敵。

 戦え、それが責務。それこそが存在意義。

 

 アガレスの双眸が煌めく。冷たい水面の色が、紅い怒りに塗り替えられる。

 

「仕方ない、今は全部お前に任せる。だから思う存分に暴れろ。アガレス」

 

 タブリスが尻尾の先から空高くビームを放つ。

 それに呼応して、アガレスが吠えた。

 

 

 

「厄祭戦の再現、まさかここで仕組むとはな」

 

 ヴィーンゴールヴ最奥の緊急時用特別司令部、モニターの光に顔を照らされながらラスタルが微笑む。

 傍らのジュリエッタは、その表情を見ることができなかった。





ヴィーンゴールヴが消え、戦友が去り、傷心のライドにアガレスが微笑む。彼の全てを包み込むような笑顔にとけこむシンジ。だが彼らには苛酷な運命がしくまれていた。
次回「最後のシ者」

……冗談ですスミマセン。
新キャラ増やすと手に負えなくなるからってんでそこら中を駆けずり回ってもらってるバドイ・ロウに敬礼。
オレも頑張らないと。
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