ガンダム・フレーム本来の敵であるモビルアーマーを相手に、雷電隊とヴィーンゴールヴ守備隊は不本意ながらも一時的な共闘体制を敷くことを余儀なくされた。
モビルアーマーの相手をしている横腹を叩くのは簡単でも、モビルアーマーを倒そうというのなら背後からでも難しい。
ギャラルホルンの中でも、正面きっての対機動兵器戦闘を経験した者は半分にも満たないのだから。
「っ、ぐ、らあっ!! 」
アガレスの瞳が赤くなった時から、ライドはマトモな言葉を発することがなくなっていた。単機でタブリスの正面に立ち、他への攻撃を許さない姿勢だ。
その背中に、ライドの理性がはっきり残っていることを認めた神奈とリュウゴが意図を汲む。
「ヴィーンゴールヴ内部の構造を教えてもらえますか」
「機密情報を軽々に賊へ漏らす訳にはいかない」
事実上マクギリスからの戦力外通告、あるいはもっとストレートに『ここで死ね』と言われているに等しい状況にあっても冷静でいられるのは、彼らがベテランのパイロットであればこそだ。
しかしアガレスが仕留め損ねたプルーマを潰しながら共同戦線を張っていても、ヤーグルは頑なだった。組織に属する者として当然の選択とはいえ、雷電隊の面々にいら立ちが募る。
「無理ならそれでも構わねぇ、いちばん人が多いところを教えろ。モビルアーマーの動きが読めれば少しは戦況の予測もつく」
耐えかねたロウが口を挟む。
思わず視線を向けたリュウゴに迫ったプルーマにサーベルを投げ、磔にしたフォカロルの噴射炎が光る。
「バルコーナ・ヨーゼンの意思は知らんが、オレ個人としては旦那のこと気に入ってるんだよ。それに、オレたちが助かるためには旦那がヤツを倒す他ない」
ぴょんぴょんと遠ざかる背中を見つめる余裕もなく、リュウゴはプルーマの対応にあたる。
「それに、オレまで捨て駒にしようとしやがったマクギリスの野郎に少しばかり仕返ししてやりたいのさ」
甘く見ていたのかもしれない。
もちろん、バルバトスとハシュマルがどれほどの戦いを繰り広げたのかは知っている、この目で見ている。
その上でモビルアーマーに対しては最大限の警戒をするべきだという心積もりでいた。マクギリスならあれを持ち出してきてもおかしくはないと。
それでも、甘かった。
ハシュマルは恐るべきスピードとパワー、殲滅力を持ったパーフェクトマシーンだった。それを倒すためには、三日月さんのようにガンダムのリミッターを外して身体を捧げ、純粋に力で上回る他ない。
だがリミッターを外してタブリスと対峙している今、一対一のタイマンになった今だからこそ分かる。
このままでは勝てない。
モビルアーマーとガンダム・フレームはそもそも戦力的に釣り合わないのだ。
タブリスはハシュマルと違い、大した出力を持っていない。しかしプルーマで身を鎧うことにより、戦術の幅の広さが段違いだった。
「ーーーー!!」
一撃一撃が渾身のフルパワー、必殺技にも等しい殴打をひたすらに繰り返すアガレス。
それはすべてプルーマで受け止められ、タブリス本体まで届かない。
プルーマはナノラミネートアーマーを持たない。直撃をくらった者からひとつずつ脱落していくが、なにぶん物量が多いのだ。決闘に全神経を注ぐライドは気付いていないが、タブリスの落着からしばらく経っている今もポロポロと空から降ってくる増援がいる。おおよそマクギリスが飼い慣らし、その間に数を蓄えたのだろうが、今はそんなことに頭を巡らせている場合ではなかった。
脱落したピースを埋めるように、タブリスの身体は傷つくたびプルーマが貼り付いていく。
「おい、聞こえてるか。マトモな理性が残ってるなら返事しろ」
押し寄せるプルーマの物量をかいくぐってようやくたどり着いたロウが、ヴィーンゴールヴの無線を使ってライドに声をかける。
表層部分が破壊された程度では、ギャラルホルン総本山の中枢システムはびくともしない。
「ああ? 」
その反応はまだ言葉の形を成してはいなかったが、獣のようだった勢いが少し和らいだように感じられた。
「アガレス一機で勝てる相手じゃない。かといってフォカロルだけでも倒せない。連携が必須だ」
タブリスが尻尾を持ち上げたのを見て、アガレスが右腕を振る。高台から見下ろす司令部に合わせられた照準がずれて、あらぬ方向へ放たれたビームが雲に吸い込まれた。
「ん、そうだな。力を貸してくれ」
「もちろん」
ひどく素直な返事に肩透かしをくらった思いで、ロウもモニターの中央にタブリスを捉える。
「雑魚はこちらで相手をします」
体勢を立て直した守備隊と雷電隊がタブリスの周囲を固める。
「頼むぞ、諸君。ラグナロクを告げる角笛を、二度鳴らすわけにはいかない」
※※
野うさぎのようにひょいひょいと、タブリスから付かず離れずの距離感を保ってフォカロルが飛び回る。数秒前に自身がいた場所をビームがえぐり取っても、ロウは顔色ひとつ変えない。
「タブリスが持つ射撃系の武器はビームだけ、そもそもナノラミネートアーマーには通用しないこけおどし。最も警戒しなければならないプルーマに注意を払う必要もないなら、おとり役なんて軽いもんだ」
グレイズ・シルトが最前列に立ち、堅固な壁を築く。ドローミが、青冥が、獅電改が、ラムズ・ロディが、レギンレイズが、押し寄せるプルーマを薙ぎ払う。
物量こそ驚異的なプルーマだが、通常の合金製であるのなら、こうして足を止めてやればただの的に過ぎなかった。
「こっちは十分に抑えられる。 …… 頼みますよ、隊長」
身体は常にアガレスに正対したまま、尻尾だけをフォカロルの動きに追随してうねらせるタブリスの表皮は隙間だらけになっていた。
一撃で数機のプルーマを粉砕するアガレスに対し、補給が見込めなくなったタブリスが消耗戦を強いられる状態だ。
「足りないな」
攻めるアガレスにも決定打がない。しびれを切らしたタブリスが両腕の鋏までも振り回して威嚇するが、リミッターを解除することでアガレスと百パーセントの感覚を共有するライドに見切れないほどのものでもない。
「悪い、一匹抜けた」
アガレスの背後にプルーマが飛びかかる。
「っ …… !!」
反射的に振り向くライド。初めて、タブリスに背を向けた。
タブリスの尻尾が鎌首をもたげる。フォカロルには見向きもしない。
プルーマを叩き落としながらもライドは『最悪の瞬間』への覚悟を決める。毒々しい光が収束する。
「諦めがいいのですね。たかだか虫けらでしょう」
音速を越えて飛翔する運動エネルギー弾が、ビーム砲の角度を大きく変えた。
「おいおい、そんなものを持ち出すなんて聞いてないぞ」
戦場の視線を一手に引き付ける黄金色の、『ガンダム』。
「どうやらお前は良い性格になったらしいな。後はもう少し時間を守れるようになったら完璧だ」
「あなたに罰を下すに相応しい女と、認めて頂けるなら」
「全部が終わったら、罪は償うさ」
ジュリエッタ・ジュリス。
ガンダム・キマリスヴィダール。
味方として迎え入れるのに、これほど頼もしい組み合わせもないだろう。
「これでよろしいのですね? ラスタル様 …… 」
※※
ガンダムアガレス、ガンダムフォカロルティフォン、ガンダムキマリスヴィダール。
青冥、ドローミ、ラムズ・ロディ、獅電改、レギンレイズカスタム、シュヴァルベ・グレイズ、グレイズ・シルト。
「これで勝てぬなら、白旗だな」
キマリスで飛び出していったジュリエッタに代わり、ラスタルの隣に付くのは車椅子に身を預けたガエリオ。
モニターに映るかつての乗機に、何を思うのか。
「あの男は切れ者です。モビルアーマーひとつ退けた程度では顔色ひとつ変えませんよ」
かつての友。一度は殺され、一度は殺し、なんの因果か未だに腐れ縁が途切れずにいる。
友を殺され、部下を利用された恨みも既に消えたが、二人を結びつけているのはそれほどやわなものではなかった。
「感傷に浸るのも悪くないが、今はここを守ることが最重要事項だ。『例の部隊』、準備は出来ているか? 」
「お声ひとつで、すぐにでも動かせます」
「ジュリエッタの身が持たぬと判断したら彼らに任せる。今はあれに託すほかないな」
「残念なことです」
今は眠りについている彼らを動かす時が来るなら、それは人類の種の存続に関わる厄災が訪れた時だろう。
責任者の身で言えたことではないが、そんな時など来ないことを祈らずにはいられなかった。
※※
「正面からはオレが行く。二人は、機を見て尻尾と鋏の破壊を頼む」
「無茶を言いますね …… 」
「まあまあ、どのみちこいつを壊しきれるのはリミッターを外した『ガンダム』だけだからな。あんたにその覚悟があるかよ? オレはまっぴらごめんだぜ」
モビルスーツの背丈と大差ないスケールを誇るタブリスの鋏が打ち下ろされる。その質量ゆえに大したスピードはないが、もし直撃をくらえばフレームごと破壊されてもおかしくない。
アガレスの右腕が受け止める。明らかにパワー負けしているが、数秒の拮抗状態が生まれる。すかさずキマリスが腕の根元にランスを叩き込んだ。
重装甲が施されたぶんスピードはアガレスに及ばなくとも、衝突面積が少ないため威力は高い。
それでも。
「無傷ですか …… 」
重なりあったプルーマをまとめて刺し貫きはしたものの、ようやく姿を現したタブリス本体レアアロイのフレームには傷ひとつない。
跳ね返ってきた衝撃による脳震盪を堪えながらジュリエッタは後方へ飛びすさる。
「チッ、うっとうしいな」
身軽さを信条とするフォカロルの攻撃では傷をつけることなど到底叶わない、それを理解したロウが歯噛みする。
「次だ」
今度はアガレスから距離を詰める。キマリスにも、フォカロルにも目を向けさせない。
スラスターの噴射炎が勢いを増す。
「 !! 」
金属のぶつかり合う音、空気を切る音、プルーマが擦れ合う音、それらすべてが重なって不気味な鳴き声となる。
「クソ、気持ち悪い」
ランスの質量を、二十回ほどぶつけた頃だろうか。
タブリスの鋏の動きが鈍った。僅かにフレームが歪んだらしい。
「今しかない」
アガレスが右腕を大きく振りかぶった。
一呼吸おいて、地面が陥没するほどに力強く踏み込んで飛び出した。
銃口から放たれた弾丸のように、狙いを定めた肉食獣のように。
タブリスの尻尾がアガレスに向けられる。禍々しい光がいっそう激しさを増す。
「壊せなくったってなぁ!! 」
ぐい、と。
タブリスの足が、尻尾が、あらぬ方向へ不自然に折れ曲がった。蜘蛛の巣のように張り巡らされたフォカロルのワイヤーが動きを封じる。
「できることはあります」
キマリスの身長を越えようかというサイズのランスが一閃、タブリスの胴回りにこびりついた残り少ないプルーマを弾き飛ばす。
蠍の腹の下、最も攻撃を受けにくい部分にモビルアーマーの制御コンピューターが露出する。
「もらった」
ヴィーンゴールヴが揺らぐほどの衝撃。
タブリスの身体から、力が抜けた。フォカロルに引っかけられたワイヤーを支点にだらりと足が垂れる。
同時に、周囲のプルーマたちの活動の停止が確認された。
※※
「案外、脆いものですね」
リミッターを解除した『粗悪品』のガンダム、マクギリスが闇市で拾った『継ぎ接ぎ』、そしてギャラルホルンの技術が注ぎ込まれた『出来損ない』。
厄祭戦の時とは比べるべくもない戦力でありながら、それにタブリスは敗れた。
「ああ、誰か一人くらいは犠牲になるものと思ったのだがな」
『復讐者』に『没落貴族』、『戦場の乙女』に『角笛の担い手』。
いくらでも替えのきく戦力であるとはいえ、モビルアーマーを相手にとって犠牲が出なかったというのはマクギリスにとっても予想外のことだった。
「フラウロスを戻してパイロットを休ませろ。次は持てる全てを投入する」
「今すぐに追撃をかければヴィーンゴールヴは落とせると思いますが」
新江の提案に、マクギリスは口もとを緩めた。
「彼らがどういう化学反応を起こすのか、見てみたいのだよ」
眼下に青い大地を見下ろし、思索を巡らせるマクギリス。話は終わりだと言わんばかりの雰囲気を察して、新江は静かに退室した。
「ヴィーンゴールヴへの降下はいつです」
背後からかけられた声に背筋が伸びる。
暗礁宙域に潜伏するハーフビーク級の艦内に軟禁状態のアルミリアは、明らかに不機嫌だった。
「態勢が整えば、すぐにでも」
「簡易ダインスレイヴを連射したフラウロスの整備がそんなに早く終わる訳はないでしょう。短くて二日、状況によっては一月はかかる。その間、彼らを放置しておくつもりですか」
もちろん、準備が必要なのはフラウロスだけではない。新江の見立てでは、マクギリスがことを起こすのは二か月後だ。
どうやって宥めたものか、と思い悩む新江に助け船が出る。
「いくら天下のギャラルホルンの親玉とはいえ、壊滅状態の基地に何の力がある。雷電隊だってあのツンケン小僧だけで回してる訳じゃないだろう、交渉の手もあるはずだ」
ラム・ラバナである。
「あなたたちは今回の作戦の支援を行うと伺いましたが」
割って入ったラバナにアルミリアが詰め寄るのを尻目に、新江はそっと場を離れた。思っていた形とは違うが、助け船であることに変わりはない。
「直接戦場に出向くだけが支援じゃないことくらいは理解してるだろう? 月で育ててたタブリスを誘導して、あそこに落とした時点で俺たちの仕事は終わり。後は現場の奴らに任せるだけだ」
「雷電隊までも巻き添えにするつもりで落下させたくせに、よくもそんなことが言えたものですね」
彼女の剣幕が収まる様子はなく、ラバナもそのまま立ち去ろうと足を動かす。アルミリアも無理に追うことはせず、本命だったマクギリスのもとへ向かった。
「もう少し仲が良けりゃ、からかい甲斐もあるんだがな」
夫婦、というにはねじれ過ぎ、ひねくれ過ぎた関係の二人に余計な軽口を叩けばどんな地雷を踏むか分かったものではない。
せめて互いの意思は統一しておいてほしいと思うのだが、マクギリスの性格を思えばそれも無理な話だろう。
「あのお姫様も、不憫なものですね」
角で待ち構えていた新江の言葉には、共感せざるを得ない。
※※
「バレたら首が飛ぶかもな …… 」
ユージンが自嘲気味に笑う。
火星の宇宙港から地球圏へ向かうシャトルは最終加速を終え、ひとまずの緊張が解けていた。
ユージン以外の乗船客とスタッフは、である。
「無茶は承知の上です」
ユージンの気が休まらない元凶、隣の席に座るクーデリアの視線はまっすぐ正面を見つめていた。
火星の臨時議会も召集をかけられている状況下で、議長のクーデリアが行方不明となれば混乱は免れないだろう。それを分かっていても地球行きを強行した彼女の気持ちは分かる。
だからこそチャドに後を任せて旅路に同行することを決めたユージンだったが、道中の様子を見ればその決断は間違いだったのだろうかと不安にもなる。
火星どころか地球にまで顔の通った有名人である以上、ある程度の変装や身分証明書の偽造が必要になるのは分かっていたが、乗船時の検問を堂々と潜るその背中には見ているこちらの肝が冷えた。
「少し前からギャラルホルン発の報道が途絶えているのが気にかかります。行動を起こすなら、一刻も早くなければなりません」
「その理屈は分かるがな …… 」
鉄華団。
その名前を使われれば、冷静さを失うのも無理はない。居残りを受け入れたチャドだって、見送りの時には不安を隠そうともしなかった。
「ライド・マッス。今は、升牙・ライグライドでしたか。ここまでずっと後回しにしてきたツケを払う時が来たのかもしれません」
その神妙な面持ちは議会の老獪どもを相手にしている時ですら見せることの少ない、偽らざる彼女の本心を表すシグナルだ。
同じ危機感を共有し、かつ一生かけても返しきれない大恩を抱える身でありながらなんら有効な助力を思い付かない自分にいら立つユージンは、気休めを言うくらいしかできることがなかった。
「これは鉄華団の問題です、あなたが心を痛めることじゃない。過去の精算を済ませられなかった、私たちの責です」
結局、最後には互いが押し黙る空虚な議論だった。事ここに至っては責任の所在などどうだっていいと、クーデリアもユージンも理解できているはずなのに。
ライド一人の責任と押し付けて割り切れない残酷な優しさが二人の共通認識であると分かったのが唯一の益だろうか。
沈黙に耐え兼ねたちょうどその時、機内販売のワゴンが通りかかる。通路側に座るユージンがコーヒーを二つ注文し、決して手慣れているとは言えない手つきの乗務員が少し時間をかけ、おずおずとカップを差し出す。
ありがとう、と言うのがもう少し早ければ、舌を噛んでいたかもしれない。
「機内の衝撃に備えてください」
切羽詰まった操縦士の声がアナウンスから流れて三秒と待たず、身体が座席から投げ出されるほどの急減速によるGが襲った。
吹き飛ばされそうになる乗務員を抱き止めるような形で支えることに成功したユージンは、まだかなり若く見えるその女が頬を赤らめていることになど気付く余裕もなくシートベルトを外して駆け出していた。
嫌というほど身体が覚えている感覚。最悪の事態を想定し、即座に自分で否定し、それでも沸き上がる不吉な予感を振り切れないままコクピットへ向かう。
幸い、ハッチは動揺する乗務員に頼むとすぐに開けてくれた。ユージンのような仕事についていなくとも、警備上の問題を感じずにはいられない対応だったが追及している暇はない。
鬼気迫るといった様子で入ってきたユージンに戸惑う副操縦士、冷静というより冷ややかな、警戒する視線を向ける機長。常識的な反応にやや安堵しつつ、正面の強化ガラス窓の先に視線をやると、そこにトラブルの元凶があった。
「テイワズ、ヴェニヤの船か」
「知っているのか? 」
いっそう警戒を強める機長。
ヴェニヤのところには、それなりに世話になった過去がある。見間違うはずもなかった。
「予定の航路に、申請のない艦船がいたんです。ルートを変えるにも危険が伴うので …… 少し燃料を食われますが、減速して衝突を避けることにしたんです」
ハイジャックの類いではないと判断したのか、落ち着いてきた副操縦士が説明してくれた。
確かに、宇宙において予定していたコースを外れることは相当なリスクを伴う。大気圏内とは比べ物にならない速度で飛んでいるゆえに、少し針路をずらしただけで何千、何万キロの誤差が生じるからだ。そのうえ、厄祭戦時に撒き散らされた大量のデブリが回収されず漂うエイハブ・リアクターに引き寄せられてそこら中で高密度の暗礁宙域を形成している。ギャラルホルンが管理し、認可した航路を外れるというのは民間のシャトルにとって遭難、漂流に等しい。
その点に関しては、機長の冷静かつ適切な判断により問題なくなったといえる。
となれば、問題は、ヴェニヤ・インダストリアルの艦船であるシーラカンスがなぜ事前の申請もなく堂々とギャラルホルンの航路を使っているのか、ということだ。申請を出さずに航行する船など、アリアドネを介して宇宙に張り巡らされた警戒網の目から逃れられるはずもない。そもそもギャラルホルンに言えない後ろ暗さを持った事案であるのなら、テイワズの独自航路を使えばいいはずなのだ。
もしもそれが叶わない理由があるとすれば、それはテイワズとギャラルホルン、両陣営に不利益をもたらす何かがそこにある、だとか。
「はっ、まさかな」
馬鹿馬鹿しい。
人類最大規模の二大組織を両方敵に回すなど正気の沙汰ではない。
どうやら向こうも気付いたようで、船足の早いこちらに譲るように航路を離れた。一直線に飛ぶことを前提で航海するシャトルと違い、備蓄食糧も燃料も余裕のある戦艦なら多少の融通が効くのだから当然と言えば当然の判断だが、ユージンは肩透かしをくらった思いをした。
「すみません、邪魔をしました」
もう操縦に意識を戻した二人に詫びて、ユージンは自分の席に座った。隣のクーデリアは何も聞いてこなかったが、数分前よりもいっそう険しい顔をしていた。
敏感な女だ、と感心するこの時のユージンには、危機感が足りていなかった。
本当に、人類最大規模の二大組織を両方敵に回す奴だって存在するのだと、彼は経験上知っていたはずなのだから。
加速のGに身体を震わせ、すれ違い様にシーラカンスの方を見やる。
そのブリッジでトラビ・ヴェニヤがどんな表情を浮かべているのかなど、ユージンは想像すらしなかった。
やたら場面が飛ぶのは、定期的に登場させてないとキャラや設定を作者自身が忘れそうだっていう不安からくる強迫観念みたいなものだったりします……
読みづらくて申し訳ない。