火星議会は紛糾していた。
最高レベルの警備態勢を手配したホテルで、国賓クラスの大物を招いたにも関わらずテロリストに屈した形になってしまった。今後の対応、責任の所在を筆頭に議論しなければならないことは山ほどある。
そんな状況で、議長のクーデリアが不在とくれば話がこじれるのも必然だった。
「なぜギャラルホルン火星支部は何も言ってこない? 警備には彼らも参加していただろう」
「議長はどこへおられるのです。現場を直接見たのはあの方だけでしょう、そこは詳しく聞かせて頂かなければ困りますな」
「周囲の民間施設からも問い合わせが殺到しています。早急に政府としての姿勢と対応を明確にしなければ信用問題です」
収拾のつかなくなった議会は荒れに荒れ、その様子は留守中のクーデリアの執務室を預かったチャドにも伝わってくる。同じ建物の中とはいえ、火星自治議会の威信を表す立派なものである。何部屋を、何メートルを挟んでいるのか想像もつかない。
この騒動が遠からず自分のもとへ波及するだろうという確信に基づいて準備はしていたが、もとが小心者のチャドである、大きな図体が落ち着きなく動き回るのは見ている者をとても不安にさせた。
「案ずることはない、クーデリアお嬢さんの秘書官さん。こういう事態に備えて、私がここに呼ばれたのだから」
そう言ったのは、来客用のソファに他人行儀に腰かけた男。彼の階級を知っていれば、その態度は借りてきた猫のようにおとなしく自分を律し、制しているのだと理解できるが、それでもなぜか傲岸不遜な雰囲気を漂わせている。
恐らくは、生来の気質だろう。
「事態の収拾を図るためにも、まずは彼らに落ち着いて貰わなければならんな」
チャドが制止する隙も与えず、まだ老人というには若すぎる男はずんずん廊下を進んでいく。
数十秒後、男の姿は議場、さらに詳しく言えば壇上にあった。
人目に晒されることにもすっかり慣れているその堂々とした姿に、議場に入るなりまっすぐ壇上に向かうその態度に、謎の男が乱入してきたという事実に議員たちの怒声は下火になった。が、
「私はギャラルホルン火星支部司令、フェーク・メイクスだ」
たった一言で再び議会は荒れた。
そんな様子をしばらく我関せずといった風に眺めていたメイクスは、ある程度騒ぎが収まったのを見て口を開く。
「此度の件につきまして、ギャラルホルンとしての公式見解、そして今後の対応について述べさせて頂きたい。お互い、そこから協議しなければならないこともあるでしょう」
芝居がかった口調と身振りは、聴衆の反応を楽しんでいるとしか思えなかった。
「まずは今回の爆破テロの実行犯、正面玄関の少年と議場の少女、あの二人の所属です。ギャラルホルンの調査により、彼らの所属は『鉄華団』であることが判明しました」
議場に踏み込む勇気もなく、中継を見ていたチャドが声もなく固まった。
いいかげん騒ぎ立てることにも疲れた議員たちは静まり返っている。
「八年前、マクギリス・ファリド事件の時に壊滅したと思われていた彼らは、個人IDの改竄によって身分を、経歴を偽り生き延びていました。そして虎視眈々と、自分たちを滅ぼしたギャラルホルンへの復讐の機会を窺っていたのです …… そして今、ラスタル政権の気の緩みと驕りが最高潮に達したのを見て行動を起こしたのでしょう。もはや別人となった彼らがどこに身を潜め、誰を狙っているのか。我々ギャラルホルンが威信をかけて捜索した結果、そのすべての所在が確認できました。これをご覧ください」
メイクスの背後、超大型の画面に数十人からの顔写真が整列する。そこにはライドたち雷電隊の面々からユージンやチャド、さらには町工場を立ち上げたナディ・雪之丞・カッサパやヤマギ・ギルマトン、タカキ・ウノまでもが映し出されている。
ご丁寧に、今の所属まで添えて。
「小さな工廠で兵器の調達を行う者、アーブラウの政権中枢を狙う者、幼い子どもに過激思想を植え付ける者、その役目は様々です。そして、魔の手はここ火星において最も大きな力のもとへ潜り込んだ。そう、あなたたちにとっても、見覚えのある者がいるはずだ」
ぽん、とメイクスが講壇を叩くと、二枚の写真が拡大される。言うまでもなく、チャドとユージンのものだ。
「さて、私から話すべきはここまでだ。後は直接、彼らに聞くといい」
どこまでも怠慢で、愚鈍で、誇りだけは高い地球の政治家とは違う。まったくのゼロと言っていい状態から火星自治政府の運営を主導してきた火星の政治家は根っからの行動派である。
メイクスの言わんとすることを理解した者から、我先にと数十メートルの距離を駆け出しクーデリアの執務室へなだれ込む。
もぬけの殻となった、だだっ広い空間へと。
興奮冷めやらぬ彼らの前に、一枚のメモが残されている。
「真実を確かめてくる。すべては自分の目で見て、肌で感じるところから始まるのだ」
丁寧な筆跡から強い覚悟が滲み出す。
何もかも、誰もかれもが変わっていくなかでただ一人、クーデリア・藍那・バーンスタインだけが確固たる信念を変わらずに抱き続けている。
※※
「さて、君たちをどう処分したものか」
満身創痍のアガレス。もちろんそれは神奈やリュウゴ、守備隊の機体にも当てはまる事実だが、互いに傷だらけであればこそギャラルホルン側の数の優位性は大きな壁だった。
八年の間、復讐を夢見てきたラスタル・エリオンが悠々と生身を晒しているのを目前にしながら何もできない身体を恨めしくさえ思うライドだが、リミッターを解除してアガレスと感覚器官を百パーセント以上にまで同調させた代償は高くついていた。
右腕の感覚がない。
ついさっきまで、操縦桿を通して伝わる殴打の衝撃に激痛が走り、悲鳴をあげていた腕はもう何も言ってはくれないのだった。
そして当然のことながら、ヴィーンゴールヴに殴り込みをかけてから数えて数十分にも及ぶ長時間の戦闘の末、全身に蓄積した疲労はライドの根性や激情を萎えさせてしまうほどに重たくのしかかってくる。
「動くな」
見かねた神奈たちがアガレスに駆け寄る。銃を構えて制止するギャラルホルンの警告に、むしろ戦意をかきたてられているようでさえある。ラムズ・ロディが大槍を掲げ、獅電改がガントレットを握る。
「てめぇらだけでモビルアーマーを倒すこともできなかったくせに、オレたちには勝てると思ってそういう態度を取る。世界の警察を謳う組織にしちゃ、ひどくダサい真似をしてくれる」
吐き捨てる獅電改のパイロットの声は、もちろん戦場の全域に聞こえている。しかし挑発を受けるギャラルホルン側とて、譲れないものがあった。
「モビルアーマーだとて、お前らが引き連れてきたのだろう? まともに制御できんものを実戦投入しようなどと、底が知れる」
一触即発。
共通の敵を失えば、もとより水と油の存在である雷電隊とギャラルホルンの敵対を、廃墟と呼んで差し支えない程度に壊れたヴィーンゴールヴの背景が演出する。
「捕らえろ」
短く発せられた命令に、しかし即座に対応できる機体はなかった。
隊長格が乗るシュヴァルベ・グレイズも、率いられるグレイズ・シルトも、那弥木たち第十三特務大隊のレギンレイズ・カスタムも、満足に四肢を動かせるものはひとつもない。まして「捕らえる」対象の中には、アガレスとフォカロル、二機のガンダムがある。
二本の足で機体を立たせることに全神経を注ぐ守備隊の隊員たちの視線は、一か所に集まった。
キマリスヴィダール。
そしてジュリエッタ・ジュリス。
「 …… 」
万全とは言えないまでも相応の余力を残し、なおかつ機体性能と操縦技量、求められる条件をすべて満たした兵士が、そこにいる。
しかし、キマリスの文字通りの鉄面皮は、微動だにしない。
その奥にあるのは確固たる意思や信念ではなく、渦巻く戸惑いだった。
「どうした、ジュリエッタ。武装解除ののち、拘束。普段と何も変わらない、賊への対応を求めている」
上司、どころか兵士としての立場から見れば神にも等しい総司令、ラスタルの言葉にもその指一本動かそうとしない。パラパラと瓦礫が崩れ落ちる乾いた音だけが響く。
「ラスタル様は」
長い長い沈黙ののち、絞り出した言葉は。
「ラスタル様は、大義とは何だと思われますか」
「愚問だな。世界を治めるシステムに逆らい、一般の大衆に危害を加える者を排し、混乱をもたらす逆賊を世界から失くすことだ」
迷いのない即答。
八年間日増しに膨らみ続け、この三か月でさらに強くなった鬱屈としたジュリエッタの感情を晴らすには足りない言葉だったが、その場かぎりの言い逃れには十分だった。ようやく動き出したキマリスの、字義通りに重たい身体がアガレスに近付く。警戒を強める神奈たちだが、守備隊同様に傷だらけの機体でガンダムを相手取ることへの恐怖が少なからず態度から漏れ出している。
歴戦の猛者というのは立ち塞がるものすべてをなぎ払う力を持った人間のことではなく、最も易しい道を見極め選びとる力を持った人間なのだ。
「剣を収めてください。罪状が長く、分厚くなるだけですよ」
「お前たちが犯してきた罪に比べれば、軽いものだろうさ」
「理解して頂けないなら、力ずくで行くしかありませんが」
「是非そうしてもらいたいな。お前たちの罪状が、私の命ぶんだけ重くなる」
「虜囚は恥、ですか? 随分と前時代的な思考ですね。まあ、この場合は正当防衛でしょうか」
「ああ、どちらが死んでもそれで片付く。まさか部下を使うなんてせこい真似はしないだろう? 」
「待ってください」
高まっていく熱が、その先がフォカロルに向けられた。
「いや、ああ、オレじゃないんだが」
ロウの言葉に被せるようにして、ギャラルホルン組には馴染みのない声が届く。
「交渉に、応じて頂きましょう。『戦場の乙女』、そしてラスタル・エリオン総司令殿」
このような場においても一切揺るぎない凛とした声。
「私は雷電隊の参謀、ウィリアム・ヴェリーハット。少しばかり、お話の場を頂きたい」
既にライドは気を失っていた。
※※
十分後、ライドはヴィーンゴールヴの医務室へ運び込まれていた。
すなわち、ウィリアムは十分とかけずにラスタルとの交渉をまとめあげたということである。
「私たちが保有する戦力がこれだけだとお思いですか? アガレス、フォカロル、そしてタブリス。強力な駒ではありますが、ギャラルホルンの体制を覆すには足りないことは百も承知。しかし、今回はこれで終わり …… つまり、我々は先鋒に過ぎないのです。この意味は、伝わると思いますが」
要は、その気になればいくらでも戦力を投入できると、ギャラルホルンも殲滅しうるという脅しだ。
「こうしてお前がのんびりと話していることが、増援は見込めないということの裏付けだと思うがね」
「我々が捨て駒だとお思いなら、なおさら敵対は無益です。首魁が誰なのかご存知なら、取るべき対応も自ずと導き出されるでしょう」
ふむ、と動きを止めるラスタル。
賊の言うことだからと切り捨てず、ひとつひとつ可能性を検討する辺りはさすが司令官の器といえる。
「素直に情報を提供するなら、条約に基づいた扱いはしてやろう」
終始、ジュリエッタが言葉を発することはなかった。