鉄血のオルフェンズ 残華   作:イング・ディライド

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鉄の花弁、血の花粉

 錆びた鉄と散乱する血痕の酸っぱい臭いを、風にあおられた乾いた砂が消していく。しかし、数秒と経たずに新しい廃材と血の滴が砂の大地を削り、そしてまた上に砂が覆い被さる。

 

「突出し過ぎです、下がってください」

「お前たちが下がっていればかたがつく、事後処理でもしていればいいさ。どのみち砂漠で長期戦なんてできないだろう」

 

 マンロディ、ユーゴーなどの旧型の他にもグレイズの改修機や見覚えのない新型が見える。数はおよそ六十といったところだろうか、自身を取り囲んで放射状に広がる敵陣の中に、アガレスは躊躇うことなく跳躍した。

 

「指揮下に入るって話じゃなかったんですか?」

「協力するとはいったが、連携するとは言わなかったはずだ」

 

 無謀とも狂気とも取れるライドの奇行に一瞬だけ円陣が乱れる。すぐに気を持ち直してアガレスに相対した者から順に、サッカーボールのごとく弾き飛ばされることになった光景を見て、ジュリエッタは同情の念を覚えずにはいられなかった。

 

「悪いね、こういうやり方しかできないんだよ、オレたちは。一度請け負った以上やるべきことはきっちりやらせてもらうさ、信用にかけてもな」

 

 ジュリエッタの隣にいたフォカロルが予備動作もなくふわりと浮き上がる。キマリスヴィダールのモニター片隅に警告メッセージが表示される。それを非表示にして、ジュリエッタも操縦桿を押し込んだ。

 

「大口叩いておいて、たくさんこぼしてるじゃないですか!! 」

 

 全長二十メートルのランスをぶんぶんと振り回し敵を蹴散らすさまは、駄々をこねる子どものようにも見えた。

 

 

 

 ラスタルたちにマクギリスの言葉が届いてから半月。事態の進行は想像以上に早く、まずはアフリカンユニオンの地方都市郊外にあったギャラルホルンの支部が武力にものを言わせた脅迫を受けた。

 曰く、『見返りのないものにこれ以上の投資をすることは無意味である』と。

 軟弱な軍に対しては貸す土地もなければ金銭的な優遇措置もない、早く出ていけということだ。

 司令官はそれなりに肝が据わった人物で、その時点で相当数の敵に囲まれていながら要求も交渉のテーブルに着くことも拒否したのだが、それに対してアフリカンユニオン軍が取った作戦は「兵糧攻め」。古風ではあるが敵の戦意を挫くにはこれ以上ない適策だといえる。戦力の質でいえば圧倒的にギャラルホルンが有利ではあるが、一国の軍をまるまる相手取れば物量の差に勝てるわけもない。

 そして、ヴィーンゴールヴへ救援要請が届いた。

 

「我々の姿勢を示すためにも、易々と屈するわけにはいかん」

 

 こうして、急遽、迅速かつ柔軟な行動が取れる派遣部隊が編成される運びとなった。

 しかしヴィーンゴールヴとて万全の態勢ではない。必然的に、部隊編成には少数精鋭の方針が取られた。

 

 指揮官にガエリオ・ボードウィン。

 モビルスーツ隊にジュリエッタ・ジュリス、那弥木・シーミア。そして、

 

「オレも行く」

「右に同じ」

 

 ライド・マッスとバドイ・ロウ。二人の威勢にラスタルが目を細める。

 

「あなたたちは捕虜も同然ですよ? そんなこと許されるわけが …… 」

「ガンダム・フレーム二機とそれに慣熟したパイロット。貴重な戦力だと思うが」

「言っただろ? マクギリスとはもう縁を切った。ギャラルホルンに入隊するつもりはないが、あれが敵なら力になりたい」

 

 かくして、前代未聞の混成部隊の完成である。

 そしてボードウィン家所有の輸送機にそれぞれの乗機を積み込み、支部上空に差し掛かった途端飛び降りたアガレスが戦端を開き、今に至る。

 

 

 

 アガレス、フォカロル、キマリスヴィダール。

 三機ものガンダムが戦場に姿を現せば、誰であろうと足がすくむ。ましてやそれがギャラルホルンのものであり、それを敵に回しているとなればなおさら恐怖は増大する。

 何の障害物もなく、地形の起伏もない単調な砂漠の光景に血溜まりが広がっていくように、少しずつ敵の陣形が崩れていく。獣さながらの三機が混沌を加速させてゆくのを鳥瞰するかたちの那弥木は、誰にも聞こえないよう気を払ってひとり静かに息を吐いた。

 

 この場所に、私は必要なのか?

 

 詮のない考えが胸の隅をちくちくと刺している。身体の端から言い表しようのない感情が這い上がってくる感覚に、那弥木は思わず身震いした。

 空戦試験型のレギンレイズで上空から補足した敵の動きを味方に共有する、重要な任務ではあるし、ガンダムのパイロットたちと比べて自身の操縦技量が劣ることを考えても適任だとは思うが、それでも。

 あの三人なら、索敵も策略も何もなく正面から突っ込んでも平気な顔をして勝利をおさめるのではないか。そして、改めて考えるのだ。

 ここに自分は必要か、と。

 それはギャラルホルン入隊直後に抱いたものにも似た青臭い心境。

 ガンダムから離れた位置にいる手持ち無沙汰の敵機から浴びせられる砲弾を未だ固さの残る動きで避け続けながら、ぐるぐると意味のない思考を巡らせる。

 

「レギンレイズ、前に出すぎだ」

 

 飛び込んできたガエリオの声に慌てて周囲を見回す。眼下に蠢く敵の数からかなり奥まで入り込んでしまったらしいことを悟り後退しようとするも、それを易々と許すほどアフリカンユニオンの軍も甘くはない。バケツをひっくり返した豪雨のような鉛弾の大群に退路を塞がれ、やむなく反撃を打ち込んでみても焼け石に水だ。気付けばエイハブ粒子の濃度が上がりすぎた戦場ではレーダーが機能しなくなっていた。けたたましく鳴り響く警告音すらかき消してしまう発砲音は止まることを知らない。モニターに更新されてゆくのは被弾箇所を示す赤色ばかり。

 がつん、とひときわ大きな衝撃が襲う。

 五感が麻痺する断続的な震動に気力だけで耐えていた那弥木も、脳を直接揺らされたようなダメージに堪えきれず唾液混じりの血を吐いた。真っ白になった視界がじわじわと赤く染まり、さらに外側から黒く塗りつぶされていく。オートパイロットの起動ボタンへ伸ばされた腕は空を掴み、そして力なくだらりと垂れ下がった。

 

 

 

※※

 

 

 

 手入れが行き届いていることを感じさせる清潔感のある壁と天井が流れていく。宝石の輝きもかくやと思うほどの純白がややくすんでいるのは掃除が甘いからではなく、ここが歴戦の前線基地であることを示すサインのようなものだ。足早に通り過ぎていく者、同情と好奇の混ざった視線を向けてくる者、携帯端末を片手にぶつぶつ言いながら歩く者、皆が皆忙しなく働いている様子だった。

 いたたまれなさにたまらず身を起こそうとして、全身に走った激痛に阻まれる。呻き声を上げることは堪えたものの、身じろぎした気配を察してジュリエッタが振り向いた。

 

「気付きましたか。しばらくは安静にしていてください、と医者が言っていました」

「 …… 」

 

 声にならない声が返事になったかどうかは分からない。もともとジュリエッタはその辺りの気遣いに疎い人間だから、気付いたとしても反応は返してくれまい。

 寝かせられたストレッチャーがタイルの継ぎ目を越える度に小刻みな揺れが感じられるが、それはむしろ少し心地いい感覚だった。

 

「どこまで覚えていますか? 」

「機体が落ちていくところまでは」

 

 その時の揺れがフライトユニットへの被弾だったことはかろうじて覚えていた。レギンレイズとの接続部分が破損し、バランスを崩した機体が少しずつ加速しながら落ちていくのを、他人事のように冷めた頭で感じていた。

 もう、ここで死ぬのだと思った。敵陣のど真ん中にたった一人墜落して、無事でいられるはずがないと。なのに。

 

「なぜ、私は生きているんですか」

「死にたかったわけではないのでしょう? 」

 

 挑発的なジュリエッタの言葉に飛び起きようとして、また激痛に襲われる。ふっとジュリエッタが浮かべた笑みは、他人の不幸を笑うものではなかった。

 

「少し休んでいてください、今後の行動についてはこれから決定します。 …… 『現実的な思考』と『悲観的な思考』は違います、シーミア二尉。あなたの欠点は自分を過小評価しすぎることです」

 

 では、と立ち去るジュリエッタの背中にかける言葉もなく、那弥木はそれをぼんやりと見送った。

 

 

 

 部屋に入った途端に、極東の梅雨の時期のような蒸し暑さを感じた。乾燥という概念そのもののようなこの大陸において、である。

 

「すみません、遅くなりました」

 

 安物のパイプ椅子に腰を下ろしたジュリエッタに先客――ガエリオ、ライド、ロウ、そして基地司令のエルバ・マーセリーの四人――の視線が刺さる。少なくともこの基地において状況は好転したというのに、重苦しい空気が部屋を満たしていた。

 会議にはあと一人、今は各地を飛び回って情報を集めている雷電隊非戦闘員をまとめるウィリアムがモニター越しに出席するはずだったがそちらはまだのようだった。

 

「先ほどは、ありがとうございました」

 

 しばらくは会議が始まらないであろうことを察したジュリエッタが、おもむろにライドへ言葉を投げる。つい二時間ほど前、ライドが那弥木のレギンレイズを救出したことへの礼だ。敵陣深くへ一人で切り込み、自分の命すら省みない突撃の末にレギンレイズを抱え込み、そのまま敵をなぎ倒しながら戻ってきた。アフリカンユニオン軍がここの包囲を解いて後退したのも、ほぼアガレス単機を恐れた結果だと思える。

 

「しかし無茶をする。今は君も私たちにとって重要な戦力なのだから、少しくらいは自分の心配もしてほしいものだ」

 

 感謝半分、怒り半分といったガエリオの言葉に、表情ひとつ変えることなく何の感慨もなく、さして当然のようにライドが答える。

 

「仲間を見捨てるなんて選択肢はない」

 

 呆れ、とはまた違う感情のこもったため息を吐いて、ガエリオは会話を打ち切った。後を引き継ぐ言葉もなく、ジュリエッタも口を閉ざす。

 幸い、すぐにウィリアムが顔を出したので、ジュリエッタにとって針のむしろのような沈黙はすぐに終わったのだった。

 

 

 

「アフリカンユニオンは公式発表なしに軍を動かしていたため、しばらく表立った行動はできないでしょう」

 

 ウィリアムがつい今朝発刊されたばかりの新聞の中にひっそりと掲載されている記事を指で叩く。どこの国でも、マスコミは国民の知る権利と権力への従属を両立させようとこうして『記事を書いた』事実を作っておくのだ。

 

「AEU、アーブラウ、オセアニア連邦は表向き、変わらず静観を決め込んでいますが」

 

 わざわざ言葉を切って想像の余地を残すまでもなく、結果は分かりきっている。

 

「マクギリス・ファリドないしバルコーナ・ヨーゼンと連絡を取っていることは確認できました」

 

 とはいえ、改めて言葉にされるとその事実は重い。ライドの言った「バトルロワイヤル」が正しいとしても始めに潰されるのは確実にギャラルホルンだろう。

 

「エリオン公はなんと? 」

 

 ライドやロウへも慇懃ながら配慮をしてくれている、クソ真面目な軍人気質を持つエルバが口を開く。公の場に立つときの勢いはどこへやらといったジュリエッタも、おずおずと視線で答えを促した。

 

「まずは結束させないこと、潰し合わせること。『共通認識』を持たせないことだと」

「待て」

 

 たまらず口を挟んだライドへ一斉に注目が集まる。

 

「それじゃあ八年前と同じだろう。また戦火を拡大させて犠牲を増やすのか? ギャラルホルンの体裁を守る、それだけのために」

「きれいごとだけで世界が成り立たないことは分かるだろう。恨まれても仕方のないことだとは思うが、結果的に間違ってはいなかった」

「策を巡らせ、事態を複雑にすればそれだけ敵にもつけ入る隙を与えることになる。あの時だって、状況を完全には制御できていなかっただろう? 」

「予想外のことが起こるのは世の必然。万全を期したうえでなお、私たちは予測の外にある状況へ柔軟に対応するための訓練と覚悟を済ませている」

 

 バチバチと火花が散るライドとエルバの舌戦に、黙していたガエリオが顔を上げた。

 

「責任は取る。引責辞任だろうと公開処刑だろうと、これを収めることができたなら私の尊厳など捨てても構わない。だから、もう少し建設的な議論をしよう」

 

 部屋の空気が変わったとライドが感じたのは、気のせいではあるまい。水を打ったように静まり返る中、ライドは八つ当たりとばかりにジュリエッタを睨み付けたが、視線を向けられたジュリエッタの方はすぐに目を反らした。

 怯えたとか驚いたとかいう反応でないのは明かだった。

 

「分かったよ、話を進めよう」

 

 ふてくされたような感情が声に乗らないよう、努めて平静にライドは言った。

 

 

 

 

「まず、目に入れておいて頂きたいものがあります」

 

 ウィリアムが提示した資料には、ここ数か月の間に雷電隊の隊員が集めたデータがまとめられていた。

 火星圏、金星圏、月、そして南極大陸。どれも人が寄り付くことのない辺鄙な場所の、風景写真家が好みそうな静かな光景を写した画像データだが、そのどれにも一点だけ明らかに周囲の調和を乱す存在がいた。

 人工物であることを主張する無骨な金属色に塗られたそれらは、形状の差こそあれギャラルホルンが所有する探査船だとガエリオが即座に看破する。さらに拡大された写真には、紫色で描かれた特徴的な紋様が見てとれる。立派な牙を見せつけるように誇らしげな表情を浮かべる狼。見間違えるはずもない、ファリド家の紋章だ。

 

「アグニカ・レコードの解析が終わった、と見るべきか」

 

 ライドの言葉にガエリオは鉛を呑んだような顔をする。

 

「都市伝説の類いだと思っていたがな …… 」

 

 あのラスタルですら、警戒はしていても存在そのものには懐疑的だったのだ。しかし噂に聞くレコードの内容が事実ならば、とうてい看過していいものではない。

 休眠状態にあるモビルアーマー、失われたと思われているガンダム・フレームの所在。多くのロストテクノロジー。

 一度目覚めさせれば、今くすぶっている火種は容易に地球から立ち上る火柱へと変わる。

 

「そしてここからが本題なのですが …… 。ラスタル・エリオン曰く、アグニカ・レコード以外にも一点だけ、厄祭戦の遺物の所在を記したものがあったと」

「スキップジャックのコンピュータか」

「ご名答です」

 

 スキップジャックのコンピュータに厳重なロックがかけられた絶対不可侵領域が存在することは、アリアンロッド艦隊クルーの中ではかなり有名な話だった。厄祭戦時に建造された要塞兵器であることを考えれば、その中に厄祭戦のデータがあることは想像に難くない。

 

「しかし複数の目標が存在するなら待ち伏せは意味をなさないでしょう。ちまちまと尻尾を切っていても何も解決しません」

「確実とは言いませんが、我々が知る情報からマクギリスの居場所は割れており、動かせる人間もおよそ把握できています。ラスタルが予測した、次なるマクギリスの目標は、ここです」

 

 モニター上のマップに、鋭い赤色の光点が現れる。ラグランジュ・ポイントですらない辺境の、ライドどころかガエリオですら馴染みのない宙域だった。

 

「厄祭戦後に放棄された、ビフレスト要塞です」

 

 その名が示すとおり、かつては地球と火星の交易路を見守るために建造されたものなのだが、戦乱の余波で航路は使えなくなり、戦争も終われば金食い虫でしかない。コロニーの設置もままならないラグランジュ・ポイントの外となれば、誰も気を向ける者はいなかった。

 

「しかしラグランジュでもない宙域に置いたものがなぜ、三百年も同じ位置にいられるんだ? 」

「厄祭戦時に失われた技術です。常に地球との位置関係を計算して座標を修正する全自動化されたシステム。とはいえそれも完全ではないので設置当初とはかなり異なる位置にありますし、あと十年もすれば地球から離れていくと予想されていますが」

 

 本題から逸れる話にもすらすらと淀みなく答えるウィリアムは、制服さえ着ていればギャラルホルンの士官だと言われても疑いようがないほどだった。教師なんかにも向いているかもしれないな、とライドは場違いなことを考えた。

 

「我々の予想では、マクギリスがここに手をつけるとすれば最速で十日。いち艦隊の派遣は無理でも、あなたたちだけならじゅうぶん間に合うでしょう? 」

 

 ついこの間まで部下だったはずの、いや今も部下のはずのウィリアムが焚き付けるようなことを言うのは複雑な心境だが、そんなのはそもそも今に始まったことではなかった。明らかに自分が行く気はない、という姿勢にはややいら立ちを覚えるが。

 

「マクギリス本人が来るという確証は? 」

「ビフレスト要塞に眠るのはモビルアーマー、『ヘルビム』。スキップジャックにある記録の中では最も上位の機種です。とはいえ、博打であることに変わりはありませんが」

「俺たちが行くことをリークすればいい。必ず来るさ」

 

 最もマクギリスのことをよく知るガエリオがそう断定すれば、それ以上部外者が口を挟む余地はなかった。

 




ウルズハントがようやくリリース時期決定みたいで、けっこう楽しみにしてる作者です(UCエンゲージ?知らないな、そんなものは)

昨今のガンプラ争奪戦でグレモリーは買えてませんが、その分どんどん進めて行ければな、と思ってます。
毎年買おう買おうと思って足踏みしてるガンプラ福袋、特にこのご時世は地雷が多そうなのでやっぱりスルーですかねぇ。

今年の更新は最後になりますが、ここまで読んでくださってる方々には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

よいお年をお迎えください。
そして、来年もよろしくお願いいたします。
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