鉄血のオルフェンズ 残華   作:イング・ディライド

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荒野の種火は山を燃やす業火となるか

 火星軌道上を周回するステーション、ギャラルホルン火星支部の本拠地アーレス。それが今、巨大な身体に突き刺さったたった一発の弾丸によって真っ赤な炎に包まれていた。

 

「初弾命中。機体と共に帰投します。ご武運を」

「助かったよ。決して気取られぬようにな」

 

 火星近辺、といっても地表どころかアーレスからでも観測できない位置に浮かぶ中継ステーション・アリアドネの上に、獣のような四足を食い込ませた機体があった。

 背中の長大な砲身からモビルスーツ単機では考えられない超長距離射撃を行い、その衝撃を安定した足場に受け流し、そして兵器としての汎用性を重視した人型に戻ると、あらかじめ往復分の燃料を詰めておいた追加ブースターに点火してドックへ帰投する。隠密作戦ゆえ、普段は純白に塗装されている装甲を漆黒に包んでいた。闇夜に紛れて獲物を狙うその姿は、まさに肉食獣そのものといえる。アリアドネに張りついている間、二つのリアクターから生成されるエイハブ粒子の波によって通信にノイズが混ざってしまうが、それを確認する者はない。

 ここからは、アーレス内部に潜入したマクギリス、アルミリアたちの見せ場だった。

 

「a班は中枢の制圧を最優先。b班、c班はルートの確保。d班は弾頭の回収を急げ。順次、手が空きしだいa班に合流。五分で終わらせるぞ」

 

 マクギリスの指示のもと、ギャラルホルンの制服で忍び込んだ『エインヘリアル』のメンバーたちが正規の隊員たちに牙を剥く。同じ格好をしている仲間が突然銃を乱射してきたとあって、施設内はたちまちパニックになった。

 

「懐かしいな。偽りの記憶といえど、もうあれから八年も経ったと思えば多少の感慨も沸くものか」

 

 天井から吊るされた照明の光を反射するほど丁寧に磨き上げられた床と壁は、常人に比べ刺激に弱いマクギリスの網膜に深く突き刺さる。あらかじめ遮光メガネを用意していなければ、指令室にたどり着く頃には失明していたかもしれなかった。この火星支部が八年前と変わらずとも、マクギリスにとって八年間という時間のなかで変わったことは多すぎた。

 

「思い出に耽るのは後にしてください、准将。いくらあなたが長年にわたって練り上げた構想といえど、フェーク・メイクスが指揮する部隊となれば遠い未来ばかりを見ているわけにはいきません」

「分かっている、新江。初めから君の協力がなければ成り立たない作戦だ。頼りにしている」

 

 直接言葉を向けられた新江も、傍らでそれを聞いていたアルミリアも、そのセリフにはうすら寒い感覚を抱いたが、マクギリス相手に感情を抑えるのはもう慣れたものだった。

 

「我々は最短で指令部に向かう。それぞれ指揮下の部隊の戦闘状況を把握しておけ」

 

 マクギリスという男の心は、誰にも見えてはいない。

 

「隔壁閉鎖、クルーの退避急げ」

「第六区画の制御、乗っ取られました」

「第三区画、通信途絶」

「外部との通信回線、遮断されました」

「第二、第三ハッチ制御奪われました。パトロール隊、帰投できません」

 

 指令室に飛び交う現状報告は、悲鳴にも似た叫び声ばかり。中央の席に座る火星支部の司令、フェーク・メイクスは達観したような落ち着いた表情を浮かべていた。

 ノブリス・ゴルドンのところとの通信を切ってから五分と経っていない。どこか違和感を覚えはしたが、まさかここまで敵の動きが早いとは思わなかった。ハッチは封鎖されてモビルスーツの出入りが禁じられ、制御を奪われた区画は隔壁も作動しない。真っ先に空気と水の循環システムを制圧され、援軍を待っての持久戦の道も絶たれていた。

 マクギリス・ファリド事件以降、明言はされずとも目に見えて規模を縮小されたギャラルホルン火星支部の軍事拠点は、今やここアーレスのみである。『火星連合が自治を行う妨げになってはならない』との名目と、一部将校のマクギリス・ファリドとの癒着が露見した故の措置ではあるが、ラスタルがクーデリア、ひいてはテイワズのマクマード・バリストンに対して恩を売るための政策というのが一番の理由だろう。

 その判断のため、ギャラルホルンとの癒着が消えた代わりにテイワズの影響力が強まっているというのは皮肉に過ぎるが。仮にも世界の警察を名乗り犯罪行為を取り締まってきたギャラルホルンと違い、いくらトップがまともな思考回路を有して正確な判断を下せる逸材であったとしても所詮テイワズはアンダーグラウンドの住人、結局のところは利権とそれに伴う金によってのみ動くのが常である。まだ行政に不慣れな火星連合のアドバイザーとして多くのテイワズスタッフが政府に入り込み、火星ハーフメタルの採掘場を筆頭に多くの施設の利権を『経営の健全化』の名目で奪い取る。

 火星が地球の勢力から独立したとはいえ、民衆に還元される利益、メリットはほとんどなかったと言っていい。一部の税金に関しては地球の資本が入らなくなったぶん税率が引き上げられたほどだ。

 ラスタル・エリオンとマクマード・バリストン、互いのトップが同盟を結んでいる以上、公式的には友好的なギャラルホルンとテイワズではあるが、こと火星支部とテイワズの下部組織との対立に関しては表面化しないだけでかなり危険な状態が続いていた。両者が仮にも友好的な関係を築けているのは、前任の新江・プロトとフェーク・メイクスの狡猾な立ち回りのたまものだった。

 

 しかし、そんな名声も所詮は平穏を守るための地道な努力に過ぎず、紛争を終わらせたジュリエッタのような功績に比べれば評価の対象にもならない。他人受けがいいのは目に見えて成果が分かるタイプの功績であり、現状を維持するために尽力したとて『彼がいなければどうなっていたか』が分からない以上すべてをフェーク・メイクスの功績とは認めてもらえない。となればギャラルホルン本部に戻っても居場所などあるはずもなく、そもそも事態がここに至っては安全に脱出できる保証もない。脱出艇を撃墜されることも十分あり得る。

 せめて部下の命を守れるよう交渉しつつ、適当な頃合いを見て自害するのが最善か。

 そこまで思考を巡らせたところで、司令室の扉が開いた。それはこの施設内の全システムが奪われたことを意味していた。

 

「久しぶりですね、メイクス司令」

 

 背後からの声。聞き覚えのあるその声に、メイクスは耳を疑った。あわてて振り向いた彼の目は、十人ほどの武装集団を捉えた。しかし人数などどうだっていい。その十人の中に少なくとも三人、メイクスが、いやギャラルホルンの隊員なら誰もが知る顔が含まれていた。どう考えてもここにいるはずのない、そしてアンバランスであり得ない組み合わせの三人が。

 

「さすがは『般若教官』、私がいた頃とは兵士の練度が全然違いますね。想像以上に手こずらされましたよ。しかし、久方ぶりに再会する教え子に対して酷い歓迎ではありませんか」

 

 短い茶髪、貼りつけたような感情のない薄っぺらい笑顔、恰幅のいいその姿。

 

「新江か・・・!! 」

 

 ギャラルホルン火星支部の元司令、フェーク・メイクスの前任。

 新江・プロト。

 

「感動の再会、といったところか。水を差して申し訳ないがメイクス司令、直ちに隊員の抵抗をやめさせてくれないでしょうか。こちらとしても、無用な犠牲を増やしたくはないのです」

 

 金髪碧眼、端正な顔立ち。身売りの少年からギャラルホルンのセブンスターズにのしあがり、さらにそのギャラルホルンに反旗を翻し、かつて世界を震わせた戦乱の首謀者。

 マクギリス・ファリド。

 

「そこ、余計なことはしないで。動いたら撃つわよ」

 

 セブンスターズの一画、ボードウィン家に属しながらもファリド家の男との政略結婚に身をやつした幼い少女。

 アルミリア・ボードウィン。

 

「悪いが、こちらも火星支部始まって以来の珍客に対応を決めかねていたのでね。何せ、既に死んだ男と退官した元支部長、そして元セブンスターズのご令嬢ときている。いち地方基地司令が判断する域を越えているよ」

 

 なんとか形だけは取り繕って見くびられないようには努めてみるも、メイクスにとってそれは施設を攻撃され、五分足らずで制圧された衝撃を遥かに上回る驚愕だった。メイクスの知る限り、新江・プロトは八年前にはマクギリス派でありながらそれを裏切ってラスタルに与し、新生ギャラルホルン内での立場を確立したはず。それがマクギリスと共に立っているとはどういうことか。

 それよりも何よりも、マクギリス・ファリドは死んだはずだ。ガンダムバエル単機でアリアンロッド艦隊に突っ込んで戦死、その記録がギャラルホルンのデータベースにしっかりと記載されている。

 

「私は初めから徹頭徹尾マクギリス派なんですよ、メイクス司令。新生ギャラルホルンに残ったのも、仲間たちに内部の情報を流すためです。『敵を倒すには狡猾であれ』、あなたから教わったことです」

 

 ふっ、と突然、新江の顔からうすら寒い微笑が消える。肩に掛けていたベルトを外して銃を下ろし、腰に吊った拳銃も足下に落とす。

 

「なんの真似だ」

 

 厳しい、咎めるような口調に物怖じする様子もなく、新江は淡々と告げた。

 

「メイクス『教官』、私たちの仲間になってはくれませんか」

 

 理解できなかった。

 ギャラルホルンの火星支部を預かる司令にしてかつての教官に対して、前任の司令を務めていた教え子が離反を持ちかける。あまりにも異常で、異質で、異端で、前例のない事態が起こっていた。

 

「あなたの経歴は調べさせて貰いました、フェーク・メイクス。地球で生まれながらもコロニー育ち、なんのコネもなく自力でのしあがった努力家。しかしラスタル・エリオンがあなたをここに配属したのは追放のためですよ? 功績を認めたからじゃない」

「お前のような小娘に、それが分かるものか」

「我々の仲間は既に、ギャラルホルンの奥深くまで入り込んでいる。その気になればヴィーンゴールヴのガンダム・フレームを奪う事もできる。人事評価のファイルを閲覧するくらい、大したことではない。そもそもあなたがラスタルに疎んじられる理由、あの過去がある限りあなたはここらで頭打ちだ。もう昇進には興味がないのでしょうが、飼い殺されるつもりもないでしょう? 」

「その『過去』が誰のせいで汚点になったと思っている。さんざん目をかけてやったのに、まさか飼い犬に手をかまれるとはね」

 

 しきりにステーションを揺らす爆発が次第に収まってくる。制圧が完了したブロックから順に応急処置が行われているのだ。初めから、ここを破壊するのではなく再利用するための襲撃なのだから。

 そしてこれ以上のことをマクギリスは言わなかった。新江も、アルミリアも口を閉ざす。与える情報と伝えるべき言葉は全部終わったから、あとはお前次第なのだ、と。早く結論を出せ、とも。指令室のオペレーターたちが向ける敵意などどこ吹く風、まるで我が家のリビングのように傲岸不遜、傍若無人な態度でメイクスを急かしていた。

 そして数分の沈黙。十数人からの視線を受けながら、メイクスは吐き捨てるように一言「降伏だ」と告げた。

 

「迅速な決断に感謝します、メイクス教官。そして勘違いしておられるようですが、これは脅迫ではなく勧誘、私たちからのお願いです。主導権はあなたの方にある。それをお忘れなきよう。私たちの組織は信頼とそれに基づく契約、そして互いを尊重する心によって成り立っていますので」

「フン、理想的な組織運営だな」

 

 メイクスには、ちくりと嫌味を差すくらいの気力しか残ってはいなかった。しかし、ひとつだけ最後の抵抗を試みる。それは自分が教えた男に負けたくないというプライドからくるものだったかもしれないし、今の自分が育てた男の実力を信頼してのものだったかもしれない。あるいは過去と現在、自分が教えた二人の男のどちらが優れているか、という単純な興味でもあったのだろうか。

 ともかく、自分では抵抗できないのなら、部下に任せてみる。それが指揮官に許された特権である。

 

「流仁・ヴィスフルト二尉。火星支部一の腕を持つパイロットと、そちらの代表者との決闘を申し込む」

「良いでしょう。しかし、このような形で死者が出てはたまらない。模擬戦闘用の判定システムを使用させてもらいます」

 

 もちろん、部下の命は保証されたうえでのことだ。心を読まれたようで不快ではあったが、それは加齢によって短気になっているのだと自分をごまかすことにした。

 

※※

 

「自分で人使いが荒いと思ったことはないのか? これまで何も文句を言われなかったなら、革命軍の連中はよほど人間ができてたんだろうよ」

「ぶつくさ言う前に仕事を果たしてもらいたいな。少なくともその機体を渡した分の働きはしてもらいたい」

「あんたと同じで、こっちも根回しが大変なんだよ」

 

 ノブリスのオフィスを制圧して一時間と経たず火星軌道上への呼び出しを食らったライドは、慌てて指揮権を交渉役の男、ウィリアム・ヴェリーハットに譲って現場を後にすると、宇宙港に直行して民間共同宇宙ステーション「方舟」に上がり、ノブリス名義で借りているコンテナで整備をしていた愛機に乗ってアーレスまで直行してきたのだ。

 その間、わずか一日に満たない。近年、方舟と宇宙港の定期便のチケットがほとんどテイワズ関係者の特権で埋まっていることを考慮すれば、なんのコネもない民間人が直近の便で席を取れたこと事態が奇跡だった。

 チケットが取れてしまったせいで、待ち時間に仮眠を取るつもりだったライドの計画が台無しになってしまったのは深刻な問題ではあったが。

 ノブリスのオフィスを強襲する計画のため、実行のまる一日前から休息を取っていないライドにとって、ささやかな希望が絶たれたのだった。

 

「先に言っておくが、コクピットを狙うのは禁止だ。手足をもぐくらいなら構わないが、パイロットには絶対に手を出すな。阿羅耶識も禁止だ、機体性能の差もあるからな。そのくらいのハンデは余裕だろう」

「注文が多いな、こっちは疲れてるんだ。とっとと終わらせて休ませて貰うぜ」

 

 決闘、という言葉に込められた緊張感や緊迫感、その重みなど意に介さない、呑気とも取れる二人の会話は、当然アーレス指令部にいるメイクスにも聞こえている。そしてそこから通信を繋ぐ、『レギンレイズ』コクピット内の流仁・ヴィスフルトにも。

 

「相手がガンダム・フレームだなんて聞いてませんよ、司令」

「落ち着いていつも通りにやればいい。薄っぺらい言葉かもしれんが、君の命と実力は私が保証する」

 

 メイクスの激励にも、流仁は納得いかずに情けない顔のままだった。

 無理もない。

 マクギリスがライドに与えた機体、ガンダムアガレスは、ガンダム・フレームの中でも特に異質なコンセプトに基づいた異形の体躯を持ち、その姿は人型として認識できるかどうかぎりぎりのラインだった。

 ガンダム・フレーム特有のツインアイは片眼が装甲で覆われて隻眼となり、額に備えたアンテナはV字の片側が折れている。胴体は異常に小さく、そのせいで下半身と上半身がひどくアンバランスな印象を与えた。しかし最大の特徴はその腕にあり、通常のモビルスーツと同サイズ程度の左腕に比べ、右腕が一回りもふた回りも大きい。気をつけて機体を見れば、ガンダム・フレームに備えられた二基のリアクター、それが一般的な胸部に二基の配置ではなく、左胸に一基、肥大化した右腕に一基の配置であることに気付く。つまり、とてつもない質量と鋭い爪を備えたアガレスの右腕は本来ならモビルスーツ一機の出力を補って余りあるエイハブリアクター一基ぶんの出力をフルに使って、右腕のみに注ぎ込んで攻撃に利用できる。厄祭戦時、モビルアーマーを極近距離まで近付いてその純粋な打撃力のみで敵を沈黙させるというコンセプトのもと建造されたいびつな機体は、対峙する者に今すぐ背を向けて逃げ出したくなるような畏怖と恐怖を与えるのに十分なプレッシャーを放っていた。

 

「では……始め」

 

 ひゅっ、と風を裂くような音が、決闘を見届けている全員に確かに聞こえた。真空の宇宙で起こりうるはずのない現象、そんなものを錯覚させるほど、まさしくアガレスの動きは怪物だった。

 セオリー通りに一歩さがってレールガンを構えるレギンレイズに対し、アガレスは躊躇なく踏み込んだ。レギンレイズと同じくたった一歩、前に踏み込んだだけ。しかしそれを、その動作を一同が認識できた時にはすべてが終わっていた。

 一歩で数千メートルを一息に駆けたアガレスは、そのスピードを乗せた右腕でレギンレイズの両足、膝から下を削り取っていた。

 

「終わりでいいか? 」

 

 あくび混じりの気だるげな声で、ライドが言う。流仁もメイクスも、アルミリアも新江も、そのスピードとパワーに開いた口が塞がらない。通常、加工することすら困難な硬度を持つレアアロイのフレームをナノラミネートアーマーで覆ったモビルスーツが物理攻撃によって一撃で切り裂かれることなどありはしない。対モビルスーツ戦闘においては複数回にわたる衝撃でパイロットにダメージを与えるか、質量とスピードでもって「切り裂く」のではなく「押し潰す」のが常套手段であり、そもそも機体を切断することは想定していない。

 結果的に、場に居合わせた人間すべてに圧倒的な力量を見せつけて士気を挫いたアガレスはセオリー通りに戦ったとは言えなくもないが。

 一同が揃って間抜け面を並べる中、マクギリスだけが感情の読めない微笑を絶やさずにいた。

 

「これが、ガンダム、なのか? 」

 

 切断部分から火花を散らすレギンレイズ。百年単位で現役だったグレイズの後継機として正式採用が進む新型機であるにも関わらず、三百年前のロスト・テクノロジーには手も足も出ないというのか。警報が激しく鳴り響くコクピットの中、流仁は自身の無力と絶望、そして磨き上げ築き上げてきた自信が失われていくのを感じた。

 しかしそれとは別にもうひとつ、身体を突き動かす衝動が沸き上がってきてもいた。

 なぜ、勝てないのか。

 それは純粋に洗練された、純然たる怒りの感情。

 新型と言いながら大した性能もない機体を押し付けてきた技術部に対する怒り。三百年も前にこんな化け物を作り出した名前も知らない技術者への怒り。この場に自分を送り出した上官メイクスに対する怒り。研ぎ澄まされた暴力に対してなす術もない無力な自分への怒り。先ほどちらりと顔を見たアガレスのパイロット、そのまだ幼い少年に対する怒り。

 それらすべてが混ざりあって溶けあって刺激しあって集約されて、切っ先鋭く炎の如く輝く一本の剣、一方向に向けられた形容しがたいまでに膨張した敵意となる。

 

「調子に乗るなよ、小僧がぁっ!! 」

 

 ヘルメット内の空気が激しく振動し、自分の脳をも揺らすほどの雄叫びをあげて流仁はレギンレイズのスラスターを全開にした。

 

「まだやるのか」

 

 背筋を丸めて休んでいたアガレスがまた、腰をあげて戦闘態勢に移る。パイロットの余裕ぶった物言い、歴戦の勇姿とでも言いたげな機体の傷痕、すべてが癪に障る。

 

「所詮はギャラルホルンに楯突くテロリストだろうが、さっさと死ねよっ!! 」

 

 最も強度が低そうな胴体付近へ向けてレールガンを乱射。しかしアガレスは、その弾丸をまるで蝿を払うかのように右腕で払いのける。

 

「マクギリス、これどうするんだよ。半分くらいはお前の責任じゃないのか」

「知らないな。一撃で終わらせるつもりならちゃんと仕留めろ。それができなかった君の失態だよ」

「はいはい、分かりましたよ、っと」

 

 アガレスの視界、右腕を下ろして視界が開けた瞬間、そこにレールガンが映りこむ。弾丸ではなく、レールガンの銃身そのものが。流仁が投げたそれが、正確にアガレスの頭部を狙っていた。

 叩き落とすには近すぎる質量弾を、ライドはスラスターの一噴きで難なく避ける。しかし回避したその先で、レギンレイズが大きくサーベルを振りかぶっていた。

 

「いくら教官といえど、戦乱もない治世であれほどの逸材を? 素質か、それとも改造か……」

 

 さしものガンダムとてレギンレイズの全推力と質量を乗せた一撃を咄嗟に突き出した左腕だけでは受けきれず、装甲に大きな溝を刻まれて押し込まれる。

 ライドが考える前に、アガレスの右腕が動いていた。両腕でサーベルに力を込める、頭上に位置するレギンレイズのがら空きになった腹部に巨大な鈍器がまっすぐ突き出される。

 

「まずい、コクピットはっ!! 」

 

 焦るライドの目の前で、レギンレイズはさっと身を翻して打撃を避けた。両足を削り取った一撃目に勝るとも劣らないスピードで放たれたはずの一撃を。

 今度は、ライドに感情の揺れが生じる。

 最初の攻撃から、違和感はあった。結果的に膝から下をえぐったアガレスの右腕は、しかし狙い通りなら胸と腰の接続部分、最も装甲が薄く最も堅牢なフレームが露出した場所を切り裂いてレギンレイズを真っ二つにするはずだった。そうすれば宇宙におけるモビルスーツの機動力はないに等しく、その時点で勝敗は決していた。AMBAC機動が行えないモビルスーツなど、地上におけるモビルワーカーよりも役に立たない。

 そして現実はこれだ。

 軽減されたとはいえかなりの損傷を負ったレギンレイズはアガレスと互角以上に渡り合い、このまま行けば自分が敗北するかもしれない。正直なところ、ライドにとってこの勝負の決着などどうでも良かった。『エインヘリアル』の一員としては是が非でも勝たなければならない、それでもライド・マッスいち個人に取ってみればその目的はノブリスとラスタルの殺害、ひいてはこの世界この体制の破壊であり、火星支部の下っ端パイロットに負けようと構いはしない。

 しかし、自身の目的達成のためにはマクギリスやアルミリアたちの力が絶対に必要であることもまた、ライドはしっかりと理解していた。だからこそ負けられない。ここで『エインヘリアル』に愛想を尽かされては、もう自分に復讐のチャンスが回ってくることなど二度とないのだから。

 

「邪魔をするなよ、三流が」

「早く楽になれ、このクソガキ」

 

 サーベルと右腕がぶつかりあい火花を散らす。金属の擦れる音が互いのコクピットに伝わり、思わず顔をしかめる。パワーでは遥かに上回るアガレスの攻撃を、しかしレギンレイズは僅かに刀身をそらすことで衝撃をいなし、決定打にはさせない。毎度自分の推力で体勢を崩すアガレスも、アンバランスな機体を器用に操ることで決して隙を見せない。両者のパワーバランスは寸分の違いなく均等につりあっているように見えた。

 しかし十数分にわたる打ち合いの末、その均衡が崩れる。

 破損覚悟でサーベルを左腕で受け止めたアガレスが、空いているレギンレイズの左腕を切り飛ばしたのだ。それでもサーベルに力を込め続けた流仁によって、アガレスの左腕も変形して動かなくなる。しかし機能せずとも「機体に接続されているかどうか」は宇宙でのモビルスーツ戦闘において勝負の分かれ目だった。

 両足に続き左手を失ったレギンレイズは必死に体勢の立て直しを試みるも、ANBAC肢を失い姿勢制御バーニアもほとんどが破損した状態では静止することさえままならない。

 

「これで、諦めろ」

 

 さらにアガレスがレギンレイズの右腕を狙う。それが命中する直前、溺れるようにじたばたと手足を動かしていたレギンレイズがぴたりと静止した。

 

「せめて、相討ちにっ!! 」

 

 言って、流仁はサーベルの柄を自機の胸に突き刺した。そして突っ込んでくるアガレスに切っ先を向け、モビルスーツで体当たりをかけた。予想外の捨て身の一撃に反応が遅れたライドは、レギンレイズの右腕こそ狙い通りに切断したものの、側面からの刺突によってアガレスの頭部を貫かれていた。

 一拍おいて、結末を見届けたマクギリスが二人に声をかける。

 

「終了だ、両者不満はあるだろうが、痛み分けとする。メイクス司令、構いませんね? 」

「交渉の席につこう。曲がりなりにも、君たちの誠意は見せて貰った」

 

 円満、といえなくもない双方合意の結論を得た指令室の会話を聞きながら、組み合ったまま動かなくなった二機のモビルスーツのコクピットの中でそれぞれ独白が漏れる。

 

「順調そうで何より、ってな」

「私は、負けてなどいない……」

 

 八年前に散った鉄の華、それがまいた火種はまだ、火星に掲げられた小さなかがり火に過ぎない。




結末は見えてるけど過程が見えない、最後までたどり着けるのか……?
マクギリスが生きてた理由、本人が語りたがらないのでしばらく不明のままになります。
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