「さあ、始めますよ。まずは基本的な礼儀作法からです」
ライドが知る限り、質素な既製品か『エインヘリアル』一般の構成員と同じ無機質な戦闘服くらいしか着ていないアルミリアが、まるで上級貴族のように豪華絢爛、華美な装飾が施されたドレスを身にまとい、こちらも未だ見たことがないほど嬉しそうな表情を浮かべて、目の前にいた。
詳しく聞いたことはないが恐らくはライドと同じ年頃であろうアルミリアの、年相応の笑顔。それは見る者を幸せにさせる美しさと華やかさを持ってはいたが、ライドの中では別の感情が素直にそれを美しいと感じられないようにする。
それは当然、七年もの間連れ立っていたにも関わらずこんな表情は過去に一切見せなかった、それに対する困惑である。
「どうして、こうなった……」
そんなむなしいつぶやきも、アルミリアは快活に笑い飛ばしてレッスンを再開する。もはやライドに抵抗のすべはない。
つい半月前にライドたちが接収したノブリスのオフィスビル。幸いにもビル一棟まるまるノブリスの所有物だったため、いくつかの部屋を急ぎ改装することでここは『エインヘリアル』の事務所として機能を始めていた。
その中でも特に豪奢にしつらえられた一室で、二人はもう一週間以上、同じことを繰り返していた。
※※
アーレス襲撃から半月。
ライドと流仁の決闘の後、マクギリスたち『エインヘリアル』とメイクスとの間で結ばれた契約は単純明快。「『エインヘリアル』のいかなる行為に対しても、今後火星支部は一切関わらないこと」、これだけだ。無論これが最終目標ではなく、将来的には火星支部戦力との共同戦線を張ることも視野に入れてはいるが、当然ながら今の『エインヘリアル』にそこまでの実績はないしそれに伴う信頼は言わずもがなである。よって交渉の場で交わされたのは非介入、無関心の二項のみ。どうやらマクギリスたちも初めからそこまで上手くいくとは思っていなかったらしく、組織のトップを担うレベルの人間が考えることは分からないものだ。アガレスの力で押せばなんとかなるだろう、程度で思考を止めてしまう現場の指揮官クラスであるライドには到底理解できなかった。
そうして邪魔者を未然に排除した『エインヘリアル』が次に打つ手が、地球の四大経済圏それぞれのトップを招いた火星独立記念式典への潜入だった。参列者の中には表にフェーク・メイクスを含むギャラルホルン火星支部の幹部クラス、クーデリア・藍那・バーンスタイン、裏にはテイワズのマクマード・バリストンやノブリス・ゴルドンも出席予定となっている。まさに火星の政治を動かす大物たちの集結である。
もちろん目的は先日のアーレス襲撃のような荒っぽいものではなく、主に政治・軍事情勢などの情報を収集することにある。要はSPなどとして対象に近付き、それとなく機密を聞き出せ、ということである。
ぶっ続けで働き続け、流仁との決闘の後に倒れこむようにして眠ったまま丸一日起きなかったライドがそれを聞いたのは決定から一日後、『エインヘリアル』構成員の中では最後だった。仮にも幹部格、かなり高いポジションに位置していると自認していたライドに、この事実は軽いショックを与えた。
潜入メンバーに選ばれたのは五人。ライド・マッス、アルミリア・ファリド、ウィリアム・ヴェリーハット、ライドと同じ元鉄華団員のリュウゴ・シャルティス、そして火星支部から流仁・ヴィスフルト。マクギリスと新江はギャラルホルン内外に顔が割れている、良くも悪くも「有名人」である以上参加は不可能ということで、必然的にライドたち元鉄華団の人間の割合が高い人選となる。流仁はメイクスが『エインヘリアル』の行動に対しての牽制、今後の判断基準にするための状況の把握を目的として送り込んだ半ばスパイ染みた人間ではあるが、ギャラルホルン現役士官としての肩書きがあれば立ち回りやすくもなるだろう、とはマクギリスの言。
式典は二か月後、正直なところまだかなり先の話ではあり、七年間を費やした下準備のそれでもまだまだ不完全な箇所を少しでも穴埋めしておきたいライドやマクギリスにとっては無為に過ごすことはできない重要な期間ではあるのだが、目下ライドにはそれよりも重要な責務があった。
「TPO? なんだそりゃ」
今回の潜入、調査対象は言うまでもなく社会的地位の高い高級官僚がメインであり、となれば警護する側にも相応の品格が求められる。肉体的な強さだけでは到底務まらない仕事なのだ。ノブリスの会社を占有したことでむりやり警護担当にねじ込むことができても、礼節に欠けた者はすぐに見抜かれてしまう。特に元鉄華団はそもそも年少組がメインであった故に、クーデリアやアトラをはじめとする「先生」役が熱心に教えていたのは基本的な読み書きと計算くらいのものだ。戦場で培われた経験からモビルスーツの整備や初歩的な戦術への知識はあったが、本物のエリートを前にした時のマナー等には一切触れてこなかった。
これを機に『エインヘリアル』の手空きのメンバーが元鉄華団メンバーに自分の知識を教える習慣ができあがってくるが、それはもうしばらく後の話で。
特にメインゲスト、オセアニア連邦議会議長のアスタ・ピースロウの護衛を任せられたライドには元ギャラルホルン将校の知識でも足りない、本格的な礼儀を叩き込め、とのことであてがわれたのが地球の中でもトップクラスの富裕層である元セブンスターズの一角、ボードウィン家で育ったアルミリアだった。
思っていたよりもスパルタな彼女のレッスンが始まって一週間、日常生活においても意識を切るな、との指示からライドの所作はかなり品格を帯びてきていた。
初めの頃こそ自分の抱える案件が進まなくなる、と気が急いてばかりいたライドも、身のこなしに落ち着きが表れてきた頃には精神的にもかなりの余裕を持てるようになっていた。
「それにしても美しいドレスね。これを見ればマッキーも喜んでくれると思う? 」
「そういうのはよく分からないけど、俺は良いと思うぞ」
当たり障りのない世辞に、アルミリアは口を尖らせる。むしろ誉め言葉というよりは悪口のように聞こえたのかもしれない。物心ついた頃から戦場に身を置き続けたライドにしてみれば華やかなドレスの感想は「動きづらそう」の一言に尽きるのだが、それをそのまま口に出さなかったことくらいは評価されていいはずだ。
アルミリアのその言葉は、今日のレッスン終了の合図だった。彼女はたとえどんな任務であろうと手を抜くような人間ではなく、裏を返せば気が抜けている時は手が空いている時である。どこまでも生真面目な気質を全面に押し出した人間であるが故に読みやすい。しかし、ライドはその愚直ともいえるほどの正直な性格をあまり快くは思わなかった。何か理由があるわけではないが、なぜか時折、胸を刺すような違和感を覚える。
「悪いけど明日は実働一番隊としての仕事がある。レッスンをやってる時間がないんだ、すまない」
これもまた原因不明だが、何に対してかも分からない後ろめたさが広がるのを感じたライドはむりやり会話を終わらせようとする。しかし上機嫌のアルミリアはそう簡単に敵を見逃がしてくれる相手ではないのだった。
「それなら、私も同行するわ」
突然の申し出だった。
元鉄華団組の『エインヘリアル』編入後、マクギリスの配慮で結成された実働一番隊。職務上の産物として入手した強襲装甲艦『カガリビ』を母艦とし、有事の際を除けばマクギリスの指揮から外れる遊撃隊であり、ライドが指揮を任せられている。その仕事は主に圏外圏で横行する海賊行為への制裁、私財の没収とその販売。要は海賊からモビルスーツや戦艦を強奪して地下市場へ売り飛ばすのだが、仕事の性質と組織の構成上マクギリスや新江、アルミリアなど元ギャラルホルン組のメンバーは同行することがない。
異例中の異例である。
「マッキーの許可は貰ってるし、私もモビルスーツの操縦や戦艦のオペレーター業務は一通りかじってる。迷惑はかけないから、問題ないでしょう? 」
「待てよ、あんたに何かあったら俺がマクギリスに合わせる顔がない、というか殺される。久々のオフなんだろ、あいつには話を通しておくから、ここで待機してろよ」
「嫌よ」
ああ、これは理屈が通じないやつだ。鉄華団組とギャラルホルン組、これまであまり話したことはなかったがここ数日のレッスンでアルミリアという人間の性格は把握している。
まだ成人も迎えていない歳にして、ライドは現場のリーダーという中間ポジションの面倒さを知るのだった。
※※
実際ブリッジに入れてみれば、アルミリアは驚くほど真面目に、冗談のように優秀な働きを見せた。普段は男くさい密閉空間の中に紅一点が混ざったことで、他のクルーたちにも活気が溢れている。
「敵、ロイヤーズの戦艦捕捉。通信可能領域に入ります」
「繋げ」
ブリッジ前方大型モニターに今回の仕事の標的、ロイヤーズ首魁の痩せこけた顔が映る。どう贔屓目に見ても法の及ばないこの宙域で略奪をはたらく悪党のボス、その風格や威厳、そんなものは一切なかった。それでもロイヤーズはカガリビと同クラスの戦艦三隻、モビルスーツも二十機近くを保有する一大勢力である。警戒を怠るわけにはいかない。
「こちら『雷電隊』隊長の升牙・ライグライド。貴艦の即時降伏を要請する」
おおよそ交渉とも議論とも呼べない切り出し方は、ライドのいつものやり方だった。
「こちら『ロイヤーズ』ラム・ラバナ。勿論、要請に応じるつもりはない。奪うつもりなら、力ずくでやってみろ」
「了解した」
分かりやすくて助かるよ。
そう独りごちて、ライドはクルーに戦闘態勢を取らせる。
「神奈隊、全機出撃。リュウゴ隊はコクピットで待機、すぐに出られるようにしておけ」
一通りの指示を出し終えると、ライドはブリッジ中央に設けられた自分の席を立つ。カガリビの指揮はウィリアムに任せ、自らアガレスに乗って最前線で切り込み隊長を務める、これもライドのいつものやり方だった。
「危険を感じたら、あんたの判断でアルミリアは居住区に避難させてくれ。彼女に何かあったら、俺たちの命も危ない」
「承知しておりますとも」
茶化すウィリアムを置いて、モビルスーツデッキに向かう。
パイロットスーツに着替えキャットウォークからデッキを見下ろすライドの目に、綺麗に整列したモビルスーツ隊の勇姿が映る。単艦での任務を主とする運用に合わせ改修されたデッキには計七機、ライドのガンダムアガレスを始めとする機体群が搭載されており、小隊に属さないアガレスを除いた六機をそれぞれ三機ずつのチームに割り振っている。
神奈・ガルモン率いる神奈隊は隊長機のドローミと二機のラムズ・ロディ。
リュウゴ・シャルティス率いるリュウゴ隊は青冥と二機の獅電改。
「神奈、アガレスは正面からの攻撃を全部受け止めてそのまま突っ込む。左右からの攻撃を抑えておいてくれ」
「了解致しました。ご無理はなさらぬよう」
元傭兵の年配男性、神奈は遥か年下のライドにもクソ真面目に敬語を話す堅物であり、ライドもその堅実な仕事ぶりと確かな実力に信頼はしているがあまり得意な相手ではなかった。六つ上ながらも気遣いなくずけずけとものをいい文句を言わせてくれるウィリアムの方がよほど話しやすい。
それはともかく。
「ガンダムアガレス、出すぞ」
カガリビは旧鉄華団の強襲装甲艦、イサリビとほぼ同型艦ではあるが、細かい部分にいくつかの差異があるため運用は多少異なる。
目に見えて分かりやすいのがMS発進用カタパルトの位置で、イサリビでは艦体下方から伸長されるものだったがカガリビでは艦の上方に二十メートルほどのカタパルトが展開される。
通常なら機体を寝かせた状態でカタパルトに固定し、レールで加速してから発進という一般的なタイプのものではあるが、ライドはいつもこれを使おうとはしなかった。基本的に単機での正面突破を行うアガレスに可能な限り敵の注意を引き付け、ほとんどの敵を味方のところに回さず自分だけで処理する、それがライドの戦い方だ。
鉄華団時代に多くの同僚を失ったことで、仲間の死ということに敏感になりすぎている、というのは傍らで付き添い続けてきた神奈の弁。
「敵のモビルスーツ隊、発進を観測。ヘキサ・タイプとグレイズ・タイプの混成部隊です」
「グレイズとはまた、豪勢なことだ」
マクギリス事件の後、ギャラルホルンの主力機がレギンレイズに転換されていく過程で大量のグレイズが民間に流出した。ヴァルキュリア・フレームやガンダム・フレームなどごく一部の機体を除けばグレイズ・タイプは圧倒的な性能と信頼性を誇るため人気は高く、売りに出されれば即完売。それらはほとんどがフリーの海賊に流れるため火星圏の治安悪化の一因にもなっていた。
市場で人気がつけば、価値はつり上がるのが常。
「神奈、グレイズ・タイプは任せていいか? できるだけ無傷で捕獲したい」
「善処します」
後に売り渡すことを考えればグレイズは完品に近い状態で手に入れたい。それをするにはアガレスは不向きだった。
「第一波、来るぞ」
敵の先鋒はグレイズ二機とユーゴー八機。グレイズ一機に対してユーゴー四機、チームの組み方から数の暴力が見える。グレイズだけでもかなり厄介な相手だが、ヘキサ・フレームの機体は総じて機動力を重視した傾向にあり、神奈隊のラムズ・ロディでは対応が難しい。
「散開」
神奈の指示に寸分違わず、三機の編隊がぱっと散る。ユーゴー四機の一斉射がむなしく空を切るが、もともと牽制にすぎない。敵はグレイズを含む三機をドローミに向かわせ、残りの二機でラムズ・ロディの牽制に当たる戦法を取った。戦力を分散させず、各個撃破を狙う堅実なやり方だ。
もう一チームはアガレスを包囲し封じ込めるように撃ってくる。
「なるほど、評判は伊達じゃない」
まだロイヤーズのモビルスーツには余裕があるはずで、ライドもそれを警戒してリュウゴ隊を出さなかったのだが出し惜しみしていて勝てる相手でもないらしい。戦術の拙い並みの海賊なら何十機いようとアガレスで突破できるが、敵の動きは正規の軍隊とも思える規律と規則正しさがあった。
ラム・ラバナ、無事に捕らえられたなら仲間にしたい男だ。
「リュウゴ隊も出す。青冥は神奈隊の援護、獅電改はカガリビの直掩に当たれ。敵が増援を出す前に片付ける」
『雷電隊』の指揮系統はライドを頂点とするピラミッドだが、ライドが前線に出た場合はカガリビの艦長席にウィリアムが座る。そしてモビルスーツ隊の指揮は神奈に委任される。リュウゴ隊を含め、アガレスを除いたカガリビ所属モビルスーツ全機を動かす権限を与えられるのだ。
「相分かった」
過ぎた堅苦しさが古めかしさすら感じさせるリュウゴの返事があって、カガリビから二機の獅電改が前線に参じる。神奈はまずラムズ・ロディと獅電改でバディを組ませ、ユーゴーを威嚇させる。それらが数の劣勢に押されグレイズたち本隊と合流したところで、神奈もラムズ・ロディ二機、獅電改二機を加えた陣形を組んだ。五対五、数の上では五分となる。
「一機ずつ抑えてろ。グレイズはこちらで対処する」
神奈のドローミが敵陣形の中に正面から突っ込んでいく。グレイズのカバーに動くユーゴーそれぞれに、『雷電隊』のモビルスーツが体当たりをかけた。弾幕が薄くなった敵陣の中央をドローミが駆ける。
遠巻きに指示を出すだけだったグレイズがバトルアックスを構えた。ドローミが突き出すサーベルの二倍はあろうかというリーチが愚直なまでに直線軌道の神奈機に叩きつけられる。
「反応が遅い」
ぐん、と脳が揺さぶられる感覚。一瞬、世界が歪む。いくら訓練を積んでも越えられない人間の限界の壁、その苦痛をおくびにも出さず、神奈は隊長としての威厳を保ったまま勝ち誇った声を出した。
振り下ろされたバトルアックスを無茶苦茶ですれすれな動きで回避、グレイズの後ろに回り込む。すれ違い様にサーベルの切っ先をグレイズに引っ掛け、体勢を崩すことも忘れない。
ドローミ背部のユニットから十本ほどのワイヤーが射出され、グレイズに絡みつく。しっかりと獲物を捉えたことを確認して、神奈はワイヤーを巻き取りグレイズを引き寄せる。
「降伏しろ、部下ともどもな」
「こっちにはまだ出せる機体があるんだ。俺一人捕まえて、艦隊の動きを止められると思ったか? 」
「それもそうか」
ドローミの拳がグレイズの腹を殴りつける。「しばらく大人しくしててもらうぞ」と神奈が告げた時、グレイズのパイロットは既に気を失っていた。
※※
一方、アガレス一機で敵部隊の相手を務めるライド。
「やりづらいな」
アガレス唯一の飛び道具、右腕に内蔵された機銃による射撃はスラスターを噴かす敵の軌道を追いかけるだけで、一発たりとも命中しない。
「そもそもこういうのは苦手なんだよ……」
ライド本来の真っ正直から突っ込んで敵陣を切り崩すスタイルが通用しない。大抵の場合、海賊のモビルスーツ隊なんてものは阿羅耶識を積んだモビルスーツにヒューマン・デブリを乗せて使い捨てる戦法がほとんどなのだが、対峙するロイヤーズのチームは堅実な戦法でアガレスを抑え込んでくる。増援が来るまで足止めするか、こちらが疲弊するまで待つ心づもりだろうか。神奈たちはといえば、グレイズを捕らえてもユーゴーたちの抵抗が止まずその場を離れられない状態だった。
四方からの弾幕に耐えかね、ライドは操縦幹を一気に押し込んだ。阿羅耶識から伝わる意思と実際の操作が噛み合って相乗効果を生み出し、アガレスは爆発的な加速を得る。
まずは取り巻きのユーゴー。最初に狙いを定めた敵の頭を粉砕し、二機めの右足を切り飛ばす。次いで三機めの腰から下をフレームごとねじ切ると、四機めの右腕が宙に舞った。まるで閃光のように駆け抜けたアガレスの動きに、ユーゴーたちはなすすべもない。
「またウィリアムに怒られるな」
売却するときに値が下がる、と。外装だけならまだしも、通常兵器ではそうそう破壊し得ないフレームまでもが破損した状態では市場価格が著しく下がる。テイワズやギャラルホルンなど、一部の大型工廠を所有する者でないと修復が難しいからである。だがまともな武装が巨大な右腕くらいしかないアガレスを駆る身にしてみれば、そんな繊細な芸当は不可能だった。
そもそも今回の作戦、といってもいつも通りのやり方ではあるが、その中核を担うのは神奈やリュウゴでもなければライドでもなく、ウィリアムなのである。
いら立ちにまかせ、ユーゴーを屠った勢いのままグレイズへと向かう。アガレスの出力は最大、トップスピードを乗せて大きく振りかぶった右腕を振り下ろす。
「流石に舐めすぎだろう、それは」
機体が後方に引っ張られる感覚。狙いを定めた猛禽の如く構えていた右腕の鋭い爪が、グレイズの数メートル手前で止まった。
見れば、後方のかろうじて動けるユーゴーが三機、それぞれワイヤーを射出してアガレスに絡ませていた。いくら二基のリアクターを搭載するガンダム・フレームもリアクター三基ぶんの出力には勝てない。単純な算数の問題だ。
「このまま連行するよ」
ヤバい、感情にまかせすぎた。マクギリスから受け取ったガンダム・フレームを敵に渡したとなれば、たとえ戻れたとして『エインヘリアル』内での降格は免れない。そうなればライド個人の目的は潰えたも同然である。
「動けよ……っ」
必死に身を揺するアガレスの各部がぎしぎしと悲鳴を上げる。
「君も諦めが悪いな。少し静かにしていてくれないか」
とたん、コクピットに電流が走った。「ぐあああぁっ!! 」久々に聞く自分の悲鳴は思っていたよりも大きい声が出ていた。意識は残っているが、末端の感覚がなくなっている。手足が動かせなければアガレスの操縦はできない。
こんなところで、終わるのか。
七年かけて積み上げてきたものが崩れる音が聞こえた。次いで激しいスラスターの噴射音。さらにぷつん、と何かが切れる音、続けてがつん、と打撃音。
「情けないですね、『雷電隊』のボスは」
リュウゴ隊のものと同じ、獅電改。しかしそれは、派手な黄色をした一般機とは違う純白の装甲でフレームを包んでいた。
かつて鉄華団がテイワズから贈られたサービス品、それを示す特徴的なフェイスシールド。
マクギリス・ファリド事件当時にオルガ・イツカのために用意された、獅電改である。パイロットは、想像したくもないからこそ想像に難くない、じゃじゃ馬お姫様。
「ウィリアム、帰ったら一発殴るぞ…… 」
「まあまあ、あっちも忙しいんだから。早く片付けて合流しましょう」
まだ身体への違和感は残っていた。それでも、隊長として情けない姿は見せられまい。オルガ同様、ライドは気合いや意地で多少の無理は押し通せる男なのだ。そういう風に、研鑽を積んできた。
「おうよ」
手負いのユーゴーたちと一人きりのグレイズを仕留めるのに時間はかからなかった。
描写少なくて分かりづらい『雷電隊』のモビルスーツ隊一覧です。
ドローミ(神奈・ガルモン)
ヘキサ・フレームを採用した機体。背部に複数のワイヤー射出ユニットを備え、アガレスでは不可能な鹵獲などを担う。阿頼耶識システム非搭載。
ラムズ・ロディ(神奈隊)
大型のランスをはじめとした、中世の騎士に近いシルエットを持つ。機動性を犠牲に装甲や出力の上昇が図られている。阿頼耶識システム搭載。
青冥(リュウゴ・シャルティス)
イオ・フレームを採用したテイワズ製のモビルスーツで、雷電隊の中では最新機種。辟邪とは別系統で、パイロットに合わせたカスタムが行える余地を残している。作戦に応じて柔軟な対応が可能。阿頼耶識システム非搭載。
獅電改(リュウゴ隊)
イオ・フレームを採用したテイワズ製のモビルスーツ。八年前鉄華団が購入した獅電を、マクギリスたちが持ち寄った技術で改修している。基礎性能の向上が図られているが、外見などに大幅な変更はない。阿頼耶識システム非搭載。