鉄血のオルフェンズ 残華   作:イング・ディライド

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混ざりあって、固まって

 いずれ自分の身に理不尽な暴力が降りかかることもこともまだ知らず、ウィリアム・ヴェリーハットはカガリビの指揮に奮闘する。

 

「敵との距離が三千を切ったらスモーク散布、距離を百まで詰める。それまでは全力で打ち続けろ。砲座、準備できてるな? 」

「もちろんです」

 

 こちらのやり方もまた、いつも通りのものではある。状況の変化に応じて多少の変更はあっても、『雷電隊』の基本戦法は「モビルスーツ隊が陽動で、カガリビをぶつけてケリをつける」である。

 しかし、ラム・ラバナは綿密で精密で狡猾な策士だった。温存しておいたモビルスーツ隊を敗色濃厚な先発隊の増援に向かわせることはせず、八機のゲイレールを艦隊の直掩にあてていたのだ。ナノラミネートアーマーで覆われたカガリビの艦体に致命打は与えられずとも、砲座やアンカー射出部、通常ブリッジなど脆弱な箇所は山ほどある。神奈やライドのように正面から突っ込むやり方では被害が大きすぎる。

 

「敵艦との距離五千。なおも接近中」

「この速度を維持すれば暗礁宙域に突っ込みます」

「構うな、その程度で装甲はやられない」

 

 強気に指示を出すものの、視界が悪く小回りの効かない暗礁宙域では敵モビルスーツ隊の脅威がさらに大きくなる。通信内容を聞く限り神奈は近いうちに戻ってこられそうだったが、他は敵の先発隊に足止めを食らっていた。

 

「正面距離八千、巨大なデブリを確認!! 戦艦クラスです!! 」

 

 オペレーターの叫び声。レーダーに映っているのは直径三千メートルはあろうかという岩の塊だった。鉄華団時代から過酷な戦場を経験してきたクルーたちも、肝を冷やしてどよめきが起こる。確かにそんな大きな物体にスピードを乗せたままで衝突すればひとたまりもないだろう。三百メートル級の戦艦などゆうに沈んでしまう。

 それがたとえ、ロイヤーズの旗艦であろうと。

 

「正面のデブリにアンカーを打ち込め。敵艦にぶつけるぞ」

 

 自分たちのリスクは、転じてリターンとなる。リスクが巨大であればあるほど、得られる対価は大きなものになる、それは世の理。

 ウィリアムがライドやマクギリスの信頼を勝ち得ているのは、単に一般人としての教養を備えているからではない。彼の本質は、土壇場での決断の早さにあった。

 そして、指示を受けたクルーたちの行動もまた、迅速そのものだった。

 

「敵艦の行動予測。進路微修正、直線コースに乗せます」

「アンカーの射出準備完了。いつもムチャな使い方してるんだ、今回くらい修理のいらない運用を心掛けてくださいよ」

「敵モビルスーツ隊接近。対空防御システム起動します」

 

「アンカーは標的に刺さったらすぐに全速で巻き取れ。カガリビと挟み込んで木っ端微塵にしてやるぞ」

「了解!! 」

 

 鉄華団というものを知らない、マクギリス事件以後に『雷電隊』に加入したウィリアムだったが、こうして覚悟を決めた彼らの威勢の良さと行動の迅速さには快感すら覚えるほどだった。トップの指示が相違なく伝達され、まるで自分の手足のように思った通りに動く。実際そうでなければ成功しないような作戦を立案することも多く、ウィリアムは彼らに全幅の信頼を寄せていた。

 敵艦隊は巡航速度を維持したまま後退しているため、最大船速で突っ込むカガリビとの距離は少しずつ縮まっていく。流石に尻からデブリに突っ込みたくはないらしく方向転換を試みているが、そんな余裕を与えるつもりはない。カガリビの全砲門を向けて敵艦のルートを絞る。そうこうしているうちにデブリとの距離もどんどんと縮まっていく。七千、六千、五千、四千……。

 

「敵艦との距離、三千を切りました」

「アンカー、スモーク射出」

 

 カガリビ艦首左右に装備されたアンカー付のワイヤーが勢いよく飛び出した。射出後にアンカー本体に付属するバーニアが点火し、その速度はぐんぐん上昇していく。それはあっという間にロイヤーズ旗艦のわきを掠めて追い越し、背後の巨大デブリに深々と突き刺さった。

 

「巻き取れ」

 

 ぐい、とカガリビの艦体が引っ張られ、クルーたちがふらつく。デブリを引き寄せるのではなく、デブリを起点にしてカガリビを加速させるためのアンカー。スモークでホワイトアウトした視界に敵艦は捉えられないが、レーダー上のマーカーが先ほどまでとは段違いのスピードで近付いてくる。直線の加速ならモビルスーツにも追い付かれず、敵のゲイレールはあっという間に遥か後方へと流れていった。

 カガリビの艦体がかき分けたスモークの先、手を伸ばせば届きそうな距離に敵艦。随伴する二隻の砲撃にブリッジが揺れるが、気にすることはない。

 

「衝撃に備えろ!! 」

 

 恐らく今後一生味わうことのない、今後一切経験したくない、人類史上初めてではなかろうかという衝撃がカガリビを襲った。正面からカガリビと激突した敵艦がぎりぎりで少しだけ下降したため、カガリビは底面を敵に擦り上側から交差する。

 軽い脳震盪を起こしたクルーに代わって自ら席に着いたウィリアムが間髪いれずに砲撃の指示を出す。

 

「進路修正、右に三十。最小半径でデブリの裏を回って敵艦を後ろから叩く」

 

 もはや戦艦クラスの質量を持つ物体が行う機動ではなかった。並みのモビルスーツ乗りだってこんな無茶はしないだろう。デブリに突き刺したアンカーを軸にして減速もせずに急旋回、ウィリアムの指示に文字通りぐるんぐるんと振り回されるカガリビの艦内に横殴りのGがかかる。恐らく今頃、居住区の非戦闘員たちは泡を吹いて倒れているのではなかろうか。

 数分後、正面モニターから岩塊が消え、視界がクリアになった。デブリを半周し、敵艦隊の後方を取ったのだ。ロイヤーズ艦隊はデブリ直撃コースの旗艦とそれを追いかける二隻で陣形が崩れ、加えてカガリビが予想外の速度で出現したことでさらに混乱した様子だった。まだモビルスーツ隊も遠く、艦体は無防備そのもの。激しく損傷した旗艦も、満身創痍の横腹をこちらに向けてさらしていた。

 その傷口に再度アンカーを射出して傷口に塩を塗るようにしたあと、突入部隊を待機させつつウィリアムは通信回線を開いた。

 

「まだやるかい? 」

「いや、遠慮しておくよ。これ以上の損害は出したくないからね」

 

 モニター越しのラム・ラバナが冗談めかして白色のハンカチをひらひらと振ってみせる。その様子からしてまだ逆転の手は残しているのだろうと思えるが、降伏してくれるのなら願ったり、断って追撃をかけることもない。窮鼠猫を噛む、との諺に学ぶまでもなく追い詰められた人間が出す力は簡単に想像を上回る。

 それよりも何よりも、カガリビクルーの損耗が激しすぎた。艦内カメラの映像を見るにおそらく乗員の半数を越す人数が失神している。

 

「了承した。まずは衝突コース回避のために力を貸すよ」

 

 ウィリアムの言葉で、ようやくこの悪夢のような戦闘が終わったことが証明されて、クルーは皆その場にへたり込むのだった。

 

※※

 

 八年前にSAUとアーブラウ間で起こったような国家間の争いとは違い、民間組織の小競り合いは事後の処理もスムーズだった。カガリビとロイヤーズの二隻のワイヤーで旗艦をデブリとの衝突コースから外し、互いにモビルスーツ隊を帰艦させ、ラバナとライドがカガリビのブリッジで交渉を行う。『雷電隊』が要求するのはいつも兵器や消耗品、人間をも含めた敵の資産すべてだが、今回も話はそれでまとまった。接収や没収・強奪というよりは組織の買収に近い。

 

「僕は君らについては行けないかな。ただ、君らのボスには会ってみたい。今後の身の振り方はそれから決めるとするよ。ああ、クルーたちの意見は尊重してもらえるんだよね? 」

「もちろんだ」

 

 敗戦の将だというのにまったく変わりないラバナの様子にウィリアムは少し戸惑っていたが、案外そんなものなのかもしれなかった。こういう生き方しか選べなかった人間は、形はともあれそのレールから解放された時に安堵に近い感情を抱く。ライドの実体験だ。まあ、まともな感性が残っていればの話だが。

 さすが戦艦三隻を擁する海賊だけあって、ラバナから提出された契約成立の書面は膨大なデータ量があった。モビルスーツ十八機、クルーは総勢六百名を越える大所帯。ロイヤーズの総資産を記したファイルを渡されたライドは、途中から目を通すのを諦めてずっと画面スクロールをしていた。結局、それらはウィリアムを通して事務方の面々が処理したあとマクギリスたちギャラルホルン組へと回されるのである。

 その間、ライドはといえば。

 

「お前たちにはこれから、これまで他人に迷惑かけた罪を償ってもらう。飯は一日三食。毎日風呂に入って揺れることも起こされることもないベッドで最低八時間ぐっすり寝て、学校に通って勉強して、好きな仕事を見つけて社会に貢献する。それから好きな人見つけて結婚して八十くらいまで生きて勝手に死ね。とにかく、それまでは死ぬことも許さない」

 

 ヒューマン・デブリに対して励ましなんだか脅しなんだかわからないような言葉をかけたり。

 

「お前ら、よくやってくれた。歳生に着いたらみんなで旨いものを食いに行こう。もちろん、俺の奢りでな」

 

 『雷電隊』のクルーたちに威勢よく気前よく言ってみせたりと、組織のリーダーらしいことをそこら中でやっていた。

 いくら自分が『雷電隊』に馴染んだつもりになっていても、その隊長はライドでなければならない。こうも景気よく皆を引っ張るのは自分には向いていないのだと、こういう時ウィリアムは少しだけライドに嫉妬する。

 いつも接収した海賊だの傭兵だのの相手をしたりマクギリスたちとの打ち合わせをしたりと、書面で済まない業務をすべて一人でこなす立ち位置には絶対に収まりたくないとは思うが。

 ともかく、そんなこんなであらかたの事後処理が終わると、カガリビを先頭にした四隻は半月の航行を経て。

 到着したのは歳生、巨大な宇宙船である。

 宇宙船といってもそのスケールは想像を遥かに凌ぐもので、全長三百メートル級のカガリビを駐留するドックを有することからも分かる通り、それ単体で街として機能する規模である。多くの店で賑わう商店街、モビルスーツの改修どころか製造までこなすドック、人工重力を発生させる居住区は地球圏のスペースコロニーに匹敵する。

 そしてこれを所有するのが国家でもなければ公社でもない、一介の民間組織なのだというのだから驚くほかない。ここを統べるテイワズという組織が、果たしてまっとうな民間組織と呼べるかどうかはともかくとしても。

 

「とりあえず、戦利品の売却だな。しばらく待機してろ」

 

 ウィリアム、そしてまたしても駄々をこねたアルミリアを連れて、ライドは慣れた足取りで歳生の最外縁区画に向かう。

 広大な歳生の内部はその構造に精通したライドが引率しなければ元の場所に戻ることすら難しく、ただ後ろをついて歩くだけのウィリアムに対してアルミリアは視界いっぱいの人工構造物に目を奪われて、あちこちで足を止めていた。もしオルガがいれば、初めてライドがここに来たときと同じ反応だ、と過去を懐かしむのだろう。あいにくウィリアムは『ライドを見失わず、なおかつアルミリアから離れてはならない』という義務を与えられ、目的地に着く頃にはへとへとになっていた。とりわけアルミリアが興味を示したのは商店街が形成される繁華街のブロックで、彼女にとって『人間の生活基盤が、すべて人工の大地の上で形成されている』という事実はとてもロマンをくすぐられるらしい。ウィリアムは必要以上に足を止めさせないために、いくつかのアクセサリーやジャンクフードなどを買ってやったりもした。

 戦艦やモビルスーツの製造・修理を主とする重工業を担う下部組織のエリアを足早に抜け、さらに外壁へと近付く。エアロックとは違う、不自然に重厚な鉄の扉をくぐった先にライドの取引先、ヴェニヤ・インダストリアル代表のトラビ・ヴェニヤが待っていた。

 

「お久しぶりです、社長」

「そう畏まるなよ。君はテイワズの人間ではないし、この取引は売り手側の君が優位なんだからさ。フラットに行こうぜ、フラットに」

 

 終始にこやかにフレンドリーに、商談というよりは歓談といった感じで話を進める中年の男性、トラビ・ヴェニヤ。歳を重ねた威厳を失わず、かといって学生のような屈託のない笑みを浮かべても子どもっぽさは感じさせない、独特な男。パレットの隅っこから様々な絵の具を垂らしたとき中心にある黒の点のように、多種多様が混ざり混ざって落ち着いた結果のような人間だった。

 未だ彼の距離の詰め方に慣れず、ややひきつった笑顔のライドとトラビの商談はとんとん拍子に進み、十分と経たないうちにトラビはライドから受け取った書類へのサインを終わらせていた。

 

「グレイズ・タイプ二機、その他にも十機以上のモビルスーツとはね。本当に君はいつも豪勢だよ。……ところで、そちらの大将との契約の話になるんだけれど」

 

 す、と薄汚れたディスクを差し出すトラビ。製造も販売もとうの昔に終了した記録媒体、一枚のDVDだった。アリアドネを利用した双方向通信での盗聴を恐れる『エインへリアル』外部関係者とマクギリスたちとの主要連絡手段である。受け取ったそれを雑にカバンへ突っ込むライド。

 

「もう火星より外側のアリアドネは『エインへリアル』の管轄下にある。これからは直接ボスに連絡を取ってもらうようになる」

 

 今度はライドがトラビに、くしゃくしゃになった紙切れを渡した。殴り書きされているのは、ノブリス所有オフィスもとい『エインへリアル』事務所への直通回線パスワード。

 

「まあ最後だと思って、これは届けておく。そちらの状況は? 」

 

 これまでの人当たりのいい笑顔とは違う、腹に何かを隠したにやけ顔のトラビ。

 

「それなりに、ね」

 

 

 食えない男だ。

 まあ、それくらいでなければ、親も同然のテイワズを騙し続け裏切り続けてまでエインへリアルと関わったりするなんて、そんな命知らずな真似はできないだろうけれど。

 

「なんにせよ、あなたも危なっかしい立ち位置だ。気をつけてください」

 

 そう別れを告げて、ライドたちは足早にヴェニヤ・インダストリアルの工房を後にした。

 

※※

 

 では、改めて。

 

「任務遂行の祝いだ。お前ら、気が済むまで存分に食って騒いで楽しめ。以上」

 

 空気を震わせる歓声が上がって、通りを歩いていた人たちが一斉に顔をしかめた。『雷電隊』のメンバーはせいぜい四十人がいいところだが、道中ですっかり打ち解けたロイヤーズの面々までも加わっての大宴会となればその規模はかなりのものになる。仕事を山ほど抱えていたウィリアムに代わって予約を取ったのはライドだが(そもそもライドも抱えている仕事の量は尋常ではない)、歳生のほとんどの店に電話をかけるはめになっていた。

 互いの声も聞こえていないのではなかろうかと思える喧騒を尻目に、乾杯の音頭を取って自分の仕事は終わった、とばかりにライドがウィリアムの横に座る。手にしたジョッキには、透き通った琥珀色の液体がなみなみと注がれている。

 

「あまり頂けませんね、あなたが酒を飲むというのは」

「無礼講だ、少しくらいいいだろう」

 

 言って、喉を鳴らし一気に飲み干す。くはっ、と身体から出る歓喜の音がけほけほとむせる声に変わったのを聞いてウィリアムが背中をさする。

 

「ジンジャーエールだよ」

 

 紛らわしい、と一発頭を殴られた。苦笑いしながら、ライドは洒落た皿から唐揚げをひとつつまみ上げて口のなかに放り込み、しっかり味わって飲み込んでから席を立つ。

 

「どちらへ? 」

「トイレだよ、いちいち気にするな」

 

 こういう場面くらいはしゃげばいいものを、ウィリアム・ヴェリーハットという男はどこまでも生真面目で困る。ほとんどが自分に向けたからかいの言葉だとしても、口うるさい、とある女性を思い出すその言葉は本当にやめて欲しいと思っていた。

 テラス席から通りに出て、冷たい風を浴びながら辺りを見回す。テイワズとの離別後、そして鉄華団解散後もここには定期的に訪れているが、少しずつ街並みは変わっていってしまう。かつて鉄華団のメンバーでどんちゃん騒ぎしたレストランはもうない。ラフタさんが殺された店も潰れていた。かつて『団長』、オルガと一緒に歩いた景観は、残っているようでいて何も残ってはいないのだ。気付けば、自分の年齢がオルガを追い越しそうになっている。それほど時の流れは早い。

 くだらない感傷か、と自嘲してあてもなくふらふらと歩くライドの視界に、一人の女性が写った。

 いつも不機嫌そうな真顔で背筋を伸ばしている、美しい銀髪の、恩人。

 ライドが声をかけるのをためらっている間に彼女もこちらに気付き、すたすたと歩み寄ってくる。できれば会いたくはなかった、顔を会わせることそのものが彼女に対しての不義理になるのではなかろうか。そんな複雑な関係性にぐだぐだと思考を迷わせるライドに、彼女は何も言わず、げんこつをくらわせた。

 

「少し、話がある」

 

 『雷電隊』が騒ぐレストランから距離をおいたカフェで、二人はカウンター席に横並びに座る。女性はブラックコーヒーを、ライドはミルクティーを頼んでふっと息をつく。

 

「ノブリスを殺ったのは、あんただろう? 」

「もうしばらくは公表されることもない事実ですよ。世間的には、ノブリスはまだ生きている」

「そうか」

 

 叱られるか、と身構えたライドは、そのあっさりとした返答に肩透かしをくらった。ちらと横を窺えば、その顔は悲しげに伏せられている。

 

「できれば、あなたたちとの接触は断ち切りたいと思っています、アジーさん。これから俺たちはもっとヤバいことをする。俺たちと繋がりを持っていれば、後で必ず迷惑をかける、だから」

「生意気言うんじゃないよ、ガキのくせに」

 

 タービンズの代表、アジー・グルミンは少しだけ気迫を取り戻した。

 

「先代と姉貴はあんたらを自分の子どもだと思ってたんだよ。タービンズを継いだ私もね。余計な気は遣わずに、頼ってくれればいい」

「そう、ですか…… 」

 

 ここで素直にアジーを頼れる状況であったならどれだけよかっただろう。彼女の協力を仰ぐことができれば、テイワズが独自に開拓した地球と火星の往還路を使えるうえ、地球での活動拠点も工面できる。それでも、単にライド個人の感情や意地とは関係なく、もっと政治的な面で不可能な理由があった。

 なにせ、『エインへリアル』はいずれギャラルホルンのみならずテイワズをも敵にまわすつもりなのだから。

 

「タービンズの業績はどうです? マクマードさんのことだから、鉄華団との繋がりがあった、ってくらいでは冷遇されたりはしないでしょうけど」

「あの人には良くしてもらってるよ。あの時に失った仲間も商売道具も顧客も信頼も、少しずつ回復してきてる。あんたらは何も悪くない、気にすることはないさ」

 

 そんなはずはない。

 いくら言葉を取り繕っても、名瀬・タービンが殺されたのは鉄華団に世話を焼いたがゆえのことだし、ラフタ・フランクランドの死ももとを辿ればその責任は鉄華団にあると言っていい。いや、そうとしか言えまい。

 直接的な事象よりも、間接的な原因の方が重要である、とは新江に教わった言葉だ。

 

「アジーさん、雰囲気、少し変わりましたね。いや、似てきたのかな。頼りになる、気風のいい、少しおせっかいな、一緒にいると心地いいような。うまく言葉にできませんけど、なんだか安心しました」

 

 そう、最後の最後までおせっかいで、受けた恩も返せずに、宇宙のチリになっていくのをただ見ているだけだった、あの人に。

 それでもアジーには芯が通っている。いくら他人に影響されていても「自分」が残っている。憧れに似せようとして似ても似つかない、いつの間にか自分すら忘れてしまったような、俺とは違って。

 少し前に飲んだジンジャーエールのせいですっかり膨れてしまった腹になんとかミルクティーを流し込み、おもむろにライドは席を立つ。カウンターに、明らかに額が大きすぎる紙幣を置いて。

 

「話ができてよかったです、アジーさん。またこんな時間が迎えられるなら、その時はエインへリアルの仕事も全部終わらせて、ライド・マッスとアジー・グルミンとして、いち個人どうしで話したいですね」

「待て、まだ話は……」

 

 振り向くつもりはなかった。過去は過去、未来は未来。そうやって割りきらなければ、自分が選んだ今の道を進むことはできない。それは敬愛するオルガに対する恩義だけではなく、力を貸してくれるウィリアムたち『雷電隊』のメンバーへの感謝と義理、復讐の場を与えてくれたマクギリスやアルミリアに通すべき道理でもある。ライド・マッスという一人の少年から始まった道は、もう止まれないのだから。

 

 残されたアジーは、こみ上げる不安をごまかすようにコーヒーを飲み下した。仕事は待ってくれない、しかし対話のチャンスはまだ訪れるはずだ。ライド・マッスの命を、オルガ・イツカたちが紡ぎ繋いだ意思を、決して絶やしてはならない。

 

※※

 

「ああ、戻ってきましたか」

 

 それほど長い間席を外していたつもりもなかったのだが、ライドを待っていた光景は想像を越えていた。

 年少組も含めたほぼすべてのメンバーが明らかに酔っている。幼いとはいってもライドとさほど変わらないからせいぜい十七、八くらいの年齢だが、そもそも歳生は合法組織とは言い難いテイワズの本拠であり、未成年の喫煙や飲酒はそれほど珍しいことでもない。売る側は金さえ払えば喜んで、という調子だが、普段は酒を飲まないやつらまでが後先考えず飲んだらしい。

 派手などんちゃん騒ぎは繁華街のブロックを貫くメインストリートに響き渡る大音声になり、テーブルの上は食器や食べさしの料理が散らかり放題。ところどころに吐いたような跡があるのは、もう見ないふりを決め込むしかないだろう。呂律が回っていないような会話は辺り構わずの業務情報や下品なジョークが飛び交い、店の前を通る人々はみな反対側の端に寄って通りすぎていった。

 

「どうにかしてもらえませんかね、これ。隊長以外には止められません。つーか、あんまり騒ぐと周りにバレますよ、俺らの正体」

 

 通常時には自分を隠しているウィリアムが素の口調に戻ってしまう辺り、相当頭にきているらしい。言葉遣いこそ丁寧なだけで普段からライドが言われていることは大差ないのだが、そこはひとまず置いておくとして。

 

「お前ら、そろそろお開きだ」

 

 うざったい絡み方をしてくる酔っぱらいたちに冷や水を浴びせ、まともに歩ける者にはぶっ倒れた者を運ばせる。戦闘直後のカガリビ艦内にも似た光景に、ライドの笑いが漏れる。

 

「できればもう少し早めに気付いて欲しかったんですけどね。どこのトイレに入ってたらこの騒ぎをスルーできるんです? 」

「お前がいれば、と思ってたんだがな」

「それは信頼じゃなくて丸投げですよ」

 

 アジーと話していた店にも騒ぎは届いていた。正直なところ、関わりたくなかったというのが本音ではあったが、さすがに看過できないレベルに達したのを感じて戻ってきたのだ。

 店員への謝罪と事の後始末を済ませる頃には日付も変わってしまっていた。事前にネット上で終わらせていた会計の額に追加で迷惑料を渡し、カガリビに戻ると先に帰っていたウィリアムがコーヒーを飲んでいた。艦内の自動販売機は乗員の好みを考慮して甘いものばかりになっているなか、ただ一種類だけ残されているブラックの缶コーヒー。

 

「隊長も飲みますか」

「いや、遠慮しておくよ」

 

 ただでさえ一歩踏み出すたびに胃の中の水分が波打つのを感じているのだ。正直、早く自室に戻ってトイレに行きたい。

 

「マクギリスへの報告書は? 」

「終わりましたよ。どうぞ」

 

 古風なUSBメモリは、情報流出防止の観点から優秀なため『エインへリアル』では使用頻度が高い。特にライドやウィリアム、マクギリスが扱う情報は機密性の高いものが多く、ネットワークを避ける身としてはありがたいツールだった。

 ノブリスを倒し、火星近辺の通信網を手中に収めた今となっては、そこまで警戒する必要もないとはいえ。

 

「高速艇を出すならあのじゃじゃ馬姫様も乗せて送り返したらどうです。少しは楽になるでしょう。ついでに、ヴェニヤからのメッセージも持たせてね」

 

 名案だった。とはいえ、ライド個人としては火星に戻ったらすぐに式典潜入の任務があるため彼女の面倒なレッスンも受けておかなければならないのである。

 

「悪いけど、それはできないな。クロセ辺りに頼むとするさ。それより、彼らの身元を引き受けてくれそうな場所は見つかったか? 」

 

 彼ら、とはロイヤーズのメンバー、主にヒューマン・デブリの話だ。『雷電隊』の業務は主に海賊の退治、その資産の売却と人的資源の保護であり、その本分に乗っ取った確認事項。ヒューマン・デブリ上がりの子どもたちはまともな教育を受けていない者も多く、時にはそういった子らをアドモス商会傘下の保護施設へ受け渡すこともやっていた。テイワズから一部の火星ハーフメタル採掘場を譲り受けたうえ、火星独立政府高官というクーデリアの知名度もあり、資金には事欠かない彼らに預ければまっとうな社会に復帰させられる。

 もちろん、その際は別会社の名義を使い、代理の担当者を立てることで、『エインへリアル』やライドたちの関与を隠す必要はあるが。

 

「ええ、いつもよりスムーズに行きそうです。ラム・ラバナは戦略通りの用兵を行うために最低限の教育は施していましたし、そこまで酷い扱いを受けていたわけではありませんので。社会に出しても、それぞれ上手く馴染んでやっていけると思いますよ」

「それは良かった。なるべく散り散りにならないようにしてやってくれ、これ以上はこちらからもあまり面倒は見られないからな」

「承知しております」

 

 いつものように茶化すウィリアムに背を向けたライドの足を止めるように、またウィリアムの声がした。

 

「そういえば、『雷電隊』への合流を希望する者もいましたがどうなさいます? 」

「悪いがそれは無理な相談だ。俺から話をしておこう。……増えすぎた仲間は、足を引っ張りあうだけだからな」

「隊長のそういう優しさは嫌いじゃありませんがね。せいぜい後ろから刺されることがないよう、気をつけてくださいよ」

「五年前のあの日からずっと、俺の背中はお前に任せてるよ」

「そうですか」

 

 さほど関心はない、といった感じの受け答えをして、ウィリアムは飲み終わった空き缶をゴミ箱に投げる。小気味良い音が、二人の会話が終わる合図になった。

 歳生の人工太陽がゆっくりと光を増していく、そんな時間にようやく二人は眠りについたのだった。




書いてる時のイメージとして、アニメの構成を意識してます。
Aパート→Bパート→小休止、みたいな感じで3話で一エピソード。

校正とか推敲とかもあんまりやってなくてできたらどんどん上げていってるので、気になったところは後から修正かけていきますのでご容赦を。
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