三百年前、厄祭戦が終わった時。そこまで話は遡ります。セブンスターズの当主をはじめ、多くの戦果を挙げ、「七星勲章」を手に入れた家門は新たに設立されたギャラルホルンという組織の中で、確固たる地位を築き上げる。
しかしラバナ隊長、おかしいとは思いませんか。
記録に残る限り、最も多くのモビルアーマーを駆逐し人類を勝利に導いたアグニカ・カイエル、「七星勲章」の数もセブンスターズ筆頭イシュー家を遥かに上回る。そんな彼の家系が、なぜ後世に残っていないのか。
子を成せなかった? 養父、イズナリオ・ファリドはこうして外部から子を迎え入れ血を繋ぎました。当時の技術ならば体外受精などの選択肢もあったでしょうし、血筋が絶えるということはまずあり得ない。セブンスターズの席に家紋すら残っていない、伝記にある功績が本当ならひどく扱いが雑ではないのか。
疑問の答えは、バエルの中にありました。
コクピット内のコンピュータに紛れさせて機体の一部のように見せかけてありましたが、完全に独立した記録媒体。三百年前、アグニカが残したものです。
ゆっくりと、語っていきましょう。
※※
「絶対に捕まえろ、逃がすんじゃないぞ」
「あっちへ行ったのを見た。早くあのネズミを……」
視界が霞む。脚の感覚はとうに失い、自分がどこに向かっているのかも分からない。荒れた空気を体外に排出しようと躍起になった生理的反応のせいで鼻水が止まらない。ひたすらに酸素を取り込もうと喘ぐ口はからからに乾いている。もう記憶さえまともに機能していないと思えた。
ただひとつだけ確かなことは、「捕まってはならない」、それだけ。
これまでに連れていかれた仲間は、この掃き溜め同然の汚ならしい町で出会った気の良い彼らは皆、悲惨な末路をたどった。
二度と帰っては来なかった、なんて安っぽい表現が最大の不幸を表すと思っているのなら、そいつは想像力が足りていない。変わり果てた姿、落ちぶれた姿で戻ってきた人間に対して、これまで通りに接することができなくなった時のことを考えてみるべきだ。
生きる希望も丁寧に育てた自信も何かを成し遂げる気力も何もかも奪われ、自分を責めるだけの置き物に成り果てた人間を見たことがある人など、このすさんだご時世にもそうはいまい。
一人目は、手術に失敗して左半身不随の後遺症を負った。必死に這って住んでいた雑居ビルの屋上までたどり着くと、そこから身を投げた。
二人目もうまくいかず、中枢神経が麻痺して植物人間になった。何の感情もなく何の反応も示さない彼に対して、今度は周りがおかしくなった。甲斐甲斐しく世話を焼いていた母親が自らの腹を刺し、父親はどこか遠くの町へ逃げた。世話をする人がいなくなって、結局彼も死んだ。
三人目はようやく手術が成功して、モビルスーツのパイロットになった。まともな教育も受けられず、ゴミ箱を漁るだけの一日を過ごしていた彼は見たこともない額の給与をもらって親に新しい家を用意した。パイロットになってから半年も経たない頃、初めてモビルアーマーとの戦闘に参加したとき、コクピットを叩き潰された。無惨な姿になって帰ってきた子どもを見て、新居を喜んでいた両親は激しく後悔していたようだった。
他にもたくさん連れていかれ、たくさん戻ってきた。生きて戻ってきた者、死体になった者、見た目は何も変わっていない者、どいつもこいつも、戻ってきたところで誰も嬉しがりはしなかった。
――厄祭戦当時の技術は万能だと誤解されがちだが、そんなことはない。そもそも厄祭戦終結、モビルアーマー全機の活動停止が確認されたのは、最初にモビルアーマーが人類を攻撃してから五十年の月日が流れていたという。それだけの期間を空ければ、技術力は大きく変わってくるだろう。阿頼耶識システムの運用体制が整ったのはガンダム・フレーム開発とほぼ同時期、厄祭戦末期とも聞く。彼が施術を受けたのは厄祭戦が始まって間もない頃だ、恐怖を抱くのも当然だろう。
全自動殲滅兵器、モビルアーマーの見境ない人類虐殺が初めて確認されてからたったの数年、町には戦乱によって家族を失った子どもが溢れ、結託した彼らは混乱した世界を逞しく生き抜いていた。
しかし、これまで敵対していた二大勢力、地球連合軍と宇宙革命軍が合流した人類史上最大の軍事同盟、「ヘラクレス」が対モビルアーマー用決戦兵器、モビルスーツを実用化させてからその生活は厳しいものになっていた。
体内に直接インプラント機器を埋め込み卓越したモビルスーツ操縦技術を付与する阿頼耶識システムの誕生によって、身寄りのない子どもたちは瞬く間に即席戦力としての価値を見いだされ、次々とヘラクレスに身柄を拘束されて強制的に手術を施されて前線に送り込まれ。仲間は日ごとに減っていく。
結局、彼もほどなくして捕まった。
他の子どもたちと同じように拘束され連行され、同じように手術を受けた。
全身麻酔で意識がないはずなのに、身体のそこら中に激痛が走った。好き勝手に身体をいじくり回される経験は少年に恐怖と苦痛と屈辱を与えた。医療知識がある者が見れば発狂するような外法である、教養も学も何もない少年にとっては言わずもがなだ。
そしてこれまでの仲間たちと同じように前線に送られた少年は、同じようにモビルアーマーと対峙する死地を味わった。
ただひとつだけ違ったのは、「いつまでたっても死ねない」こと。
主に火星近辺での戦闘に駆り出された彼に与えられたのは量産の粗悪品、マンロディであったにも関わらず、一か月で三度出撃し三度とも生き延びた。四度めでモビルアーマーに一撃を入れることに成功し、六度めには単機でモビルアーマーの矢面に立った。十回もしないうちに正規の軍人たちの隊列に加わって、一年が経つ頃には「武神」の通り名がついた。
彼と共に出撃した部隊は、誰も死なないようになっていた。
気付けば何十年もの間戦い続けた彼は、厄祭戦末期、ヘラクレス旗艦所属モビルスーツ隊を率いる立場になっていた。
技術の発達によって安定した結果を得られるようになっていた阿頼耶識の手術でインプラント機器を追加し、モビルスーツ隊の中で最年長でありながら最前線で味方を鼓舞した。ガンダム・フレーム、バエルに乗った彼が叩き出した戦果には誰もが恐れおののき、いつの間にか「火星の王」、アグニカ・カイエルの名が浸透していった。
――あっという間に時間が飛んでしまったじゃないか。ゆっくりと話すってのは何だったんだ?
――長くなるのはここからですよ。現代まで繋がる旧体制の汚点、隠蔽された失政。厄祭戦の結末も現在の情勢をも決定づけた、三百年前の利権争い。語ることはまだまだあります。
「終わったか」
辺り一帯、見渡す限り焼け野原になった大地のど真ん中でアグニカが呟く。バエルの前に横たわるのは、かなり人体に近い構造をした無人兵器である。
確認されていた最後のモビルアーマーを停止させたのも、アグニカが率いる部隊。名実ともにヘラクレス最高峰のパイロットが集結したエリート部隊は、いとも容易く異形の化け物を仕留め、功績を挙げていた。
同日、ヘラクレスの司令部が厄祭戦の終結を宣言。何十億の命と引き換えに、人類は平和を手に入れた。地下シェルター暮らしに慣れた人々は、太陽の光に目を焼かれる喜びを共有した。
その裏で粛々と進む戦後処理の闇を、庶民たちが知るよしもない。
ヘラクレス改め『ギャラルホルン』。
終末戦争を告げるその笛が鳴らないようにとの願いを込め、もしもその時が訪れたなら真っ先に戦場へ駆けつけて火種を消すため、そのための武力もヘラクレスから引き継いだ。
その頂点に立つのはモビルアーマー打倒の証、「七星勲章」の所持数がヘラクレス構成員の中で飛び抜けて多い者、その上位七名からなる最高議会において意志決定を行う。その制度の発案者はバクラザン卿だった。
独裁にも似た悪政ともとれるシステムは、教育を受けず、ただ戦うことだけを知り育った旧ヘラクレス構成員たちを取りまとめるために必要なものだった。同時に、疲弊しきった人類そのものを回復させるためにも強力なリーダーシップが必要とされた。後世から検証すれば破綻しているようなシステムも、その時代に最も適したものである場合が多々ある。このとき、セブンスターズという存在は確かに必要とされていた。
ただひとつ、アグニカ・カイエルをセブンスターズから除外するという決断をしなければ、このときのバクラザン卿たちが後世に渡って責められることはなかっただろう。
システムを構築し運用するにあたって、アグニカほどの突出した個の力は体制崩壊の憂いにしかならない、その判断は確かに正しい。しかしアグニカに対するその後の処遇はあまりにも酷すぎた。
厄祭戦で挙げた戦果の証拠、「七星勲章」はすべて没収。指揮下においていた艦隊は解体され、ギャラルホルン本隊に統合。アグニカ自身は火星よりもさらに遠く、アステロイドベルトに駐留する新設の艦隊、木星内縁軌道統制統合艦隊指揮官のポストを与えられたものの、その実態は旧式のハーフビーク級数隻にマンロディを主力とするモビルスーツ隊と酷く貧相なものだった。
名目上は「厄祭戦当時から活動記録が停止しているモビルアーマーへの警戒」、そのためアグニカからバエルまでも没収することはなかったものの、島流しに等しい冷遇であることは明らかだった。
その間に、地球は厄祭戦前ほどではないものの、驚くべき速度で復興を遂げた。火星や金星、宇宙へ目を向けず、そこに割かなければならないはずのリソースをすべてつぎ込んで。しかしアグニカは繁栄から遠く外れた道を歩むことを余儀なくされた。地球再興の立役者であるはずの彼が。
付け加えるならば、アグニカが厄祭戦終結のため尽力していたことを示すエピソードは枚挙に暇がない。
阿頼耶識手術の技術に進展があれば自らの身を差し出して実験台となり、難民キャンプの人手が足りなければ軍務の合間を縫って応援に駆けつけ、必死に勉学に励みモビルアーマーの解析にも従事した。
当時はどこも人手不足で複数の仕事を掛け持ちするのが当たり前の状況であったといっても、アグニカほど勤勉だった人物は他にいない。金星から木星まで、困っている人がいればどこへでも赴くその姿は畏敬の念を込めた視線の的だった。「武神」の称号はすぐに消え、争いの神ではなく、人々を救う神として、認知されていた。
となれば、アグニカを信奉、崇拝する者たちが新生ギャラルホルン政権に対して異議を唱えるのも必然。アーブラウやSAUなど各経済圏の復興が進むにつれ、その運動は加速。結局のところ、人類は未曾有の災害となった厄祭戦から十年と経たないうちに次の戦争を、人対人の争いを始めてしまった。
ギャラルホルン対全世界という分かりやすい構図は民衆の心を煽り、戦力差は一対二十とも言われた。しかしその結果は誰もが予想し得なかった、ギャラルホルンの勝利に終わるのです。
言わずもがな、圧倒的戦力差を覆し勝敗を決したのは厄祭戦の禁忌です。機械が相手であればといかなる方法をも試行錯誤して生み出された兵器が人間に牙を剥いた。ガンダム・フレーム、ダインスレイヴ、生物兵器、理論上の最高到達点にたどり着いた完成形の阿頼耶識。
人類の四分の一が死滅したと伝わる厄祭戦、しかしその被害のほとんどは人間どうしが戦ったほんの一週間に生み出されたものです。同時に、今に至る経済圏とギャラルホルンのパワーバランスの原型が築かれました。
アステロイドベルトにいたアグニカに一報が届いたのは、すべてが終わった後だった。
火星の地形は変わり、抉られた大地の中から目覚めたモビルアーマーによって二次被害が発生。地球でも生物兵器が投入され、ギャラルホルンに反抗する勢力は軒並み壊滅させられたという。
形容し難い絶望がアグニカを襲った。
学がなかった彼に難しい理屈は分からなかったが、自分は人を救うために戦っているのだということは理解していた。どんなに混乱した戦場でも民間人を守り、仲間を救い、友を助けた。モビルアーマーを倒すために町ひとつを囮にする作戦も提案されたが、即刻却下した。徹頭徹尾、力なき人々を見捨てる選択肢は頭になかった。
そうして助けた人類が自分のために戦い、膨大な犠牲を払っている。戦後世界を統治するためのギャラルホルンは、自ら戦を巻き起こし人類を淘汰する横暴と成り果てた。
もう誰も信じられなかった。
五十年間唱え続けた平和への渇望も所詮は口先だけのものか。人間の持つ自浄作用などそもそも存在しないのか。
アグニカは自身の職務を副官に任せ、ギャラルホルンを退役した。何年かの勤務のうちに得た情報――休眠に入っているモビルアーマーと行方不明になっていたガンダム・フレームの位置座標、独自に研究を続けていた阿頼耶識の技術、その他にも三百年後に失われることとなった多くのロストテクノロジー――それらを収めたコンピューター・チップをバエルのコクピットブロックに封印して。
――当時のギャラルホルンは、アグニカ自身が反乱に加わらなかったことに感謝するべきです。彼が戦列を率いることになれば、それは宗教戦争に等しい。反乱分子は最後の一人になるまで抵抗をやめなかったでしょう。幸いにもアグニカは冷静な人間でしたが、それでもさすがにギャラルホルンの暴挙に対しては耐えかね、後世に願いを託したようですが。それがどんな想いだったのかは、もう誰にも分かりません。
「アグニカの復讐を引き継ごうとでもいうのか? その程度の展望しかないっていうのならオレは手を引くぞ。泥舟に乗ってやる義理はない」
「まさか。他人の激情に身を任せるほど私も愚かではありません。あくまでもアグニカの想いは利用価値のある道具。我々の目的は別のところにある」
「その言葉選びには悪意を感じるな。『我々』ではなく『私』、お前一人の目的だろう。『雷電隊』とかいうところのライドってやつは現行体制の崩壊を望んでいたらしいが、お前がその程度で満足するはずがない。隠し通せると思うなよ。全部吐かなければ、オレは納得しない」
長く話し続けたマクギリスは、ここでようやく一息を入れた。「失礼」とグラスの水を口に含む。
「敵いませんね、教官には。あの少年にも、新江にも私の目的は明かしていません。それが組織の頂点に立つ者として相応しくないことは、自分でも分かっていますから。私の本当の目的は――」
「まあ、及第点といったところか。全部が終わって最終評価が出るまでに、オレの印象が少しでも好意的なものになっていることを祈るよ。あの少年と同様に、『エインへリアル』には遊撃隊として参加しよう。好きに使ってくれ」
マクギリスとラバナの交渉は、誰も知らないところでひっそりと終わった。それが今後の世界に与える影響を考えれば、ひどく簡素で慎ましいものであったと言わざるをえない。
「次の作戦が、すべての点を繋ぐカギになります。参加していただけますか? 」
「もちろん。お前の成長を見せてもらうさ」
こういう密会シチュは大好きですが、自分で書くには雰囲気や駆け引きが難しい……。
マクギリスの秘密が一部明かされた感じになってます。
さて、あとどれだけの秘密が隠されているのやら。