我が名、嘴平伊之助が子分・嘴平一子!   作:悪魔さん

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今年最後の更新となります。


第九話 ゲスメガネ

 さて、風柱の一件で愛用の着物がズタボロになった一子。

 非常に名残惜しいが、捨てる勇気も必要と決意し、使い古した着物をお焚き上げにした。

 そういう訳で、彼女は蝶屋敷の患者衣をしばらく借りることとなったのだが……。

「むう……」

「どうした、一子」

 どこかソワソワした子分に、伊之助は気になって近寄る。

 一子は困った様子で伊之助に告げた。

「袴よりキツい上、動きにくくて……」

 額に手を当て、盛大に溜め息を吐く一子。

 長身である彼女は背丈の都合上、一番大きい方の患者衣を着ているが、寸法はかなりギリギリ。着痩せしがちとはいえ、豊かな胸部の存在感はどうしようもなく、腹部から腰も身体の線に沿ってピッタリときた。

 頭の角を抜きにして見ると、下心や邪な気持ちを有する男たちの意識を持っていくのには十分過ぎる。これ程の身体を持つ一子に一切欲情しない伊之助は、ある意味で猛者だ。

「これからどうしたものか……」

 愛用の着物は先日の手合わせで捨てた以上、ちょうどいい服が来るまでは何もできない。

 親分に迷惑をかけると頭を抱えた、その時。

「あの~……こちらに嘴平一子という方は居られますか?」

 ふと、そこへ黒子のような専用の隊服を着た眼鏡の男性が顔を出した。

 彼は鬼殺隊服縫製係の前田まさお。雑魚なら鬼の爪や牙すら通さない()()()()が用いられた隊服の製作・修復の担当者だ。

 鬼殺隊には無くてはならない技巧者の一人なのだが、見目麗しい女性隊員・少女隊員の隊服には独断で改造を施す行き過ぎた面もあるため「ゲスメガネ」の異名を有している。

 そして今回、前田は一子のことを聞き、彼女の服を作ることとなったのだ。しかしいくら女性と言えど、やはり鬼であるのがアレのようで、()()()()()乗る気ではなかった。言わば渋々来たのである。

 その証拠か、同僚の隠の女性も傍に控えている。

「あの、一子さんはどちらに?」

「俺がそうだが」

 一子が立ち上がり、前に出る。

 角が生えた長身の鬼女に、思わず「ひえっ」と声が引きつったが、前田は違った。

「うおおっ、これは中々眼福……!」

「?」

 患者衣を着ているのもあるが、その身体に目が釘付けになる。

 完全に目の色が変わった前田は、寸法を測りたいと下心ありまくりな表情(かお)で要求。一子はあっさり了承する。

「じゃあ、ここは私が――」

「いいや! 直々に測らせてもらいます!!!」

 興奮状態で一子に飛びかかる前田。

 次の瞬間!

「うりゃあぁぁっ!!」

 

 バキィッ! ドゴォン!!

 

「前田ーーーーーーっ!!!」

 伊之助渾身の飛び蹴りが炸裂。

 真横からの衝撃に成す術も無く、文字通り吹っ飛んでいき、そのまま池に落ちた。

「何だ何だ!?」

「襲撃!? ウソでしょ、鬼来たの!?」

「皆さん、下がって!」

 騒動が蝶屋敷の中まで響いたそうで、炭治郎達や屋敷の主人の蟲柱(しのぶ)も駆けつく事態に発展する。

 ――が、池の中から血を流す前田の姿を目に留めた途端、しのぶは青筋を浮かべた。

「ゲスメガネさん? ついに鬼にまで手を出すようになりましたか? そこまで堕ちたとは失望しましたよ」

「ちょ、蟲柱様!! 私に殺意を全集中しないでください!!」

 肌を刃物で突き刺すような殺気を()()()放つしのぶに、前田は戦々恐々。善逸と炭治郎、蝶屋敷専属隊士の(かん)(ざき)アオイも怯んだ。

 しかし、そのしのぶの〝圧〟を塗り替えるように、伊之助と一子が怒気を放った。

「てめェ、何しやがる!! コイツの身体は俺様のモンだぞ!!」

「俺の肌に触れていいのは山の王たる親分だけだ、下種が」

「二人とも何言ってんのォォォォォ!?」

 際どい発言で前田を一喝する二人に、善逸は悲鳴に近い声を上げた。

「一子さん、アンタの親分ヤバすぎるよ!? 無体働いてるって自白してるんだけど!?」

「親分はいつも天衣無縫だ、煩悩の化身であるお前とは違う」

「伊之助以上に話通じないっ!!」

 善逸は「もうヤダこの一家!!」と叫び頭を抱える。

 伊之助と一子は山育ちで、その上環境的には炭治郎より過酷で世情や常識にも疎い。唯我独尊の山の王とそれに付き従う最強の忠臣に、鬼殺隊の常識どころか一般常識も通じないのである。

 とはいえ、鬼を怒らせたのは事実。連れの隠は一生懸命謝った。

「申し訳ございません!! 誠に申し訳ございません!!! しかし服の寸法を誤ったら戦闘に支障が及ぶため、私が代わって寸法を測らせてもらいたいのです!!」

「……親分」

 一子は伊之助に判断を委ねた。

 彼女としてはアオイから拝借した着物で結構なのだが、炭治郎や善逸から鬼殺隊の隊服の良さは聞いているし、目の前で頭を下げる黒子の女の言い分も一理ある。何より、子分の自分が伊之助(おやぶん)の足を引っ張るような事態は極限避けたい。

 何より、一子は自分に関係することには割と杜撰だ。そういう意味では、伊之助の方が立ち振る舞いや出で立ちにこだわりがあると言える。

 そんな伊之助の結論は……。

「俺様より目立ってねェなら合格だ!」

「何その基準? 伊之助も一子さんも浮きまくりだと思うのは俺の気のせい?」

 

 ガシッ ギリギリギリ!

 

「お前、末の弟分だからと図に乗るなよ」

「ギャアアアアアアアッ!! 頭骨割れる!! 頭骨割れるゥゥゥゥゥ!!!」

 メリメリと音を立てながら善逸の頭を鷲掴みにする一子。

 上下関係には厳しいようだ。

「おい、そこの黒子。いつ用意できる?」

「今日からなら、三日以内に届けるよう努力いたします」

「では、頼む」

 こうして一子用の隊服作りが始まった。

 服の寸法を測る際、なぜか前田がしつこく介入を試みたが、伊之助としのぶが徹底的に排除したのは言うまでもない。

 

 

           *

 

 

 そして三日後。

「やはり、袴の方が着心地がいい」

 ムフフと笑う一子に、隠はホッと胸をなでおろした。

 鬼殺隊の隊服は、西洋の軍服を彷彿させる黒の詰襟だ。しかし一子の隊服は、袖の先が青く染まった、黒地の着物と袴。慣れ親しんだものがいいという希望に応え、生地はそのままに和装にしたのだ。

 なお、色合いは伊之助の髪の色と全く同じである。

「これであの女に服を返せそうだ。世話になった」

「お気に召したようで何よりです。ご武運を」

 一子は一礼してから、患者衣を貸してくれたアオイの下へ向かった。

 すると、思わぬ人物と出くわした。

「あっ! 一子さん!」

「炭治郎? なぜここに」

 市松模様の羽織を着た、耳飾りの剣士(こぶん)――炭治郎だ。

「アオイさんにお礼を言いに来たんだ」

「奇遇だな。俺も同じことをしに来た。服を借りてたんでな」

「そうだったんだ……その服が、一子さんの隊服なんだな」

 袴の隊服なんて、と珍しそうに言う炭治郎。

「……まあ、俺の服などどうだっていい。嘴平一家としての筋は通さないとな」

 

 

 裏庭で洗ったシーツを干しているアオイは、振り返って一子と炭治郎を見た。

「そうですか。もう行かれる」

「うん。次の指令が来たんだ」

「短い間だったが、世話になった。親分も感謝しているだろう」

 一子はそう言って患者衣をアオイに渡す。

 汚れ一つなくキレイに畳まれており、内心では家事はできる方なのかとアオイは感心した。

「短い間でしたが同じ刻を共有できて良かったです。頑張ってください」

「忙しい中、俺たちの面倒みてくれて本当にありがとう。おかげでまた戦いに行けるよ」

「……あなた達に比べたら私なんて大したことはないので、お礼など結構です。選別でも運良く生き残っただけ。その後は恐ろしくて戦いに行けなかった……」

 そう言うとアオイは手を止め、俯いた。

 アオイは元々は水の呼吸を使う隊士であったが、最終選別には運よく生き残っただけだと言い、鬼と戦うことの恐怖から前線に立てずに裏方の任務に回っているのだ。

「私は戦いから逃げた腰抜け、臆病者ですから」

「何を言う。生きるとは戦い続けることだ、心身の傷を負った者を癒すことも戦いだろう」

「っ!!」

 一子の言葉に、アオイは目を見開いた。

「生きとし生ける者が命を懸けて戦い抜いた先にあるのは、安堵ではなく次なる戦場だ。お前の戦いは続いている。なぜ自分を卑下する?」

「一子さん……」

 戦場とは、単に殺し合いだけではない。闘病生活も切迫した医療現場も戦場であり、命を懸けるという点では殺し合いと大差なかったりする。

 アオイは自分を腰抜けや臆病者と言うが、一子は戦いの場が変わっただけの認識であり、彼女を一人の戦士として認めているのだ。

「命を屠るのも救うのも、生半可な覚悟ではやっていけない。アオイとやら、お前は逃げたんじゃなく、()()()()()()()()()を見つけただけだ」

「っ……!!」

「お前はもっと誇るべきだ、自分も戦ってるんだと。自分がいなければならない戦場があるんだと、命を削ってるのはお前らだけじゃないと叫ぶべきだ」

 静かに、だが覇気に満ち溢れた声音で、一子は声を掛ける。

「もしお前の戦場を嗤う者がいるのなら、そいつらはただ息をしているだけのナマモノだ。存在する意味はない」

「それは言い過ぎだと……」

「いや、事実だ。親分も必ず同じことを言う」

 一子の激励に、アオイはおろか炭治郎も息を呑む。

「これから俺たちは、親分と共に死地へ赴く。慈悲も容赦もないこの世の地獄だ。この屋敷の土を踏むのは今日が最後かもしれない」

「……!」

「だが、たとえこの次の戦場で死のうと、決して後悔はない。死んだら、お前たちの未来のために死ねたと先に逝った者たちに言える。生き延びたら、戦い抜けたと今いる仲間たちに言える。――ただ、それだけだ」

 一子は踵を返し、すたすたと立ち去っていく。

 が、アオイはそんな一子に声を掛けた。

「待ってください!!」

「……何だ」

 足を止め、振り返る一子。

 アオイは静かに、一言告げた。

「…………ご武運を」

「……ああ」

 鬼を恐れる者が一礼したことに、一子と炭治郎は微笑んだ。

 

 

           *

 

 

 蝶屋敷で傷を完治させ、次なる任務先へ向かっていた。

 次なる指令は、〝無限列車〟。

 夜行列車の内部で、短期間のウチに四十名以上の行方不明者が出ている事件が起こっており、炎柱・煉獄杏寿郎を手助けをするべく合流しろということである。

 当然、一子も戦力として手助けするよう命令されたわけなのだが……。

「親分、俺は別行動がよろしいかと」

「何だと!?」

 道中、突然提案した一子に不満気に声を荒げる伊之助。

 一子は自分の頭に生えている角を指差し、困った表情で告げた。

「この角は隠せません。もし仮に列車に敵が紛れ込んでいた場合、鬼の俺が親分と共にいると確実に怪しまれます。炭治郎の妹とは勝手が違うんです」

「いや、伊之助はいるだけで怪しまれない?」

 そうツッコむ善逸だったが、すぐさま一子に睨まれて黙りこくった。

 一子の言い分は一理ある。ただでさえ鬼殺隊は政府非公認の組織――廃刀令違反として警察に目を付けられることもしばしばある。その上、長身で角が生えたヒトガタの異形ともなれば、混乱を生むのは明白だ。

 人間に擬態できればいいのだが、無惨以外の鬼は長時間の擬態はうまくない――おそらく鬼殺隊が把握していない情報――という特徴もあり、そもそも禰豆子のように体を小さくすることも一子はできない。

 敵に悟られないようにするため、別動隊として動き、外から一行や敵の状況を把握することに努めるのは、理には適っている。

「でも、煉獄さんに何て言うべきか……」

「産屋敷から待機命令を受けている、とでも言っておけばいいだろう。責任は俺一人で済むし、何より俺に命令していいのは親分だけだ」

 あくまでもブレない一子に、炭治郎と善逸は苦笑い。

 伊之助だけは「さすが俺様の子分だ!」と上機嫌に笑っている。

「よし、俺様が命じる! お前は待機だ! 獲物が来たら好きなだけ暴れろ!!」

「はいっ!」

 そう言うや否や、一子は一瞬で姿を消した。

 まさしく雷光。電光石火の速さに、炭治郎と善逸は唖然とする。

「……なにボケっと突っ立ってんだ! おら、行くぞ!!」

「「あ、うん……」」

 肩をいからせて行く伊之助の後を追う二人だった。




次回、ついに無限列車編!
全集中の呼吸で進化した一子が、十二鬼月達に襲い掛かる!

……あれ? 何か魘夢と猗窩座が被害者になってる……?
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